2014/9/25

日本が他の追随を許さないもの…  海外旅行(旅の記録と話題)

 日本が他の追随を許さないもの。それは何と言ってもトイレの快適さでしょうか!

 羽田空港に到着し、日本に帰って来たのだと最も実感させられたのが、他ならぬトイレでした。その清潔感たるや、それまでの旅の緊張を解きほぐすのに十分過ぎるほどでした。

 海外旅行で個人的に最も困る、と言うか閉口するのが、このトイレです。清潔で先進的な機能のついた日本のトイレと比べるのがそもそもの間違いなのかもしれませんが、小額とは言え有料にも関わらず、他国のトイレは総じて汚い。たまに日本並みに清掃が行き届いていると、「おー、なかなかキレイだね」と感心するくらいです。先進国でさえ、そうなのです。とにかく、海外の旅ではトイレに纏わるトホホ経験は数知れず。カルチャーショックを最も受けるのがトイレ体験、と言っても過言ではありません。

 今回、きれい好きのイメージが強いドイツも訪れたのですが、場所によっては酷い所がありました。日本は公衆トイレ、しかも観光地とは言え、山深いところのトイレさえ、清掃が行き届いていてキレイなところが殆どです(稀に大勢の人間が集まったイベントでは、清掃が追いつかないケースもありますが…本当に稀)

 ドイツのベルリンでのことです。ベルリン市内には東西冷戦の名残であるベルリンの壁が一部保存されていて、誰でも見る事ができます。近くに展望塔も設置されていて、そこから見下ろすこともできるようになっています。

 下の写真は、その展望台から見たベルリンの壁。手前と奥と、二段構えになっています。左端に監視塔が見えます。どうにかすれば越えられそうな高さの壁、一晩のうちに建ったと言う急ごしらえの壁が、30年近く(1961-1989)、東西ドイツを分断していたんですね。

クリックすると元のサイズで表示します


 その展望塔に付設したカフェの有料トイレを夫婦で利用したのですが、女子トイレは個室が2つしかなく結構並んだものの、回転が良いのか、それほど時間はかかりませんでした。しかし、夫がなかなか男子トイレから出て来ない。あまりにも遅いので、何か事件に巻き込まれでもしたのではないかと心配になるほどでした。夫は歩くのは速いのですが、それ以外の動作は至ってマイペースで、ノンビリしています。トイレも私の方が待たされることが多い。それにしても、遅すぎます。たまたま近くに添乗員さんがいたので、夫がまだトイレにいるのか確認してもらったところ、奥の個室から夫の声が聞こえました。

 展望塔からの見学時間はトイレ休憩も含めてのことなので、夫が遅くなればなるほど、見学時間が減ってしまいます。見学前にトイレに行くと決めたのが失敗だったのか…、とにかく待っている私はイライラが募りました。やっと出て来た夫には愚痴のひとつもこぼしたくなりますが、亭主関白な夫は謝るどころか、私に「文句ばっかり」と逆ギレの始末。そんな最悪の状況で、既に見学を終えて、トイレも済ませ、地上の台座でのんびりしている他のツアーメンバーをよそに、ふたりで展望塔の階段を息せき切って上りました。とにかくベルリンの壁を写真に納め、息を整える間もなく、すぐさま階下へ。

 迎えのバスに向かう途中、夫が聞こえるか聞こえないかの小声でぽつりとつぶやきました。「えっ?」と思わず聞き返す私。「トイレが、とんでもなく汚くて、便座を拭くのに時間がかかったんだ」日本でも外出先のトイレで小便器を使わない夫は、海外でも個室を使用するようなのですが、そのトイレはとにかく汚かったらしい。具体的にどう汚かったかまでは聞きませんでしたが、かなり参ったようです。やっとのことで出て来たら、今度は私から愚痴られ、思わず不機嫌になったと言うのが、ことの顛末だったようです。

 特に団体旅行ではトイレの待ち行列がつきものだし、時間が限られているので焦ります。トルコでは地方に行けば行くほど故障で使えないトイレの率が高く、しかも殆どが清潔とは言い難く、閉口しました。

 韓国旅行では、朝食で利用した慶州のレストランのトイレが浄化槽の問題で紙が流せないらしく、それならそれでマメに掃除をすれば良いものを、個室の隅に使用済みの紙が堆く積み上げられ、その周りに蠅がたかっていたのにギョッとして、結局使うのをやめた程でした。2人から催行する高価格のツアーにも関わらず、そんな貧相なトイレしか備えていないレストランを利用するのが、正直信じがたかった。厨房の衛生観念も推して知るべしで、もう食事を終えた後でしたが、心配になりました。しかも慶州では、他のトイレも同様でした。首都のソウルは一見、東京に引けを取らない大都会ですが、韓国の京都と言われ、観光地としても名高いはずの古都、慶州で、数年前の時点でこのありさまです。その国の本当の意味での経済的な豊かさは、地方に行ってこそ分かるのだなと感じた出来事でした。

 団体旅行と比べ、個人旅行では時間的にゆとりがあるのと、美術館・博物館をメインに主だった観光地を巡るので、トイレで苦労することは殆どないのですが、昨年訪ねたパリのルーブル美術館のトイレには驚きました。まず、元々建物自体が宮殿(12世紀末に建てられたルーブル宮殿が始まり)なので、現在のような利用方法を想定していなかったとは言え、世界に名だたる大美術館なのに、圧倒的にトイレの数が少ない。

 特にいかにも後付けらしい展示室の中央に据えられたトイレが小さく(展示室内に、あるだけマシでしょうか…)、しかも清掃が行き届いていない。私が利用したトイレには確か個室が3室ありましたが、使えたのは1室のみで、他は紙詰まりを起こしていました。唯一使える個室にはトイレットパーパーがなく、床もなぜか水浸しになっている始末。一緒に並んでいた他の人も、その惨状に溜息をついていました。さらに変な(怪しい?)おじさんが、入り込もうとするおまけつき。もちろん件のおじさん、その場にいた女性全員に即座に「出て行け」と怒られていましたが…

 有料トイレは、入口に管理人のおばさんが立っていて、その場でお金を徴収したり、入口にバリケード付の機械が据えられていることもあります。後者は機械に利用料を投入しないと、入場できない仕組みです。しかし機械が特定のコインしか受け付けないことも多く、たまたまコインの持ち合わせがない時には、近くの売店で何かを買ってお札を崩したり、両替して貰ったりと、ことほど左様に、たかがトイレに入るのに、日本では考えられないほど面倒なプロセスを経なければならないことが多い。トイレの使用頻度が比較的高い日本人には、これは憂鬱のタネとも言えるでしょう。たまに利用者の善意を信じてか、入口に受け皿だけ置いてあるケースもありますが、本当に稀です。どうも店舗にしてもレストランにしても、トイレは本体の管轄外と言う意識が働いているように思えてなりません。かつては高貴な人物も自室でおまるを利用していたことから推察するに、早くから厠、便所と個室を設けていた日本とは異なった概念を、欧州はトイレに対して持っているのでしょうか?

 今年に入って、あるベテラン添乗員が書いたエッセイを読んで初めて知ったのですが、それによれば、団体ツアーの添乗で、ツアー客に対するトイレへの配慮が必要なのは、日本人を含めたアジア人独特のものなんだそうです。白人等の欧米人はアジア人よりも膀胱のサイズが大きく、アジア人ほど頻繁にトイレに行く必要がないらしい。そんな彼らから見れば、アジア人が頻繁にトイレに行くのが不思議と言うか滑稽に映るらしく、英語には「中国人の膀胱」と言う (←つまり、膀胱が小さいから中国人はトイレが近い、と揶揄した)表現もあるのだそう。

クリックすると元のサイズで表示します また、米国人も?日本人も大好きな花の都パリでさえ、19世紀半ばに当時のセーヌ県知事ジョルジュ・オスマンによって大改造計画が敢行されるまで十分な下水道施設もなく、汚物は通り沿いの窓から遺棄され、街は汚物にまみれていたのです。ペストやコレラなどの疫病が度々流行したのも、その衛生観念のなさが原因のひとつでした(映画『パフューム』に、その当時の街の様子が見事に再現されています)

 一方、同時代の江戸では既に汚物の回収&リサイクルの仕組みが確立され、来訪した外国人が驚く程、清潔な街並みであったと言われています。つまり、江戸時代から排泄物の処理に関して日本は先進的で、街全体が常にある程度清潔な状態に保たれていたのです。さらに「瑞穂の国」と謳われたように、日本が水資源に恵まれたことも、世界に先駆けて街や身体を清潔に保つ観念を育てたのかもしれません。日本では住宅建築においても、比較的早くからトイレと風呂場は明確に分けられています。そう言った歴史的・文化的背景もあって、公衆衛生に関する意識が日本と他国とでは大きな違いがあり、ウォッシュレットのような究極のトイレ装置の発明も生まれたのかもしれません。

 トイレひとつを取ってみても、彼我の違いが感じられて、興味深いものです。


2014/9/22

抱っこひもを巡る問題に関して思うこと  はなこ的考察―良いこと探し

 子育てには欠かせないグッズのひとつである抱っこひも(&おんぶひも←私も子育て期にはだいぶお世話になった)で、乳幼児の転落が問題になっていると言う。これも東京都が初めて実態調査して明らかになったことのようで、最近急に増えたと言うことではないようだ。しかも、「親の方はあわや我が子を死なせたり怪我させるところだったと後ろめたい気持ちもあって、こうしたことは今まで公になることがなかっただけで、調査結果も氷山の一角に過ぎないのでは?(←つまり、もっと多い)」と、調査した都は分析しているとのこと。

 そこで思い出したのが、ドイツで見かけた光景だ。こんなことなら写真を撮っておけば良かった。

 ドイツのベルリンでは、自転車の後部に自前で装着したと思しき小型のリヤカー(或いは、同様の形が製品化された自転車)に乳幼児を乗せて、ノンビリ走行(←ここ、重要なポイントです!)している姿を、結構な頻度で見かけた。

 同じ首都でも、どうしてこうも彼我の違いは大きいのか?やはり、東京は一極集中の弊害が大き過ぎるのか?ともあれ、ベルリンには、東京では考えられないような、ゆったりとした時間が流れていたように思う。

 さて、日本で問題になっている抱っこひもを使用中の乳幼児の転落事故は、おんぶから抱っこ、或いはその逆の動作の途中で起きたり、補助輪もついていない不安定なママチャリに、乳幼児を抱っこひもで抱えた母親が、後部座席にもうひとりの年長の幼児を乗せて走行中に起きているケースが多いらしい。前者は「立ったまま」「アスファルト等の路上」で行うのが大きなリスクのようなので、そのようなシチュエーションを避けるなど、使用者の注意で十分防げるものである。しかし、後者は使用者本人の注意だけでは避けられない背景を持っているように思う。

 仕事への本格復帰をできれば早めたい事情もあって、2人以上の子どもが欲しい親は、間をあけずに子どもを産み、育てるケースも少なくないようだが、そうなると、上記のようにひとりを抱っこひもで抱え、もうひとりを後部座席に乗せる形で、自転車に乗るケースが多くなる。特に都会では、地方と違って誰もが自家用車を持っているわけではなく(公共交通機関が発達して自家用車の必要性が乏しい上に、駐車場代など所有コストがバカ高い)、ママチャリ利用者が圧倒的に多い。

 慌ただしい朝の時間、家事を済ませ、急ぎ足で保育園に向かう母親達。それがリスクを増大させているとも言えるのではないか?

 安倍政権は、少子高齢化で労働力不足が叫ばれる中、女性の力を社会に生かす為、その社会進出を促す旨の発言を繰り返しているが、それならば、子育てしながら働く女性の負担軽減の仕組みを早急に構築すべきだろう。

 未だ解決しない保育所不足の解消はもとより、子育て中の母親が無理なく家庭と仕事の両立ができるよう、時短勤務や通勤の混雑を避ける時差出退勤の推進を、企業側に促す。その為には政府として、必ずしも大手企業とは限らない勤務先への経済的支援を行うことも必要だろう。

 さらに、自転車メーカーには、より安全なママチャリ開発に着手して貰いたい。乳幼児を乗せたまま走行しても安全な補助輪付もしくは三輪車のママチャリ、或いは、ドイツで見られたようなリヤカー付のママチャリ。そうなると、駐輪場のスペースも広げなければならないかもしれない。それが無理なら、日本が得意とする技術で、補助輪や車輪部分やリヤカーをコンパクトに折りたためるようにするとか、工夫の余地は幾らでもあるだろう。

 政府は「女性に働け」と言うのなら、子育てしながら働く女性の為に、それぐらいの環境整備を行うべきだと思う。これはけっして女性側の「甘え」ではなく、都会に産業も人口も一極集中し(←国が効率性を重視して、そう仕向けて来たんだし…)、核家族化が進んで親兄弟の援助もままならない子育て世代の窮状を鑑みての提言です(まあ、ネットの片隅で声を上げても、なかなか届かないかもしれませんが…)。生まれ育った地元で、親兄弟と助け合いながら子育て出来る環境なら、働きながらの子育ても、女性にとってそれほど大きな負担にはならないはず。しかし、現状はそうではない。

 特に都会では、大半の働く母親が、平日は家事や子育ての大半をほぼひとりで担い(母親同士の助け合いのネットワークにも限界がある)、青息吐息の状態にある。そんな追い詰められた状態で、母親が子どもとゆったりとした気持ちで向き合えるだろうか?

 政府は母親に働けと言うのなら(実際、団塊の世代とは給与体系も変わり、若い世代は共働きでなければ生活が成り立たない状況になっています)、子ども達の為にも、子育て世代のサポートをしっかりやって貰いたいものだ。それはそのまま、子ども達が健全に育つ環境作りを意味し、長期的視野に立って見れば、社会的コストの削減(個々の労働生産性の向上、治安維持等)にも繋がると思うのだ。

2014/9/21

些細なことに(些細なことだけれど)一喜一憂  海外旅行(旅の記録と話題)

 ハンガリーでのこと。ホテルに程近い場所にちょっとしたお菓子や飲物が買えるガソリンスタンドがあるのを旅行前にネットで調べてあったので、朝食後、散歩がてら行ってみました。

 ハンガリーは2004年にEUに加盟していますが、通貨は現地のフォリントをそのまま使用しています。観光客が利用する店ではユーロも使えますが、釣り銭は現地通貨のフォリントで戻って来ることが多いようです。私達夫婦は午前は旅程通りの市内観光、午後はオプショナルツアーで近郊のドナウベント観光を申し込んだので自由行動の予定はなく、観光も最終日だし、今さら両替して中途半端に現地通貨が残ってしまっても面倒だからと、敢えて両替はしませんでした。

 店内に入ってみると、レジ・カウンターに大きく当日の為替レートが表示されていました。それによれば1ユーロ=299フォリント。観光客に不利な店独自のレートではなく、公式のレートのようです。私達は1ユーロ、300フォリント見当で、おつりが極力出ないよう、5ユーロ相当の1,500フォリント分のお菓子と飲物を持ってレジに向かいました。レジ担当は無愛想な30歳前後の男性でしたが、きちんとレート通りにおつりをくれました。

 問題は翌日です。やはり朝食後に、午後のOPでバス移動の間に食べる為のお菓子を買いに同じ店に行き、前日と同じ要領で商品を選び、レジに持って行くと、レジ係の若い女性は6ユーロだと言います。こちらは1,500フォリント分と計算して商品を選び、レートも前日と変わらないので、支払い額は5ユーロのはず。たまたま電卓を持っていたので、目の前で計算して見せると、女性は少し気まずい表情で計算をし直すフリをして、私から5ユーロを受け取りました。おそらく、「今回は誤魔化しが効かなかった」程度にしか思っていないのでしょう。予想を裏切らず、謝るそぶりは一切ありません。前日のお兄さんの方が無愛想ながら正直者だった、ということでしょうか。

 高速道路で移動中、トイレ利用で立ち寄るドライブインのレートが多少悪くても、店頭の商品価格が少々高めでも、そこは観光地価格と相場が決まっているので納得できますが、きちんとレートを提示しているにも関わらず、いざ支払いの段階で計算を誤魔化そうとするのは、自分の懐に差額を入れようしている魂胆が透けて見えて、そのせせこましさが許せません。観光客だから、どうせ気付かないだろうと高をくくられているのも、正直気に入らない。

 これぐらいのちょろまかしは世界を見渡せば日常茶飯事なのかもしれませんが、どこからか、そんな小額で目くじら立てるなとの声も聞こえて来そうですが、金額の多寡ではないのです。些細なことだけれど、こちらとしては馬鹿にされたようで気分が悪い(実際、トルコの観光地で、値札のない清涼飲料水を、私には3ドルで売っておきながら、若い女の子には1ドルで売ったおじさんがいましたこの場合、腹が立つけれど、値札がないから、そういうこともあるのだろうと諦めもつきます。特に先進国以外では、人を見て値段を決める傾向があり、その根底には、富む者が貧しい者に施すのは当然である(=喜捨)、との考えがあります。尤も、飲物代をボラれた?件は意外に、若い子が可愛いから値段をまけてあげた、と言う可能性がなくはないですが…)

 一方で、昼食に利用したレストランで、団体ツアー客38人分の料理を孤軍奮闘に近い形で、息を切らせながら給仕していた、パンクな若いドイツ人女性の懸命な働きぶりには清々しさを覚えました。こんな女性にはチップを弾んであげたいくらい。残念ながら、店を発つ時はそんな余裕もない慌ただしさだったので、帰り際に思いっきり「ダンケシェーン」と御礼を言ったら、一仕事終えてカウンター側で立ったまま休憩中といった体の彼女は、屈託のない笑顔を返してくれました。

 また、ハンガリーのホテルで給仕をしていた20代前後の若い男性スタッフも、「『ありがとう』って、こちらでは何と言うの?」と言う英語での質問に、忙しく給仕する中、笑顔で即答してくれました。早速帰り際に、習いたての現地語で、当のスタッフに「ありがとう」と言うと、満面の笑顔で見送ってくれました。

 何処の国も、善良な人がいるかと思えば、そうでない人もいる。そんなことを改めて実感させてくれる、周遊ツアーでした。

 ところで、今回はツアーでお世話になった現地の人に、ささやかなお土産を用意しました。旅行前に、東京国立博物館に行った際に、売店で日本の代表的浮世絵の絵はがきとボールペンのセット(価格は300円弱)を3つ買っておいたのです。結局、観光の最終日に7日間スルーで運転を担当して下さったチェコ人の運転手さんに2つ、長距離を安全運転に努めて下さった御礼の気持ちを込めて差し上げました。これで日本とチェコの友好に、少しは役立ったかな?

        写真はチェコの世界遺産の街チェスキークロムロフの街並み
クリックすると元のサイズで表示します

2014/9/20

嫌な事件  気になったニュース

 昨夜のニュースで腹立たしかった2件。一件は東京都多摩市で起きている、新築途中の住宅が連続放火されている事件。もう一件は群馬県は嬬恋村で、収穫間近のキャベツが夜中に根こそぎ盗難に遭う事件が相次いでいる、というもの。

 金銭的な被害はもとより、住宅の完成を待ちわびていた人々と、丹精込めて育てたキャベツの収穫と出荷を待ち望んでいた農家の人々の思いを踏みにじる酷い事件である。放火魔には他人の幸福を妬み、それを壊そうとする歪んだ心理が透けて見えるし、キャベツ泥棒には、目先の金儲け(←犯人は最近キャベツの市場価格が高騰していることに目を付けたようだ)の為に他人の日々の努力を踏みにじり、その手柄を横取りしても平気な狡猾さが感じられる。何れの犯人も心が腐っている。罰当たりな輩である。

 おそらく、このような輩は近年急に増えたわけでもなく、昔から一定数存在していたのだろうが、情報化社会になって広く世間に知れ渡るようになった。それがまた、こうした犯罪者を喜ばせることになっているのではないかと思うと、余計に腹が立つ。特に放火魔は世間が騒げば騒ぐほどカタルシスのようなものを感じるだろうし、泥棒のニュースは模倣犯を生み出しかねない。

 だからこそ、どちらも、けっして逃してはならないのだ。逃げおおせて、せせら笑う彼ら(彼女ら?)の姿を、現実のものにしてはいけないのだ。

 実際、既に建築業者や地元警察による夜間の警備が強化されている。近隣住民も目を光らせている。過去の例を見ても、農作物の窃盗犯は、殆どが逮捕されている。何れの事件も、犯人が逮捕されるのは時間の問題だろう。

2014/9/19

モノより思い出  海外旅行(旅の記録と話題)

 かつて某自動車メーカーがミニバンのCMで「モノより思い出」という印象深いキャッチコピーを生み出しましたね。自社の新製品の性能を殊更アピールするのではなく、製品を買うことによって生み出される新たな価値観を前面に押し出したのが、当時としては新鮮でした。

 某番組で「近年は女性達が高額なブランド品を買うより、体験にお金をかけるようになった」と言う新聞記事を取り上げた際、コメンテーターの中村うさぎ氏が、「ブランド品を買うと言う行為も、ひとつの体験だからね。高額のブランド品を買う時のドキドキ感、それを自分のモノにした時の高揚感を体験しているの。買ってみないと、どんな気持ちになるかなんて分からないでしょう?」「体験にお金をかける、と言っても、予め用意されたプログラムを体験するだけでしょう?大事なのは、自分で何をしようか考えること。レディメイドのものを体験したって、それをお金で買ったに過ぎない」と反論していました。

 ははは…相変わらず辛辣で鋭い、歯に衣着せぬ物言い。しかしまあ昨年の生死の境をさまよったところから、よくここまで回復しました。往年?のうさぎ節が伺えて、一ファンとしては嬉しいです。病は人からあらゆる力を奪ってしまう。復帰間もない頃のうさぎさんはろれつも回らず、コメントにも従来の冴えがありませんでした。最近漸く、以前の冴えが戻りつつあります。

 しかし、うさぎさんの論法からすると、今回の私の海外旅行なんて、まさしくレディメイド。旅行社が考えたお膳立てに乗っただけの旅行です。「そんな旅行の何が面白いの?」と言う、うさぎさんの声が聞こえてきそう…

 昨年の結婚25周年を記念した6泊8日のパリ滞在旅行は、飛行機とホテルだけをANAでオーダーし、空港ホテル間の送迎の手配に始まって、滞在中の旅程や、その為に必要なチケットの手配まで、一切合切自分でやりました。パリにある旅行社とのメールでのやりとりなどもあり、出発ギリギリまでちょっとしたトラブルでヒヤヒヤする場面もありましたが、それも旅の思い出の一部になっています。

 旅先でも、ちょっとした行き違いから夫とケンカしたり(←まあ、いつものことですが…)、毎日の昼夕食をどこでするか悩んだり、個人で動くことで感じる緊張感など、印象深いことが多々ありました。旅行は案外、予定通りに行かないところに面白さがあるものです。「トラベルはトラブル」と誰かが言ってましたっけ。それだけ鮮烈に記憶に残る。

 ただ、今回のようなレディメイドなツアーの中でも、小さな失敗は数知れず。あらゆる場所、場面で感じることも多々あり、全く面白味がないわけでもない。寧ろ、どう楽しむかは自分次第なんだと思いました。貧乏性な舌の持ち主である夫(←ヨーロッパでの外食費は日本とは比較にならないほど高いのは当たり前なのに、どこに行っても高いと文句を言います…)との食事で、個人旅行では毎回食事場所探しに苦労している私としては、食事の心配がないだけでも気楽で、その分、他のところに気を回すことができたのが嬉しかったです。ともあれ、何をするにしても、何かを得る代わりに何かを諦めるのは、よほどすべてのことに恵まれた人を除けば、当然のことかと。

 さらに、どちらかと言うと、こうしたレディメイドのツアーへの参加は、その後の個人旅行の下見的な意味合いもあり、各国、各都市の一部しか見られない物足りなさ感は、次の旅への大いなる動機付け(→次の旅の為に、日々、節約に励む?)となります。

 そして、冒頭の「モノより思い出」に言及すると、最近の旅では特に買い物を控えています(←現地の人からすれば、有り難くない旅行者でしょうか?)。買いたい物が全然ないと言うことではなく、これまでの自分の傾向として、旅の高揚感でつい買ってしまった物は、値段の高低に関係なく帰国後使わないことが多く、毎度のように夫に「無駄遣いが過ぎる!」と責められます。だから、「モノより思い出」を心に言い聞かせて、できるだけ現地の風景を愛で、人々と触れあい、現地の宝と言われるものをじっくり見るよう心がけています。

   写真は最終日のドナウ川ナイトクルーズで見た、ライトアップされたハンガリーの国会議事堂
クリックすると元のサイズで表示します

2014/9/14

スロバキアの工芸市  海外旅行(旅の記録と話題)

クリックすると元のサイズで表示します


 スロバキアの首都ブラチスラバを訪れたのは旅行開始から7日目の9月6日。ガイドブックには、「9月の第1土曜日はハンガリー王の戴冠式が行われた時代を記念した時代絵巻のような戴冠式祭りが行われる」とありましたが、実際行ってみると、そのような様子は見られませんでした。

 その代わり、この時期は年に一度、スロバキア全土から工芸職人がブラチスラバに集まるとのことで、広場という広場に市が立ち、特設ステージも設けられ、子ども達向けの民族舞踊の教室や、民族衣装をまとった若い女性らによる民謡のコーラスが行われていました。

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します

 上の写真は、その市で買ったおもちゃ。吊り下げるタイプですが、下の紐を引くと手足が跳ね上がります。もしかしたらスロバキア独特のおもちゃではないのかもしれませんが、かわいいのと、その場の雰囲気でつい買ってしまいました。3ユーロでした。

 豊かな森林資源に恵まれた土地柄からか、木工芸品が数多く見られました。繊細な刺繍も美しかった。民族衣装をまとった男女が、当地の楽器も演奏していました。

 スロバキアの首都と言っても、元々チェコスロバキアが分離独立して出来た国のせいか、チェコのプラハに比べると、驚く程その規模は小さく、地方都市を思わせる素朴な佇まいでした。

 ガイドさんの解説によれば、現大統領は実業家として大成功を収めた後、国の行く末を案じて大統領に転身し、その優れた経営手腕を国政の舞台でも発揮しているそうです。そして、その足を引っ張っているのが、私利私欲にまみれた一部の国会議員だと嘆いていました。

 前NY市長のブルームバーグ氏も、経済界で世界的に名を馳せた人物ですが、世襲議員ばかりが目立つここ日本でも、自らの能力でのし上がった人物が、私利私欲に囚われることなく(←これ、重要なポイントです)、国政の場で力を発揮してくれたら良いのにと思います。

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します

2014/9/13

安住紳一郎アナ  はなこのMEMO

 久しぶり(おそらく数年ぶり。単に私がTBSの情報系番組を全然見ていなかったせいだが…)にTBSの安住紳一郎アナをテレビで見た。

 未だに自他共に認めるTBSの看板アナだと思うのだが、すっかり「皮肉屋の中年おやじ」になっているのにビックリした

 以前はもう少し表現に遠慮と言うか謙虚さが見られたのに(彼が大変な勉強家で、アナウンサーを天職と考え、プロ意識に徹しているのは知っている)、今の彼は相手構わずズケズケともの申す感じ。開き直っているのか、相手に自分がどう思われようが、もうどうでも良いと思っているように見える。

 しかも女性に対してはひときわ辛辣に見える。有名無名問わず女性そのものに幻滅しているのか?未だに独身を貫いているのは、そのせいなのか?或いは芸能界の女性に対してだけなのか?

 あまりに失礼な発言に、番組内で対話していた男性芸能人も「安住さん、友達いないでしょ?」と辛辣な一言。それに動ずることもなく「そうですよ」と応じる安住アナ。

 どうしちゃったんだろう?公共放送であるNHKのアナではないので、必ずしも無味無臭、品行方正である必要はないと思うが、一応、アナウンサーと言う職業上、もう少しニュートラルであるべきではないのか?今の安住アナは自分の「我」を前面に出し過ぎている印象がある。ゲストに媚びる必要はないが、最低限の敬意は表して欲しいところ。喩えるなら、安住アナにビートたけしの毒舌は求めていない。アナウンサーがアクの強さを売りにしてのタレント化には、私が古臭い感覚なのかもしれないが、抵抗がある。局アナには暖簾のような柔らかさがあっていい。相手に押されても、軽やかにいなす柔軟さ。

 実力のあるアナウンサーだけに、安住アナには王道で持ち前の力を発揮して欲しい。

2014/9/12

今回の旅で20カ国訪問達成!  海外旅行(旅の記録と話題)

クリックすると元のサイズで表示します


 子どもの頃は親が大病を患い入退院を繰り返したこともあり、実家は貧乏続きで家族旅行もままならなかったのですが、それだけに旅への憧れは強く、日本における旅番組の元祖とも言える「兼高かおる世界の旅」を見たり、小中学生の頃は店番をしながら日本地図や世界地図を眺めては、見知らぬ土地へ思いを馳せていました。

 私にとって生まれて初めての旅行は中学校の修学旅行で、海外旅行は新婚旅行と遅いスタートでしたが、以来、国内旅行は43都道府県を訪れ、海外は今回の旅行で20カ国訪問を達成しました。海外は気に入った国を何度か訪れているので、海外渡航数としては30回を数えます。

 旅の醍醐味は何と言っても、旅先での人々との触れあいです。現地の人々はもとより、同じ旅行者として現地を訪れた他国の人々と言葉を交わすことは、旅の思い出をより深く印象づけるようです。もちろん、団体ツアーに参加した時には、ツアーメンバーとの触れあいも楽しいものです。

 ですから、臆せずに積極的に自分から話しかけることが多いです。

 今回訪ねたスロバキアでは、添乗員さん曰く、「スロバキアでは2人しかその存在を知らない現地の日本語ガイド」の流ちょうさに驚き、思わず聞いてしまいました。

 「日本語がお上手ですが、どこで勉強されたのですか?」

 すると意外にもスロバキア国内で、スロバキア人教師から学んだとのこと。その教師は日本留学を経て、現在はスロバキアの大学で日本語の指導をされているらしい。柔らかく、ユーモアに富んだガイドさんの解説は、おそらく先生譲りの部分とガイドさん自らの人柄によるものなのでしょう。スロバキア滞在は僅か2時間弱と短いものでしたが、彼女の素晴らしいガイドで、スロバキアと言う国の一端が窺えたし、スロバキアと言う国に対して好印象を持ちました。

 元々ガイドの方は英語が専門らしいのですが、ひとつの言語をマスターすると、語学学習のコツを掴んで、他の言語も比較的容易にマスターできるのかもしれませんね。私自身、大学でイタリア語を学んだことで、同じくラテン語を源流とするスペイン語やフランス語に、以前より親しみを感じるようになりました。似通った単語が多く、構文も同じなので、例えば(美術用語を多用している)美術館のキャプションなど、何度も目にするうちに、大体の意味が理解できるようになります。

 オーストリアはウィーンの美術史博物館のトイレの待ち行列では、前に並んでいた白人女性の方から声をかけて来ました。

 "Are you Japanese?"

 Yesと答えると、"You remind me of Tokyo. I used to live in Tokyo for years.”と予想外の展開。最近、ヨーロッパでは店でも道端でも「ニイハオ」と声をかけられることが多いので、(中国マネーがヨーロッパを席巻しているのを承知しつつも)正直良い気持ちはしないのですが、日本在住経験者だから、日本人と見分けがついのでしょうか?続けて"Tokyo is well organized city. I love it!" と称賛しきり!こんな風に褒められると何だか嬉しくなりますね。出身が米Indiana州とのことで、それを受けて?、私の伯母のひとりが結婚してMissouri州に住んでいる旨を話すと、"Oh! It's a small world"と返して来ました。さらにトイレの壁の一部が美しい緑の葉の壁紙なのに私が反応すると、すかさず"Kawaii…"と日本語も飛び出し…そして"Have a nice trip"と言う言葉と共に、彼女はトイレの中へ。私も"Same to you!"と返しましたが、ほんの数分のやりとりが、とても楽しく感じられました。

 帰りの空港で飛行機への搭乗を待っていると、後ろに並んでいた年配女性が「搭乗にはパスポートも要るのかしら?」と聞いて来ました。国際線なので必要のようですよ、と答えると「ありがとう」と言いながらウィンクです。お茶目だわ。そこから会話が始まって、どうやらオーストラリアから団体ツアーで来たらしいことが分かりました。私が日本人と知ると間髪を入れず、「ああ、訪ねてみたい国だわ」と一言。それが社交辞令でも嬉しいものです。何より、咄嗟にそんな言葉が出るのが素敵です。私も見倣いたい。

 以上は英語でのやりとりでしたが、俄仕込みの現地語でも、それなりにコミュニケーションは成り立つものです。外国人の私がたどたどしくも現地語で挨拶すると、皆さん、本当に喜んでくれ、当初は仏頂面だった人も途端に相好を崩したりと、挨拶の効果は絶大でした。

 
 午後の自由行動の時間に訪ねたプラハの国立美術館のひとつで、近代美術を収蔵展示しているヴェルトルジュニー宮殿(と名前が付いていますが、近代的なビルです)では、午前中にガイドさんから教えて貰った挨拶の言葉3つ「ドブリーデン(こんにちは)」「ディクユー(ありがとう)」「ナスフレタナ(さようなら)」を館内の職員と思しき人々全員にかけたところ(目が合ったら、とにかく挨拶!)、皆さん、とても喜んでくれました。中には別れ際に私の肩を叩きながらチェコ語で何かを言ってくれた方もいたのですが、いかんせんチェコ語は俄仕込みの3語しか知りません。しかし満面の笑顔から、その女性がとても喜び、親しみを込めて私の肩を叩いてくれたのは分かりました。

 ブダペストの土産物店でも、試飲のトカイワインのグラスを返す時に、覚えたてのマジャール語で「ありがとう(ケセナム)」と言うと、店員さんから「Kawaii」と返されました。

 これからも、どこで、どの国の人と、どんな出会いがあるのか、神のみぞ知るですが、できればお互いが楽しく笑顔になれるような出会いにしたいものです。

参考記事:「世界の4人に1人が英語を使え、その大半がネイティブではない by 本山勝寛氏」

2014/9/10

遅めの夏休みで旅行に行って来ました  海外旅行(旅の記録と話題)

クリックすると元のサイズで表示します


 先週の日曜日から10日間(観光は正味7日間)、旅行に行って来ました。昨日の午後、羽田空港に到着しました。

 総勢38人(+添乗員)の団体ツアーへの参加でしたが、誠実に職務に取り組む添乗員さんの細やかな心遣いで、なかなか楽しい旅となりました
 

 今回は複数国を訪ねる周遊ツアーでしたので、個人で行くより効率的で(しかもリーズナブルで)気楽でした

 10日ぶりの日本は…思いの外蒸し暑いとは言え…久しぶりに自宅で炊いたご飯は、やっぱり美味しい炊きあがったばかりの熱々のご飯を口に入れる瞬間は、日本に生まれて良かった、と思う瞬間です



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ