2014/8/29

夏、逃げ足が速いですね。  日々のよしなしごと

 今日、息子はイレギュラーに家庭教師のバイトで、夫は急遽同僚と飲みに。いつもなら慌ただしい時間に、のんびり過ごしている。

 つい先日まで、蝉の大合唱がうるさいくらいだったのに、ここ数日の気温の低下で、たまに聞こえて来る鳴き声もどこか弱々しい。

 とは言え、夏の終わりの前兆は10日位前からあった。

 ベランダや玄関前の廊下で、ひっくりかえって腹を見せた蝉の姿を多く見かけるようになった。

 しばらくして様子を見てみると姿が消えていたりしたので、以前、ベランダの鉢植えに実っていたパプリカを囓ってしまった時のように、死んでしまった蝉を、椋鳥か何かが咥えて持って行ってしまったのかと思っていた。

 微動だにしない蝉を、ある時、試みにひっくり返してみると、まだ生きていたようで、しかしかなり弱っているのか飛び立つこともなく、力ない足取りでモサモサと動いて、近くにあった箱の陰に隠れてしまった。

 いじわるに箱を持ち上げてみると、蝉はじっとその場に佇んでいた。そして、しばらくして、渾身の力を振り絞ったのか、飛び立っていった。

 あのベランダでひっくり返っていた蝉も、もしかしたら自力で体勢を変えて、飛び立って行ったのかもしれない。

 でも、あの様子じゃ、近くの木までたどり着けまい。

 途中で力尽きて、どこかに墜落して、運が良ければ土に還るのかもしれない。

 夏の逃げ足が速すぎて、蝉たちもアタフタしていることでしょう。

 でも、また気まぐれに、夏は戻って来るのかもしれない。

 その時まで、蝉たちは生き長らえているのだろうか?
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2014/8/28

教育〜親の責任、自分の責任  はなこ的考察―良いこと探し

 NHKの朝ドラ「花子とアン」を見てつくづく思うことは、教育の重要性だ。意外にも脚本を手がけたライターは原作を読んで、花子や蓮子らの様々な障害を乗り越えて成就した恋愛エピソードに最も感銘を受けたらしいが、私自身は自分自身の経験に照らして、花子が当時の女性としては最高水準の教育を受けて、自身の人生を輝かせたことに、最も心を打たれている。

 山梨の貧農の家に生まれた花子こと花は、行商人で、ちょっと風変わりな父の強力な後押しで、東京のミッションスクール、修和女学校で小学生の頃から給費性として学び、そこで学んだ英語力を武器に翻訳家・作家として活躍する。

 一方で、花子の兄、妹達は、それぞれ十分な教育を受ける機会もなく、苦しい家計を助けるために女工として遠方の紡績工場へ働きに出たり、先行き暗い小作農以外で身を立てたいと軍隊に入隊したり、若くして見知らぬ男のもとへ遠く北海道まで嫁がせられたりと、貧しさゆえの苦労を一身に受けている。同じ親のもとに生まれた兄弟姉妹なのに、教育の有無で人生の明暗がクッキリと分かれてしまっている。劇中、兄や妹達が、花子の恵まれた人生を羨んだのは無理からぬことだと思う。

 山梨を離れたことのない母親と違い、行商で日本各地へ赴き、世間を知る父親は、教育の重要性に早くから気付いていた。幼い頃から人一倍好奇心旺盛で、利発な花子に期待を寄せた彼は、ゴリ押しに近い形で花子を東京の修和女学校へと編入させた。結果的に花子は4人兄弟の中でも只1人、父親にえこひいきされた形だが、そのおかげで当時としては最高の英語教育を受け、自立する為の能力を得た。花子は他の兄弟姉妹の手前、大っぴらに思いを伝えられないまでも、父親の慧眼に感謝したことだろう。

 一方、私の父は、私が密かに「昭和生まれの明治育ち」と揶揄したように、男尊女卑思想があからさまな人物だった(祖父がかなり偏った考えの持ち主で、次男だった父は幼少期から、酷い仕打ちを受けたらしい。後年、そのことを母から聞き、私は初めて父と言う人間を理解し、許した)。「女に学は要らない」が口癖で、4人兄弟の長子である私には、「早く働いて家計を助けろ」と言い募った。特に私が小学校4年生の秋頃に、父が病に倒れ25年務めた会社を辞めて入退院を繰り返すようになってからは、外に働きに出始めた母に代わって、家を購入後、自宅1階の店舗で始めた小さな書店の店番を私に任せるようになった(その当時は外で友達と遊べなかったのが悲しかったのだが、今にして思うと、数年間を殆どひとりで本に囲まれて過ごしたことが、私の後の人生を方向付けたように思う)。

 もちろん、学校から帰宅後の数時間ではあるが、夕方には一時2階の自宅に上がって米をとぎ炊飯器をセットし、おかずを一点と汁物を作るのも私の仕事だった。おかげで中学校入学後、テニス部に入部しても、帰りが遅いと父に責められ続け、走り込みなどの基礎訓練を終え、やっとラケットを使用しての練習が始まって、これからいよいよと言う時に、部活を辞めさせられた。

 私が幼稚園の頃、まだハイハイしたてのすぐ下の妹(後に4歳で交通事故により死亡)が私に近づいて来たことがあった。テレビを見ていた私は振り向きざまに、妹の手にあったカミソリの刃で額の生え際を切られてしまった。その直前まで髭を剃っていた父親が捨てたカミソリの刃に興味を持った妹が、その刃をゴミ箱から取り出し、私のところまで持って来たのだった。

 5cmほどの切り傷で、私の額からはドクドクと血が流れたが、荒くれ男の父はタバコの葉で止血すれば良いと言って、病院にも連れて行ってくれなかった。おかげで今でも大きな傷跡が額に残っている。幸い生え際なので前髪で隠れているのだが、この顛末を最近知った末妹は、父のいい加減さに激怒していた。

 父はとにかく短気な性格で、病気で気持ちが荒んでいたこともあるが、勝手に妄想して人を怒鳴りつけることも度々であった。中学生の時には傘を投げつけられ、それが右目の上瞼を直撃し、9針縫うケガを負った。さすがにその時は救急外来で治療を受けたが、あと少しずれていれば失明の憂き目に遭っていた。もちろん、なぜそんなケガをしたかなんて、当時の友達には言えなかった。

 母親は優しく、いつも笑顔の絶えない女性だったが、こんな時にも父親に文句のひとつも言えない弱い女性だった。離婚すれば、自分の力だけでは生活が立ちゆかないことを、何よりも恐れていたのだろう。今なら「児童相談所」に通報されてもおかしくないレベルのDVぶりだったが、当時は今ほど、世間にもそういう認識はなかったのかもしれない。

 私が高校に入学してからは「高校を卒業したら公務員になれ」と言い募った。高校で公務員模試を受験したら、特に試験対策をしたわけでもないが(当時は今のような試験対策問題集もなかった)トップの成績で合格確率80%以上と出た。高3の夏に公務員試験を受けたら、10倍を超える倍率だったが合格した。

 しかし、有力企業が乏しい地方である。公務員になりたい人はいくらでもいて、ペーパーテストで合格しても、いざ採用の段階ではコネがまかり通っていた。不運なことに、私の父は他県出身者で、母は地元でも商家の出身で親類縁者に公務員はいない。結局、採用には至らなかった。実際、同級生の中でも特に女性の場合、公務員(そもそも採用が男性優先)になったのは、親類縁者皆公務員だとか、教員にしても親が教員と言う人が多い。

 一応、公務員試験合格者は初級の場合、1年間は採用候補としてリストアップされる。私は父親の要求に応えて公務員試験を受験したし、合格もしたので、義理は果たしたと思っていたが、父親は「とにかく働いて家にお金を入れろ」と言って、どこから探して来たのか、自宅からほど近い建設会社の仕事を探してきた。4月1日から、否応なく、その会社で働くことになった。

 実は、自分がアルバイトで稼いだお金で、私は父親には内緒で共通一次試験を受験していた。点数は自分の希望する地元の国立大の学科の合格点に十分達していたが、たとえ合格したとしても学費は調達できないし、二次試験を受験する費用さえなかったので諦めた。ただ、いつかチャンスがあれば進学したいという思いは消えなかった。

 複雑な思いを抱えつつ4月から働き始めた私だが、入社1カ月で辞めたいと思った。高校の普通科を出て、経理ができるわけでもない私に何ができよう?実際、掃除とお茶汲みと電話応対と、日報の記録が主な仕事だったが、トイレ清掃が一番憂鬱だった。

 零細企業で現場監督以外は皆日雇いの労働者だったが、従業員はとにかくトイレの使い方が汚く、多い時には日に10回以上、トイレを掃除した。糞尿まみれのトイレを掃除しながら、すごく惨めな気持ちになった。月曜日から土曜日まで、午前8時から午後6時までの勤務で、給与は7万円。それに5,000円の交通費がプラスされる。ボーナスは2年目から支給とのことだった。その中から毎月3万円を家に入れた。

 入社して2カ目には来年の進学のことを考え始めていた。父親の反対に遭うのは目に見えている。学費も自分で調達するしかない。家にお金を入れなくなることにも、父親は腹を立てるだろう。親を騙し騙し学生生活を続けるのは2年が限度だと思った。もちろん、学費の不安もあった。就職も確実にしなければ。そう考えると、当時としては短期大学への進学が最適解だった。

 早速、地元の短大の就職率や就職先について調べ、当時は地元の国立大に次いで、抜群の就職率で女子には人気の高かった短大を目指すことにした。試験科目は国語と英語と小論文。高校時代にはどれも得意だったものだ。その年、その短大に入学した友人から、高校の教師が作ってくれた過去問集を譲り受け、入試直前の3カ月間、仕事が終わってから毎日勉強した。

 短大には無事、合格したが、入学直後、初対面の助教授に「君が○○君か」と言われた。入学試験の成績が良かったらしい。以後、その先生とは卒業後も30年以上に渡り親交が続いている。私の窮状を知って、短大時代には私を研究アシスタントとして有給で雇って下さった。心から「恩師」と呼べる先生だ。

 父親には入学直前まで短大入学のことを黙っていた。入学に必要な費用をすべて払い込んだ後に「もう入学が決まったから」と事後報告で、短大に入学してしまった。父親は不満たらたらだったが、私は私の人生をもうこれ以上父親に支配されたくない、振り回されたくない、と思っていたから、あくまでも強気で通した。

 1年目の学費はどうにか工面できたものの、問題は2年目だった。それも幸いなことにバイトと奨学金でどうにか賄えた。自宅通学だったのも幸いした。父親からは相変わらず文句を言われ続けたが、そもそも学業とバイトに明け暮れたので、父親との接点が少なくて済んだ。

 私の学生時代は、ハマトラ・ファッション花盛りで、合コンも流行り始めた頃だった。しかし、私にはおしゃれする心の余裕も、合コンに参加する時間もお金もなく、そう言った華やかな学生生活とは無縁だった。バイトで夜中の1時頃に帰宅し、翌朝8時半の講義に出ると言うこともあった。疲れていたが、若かったことと、自分で稼いだお金で短大に通っているんだという自負とで、ハードスケジュールを乗りきった。とにかく自ら選んだ道だから後悔したくないという思いで学業に注力して、オール優に近い成績で卒業し、無事、就職もできた。

 就職先は必ずしも自分の希望する分野ではなかったが、そこに就職したことで地元を離れ、私を支配しようとする父親と物理的にも距離を置くことができたし、その職場で夫とも出会えたので、自分にとっては正しい選択だったと思っている(ただし、親元を離れた後も、月3万円、ボーナス半額の実家への仕送りは続き、私は相変わらず貧乏だった。親の呪縛からようやく逃れられたのは結婚後のことだ)

 後年、私は36歳で夫の協力もあって4年制大学へ進学するのだが、その時に親しくした、私より20歳も若い同級生達の殆どが、卒業後、教師としてのキャリアを着実に積み上げて行っている。私はその大学を首席で卒業したが、年齢の壁と健康の問題(体力の減退)もあって、今さらキャリアを積むには遅きに失した感がある。やはり、「鉄は熱いうちに打て」だ。特に女性の場合、職種によって年齢制限のある日本では、できるだけ若いうちにキャリアをスタートさせ、仕事と私生活の両立(ワーク・ライフ・バランス)のコツを掴んだ方が良いに決まっている。

 地元に帰省した時にも、4年制大学を卒業した友人達は、教師や専門職としてキャリアを積んでいる人が多く、4年制大学は短大よりも専門性をもったキャリアを積み上げるには適した教育機関(分野によっては専門学校もそうだろう)なのだなと思う。残念ながら短大を出た友人の多くは結婚・出産を機に1度家庭に入って、今はパート職に就いている人が圧倒的に多い(私が学生の当時、短大は就職率が高く、しかも就職先は一流企業が多いと言っても、職種は一般職が殆どで、雇う側も「結婚退職が前提」の雰囲気だった)。もちろん、世間を広く見渡せば、残間里江子氏や小谷真生子氏など、短大出身者でキャリアを積んだ成功者もいるが、割合として見れば、4年制大学卒業者に分があるのではないか?
 

 時代の趨勢(当時は4大卒女性よりも短大卒女性に対しての方が就職の門戸も広かった。女性の間でも「就職は腰かけ」と言う意識が高かったのかもしれない)にもよるのかもしれないが、当時、4年制に進学するか、短大に進学するかの選択において、親の影響は大きかったのではないか?

 女性に対しては4年制よりも短大への進学を勧める親の多かった時代に、4年制の進学を勧めた、或いは許した親は、間違いなく子どもの教育に対して熱意を持った親である。何の不安も、迷いもなく進学の希望を果たせた人は、それだけで親に感謝すべきだ。自分の恵まれた環境に感謝すべきだと思う(いかんせん恵まれた環境にいると、自分の周囲には似たような環境の人ばかりで、努めて"外の世界"を見ない限り、自分が恵まれていることには気付かないものだ)

 私の夫も貧しい家の出身だが、両親は教育の重要性を認識し、爪に火を灯す思いで貧窮に喘ぎながら、2人の子を県外の国立大学に進学させた。夫も両親の思いを受け継いで、我が子の教育には熱心だ(それ以上に子煩悩なのが嬉しい)。私は自分の父親を反面教師に、そして自分自身の経験に照らして、子どもに対する教育の重要性を認識しているつもりだ。田畑を持たない庶民が我が子に残せるのは「教育」と言う無形の財産しかないと思っている。

 もちろん、「教育」とは学業のみを指しているわけではなく、ひとりの人間として、どうあるべきかのモラルを、幼い頃から時間をかけて教えるのも「教育」である。

 何より我が子の幸せを願って、その適性を見極め、その為に必要な教育の機会を与えることが、親としての務めだろう。例えば大学教授の息子が職人を目指すことはアリだし、逆に職人の子どもが研究職を目指しても何ら不思議ではない。また、大学よりも専門学校で学ぶ方が、子どもの目指す進路に適うスキルを獲得できる場合もあるだろう。或いは中学、高校を卒業してすぐに、実社会で体験的に学ぶ方が向いている子ども(←所謂、ストリート・スマート)だっているはずだ。

 子どもが将来どんな進路を選択するのであれ、子どもが自立して自分の人生を歩む為に必要なスキルを、子どもが親元から巣立つまでに「教育」によって身につけさせることが、親として一番大事な仕事だと思う。 

 ところで、背景は異なるものの、私も村岡花子女史と同じ4人兄弟の長女である。しかも4人兄弟の中で大学を出たのは私だけで、こと学歴に関しては村岡花子女史やその兄弟姉妹と似たような状況である。

 現代にあってこの結果は、親の意識の低さもあるが、やはり本人達の問題でもあると思う。私の弟や妹達は、お世辞にも勉強好きとは言い難かった。私がことある毎に教育の重要性を訴えても、暖簾に腕押し、豆腐に釘であった。それも原因のひとつなのか、甥の1人は、高校卒業を目前に中退してしまい、今は派遣労働者として東北に赴いている。夫方の甥姪は軒並み国立大、有名私立大に進学したのに、私の実家では教育軽視の"負の連鎖"が止まらない。残念で仕方がない。

 ここで私が言いたいのは、子どもには「自ら育つ」側面もあるということだ。「自分で自分を育てる」と言う意識を持つことで、誰でも自分の人生を自ら切り開いて行くことが出来る。たとえ親の意識が低く、頼りにならない存在でも、子ども自身が自尊心を持ち自助努力すれば、最高とは行かないまでも、自分なりに充実した人生を歩むのは十分可能なのである。

 
そのような人生を歩んで来た人は、声高に喧伝していないだけで、実際には世の中に幾らでもいると思う。今、親のことで悩んでいる人には、「負の連鎖」は自分の代で絶ち切る気概を持って、自分の内にある「自ら育つ力」を信じて、境遇に負けることなく生きて行って欲しい。 
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2014/8/25

プロミスト・ランド(原題:PROMISED LAND、2012,米国)  映画(今年公開の映画を中心に)

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 後からじわじわと様々な感慨が湧いてくる映画。

 米映画界のナイスガイ、マット・デイモンが鬼才ガス・ヴァン・サント監督と『グッドウィル・ハンティング』以来、タッグを組んだと言う本作。それだけで期待も大いに膨らむと言うのに、なぜか神奈川県では現時点で上映がなく、都内でも2館のみ。しかも2012年制作の映画が今頃公開という不可思議さ。

 おそらく、本作で扱われているシェールガスを巡る話が、エネルギー資源開発では避けられない環境破壊と言うセンシティブな問題を含んでいるからなのだろう。

 特に日本では、2011年の東日本大震災によって起きた福島の原発事故が未だ収束せず、国民の間でも日本各地に点在する原発の稼働に対して、万が一の事故を懸念する声が少なくない。福島の事故によって人々は、豊かな風土と温かなコミュニティが一瞬にして、恐ろしいほど呆気なく、破壊されてしまうことを知ってしまった。「開発」と「破壊」は表裏一体なのだ。

 だからと言って、本作は声高に「反開発」を唱えているわけでもない。結局、シェールガスを巡る話は、"人間を描く"道具として使われているだけである。大企業に入社した地方出身の主人公が、出世を夢見てがむしゃらに働き続けて来て、いよいよ出世も射程圏内に入った時、思いがけず冷や水を浴びせかけられる。そこで我に返って自分の原点を見つめ直した時、彼は何を思ったのか?結局、どんな生き方を選択したのか?本作は、そういう人間ドラマを描いているのだと、私は思った。

 そう映画を解釈すると、本作の上映を見送った映画館側の的外れな自主規制が、情けなく思えて来る。もちろん、映画の解釈は見る側の自由だ。映画館の方で余計な気を回して上映しないより、とにかく上映して、見る側の解釈に委ねたら良いのに。映画館側の体制(大勢?)に阿った(或いはこの内容ではマット・デイモン主演でもヒットが見込めないと判断したか?それで公開に至らず、映画ファンの元に届かなかった名作・佳作も少なくないのだろう。逆に『ホテル・ルワンダ』のようなケースもある)、このような傾向が、表現の自由を狭めて行くのではないかと、私は危惧している。

 
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 シェールガスの採掘権と引き換えに提示される金額は、貧しい農村地帯の人々にとっては目にしたことのない大金だ。その大金に目が眩む人間もいれば、「うまい話には必ず裏がある」と疑いの目を向ける老教師フランク(ハル・ホルブルック)のような人間もいる。

 主人公のスティーブ(マット・デイモン)は自身もアイオワの農家出身で、地元にあった農耕具メーカーの撤退により、急速に寂れて行く地元を目の当たりにした経験を持つ。彼はグローバル社という巨大エネルギー開発企業の先兵として、パートナーのスー(フランシス・マクドーマンド)と共に採掘権の契約を進めて行くのだが、自身の苦い経験を踏まえて、このままでは先行きが暗い農村部の人々に良かれと思って採掘権契約を進めているフシがある。

 「都市への富と人の一極集中」と「地方の衰退」はセットである。地方には、都市にはない豊かな自然が溢れているが、それだけでは経済的に糊口を凌ぐのに精一杯で、未来を展望する精神的余裕などなく、我が子にも十分な教育を授けられない厳しい現実がある。

クリックすると元のサイズで表示します そこに環境保護団体のメンバーを名乗るダスティン(ジョン・クランシスキー)の横やりが入る。果たして、スティーブとスーは、住民との契約をうまく取り付けることができるのか?グローバル社は思惑通りに、この経済的に貧しい農村地帯での採掘権ビジネスを成功させることができるのか…


 最近の米国映画に顕著な傾向だが、実社会の現状を反映したものなのか、本作でも女性の方が逞しく、"男前"である。スティーブの仕事のパートナーであるスーは一児の母であり、愛して止まない息子を頼りない夫(もしかして離婚しているのか?)と共に自宅に残して、全米各地を飛び回っているキャリア・ウーマンである。常に冷静で、感情に流されることなく、目前の仕事をテキパキと片付けているのが、スティーブとの一連のやりとりからも見て取れる。昇進を目前にしたスティーブより、寧ろ彼女の方がやり手なのではと思わせる仕事ぶりなのだ。彼女の言動の端々から、一家の家計の支え手としての覚悟と強さが感じられる。それに引き換えスティーブ、お前は…以下省略。

 しかし、どちらの生き方にも理があり、一概にどちらが正しく、どちらが誤りとも言えない気がする。現実は物語のように白黒ハッキリ付けられるものではないだろうし、人それぞれに、自分の人生の中で大切にしたいものがある、と言うことなのだろう。

 
 以前、地元の市民大学で米国社会について、数回にわたって講義を受けたことがある。講師は現役の東大教授だった。講師曰く、「米国は歴史が浅い国ゆえに、古い歴史に対する憧れがある。それがよく現れているのが、古代ギリシャ神殿を思わせる威風堂々とした公共建築の数々」「米国の本質は都会にあるのではない。農村地帯にある。汗水垂らして働く農民こそが、かつてのカウボーイが、米国人の実像であり、彼らが米国大統領を選び、米国を動かしている」

 映画を見ながら、特に後者の言葉が思い出された。米国大統領候補らはだからこそ、地方遊説を重視するらしい。自分たちこそ真性の米国市民と信じて疑わない人々を前に、自らも市民の為に汗水垂らすことを厭わない人間であることを、積極的にアピールするらしい。都市生活者にしても、その大半が地方出身者のはずであり、基本的な価値観は自身の出自によるところが大きいのではないか?

 確かに私のような旅行者が訪れるのは、米国の中でもニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコ、ワシントンDC、ボストン、ラスベガスなど、都市部が多い。そうでなければグランド・キャニオンのような人里離れた雄大な自然が魅力の観光地である。今回の映画の舞台のような農村地帯を訪れることなど、殆どないだろう。私が知る米国の姿はほんの一部に過ぎず、知らないことの方がずっとずっと多いのだ。

 そう言えば、LAのユニバーサル・スタジオ・ハリウッドを訪れた際、場所柄、米国各地から訪れる観光客が多いせいか、出会った人々の殆どが、自分がドラマや映画で知る人懐こい米国人と言うより、「人見知りな性格の持ち主」の印象が強かった。たまたま同じアトラクションで狭いスペースで短時間一緒になった家族は、こちらが親しみを込めて笑いかけても(却って怪しい外国人と思われたのか)、最後まで固い表情のままでニコリともしなかった。今考えると、夏休みに、アジア系もあまり住んでいないような地方から、家族旅行で来た人達だったのかもしれない(映画の中でもアジア系は一切登場しなかったような…)


 今回演出を手がけたガス・ヴァン・サント監督の作品は、「エレファント」「グッドウィル・ハンティング」「小説家を見つけたら」「永遠の僕たち」「ミルク」「誘う女」などを見て来たが、何れも登場人物達の関わり合いを丁寧に描いた人間ドラマで、見終わった後に深い余韻を残す作品揃い。人間の本質や生き方について、改めて考えさせられることも多い。

 時折挟み込まれる風景描写も美しく、物語の舞台がどんな場所なのか、何気ない風景のワンショットが雄弁に語ってくれているかのよう。その演出は居丈高に何かを主張するでもなく、さりげないシーンで、さりげない台詞に、ハッとするような深みがあって、強い印象を残す。けっして説明口調でもないのに、直接的に何かを訴えるわけでもないのに、しっかりとメッセージが心に届く。これは監督の巧みな演出力の賜物なのだろう。

 最近はCGの多用や3Dなど技術頼みの作品が多く(それはそれで映画的外連味が楽しかったりするのだけれど)、十分に練られた脚本で、心の琴線に触れる台詞の多い、丁寧に作り込まれた人間ドラマが少ないので、こうした作品を見ると正直ホッとするし、米国映画もまだまだ捨てたもんじゃないなと思う。 

(日比谷、TOHOシネマズシャンテにて鑑賞)

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『プロミスト・ランド』公式サイト

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2014/8/23

ワイヤーリング♪  携帯電話から投稿

今日、西美(セイビ)の立ち寄りプログラムで、ワイヤーリングを作りました。

「自由自在」と言う、カラフルなビニールでコーティングされたワイヤーを使って作りました。

初めての方でも、ものの5分で出来ます。

色の組み合わせ、ワイヤーの曲げ方次第で、世界に二つとないオリジナルの指輪が出来上がり♪

私は今日が最後の担当なので、記念に自分用に、作ってみました。
大好評を博したプログラムも、明日が最終回です!

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2014/8/22

誰も言わないけれど…持ち家のリスク  はなこ的考察―良いこと探し

 おそらくさまざまな利権が絡んで、この国では実現不可能だとは思うけれど、これだけ自然災害が多いと敢えて声を大にして言いたくなる。

 災害大国である日本では、平野部に、免震装置を備えた堅牢な鉄筋鉄骨コンクリート造の公営賃貸集合住宅を建て、そこに国民を居住させることが、国民の命や資産を守ることになるのではないか?

 少なくとも人口の集中する都市部(地方でも人口密集地)ではそうすべきだと思う(そうすると情緒もへったくれもないけれど、国民の命と生活を守ることを最優先するならば、そうするしかないと思う)

 せめて、仮にそのような住宅に住みたいと言う国民の声が今後出た場合、それに応える天災対応公営住宅があっても良いと思う。

 今回広島で起きた大規模土砂災害では、マンションの最上階に避難して助かった市民も少なくないようだ。今朝のNHKのニュースでは、専門家から、こうした「垂直避難」を推奨する発言もあった。逆に「異変<異臭・異音・振動>に気付いてから、戸建て住宅から車、或いは徒歩で避難する猶予はなかった」との、被災者からの声も多い。

 さらに、こうした災害で住宅が全壊・半壊した場合、持ち家の市民は、既に抱えている住宅ローンに建て替え・補修費用のローンが加わって、命は助かっても二重ローンを抱えるケースが多い。これでは子どもの教育資金、自身の老後資金等、人生設計を大きく変更せざるを得なくなる。しかも、戸建ては費用の工面さえできればOKだが、分譲マンションとなると区分所有という複雑な権利関係で、補修も建て替えも、必要な住民の合意が得られず難航するケースが多い。まさに"持ち家リスク"である。

 だからこそ、ある程度の資産を持った富裕層はともかく、大多数の庶民には公営の良質な賃貸集合住宅の供給が必要だと思う。因みに我が家は都市部でマンション住まいだが、もし公営で良質な集合住宅があれば、分譲マンションなど購入しなかっただろう。

 場所にもよると思うが、バブル以降の分譲マンションなど購入して20年で、資産価値は購入時の半額どころか三分の一以下である。マンション購入費用(我が家の場合、頭金、住宅ローン、ローン利子合計で、おそらく6,000万円近く?)の一部でも生活費に充てられたなら、いったいどれほど余裕のある生活が送れたことだろう?

 
 仕事を求めて地方から都市に人が流れるのは、世界的な傾向である。日本も例外ではない。しかも日本は高度経済成長期以降、国策として国民に持ち家を推奨し、住宅建築を促進させて来た。

 約1万点の部品で作られる自動車と並んで、住宅建築は住宅産業はもちろんのこと、住宅取得に伴う家電製品、家具の買い換え等、他産業への経済波及効果が高い。庶民が組む住宅ローンも銀行等の金融機関をさぞや潤わせたことだろう。経済の活性化にはお金の循環が必須である。国民は自家用車を買い、自宅を買うことで、日本経済の発展に大きく貢献して来たと言える。

 しかし、ただでさえ狭い国土で、住宅建設に適した平野部は限られている。そこでデベロッパーは山間部を切り開き、宅地造成して、無理矢理住宅地を拡大させて行った。特に新たな土地の取得を必要とする地方出身者の戸建て志向(もしかしたら、それは植え付けられた戸建て"幻想"なのかもしれない。戸建て住宅所有は、そもそも土地に余裕のある田舎の発想ではないか?)もあって、住宅地は元は山だった郊外へとどんどん広がって行った。それが、近年目に見えて増えている集中豪雨による、住宅地の土砂災害のリスク増大に繋がっている。

 いくら災害で多くの人々が甚大な被害に遭い、不幸に見舞われようとも、さまざまな利権が複雑に絡んだこの国では、私のような考えが採用されることはないのだろう。人々の資産所有欲も消えることはなく、容易に予想されるリスクには敢えて目を瞑って、家を買ってしまうのかもしれない。

 今後も相次ぐであろう大災害に、果たして「日本の国力」は、国民は、どこまで耐えられるのだろう?


 近年は世界的な異常気象(森林伐採や先進国を中心としたCO2排出が原因とされる"温暖化"のせいなのか、或いは「地球の歴史」と言う長いスパンで考えて、今が偶々"気候変動期"に当たっているのか…)で、各地で干ばつや集中豪雨で大きな被害が出ている。また、海水温の上昇により台風(サイクロン、ハリケーン、タイフーン)の勢力も年々拡大傾向にある。

 日本も例外でなく、特に山間部での集中豪雨による大規模土砂災害や竜巻災害が、相次いで起きている。つい最近も広島市内で、集中豪雨による大規模な土砂災害が起きて、現時点で90人近い死者・行方不明者が出ている。

 夏休みにSGTで地方から訪れる児童生徒の話を聞いても、彼らの殆どが、夏休み期間中に自分の住む地域で集中豪雨を経験し、何らかの被害を受けている。日本のどこに住んでいようと、災害に無縁ではいられない。

 さらに"天災"と言う大枠で考えるならば、この20年の間に、阪神・淡路大震災(1995年、死者・行方不明者6,437人)、新潟県中越地震(2004,死者68人)、新潟県中越沖地震(2007年、死者15人)、岩手・宮城内陸地震(2008年、死者・行方不明者23人)、そして、2011年の東日本大震災(死者・行方不明者19,000人以上)と、二桁以上の死者を出した地震だけでも4回起きている。1人でも死者が出た地震となると、実に15回も発生している。

 地震年表を見れば、日本が世界でも類を見ない地震発生国であることは一目瞭然である。因みに過去の記事を調べて見ると、2007年時点の記述で「ここ10年間に世界で発生したマグニチュード6.0以上の地震の20%が日本で発生している」


 これだけ日本各地で災害が相次いでいるのに、自分だけは大丈夫とはとても言えない。「いつ何が起きるか分からない」「いつ何が起きても不思議ではない」と言う覚悟を持って、一日一日を大切に生きるしかないのかもしれない。

【追記:2014.09.16】

 私が当記事を書いてから3週間後に、土砂災害と宅地開発との関連について、以下のような記事がタブロイド紙に掲載されました。

 環境社会学者でもある嘉田前滋賀県知事へのインタビュー記事ですが、政権批判の論調はともかく、日本が他の先進国と比較して、
「国民の生命軽視(=土地持ち階層優遇)の宅地開発を戦後一貫して続けて来たこと」、
さらに
「自然災害リスクの周知徹底が未だ不十分であること」
が、専門家の視点から明確に述べられています。


「嘉田前滋賀県知事が告発『広島土砂災害は自民政権の人災』」(日刊ゲンダイ)
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2014/8/19

体力ないけれど行ってみた「台北・故宮博物院〜神品至宝」展  文化・芸術(展覧会&講演会)

 昨日は午前中、美術館でスクール・ギャラリー・トークがあり、修学旅行で地方から出て来た、美術館体験が殆どない高校生を相手に対話型トークを実施した。今日の出来は、自分としては残念ながら少々納得の行かないものであった。奥手な彼女達から言葉を引き出すのに、もう少しやり方があったのでは、と後悔と反省。

 事後の振り返りミーティングも含めて、午前中でボランティアの仕事は全て終わったので、かねてから行こうと思っていた、同じ上野公園内にある東京国立博物館へ行って来た。現在、9月15日(月・祝)までの予定で、台湾の故宮博物院のコレクション展が開催されている(私は1年間有効の東博パスポートを利用。このパスポート、東博に通える範囲にお住まいなら、とてもお得です!全国に点在する国立博物館でも使用可能!詳しくは→東京国立博物館パスポートについて)

 私は今から20年以上前に1度、台湾の故宮博物院へ行ったことがある。その時に、今回は1週間限定の展示であった《翠玉白菜》も見た覚えがある。翠玉の色をそのまま白菜の色に見立てて彫り上げた逸品だ。これに限らず、幾層にも入れ子になった象牙の透かし彫りの玉等、超絶技巧で作られた工芸品の数々には圧倒された。

 皇帝の為に、職人が一世一代の仕事に真摯に取り組む。中国歴代皇帝の権力がいかに強大であったか、そのカリスマ性がいかに凄かったのか、故宮に遺った文物が物語っている。おそらく職人の超絶技巧も、ただ自分自身の為のみなら、そこまで極めることはなかったのではないか?そして職人の死後も、その作品は遺った。職人の入魂によって、作品は永遠の命を得たに等しい(もちろん、形あるものだから、壊れることもあるだろうけれど)

 これは宗教に対する人々の思いに通じるものがある。時に人は神の為に、自分の命さえ捧げる。命を賭して、神を信仰する。神に一切を、自分の命さえも委ねることで、人は神の御許で永遠の命を得る、と考えて。この場合、人を突き動かすエネルギーは、自分の内にあるのではなく、外(神の存在)にあるのかもしれないなあ…と、そんなことを考えながら、ひとつひとつの展示物に見入った。

クリックすると元のサイズで表示します 特に気に入ったのは《藍地描金粉彩游魚文回転瓶(ランジビョウキンフンサイユウギョモンカイテンヘイ)》。景徳鎮窯、清時代・18世紀の品だが、二重構造となった仕掛けと、描かれた文様の華やかさが目を引く逸品である。外瓶は藍地に鮮やかな金粉で華麗な文様が施され、胴部に4つの窓が開いている。

 その窓から、内瓶に描かれた色彩豊かな魚の姿が見えている。近くに掲示されたテレビの録画映像を見ると、(外瓶と内瓶の底は接触はするものの、くっついてはいないので)内瓶を回すことができるらしく、4つの窓から金魚と水草が次々と現れては消え、まるで泳いでいるかのように見える。外瓶の文様は、西洋の無線七宝という技法に基づいた「粉彩」によるもので、当時、積極的に西洋の技法を取り入れ、発展を遂げた景徳鎮窯の勢いが感じられる作品である。

 また、清朝宮廷工房の作である《臙脂紅碗(エンジコウワン)》の、今で言うとベビーピンクのような淡い紅色が何とも言えない愛らしさで、掌に収まるほどの小ささも相俟って、手に入れたい衝動にかられた(笑)。さらに刺繍作品の美しさにも目を見張ったことを付記しておく。

 午前中のSGTの疲れもあったのか、書画のコーナーでは集中力が続かなかった。自分自身がせめて書道を嗜んでいたら、また思い入れも違ったのかもしれない。素朴な疑問なのだが、普段から書に親しんでいる人なら、何の苦もなく書を"鑑賞"の対象として見ることができるのだろうか?私のような門外漢は、どうも字体や字面の美しさを楽しむ余裕などなく、書かれた内容の方ばかりが気になってしまう。そして、楷書の漢字なら多少読めて意味は類推できるとは言え、照度を落とした薄暗い展示室の中で延々と続く書の世界に、私の脳の処理能力が追いつかず、どうにも集中力が続かない。

 そんな中でも北宋時代の高級官僚で、詩人・書家でもあったと言う蘇軾<ソショク>(1036-1101)の《行書黄州寒食詩巻(ギョウショ コウシュウカンショクシカン)》には心惹かれた。47歳の時、黄州(湖北省)に左遷された蘇軾が、その時の自身の境遇と内面の苦悩を詩に綴り、後に書として作品化したのが本作だと言う。「寒食」とは、祖先の墓参りを行う清明節<4月上旬>に火の使用を禁じ、作り置きの冷たい食事をとる風習を指すらしい。勝手な想像だが、中央で活躍していた高級官僚が地方の"閑職"に飛ばされた=「冷や飯喰らい」の悲哀が、「寒食」と言うタイトルにも込められているような気がした。

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 千年の時を経て黄変した紙に、伸びやかな筆致で七言古詩が認められている。添えられた翻訳が見事なのか、作者の心情が、今を生きる私にも切々と伝わって来た。しかも、伝来が数奇で、清朝末期に日本の収集家が購入し、関東大震災に遭うも難を逃れ、後に台湾の収集家を経て、台湾の故宮博物院が収蔵した、日本にもゆかりのある品らしい。

 博物館から持ち帰った新聞を帰宅後読んでみたら、「北宋の大文人・蘇軾の傑作」とある。そう言うお墨付きを知らなくとも、展覧会で実物を見た途端、素晴らしいものは素晴らしいと、素人目にも分かるものなのだろうか?おそらく、本作を見るまで散々端正な楷書を見て来て(それはそれで、もちろん美しく、素晴らしいのだけれど)、行書ならでは?の〜さらに蘇軾の持ち味であろう〜字体の伸びやかさに、まず目を引かれたのだろう。遅まきながら本作で初めて、書を"鑑賞する"楽しさが体感できたように思う。


 買って間もないサンダルだったせいか、足もそろそろ痛くなり、名残惜しさを感じつつ、東博を後にした。東博の門を抜けると、館内が涼しかったせいもあるが、炎天下のアスファルトの熱気が我が身に一気に押し寄せて来て、一瞬立ちくらみがした。その暑さは身体に堪えた。

 自宅に戻ったら、微熱が出ていた。しかし、行ったことを後悔はしていない。疲れを押して見に行っただけの価値はあった。

 これまで数十年間、"ひとつの行動に2つ以上の目的"を心がけて来たが、近年は体力の衰えもあって、そしてこの頃は連日の猛暑で、それも難しくなっている。その都度、自分の体調と相談しながら行動しなければならない年齢になったようだ…て、早過ぎるかな?

『台湾・故宮博物院〜神品至宝』展公式サイト
 
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2014/8/18

今週の土曜日は上野の国立西洋美術館へいかが?  文化・芸術(展覧会&講演会)

 現在、上野の国立西洋美術館では『指輪展』を好評開催中

 どうして"西洋美術館"で「指輪展」?と思われる向きもあるかもしれませんが、個人コレクターで知られる橋本氏が、古くは古代エジプトから現代に至るまでの指輪コレクションを、美術館に寄付したことから、今回の展覧会が企画されたようです。

 有名宝飾店の時代物の指輪もありますが、そこは美術館。販売目的の展示ではないので、指輪を、その歴史を辿る、と言う観点から、その形状やモチーフや作られた目的の変遷を、時系列に展示しています。最後の部屋では、神戸ファッション美術館のご協力で、宝飾品に合わせたドレスの展示も!

 通常の絵画作品の展覧会と違い、照度を少し落とした中で輝きを放つ指輪群。いかんせん、小さくて少々見づらいのが玉に瑕ではありますが(予めルーペが装着された展示もあります)、指輪という身近な宝飾品をアートとして見る、貴重な機会となることでしょう!

 「指輪展」を見るには企画展なので、大人1,400円、大学生1,200円、高校生700円(中学生以下は無料)の入場料が必要なのですが、歴史的にも芸術的にも価値の高い300点もの指輪が一堂に会した展覧会はなかなかないので、この機会に是非足を運んでみてはいかがでしょうか?

『The Rings 橋本コレクション 指輪 神々の時代から現代まで〜時を越える輝き展』

 その「指輪展」に合わせて、ボランティアの企画で、簡単な工作で指輪が出来上がる「立ち寄り型プログラム」を土日に開催中です。今度の土日が最終回となります。

「はめて帰ろう!色いろリング」

 モールやカラフルなビニールコーティングがなされたワイヤーやキャンバス地やアクリル板を使って、世界にひとつだけのオリジナルな指輪が作れます!参加費無料!

 これまで参加された方々には、「こんなに身近な材料で、こんなに簡単に、こんなに素敵な指輪が作れるなんて驚きだわ」と、すこぶる好評をいただいています。

 嬉しいことに、老若(下は幼稚園児・保育園児から、上は80歳を越える方まで)男女関係なく、プログラムに参加いただいています。お子さんにとっても、ご家族にとっても、若いカップルにも、はたまたお年を召した方々にも、夏の楽しい思い出として喜ばれているようです。

 また、国立西洋美術館は毎月第2、4土曜日は、常設展に限り、どなたでも入場無料となっておりますので、ご家族で是非、いらしてみてはいかがでしょうか?猛暑が続く中、美術館の涼しさは避暑に最適です

 プログラムは1階(入館して、右手奥のスペースです)で開催中ですので、企画展の「指輪展」をご覧にならない方、つまり常設展のみ見学の方でも、参加可能です。実質、交通費と食費だけ?で、美術館の常設展見学と立ち寄り型プログラムの指輪作りが楽しめます。

 今週の土曜日、まだ特に予定の決まっていない方、お出かけの選択肢に、上野の国立西洋美術館を是非加えてみて下さいね。
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2014/8/13


青い空
入道雲

今が盛りと
蝉が、さんざ鳴く

暑さ、増すなり


スイカ
メロン
ぶどう
ナシ

今が旬と
我、さんざ味わう

どれも、美味なり
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2014/8/12

「アナと雪の女王」の空前のヒットについて思うこと  はなこのMEMO

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      美しい映像も、ドラマチックな主題歌も、確かに素敵なんだけどね…

 私達、大丈夫なのかな?

 ディズニー・アニメ『アナと雪の女王』は全世界で空前のヒットを飛ばし、その興行収入は歴代5位の12億3261万$(約1200億円)だそうだ(因みに一位は『アバター』の27億8227万$)

 日本では7月末現在で、観客動員数1973万2446人、興行収入は250億円を突破。興行収入が250億円を突破したのは2001年のジブリ・アニメ『千と千尋の神隠し』以来で、実に13年ぶりとのこと。しかも、まだロングラン公開中で、夏休み期間中に、歴代2位の『タイタニック』の262億円を抜くのではないかとも言われている。

 実は本作の字幕版を、私は公開初日の3月14日(金)に見ている。アニメを公開初日に見るなんて、私にしては珍しいことだ。

 ディズニー社は公開数ヶ月前から、主題歌"Let It Go"の一部を映像付で、映画館で何度も流していた。雪の女王エルザが氷の城で、力強く、高らかに歌い上げる主題歌は、美しい映像も相俟って、そのサビの部分を、映画館に来る人々の脳裏に焼き付けた。私のように映画館へ毎週のように通う人間には、効果てきめんであったことだろう。公開1カ月前にはダメ押しにフル・ヴァージョンを流していたので、すっかり洗脳?された私は、映画公開前に主題歌をソラで歌えるような気分にさえなっていた。

 それで初日に馳せ参じたのであるが、本編のアニメ自体は、映像こそ現在のディズニー社の最高水準の美しさではあるものの、物語自体は捻った展開もなく、特に瞠目すべきものでもなかった。見終わった後には、雪の女王として運命づけられたエルザの苦悩と自尊心を歌い上げた主題歌シーンの高揚感だけが残った。

 映画館の暗がりから出て、明るい照明の下で、私は夢から覚めたような不思議な気分に陥った。ディズニーの夢の魔法が解けてしまったのか…翌日には物語の筋をあらかた忘れてしまった。

 私の記憶から『アナ雪』が消えかかった頃、映画館では前代未聞の出来事が起こっていた。上映中の館内で、観客が劇中歌を合唱すると言うのだ。元はアメリカで始まった、もちろん、ディズニ−社公認のイベントである。その告知が周知徹底されていなかったこともあって、知らなかった観客からはクレームがついたこともあったと言う。そりゃあ、そうだ。まさかの展開なのだから。

 公開から既に5カ月、未だに『アナ雪』フィーバーは続いている。先日発売されたブルーレイは、わずか3日でミリオンセラーを記録したらしい。

 しかし、ここで冷静に考えてみる。本家本元の米国での興行収入は4億0061万$(約400億円)で、米国内では歴代19位の興行成績である(その上には「アベンジャーズ」や「バッドマン」等のアメコミ原作映画がズラリと並ぶ)。世界58カ国で公開されて、全体で日本円に換算して1200億円の興収の内、お膝元の米国が3分の1の400億円と言うのは分かる。しかし、幾ら現時点で世界第二位の市場とは言え、日本単独で250億円て…どういうことだろう?米国と日本の二国の興収で世界全体の半分以上を占めている。奇しくも国連の分担金負担率と同じで、二国の独擅場。

 今回の大ヒットは、主題歌制作にミュージカルの楽曲提供で定評のある作曲家夫妻を起用したディズニー社の戦略の勝利とも言えるだろうし、TDR開業30年による日本におけるディズニー文化の浸透(その前段として、日本の敗戦<→自己否定>と進駐軍の駐留による米国文化<万歳!>の浸透があるが…)の成果とも言えるのかもしれないが、たかがアニメに(と言ったら語弊があるかもしれないが)、こんなに入れあげて、皆さん一体どうしちゃったの?大丈夫なの?もっと関心を持つべき大事なこと、他にあるんじゃないの?(→"音楽"や"映像"が人間の心に与えるインパクトの大きさを、改めて思い知らされる現象とも言える。為政者が、プロパガンダに映画をよく利用するのも頷ける)

 客単価が高いのか、それとも、リピーターが飛び抜けて多いのか?或いは、その両方なのか?いつだったか、テレビのインタビューで小学生連れの母子が「もう7回は見ました」と目を輝かせて答えていたが、いくら何でもディズニー社に貢献し過ぎだろう?これは極端な例としても、「今、ヒットしているから」「今、売れているから」と言う理由が、消費行動を促している傾向は、現在の日本で顕著だ。ベストセラーランキング、ヒットランキングに名を連ねた商品が、さらに売り上げを伸ばす現状。

 果たして、個人が、何の考えもなしに(或いは、"心地よさ"と言ったムードで)大勢に追従する行動性向は、危険ではないのか?大衆が持ち上げる偶像に対して、「大きな流れに乗ってさえいれば自分の選択は間違っていない」と言う、根拠が曖昧な信頼を抱いてはいないか?

 「情報」によって「行動の最適化」を図る。それは、情報化社会が強化した人間の行動性向なのかもしれないが、逆に言えば、入手する情報によって、自分の行動がいかようにもコントロールされる危険性を孕んでいるとは言えないか?ネットに流布する情報は言うまでもなく玉石混淆で、それを鵜呑みにすることの危険性は指摘されて久しいが、所謂「トレンド」や「ブーム」への関心は、自分自身を含め多くの人々の中で高く、その潮流が巨大であればあるほど、その実体を知らずに盲信し、追従してしまう傾向が強いように思う。しかも、その傾向が年々強まっているのを感じる。

 そう言えば、ツイッターやLINEのような短文入力の影響なのか、所謂ヤフコメのコメントも1行どころか10文字以内のコメントが、最近増えたように思う。俳句より短い文字列の中に、一体どんな考えや思いが込められると言うのか?普段から自分の頭で考える習慣なしに、思考力は育たない。思考力なしに、判断力は身につかない。そうなれば、ますます大勢追従型の人間が増えて行く。これは日本だけの問題ではないのかもしれないが、とどのつまり、政治の独裁体制を生み出す土壌になりかねないと、個人的に危惧している。

 今1度、冷静に世の中の流れを見極めるよう、心がけたい(反省を込めて)
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2014/8/12

横浜トリエンナーレ2014  文化・芸術(展覧会&講演会)

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 8月1日(金)から始まった横浜トリエンナーレ2014に先週行って来た。

 既に7月に入ってから猛暑が続く日本列島だが、暑い盛りを避けて会期後半まで待って、うっかり見逃すよりは、暑さなど多少我慢して前半に行ってしまえとばかりに、友人と3人で朝一に現地集合した。

 当日の朝、現地横浜MM21地区は、白く薄い雲がベールのように広がった空の下、時折、南から突風が吹いて、地上の塵芥を舞い上がらせるような天気。前日よりは心なしか暑さも和らいだ印象だ。

 会場のひとつ横浜美術館前で落ち合った3人は早速館内へ。この横浜トリエンナーレ、私とAさんは2005年以来2回目の見学だ。Bさんはもう4、5回は連続して見ていると言う。

 前回は私が企画して、美術館ボランティア10人ほどで見学した。メールで募集をかけ、日時を決め、昼食会場の選定と、行く前から幹事としてやることが目白押しだったが、今回はたまたま「横トリ見たいね」と意気投合した3人で行く、気楽なもの。人数が少ない分、フットワークも軽く、口も滑らか(笑)。

 「トリエンナーレに参加する若手のアーティストにとって、トリエンナーレってどんな位置づけなんだろうね?やなぎみわのような有名作家にとっても…」
 「参加型もあれば、もっと楽しめるのにね」
 「この作家はいろいろ作っているけれど、作風が定まっていないと言うか…何を表現しようとしているのか今ひとつ分からない。試行錯誤しているのかな?それとも、それさえも作品として見せている?」
 「映像作品は立って見るのに忍耐がいるわね。しかも同じフロアに幾つもあるから、集中力が続かないわ。いっそのこと、映画館のようにタイムテーブルで順繰りに見せて欲しいわね。」
 「何年後かに、"あれ、面白かったね"と、すぐに思い浮かぶ作品、今回の横トリにはあるかな?」
 途中休憩のカフェで、
 「最近、何か、面白い本読んだ?」
 「面白い映画、見たよ」 

 同世代の美術好きが、横トリのこと、それ以外のこと、忌憚なく言い合いながら、作品を見て行く。そういう気楽さも、通常の美術館で見る展覧会とは違ったトリエンナーレの魅力だろうか?

 つい、前回と比べて見てしまうが、あれ?スケール・ダウン?横トリ・ウォッチャーのBさんも、年々、規模が小さくなっている、と残念がる。まるで、日本と言う国の凋落傾向と同調しているかのようだ。全体的に小粒で、元気がない?!その論法で推察すれば、巨大市場で何かと先進国の耳目を集める中国や、伸び盛りの東南アジアのトリエンナーレは、活気に溢れているのだろうか?世界各地で毎年のようにトリエンナーレが開催される昨今、作家も、より注目される場を求めて、参加する国や都市を選別しているのだろうか?

 前回は確か大型展示場パシフィコ横浜と横浜赤レンガ倉庫を主会場に、それぞれ美術館とは異なる雰囲気の空間で、所狭しと、ジャンルも様々な作品が展示されていたように思う。人が多かったせいもあるが、一種お祭り騒ぎのような賑やかさだった。

 今回も、新港ピア会場は倉庫を用いているが、いかんせん、展示作品の数が少なく、スカスカな印象。入口付近でやなぎみわの絢爛豪華?な舞台装置が出迎えてくれるのだが、その後は心持ちおとなしめな映像作品やオブジェが続く。

 広島被爆者の昔と今を撮った写真パネルの展示は、やはり原爆投下のあった8月を意識してのことか?以前、このプロジェクトのドキュメンタリーを見たような覚えがある。アートと言うより、ジャーナリスティック。アートが広く"表現すること"すべてを範疇とする現代においては、これもアートなんだろう。

 しかし、作家の(苦心惨憺の?)創作活動の痕跡である作品群を見て、思う。表現者として、世に向けて、何かを発信することの難しさ。手段、形式、様式、今や出尽くした感がある。何を見ても、いつだったか、どこかで目にしたような、既視感がある。

 今まで見たことのない、全く新しい何かに出会うことは、もうないのではないか?未知なるものに出会った時の興奮を経験することは、もうないのではないか?

 インターネットで繋がった情報化社会において、世界のどこかで起きた出来事は、瞬時にして世界に伝播する。新しい表現も、すぐに使い古される。

 「もしかしたら、インターネットの繋がっていない、絶海の孤島辺りで、私達の想像もつかないようなアートが生まれているかもしれないね」〜そんな台詞が、つい口をついて出て来たりもする。実際には19世紀の帝国主義時代以降、土着的なプリミティブ・アートでさえ、世に広く知られてしまったのだけれども。

 皮肉なことに、"表現すること"すべてをアートと見なした現代、誰もがアーティストになりえる。そんな中で、アーティストがアーティストたり得る条件は何なのだろう?「何でもアリ」「やったもん勝ち」なアートの状況が、却ってアーティストのアイデンティティの危機を招いているようにも見える。それとも、アーティストがアート作品の販売で生計を立てる前提で語っている私のアーティスト観が、偏狭で時代遅れなのだろうか?

 例えば、新港ピア会場で見た「世界の献金箱」(笠原恵美子)の写真群は、何かに着眼して、それをひたすら追求し、集積するだけでもアートになり得ることを証左して見せた*1。見る者にとって、アートがより身近に感じられる"作品"である。おそらく私も旅先で見かけたはずなのに、気にも留めなかった献金箱。それが宗教、国、言語圏の違いはもちろんのこと、それぞれの風土によっても形を変え、素材を変え、個性を発揮している。数多く見ているうちに、ジワジワとその面白さが分かって来るから不思議だ。

*1 こうした表現手法を現代美術でアキュミュレーション(accumulation<=蓄積物>)と言うそうだ。元はアウシュビッツなどのユダヤ人収容所に収容されていたユダヤ人の夥しい数の毛髪や靴やカバンを展示して、ナチスドイツの殺戮の歴史を知らしめる主旨から始まったものらしい。そうした背景を知って見るのと、知らずに見るのとでは、この表現形式に対する感じ方も違ったものになるのだろう。

日経新聞9/20付の夕刊コラムで、国立西洋美術館館長の馬淵明子氏が、このことについて言及しているのだが、これを踏まえて、現代における美術の在り方を、単に美しいもの、楽しいもの、心安らぐものだけでなく、現代社会の実相をありのままに表現する(時にそれは目をそむけたくなるものかもしれない。現代美術家って、"哲学している"んだよなあ…)役割を担うものだと馬淵氏は指摘し、その意味で、今回の森村泰昌氏プロデュースによる横浜トリエンナーレを、国際的にも誇れるものだと、高く評価している。


 横浜美術館では、Temporary Foundationの作品が印象に残った。鏡を使っての視覚的な面白さ、鮮やかな色遣い、そして、"Court"で法廷とテニスコートを掛けた遊び心。3階のある程度のスペースを割いてのスケール感で、作品の中に入って体感できるのも楽しい。


 前回の横トリでは「束芋」氏を発見した。今回は残念ながら、そのような"発見"はなかった(←単に私の感性の問題なのかもしれない)。ただ、現在のアートシーンをウォッチするには、大切な場のひとつである。一般の人々が現代アートを身近に感じるイベントであり、子ども達にとっては、初めて現代アートに出会う場になるかもしれない。

 
 今回は、横浜美術館と新港ピア会場の2カ所を、マイクロバスがピストン運行している。もちろん無料で、乗車前に横トリのチケットを提示すれば良い。基本的に屋外を歩くことは殆どなく、外気の暑さはあまり関係がないようだ。夏休みのお出かけに是非どうぞ!

【2014.08.29追記】

 先日、横トリでボランティアを務められている人と話す機会があり、その人曰く、今回の横トリは、プロデューサーの森村氏の掲げたテーマに沿って厳選された作品が展示されているらしい。全容を正しく理解したければ、是非、森村氏自らが手がけておられる音声ガイドを利用して欲しいとのこと。或いは、近くにいるボランティアに遠慮なく質問して下さいと。

 私の拙い感想では誤解を招くかもしれないので、以上、追記しておきます。

横浜トリエンナーレ2014公式サイト

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2014/8/4


横浜美術館に到着。

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2014/8/4

横浜ランドマークタワーにて  携帯電話から投稿

今日はこれから、友人と三人で、横浜トリエンナーレです♪

今日も朝から暑い。

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2014/8/3

もしかして熱中症?  日々のよしなしごと

今朝、5時半頃目が覚めて、起き上がろうとしたら頭がクラクラして、起き上がれなかった。

これが「めまい」と言うヤツか。

しばらく枕に顔を突っ伏して、まんじりともせずに時間をやり過ごして、再び起き上がろうとしたが、まだ頭がクラクラする。

こりゃ、ダメだ。無理したらアカン、と思い、寝ることにした。

次に目が覚めた時にも、頭を左に動かしただけで、頭の中でボールのような球体が周回したような感覚があった。

数日前に寝違えて以来、頭と首の左半分の鈍痛に悩まされているのとも関係があるのか、とにかく寝覚めが悪く、少しずつ上体を起こし、おそるおそる立ち上がった。

やはり少しめまいを覚えたが、とにかく脱水症状を何とかしなくてはと台所に向かい、水をコップ一杯飲んでから岩塩タブレットを一錠、口に含んだ。気休めにしかならないと思ったが、どうにか不快な症状は和らいだように感じた。

このところの猛暑で、睡眠時間が滅茶苦茶になっている。11時前後に就寝したのに、夜中に暑さのあまり目が覚めたり、明け方に蝉の声で目覚めたり…おかげで睡眠不足で日中も眠気が取れず、晩ご飯を作ろうという夕方近くにも睡魔に襲われ、どうにか頑張って晩ご飯を作り、一通り家事を済ませると、たいした労働量でもないのに疲労困憊で9時、10時には寝入ってしまうこともある。そしてタイマー予約でエアコンが切れてから2時間後ぐらいに暑さで目が覚め…の繰り返しで、どうも身体がだるい。力が入らない。

そして、数日前に寝違え、今朝はとうとう「めまい」である。

ここ数年暑かったけれど、こんなに身体に堪える暑さは初めてな気がする。自分の体力が落ちてしまったからなのか…とにかく、水分をこまめに、塩分は時々、ちゃんと補給して無理をしないこと。倒れたら大変だからね。特に我が家は、家事をする人が私以外いないので。


このブログにお越し下さった皆様も、どうぞ、くれぐれもご自愛下さい。
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2014/8/3

危険ドラッグで思うこと  気になったニュース

ここ数年で覚醒剤や大麻以外のドラッグの危険性が指摘されるようになり、今年に入ってからは、運転手のドラッグ吸引が原因の、歩行者を巻き込んだ交通死亡事故が相次いでいる。

先頃、警察庁は「脱法ドラッグ」と呼ばれていたこれらの危険薬物の名称を、公募を経て「危険ドラッグ」と改めた。今後はこの名称で、濫用防止に当たって行くと言う。もう数年以上前からその危険性は指摘されていたのに、何の関係もない一般人に死者が出てから動くなんて、ストーカー殺人と同様に、警察の対応が遅すぎる

数年前に行ったLAでは、たまたま入ったコンビニの棚に、それらしき物が堂々と並んでいた。店の前に、日本人留学生崩れと思しき、見るからに覇気のない、死んだ魚のような目をした男女がたむろしていたから、彼らはそこでドラッグの味を覚えたのだろう。一体、何の為に留学したのやら。高い留学費用を負担したであろう親は、このことを知っているのだろうか?

ネーミングも、公募した割には芸がなさ過ぎというか、これじゃあ、わざわざ公募する必要などなかったのではと思うインパクトのなさ。どうせなら「速効逮捕ドラッグ」にでもすれば良かったのに。もうね、いちいち細かく禁止成分指定せずに、持っていたら即、逮捕!

先日には、特に4月以降に、覚醒剤以上に危険な作用を及ぼすドラッグが出回り始めていて、その原材料の大半がC国から流入しているとの報道があった。個々の成分は危険且つ違法でなくとも、調合することによって、専門家も予測できない危険な作用を及ぼす可能性が高いらしい。しかも、薬学や化学に詳しい者が、このドラッグ生成に関わっている可能性が高いと言う。

何だか彼の国が、日本社会を薬物汚染で内部から崩壊させようとしているのではと、疑いたくもなる恐ろしい話である。

先日は、私がよく利用する映画館のすぐ近くでドラッグ販売店が摘発され、まさか自分の身近にそのような店が存在していようとは思いもよらなかったので、本当に驚いた。もしかしたら、これまで気付かないうちに、ドラッグでトリップしている人物と、道ですれ違っていたかもしれないのだ。

ネットでは首都圏のドラッグ汚染はかなり深刻との噂もある。皮肉にもネット販売によって、ドラッグ使用が広まったとも言われている。なぜ、ドラッグ濫用者が、自分の身を滅ぼすかもしれない毒薬に身を委ねるのか、普段から口酸っぱく息子には「自分を大事にしなさい。あなたの身体はあなただけのものではない」と言っている私からすれば、本当に理解できないことである。濫用者にも親がいるだろうに。それとも、我が子の自尊心をきちんと育てなかった親が悪いのか?

結局、久しく戦争も経験していないような、平和で経済的に豊かな国で起きる事件・事故は、その殆どが親子関係に起因しているような気がする。生育期に、親子の間で、心が通い合っていたのかどうか。親が一方的に愛情を注ぐだけでも不十分で、親の愛情が子どもの心にしっかり届いていたのかどうか。親子の間で確かな情愛があり、子どもの内に自尊心が育っていれば、どんな社会・環境であろうとも、自分の身を自分で守る自制心が身につくはずだ。

さまざまな事件・事故を報道で知る度に、私も自戒を込めて、我が身を顧みるようにしている。
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2014/8/1

少子高齢化問題を巡る、おかしな話  気になったニュース

■少子化の深刻化が問題視されているのに、

・職場では妊娠が分かると、正社員なら暗に退職を強要されたり、派遣社員は契約を打ち切られる等の「マタニティ・ハラスメント」を受ける。
・産婦人科医の不足で出産できる病院が限られており、自分の住む地域に出産できる病院がない可能性もある。
・小児科医も不足がちで小児科のある病院も減り続け、小児科は常に混雑している上に、子どもの急患に対応できないケースも増えている。

■政府は女性の社会進出、特に家庭にいる主婦の就職を促すが、

・現時点でさえ、地域によっては保育所不足で、既に働いている人も産休明けの保育所探しに苦慮している。
・新たに家庭にいた主婦が就活しようにも、企業側の採用条件は、子どもがいれば保育所入所が確定しているのが前提なので、保育所不足の現状では子どもの預け先が決まらず、就活もままならない。
・せめて子どもが小学校に上がるまでは自分の手元で育てたいと願う母親も、政府のキャンペーンで同調圧力を感じ、肩身の狭い思いをしている。寧ろ母親の就労意欲に保育所設置が追いつかない現状からすれば、子どもの小学校進学を機に就労復帰したいと言う母親の存在は好都合である。そうした母親達が安心して就労復帰できるよう、川崎市のように学童保育所を小学校内に併設するなどして環境を整える方が、現実的かつ合理的である。

■政府は本気で少子化対策すると言うなら、政府主導で、
「子どもを産み、育て易い社会」を作る必要がある。

・「子どもは社会の宝」と言う認識を全ての国民が共有するよう働きかける。
・さまざまな方策で、出産・子育ての負担を軽減する。
 @出産費用を、思い切って無料化する。
 A中学生までの医療費を無料化する。
 B保育料を無料化、或いは、現状より負担の軽減化を図る。
 C小学校から大学まで、公立校の学費を無料化する。
 →補助金総額の抑制の為に大学は現状から数を絞り込む。
 大学の体をなさない一部の私立大学は、廃校か、専門学校に改組すべきである。
 D子育て世帯の税負担を軽減化する。
 Eさまざまな公共施設で、ファミリー割引を導入する。
・働く女性が安心して出産できるよう、
 企業によるマタニティ・ハラスメントの防止を、関連法整備で図る。
・企業で働く女性が、出産・子育てによって、
 キャリア形成が妨げられない仕組みの構築を支援する。
・出産を機に1度退職した女性の再就職を支援する仕組みを構築する。

不妊の問題は、一部を除き、皮肉にも女性の社会進出とセットになっている。男性中心の職場環境の中でキャリア形成を目指せば、結婚はともかく、出産はどうしても後回しになりがちだ。出産可能年齢ギリギリまで待って、そこで初めて、卵子の老化による妊娠確率の低下や自身の生殖器の器質的問題に直面するケースが増えているようだ。出産意欲のある女性に子どもをもうける機会を与えるのは国として当然だと思うが、母胎保護の観点からも、不妊治療費の補助には年齢制限を設けるしかないのだろう。

現実問題、子育てに係る費用の「無料化」は、昨今の財政難から難しいのかもしれないが、だからといって最初から諦めるのではなく、政府は本気で財源捻出に知恵を絞るべきだし、自治体レベルでもリタイヤ世代の労力・能力の活用など、幾らでも方策は見つかるはずだと思う。子育て世帯が将来の納税者を育てていると考えれば、将来的にそこで育った子ども達に面倒を見てもらうことになる単身者は、子育て費用に相当する社会保障費の負担(←もちろん、収入に応じて)も仕方ないのではないか?

反発を覚悟の上で書くが、日本は高齢化対策に、つまり老人に、必要以上にお金をかけすぎではないのか?実父の終末期医療でも感じたことだが、意識回復の見込みのない老人に、延命治療を行うことに何の意味があるのか?胃ろうを施してまで生き長らえさせることで、その人の尊厳は守られるとでも言うのか?今の老人に、自然死を待つことは許されないのか?実際、最近、老人と話しても、「今の世の中、なかなか死ねないのよねえ」との言葉をよく耳にする。それは自身の身内や友人知人のケースを間近に見ての実感らしい。

長寿が稀だった時代、長生きすることは美徳だった。讃えられるべきことであった。しかし、男女共に平均寿命が80歳を越え、100歳以上人口も5万人を越えた現在、長寿の相対的価値は、昔に比べて下がったと言える。

昨日のテレビでは、「健康寿命を延ばすために」と、健康体操教室に参加する老人達の姿が映し出されていた。イマドキの老人は、加齢による体力の衰えも許されないのか?あくまでも私個人の見方だが、残念ながら自分の老後に、今の老人ほどの明るさを見出せない。私は元々持病があり、健康に自信がない上に、自分が老齢になる頃、年金もまともに支給されない(雑ぱくに言って、祖父世代の現役時代、年金の月々の給与に占める年金保険料の負担率は3%だったのに、現在の現役世代は6倍の18%である。10年前からは、ボーナスからも保険料を徴収しているのだ。しかも、将来的に支給年齢が引き上げられ、支給額は下がる可能性が高い。さらに若い世代ほど不公平な状況になっている)等、高齢者を取り巻く環境は苛酷になるのではとの不安がどうしても拭えない。正直、長生きしたいとは思わない。

さらに最近は老親、或いは老配偶者の介護で、疲弊している人も少なくない。介護の為に、働き盛りの年齢で退職を余儀なくされる人も増え、中には未婚者が結婚を諦めるケースもあると聞く。私の同世代でも、いつ終わるともしれない介護の苛酷さから、鬱病を発症する人も少なくない。ドライな言い方をすれば、老人介護による労働力の損失、個人の幸福権の喪失は計り知れない。

私の母は父方の祖父と父を介護した。尊大で、なかなか母を嫁と認めなかった祖父は、それまで同居していた末娘の結婚を機に我が家が引き取ることになり、最後の3年間は認知症で、当時中学生だった私の目にも、その世話は大変だった。もちろん、私も手伝った。晩年、祖父と同様の道筋を辿った父は、自分の意に沿わないと、母に暴力をふるったらしい。体格が良く、若い頃武道を嗜んでいた父からの暴力は、小柄な母にはさぞかし苛酷だったことだろう。だから、父が亡くなって、母の胸に寂しさよりホッとした思いが先立ったのは、仕方のないことだと思う。

自身の生活や人生を犠牲にすることなく介護を続けられる人が、全国には果たしてどれだけいるのだろう?介護に携わる人が過重な負担を感じることなく介護を続けられる環境が、今の日本にはどれだけ整っているのだろうか?

正直なところ、所謂オレオレ詐欺の事例にも、私は腹が立っている。判断力の衰えたお年寄りから金を巻き上げる犯人に腹が立つのはもちろんだが、何度となくニュースでも取り上げられ、社会全体で警鐘が鳴らされている犯罪なのに、未だに被害に遭うお年寄りが後を絶たないことにも腹が立つ。

息子の声も識別できないほど親子関係が疎遠なのは、単に息子側だけの問題ではなく、おそらく被害者本人にも問題があるのだろう。身近な近親者とさえ信頼関係を築けないから、誰も、銀行さえも信用できず、お金をタンスに貯め込む。しかし、人間だから人恋しいのは否めない。被害者はその孤独感に付け込まれて、オレオレ詐欺犯から金を巻き上げられてしまうのだと思う(ただし、周囲も気付いていない痴呆症などの疾病により、判断力が衰えている可能性もある)

昨年度は500億円近いお金が、オレオレ詐欺のような「特殊詐欺」の被害に遭った。おめおめとオレオレ詐欺犯に大金を盗られるくらいなら、いっそのこと社会保障費の名目で国庫に寄付して貰いたいくらいだ。その方がよほど生き金である。

世の中は、このままではいけないと分かっているのに、なかなか改善されない、おかしな話だらけである。政治家や行政の関係部署が本気を出せば、一気に良い方向に進むのではとも思うのだが、なぜかこの国では、上に立つ人間の誰も積極的に動こうとはしない。何か問題が起きても誰も責任を取ろうとせず、結局、責任の所在が有耶無耶になっている。「消えた年金問題」は、その最たるものである。そんな状態だから、国が衰退に向かってしまうのだろう。国民個々のレベルではギリギリのところで踏ん張って、苦しみにも耐えて、努力していると思うんだけれどな
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