2014/7/30

佐世保の高一生殺害事件に思うこと  気になったニュース

長崎県佐世保市で起きた、高一生女子が同級生を殺害した事件。少年法で保護され、その氏名は明かされていないが、マスメディアやネットでは、加害者に関する情報がその真偽はともかく、断片的に次から次へと流出している。

・県屈指の進学校の生徒で、駿台ハイレベル模試では全国6位?だった。
・芸術の分野でも才能を発揮し、県知事賞を受賞。
・直近の国体では父子で、ある競技に出場し、新聞でも取り上げられた。
・小学6年生の時に、同級生に「馬鹿にされた」と、
 給食に塩素系洗剤を混入させる騒ぎを5回(4回?)も起こした。
・中学時代には猫を殺し、解剖するなどの小動物虐待を繰り返した。
・中学時代から殺人願望があったと供述している。
・高校に入学後、不登校状態で、1学期は3日しか登校していない。
・供述によれば、被害者は中学からの友人で、
 特に二人の間に問題があったわけではなかった。
 当日加害者が被害者を加害者宅に誘い、殺害。
 動機は「猫の解剖を人間でも試したかった」

・父親は地元の名士で弁護士。昨年亡くなった母親(東大卒)も教育関係者だった。
・父親は母親の死後間もなく再婚。それが直接の原因かどうかは不明だが、
 4月からはマンションにひとり暮らし。
 (9月からの海外留学に備えて、と言うのはあくまでも表向きの理由で、
 母親の死後早々と再婚を決めた父親の寝込みを襲い、
 金属バットで殴るなどして、頭の骨や歯を折ったのことで、
 危険を感じた父親から遠ざけられたのが本当の理由か?)
 
・6月には加害者を診察した精神科医が彼女の異常な性向を危惧し、
 児童相談所に通報したが、匿名通報であった為、
 その時点では医師に対するアドバイスのみに留まり、
 児童相談所として具体的な措置は何も取らなかった(関係部署への報告もなし)
 事件後、改めて医師に照会し、通報該当者が今回の加害者であると判明。 

そのひとつひとつのパーツをつなぎ合わせると、加害者の輪郭が朧気ながら見えて来る。あくまでも流布する情報に基づくものだが、「裕福な家庭環境で育った多才な少女だが、倫理観に欠ける反社会的人格の持ち主である可能性も…」(←加害者少女は小学生から中学生の時にかけて「行為障害」と「性的サディズム」の二つの精神疾患を同時に発症し、母親の死をきっかけに、それが重症化した可能性も、との精神科医の指摘もある)

なまじIQが高いだけに、しかも両親が地元社会で影響力を行使できる立場であったが為に、小中学生の時に見せた病質が看過され、今回の事件に至ってしまったとは言えないのか?今回の事件の動機が、本当に彼女の供述の通りなのであれば、彼女は「快楽殺人者」である。

佐世保市では今から10年前に、やはり小学生による同級生殺害事件があり、その事件を踏まえて、これまで児童生徒に対し「命の尊さ」を訴える教育を地道に行って来た。それでもなお、今回の事件が起きてしまったことに、教育関係者は衝撃を受けていると言う。

しかし、今回の加害者のような人物は、「教育で矯正」できるようなタイプではないような気がする。教育より、薬物治療や入院隔離などの「医療措置で対処」するしかないタイプなのではないか?だから、佐世保市の道徳教育の方向性は、けっして間違ってはいないと思う。

「1度は人を殺してみたかった」だから、少年法が適用されるうちに、人を殺した(→医療少年院で何年か過ごした後、氏名を変えて社会復帰?)。IQが人並み外れて高いサイコパスなら、容易に考えそうなことだ。

そこまで冷徹でないにしても、母親の存在によって何とか踏みとどまっていられた加害者が、母親の死と、彼女の目には裏切りと映った父親の再婚をきっかけに、人として越えてはならない一線を越えてしまった、父親への復讐を目的とした、自らの破滅も辞さない"自爆テロ"のようにも見える。

しかし、捜査は始まったばかりで、事件の真相はまだ闇の中。私が書き連ねていることも、単なる憶測でしかない。

ただひとつ、現時点で確実に言えることは、彼女の残酷な供述によって、被害者の両親は「手塩にかけて大事に育てて来た愛するわが子を、理不尽な理由で殺された」と、さらなる苦しみを与えられた

「加害者少女には、愛情豊かに育てられた被害者少女への嫉妬もあったのでは?」との指摘もある。今回、不登校ぎみの友人を気遣った被害者少女の優しさが仇となったのであれば、被害者の両親には二重三重の衝撃である。今回のような事件が起きてしまうと、親は我が子を守る為に「誰にでも優しく」と諭すのは現実的に難しく、「付き合う人間を選べ」と教えるしかないのだろうか?

加害者に対してだけでなく、事件を防げなかった加害者周辺の大人達にも、心の底から憤りを感じる。事件が起きる前に出来ること(異常行動を繰り返す加害者に対する医療的措置)は、幾らでもあったのではないか? 加害者少女をマンションで一人暮らしさせたことは、その父親が取った最悪の選択だった気がしてならない。

今回の事件を自分に引き寄せて考えるならば、「我が子は、その子がたとえどんな子であっても、けっして見捨てたりせず、親として責任を持って育てること」「我が子が引き起こしたトラブルに関しては、我が子かわいさに庇うのではなく、心を鬼にして反省を促し、本人に責任を取らせること」「必要とあれば、恥も外聞もかなぐり捨てて、外部に助けを求めること」なのかなと思った。人ひとりを育てると言うことは、それだけ責任が重いと言うことなのだろう。
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2014/7/26

マダム・イン・ニューヨーク(原題:English Vinglish、インド、2012)  映画(今年公開の映画を中心に)

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 今から10年程前のことである。美術館の帰り、ひとり電車に乗っていた。いつものように自宅最寄り駅で降りて、当時構内にあったパン屋に入ったところ、突然、見知らぬ外国人に、英語で話しかけられた。

 「英語を話せますか?僕は○○に住んでいるんだけれど、君と話したくて、電車を途中で降りたんだ」と。も、もしかして、40代にして、人生初のナンパ?

 その外国人、浅黒い肌に、身長は190cmは軽く超えているであろう大男だが、スレンダーで、なかなかの美男子。しかし、どう見ても20代半ばから30代前半。私がドギマギして無言なところへ、なおも話しかける。

 「あなたは独身ですか?両親と住んでいるのですか?家はこの近くですか?」どうも私のことを、自分と同世代と思っているらしい。やはり、話の流れからしてナンパのようである。話している英語の訛りから察するに、インド人か、その周辺国の出身と見た。

 結局、「ワタシ、エイゴ、ワカリマセン」で、逃げた。ハッキリ、私は中学生の息子がいる主婦です、と答えるべきだったのかもしれないが、とにかく予想もつかない出来事に驚いて、その場から…逃げた。

 日本人女性としては、婉曲な表現で呼ぶなら"ぽっちゃり系"、遠慮のない呼び方なら"デブ"の私。何しろ10年前のことなので、少なくとも今よりはウエストにくびれもあった。しかもナンンパされた時、私には珍しくボディ・コンシャスな服を着ていた。

 なぜ自分がインド人青年?にナンパされたのか、当時は謎だったのだが、後年、インド映画を見るようになって、登場する美女が揃いも揃ってグラマラスと言うか、かなり肉感的なのを知り、日本では"デブ"扱いの私も、インド人から見たら、もしかしたら「日本人離れした、長い黒髪のグラマラスな美女」に見えたのかもしれない、との結論に至った(笑)。


クリックすると元のサイズで表示します …と前置きがかなり長くなってしまったが、表題の映画の主演女優シュリデヴィも、今でこそ美しいサリーを身にまとい、落ち着いたマダムの雰囲気を湛えているが、スター女優として活躍していた頃の彼女は、はちきれんばかりのダイナマイトボディを強調するような衣装で、歌い、踊っていたのである。

 その彼女が結婚・出産を機にスクリーンから遠ざかり、本作が実に15年ぶりの復帰作となった。撮影当時、既に50歳近いはずだが、その美貌は健在。まるで少女漫画から出て来たような長い睫毛と大きな瞳は、彼女の心情を豊かに表現して、見る者を釘付けにする。結婚生活の充実が、さらに大人の女性としての自信を、彼女に与えたようにも見える。

クリックすると元のサイズで表示します 本作の主人公は、インドに暮らす中産階級の専業主婦シャシ。料理上手で、彼女が作るお菓子ラドゥは近所でも評判だ。家族を心から愛し、彼らに尽くすシャシ。しかし、仕事人間の夫は妻の料理の腕前を認めるも、妻が手作りの菓子ラドゥを人々の求めに応じて販売するのを快く思わず、ミッションスクールに通う娘は娘で、英語が苦手な母親をあからさまに恥じている。

 主婦が家事をするのは当たり前、主婦のくせに今さら自己主張するな、と彼女を家庭に縛り付けておきながら、主婦は家事ばかりして半人前で教養に欠ける、と言わんばかり。そんな家族の心ない態度にシャシは深く傷つき、自信をなくしている。

 そんな彼女の人生は、米国に暮らす姪の結婚式の準備を手伝うために、家族より一足先に単身ニューヨークに渡るところから少しずつ動き始める。

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  主人公シャシのサリー姿がとにかく気品に溢れ、美しい…。その七変化もお楽しみあれ!

 異国で現地の言葉や習慣が分からないばかりに戸惑ったり、思わぬ失敗をして、現地の人間から辛辣な言葉を投げかけられたり、失礼な態度を取られることは少なくない。ニューヨークに渡ったシャシもそうだった。彼女の短いニューヨーク生活は、屈辱的な体験から始まった。

 ニューヨーク郊外の姉の元に滞在するも、日中、姉はもちろんのこと、その娘達も仕事や学校で不在がちである。そこで意を決して街に出てはみたものの、不慣れな土地では電車に乗ることすら一苦労である。ただでさえ心細いのに、ファーストフード店では店員に馬鹿にされ、恥ずかしさのあまり店を飛び出してしまったシャシ。

 落ち込んでベンチに座り込むシャシに、店で出会った男性が優しく声をかけてくれた。どうにか気を取り直したシャシの目に飛び込んで来たのは、路線バスの車体広告。「4週間で英会話!」と謳った英会話学校の広告だ。咄嗟に、その学校の電話番号を覚えるシャシ。ここから、"奥様"シャシの挑戦が始まるのだ!

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 シャシが参加したクラスには、さまざまな国籍の、さまざまな立場の老若男女がいた。世界中から人々を吸引して止まない国際都市ニューヨークならではの多様性だ。まさに"サラダボウル"である。そこには「英語を学ぶ」と言うひとつの目的の下に、紆余曲折を経て、国家間の不和、人種間の偏見を乗り越えて、互いを理解しあう人々の姿があった。特に講師のディヴィッド先生が扇の要とも言える存在で、個性豊かな生徒達をうまく束ねていた。その終始リベラルな姿勢は素敵だった。

 今やインターネットで使用される言語の8〜9割が英語と言われる中、ビジネスでも、学問の分野でも、英語圏の人間は英語ができるというだけで、非英語圏の人間に比べて大きなアドバンテージがある。逆に非英語圏の人間は、英語が出来ないばかりに不利益を被ることが少なくない。「英語帝国主義」と揶揄される所以である。現実的対処として、非英語圏の人々は英語を学ぶしかない現状がある。

 私も中東駐在時に、British Councilの現地校に通った経験がある。クラスは、レベル的にはある程度英語をしゃべれる人々の集まりで、やはり現地の人が圧倒的に多かったものの、仕事で駐在のフランス人男性、自国内の混乱から現地に避難していたスーダン人女性などもいた。講師はオックスフォード大で歴史学の博士号を取得したと言うレバノン人女性。現地の人にしても、パレスチナ系や近隣のシリア系、イラク系と厳密には一様でなく、20人ばかりの小さな教室でも、人種のパッチワークが形作られていた。私は好奇心も手伝って、休み時間には、クラスメイトと積極的に会話した。

 スーダンの恵まれた家庭の出身者と思しき、美貌の若い女性は、当初、アジア系の私を(たぶん、アジア系と言うだけで)小馬鹿にした様子だったが、ペーパーテストで私が一位の成績を取ると、態度が一変した。フランス人男性は偶然同世代で、南仏出身だという彼とは、最初から会話が弾み、互いの家族の話で盛り上がった。一方、オックスフォード出のレバノン人女性講師は、名門大で博士号を取得しながら、英会話学校の講師に甘んじている自分の不遇を嘆いている風だった。その言葉の端々にプライドの高さが窺えたが、キャリア形成もままならない彼女の境遇には同情した。

 現地の人々とも程なく仲良くなり、互いの家を行き来するまでになった。シリア系のアムジャッドと名乗る好青年とは、その後家族ぐるみの付き合いに発展した。パレスチナ系女子大の職員と言う年配女性ライラとは当初からウマが合い、彼女を通じて、JICAの招きで来日経験もある現地のキャリア官僚女性とも知り合うことが出来た。当時、現地の郵便事情も良好とは言えない中、彼女のたっての頼みで、来日時に世話になったと言う日本の医大教授への贈り物を、善意のリレーで無事、教授の元へ送り届けられたのは、駐在時の印象深い出来事のひとつである。

 幼子を抱えた一介の主婦が、知り合いのいない異国で、こうした多様な人々と出会えたのも、英会話学校のおかげである。彼女達との触れあいは、イスラム圏で、幼子もいて、日中ひとりで外出もままならない私にとって、何よりの息抜きとなり、異文化を知る貴重な機会でもあった。夫が現地の研究機関に在籍し、残業が殆どなかったことが幸いしたとも言えるが、アップタウンにある我が家からダウンタウンにある英会話学校への送迎と、私が不在中に息子の世話をしてくれた夫には、今でも感謝している。

 私自身の実体験に照らして、映画の主人公シャシの身に起こる出来事のひとつひとつがいちいちもっともなことで、思わず何度も「そうそう」と頷き、心の中では「頑張れ!、シャシ」とエールを送りながら、物語の展開に注視した。シャシを励ましながら、その実、自分が励まされているようだった。

 主婦であるシャシは、ただ家族から尊重されたかっただけである。家族からのリスペクトが欲しかったのである。

 彼女の4週間の英会話学習の集大成とも言える、クライマックスのスピーチには、心を打たれた。彼女のコンプレックスに他ならなかった英語で、自分の思いの丈を表現する。それは皮肉にも、彼女が彼女自身の言葉を持った瞬間でもあった。その表現は未だ稚拙であっても、伝えたい内容は聡明さと思いやりに溢れ、聞き手の心に響いたに違いない。けっして流ちょうではない訥々とした語り口が、却って一語一語をしっかりと聞き手の心に届けたようにも見えた。さらにそれは、彼女を蔑ろにしていた家族に反省を促す一撃でもあった。購入した映画のパンフレットにはその全文が掲載されていて、それだけでもパンフレットを買って良かったと思った。

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 CM監督として長らく活躍し、これが長編映画第一作目だというガウリ監督は30代後半の女性である。自身の母を念頭に脚本も手がけた監督の手腕は高く評価され、国内外で監督賞を総なめにしたらしい。

 本作は結婚によって男性以上にその環境や立場の変化を余儀なくされる女性の尊厳を描いて、ボーダーレスな魅力を放っている。女性は大いに励まされる一方で、男性は自身の妻や恋人への日頃の態度を顧みる機会となるに違いない。

 また、ニューヨークを主舞台にすることで、本作は、インド人、ひいてはアジア人から見た欧米社会の様相を描いていると言っても良いだろうか?なかなか興味深い観察に富んでいて、「あるある」エピソードのオンパレードである。そしてインド映画に、確実に新しい風が吹いているのを感じる佳作である。その意味でも、是非、多くの人に見ていただきたい映画である。

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映画「マダム・イン・ニューヨーク」公式サイト

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2014/7/20

ただただ悲しい  気になったニュース

ウクライナ北部上空1万メートルを、マレーシアのクアラルンプールへ向かって飛行していたマレーシア航空機が、何者かに撃墜されて、298人の尊い命が失われた。

現時点では、状況から見て、犯人は最初からこの便を狙ったのではなく、紛争地帯であるウクライナ上空を飛ぶ飛行物体ならどれでも良かったようである。

報道によれば、東南アジアに向かう欧州便は、従来、この飛行ルートを使用するのが珍しくなかったらしい。今回の事故直前まで、ドイツのルフトハンザ航空やKLMオランダ航空、シンガポール航空、キャセイ・パシフィック航空、タイ航空は、撃墜されたマレーシア航空と同じ飛行ルートで航行していたと言う話だ。

だから、たまたま今回、マレーシア航空が撃墜されたのであり、被害者が、もしかしたらルフトハンザやKLMやシンガポールであった可能性も否定できないのだ。紛争とは何ら関係のない民間機が、ウクライナの紛争に巻き込まれた形だ(ただし、この撃墜で誰が得をするのかという視点から、紛争当事者ではない、謎の第三者による陰謀説も、まことしやかに囁かれている)

今、世界では犯人捜しが行われているが、誰が犯人であったとしても、何の罪もない、紛争とは無関係の298人もの命が突然に奪われたことに変わりはない。たとえ真相が究明され、犯人が特定されたとしても、失われた298人の命は、もう戻って来ないし、かけがえのない存在を突然失ってしまった遺族の悲しみが、癒えることもない。

映像で見る墜落した機体の無惨な姿に、つい考えてしまう。被害者は自分の死を、その瞬間まで自覚することなく亡くなってしまったのか?それとも、一瞬でも恐怖と痛みを感じて後に亡くなってしまったのか?せめて前者であって欲しいと思うのは、生きている者の傲慢な考えだろうか?

さらに、今、こうしている間にも、中東のイスラエルでは、イスラエルとパレスチナの紛争で、多くの命が奪われている。しかも兵力で劣るパレスチナの、無辜の一般市民の犠牲が圧倒的である。ウクライナでのマレーシア航空機撃墜事件では、ロシアに対して強硬な姿勢の米国も、ガザ地区を侵攻するイスラエルに対しては黙認である。かつて両者の仲裁役であったエジプトの首相がクーデーターで失脚し、彼に代わる仲裁者がいないことも、事態の深刻化を招いている。

潘基文事務総長率いる国連が何ら役に立たず、世界各地で頻発する紛争問題の仲裁役が全くいない不幸な現状が、ただただ悲しい。戦後70年近く経過して、制度疲労を起こした国連(特に常任理事国の固定はナンセンス。一体いつまで戦勝国気取りなのだ?!逆にドイツやイタリアや日本はいつまで敗戦国・戦犯扱いなのだ?!)は一度解体して、再編する時期に来ているのではないか?

新たな世界連合の枠組みの為に、第三次世界大戦を待つなんて、それこそ本末転倒だし、次の戦後はおそらくない(=人類滅亡)だろうから、今ある国連をどうにかするしかない。しかし、それに対しては既得権益者(言うまでもなく常任理事国や国連で甘い汁を吸っている人々)の必死の抵抗があるのが目に見えていて、おそらく現実的には難しいのだろうな、と半ば諦めてしまっている無力な自分がいる。

どこの国、地域からでも良い。そんな私の無力感を払拭するような、(別に清廉潔白・品行方正でなくて良いから)世界平和の高い志を持った、真のリーダー(←女性の可能性も大いに有り)の登場を待望している。
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2014/7/20

夏が来た!  日々のよしなしごと

そう言えば、昨日の朝、今年初めてのセミの声を聞きました。

それは8時頃、唐突に始まりました。

ミーンミーンミーーン

今朝は、ついさっき、9時頃、今日の第一声が周囲に響き渡りました。

そろそろ梅雨明けも近い…かな。


昨日は、現在開催中の「指輪展」に関連して、8月の土日(第一週を除く)に行われるワークショップ(指輪を簡単に手作り!身近な材料で4種類の指輪が作れます)のトライアルで、国立西洋美術館に行って来ました。

美術館の前庭の木には、桃がたわわに実っていました!

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この木、実は今年4月8日に、当ブログで「枝垂れ桜」として紹介した木なのです。相変わらず、私はボケていますあ”〜、また無知を晒してしまった

植物に詳しい人の話では、桃の木は1本の木で異なった色の花を咲かせるのは珍しくないのだそうです。

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9時半頃に、再び蝉の鳴き声。ほぼ30分おき?蝉の体内時計の正確さに、またまた驚きです
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2014/7/15

『オルセー美術館展 印象派の誕生-描くことの自由-』  文化・芸術(展覧会&講演会)

 乃木坂の国立新美術館で開催中の『オルセー美術館展 印象派の誕生-描くことの自由-』を見て来た。

クリックすると元のサイズで表示します 実はパリのオルセー美術館は、夫婦の銀婚式記念で、昨秋訪ねたばかりである。

 私は新婚旅行で初めて訪れてから、フランスへは3度ほど渡航経験があるのだが、前回の旅で不愉快なことがあり、以来、20年近くご無沙汰だった。だから、2年間の改修工事を経て2011年にリニューアルオープンしたオルセー美術館も、実に20年ぶりの再訪であった。

 前回訪問が20年前ということもあり、以前の記憶も朧気で、リニューアルと言っても、正直ピンと来なかったが、印象派の展示室の壁が深い藍色になったことで、印象派絵画の色彩が一層華やいで輝いて見えたのが印象的だった。それはあたかも、紺地のベルベッドのドレスが、バラ色の肌を引き立てるようなものだ。

 後日、竹橋の国立近代美術館を訪ねたら、同じような藍色の壁になっていて、オルセー美術館に倣ったのかと思った。

 今回は美術館の名を冠した展覧会の為、オルセー美術館の理事長ギィ・コジュヴァル氏自らが総括コミッショナーを務め、企画・運営を含め、(開催館である国立新美術館からもスタッフは出ているものの)オルセー主導で開催されているような印象がある。それだけに、オルセー側が明確な意図を持って、西洋美術におけるオルセー美術館のアイデンティティを、日本の美術ファンに表明しているようにも見える。

 今回の展覧会の出品作品は84点。絵画のみである。「印象派の父」とも称されるエドゥアール・マネに始まり、マネに終わる9章構成となっている。

 私個人にとっては、昨秋以来の再会作品もあれば、そうでない作品、初めて見る?作品もあった。

 19世紀フランス近代美術作品を収蔵したオルセー美術館の、印象派以外の作品も過不足なく網羅して、展覧会のタイトルにもある"描くことの自由"と言うテーマに沿った、同時代を生きた画家達のきら星の如き個性が、館内を賑々しく彩っている。

 実は、この"描くことの自由"こそが、19世紀の画家達が獲得した、画家のアイデンティティにも関わる重要なモチーフであり、19世紀フランス芸術を、西洋美術史上、重要な存在と位置づけていると言える。端的に言えば、19世紀以前と以後とでは、前者の画家は注文主の要望や各時代の需要(中世からルネサンスにかけての神話画・宗教画、17世紀の静物画、ヴァニタス画、風景画、18世紀の風俗画等)に応じて、その技量を存分に生かして絵を描く「職人」であり、後者は特にマネの登場以降、自らの欲するままに描きたいテーマを、描きたい手法で描く「芸術家」と、画家のアイデンティティが、自他共に明確に区分されることになるのだ(もっとも、どの時代にも、その枠組みから大きく外れた天才が存在するのだけれど)

 もちろん、それは後年になって言われたことで、19世紀当時は、旧来のアカデミスム派と、印象派を中心とする新興勢力とのせめぎ合いが繰り広げられていたのだろう。

クリックすると元のサイズで表示します 個人的に特に面白いと思ったのは4章の「裸体」である。当時、主流であったアカデミズム派の画家アレクサンドル・カバネルの神話に取材した《ヴィーナスの誕生》や、ジュール・ルフェーヴルの寓意画としての《真理》が、古代ギリシャ・ローマ時代の彫刻を彷彿とさせる理想美の女性の裸体を描いているのに対し、徹底したリアリズムを旨としたギュスターヴ・クールベは、《裸婦と犬》で、女性の身体にたっぷりとついた脂肪や黒く汚れた足裏など、容赦なくリアルに、その裸体を描いている。

 鑑賞の途中、「クールベは裸婦を描くなら描くで、もう少し描きようがなかったのかしらね?」と言う、若い女性の声が聞こえて来た。あまりにも現実的な描写の女性の裸体に幻滅したのか、クールベの作風に不満げな口ぶりだった(←作品鑑賞の入口としては、その第一印象で良いのだと思う。そこから、なぜアカデミスムの画家達のような美しい裸体像をクールベは描かなかったのか、その理由まで自分なりに掘り下げて行けば、さらに鑑賞の面白さが広がるだろう。美術史は謎解きのようなものだから…)

 一方で、私はクールベの勇気に快哉を叫びたい気分だった。当時はまだ理想美の裸体像こそ芸術であるとの価値観が支配していた時代である。その価値観に敢えて抗い、独自の裸体像を描いて見せたクールベの気概に、彼の画家としての矜恃を感じて、私は感銘を受けたのだ。当時の人々もクールベ作品に嘲笑を浴びせたらしいが、今回の展覧会で、すぐ近くに展示されたアカデミスムの作家の作品の4分の一にも満たないこの小品に、私は強く心惹かれて、何度も立ち止まって見ずにはいられなかった(女性の裸体像で、クールベの写実主義の真骨頂と言えば、おそらく来日することはないであろう《世界の起源》だろう。あれは衝撃的である。どこまでリアルに描くのかの際限を知らない、画家の飽くなき好奇心と探求心には圧倒される)

 さらに展覧会解説でも言及しているように、当時のカバネルらの作品には、神話の名を借りて女性の官能性を表現するポルノグラフィックな側面があることも否めなかった。画壇デビュー以来、賛否両論を巻き起こすような作品を次々と描いた反骨精神溢れるレアリスト(写実主義者)クールベは、そう言うアカデミスム派の欺瞞に対しても、反旗を翻したかったのかもしれない。

 結局、新しい芸術のうねりは、既存の価値観を疑うことから始まるのだと思う。そこには旧主派の抵抗もあり、直中にいる芸術家達は、「自分の進むべき道は正しいのだ」と言う根拠なき自信と、なかなか世に認められないことへの苦悩とのせめぎ合いの中で、作品を作り続けたのだろうか?時代の先端を行っているがゆえに、同時代の多くの人々には認めて貰えず、その評価は後の時代に高まるのが常である。今、こうしている間にも、次代の天才が産みの苦しみを味わっているのかもしれない。その作品の価値を、誰よりも先んじて認める慧眼を、一体どれだけの人間が持っているのだろう?

《夜》(1902-09、国立西洋美術館)
クリックすると元のサイズで表示します 最近、彫刻家アリスティード・マイヨールについて調べる必要があって、彼に関する文献情報を読んだ。それによれば、彼は当初画家として出発し、途中タペストリーに傾注するなど紆余曲折を経て、40代で彫刻家を志したと言う。当時は近代彫刻の巨人、ロダンの作品が頂点とされていた時代だ。

 ロダンの作品に見られるような躍動する筋肉の表現もなく、身体を不自然なまでに捻ったようなポーズでもない、マイヨール作品のつるんとした質感とシンプルなフォルムは、あまりにも個性的で、当初奇異の目で見られたらしい。ところが、そこに新しい時代の風を感じたのが、他ならぬロダンなのである。まさに「天才は天才を知る」のか、ロダンは生活に困窮するマイヨールの為に、パトロンまで紹介している。ロダン自身下積みが長く、遅咲きの作家だったからなのか、絵画のジャンルにおいて、印象派等の新興勢力に対して旧主派のアカデミスムが見せたような抵抗感が、ロダンにはなかったのが、正直なところ驚きである。

 次いで面白かったのは、7章の「肖像」である。壁一面に並んだ、ほぼ同サイズの肖像画4点。弥が上にも比較しながら見てしまう。

 旧来の手法に則った肖像画〜カロリュス・デュラン《手袋の婦人》(←画家の妻がモデル)レオン・ボナ《パスカ夫人》〜は、人物に焦点が当たるよう、背景は単色塗りかせいぜい2色止まりで、一切の装飾も排しているのに対し、印象派のクロード・モネの《ゴーディベール夫人の肖像》やオーギュスト・ルノワールの《アルトマン夫人の肖像》は、丹念に背景が描き込まれている。

 特に人物と背景の境界線が曖昧なルノワールの作品などは人物と背景とが渾然一体となって溶け込んだようにも見える。また、モネの作品は夫人の肖像でありながら、夫人は後方に視線を向け、顔がはっきりとは見えない。後年、モネは「(戸外の)人物を風景のように描きたい」と言って、人物を風景と同じ色の絵の具を使って表現したり、女性の顔を敢えて描かなかったりしている。

 印象派の彼らにとっては、肖像画も人物そのものを描くと言うより、彼らが追い求める光、それに照射された色をいかにカンヴァス上で表現するかが、興味の中心にあるのだろう(そうだとしても、ルノワールの描く肖像画は、画家の人柄によるものなのか、その何れもが幸福感に溢れている)。ただし、モネの《ゴーディベール夫人の肖像》は彼が28歳頃の作品と比較的初期の作品で、色彩云々と言うのは強引すぎるのかもしれない。それでも人物の顔(表情)を敢えて描かないところに、後年の彼の拘りの片鱗を感じるのである(まあ、西洋絵画の肖像画には伝統的に横顔像<プロフィール>もあるのだけれど、当該作品は目さえ描いていない)

 他にも…

■若き日のモネが、マネの先行する作品にインスパイアされて描いたと言う、本邦初公開の《草上の昼食》(←払えない家賃のカタに大家に取られてしまった作品で、後年買い戻した時には一部が損傷してしまっていたと言う、笑えないエピソードも)
■死の床にある妻を描き、モネの画家魂を感じさせる《死の床のカミーユ》(←最愛の妻の今わの際さえも描く対象にするところに、画家の哀しき性と凄みを感じる)
■展覧会カタログの表紙を飾っているマネの《笛を吹く少年》(←彼に会うのはたぶん20年ぶり。ただただ懐かしい。マネの何が新しかったのか、この絵からも感じられるのが嬉しい)
■雪景色の中に小さく描かれた鳥がタイトルとなっているモネの《カササギ》(←結局、本作の主題は、明らかにタイトルのカササギではないと思うのだが、そのタイトルと描かれた題材との乖離に近代性を感じて、印象深い作品である。解説にも、「一面の雪景色も実は繊細な色遣いで雪が描き分けられている」旨の言及があった。改めて見ると、陽の光を浴びて目映いばかりの雪景色である。モネは、冬の晴れた日の雪景色の美しさを、カンンヴァスに描き止めたかったのだろうか?また、近世、西洋では女性の白い肌を際立たせる為に、わざと顔に付け黒子をする習慣があったと記憶しているが、同様に、本作におけるカササギの黒い点は、一面の雪景色の白さを強調する役割を担っていたのかな、とも思った。また、一般的に日本ではモネと言えば「睡蓮の画家」と言う印象が強いが、友人曰く、意外にも本国フランスの子ども達には、モネと言えば、「雪景色の作品」が想起されるらしい。季節や時間の移ろいの中で刻一刻と変化する風景と言う意味で、「睡蓮」に負けず劣らず「雪景色」も、モネの重要な創作のモチーフのひとつだったのだろう)
■若き詩人達を描いたアンリ・ファンタン=ラトゥールの集団肖像画《テーブルの片隅》(←向かって左から2番目のランボーなど、この作品を見て映画「太陽と月に背いて」(1995)にキャスティングしたのではないかと思えるほど、L・ディカプリオにそっくり!てんでバラバラな全員の視線の行く先も気になる)
■先だってブリジストン美術館で開催された『カイユボット展』では来日することのなかったギュスターブ・カイユボットの《床に鉋をかける人々》(←私には《床削り》と言う題名の方が馴染み深い。筋肉を躍動させながら黙々と床を削る男たちの姿が、端正な筆致で描かれている。リズミカルに鉋が床を削る音が、今にも聞こえてきそうな臨場感がある。お気に入りのひとつ!)

など、いろいろな意味で印象に残る作品が数多くあった。

 ただひたすらに世に認められたいと切望して描き続けた画家達の野心と呻吟の痕跡とも言える作品群、究極的には描くことの喜び(←とどのつまり、生涯をかけて打ち込めるものに出会えた人は、どんな人生であっても幸福だったのではないか?)に溢れた作品群を、しばし堪能できて良かった。

 もちろん、オルセーの作品群は、パリのオルセー美術館で見るのが鑑賞の王道なのだろうが、今回のような出張展覧会では、キューレーターが提示した"テーマに基づいて"、数あるコレクションの中から"作品が厳選され"、パリのオルセーとは"違った構成で展示される"。これにより鑑賞者は、各々の作品への新たな視点を提供される面白さがあると思う。パリのオルセーでは気付かなかった作品の魅力に、今回、改めて気付かされるかもしれない。さらに数が絞られているからこそ、一点一点をじっくり鑑賞できる楽しみもあると言える。

こうした超有名美術館の展覧会は混雑するのが常だが、会期前半の平日や、休日でも入館直後や閉館間際なら、ある程度混雑は避けられるはずだ。また、最近は美術館も混雑緩和の対応で開館時間を延長するケースが多く、本展覧会も午後8時まで開館の日が大幅に増えているようだ。公式HPでは当日の混雑状況もほぼリアルタイムに教えてくれているので、それも参考になるだろう。

因みに私は展覧会始まって最初の土曜日の開館30分前に美術館に到着したが、既に50人程の待ち行列が出来ていた。定刻に入場が開始されたが、時間の経過と共に入場者は増える一方だったので、朝一番に入館して正解だった。混雑はしていたものの、(中には入場時に行列が動くのに乗じて、どんどん前に割り込んで行く人もいたが…)入場者のマナーが比較的良く、見終わった方が快くスペースを譲って下さったので、全ての作品をちゃんと見られたのが嬉しかった。


混雑状況について


 今回は、館内入り口に従来のA4サイズ大の作品リストに替えて、カラー刷りの小冊子が置かれている。その表紙には、セーヌ川縁に建つオルセー美術館を背景に、本展覧会の音声ガイドも担当した俳優の東出昌大の姿がある。作品リストの他に、東出君による見どころ案内や、第1回印象派展が開催された1847年当時の印象派と対立するアカデミスム派の画家達の「イラスト入り相関図」も収められた小冊子は携帯にも便利で、なかなか面白い趣向である。他にも、カフェで入手した『ミュージアム・カフェ・マガジン 7月号』も、本展覧会を特集していて、専門家らによるミニ解説は読み物としても面白いし、参考になった。

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★美術館に行く前に、公式サイトは是非チェックしましょう!
『オルセー美術館展』公式サイト

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2014/7/14

なぜ、飲酒運転はなくならない?  気になったニュース

北海道で海水浴帰りの女性4人が道を歩いていたところ、後方から来た車に撥ねられ、3人が死亡、ひとりが重症を負ったと言うニュースを目にした。

運転していた男は海の家などで12時間に渡り飲酒を続けた上に、スマホに気を取られて前方不注意の末、4人を撥ねたと言う。しかも、4人を助けようともせずに、その場から逃げている。つまり、ひき逃げである。酷い話だ。

スマホと言えば、この2、3年のうちに、私は近所の横断歩道で何度となく車に轢かれそうになったが、その何れもが、運転手がスマホを見ながらハンドルを切っていたのが原因だった。私自身が危険を察知して逃れたから事なきを得たものの、運転手はスマホに夢中で、自分が人ひとりをあわや轢きそうになったことさえ気付いていないのだ

男の運転する乗用車はJeepと言うブランドの外車だった。車体前部が大きく凹んでいた。

被害者の父親は、「かけがえのない一人娘を、突然に、こんな形で失うなんて」と悲嘆にくれておられた。本当に胸が痛む。

一昨日も埼玉県で、バイクに乗っていた65歳の女性が、飲酒運転の車に巻き込まれ、1km以上も引き摺られて死亡する事故が発生している。何と言うむごさだ。

かけがえのない家族を、突然に奪われる辛さは、察するに余りある。

私の妹も飲酒運転ではなかったが、前方不注意のトラックに轢かれて亡くなった。頭から轢かれたので、出棺前に見た最後の姿は頭部が包帯でグルグル巻きの状態だった。おそらく遺族にはとても見せられない状態だったのだろう。今は亡き祖母や、母が、妹の亡骸にすがりつくようにして嗚咽したのを、40年以上経った今も、私ははっきりと覚えている。

ましてや一昨日、昨日の事故は、加害者の飲酒運転によるものだ。あまりにも理不尽な原因に、遺族の悲嘆はいかばかりか…

数年前にも福岡で子ども3人が亡くなる事故があり、飲酒運転は社会問題として大きく取り上げられたはずである。それを受けて道路交通法では厳罰化も図られたはずなのに、一向に飲酒運転は減らず、飲酒運転による事故も後を絶たない。日本のそこかしこで、大事な人を突然失う悲劇が繰り返されている。

以前も言及したが、飲酒運転には、その背景に「アルコール依存症」があるのだという指摘もある。このところの日本は、脱法ハーブだの、覚醒剤だの、はたまたネットだの、携帯だの、日本人が何かに過度(病的)に依存して、さまざまな社会問題を引き起こしているように見える。

それは日本という国が戦後、経済的豊かさに向かって邁進し、人々が相互に助け合うことがなくても生きて行ける社会を創り上げたことで、個人主義が過剰に肥大してしまった結果なのか?

他者に気を遣うことなく欲望のままに生きれば(それでも生きて行けるのが今の社会)、自制心というブレーキも効かなくなる。自分に甘く、タガの外れた人間は、社会秩序を守る為のルールも軽視するようになる。そんな人間がごく一部であっても、それ以外の大多数の人間が迷惑を被る。迷惑だけならまだしも、時には命さえ奪われる。

今また、道徳教育の必要性も叫ばれつつあるが、教育を以てしても残念ながら矯正できない人間はいるのだろう。そういう、どうしようもなくタガの外れた人間は、早晩自滅するにしても、関係のない他人は巻き込まないで欲しい


【2014.07.19追記】

今朝、NHKの情報番組に井上郁美さんが出演されていた。井上さんは今から15年前の1999年に、東名高速で、飲酒運転のトラックに背後から追突されたのが原因で乗っていた自家用車が炎上し、2人のお嬢さんを亡くされた。その後、ご夫婦で飲酒運転の危険性を強く訴えて、「危険運転致死傷罪」の法制化に尽力した方だ。

私は数年前に彼女にお会いしたことがある。私の地元で、不慮の事故や自殺で亡くなった子ども達の遺品を展示して、命の尊さを訴える催しがあり、その会場で偶然、お話する機会があったのだ。事故の後、生まれた幼いお嬢さんも一緒だった。穏やかな雰囲気を湛えているが、芯の強そう女性だった。だからこそ遺族として、今もなお粘り強く飲酒運転の撲滅を訴え続けているのだろう。

その彼女が、厳罰化だけでなく、国民全員に、飲酒運転の恐ろしさの周知徹底を図ることの重要性を指摘していた。それこそ小学性の頃から、学校現場で、家庭で、繰り返し教育することの必要性を訴えていた。

結局、社会秩序は、「法律」と「個々の良心」の両方で保たれると言うことなのだろう。子どもの頃から、自分自身や周りの人々の命と生活を守る為に、また社会秩序を保つために、自分は何をすべきか、逆に何をすべきでないのか、きちんと教育することの重要性を、私達ひとりひとりが自覚し、今一度、学校・地域・家庭の教育の在り方を改めないと、この国はどんどんダメになって行く。

自分を大切にする自尊心、あらゆる誘惑に負けない自制心、そして、他者を思いやる慈愛の心…こうした、本当の意味での「強い心」を育てるにはどうしたら良いのか、私達は今こそ知恵を絞らなければなならないのだと思う。
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2014/7/12

イマドキの文庫本カバー  携帯電話から投稿

文庫本コーナーで、ひときわ目を引いた一群。

角川文庫の限定企画だそうですが、和風の文様が美しい。

一堂に会すると、壮観です。

カバーに惹かれて、つい手に取ってしまいそう。

もちろん、中身の本も太宰治の「人間失格」や中勘助の「銀の匙」など、名作の譽れ高いものばかり。

そんな名作を、カバーへの興味を通じてでも良いから、できるだけ多くの人に手に取って貰いたいと言う、出版人の切なる願いが感じられます。

ビジュアル・アーツの価値が大きく認められた現代にあっては、デザインの力が、今後も様々な場所で発揮されるのだろうなあ…

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2014/7/11

これもリサイクル  日々のよしなしごと

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化粧品メーカーから貰ったカレンダー。毎月、きれいな花の写真で、
窓のないマンションの殺風景なキッチンに彩りを添えてくれている。

写真の花があまりにもキレイなので、終わった月のページを捨てるに忍びず、
家にある材料を使って、ブックカバーを作ってみた。
さらに余った写真の切れ端で、栞も(ちゃんとフィルム・コーティングしました)

偶然写真が本にジャストサイズで、まるで最初から本の為に誂えたよう。

思い返せば、子どもの頃から、こんなリメイクが好きだった。

ほんのちょっと手を加えただけで、
捨てられる運命だった物に、新たな命が吹き込まれる。

それだけでも、日々の暮らしが楽しく思える。
それを手に取る度に何となく嬉しくなる。

そんな小さな喜びを大切にしたい(↓の写真は裏表紙♪)

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2014/7/10

今日の昼ごはん♪  「食」についての話題

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今日は、SGTの後、ワークショップ企画担当の打ち上げで、美術館スタッフも含め総勢7人で、ランチを食べた。

場所は、今年の4月に上野駅前にオープンしたばかりの「上野の森さくらテラス」3階にある野菜料理の店「やさい家めい」。元は映画館が建っていた場所である。

グルメ不毛の地であった上野も、この10年で駅ビルがアトレに衣替えをしたのを皮切りに、駅前に瀟洒な3階建てのビルが次々と3棟建ち、それなりにおいしい店が増えて来ている。

上野の博物館・美術館帰、或いは行楽帰りの人々の舌を満足させる店が、ひとつやふたつは必ず見つかるのではないだろうか?

今回利用した「やさい家めい」はその名の通り、全国の産地から直送した新鮮野菜をメインにした料理の店で、数種類あるランチメニュー>の中から、今日は『 夏野菜と塩麹のさっぱり豆腐つくねハンバーグ定食』を食べた。

豆腐つくねハンバーグ(写真では、あいにく野菜に隠れて見えないけれど…)と数種の野菜のソテー、麦入りご飯(つがるロマン)、グリーンサラダ、梅肉入り?ポテトサラダ、お野菜汁、お新香 が、かなり大きな白木の盆で運ばれて来た。飲物は室長の奢りで、生姜エール。口に寄せると、摺り下ろした生姜独特のツーンとした香りが鼻を刺激する。

野菜のさまざまな食感が楽しめる料理はどれも美味しい。緑、赤、黄、紫と野菜の彩りが目にも楽しい。最近、特に野菜の美味しさに、身体が喜ぶような気がする。身体は肉よりも野菜を欲しているようだ。ただ量的には、男性には少し物足りないかも。税込みで1,501円也。私には心持ち高め?! (4月の消費税率アップから、税抜き価格表示が増えて、たまにレジで予想外に高い支払いにギョッとすることがある)

6人用の個室が取れたので、7人では少し窮屈だったものの、おしゃべりも楽しみながら、ゆったりとした気分で食事を楽しめた。オープンしてまだ3カ月あまりと新しく、和風モダンと言った趣きの店内は、女性好みの気持ちの良い空間であった。
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2014/7/8

今更ですが、情報化社会の光と影  はなこのMEMO

情報化社会の今、世界の出来事も、自宅に居ながらにして、
リアルタイムに知ることができる。
日本で起きた良いことも悪いことも、否応なく瞬時に世界に伝わる。

分からないことがあれば、ブラウザーで検索すれば、大抵の情報は引き出せ、
まるで、無尽蔵の知識の鉱脈を手に入れたようなものだ。
おかげで紙の百科事典はPCに取って替わられ、その居場所を失ってしまった。

ネットワークによって、個人間、都市と地方間の情報格差は縮まったが、
個人が、本来知らなくても良かった情報に触れる機会も増え、
いとも容易く個人情報が晒される危険性も高まった。

クリックひとつで、買い物も、貯蓄も、株の売買も、簡単にできる。
しかし、その利便性を悪用する犯罪も次々と生まれている。

それまで出会うことなどなかった人ともネットで容易に知り合えるようになった。
価値観を共有できる人を広い範囲で探せるようになったと同時に、
対立する考えの持ち主との接点も増えた。

ネットで繋がることで、孤独感から開放されたかに見えたが、
それは同時に、相互監視の息苦しさから逃れられなくなったとも言える。


思いつくだけでも、これだけの数の情報化社会のメリット・デメリットがある。
今こそ、得た情報が、自分にとって本当に必要なものかどうか、判断する力、
リテラシーが必要とされているのだろうね。

ゆめゆめ情報に振り回され、自分を見失うことのないようにしたい。
頂門の一針!


そもそも、便利さは人をどんどん愚鈍にする。
物事は多少面倒臭いくらいが、ちょうど良い。
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2014/7/8

夫婦仲円満のコツ  はなこのMEMO

縁あって夫婦になった相手とは、できれば末永く仲良くいたいもの。今朝のネット配信記事で、500人へのアンケートに基づく夫婦仲円満のコツ9つが、ランキング形式で紹介されていたので、今後の為にもここにメモしておこうと思います

1位:「おはよう」「いってらっしゃい」「ただいま」などの挨拶をきちんと言う。
2位:相手の嫌いなもの・不快になることを覚えておく。
3位:相手の好きなもの・喜ぶものを覚えておく。
4位:相手に期待をしない。
5位:お互いの義父母を尊重する。
6位:連休には二人で遠出をする。
7位:夫婦げんかすることをおそれない。
8位:お互いのSNSに干渉しない。
9位:一緒に住んでいても、待ち合わせデートをする。 

ソース記事:2014.07.08.7:00配信 gooランキング

調査方法:アイブリッジ(株)提供の「リサーチプラス」モニターに対してアンケートを行い、その結果を集計したものです。
調査期間:2014 /6/12〜6/16
有効回答者数:500名


我が家の場合、夫婦仲は今のところ良好。お互い直して貰いたい欠点はあるけれども、夫婦仲に亀裂が走るほど深刻なものではないようです。

ただメモっただけではあまりにも能がないので、ちょこっとだけコメントを

まず、自分が上掲の9つの内、どれだけの数を実践しているかですが、程度の差こそあれ、ほぼ全部です。その結果、"一応、円満な状態である"と言えるのでしょうか?

挨拶は必ずするし、夫は煩わしそうにしているけれど、私の方から「大好きぃ〜」とか言いながら、抱きつくこともあります

夫は私の親のことが苦手なようで極力関わらないようにしているようですが(だからと言って、私が親と関わることを嫌がったりはしません。当たり前のことですが…)、私は夫の両親のことを大事にしているつもりです。

息子も成人して、大学や大学院での研究が忙しいこともあり、家族で旅行と言うのは難しくなったので、ここ数年は二人だけで旅行に行ったりしています。普段も息子は帰宅がかなり遅いので、私がボランティア活動で夕方までかかった時などは、夫と駅で待ち合わせて、二人だけで外食したり、週末なら映画を見に行くこともあります。二人で展覧会や街散歩デートにもよく出かけます。

夫はSNSを一切していないので、8位の「お互いのSNSに干渉しない」は、最初から当て嵌まりません。夫はSNSそのものがあまり好きではないようで、私のブログも読みません。ただし、旅行記録をブログに残すことは喜んでくれているようです。

私は元々人と争うのが嫌いなので(←第1に疲れるから。エネルギーの浪費のように思えて、人とケンカする時間があったら別のことがしたい。それにケンカ慣れしていないせいか、一度ケンカすると歯止めが利かなくなると言う恐れもあって、自分から熱くなるのを避けて、引いてしまうかな?)、ケンカが大きくならないよう、昔気質な夫の性格を考えて、極力反論しないようにしていましたが、最近は私も年の功でずうずうしくなったのか(笑)、納得の行かないことには反論するようになりました。夫婦間で「ケンカを恐れない」という意味では、良い傾向なのでしょうか?

ランキングで意外だったのは、「好きなもの」より「嫌いなもの」を覚えておく、というのが上位だったこと。相手を喜ばせるより、不快にさせないと言う「引き算」な心遣いが、長く付き合う上では大切なのでしょうか?「恋愛」と違って、「結婚」は「日々共に生活すると言うこと」ですからね。堅実に、地道に行くしかないのでしょう。

4位の「相手に期待しない」は字面だけ見ると、ドライな雰囲気を漂わせていますが、子育てや介護や仕事などでお互いに大変な時に、相手に過度な期待はしないと言う意味のようです。相手に期待し過ぎると、「自分はこんなに大変なのに○○してくれない」と相手に対して不満が募るばかり。「大変なのはお互い様」と割り切るのは、結局、相手への思いやりとも言えます。

逆に、相手に対して思いやりを持てなくなったら、それは相手への愛情が冷めてしまったと言うことで、夫婦としての関係も終わりなのかな、と思う。

それから、相手を「許す」と言うこと。日々の生活の中で大きな問題から小さな不満まで、夫婦の間に許し難いことが起きた時に、相手を許せるのか?それとも許せないのか?場合によっては物凄く重い問いだけれど、自分の相手への愛情を試される瞬間だと思います。


ランクインした項目はどれも常識的なことながら、改めてきちんと考えたことはなかったので、意外に勉強になったかな。折に触れて、この記事を読み返しては、自分の日々の態度を振り返るようにしたいと思います。

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2014/7/4

最近、本当に外国人旅行者が多くなった!  はなこのMEMO

昨日は上野に行った。上野恩賜公園は美術館・博物館等の集積地なので、とにかく普段から外国人観光客の姿を多く目にする。

さて、高台に位置する公園から、共にボランティアを務める方とふたり、エレベーターで地上に向かって降りていたところ、途中階から、白人の親子4人が乗り込んで来た。

レディーファーストのお国の方々とお見受けした。案の定、1階に到着すると、奥さんとお嬢さんを先に下ろし、お父さんと息子さんはエレベーターに乗ったまま、操作盤の前に立っている私の方を見ている。お国の習慣に従って、私にもレディーファーストを実践したいのだろう。

しかし、ここは日本である。私は構わず「After you」と言って、二人に先に降りるよう促した。すると一瞬、「本当に先に降りて良いのか?」とでも言いたげな戸惑った表情を二人は見せたものの、「Thank you」と言って、最後は笑顔で降りて行った。

世界はとかく分かり易い指標として女性の国会議員や上場企業役員の数を取り上げ、その少なさから日本のことを、「先進国でありながら、女性の社会的地位が低い」と決めつけ、奇異の目で見るけれど、現代日本における男女の力関係は、そう単純な話ではない。こと家庭においては、一見、女性が男性に傅(かしず)いているようだが、その実、権力を握っているのは女性であり、男性は女性の掌で転がされていることが多い。

学校での女子生徒と男子生徒との関係を見ても、さまざまな場面で、女子の方が舌鋒鋭く男子を言い負かしているように見える(実際、美術館にSGTで来る子ども達も、そんな感じだ)。草食男子と揶揄される男子は、強気な女子の言いなりに近い(笑)。

もしかしたら、私がエレベーターでした行為を、「また、日本がレディーファーストを知らない野蛮な国と思われてしまう」と心配する向きもあるかもしれない。

しかし、重ねて言う。ここは日本である。レディファーストは必ずしも世界標準ではないし、(かつて、何かの本でレディーファーストは、元々カウボーイ文化における男性優位、男性性を表明する手段であり、必ずしも女性を尊重する主旨の行為ではなかった、との記述も目にしたことがある) 。外国人がせっかく日本に来てくれたのだから、変に気を遣って相手の文化に合わせるより、日本流の"おもてなし"をするのが、結局、異文化理解に繋がるのではないか?その際、相手にも理解できる言葉での説明があった方が、より親切なのかもしれないけれど。

とにかく最近、外出先で本当に多くの外国人に出会うので、困っている様子を見かけたら、私は自分の英語力の拙さも忘れて、気軽に話かけている(まあ、そうすることで、自分の力不足を思い知らされ、英語の勉強にも身が入るものだ)

そして、英語で話かけてみると、国籍・性別・年代に関係なく、外国人旅行者のほぼ全員が、英語を普通に話すことに驚く。海外旅行をする位だから、自国に留まっている人より好奇心が旺盛で、学習意欲が高く、ある程度の生活レベルの層が、旅行者として来日しているのだと思うが、一見すると、「このお兄ちゃん、英語通じるかな?」と思うような人(←Tシャツに短パン、草履履きと、あまりにも服装がラフなので)まで、流ちょうにしゃべるので侮れない。

昨日も東京駅で、ホームに到着した電車から降りた二人のアジア系の男性(会話を聞くと中国人だった)が、すぐまた私の後ろに並んだので、不思議に思い話かけたところ、「○○に食事に行くつもり」と答えた。だったら最少から逆方向の電車に乗れば良かったのにと思ったのだが、後で、自分の過去の海外旅行のことを思い出し、そういうことも、日本の電車に不慣れな外国人ならアリかなと思い直した。

15年程前、ニューヨークに、ホテルとエアのみのプランを利用して家族で旅行した時のことだ。ある観光地を訪ねた帰り、地下鉄に乗ったのだが、その地下鉄は目指すホテル最寄りの駅には停まらずに、どんどんハーレム地区に向かって行った。

車窓を見ると、徐々にホームの様相が変化して行くのが見て取れた。日本の駅のホームと変わりない雰囲気から、次第に殺伐とした雰囲気に変わって行って、否応なく、そこが異国であることを思い知らされた。ホームでは壊れた什器が目につくようになり、柱や壁に落書きが増えて行った。車内の乗客の様子もどんどん変わって行き、車内の雰囲気にも変化が見られ、仕舞いには乗客が「このアジア人の3人は、一体どこに向かっているのだ?」とでも言いたげな表情で、ジロジロと私達を見るようになった。日本語で話すのも憚られる雰囲気だった。

辺りが薄暗くなったところで、さすがに怖くなり、「なんか変だね。次の停車駅で降りて、戻った方がいいんじゃない?」と漸く夫が言って、私達は見知らぬ駅のホームに降り立った。ホームは閑散として人影もまばらで、什器どころか時計も壊れていた。電車が来るまでの時間が、とても長く感じられた。

思い出せば、国内外を問わず不慣れな旅先では、こんなことはしょっちゅうだ。昨日出会った二人の外国人旅行客も、同じような状況だったのだろう。

諸外国と比べれば治安の良い日本ではあるが、少しでも観光客の旅先での不安を和らげる為に、(東京オリンピックが近いからと言うわけでもないけれど)私も地元の人間として、微力ながら旅のお手伝いができたらと思う。その為には、語学力を磨かねばね(本当は自分の経歴からすれば、現在の語学力は恥ずべきレベルである。周りの友人の多くが、英・仏・伊・西・中語と語学力に長けているだけに、自分の非力さが目立つ)

世界の趨勢を見ると、せめて大学を卒業した人は、英語で日常会話くらい出来ないと恥ずかしい時代になったのは確実かなと思う。もちろん、外国人との円滑なコミュニーケーションに、必ずしも語学力が万能というわけではないし、英語帝国主義の勝利には忸怩たるものがあるけれど(笑)、英語の国際語としての優位性・有用性は否定のしようがない。
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2014/7/2

時々、今住んでいる街から出たくなる(-_-)  日々のよしなしごと

今日、駅ビルの書店の女性誌コーナーにいたら、背後から突然、雑誌が飛んで来た。その雑誌は、私の右手前に平積みされている雑誌の山に、ドサッと音を立てて着地した。

な、何事かと後ろを振り返ろうとしたその時、太い手がにゅっと背後から伸びてきて、「あー、間違えたわ」と言いながら、整然と並べられた雑誌の山に、斜めに乗っかった状態になっている雑誌を取って行った。

周囲にいた客がサーッと潮が引いたように、その場からいなくなった。

改めて振り返って、腕&声の主を確認したら、ポニーテールに短パン姿の、色黒でかなり太った女性が、何事もなかったように書棚の前に立っていた。何やらブツブツ独り言を言っていた。

元書店の娘としては、本、しかも店の商品をぞんざいに扱う人間は大嫌いだ。しかし、多くの客がいる中で、大胆不敵にそんなことをする人間は、確信犯で、面倒臭い輩に決まっている。

口頭で注意するのも馬鹿らしくて、私はそのまま自分が買う商品を手にレジに向かった。ちょうどカウンターに店長がいたので、事の次第を話した。店長も驚いた様子で、「確かに時たま乱暴なお客様はおります。早速、店内を見回ります」と即時対応を約束した。

この街に住んでもう20年以上になるけれど、駅前周辺は再開発で年々発展を遂げているのに、一部の人間は、寧ろ街の発展に背を向けるように、わざと街の評判を下げるようなことをしているようにも見える。どこに行くにも便利な立地で選んだ場所なのに、せっかく順調に発展を遂げているのに、今日のような出来事に遭遇すると、この街から出て行きたくなる

でも、賃貸ならともかく、分譲だと、そう簡単には引っ越しもできないんだよね住んで20年以上も経てば、それなりに街に対して愛着も湧く。それだけに、一部の不届き者には、本当に困ったもんだ。

ただ、今日は件(くだん)の不届き者の5倍位、良い人にも出会った。いつものようにエレベーターおばさんをしていると、ベビーカーの赤ちゃんに愛らしい笑顔でバイバイされたり、丁寧に御礼を言われたり、地下の食品売り場でゴーヤーの品定めをしていたら、知らない奥様に話しかけられ、ひとしきりゴーヤーを使ったレシピを教え合ったり…そういう気さくな一面も、この街の人々にはある。街の印象を決めるのは、結局、そこに住む人間なんだよね。
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2014/7/1

あわてん坊、焦るべからず  日々のよしなしごと

私は生来、かなりあわてん坊だ(テンパる、とでも言うんですかね?)。「急いては事をし損じる」の言葉そのままに、焦ったばっかりに失敗することが多かった。

しかも、改めて振り返れば、それほど慌てる、急ぐ必要のない場面で、不必要に焦って、失敗していることが多い。

駅から出て、青信号の横断歩道を渡る寸前に、折り畳みの日傘を開く。
スペースに余裕のない駐輪場から、自分の自転車を取り出す
(→うっかりすると将棋倒し)
長い行列でレジ待ちの間に、財布からお金を出して、支払いの準備をする。
カバンの中から、入場券を取り出す(しまう場所を決めているけれど、たまに…)
エトセトラ…

失敗の傾向を自覚してからは、気が急く時には、「何も慌てる必要はない。落ち着いて。落ち着いて行動しよう。」と心の中で唱えるようにしている。実際、慌てなくても、時間は十分にある。

すると、格段につまらない失敗は減ったように思う。完璧とは行かないまでも。


もちろん、自分を焦る状況に置かないことも大切だ。

例えば、(今や首都圏の人間なら誰でもやっていると思うが)外出の予定が朝からある日は、前日のうちにネットの「乗り換え案内」で電車の時間を調べ、そこから逆算して、何時から外出の準備を始めれば良いかスケジューリングする。昔はこのような便利なツールはなかったから本当に助かる。

自分の弱点は便利ツールで補う。同じ失敗を繰り返さないよう、何かしら工夫する。

しかし、最近は不可抗力で人身事故や信号機の故障、線路内への人の立入りなどを理由に、電車が止まることも多い。これまでにも、そのせいで待ち合わせに遅れたことは2度や3度ではない。不幸中の幸いというか、今は携帯電話で相手と容易に連絡がつくし、昨今の複数路線の相互乗り入れで、相手も遅れることが多いので、それほど困ったことはない。


私は、そもそも人は失敗するものだと思っている。

1度目は、まあ、仕方ない。2度目も、うっかりミスと言うことがあるだろう。でも、3度も同じ失敗をするのは、お馬鹿だ、と自説を開陳したら、友人に笑われた。

1度の失敗でクヨクヨしている友人を励ますつもりで話したのだが、「はなこさんて、面白いわね」と笑われた。

「仏の顔も三度まで」と言う諺があるくらいだから、別にオリジナルの画期的なアイディアと言うわけでもないが、私の"話し方"がウケたのか、さっきまで「私ってダメだわ」とクヨクヨしていた友人が笑ってくれたので、私の話も少しは役に立ったのかしらね
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