2014/5/29

ディズニーのアンバサダーホテル  携帯電話から投稿

10才違いの妹と小1の姪が今日、上京して来ていて、
今夜は一緒にディズニーリゾート直営のアンバサダーホテルに宿泊です。

こんな機会でもなければ、泊まることのなかったホテル。

ベッドカバーもカーペットもミッキーマウス尽くしです。

なかなか素敵です。

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2014/5/16

文は人なり?  はなこのMEMO

今回企画に携わったワークショップが、なかなか好評のようで嬉しい。

美術館スタッフから適時、助言を得ながら、ボランティア4人で創り上げたプログラムである。さまざまな制約がある中での企画作業は、トライアル間際での内容の一部変更を余儀なくされたりと、実施に至るまでには困難も少なくなかった。それだけに参加者から高い評価を得たことは、企画担当者として達成感を覚えるものだし、今後の自信にも繋がるように思う。

さて、今回、共に企画に参加した2期生のAさんとは、何度もミーティングを重ねるうちに、互いの人となりが分かり親しくなった。

Aさんはひとことで言うなら「剛胆な人」だ。何より行動力があり、武勇伝に事欠かない(笑)。ご主人の度重なる出張で溜まった航空会社のマイレージを使い、単身、日本からドイツへ飛び、そこから鉄道で、生まれて初めてのパリに乗り込んだそうだ。

宿泊先のホテル周辺は何やら怪しげな雰囲気で、とても女性ひとりでは夕刻の外出もままならない場所だったらしいが、到着して初めて、そのことに気付いたらしい。治安が悪いとされるモンマルトルにも女1人で出かけ、アフリカ系の押し売りの男達に絡まれた時には、得意のイタリア語で切り返したと笑う。

聞いている方はヒヤヒヤする話である。しかし、当の彼女はいかにも楽しそうである。

彼女は努力の人でもある。父親を早くに亡くし、高校を卒業後に就職。結婚後は3人の子供を育てながら25年間勤め上げた。

子供達も成長して、さて今度は自分の為に生きる番だと、大学の通信教育学部で学び始たのを皮切りに、美術館でボランティア活動、さらにイタリア語、銅版画、書道と、多彩な活動を始める。既に数年で、銅版画は画廊でグループ展を開き、書道はコンクールに出品するまでの上達ぶりだ。イタリア語も、語学学校の斡旋で1カ月の短期留学で磨きをかけるなど、そのバイタリティには舌を巻く。

25年間、母、妻、嫁、会社員と、ひとりで何役もこなして来たことで、自ずと時間の遣り繰りも上手くなり、目前の作業への集中力も冴え、さまざまなことを同時並行に行えるようになったのだろうか?これは、長年の努力の賜物と言えるだろう。

さらに彼女には、常に柔らかな雰囲気を湛え、相手を包み込むような大らかさがある。そんな彼女の存在に、今回の企画作業でも、どれだけ助けられたことか。侃々諤々の議論の中で、彼女には一歩ひいて全体を見渡す冷静さがあり、ややもすれば険悪な雰囲気になりそうなところを、棘のない物言いで場を和ませたり…いやはや聡明な女性だと思う。

そんな彼女に、同僚ながら、私は尊敬の念を抱いている。


ジャーナリストの櫻井よしこさんの著書『迷わない。』(文春文庫、2013)を読んでいたら、ふとAさんの顔が思い浮かんだ。彼女の声が聞こえたような気がし(そう言えば、少しハスキーがかった声質も似ている)、メールの文言まで思い出された。

櫻井よしこさんの文体のリズムが、Aさんを思い起こさせるのだ。もしかしたら、櫻井さんとAさんの思考のリズムが一致しているのかもしれない、と思った。どちらも聡明と言う点では一致している。

文は人なり、と言うのは、そういうことなのか…な?

私自身は、姫野カオルコさんのエッセイを読んだ時に、(畏れ多くも)その文体のリズムに親しみを覚えたことがある。もしかしたら…以下省略(笑)。
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2014/5/5

「木下晋展〜生命の旅路」  文化・芸術(展覧会&講演会)

 旅先では時間の許す限り、必ず現地の博物館や美術館を訪ねることにしている。今回の沖縄では、宿泊先のホテルから徒歩圏にある沖縄県立美術館で明日6日(火まで)開催予定の「木下晋展〜生命の旅路」を見て来た。

 刮目に価する作品群である。初期のクレヨン画、油彩画、絵本原画、彫塑、そして作家を日本画壇において比類なき作家へと至らしめた鉛筆画、合計約119点が一堂に会している。

 特に入魂の鉛筆画が素晴らしい。大画面に、顔の皺もシミも痘痕(あばた)も、身体の弛みも、節くれ立った指も、包み隠さずに執拗なまでに描き込んだ人物画に圧倒される。その妥協を許さない徹底したリアリズムが露わにした人物像に、時に目を背けたくなるが、それを許さない強い磁力が、木下晋の鉛筆画にはある。

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 上掲の画像は、最後の瞽女(ごぜ)と言われた小林ハルさんを描いた鉛筆画である。瞽女とは、家々を訪ねては三味線を弾き唄い、金を請うていた盲目女性のことだ。かつて、日本には視覚障がい者への教育も養護する施設も十分でなく、彼女達が自活する為の手段として、こうした職業が成立していた。岩下志麻主演の「はなれ瞽女おりん」と言う映画では、その苛酷な人生が描かれている。

 他にも、認知症の自身の母や知人の母、娘、そして詩人で元ハンセン病患者の男性など、数多くの人物像〜その顔が、その身体が、実にリアルに鉛筆のみで描かれている。

 作家、木下晋は10Hから10Bまでの22段階の鉛筆を使って、こうした鉛筆画作品を描くと言う。実際に展覧会場で、濃淡の段階的変化に従って並べられた22本の鉛筆を見たが、それぞれの微妙なトーンの違いが私には識別できなかった。この22本を駆使して、モノクロームの鉛筆画の世界に"色彩"を与えるのだから、作家の、鉛筆の微妙なトーンの違いを見分ける眼の確かさ(繊細な色彩感覚?)描写力(デッサン力)には脱帽するばかりだ(モノクロームの世界に"色彩"を与えると言う意味では、銅版画の線描表現も同様に高度な技量が求められる)

クリックすると元のサイズで表示します 私はそれらの作品群を見ながら、ふと、オーギュスト・ロダン《美しかりしオーミエール》(国立西洋美術館蔵)を想起した。女性像は、もっぱら若く美しい女性をモデルとした作品を作っていたロダンが、唯一老女をモデルにした作品である。

 頭(こうべ)を力なく垂れ、右手を腰に当てたそのポーズからは、老女の嘆息が漏れ聞こえて来るようだ。ゲッソリと削げた頬と深く刻まれた皺の顔に、弛んだ乳房と腹部、骨張った腕と、老醜を残酷なまでに容赦なく晒した造形である。

 しかし、その造形に、私は老女のあるがままに対するロダンの敬意が見て取れて、心を打たれるのだ。老女をモデルにした経緯には諸説あるが、芸術家のロダンが老女の姿に、ひとつの美を見出しのは間違いないだろう。

 木下晋の鉛筆画群とロダンの《オーミエール》に共通して感じられるのは、人間が直面する厳しい現実を突き抜けた先にある「人間賛歌」「人生賛歌」である。

 避けられない老い、或いは貧困や病や障がいなど、モデルとなった人々が否応なく向き合わなければならなかった苛酷な運命。結果的にそれらが創り上げたとも言える、彼らの人生の終盤におけるありのままの姿を、粘着質なまでに丹念に描き込むことで、作家は全身全霊で、その人生に向き合い、心からの敬意を表しているように見える。しかも作家は、その人生を知ることができただけでも自分には意味があり、本当は絵なんて描かなくとも良い、とまで言い切っている。その作家の真摯な思いが作品に磁力を与えて、見る者に深い感慨をもたらすのではないだろうか。どんな人生も尊い。否、苛酷であればあるほど、人は自身の孤独と向き合い、その人生は深みを増して、他者の心を打つのだと。

 また、一連の作品群は、徒に年を取ることを厭うアンチ・エイジング流行りの時世にあって、人間の成熟、爛熟について、改めて考えさせてくれた。

 作家は、作家である以上、世に認めて貰いたい思いを強烈に抱きながら(或いは、逆に世間からの評価を超越して、自身の内から湧きあがるものを、ただただ表現したい衝動に駆られて?)、創作活動を続けていると思うが、だからこそ苦悩も深いのだろう。木下晋も例外でなく、また、自身の貧窮と複雑な生い立ちにコンプレックスを抱きながら作家活動を続けていたようだ。

 しかし、既に世界的な作家として認められていた荒川修作とニューヨークで出会い、「君は芸術家として最高の環境に生まれ育ったんだ」「君はもっとお母さんを描け。ただ描くだけじゃだめだ。どうせ君の親子関係は無茶苦茶になっているだろうから、修復してお母さんの話を聞け。そしてそれを文章に描け」と言われる。
 こうした邂逅は人生の宝である。ニューヨークでの活動は上手くいかなかったようだが、荒川から作家としては最良の励ましを得て、木下の作家人生にとって重要なターニングポイントになったのではないか。

 これだから人生は面白く、滋味深く、そして尊い。

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展覧会情報「木下晋展 生命の旅路」(沖縄県立美術館)

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2014/5/4

不思議な力?ただの偶然?  はなこのMEMO

私は友人に「人を呼び寄せる力の持ち主」と言われます

ありえない時に、ありえない場所で、知り合いに会うことが多いからです。その時は、会いたい人のことを考えていたり、「誰だか分からないけれど、誰かに会えそうな」予感がします。

例えば、上京して3年目の頃。銀座のソニービルを見上げながら、「まさか、こんな所で、知り合いに会うことなんかないよね」と思った次の瞬間、小学校から短大まで一緒だった同級生と目が合いました。彼女は友人との待ち合わせで、ソニービルの前にいたのでした。家は近所だったものの、それほど親しくはなく、卒業後どうしているかも知らなかったので、お互い、びっくりしたのを覚えています。以来、彼女のことが気に懸かっていて、折々に人づてに彼女の近況を聞いています。

また、新婚間もない頃、冬の金沢を1泊2日で旅行した時には、金沢城界隈を夫と散歩しながら、「金沢に知り合いって、いたかなあ…。あ、そうだ!高校の同級生のN君が金沢大の博士課程にいるんだ!」と話していたところ、前方から、そのN君がやって来ました。これまた、ビックリ。N君は「な、なんで、お前、ここにいるんだよ」と、卒業以来の再会にひどく驚いた様子でした。「今、ちょうど、あなたのことを考えていたのよ」と言うと、「えー、マジかよ〜。こんなことってあるんだなあ」と、彼は偶然の不思議にしばらく呆然としていました。N君とは高校時代、クラスは別だったけれど、なぜかウマが合い、よくしゃべっていた仲なので、これは嬉しい再会でした

さらに、話はワールドワイドになります10年近く前、中学生の息子とのロンドン2人旅で、コッツウォルズ地方へ行く日帰りバスツアーに参加した時のことです。バスは帰途、事故渋滞に巻き込まれ、帰着予定時間を大幅に超えてロンドンに戻って来ました。急遽、途中で降車しても良いことになり、以前泊まったことのあるホテル近くの駅前で、私と息子は下ろしてもらいました。そして、その駅から宿泊先の最寄り駅まで帰るつもりでした。

すると、駅のホームで、息子の中学の同級生とその家族に会ったのです。向こうも母子でした。お母さんとはPTAで顔見知りです。何でもロンドン在住の親類の家に滞在中とかで、本当に偶然、同じ時間帯に駅のホームで居合わせた形です。やはり会った瞬間は、お互いに驚いて顔を見合わせ、「どうして、ここに…」と言った後、しばらく言葉が出ませんでした。もし、私と息子の乗ったバスが事故渋滞に巻き込まれなければ、その時間に、その駅で地下鉄に乗ることはなかったのです。先方も、たまたまその日は帰宅が遅くなったらしい。まさに、思いがけない場所で、思いがけない人との再会でした。

帰省時にも、繁華街を歩きながら、「そう言えば、Kちゃんのお母さん、お元気かなあ」とふと考えた次の瞬間、道端で見覚えのある顔に出くわし、通り過ぎてから気になって引き返すと、ベンチにKちゃんのお母さんが腰かけていたことがありました。約30年ぶりの再会だと言うのに、おばちゃんは私のことを覚えていてくれて、「あら、はなこちゃん、まあ、久しぶり!元気だった?」と、私の二の腕を思いっきりはたきました(笑)。おばちゃん、痛いよ…

また、気に懸かる人からのタイミングが良すぎる電話や手紙や小包(贈り物)にも、いつも驚かされます。一種のテレパシーでしょうか?


まあ、このような嬉しいサプライズな人との再会は大歓迎なのですが、たまに時期的に、写真に妙なものが写り込むことが続いたりすることもあり、これは嬉しくないです
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2014/5/2

はとバスたび写真館4  国内旅行(旅の記録と話題)

《あしかがフラワーパーク》

あしかがフラワーパークには、過去に"はとバス"のミステリーツアーや、
初詣ツアーで訪れたことがあります。

しかし、苑内が最も美しいこの季節に訪れたのは初めて。
噂には聞いていたけれど、本当にキレイ…
まさにと言う感じ…

ここは毎朝7時に、花の開花具合をチェックして、
その日の入園料金を決めるそうです。
花を目当てに訪れる客が殆どですから、経営者としては誠実な態度なのかも。

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現在は「2014 春 ふじのはな物語」と銘打って、苑内は藤の花が真っ盛り。
大藤、八重藤、大長藤、白藤が、趣向を凝らした展示で、
訪れる人々を楽しませています。

さらに夕方からはライトアップで、幻想的な雰囲気を醸し出し、
苑内の花々の新たな魅力を引き出しているようです。

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黄色い花を咲かせる"きばな藤"は来週が見頃のようで、
まだ殆ど咲いていませんでした。
それぞれの花が多少時間差を置いて盛りを迎えた方が、
より長く楽しめますものね!

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5月と言えば、ツツジの季節でもあり、
苑内は藤の花と競うように、
色とりどりのツツジが咲いていました。

自宅マンションの植え込みでも種々のツツジが満開ですが、
ここまで多種多様ではないので、
その迫力たるや、比ではありません。

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ライトアップされた藤の薄紫色は微細なグラデーションを見せ、
印象派の画家クロード・モネの筆触を想起させます。

あしかがフラワーパーク公式サイト

クリックすると元のサイズで表示します足利土産は足利銘菓、と言うことで、写真の古印(こいん)最中です店主の拘りが詰まった商品と言う感じで、"あいだみつお"ばりの店主直筆のメッセージカードと、商品由来の説明リーフレットが同梱されていました

ひとつのことでもなかなか思うようにならぬものです。
だからわたしはひとつのことを一生けんめいやっているのです      香雲堂主人


「古印」とは当地にあった足利学校で実際に用いられた印章を指し、古印最中は、その印章を準えた形になっています。地元への愛着と誇りが感じられる逸品です。

薄皮の中にタップリの漉し餡でズッシリとした重み。食べ応えがあるのはもちろんのこと、とてもおいしいです!

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2014/5/2

はとバスたび写真館3  国内旅行(旅の記録と話題)

《長瀞・畳岩》

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羊山公園で開催の「芝桜まつり」に合わせて催行されるこのツアー。
1年を通して最も混雑が見込まれる行楽シーズンとあって、
催行が休日に当たる日は、出発時間も30分早まる上に、
この「長瀞・畳岩」見学が行われません。

同じ料金で、これはもったいないですね
この奇観は必見の価値ありです!

今回バスの駐車場を提供して下さり、
畳岩まで案内して下さった「万寿庵」店主の解説によれば、

この畳岩は、地下深いところで高い圧力を受けて作られ、
長い年月をかけて隆起し、地表に表れたもので、
遠くは四国の名勝、大歩危・小歩危にまで連なる、
日本列島を縦断する強固な岩盤だそうです。

地質学的には、「結晶片岩の岩石段丘」に分類されるようです。

3年前の震災時には近隣が震度5に見舞われる中、
この「畳岩」を地盤とする長瀞地区は震度3で済んだとのこと。
しかし、土壌はけっして肥沃とは言えず、
米の栽培ができない土地柄だそうです。

この土地は古くは野性の藤が自生していたことから
「藤谷淵(ふじやぶち)」と呼ばれ、
「野上町」と言う町名を経て、1972年に「長瀞町」に変更されたとのこと。
意外に新しい地名なんですね

長瀞は隅田川の源流である荒川の中流部の渓谷を指す地名で、
「長瀞」の「瀞」は「川底が深く、水の流れの静かな所」を意味し、
長瀞地区を除く荒川の上流と下流は激流なんだそうです

あのナウマン象の発見者ナウマン博士が当地を調査に訪れたことから、
「日本地質学発祥の地」とも言われています。

今冬の大雪では、店主計測で1.2mもの大雪に見舞われた当地。
その被害は甚大だったようで、例年ならこの時期、
対岸の赤壁(中国の長江に倣った名称)は藤色に染まっているのが、
今年は藤の蕾がことごとく雪の重みにやられた為、見る事が叶いませんでした。

残念ですが、これもまた自然の為せる業で、
人智の及ばないことなのかもしれません。
来年には再び藤の花が咲きますように…

地震年表を見ても、日本は度々大きな地震に見舞われています。
おそらく、その度に甚大な被害を受けて来たのでしょう。
それでも日本人はけっして挫けることなく、生活を立て直して来ました。

自然の恵みを感謝して受け入れ、
自然の脅威をも厳粛に受け止め、
まさに自然と共に生きて来ました。

それが日本人なんだと思います。
そこに日本人の強さの秘密があるのかもしれません。

クリックすると元のサイズで表示します「万寿庵」店主ご自慢のまんじゅうです。

定番の、生地にみそを練り込んだ「みそまんじゅう」と熊笹を練り込んだ「熊笹まんじゅう」。

そして、さくらを練り込んだ「桜まんじゅう」。この時期限定の味です

どれも地元の食材を使った昔ながらの素朴な味わいで、どこか懐かしい…

まんじゅうを頬ばりながら、旅の余韻に浸ります…

次は"長瀞ライン下り"に挑戦?してみたいな稀少な"天然氷"も口にしてみたいです 
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2014/5/2

はとバスたび写真館2  国内旅行(旅の記録と話題)

《羊山公園》

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秩父市街地を一望できる羊山公園。その裾野に広がる「芝桜の丘」。
約17,600uの敷地に、9種類40万株の芝桜が咲き乱れ、
「花の絨毯」を敷き詰めたかのようです。


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遠目には繊細な織り模様に見える花々。
間近に見ると、写真のような感じです。

一株に密生した花弁の連なりが、
気の遠くなるような数で地面を覆い尽くし、
美しい絨毯の模様を描いているのです。

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羊山公園は駐車場から徒歩10分ほどの距離にあります。
途中の里山の風景も素敵です

田圃では、賑やかなカエルの合唱が聞かれました
姿なき歌声の主を捜しましたが、見つからず

山吹でしょうか?
花吹雪で散らされた花弁の1枚1枚がまた、
何気ない歩道に、素朴で柔らかな風情を与えています

時折、木立からウグイスの鳴き声も聞こえて来て、
目にも耳にも心地良い散歩道でした。


豊かな自然の恵みが感じられるこの界隈は、
地元の方々の日々の手入れの賜物なのでしょう。感謝

秩父芝桜まつり情報(秩父観光サイトより)

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2014/5/2

はとバスたびの写真館  国内旅行(旅の記録と話題)

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羊山公園に向かう途中で見かけた八重桜
朽ち果てる寸前の美しさ…


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近景に芝桜、中景に杉の木立、遠景に武甲山


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穏やかな流れの秩父・長瀞
山藤は2月の雪害で、花を咲かせず…川縁は紫に染まらず…

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あしかがフラワーパークで見た夕景
夕日に照らされて、燃えるようなツツジ


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大輪のしゃくなげ
艶(あで)やかなり…


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雨露に濡れたツツジ
これまた艶(つや)やかなり…


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そして、
その堂々たる花弁の連なりは、フラワーパークの主役なり…


ただただ、その美しさに、艶やかさに、見とれるばかりでした。
ただただ、その静謐さに、心が洗われるようでした。
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2014/5/1

ライトアップされた藤  携帯電話から投稿

ライトに照らされて、藤の紫に艶やかさが加わります。

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2014/5/1

一応、佐野ラーメン  携帯電話から投稿

あしかがフラワーパークにて。

当地には何度か来たことがあるけれど、
いかんせん、苑内が閑散とした季節外れの訪問が多かった。

今日はライトアップされた花々を楽しみます。
今を盛りにと咲き誇る藤とツツジです。

その前に腹ごしらえ。

味は今ひとつだけれど、煮豚ひと切れ、鳴門巻きひと切れ、メンマ少々、
ワカメ&ネギもそりなりに入っていたので、まあ良しとしましょう。

さらに"別腹"で、ソフトクリーム


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2014/5/1

晴れて良かった!  携帯電話から投稿

当初、2日のツアーを申し込もうとしたのですが満席で叶わず、
仕方なく1日を申し込んだら、週間天気予報では、あいにくの雨

それから毎日、数時間おきに天気予報をチェックし、
やきもきしながら、とうとう今朝を迎えました。

現地に向かうバスの中でもガイドさんに
「予報によれば雷雨の恐れがあります」と言われ、
どうなることかと思いましたが、
なんと正午過ぎに到着した現地は、晴れ

しかも、みるみるうちに雲もなくなって、いつの間にか快晴に!!

昨日とはうってかわって、汗ばむような陽気です。

用意した雨傘が、急遽、日傘に…

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2014/5/1

羊山公園に来ています♪  携帯電話から投稿

今日は、はとバスツアーで、
埼玉県秩父市の羊山公園に来ています♪

例年この時期になると報道で度々、
当地の美しい芝桜のパッチワークを目にするので、
一度は訪ねてみたいと思っていました。

やっぱり、実物は美し〜

特に、近景に芝桜、中景に杉の木立、遠景にそびえる武甲山の
コントラストが素晴らしい!

因みに、武甲山、新婚時代にひょんなことから、
夫の行きつけの割烹の店主夫妻や常連客の方々と
登ったことがあります。

私にとっては人生初の登頂でした
(その前に富士山を8合目で断念した経験有り)。

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