2011/3/29

テレビ゙局の茶番  日々のよしなしごと

今、NHKの朝の情報番組で計画停電の問題点について放送しているのですが、話を聞いていると、スタジオの出演者全員が都内在住者のようで、計画停電の経験者が皆無らしく、レポートに説得力がまるでありません。経験していないなら経験していないで、きちんと下調べしているのならともかく、時々互いに顔を見合わせ口ごもるので、取材不足も露呈しています。

これこそ、茶番です。
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2011/3/28

原発事故に関する情報で、最も頼りになりそうなブログ  お知らせ

テレビに出演する数多くの原子力の専門家の解説は情報が断片的で、今ひとつ放射線被ばくの危険性の全体像が掴めません。

以下のブログ執筆者は、明石家さんまが司会を務めるバラエティ番組に出演されている大学の先生のようですが、だからといって信頼性に劣るというわけではけっしてなく、専門家の立場から、冷静かつ誠実な態度で、今回の福島原発の問題点について懇切丁寧に解説されていて、とても分かり易いです。

今のところ、錯綜する情報の中で、一番信頼に足りうるものだと、私は思っています。

ただ、記事中「水道水の飲用もできるだけ避けるように」とあるのですが、首都圏ではミネラル・ウォーターが入手困難になっている現状、これは無理です。それに水道水忌避は大人以上に乳幼児に関して緊急性が高いので、ミネラル・ウォーターの入手に関しては、躊躇うところがあります。首都圏に出荷されるミネラル・ウォーターは山梨県で採取されるものが多いようですが、果たして完全に安全と言えるのかも、今後の原発の動向次第では怪しくなりますね。

とにかく徒にパニックに陥ることなく、自分なりに情報を集めて、できる限り(←できないことはできないのだし…)自衛するしかないようです。

武田邦彦中部大学教授のブログ
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2011/3/27

わたしを離さないで(原題:Never Let Me Go、2010)  映画(今年公開の映画を中心に)

【お断り】ネタバレ注意!

下記の文中、物語の"謎"の核心については触れていないのですが、映画未見の方からすると、ネタバレともとれる内容のレビューになっています(配給会社が用意したキャッチコピーの中で殊更強調されている「物語に秘められた大きな謎」。しかし、その"謎"は予告編で何となく予想がつくレベルのもので、結局、謎解きが主旨の作品ではなく、3人の主人公の人生や絆を通して、生きることの意味を問う、真摯な文芸作品と言えるでしょうか?)

 
クリックすると元のサイズで表示します『わたしを離さないで(原題:Never Let Me Go)』を見て来た。

本作は、現代英文学界を代表する日系英国人作家、カズオ・イシグロの同名小説の映画化。イシグロ氏は、今回エグゼクティブ・プロデューサーに名を連ねている。


残酷なまでに切ない物語だった。主人公3人の短く儚い"生"を通して、見る者に否応なく突きつけられる問いかけは「人間が生きることの意味」。

劇中の教師の言葉が印象的だ。「子どもはいつか大人になる。大人になれば、自分のやりたい職業に就く。俳優だったり、スーパーの店員だったり、教師になったり…。でも、あなた達に、その自由はない。あなた達の運命は既に決まっている…(後略)」

「子どもが未来に向かって生きる」のは、人生が子ども自身のものであり、いずれ何者にかなれる、と言う"不確定な人生"が約束されているからだ。既に定められた運命の下で、子どもは未来を夢見ることはできない(あえて注釈するならば、例えば一部の歌舞伎役者は世襲で予めレールの敷かれた人生とは言え、自らの芸道を極める自由はある。しかし、本作の主人公達の人生は、生まれ落ちた時から他者によって管理されたものであり、彼ら自身に自らの生き方を選び取る自由はないに等しい〜実際にはひとりひとりが意思を持った人間であるにも関わらずだ)

「人が人であることの証」は、ひとつには「自己を表現すること」である。それさえ、この物語では意味をなさない。さらに、劇中"Completed"と言う言葉が、非情な響きで繰り返されるが、それは主人公達が"感情"を持ったひとりの人間であることを、真っ向から否定するものなのだ。

そんな絶望の中で、主人公キャシーの唯一の光明は、トミーと出会い、彼を心から愛したこと。切な過ぎる。

映画の作品としての評価は、主人公3人を演じた若手俳優らの演技がとにかく素晴らしく、原作の世界観を見事に表現したであろうことは想像に難くない。

しかし、これまで常にスクリーンの中心にいたキーラ・ナイトレイが、本作ではその座をキャリー・マリガンに譲り、準主役のポジションに徹したかに見えたのが驚きだ(因みに2人が初共演を果たした2005年の『プライドと偏見』で2人は姉妹役を演じ、キーラが王道のヒロインであったのに対し、キャリーは4人姉妹の1人で、改めて調べて「ああ、あの娘!」と思い出せる程度の、まだ現在の活躍が想像もつかない脇役であった)

その2人の間で揺れるトミーを情感豊かに演じたアンドリュー・ガーフィールドも、私の中では今後の注目株として目が離せない俳優になった。

この英国の若手3人(ガーフィールドは米国生まれ、英国育ち)が、スクリーンに登場後、殆ど出ずっぱりで魅せてくれた力は凄いと思うし、映画界にとっても大きな収穫なんだろうな。

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2011/3/26

映画&買い出し  日々のよしなしごと

5日ぶりに駅前まで出てみた。昨日、今日と計画停電がないので、映画館も通常通り営業しているようだ。昨日からネット予約も復活したらしい。

息子が無事に自宅に戻って来たので、およそ3週間ぶりに、家族3人で映画を見に行った。映画館は11日の地震直後暫く休館したり、続いて起きた原発事故で計画停電が実施されることになり、短縮営業を余儀なくされる等、他のサービス業同様、かつて経験したことのない苦境に陥っていると言えるだろうか。

どうにか再開はしたものの、節電の為にスナックや飲み物を販売しているコンセッションはふたつの内ひとつは休業。映画も予告編の上映はなく、本編のみの上映。いつも10分近くを費やして見せてくれる近日公開作品の予告編は、私にとっては映画館に行く楽しみのひとつでもあったので、事情が事情だけに仕方ないとは言え、少し残念な気がする。予告編上映は目を暗がりに慣らし、本編鑑賞へのウォーミングアップの意味もあったと思うので、いきなり本編が始まるのは、目も心も準備なしに作品の世界に入って行くような感じで、やっぱり違和感がある。

上映開始前にも、大きな余震が発生した際には上映を直ちに中止し、避難誘導する旨のアナウンスが映画館スタッフよりあった。やっぱり、今は非常時なんだな、と思う。それでも映画を見る私はお気楽者で、よほどの映画バカなのかもしれない。

東電管内の電力供給量の約15%を担っていたと言う福島第一原発が使用不能になってから慢性的な電力供給不足で、計画停電は暫く続くと言われているので、映画館の変則的な営業は今後も続くのかもしれない。そうでなくともミニシアターの閉館が続く昨今。これがトドメを刺す形で、中小の映画館が経営に行き詰まることがなければ良いけれど。

首都圏は、甚大な被害に喘ぐ東北地方をはじめとする被災地の復興支援の為に、今まで以上に経済を活性化させる必要があるのに、原発事故に伴う電力供給不足で市民生活は混乱し、生産活動も滞り、経済は寧ろ減退傾向にある。

このままでは日本全体が大変なことになってしまうので、行政の中枢機関も、企業の本社機能や生産拠点も、半分を西日本に移して業務の停滞を防ぎ、同時に首都圏の一極集中状態を解消させる必要があるのではないだろうか?そうすれば、逼迫した電力事情も好転するような気がする。また、放射線数値が通常より高い値を示している地域の、特に放射能に対して感受性の強いと言われる中学生未満の子ども、乳幼児を、目に見えない放射能被爆及び被曝から守る為に、一時的にでも関西以南、もしくは九州以南に退避させる必要があるのではないか?

今日の外出は買い出しの意味もあった。自宅近くのスーパーマーケットやコンビニはどこも品不足なのだ。特に、牛乳、水、卵、納豆、ラーメン、カップ麺が店頭から消えてしまった。幸い、卵は先日、階下のAさんから、田舎から送られて来た物をお裾分けしていただいた。しかし、牛乳が地震の3日後辺りから全然手に入らない。そこで駅ビルの地下にある(唐辛子だけでも5種類以上揃えているような、所謂、高級?)スーパーマーケットに行ってみると…普通にあった。横浜のタカナシ乳業の低温殺菌牛乳。品薄に乗じてバカ高い値段で売られているわけでもない適正価格で。とまれ、久しぶりに牛乳が手に入って嬉しかった。

パック入りの牛乳が入手困難になった理由は、牛乳パックの製造工場が、先の地震で壊滅的な打撃を受けたからだと言う。乳牛を飼育している酪農家も、生乳の処理と今後の経営にさぞかし頭を抱えているに違いない。以上のことはヨーグルトの宅配業者から聞いた話である。その業者には、びん詰め牛乳の注文が殺到しているらしいが、生産が追いつかず、断っている状態らしい。

納豆も、主要な産地である茨城県が先の地震で被害を受けた上に、計画停電で生産に支障を来していると言う。停電によって納豆菌の働きが鈍り、納豆が生産できないとは困ったものだ。そこに流通の問題も絡んで来るから、牛乳だけでなく牛乳を原料とする乳製品も、納豆も、安定供給までの道のりは険しいものになりそうだ。

被災地の困窮ぶりに比べたら、首都圏の混乱などたいしたことではないのかもしれないが、この混乱が長く続けば首都圏の人々を疲弊させ、企業活動の生産性を著しく低下させ、結果的に復興支援の足枷になるであろう。

計画停電を実施するに当たっては、その長期化を踏まえて、特に今、問題になっている医療機関や生産拠点に配慮した実施システムの構築を望むし(対象区域の拡大により、1回当たりの停電時間の短縮化や停電頻度を抑制し、かつ実施決定の迅速化を図る等)、重大な事故を防ぐ為に、特に交通量の多い交差点の信号機に発電機を順次備えて行って欲しい。そして利用者側も、特に電力消費量の多い施設は、より一層の節電に努めるべきだろう。例えば下らない特番を長時間垂れ流す民放テレビ局や、乱立ぎみで過飽和状態のパチンコ店をはじめとする遊技場は、計画停電対象区域外であっても、稼働時間の短縮か輪番休業制で、電力消費の抑制に協力すべきだと思う。

また、不可視であるがゆえに恐怖感が増幅しがちな放射能に関する冷静かつ適正な情報を、東電、政府、マスコミの三者は発信して欲しい。現状は情報が錯綜して、混乱に拍車をかけている。専門家と言われる人達でさえ、危険性に対する認識が各々違うし、発言が二転三転するので、誰の発言を信じて良いのか分からない。これは結局、未曾有の事態に、誰一人的確な判断ができない状態ということなのだろうか?

信頼に足る二つの"チ"〜"治"と"知"のリーダーの不在が、この国の行く末を不透明なものにし、国民を徒に不安に駆り立てているように見える。


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2011/3/25

こんなものがあります〜【環境防災Nネット】  はなこのMEMO

福島第一原発の動向が気になりますね。もはや、米スリーマイル島事故を上回る、チェルノブイリに次ぐレベル6の危険な状態だとの報道(by朝日新聞)もあります。

原発周辺の方々はもちろんのこと、関東地方の人間は日々、福島原発から漏れ出ている放射能に晒されている不安が拭えません。

下記のサイトは文部科学省原子力安全課原子力防災ネットワークが運営するサイトで、原子力施設周辺環境モニタリングデータの現況が10分毎に更新、表示され、最新の空間放射線量率をチェックできます。

通常は30〜100nGy/hが、自然界に存在する放射線量のようです。やはり原発に近ければ近いほど、数値が大きいようです。その推移を注視するにこしたことはないのではと思います。

情報は受け身に待っているだけではダメで、こういう非常事態時には、自らアンテナを張り巡らして収集しなければいけないのかなと、最近、マスコミ報道を見るに付け、思うようになりました。

環境防災Nネット
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2011/3/22

これから夜間帯、2度目の停電です  日々のよしなしごと

それでは、これから、ろうそくの灯りの下、瞑想の時間に入らせていただきます。
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2011/3/22

たとえ親バカ・過保護と言われても…  家族のことつれづれ

地震で帰宅困難を経験して以来、電車での外出をできるだけ避けていた。外出自体、せいぜい日々の食材の調達に、自転車で近所のスーパーマーケットに行くぐらい。

先週から始まっている計画停電も、私の住む地域では何度か実施されているので、駅前に出ても、停電時間はどこも休業中。計画停電が実施されなかった連休も、駅周辺の店は午後6時で閉店だった。私の大好きな美術館も近隣の映画館も地震以来、開いていない。経済を停滞させない為にも、できるだけ平時の生活を送りたいと思っているが、結局停電の影響で、家に引き籠もらざるを得ない生活になっている。仕方ないのかな。

連休の時は久しぶりに計画停電が実施されず、息子が滞在する街の最寄り駅まで行く電車も再開した。そこで、かねてから気になっていた息子の様子を見に、夫婦2人、1泊2日の日程で群馬県まで行くことにした。考えてみると電車で群馬県に行くのは初めてである。ネットで安いビジネスホテルを予約し、我が家からバス、電車を幾つも乗り継いで、3時間余りかけて午後5時頃現地へ到着。

息子は5時半まで自動車学校で、彼と会うまでにはまだ多少時間があったので、ホテルにチェックイン後、駅周辺をブラブラ歩いた。驚いたことに、殆ど道を歩く人がいない。地図で見るとメインストリートであるはずのだだっ広い道路も、殆ど車通りがない。沿道の商店は殆どシャッターが閉まっている。「貸店舗」の貼り紙が多く目につき、時折吹くからっ風が埃を舞い上げる。人気がなく閑散としたさまは、まるでゴーストタウンだ。

地方経済が疲弊し、人の流れも郊外型ショッピングセンターへと向かい、駅前には所謂「シャッター通り」が増えていると報道では見聞きしていたが、これほどまでとは予想だにしなかった。仮にもここは、今回の震災で部品調達が困難な為に操業を停止しているとは言え、日本の某大手製造業の工場が駅周辺に点在する企業城下町の玄関先なのである。たまに路上で見かける人はホームレスと思しき男性達で、歩いている私達が物珍しいのか、何やら話しかけて来る。途中、通りの脇にひとりぽつんと易者が腰かけていたが開店休業状態で、彼もまた私達に声をかけて来た。こんな寒空の下で、いくら何でも…運命鑑定なんてしてもらう気分じゃない。

めぼしい飲食店もなく、こんな場所での息子の毎日の食事が思いやられた。計画停電はグループ内でも実施されている地域とされていない地域がある。どういう線引きで決めているのか知らないが、都心から遠ければ遠いほど容赦なく停電は実施されているような印象だ。息子によれば、こちらは毎日確実に実施されているらしい。その影響は息子にモロに及ぶ。一度など自動車学校から夜8時頃帰宅して、ホテル近くのコンビニに行くと、弁当がひとつしか残っていなかったそうだ。

ふと見ると、休日で唯一開いているガソリンスタンドには、ガソリンを求める車が殺到していた。辻辻に車が数珠つなぎになって長い長い待ち行列を作っていた。待っている間、エンジンはかけたままだ。相当な待ち時間の間に消費されるガソリンの量も馬鹿にならないだろう。公共交通機関が発達した都心とは違って、車なしでは生活が成り立たない群馬では、ガソリンの有無は死活問題なんだろう(確か、一戸当たりの乗用車の保有台数は、群馬が全国一だったはず)

息子を宿泊先のホテルまで迎えに行き、予め調べておいたハンバーグステーキを主力商品とするファミレスに家族3人で歩いて行った。辺りは大分暗くなっていた。節電の為、街灯は一切灯っていない。歩道の真っ暗な足下が心許ない。時折通る車のヘッドライトが辛うじて足下を照らしてくれるぐらいである。時折、自転車が行き交う。息子の話では、ガソリン不足が喧伝されて以来、近くの量販店で販売されていた自転車が瞬く間に売り切れたらしい。

15分ほどで目的のファミレスに着いたが、現在食材の調達が難しいとかで、メニューは限定的なものだった。ワンプレートにライスとハンバーグと少しばかりの野菜サラダ。息子はご飯を大盛りにしてもらったが、何だか侘びしい。それでも当地に来て、これだけのボリュームは食べたことがないと言う。ただでさえ細い身体なのに、これ以上細くなったらどうするんだ

食事の後、わずかに開いている店舗をはしごしてみた。早めの夕食になってしまったので、夜間にお腹が空くと思った息子はお菓子を幾つか買った。その後、息子をホテルまで送り、私達夫婦も宿泊先のホテルに戻った。結局、息子と過ごした時間は2時間弱だったが、彼の元気そうな姿を見てほっとした。

いつも休日にはどうしようもなく朝寝坊な息子が、連日続く教習に合わせて、早朝にちゃんと自分で起きていると言う。それを聞いて、親元を離れたことで、幾らか自律心が育ったのかと嬉しくなった。

翌日、元来た経路で地元に戻った。群馬と埼玉の久喜を結ぶ路線は1時間に2〜3本しか電車がない。久喜から上野までの車内は結構混雑していて、1時間近く立ったままだった。車内には大荷物を抱えた人がチラホラと見える。栃木や群馬から首都圏の親族の元に一時避難する人達なのだろうか?また、大宮でドッと人が降りたのを見ると、大宮は広く栃木、群馬も商圏として取り込んでいるのだなと思った。道理で発展するわけだ。

それにしても同じ関東圏でも、この違いは何だ?地元の駅ビルの照明は半分に落としているとは言え(普段からこれくらいでも照度は十分ではないかと思った。ギラギラしていないせいか、却って心が落ち着く)、営業時間も短縮とは言え、いつものように地階でおいしい食パンは買えるし、レストランでいつもと変わりないボリュームのランチを食べられる。街は多くの人で賑わっている。東京や神奈川は本当に恵まれているなと思った。
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2011/3/18

被災者に思いを馳せる、痛みを分かち合う  はなこ的考察―良いこと探し

福島原発の事故を受けて、この何日間か、東京電力管内の東京23区(一部除外)を除く地域を5グループに分割し、1回4時間弱、1日1〜2回、計画停電が実施されて来た。

23区内には官公庁の中枢や企業の本社が集中していると言う理由(行政及び経済活動のマヒや、過密都市での<特に交通>事故の多発や治安の悪化を危惧)で、23区内(一部除外)は今回の計画停電対象地域からは除外されているが、不便をかこつ対象地域の人々からは、「不公平だ」との不満の声も上がっている。

我が家も対象地域で、何度か停電を経験した。最初がいきなり夜間(18:20-22:00)だったのだが、早めに夕飯を済ませ、ろうそく1本を灯してリビング中央のこたつの上に置き、NHKのラジオ放送を聴きながら、布団の中でまんじりとやり過ごした。地震以来、布団の中でもなかなか寝付けない夜が続き、その疲れも手伝ってか、8時頃にはウトウトと居眠りしてしまった (尤も昔の人は、この時間には眠りについていたのだろう)

我が家はマンションなので、停電になると同時に水道水を貯水槽から汲み上げるポンプが作動しなくなるので、即断水になる。ダブルでライフラインが断たれるのは結構辛い(とは言え、予め告知された停電なので、飲料用の水を汲み置く、トイレ用の水をバスタブに貯め置く、などの準備はできる。家事や用事を前倒しで行ったり、後回しにしたりの調整も、自身で可能だ)

しかし、ものは考えようで、東北で被災した人々の艱難辛苦に思いを馳せる貴重な機会となった。被災地の避難所で過ごされている方々はかけがえのない家族を失い、住む家を失い、職場を失い、寒さに震え、十分な食事もなく、医療サービスも受けられず、入浴で身体の清潔を保つこともできず、安全な場所への移動もままならず、不安の中で辛い日々を過ごしている。

そんな被災者に比べたら、私達の停電など多少の不便はあるとは言え、1日の限定した時間のことだし、それ以外の時間はほぼ普段通りの生活を送ることができる。物資も豊富にある。午前中に洗濯できないと文句を言う人もいるようだが、フルタイムの仕事を持っている友人の中には、普段から夕方帰宅後に洗濯し、干している人もいる。洗濯うんぬんは、凄く贅沢な悩みに思える。

対象外地域の個人住宅でも、試しに自主停電を試みてはどうだろう?特に夜間は殆ど何もできないから、布団の中で被災地について思いを巡らすにはもってこいだ。ほんの少しでも被災地と痛みを分かち合うことで、被災地の人々にとって、どんなサポートが今必要なのか、考えることもできるだろう。

不便、不足の経験を通して、普段の自分がいかに恵まれているのかを自覚し、感謝することは、際限なく利便性を追求して来た現代の都会人にとって、自分の足下を見つめ直すチャンス(好機)のような気がする。

そもそも自らの脆い足下に目をやることもせず、電力使用量を増大させた結果が、今回の原発事故なのだから。もちろん、危機管理能力もないのに(←今回、そのことが最悪な形で露呈した!)、電力供給源として原発利用を促した政府や企業が最も罪深いのだろうけれど(新たな原発建設も難しく、建設から40年も経った老朽化した原発を使い続けなければならなかった事情は理解するけれども、2007年に国会で、原子力の専門知識を持つ野党議員から、福島第一原発の防災体制の不備を指摘された時点で、政府<当時は自民党政権>は何らかの対策を施すべきではなかったのか?)

化石燃料を用いた火力発電によるCO2排出で、地球温暖化の加速を危惧するにしても、電力供給源の選択肢は他に水力、風力、波力、太陽光と、いろいろあっただろうに。単独で無理なら複数組み合わせるとか、できなかったのか?なぜ唯一の被爆国で、あえて原子力だったのか?等々〜素人には、国のエネルギー政策について疑問が尽きない。現状の原発事故の対応を見る限り、その制御の難しさばかりが際立ち、原子力発電は人間の手に負える電力源とは到底思えない。

今回、首都圏の人間は、「東日本の震災」と「原発事故」のダブルで衝撃を受けたわけだが、日本国民のひとりとして、被災地の方々を支える気持ちをけっして忘れることなく、徒にパニックに陥ることなく(そう!できるだけ平常心で!)、今、自分ができることをしっかりやる。これに尽きると思う。
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2011/3/18

こんなもの見つけました〜分かり易い原発解説  日々のよしなしごと

やっぱり福島原発のことは、テレビ解説を見ても、どうも今ひとつわからない。わからないことが不安を煽る。

あれこれ心配しても、自分にはどうすることも出来ない。もどかしいですね。気休めかもしれませんが、以下のサイトは不謹慎ながら笑えるし、わかり易い解説でした。

うんち・おならで喩える原発解説

アニメ版(池田信夫ブログパート2より)


今、原発事故の現場で、命を賭して最悪の事態を回避しようと奮闘されている方々のご無事と、1日も早い事態の終息を祈りたいと思います。


もちろん、被災地のことも忘れていません。

あれだけの被災でありながら、港湾整備を進め港を再開したり、道路を開通させたのは凄いと思います。多くの人々の尽力あってこそのことでしょう。

被災地の人々に、できるだけ早く必要な物資が届きますように!
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2011/3/16


昨日の静岡を震源とする地震も怖かった。念のため、手提げの旅行かばんに貴重品類、肌着、ペットボトルの水、クラッカー、チョコ等の保存のきく食べ物、常備薬、傘を詰め込み、枕元に携帯ラジオ、電池なしで使える(グリップを一定時間廻して発電させる)懐中電灯、携帯電話を置いて布団に入った。でもなかなか寝付けなかった。

自分なりに節電の為、このところ暖かかったこともあるが、地震発生以来、暖房器具は使用していない。朝晩の寒さは服を着込んで凌いでいる。PCやテレビ、照明も時間を制限して使用している。携帯も電池を保持する為、使う時だけ電源を入れている。

計画停電に備え、不要不急の電気機器のコンセントを抜き、最低限使用する電源だけを残し、他のブレーカーは全てオフにしている。冷凍庫には保冷剤を幾つも入れている。マンションはポンプで水をくみ上げている為、停電に伴う断水に備え、トイレ用の水を風呂桶に貯めることで確保。鍋という鍋、使用済みペットボトル、また阪神淡路大震災をきっかけに購入したポリタンクに水を溜め、飲料水を確保している。

夫婦2人が2日間は食べられる分量のご飯を、とりあえず炊いた(普段から炊飯器の保温機能は使用していない。炊きあがったら電源を切っている)


ニュースによれば、被災地の方々が必要最低限の医療体制や自治体業務を維持し、暖を取る為の重油やガソリンが絶対的に不足していると言う。直接被災していない首都圏の人間が、ガソリン確保に躍起になっているのが浅ましく思える。

不安にかられているのは分かるが、被災地に比べたら、電気、ガス、水道等のライフラインもある程度確保されている首都圏の人間が、そんなにパニクってどうする?!もっと被災地の方々のことを最優先に行動を自制して、多少の不便は我慢しようよ!

今こそ、日本人の民度が試されていると思う。


【追記】カナダからお越しのBさんご一行、ご無事で何よりでした!安心しました。
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2011/3/15

無知が恐怖を誘う  日々のよしなしごと

今回の大地震をきっかけに起きた原発事故で、首都圏に住む自分が原発の恩恵を受けながら、いかに原発に無関心だったのか、知らないのかを思い知らされた。

無知は恐怖を誘う。あまりにも原発の原理を知らなさすぎるから、刻一刻と伝えられる状況の変化に戸惑うばかりだ。

結局、私達はどうすれば良いのだろう?ただ静観(傍観?)するしかないのか?

ヤフーでは、様々なニュースに対して、いい加減なコメントが寄せられることが少なくないが、原発事故に関して、以下の2点のコメントは比較的マトモで、安心感を与えてくれるものだと思う。特に2番目のコメントは専門家のリークとも取れ、徒に恐怖を扇動するマスコミの報道姿勢に釘を刺すものだと思う。

私達は、正確な事実が知りたいのだ。状況に応じて何をすべきか指南して欲しいのだ。マスコミ各社には冷静な報道を望む(伝え手がハイ・テンションになってどうする?!)


『僕は今朝から日本語から英語に切り替わったJSTVも含め、BBCWorld、Euronews、CNN、イタリアとフランスのメディア名が見ないと分からないけど、その英語版で金曜日から追っている。

原発に関しては、「日本は適切な処置を続けている。日本は技術も基準も世界のトップ(World top standard)」とどの専門家も何度も言っている。
だからこそ、EU首脳陣が緊急会議で集まって原発の是非の議論を再燃させているんだよ。
世界最高峰の日本で!ということで、原発反対デモも各地で起きている。

日本のプロたち、頑張れ!
東電、頑張れ!
日本、頑張れ!

彼らの知識と努力に感謝しつつ応援し、指示があったら従って協力するのが今の国民の務めだ。

みんな、がんばれ!』


『身分は明かせないが関係者としてコメントを。

東電に言いたいことを全てしゃべれと言うと、
1)構造上チェルノブイリ化(Dirty Bomb)は100%あり得ない。
2)制御棒はあの地震と津波にもかかわらず瞬時に挿入された。よって核分裂反応は進んでいない。(これはとてつもなく凄いこと。褒められても良いところを、非難されている理由が分からない。)
3)現在の問題は余熱である。あたかも核分裂反応の熱で核爆発が起こるかのような報道は納得いかない。(実際には核爆発は起こそうと思っても意図的でなければ起爆できない。)
とまくし立てることだろう。

とにかく記者会見場の雰囲気が楽観的(事実)なことを発言できる雰囲気でない。
マスコミが不安を煽るのは非常に簡単。(Negative campainは選挙でも用いる最も幼稚な手段。)
これが国民へ誤ったイメージを植えつける根源だ。』
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2011/3/15

昨夜から新着Eメールが読めなくなっている  日々のよしなしごと

昨夜から新着Eメールが何通届いたかは表示されるけれど、件名も内容も表示されなくなっている。どうしたのだろう?停電の影響でメールサーバーが機能しなくなっているのか?何か制限が加えられているのか?それとも我が家だけの問題?

福島原発もなんだか大変なことになっているようだし。東京電力の会見もNHKで録画放送しかしないし…会見している人も酷く慌てている感じだ。会見映像も適当に打ち切っているし…大丈夫なんだろうか?

この記事は投稿できているみたいだ。


【追記 2011.03.15.10:30】

Eメール、無事に読めるようになりました。
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2011/3/14

個人的にも心配なことだらけ…  日々のよしなしごと

東北関東大地震が発生してから4日経つ。日々、被災地の被害の甚大さが明らかになって行く。感傷的になってはいけないと思いながらも、涙が出て来る。

会社員時代に寮で同室だった後輩のAちゃんは、秋田出身の男性と結婚して、確か仙台に住んでいるはずだ。私が国内外を転勤するうちに音信が途絶えてしまったが、もしや被災したのではと心配している。

ブログを通じて親交を深めて来た(と私は思っているけれど)Bさんが、ご主人や知人、教え子の方々とカナダから来日したはずなのに、地震発生後、連絡が取れなくなっている。ブログの更新も、カナダを経つ直前の日記を最後に途絶えたままだ。カナダへ帰国する直前にお会いする約束なのだが、東北に行く予定だと仰っていたので、被災されたのではと、仲介の労を取って下さっているCさんと共に心配している。Bさん、もし、このブログをご覧になったら、コメントを寄せて下さるか、Cさんにご連絡下さい!

息子が先週から(運転)免許合宿の為、知り合いが誰もいない北関東のある街に単身行っている。息子からは、着々と運転技術が身につき、仮免許取得まで後一歩となったことが嬉しいと、今日連絡があったが、親としては爆発事故が起きた福島の原発のこともあり、気が気でない。彼を帰宅させようにも、私が息子のいる街に出向こうにも、電車が不通なのでどうにもならない(いざとなったらレンタカーを借りて、カーナビを頼りに、現地へ行くしかないのだろうか)

夫も、電車の運行が現状不安定なこともあり、明日の業務への支障を防ぐ為、社命で急遽都内のホテルへ宿泊することになった。何が起こるか知れない不安の中で、家族がバラバラに過ごすのは辛い。

被災地の方々を取り巻く厳しい状況に比べたら、私の不安や多少の不便など小さなものかもしれないが、地震発生以来、胃がキリキリ痛み、腸も消化不良を起こすほど、神経がすり減っている感じだ。いい年した大人が、こんなヘタレではいけないのだけれど。
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2011/3/13

けっして他人事ではない〜天災  日々のよしなしごと

ネット上で、地震リスク簡易診断なるサイトを見つけた。市町村単位、政令指定都市なら区単位で、指定地域の「今後30年以内に震度6弱以上の地震が発生する確率」を、F,E,D,C,B,A,Sの7つにランク付けしたもの。地震保険の保険料算定基準のひとつらしい(さらに地盤の強度や住宅の密集度等の要素を加味して、最終的な保険料が決まるようだ)

試みに我が家の地域を診断して貰ってみたら、最悪ランクのS(50%以上の発生確率)だった。尤も、千葉、東京、神奈川の湾岸地区は殆どSかAランクである。

今回の東北関東大地震をきっかけに、我が家の周辺地図を改めてネット上で見てみたが、やはり海に近い。今回の地震で発生したのと同等の津波に襲われたら、殆ど絶望的だなと思った。普段の生活の利便性を最優先して住宅を購入したが、災害リスクを考えたら、最悪の選択をしてしまったのかもしれない。

ちなみに、今回の大地震で大きな被害に見舞われた地域よりも、我が家の地域の方が地震リスクは高いと診断されている。しかも駅までほぼ平坦な土地で、自転車でスイスイ行ける便利な場所なのだが、逆に今回の被災地で避難場所となったような高台は皆無だ。実際に現住地が地震に見舞われたらどうなるのか、心底不安になった。

後悔しても後の祭りなので(今更引っ越しするには金銭的余裕がない)、震災発生のリスクをある程度覚悟して、(大津波ではどうしようもないだろうが←友人曰く、東京湾は比較的浅いので、今回のような沿岸地域に海溝を有する東北地方と同程度の津波は原理的に発生しないらしい。せいぜい2mではないかと言っていた。それが事実なら、せめてもの救いだ)できるだけ被害を最小限に食い止める「減災」の方策を練らなければ!

ご参考までに、以下にご紹介のサイトをリンクします。これから居住地を定めようという人にしか、参考にならないかもしれませんが。

地震リスク簡易診断

今回の新潟中越沖地震に思うこと〜「減災」という考え方(2007.07.22)
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2011/3/12

地震で帰宅困難に(T_T)  携帯電話から投稿

昨日、地震による電車の不通の為、桜木町に足止めとなり、横浜ランドマークタワーが用意してくれた避難所で(5階ホールを避難所として開放して下さった。24時間暖房に、水とカロリーメイトと毛布<貸与>の支給、適宜公共交通機関の運行情報のアナウンス、さらにトイレも常時清掃して清潔を保って下さる等、職員の方々がきめ細かに対応)、友人と共に、一夜を明かしました。

今回は、横浜ランドマークタワー(三菱地所さん)のご厚意に感謝です。

本当にありがとうございました。

でも、一部避難者が恩を忘れて、ゴミを床に残したまま帰ってしまったのにはガッカリ
もちろん、気づいたゴミは拾って、ゴミ箱(袋)に入れましたよ。
いくら心に余裕がないからと言って、恩を仇で返すようなことはやめようよ!

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(以上、2011年3月12日午前7時35分、現地にて、携帯より投稿。緑色部分後日編集)


【追記】「帰宅困難者が心得たい十か条」

今回、震度5と言う地震、帰宅困難、静岡を震源地とする地震、計画停電と言う一連の出来事をきっかけに、阪神淡路大震災後少しずつ買い揃えてきた防災グッズを、初めて寝室の押し入れから取り出して使うこととなった。

その中に、買ったことさえ忘れていた本があった。『来てからでは遅すぎる!東京大地震 緊急防災マニュアル』と言う本である。2003年度版と少し古いが、今日は午後3時過ぎから7時頃まで停電で、早々と夕食の支度は済ませてしまったので、日が暮れる前までパラパラとめくってみた。

そこで、東京都の災害情報でも公開されているらしい「帰宅困難者が心得たい十か条」という項目があったので、今回の帰宅困難の体験を踏まえて感じたこと、考えたことも添えて、備忘録として記しておこうと思う。

本著によれば、東京でもし大地震が発生した場合、帰宅困難者は371万人と予想されている。そのスケールも帰宅の困難さも、先日の比でない。

1 慌てず、騒がず、状況確認
 (建物から出るにしても、揺れが収まった後に)

2 携帯ラジオをポケットに
 (情報不足が不安をかきたて、判断を誤らせると感じた。まずは情報収集!
 日中家族バラバラのことが多いので、ラジオは各自持った方が良いと思う。
今回、地震発生時、情報が殆どなかった為に不安が先立った。
 避難所でNHKニュースを見て初めて東北地方の大地震の様子を目の当たりにし、
 帰宅後、終日ニュースにかじり付いて、やっと被害の全体像が見えた感じだ)

3 つくっておこう帰宅地図
 (今回、スマートフォンの地図が役立ったと聞きますが…
 実際の震災ではアクセスが集中して繋がりにくかったり、
 中継基地局の損壊も予想される。
 今はネットから(会社から自宅までの)ルートマップの印刷
 簡単にできますから、それを手帳に挟んでおくのはいかが?
 
 会社以外の外出先での被災の場合は道が不案内で危険なので、
 すぐには動かずに、まず状況確認してから、最寄りの避難所で待機)

4 ロッカー開けたら(履き慣れた)スニーカー(防災グッズ)

5 机の中にチョコキャラメル(カロリーメイト
 キャンディも良いかもね。とにかく小粒で高カロリー食
 そして未開封のペットボトル入り水があればなおgood!)

6 事前に家族で話し合い
 (集合場所連絡手段)

7 安否確認、ボイスメール(伝言ダイヤル:171<イナイ>)や遠くの親戚
 (被災地内では携帯電話はすぐさま通話不能になりますからね。
 今回も直接の被災地でもないのに、
 なかなか携帯電話同士は繋がりませんでした。
 公衆電話から地方の固定電話へ、が最強?
 →遠くの親戚の固定電話にかけて、伝言を残すのひとつの手?

 ただし、最近は携帯電話の普及で公衆電話がめっきり減って、
 今回の騒ぎでも公衆電話の前には長い行列ができたとか。
 防災・減災の観点から、NTTは公衆電話の増設を考えるべきでは?
 もっとも公衆電話そのものが損壊するリスクもありますが。

 とりあえず公衆電話の待ち行列に並びながら、
 携帯電話で遠方の親族の固定電話にかけてみる。
 
 運良く繋がったら、自分の無事と現在地を伝える。
 繋がらない場合は、順番を待って公衆電話を利用する。
 場所を移動したら、できるだけ遠方の親族にまた連絡する。

 もし自分の携帯から家族の携帯への連絡なら、
 Eメール>Cメール>通話
 の順に連絡がつきやすい、かな?今回も通話はすぐにできなくなった。
 ただし、震災時には携帯の中継基地局が損壊している可能性もあり。)

8 歩いて帰る訓練を(ぶっつけ本番は、やっぱり不安。
 避難時は、広い道を選びできるだけ身軽に。
 子どもやお年寄り、身体の不自由な人は、
 周りで助け合ってケアしよう。
 子どもの手はけっして離さない乳幼児は背負う。
 歩く速度は普段の半分位特に夜間はゆっくり、慎重に。)

9 季節に応じた冷暖房準備(携帯カイロタオル等)

10 声をかけあい、助け合おう(旅は道連れ、世は情け)

もちろん、身の安全が第一で、けっして無理はしないこと、
いざとなったら、最寄りの避難所で待機すること、
が大事ですね!


Good Luck 


偶然ですが、地震発生の5日前の日曜日に、丸の内にある三菱1号館美術館に行ったばかりでした。その時に、三菱地所による丸の内界隈(地下も含む)の洗練された街づくりに夫婦で感心したのを覚えています。

2003年には、丸の内一帯の企業で、震災時対応の隣組も組織されたようです。直下型地震が発生すれば、東京駅周辺に200万人もの帰宅困難者が出ると言われています。その膨大な数の人々のケアを行うべく、隣組参加企業が役割分担を取り決めたとは心強い。その一端を、三菱地所も担っています。

年末年始の長崎帰省時には、歴史文化博物館で三菱財閥の創業者、岩崎弥太郎・弥之助兄弟の生涯と業績を顕彰する展覧会を見てきました。そこで三菱1号館の縮小模型を目にし、2月にはその設計を手がけた英国人建築家ジョサイア・コンドルの日本画の師であった河鍋暁斎の美術館を訪問。偶然とは言え、ひとつの線で繋がったような関わりに、不思議な縁を感じます。

そう言えば、今回の地震で唯一落下した額絵。かなり重量感のある額装なので1m程の高さの棚の上に置いていたのですが、地震の震動と共振したのでしょうか?それが実は、横浜ベイブリッジから見たみなとみらいの風景を描いたものなのです。中心には富士山を背景に横浜ランドマークタワーがそびえ立つ。10年程前に息子の絵の先生から購入した油彩画なのですが、幸い破損することもなく無事でした。本当に不思議な巡り合わせです。

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