2010/12/3

相手にされない日本  はなこ的考察―良いこと探し

サッカー・ワールドカップ2022年の開催地に名乗りを上げていた日本。日本は近年、オリンピック開催地の招致活動で、大阪、東京と落選の憂き目に遭っているが、今回も残念ながら落選だった。しかも投票結果の詳細を見ると、立候補した5カ国のうち4番目の得票で、2回目の投票で早々と落選している。投票直前に行われた最終プレゼンテーションは、日本が得意とする技術力で新しいワールドカップ中継の形を提案して、概ね好評だったと言う。しかし、結果は中東のカタールに決まった。

今となっては、プレゼン直後の各国プレスの中で英国人記者が言っていたことが、こうした開催国選考の現実を言い当てていて、馬鹿正直な日本に対して、やるせない現実を突きつけた形になっている。

「日本のプレゼンは素晴らしかった。しかし残念ながらプレゼンの良し悪しは関係ない。結局(決め手)は政治力なんだ

先進諸国が軒並み経済不況の中で、日本の経済状況が特段深刻であるというわけではないはずなのに、数値的に見れば、日本はまだまだ世界的にも経済的に豊かな国であるはずなのに、近年の日本は活力を失ったかのように見える。特に政治・経済の舞台で勢いが感じられない。

それは近隣の中国の経済発展がスケールメリットもあって、あまりにもインパクトが強く、どうしても相対的に日本の影が薄くなってしまうことが原因のひとつなのかもしれない。また、ウォン安を背景に海外市場に攻勢をかけ、日本のお家芸とも言えた家電の分野でシェアを伸ばす韓国の勢いと比較されるきらいもある(あくまでも現時点での話)

それ以上に問題なのは、日本の政治力の脆弱さである。尖閣諸島問題を巡る現政府の対応でもそれは顕わになったが、先頃行われたG20でも日本は座の中心から外れ、アジアの経済大国、先進国としての存在感を示すことができなかった。

日本の政治の世界では、一般社会ではかなり失われてしまったはずの「謙遜の美徳」が未だ健在のようで、「生真面目に正論を訴えれば世界はわかってくれる」と思っているフシがある。ところが実際は世界のどの国も自国の利益誘導を最優先に、手練手管の駆け引きを展開している。ロビィストを使っての裏交渉は日常茶飯事だ。そういう強かさのない日本(おそらくロビィ活動をしているにしても中途半端で、真からの策士にはなり得ていないのだろう。とにかく人が良すぎるのだ)は、さまざまな交渉の舞台で、馬鹿正直に正面突破をはかって、ことごとく撃沈している。それが連戦連敗の日本の現状なのだ。これまでどれだけのお金や努力が水の泡となったのだろう?ホント、やるせないね

ところで、関係者の「最善尽くした」(日経、2010.12.03朝刊)にはガッカリ。そういう言葉で自分を慰め、満足している限り、日本は今後もお金をドブに捨て続けることになるだろう。

経済大国として斜陽になった途端に見向きもされないなんて、いくらなんでも情けない。今更だが、経済大国として注目を集めていた時代に、もう少し国としての存在感を違った形で世界に印象づけることはできなかったのかと悔やまれる。特に世界レベルで尊敬や注目を集めるような政治家や思想家の輩出がなかったのが痛恨の極みだ。

沈滞ムード漂う日本の中で、唯一光明を見い出すのは日本文化の多様性と奥深さだろうか。その個性は際立っており、そこに魅力を感じている外国人はけっして少なくないだろう。文明には歴然とした盛衰があるが、文化は文明の盛衰に耐えて、有形無形に継承・発展する強さがある。特に日本人の忍耐強さ、探求心、協働意欲は文化の継承・発展の大きな原動力となっている。だからこそ日本には、アジア最大の経済大国の看板は中国・インドに譲り渡しても、文化大国として世界の注目と尊敬を集める国であり続けて欲しい。そもそも文化は1番、2番と順位づけはできない。在り方そのものの価値が問われるものだ。他にはないオンリーワンであり続けること。そこに天然資源に乏しい小さな島国である日本は活路を見出せるのではないか、と私は思っている。

【追記 2010.12.06】

今回のWC招致活動敗北は、政治力の欠如だけでなく、WC開催の為のハード整備計画案(新規スタジアムの建設や既存スタジアムの整備←VIPラウンジがないのにFIFAが難色)が、他の立候補地にかなり劣っていたこともあるようです。結局、プレゼンの良し悪し以前に、招致活動と資金面の両方で国家の強力なバックアップが得られなかった点(因みに「国家保障」の機動性を高める為に法整備の必要がある、と日本サッカー協会会長は述べています。国際的イベント開催時には、「国家保障」を取り付けるのが世界の常識。その手続きが日本は煩雑だと言うのですが…)で、他国に太刀打ちできなかったのが真相のようですね。ここまで日本が身動きの取れない状態〜国際的イベントを開催できない程に国力が落ちているとは、今更のように日本の斜陽を感じます。

もっとも戦後の高度経済成長が奇跡だったのかもしれません。それにしても日本の「我が世の春」は哀しいほど短かったですね。国が経済的に豊かな間に、インフラや少子高齢化社会に備えた社会保障制度の整備など、やるべきことは沢山あったはずなのに、なぜか国民には子々孫々に至るまで莫大な借金だけが残ってしまった。みっともないのを承知の上で負け惜しみを言えば(苦笑)、「国家の繁栄サイクル」そのものが短くなっていて、中国の繁栄もそう長くは続かないのかもしれません(ついでに言えば、中国が日本を抜いてGDP2位と言っても、1位の米国とは圧倒的な差が。資本主義体制では超大国米国のひとり勝ち状態なんですね。頭ひとつ抜けた米国と、その他大勢との覇権争いはいつまで続くのでしょうか?)

ところで、最新の報道では、またまた投票権を持つFIFAの理事2人に買収疑惑がもち上がっています。買収疑惑を巡っては、つい最近2人の理事が罷免されたと記憶していますが、懲りない面々ですね。こうなると、投票権が理事のみに付与と言う現状が、不正の温床になっていると思えなくもない。



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