2009/8/31

総選挙が終わった。  はなこのMEMO

昨日は午前中に夫と共に、選挙の投票を済ませた。午後は自宅でのんびり過ごし、夜はNHK、民放各局の選挙特番をチャンネル・サーフィンした。選挙結果については選挙前から分かっていたことなのであまり興味がなく、殆どミーハーな視点で選挙特番を見ていた。

一番見やすいのは何と言ってもNHK−BS。画面に映るのは司会者と解説者の2人のみで、静かに淡々と戦況を伝えて行く。

何となく2人の服装に目が行った。解説者は明るめのグレーのスーツに紫のネクタイと同色のポケットチーフ。アナウンサーは黒のスーツに赤のネクタイと、なぜかオレンジのポケットチーフ。

「なんか変だよね。この色合わせ」と夫。今朝の6時台にも2人が登場していたが、解説者は昨日と同じ格好で、アナウンサーはネクタイ、ポケットチーフ共にオレンジに着替えていた。

「クレーム出たのかな?あの色合わせ」と再び夫。そんなことはないんだろうけれど、おしゃれに無頓着なはずの夫の発言に笑えた。画面作りがシンプルなだけに、そういう細部が目立ってしまうのだろう。


民放は相変わらずスタジオにゲストを多数揃え、当落の結果に逐一コメントをいれたり、途中で中継を入れては、明暗分かれた立候補者の様子を伝えるなどして騒々しい。

古舘伊知郎キャスターはいつもながら肩に力が入り過ぎて、見ているだけで疲れる。安藤優子キャスターは良くも悪くもサクサク仕切っている。

そんな中で一際異彩を放っていたのが、看板番組WBSのレギュラーコメンテーターを揃えた?テレビ東京の特番。仕切りはもちろん小谷真生子キャスター。隣にかつて”「子どもニュース」のお父さん”だった池上彰氏がいる。

当初池上氏は大勢いる中のコメンテーターの1人かと思ったが、どうやらディレクターから開票結果の動静をイヤフォンで聞いて、隣の小谷氏に伝える役回りらしい(小谷氏のコントローラー?)。

しかし、小谷氏は選挙結果(選挙ドキュメントとでも言いましょうか?)には興味がないのか、自らが日頃から気になっている日本の問題〜雇用や経済の立て直し等〜について出演者らと意見を交換したいらしく、池上氏の耳打ちをことごとく無視、或いは軽く流してしまう。

それにあからさまに不快、憮然とした表情を見せる池上氏が(失礼ながら)滑稽だった。普段のレギュラー番組では、自分よりも無知な人々(テレビタレント等)に、自らの知識を得意げに披露している池上氏。その中で彼は誰からも一目置かれる存在なのである。

彼はそれなりに常識人だと思うのだが、この時は小谷氏の態度がよほど腹に据えかねたのだろうか?座の中心にいればテレビ画面に映ることは分かっているだろうに、今まで見せたことのない感情も露わな表情を見せた。今回の仕事は、さぞかしストレス溜まりまくりだっただろうなあ…

とにかく小谷氏が高圧的で、池上氏を鼻にも掛けない様子が、テレビ画面を通して伝わって来た。ディレクターは彼女の性格を知っているから、お目付役に池上氏を据えたのだろうが、今回は失敗だったみたいだ。小谷氏の暴走は止まらず、池上氏にとってはとんだ災難だったことだろう。

コメンテーターのひとり、猪瀬直樹氏は文筆家出身だからか、持論を展開する時、やたらと一文が長すぎる。これでは視聴者はキャッチアップできない。いつまで経っても結論に達しないので、途中で聞くのを止めてしまう人が多いのではなかろうか?

一方、何れも論客揃いの他の出演者は語りが簡潔明瞭で、短い1文をリズミカルに繋いで結論に至るから分かり易い。

猪瀬氏はその語り口調から、明らかにテレビやラジオ向きではないと思う。他の出演者が話している時に、しかめっ面で腕組みしているのも、人の話に聞く耳もたずに自分の殻に閉じこもっているように見えて、いかにも損をしている。


ことほどさようにテレビ(の生中継)は意図せずして出演者の人間性を映し出してしまう怖い箱だ。だからこそ、映画の時代からテレビの時代になって、俳優や歌手が仕事で評価されるだけでなく、その人間性まで問われるようになったのだろう。

同時にイメージ増幅装置の役割も担っているから、演技巧者と言うかプロ意識の高い芸能人は、創り上げたイメージで視聴者を幻惑して来たのかもしれない。そして演じ続けることに疲れてしまった結果が、酒井法子の破綻なのかもしれない。


選挙特番の感想はこの辺で終わりにして、今回、当選した顔ぶれについて。小選挙区で敗れた自民党の幹部クラスが、比例で何人も復活当選したのが、どう見ても格好悪い。重複立候補ってみっともないことは認めなければ良いのに。

その点では、重複立候補をせずに落選の憂き目にあった公明党の幹部は潔い。

今回は前回の郵政選挙とは対照的に、民主党で数多くの新人議員が誕生した。政権運営をしながら素人集団をまとめるのは至難の業だろうなあ。

民主党の新人議員の中には、比例で棚からぼたもち的当選を果たした人もいるようだ(みんなの党の候補者が小選挙区で10%の得票率に達しなかった為、みんなの党の比例での議席獲得枠を、民主の候補者が貰い受けたらしい)。

さて、気になった新人議員は2人。自民党選出の世襲議員、小泉進次郎氏と民主党選出で小池百合子氏を破った江端貴子氏。

小泉氏は声質、話し方(受け答え)が父の純一郎氏にそっくりなのに驚いた。画面を見なければ、若かりし頃の小泉純一郎氏が話していると錯覚するのではと思うほど。

この酷似は、議員秘書として常に父親の傍らにいて、あらゆることを学びとろうとした結果と言えるかもしれないが、次男の彼が後継者になった理由は、父の政治家としての資質を兄以上に受け継いだところにもあるのかもしれない。

「どん底からのスタートですね」と言う取材者の問いかけに、「今がどん底であるならば、後は上がるしかない」と応えるあたり、まさに父、純一郎氏のDNAではないか。真摯な受け答えには好感が持てた。周りの人間も彼をサラブレッドと甘やかさずに、大勢いる新人議員の1人として扱うことが大事だろう。

個人的には、世襲議員は親の地盤、看板をそのまま引き継ぐのではなく、落下傘候補としてまったく縁もゆかりもない場所で勝負して貰いたいところ。

もう1人の江端氏。なんと!ある時期彼女と人生が重なっていた。しかし、その後の人生は大きく違う。常に目の前の課題に全力で取り組み、克服して来た、と言う印象の人だ。彼女の生き様を見ると、自分はいろいろな意味でもっと努力すべきだったのではないか?と悔いたりもする。

昼の生番組で見かけた彼女は、堂々たるキャリアからは意外なほど、柔らかな雰囲気を湛えていた。しかし、物腰は柔らかくても、言うべきことはキッチリ言うところなど、システム開発に始まり、コンサルティング業務や広報と、相手と粘り強く交渉を重ねて、自分の意図するところを確実に相手に理解してもらう仕事に長く従事して来た人らしい。

彼女を見ていると、本当の意味で自分に自信のある人は、敢えて鎧で身を固める必要などないから、人に柔らかい印象を与えるものなのかなと思う。江端氏はこれまで新しい分野に迷うことなく飛び込み、着実に成果を上げて来た人のようだから、政界でも大きな成果を上げるだろうと期待している。

【参照リンク】

◆テレビ東京も、当初は以下のような目論みであったろうに…>政権選択選挙を詳細に! 『ニッポン戦略会議…あすへの提言…』

◆こんな感想を漏らしているブロガーがいた…>「小谷さんの失敗」(アメブロで発想術)

2009/8/30

緊急避難  携帯電話から投稿

台風11号が関東に接近の為、プチトマトを屋内に避難させました。

我が家の『主』である15歳のパキラは、思わぬライバル(笑)出現に、内心穏やかではないのかしらん?
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2009/8/27

全国学力テスト結果に地域差があるのはなぜか?  はなこのMEMO

【随時内容更新中】

 学力についてあれこれ考えると、結局行きつくのは、教育全般の問題だ。子どもを育てるとはどういうことなのか子どもたちにどのような人間に育って欲しいのか、大人のひとりひとりが真摯に考えるべき課題なんだと思う。

【2018.01.17 追記】

クリックすると元のサイズで表示します 昨年の11月末から12月の頭にかけて、3年ぶりに沖縄に行って来ました。

 その時、たまたま書店で見つけたのが『沖縄子どもの貧困白書』(かもがわ出版、2017)と言う本です。

 沖縄における子どもの貧困問題を、さまざまな形で子ども達に関わっている人々によって検証した本です。

 このような県規模の検証は全国でも初めてのことであり、教育関係者の間では注目されているようです。

 私が本書を購入した日は、ちょうど地元紙の書評欄で、社会活動家であり大学教授でもある湯浅誠氏の書評が寄稿されたとかで、朝からかなりの売れ行きだと書店員が言っていました。

 貧困と低学力には因果関係があり、教育は貧困から抜け出す有効な手段でもあります。社会の活性化と治安の安定、そして個人の幸福の追求の為にも、教育の重要性をすべての大人が共通認識として持ちたいものです。

【2017.08.21 追記】
   
▼学力テスト、石川県が初の1位になった理由

 2週連続で小学生の勉強の話。2016年度全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の都道府県別の平均正答率は、石川県が小学校の国語Aと算数A・Bで初めて1位を獲得し、これまでトップを分け合ってきた秋田と福井の「2強」に肩を並べました。

 秋田県の強さは、決して学習時間は長くないものの、子供たちの生活習慣の他、学校と家庭がしっかり見守りながら自発的に学ぶ「家庭学習ノート」などにありました。秋田方式を学ぼうと各地からの視察は引きも切りませんでした。

 ところが、今回の石川県の躍進の理由はそれとは異なったものでした。授業の冒頭で「今日学ぶことは○○です。△△できるようになりましょう」と目標を提示し、授業の最後で、振り返りと理解できたかどうかの確認をするという至ってシンプルな繰り返し。授業に興味を持たせるという習慣化がみごとに当たったのです。

 目標を掲げると、難しいことにも“楽しく学ぶ”気持ちがみなぎってきます。
 (以下省略)

(勝浩 昭氏 人づくり応援 メールマガジン  2017年5月25日号
 日経テクノロジーオンライン通信【増刊】より)



【2017.04.23 追記】

参考記事:子どもの学習理解度、困窮世帯ほど低下傾向…大阪市実態調査(サイト「リセマム」より)

オススメ本:日本財団 子どもの貧困対策チーム「徹底調査 子どもの貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃」(文春新書、2016)

【2016.08.27追記】

おススメ映画『奇跡の教室〜受け継ぐ者たちへ』

 パリ郊外の貧困地区にある公立高校で実際にあった出来事を映画化。さまざまな背景を抱え、荒んだ状態にあった生徒達が、その生徒達に真摯に向き合う教師によって、どのように変わって行ったかを描く。

 是非、現役教師、将来教師を目指す学生に見て、教師であることの「重責」と「冥利」について考えて貰いたい1作。映画の登場人物達の姿には、同世代の若者にも考えさせられるものがあるだろう。

 まさに人種と民族と宗教のモザイクの国であるフランスと言う国の今の社会の在りようと、「哲学の国」フランスの、わが国とはあまりにも違う「歴史教育の在り方」にも注目したい。さまざまな理由があるだろうが、ひとつのテーマについて深く掘り下げて考えさせる教育が、我が国の公立校では圧倒的に不足しているのではないか?

 本作は、恵まれない環境の中にある子ども達にはなおのこと、彼らを信頼して、真剣に向き合ってくれる大人の存在が大切であることを教えてくれる。子ども達の良さを引き出すのは、周りにいる大人すべての責任である。

 子ども時代に1日の大半を過ごす学校で、互いに切磋琢磨し助け合う仲間(特に10代は友人との関係が密接で相互に及ぼす影響が大きい。それだけに誰が本当の意味で自分を理解し、互いに高め合う友人になれるのかの見極めは重要である。"友達=付き合う相手"はちゃんと選んだ方が良い)や、信頼関係を結び合える指導者と出会えることが、どれだけその後の人生を豊かにしてくれるのだろう…と思う。

「奇跡の教室〜受け継ぐ者たちへ」公式サイト
映画「奇跡の教室」の感想

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はじめに

全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果が、文部科学省から公表された。同じニュースソースでも、報道機関によって切り口がさまざまなのが面白いが、個人的には地域間格差についての言及が目を引く。テレビニュースでも、地域間格差は前回よりも縮まったが、上位(秋田県と福井県)と下位(沖縄県と高知県)の固定化傾向があると伝えている。

ただし、公立校だけの結果を見るならば文部科学省の公表の通りだが、今回、(他地域に比べ成績上位者の進学率が高い)首都圏の私立校は参加率が5割を切り、今回の結果は必ずしも首都圏児童生徒全体の学力の実態を反映しているとは言えないと思う。

【2015年 追記】

因みに私はボランティアとして都内の美術館で教育普及事業に携わって約10年になる。主に都内の公立・私立校生を対象に対話型のギャラリートークを実施し、述べ1,200人以上の児童生徒を見て来た。

その経験から、児童生徒の学力差は公立・私立校間だけでなく、公立校間でも地域による差が見られるのを実感している。特に都心にある学校の児童生徒はおしなべて学力が高いと言う印象である(比較的高所得層の集まる都心では、我が子への教育意欲が高く、且つ、教育に十分な費用をかけることが出来る経済力のある親が多いのだろう。公立小学校でも所謂「伝統校」と言われる学校の生徒は中学受験率も高いようだ)。

また、引率教師の統率力も、顕著に子供達の学力の指標となるようだ。その場で教師が児童生徒に的確な指示を出し、それにきちんと子ども達が応える学校は、ギャラリートークでも活発で質の高い意見交換がなされることが多い(←対話型トークなので、児童生徒が作品を前に、互いに感想や意見を述べ合う)。

けっして「教師が威圧的に子ども達を支配する」と言うものではなく、「教師はその的確な指導力によって子ども達から信頼を勝ち得ており、子ども達は普段から<学級崩壊等のない>落ち着いた学習環境の中で、意欲的に勉学に取り組んでいる姿が想像に難くない、理想的な教師と児童生徒の関係」とでも言おうか。

私からの問いかけに対する児童生徒の受け答えで、彼らの基本的な教科知識や課題に対する集中力の有無、また興味・関心の幅(学習意欲の差)は推察できるし、当日の体調や鑑賞態度から、児童生徒の普段の生活ぶりも容易に想像できる。

ただし、所謂「学力秀才」と言われる情報処理能力に長けた児童生徒の中には、"正解"に拘るあまり、作品鑑賞時に促される"情報"に頼らない自由な発想(←つまり"正解"がない)が苦手な子も散見される。


地域の経済格差と学力格差 

それにしても、学力の地域間格差はどうして生じるのだろうか?今たまたま読んでいる堤 未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書、2008、2008年日本エッセイスト・クラブ賞受賞作)には、行き過ぎた市場原理主義がもたらした凄まじい経済格差により、教育の機会を奪われた若者の悲惨な現状のレポートがある。では日本も同様に経済格差が子どもの学力に影響を及ぼすのか?と言うことで、まず経済的側面から見てみることにした。

(米国は、国の全所得の2割をトップ1%の超富裕層が握る超格差社会。アメリカン・ドリームは有名無実となり、「生まれた地域と、大人になってからの生活水準の相関性が高まっている」<ハーバード大学経済学部のローランド・フライヤー教授>)

人口1人当たりの県民所得…個人所得の他、法人所得も含む為、個人の所得水準と言うより、地域全体の経済力を表す。

人口1人当たりの県民所得ランキングによれば、2000年、1位は東京都の4,365,000円。学力上位の福井県が3,030,000円で10位にランキングしている。学力下位の沖縄県は最下位の2,125,000円、高知県は44位の2,404,000円となっている。それでは学力1位の秋田県はどうかと言うと、なんと高知県よりわずかひとつ上の43位、2,424,000円である。

「地域の経済力」と言う指標では、意外にも学力トップの秋田県(あくまでも小中学生対象の<基礎>学力調査結果。やはり経済力の問題なのか、同県の大学進学率は現状芳しくない。

ただし、秋田県の小中学生の学力が伸びたのは近年のことらしく、当該の小中学生が高校でも学習意欲及び学力を維持すれば、大学進学率は今以上に高まる可能性はあるだろう)
と最下位の沖縄県、高知県はあまり差がない。
因みに2006年度調査では、福井県が2,819,000円で19位と大きく順位を下げ、秋田県は2,334,000円で42位と順位をひとつ上げた。沖縄県(2,089,000)と高知県(2,170,000)はそれぞれ順位は変わらず。

他の都道府県が軒並み所得を減らしている中で、1位の東京都は4,820,000円とひとり大幅に増やし、東京都とその他で所得格差が拡大している。

下記リンクでは、「世帯年収で学力に格差が生じる」との文部科学省の見解を紹介しているが、特に学力下位グループ(沖縄県、高知県)については、この世帯年収の低さが大きく影を落としているように見える。家計に余裕がなければ必然的に多くの親は生活に追われ、子供の教育にまで十分目が行き届かないのが実情だろう。教育への投資もままならないはずである。

学力テスト、世帯年収で成績格差 小6調査、文科省公表(NIKKEI NET)

前出のフライヤー教授も「格差是正の為には教育のボトムアップが必要」と訴える。
『ローランド・フライヤー教授へのインタビュー』(2014.11 東洋経済)

秋田県の教育力

それでは経済指標の観点から見れば例外的に学力が高い秋田県は、なぜ高い学力を実現しているのだろうか?夜のテレビニュース(日本テレビ「ニュースZERO])では、「規則正しい生活習慣〜早寝早起き」「きちんと朝食を取る」「学校での出来事を親に話すなど、親子の密なコミュニケーション」と言った理想的な生活習慣と、公立校の60%で採用されている、複数の教師によるきめ細かな指導「チーム・ティーチング」が功を奏しているのでは?とレポートしていた。

家庭教育のあり方は、かつて著名な教育者、陰山英男氏が提唱した教育メソッド『陰山メソッド』(「読み・書き・計算」の徹底した反復学習と「早寝、早起き、朝御飯」の生活習慣確立の二本柱で低学力の克服、学力作りへの挑戦)にかなり近い。

では、そうした家庭・教育現場を挙げての良好な教育環境作りを可能にしているのは何なのか?私が思うには、

第1に三世代同居、もしくは近隣居住が多く、両親が共働きであっても祖父母や親族が子ども達の面倒を見てくれ、生活習慣の乱れが生じにくいこと→愛情を持って子どもを見守る目が比較的多い、

第2に娯楽的刺激の乏しい(=夜間徘徊等、非行の誘惑が少ない?)「地方」であること→地方の地域コミュニティはお互いが顔見知りの相互監視社会であり、地域からの村八分を恐れる住民には自ずと自制心も働くので、子どもの非行も都市部のように深刻化しないのではないか?(ただし、そうした環境に息苦しさを感じて、家出して都市部で徘徊する子も中にはいるかもしれない)

第3に稲作が盛んな土地柄もあって昔から一定の生活リズムができており、共同体意識も高く、様々な努力目標に地域を挙げて取り組む体制ができている点にあるのではないだろうか?→子ども達の地域の祭事等への参加率も高く、それを世話する体制が整っている=地域の大人が子どもに関与する機会が多く、それは即ち地域の教育力がまだ健在であることを意味している。

さらに規則正しい生活習慣と冬季の厳しい気候風土(秋田・福井両県共、日本海側)が相俟って、生真面目で忍耐強い、粘り強い県民気質(←離婚率の低さにも繋がっている?)を醸成しているのではないだろうか?福井県が体育教育にも力を注ぎ、全国児童生徒の体力測定でも、常にトップクラスに位置していることも、堅実な県民性を如実に示す事例だと思う。

【2013.11.4追記】

10月28日放送の「月曜から夜更かし」(日本テレビ)という番組で、秋田県の小中学生の学力が高い理由についての言及があった。バラエティ番組とは言え、主に国立教育政策研究所発表のデータを元に分析しており、(一部既述の内容と重複しているけれど)参考になると思ったので、ここに記しておきたい。

@少人数学級: 小中学校 約30人/クラス。しかも学力差が出やすい算数・理科は20人以下で授業を実施。

A授業の一環として「一斉読書時間」を設けている→中学生の読書率全国一位

B教育専門監制度:教科指導能力の高い教員を「教育専門監」に任命し、県内の小中学校に派遣。専門監は各校で授業を実施する。児童生徒にとっては「より質の高い指導を受けられ」、担任教師にとっては「より良い指導方法を学べる」と一石二鳥。

C環境と生活習慣:秋田県は年間快晴日数がわずか9日と、必ずしも天候には恵まれておらず、冬季は厳しい風雪にさらされる。その間、子ども達はゲームやテレビ視聴に明け暮れるかと思いきや、その厳しい気候風土が却って生真面目な性格を醸成するのか、

小中学生の自宅学習率 全国一位
テレビ長時間視聴率 全国最下位
睡眠時間 全国一位
朝食摂取率 全国二位
小中学生の携帯電話所持率 全国最下位

と、彼らの日常生活には「学力向上の要因が揃っている」と同時に、「学習習慣を阻害する要因が少ない」のが、統計データからも見てとれる。

実は秋田県とは対極を成す統計結果を示したのが大阪府だった《大阪の学力不振の原因に関しては、当記事コメント欄の上から3番目も参照のこと》。番組内では大阪府出身のMCを茶化すように、秋田県の後に大阪府のデータを提示して、その対照的な姿を際立たせていた。統計データと学力テスト結果の相関性を明示すると言う意味では、分かり易い図式ではある。まあ、規則正しい生活で心身の健康を保ちながら、教師の手厚い指導の下、教科学習や読書に時間を費やすのは、誰の目にも学力向上の王道と映るだろう。

しかも、秋田県の犯罪率は全国最下位で、刑法犯検挙率は全国2位と、治安も良く、安心して暮らせる環境が整っている。

ただし、子ども達が高い学力を身につけ、高学歴を獲得しても、秋田県にはその受け皿となる産業が乏しい為、若者の多くが都会へと職を求めざるを得ず、人材流出が止まらないようだ。近年、秋田県は年間一万人もの人口減少が続いており、人口減少率は全国一位となっている。県を挙げての手塩に掛けた人材育成が、必ずしも秋田県の発展に繋がっていない現状は、残念としか言いようがない。

おそらく、これはどの地方もが抱えているジレンマなのだろう(それでも、人材育成に力を注ぐ秋田県の姿勢は尊敬に値する。要は大人が、子ども達の将来の為に何をしてあげられるか、けっして諦めずに考え続けることなんだと思う)。



低学力県の問題点

翻って沖縄県や高知県はどうか?例えばテレビで、「県民性」の違いを面白可笑しく紹介するバラエティ番組があるが、それによれば奇しくも両者に幾つかの共通点が見い出されるのである。例えば、「飲ミニケーション文化の発達(成人男女が夜間、居酒屋等で酒を酌み交わす機会が多い?)」「共働き率が高く、しかも長時間労働が多い」「南国人特有の大らかな気質」。こうした特質は確実に子供の生活習慣にも影響を与え、「宵っ張りの朝寝坊」に代表されるような乱れた生活習慣を招き、基礎学力を身につける為に必要な家庭学習(せめて読書と宿題)が疎かになっていると考えられる。

こうした県民性は、残念ながら子どもの学力向上と言った点ではマイナスに働く要素なのかもしれないが、一方で、経済的に恵まれない割には生活満足度が高くふるさと志向(郷土愛?)が強い、と言った特徴を生みだしているらしい。その結束力の強さは、沖縄県が離島県であり、高知県は三方を険しい山に囲まれ、「地理的に他県との交流が難しかったこと」や、「貧しいからこそ助け合う(助け合わないと生きて行けない)、と言う気風が培われたこと」に起因するものなのかもしれない。もちろん、「暮らしやすさ」(特に沖縄県は出生率、他県からの転入率(=移住者)、Uターン率が高い)という点では、1年を通して温暖な気候風土も寄与しているのだろう。

【2011/07/13追記】

今年の3月、夫の出張に合わせて沖縄県を訪れた際に、とても驚いたことがある。平日の夜間にも関わらず、新都心とよばれる地区のファミレスは、家族連れや中高生グループでかなりの混雑を見せていたのだ。週末の夜間ならともかく、翌日も学校があるはずの平日の夜に多数の児童生徒が外を出歩いている。これは他の地方都市ではあまり見られない現象だと思う。

また、ローカルテレビ局では、沖縄県の児童生徒が、日本で最も夕食時に「こ食」する傾向が強いことを警鐘する映像を繰り返し流していた。これは共働き家庭が多く、しかも男女問わず長時間労働が常態化しており、保護者の夜間不在が少なくない沖縄では、家族揃って食卓を囲む機会、保護者の手料理を味わう回数が、他県に比べて少ないと言うことなのだろうか?

(因みに、"スローフード"と言う概念を世界的に広め、近年は食育にも力を注いでいるアリス・ウォータース氏によれば、現在の米国の児童生徒の実に85%が、1日に1度も家族で食事をしていないそうだ。その背景には、やはり家庭の貧困問題があるのだろうか。さらに富裕層でも両親多忙で、家族揃っての食事はままならないのだろうか。或いは富裕層の場合、中学から全寮制の学校に子どもを入学させてしまうので、家庭の団欒自体がないのか?こんなことまで、日本は米国の後追いをしないで欲しいものだ。)

育ち盛りの児童生徒が夜遅くまで外を出歩くことは生活習慣の乱れを生み、学習習慣の定着を阻む原因となるのは間違いない。心身の発育にも悪影響を及ぼすはずである。さらに、児童生徒が犯罪に巻き込まれる可能性も必然的に高まるだろう。こうした習慣は、人材育成の観点から、百害あって一理なしと言える。早急に県を挙げて改善すべき事態だと老婆心ながら思う。


【2012/01/11追記】

興味深いサイトを見つけた。沖縄ローカルの掲示板で、地元民が中心になって、沖縄の低学力の原因について議論しているものだ。個人的には「沖縄の大人の間で、『子どもの将来にとって学力の向上が重要だ』とのコンセンサスがなされていない=学力軽視」と言う主旨の意見が印象に残った

(←地元志向が強いのに県経済基盤が脆弱な為、全体的に企業規模も小さく、高等教育を受けても、その学力・能力の受け皿となる職場が殆どない=全国でも突出して高い失業率、と言う現実が、学力(教育)軽視の風潮を生んでいるのだろうか?)

また、低学力についての議論の中で、なぜか必ずと言って良いほど出て来る「学力がすべてではない。心を育てることの方が大事」と言う意見もあったが、議論に参加している人の多くは、心を育てるのは当然の前提として、さらに子ども達が将来生きる術として、基礎(←そう…学力テストで問うているのは"基礎"学力なのである)学力をきちんと身につけることの大切さを説いているように筆者には思えた。

大人は子どもを育む責任者として、現実の問題から目を背けてはいけない。沖縄の児童生徒と、他県の児童生徒の間には学力差が歴然としてある。特に全体の底上げが必要(近年は沖縄でも県外を含めた国公立大進学を目標に掲げる進学校が台頭して来ており、そうした進学校を目指す生徒とそうでない生徒との間で学力格差が拡大しているらしい)で、それは高学力県の学校と家庭で当たり前のように行っている

「規則正しい生活習慣の定着」
「読書習慣の定着」
「読み書き計算の反復学習」など、

地道な努力で克服できる課題だろう。
その為には、まず親の意識を変えなければならないのかもしれない。そして教師の学習指導能力のレベルアップも。

沖縄はなぜ低学力か?(沖縄のうわさ話)

【2014/06/05追記】

報道で知ったことだが、最近、沖縄では県を挙げて、生活習慣の乱れの原因となる児童生徒の夜間外出をやめさせる啓蒙運動を展開しているらしい。午後10時になるとスーパーマーケットでは「良い子の皆さんは早く家に帰りましょう」とアナウンスが流れ、子連れで訪れる客も多い居酒屋では、子連れの客に早く帰宅するよう促すことを、店主に義務づけているそうだ。長年の習慣は一朝一夕には改善されないだろうが、改善に向けて具体的に動き出したことは、一歩前進と言えるのではないか?


子供を取り巻く環境の重要性〜周囲の大人の役割

【2012/02/21追記】

子どもの学習意欲に最も大きな影響を与えているのは、家庭環境ではないか?両親不和でケンカの絶えない家庭では、子どもも落ち着いて勉強などできないだろう。子どもに机上の学習だけでなく、習い事、スポーツ活動、芸術鑑賞、旅行等、さまざまな体験をさせてあげるにも、ある程度の経済的基盤が必要である。

(もちろん、家族の一員として、家事の一部を責任を持って担当させるのも、立派な生活「体験」である。また"学力"と言う枠組みを超えて子どもの"生きる力"を育むと言う意味では、親の熟慮のもと、地方の自然豊かな環境で伸び伸びと育てることを目的とした山村や離島への移住や留学と言う選択肢があっても良いと思う)

豊かな体験知が学習意欲や理解度の向上に繋がるのは明白なだけに、多様な体験を可能にする為には家庭環境が安定したものであることは重要と言える。その意味で、子どもの低学力と親の離婚率の高さには少なからず因果関係があるように思えてならない。低学力県の離婚率がおしなべて高いのが気になる。沖縄県然り、大阪府然り、北海道然り。逆に学力の高い北陸の県は離婚率が低い。

≪参考≫都道府県別離婚率ランキング

もちろん、離婚家庭の子供=低学力と言う単純な図式ではなく、孤軍奮闘して我が子の教育に熱心に取り組んでいる親も多いと思う。そんな中で懸念されるのは、シングルマザーであれ、シングルファーザーであれ、単親家庭では親の子育て負担が大きく、親の仕事にも支障を来たすケースが多いことである。それが経済的貧困に繋がり、結果的に子どもの進学希望も叶えられないことが少なくないと聞く。

尤も、私は自身の経験を踏まえて言わせていただくならば、「恵まれているとは言えない環境の中で様々な困難に突き当たっても、それを自らの力で乗り越える強さを、子ども達は成長の過程で身につけることも可能である」。そもそも子どもは「自ら育つ力」も、生まれながらに備えているものだ。

そこで大きな鍵を握るのが、"親の力不足を補う役割を担う"周囲の大人達の存在である。

重要なのは万全とは言えない環境の中でも、子どもが自ら「自分は愛されている、自分は価値のある人間である」と確信を持てるよう、親や周囲の大人が子どもの「自尊心」を育む手助けをすることだろう。

私自身、日々の生活に追われ教育に全く無関心な親の元で育ったが、中学時代の親友のご両親にとても可愛がっていただき、その精神的支えもあって、どんなに辛いことがあっても前を向いて生きて来られた。親友との出会い、親友を通じてのそのご両親との出会いは、私の人生において、かけがえのない財産である。

英国では自尊心を育む具体的な取り組みとして、子どもに「ありがとう日記」を付けさせる運きが広がっていると言う。1日を振り返り、どんなに小さなことでも良いから、自分の周りで起きたことに感謝する。

「今日は困った時にAさんに助けて貰った。Aさん、ありがとう」「今日は花壇の花がとてもきれいに咲いていた。お花さん、ありがとう」〜日々の記録を「ありがとう」の言葉で締めくくる。それを続けることで、子どもは自ずと人生を肯定的に捉えることが出来るようになるそうだ。

他者に感謝することは即ち他者の尊厳を認めること。自分に感謝の言葉をかけ、尊重してくれる相手を軽んじる人間など滅多にいないだろう。だから自分の他者に対する態度・姿勢は、いつか自分に返ってくる。自分が相手に感謝し、相手を尊重する姿勢を見せれば、相手も自分を尊重してくれるようになる。この好循環が、結果的に子ども自身の自尊心を育むことに繋がるのではないか?

「自尊心」が備わった人間はけっして自暴自棄な生き方は選ばないし、自らの人生と同等に他者の人生も尊重できるはずだ。

我が国でも参考にしたい、興味深い取り組みである。

こうした他国の例を挙げるまでもなく、子どもの周りにいる大人は、子どもが学ぶことに意欲的に取り組めるような安定した環境作りに努め、温かな目で根気強く見守ってあげることが、子どもの教育において最も重要なのだろう。

そうして初めて、子どもは「基礎学力」を着実につける→基本的な「思考力」が身につく→思考力によって「自ら考え判断する経験」を積み重ねて行く→さまざまな試行錯誤を繰り返す中で自信を得て行く。

こうした学力向上のプロセスもまた、ひとりの人間としての「自尊心」を育むことになり、その自尊心を礎に、子どもはポジティブに自らの人生を捉え、思慮深く常に何かを学びとりながら成長を続け、生きて行くようになるのだと思う。

だから大人は大人の責任として、子どもの「劣悪な生育環境」や「低学力」を放置してはいけないのである。

(以上の論理に照らして考えれば、「自己破滅願望」を持って、「自身の破滅への道連れ」に「他者の人生を奪い去る」通り魔事件等の犯人は自尊心が歪んでいるか、著しく欠如していると言えるのかもしれない。

また、高い知能・学力を備えていても、コミュニケーション能力が著しく欠如していては、成長過程で他者と良好な関係が築けず、自尊心に歪みが生じて、他者に対して冷淡(無関心)になったり、攻撃的になりがちだ。その結果、社会に適合できずに、さまざまな問題を抱えてしまう可能性が高い。

何れにしても、幼い頃からの周りの人間(大人、子ども)との関わり方が、子どもの成長には重要な鍵となるのだろう。

仮に発達障害が原因でコミュニケーション能力に問題がある場合も、親が子の障害を認識して、出来るだけ早期に、しかるべき教育機関で障害に対応した療育を行うようにすれば、障害の程度にもよるが、子どもがある程度社会に適応して生きて行く術を得られると聞いた。

結局、「学力」は「教育」において確かに重要なファクターであり、その獲得プロセスには大きな意味があるが、「学力」そのものはあくまでも子どもが将来自ら人生を切り開いていく上で役立つ「道具・武器」のひとつと言う位置づけだと思う。その獲得の為に、子どもをサポートするのが大人の務めと言うことなのだろう。

親も教師も、そのことを踏まえた上で、子どもの学力向上に努めるべきだろう。その意味で、文科省が発表する都道府県別学力テスト結果ランキングで各自治体が一喜一憂する状況には、教育の本質からずれているように思えて違和感を覚える。)



とにかく、この世に生を受けた子ども達が、その生いたちに関係なく、将来の自立に向けて、きちんとした教育を受けられる社会であって欲しいと願うばかりだ。否、大人はそういう社会を作るべきである。

【オススメ本 2016.06.20追記】

@阿部 彩「子どもの貧困ー日本の不公平を考える」(岩波新書、2008) 
A阿部 彩「子どもの貧困Uー解決策を考える」(岩波新書、2014) 
B風間トオル「ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力」
 (中央公論新社、2016)
←大人だけでなく、子ども達にも是非読んで欲しい一冊
「ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力」を読んでの感想(当ブログ)
    

全国学力テスト実施の意義

では改めて考えるに、文部科学省による学力テスト実施の意義とは何なのか?天然資源(特にエネルギー資源)に乏しい日本においては人材が貴重な資源であり、小さな島国が地球規模の激烈な生存競争に勝ち抜き、生き残る為には、その人材が国際競争力を持たなければならないのは自明の理であろう。

一握りのエリートを養成すれば事足りるものではなく、国民の能力を全体的に高めるボトムアップの必要性に迫られているのは、国や産業界の焦りからも十分見て取れる。そして産・学・官を挙げて早急に対策を講じなければ、現状の生活レベルを将来に渡って維持することも困難となるであろう。その厳しい状況を、そろそろ国民のひとりひとりが直視すべきではないのか?

しかし、それならば都道府県単位で比較し、自治体間で徒に競争意識(危機感?)を煽るよりも、あくまでも実施結果は教育行政として現状何が欠けていて、浮かび上がった問題点を今後どう解決して行くべきかの参考資料として活用すべきなのではないか?

こと義務教育課程の子どもの基礎学力の向上に関しては、経済的に豊かとは言えないながらも、全国学力テストで好成績を上げている秋田県のノウハウから学ぶことは多いと思う。

つまり、自治体や地域の大人達は、経済的な余裕のなさを理由に、子どもの学力が低いことを是認し、放置することは、恥ずべきことだと思う。

要は行政の積極的な取り組み(教育システムの充実と教員の質的向上)と、地道な家庭での取り組み(規則正しい生活習慣と学習習慣の定着)の両方が揃って初めて、基礎的な学力がしっかりと身につくということなのだろう。ただし、義務教育課程以降の教育の充実には、家庭間の経済格差に国が積極的に関与して、経済格差がそのまま教育格差へと繋がらないようにしなければならない。

その意味で、「教育予算の抜本的見直し」「教育現場の環境整備」「安定かつ良好な家庭環境」、そして「地域の教育力の回復」が必要なのは誰の目にも明らかである。何より教育は、我が国の将来を担う人材への先行投資なのだから。

さらに個々の人間にとっては、自らの人生をより充実させる為のスキル(特に新しい事柄〜自分にとって未知の領域〜に直面した時、徒にそれを恐れることなく、寧ろ好奇心を持って、自ら積極的に取り組み、正確にその実体を把握し、そして咀嚼する"学習能力"。技術なら、それを確実に修得し、適切に運用し、さらに応用する"学習能力")を体得する貴重な機会である。

国は国民の教育に今以上に予算を割き、充実に努めるべきである。貴重な税収は「未来への投資」にもっと使われるべきである。


(私的)提言

1.初等及び中等公教育における少人数学級、及びチーム・ティーチングの実現、教員の負担軽減:小学校では少子化により、既に少人数学級が実現している地域がある一方で、新興住宅地における急激な児童生徒の増加への対応に苦慮している自治体もあると聞く。これはハード面の拡充よりもまず、教員の増員で対応すべきではないか?教科指導ではチーム・ティーチングにより、「つまづく児童生徒」を生み出さないことをまず目指し、全体の底上げを図る。一方、学力の高い児童生徒に対しては、より高いレベルの教育を受けるチャンスを与える。

さらに中学校では部活動の顧問就任が、教員とその家族の大きな負担になっているケースもあると聞く。それも地域の住民に協力を仰ぐとか、地域単位でスポーツクラブを新たに設立し、思い切って地域の大人に管理を委ねるなど、柔軟に対応はできないものか?他国で採用されているより良いシステムを、積極的に取り入れる柔軟さ、大胆さが、今の日本の教育には求められているような気がする。

2.教員の質的向上を図る:OECDの学力調査で軒並み好成績を記録し、高い教育レベルで知られるフィンランドでは、教員は全員修士号取得者であり、その採用は1〜2年の試用期間に、学力のみならず、教育者としての資質が厳しくチェックされた上での採用だと聞く。その為、教職はフィンランドにおいて社会的に尊敬を集める職業であり、教員のモチベーションも高いらしい。それは傍目に、かつて日本に存在したはずの「教師は聖職」と言う国民的コンセンサスを彷彿とさせる。(翻って、この日本では、いつから教師(教員)が尊敬されなくなったのだろう?)

その採用システムは、学力考査を中心とした採用試験に合格しさえすれば、大学卒業後即採用される日本とは大きく異なる。もし同様のシステムが日本でも導入されたら、採用が確定されない「試用」と言う雇用形態に不安を覚える学生も少なくないかもしれないが、教員としての資質、適性を見極める期間と考えれば、そもそも児童生徒にとっては、不適格な教員がその段階で篩い落とされ、より良質な教育を安心して受けられる確率が高くなると言うメリットがあると言える(仮にそのシステムを導入するならば、適性を見極める側の"公正さ"と"審査能力"が、今以上に問われる事になることになるだろう)

現状、大学在学中に採用試験に合格できなかった教員志望者が、大学卒業後、非常勤(産休・病休代理教師)の教員として働きながら採用試験を受けるケースが少なくない。図らずも形式としては、これがフィンランドの試用と類似していると言えるだろうか?教員志望者本人にとっても、学校現場で実際に働くことで、自身の教員としての適性を見極められるメリットがあると思う→2016年時点で、教育現場でも「教育実習」とは別枠で、就労体験としての「インターンシップ制度」が普及して来ているらしい。

思うに、大学在学中にすんなり教員採用試験を突破した所謂優等生タイプが、教員としての資質に優れているかと言えば、必ずしもそうとは言い切れないのでは?素直に親や先生の話を聞いて育った優等生タイプの教師は、それまでの人生の中で躓きが少ないがゆえに、言葉は悪いが「おちこぼれ」や要領の悪い児童生徒の「気持ちを理解」したり、「学習能力の低さを許容」することが苦手なのではないか?

逆に採用試験で挫折を経験した教員は、その挫折経験が、さまざまな子どもを相手にする教員の職務に生かされる可能性もあり、教職に向かって遠回りのルートを辿ることことが、一概に悪いとは言えないように思う。また、現状の採用システムにおいて教員の社会経験知の不足が危惧されるのなら、多様な職業経験を持つ人材の中途採用も、今以上に積極的に検討すべきだろう。


【2014.10.09 追記】

特に公立校教師を目指す人は、さまざまな背景を持つ多様な児童生徒にどう対応するかが重要である。こと学力に関しては、個々の児童生徒の置かれた環境を考慮して、それぞれの必要に応じてサポートを適切に行いつつ、学習指導に忍耐強く取り組める人こそ、公立校の教師に向いていると思う。

勉強の"できない子"に対しては、その不安な気持ちを理解し、彼らが学ぶ楽しさを知り、自発的に学習する意欲を持てるよう誘導し、"できる子"には、学ぶ意欲や好奇心をさらに昂進するようなヒントを与える。

教師はその熱意で、子供達の可能性をできる限り広げてあげて欲しい。その為には、教師が本来の職務に専念できる体制作りが、行政の側で必要だろう。

3.公教育の無償化:国公立の保育園・幼稚園から大学院まで、授業料を無償とする。

その前提として、無償化に伴う国の教育予算の膨脹を防ぐ為に、国公立の統廃合及び私学教育機関(特に大学及び大学院)の絞り込み等の高等教育機関の再編が必要だろう。最高学府に相応しい教育を実施していない大学・大学院、大量の留学生受け容れで糊口を凌ぐ等、有名無実化した大学は淘汰されるべきだ。現状、大学の数が多過ぎる為に、下位校では学力選抜が機能していないのは紛れもない事実なのだから。単に社会デビュー先延ばし(モラトリアム)の為の施設なら何も大学である必要はなく、専修学校と言う形でも良いはずである。

4.高等教育における奨学金制度の充実:本当に学びたいと思う学生が、出身家庭の経済力に左右されることなく教育を受ける機会を得る為に、世界の模範となるような奨学金制度を作ることはできないのだろうか?

(私自身、日本育英会の奨学金制度に助けられた1人である。実家が貧しかった為、奨学金なしに自力での大学進学は無理だっただろう<高校卒業後、民間企業で働いて、とりあえず1年分の学資金を貯め、大学入学後はバイトと奨学金で学費を賄った>。今にして思うと無謀な試みだったかもしれないが、当時は勉強したい一心だった。)

奨学金総額を増やし、

@経済的事情で援助を必要とする全ての学生が受給できるようにすること(ただし、学業成績や研究業績等、給付要件は厳格にすべき。また、住居費の高い都市部では、学生寮をもっと充実させるべきだと思う)

A給付奨学金を増やすこと:現状、より優秀な留学生の確保の為とは言え、自国生より留学生が優遇されている印象は否めない。近年はアジアでも最優秀の学生は欧米の大学を目指す傾向に、国も大学も危機感を覚えているのは分かるが、それは奨学金制度だけの問題なのか?

入学時期や研究環境、学術レベル、情報発信力等、日本の、特に理系分野では大学が他国の大学に比して競争力を失っていることにこそ問題があるのではないか?

(ただし、<2013年現在>大学院生の息子の話によれば、同じ研究室の東南アジアからの留学生が学部を首席で卒業した秀才らしく、そうした海外の優秀な学生と日本の学生が切磋琢磨する環境は必要だと思うし、大局的に見れば、今後より一層関係が深まるであろう、かつ地域的にさらなる発展が見込まれるアジアに親日家、知日派を増やす意味でも、"質の高い"留学生の受け容れは重要だと思う。

また、今や英語が国際語として圧倒的なシェアを持っている為、比較的英語を苦手とし、"国際化"(←有無を言わせず"英語力"が鍵。外国人教員及び留学生の受け入れ率、英語による授業の実施率が評価指標のひとつとなっている)が世界のトップ校の中でも遅れている日本の大学は、国際的な大学評価ランキングでは欧米の大学に大きく水を開けられている(←"英語圏"と言うだけで圧倒的に優位)。

しかも残念ながら日本の大学の頂点に君臨する東大でさえ、もはやアジア・ナンバーワンの大学ではないことを素直に認めなければならない。既にシンガポールや香港、中国の後塵を拝し、さらに近年は韓国の追い上げも著しく、うかうかしていられない状況である。

結局、日本は"英語帝国主義"世界の中にあって、自国の言葉で高いレベルの学問を修めることが出来ると言う、日本独特の翻訳文化の発達が仇になった形だ。こうした現状を踏まえれば、世界のトップエリートとの人脈作りの為に、日本の優秀な学生が世界のトップ校に留学する必要もあるのだろう。海外トップ校へ留学する学生に対し、思い切った経済的支援も、国としてすべきだと思う)


【2015.07追記】(以前から学生支援機構の奨学金制度には、卒業後、公立学校教師や研究職に就いた学生について返済免除の制度があったが、近年は在学中の実績を評価して、返済の「全額免除」や「半額免除」が行われる制度もあるらしい。全奨学生の2割程度がその恩恵を受けているそうだ。今年、大学院を修了した息子も半額免除が認められ、本人も努力した甲斐があったと喜んでいた。)

B貸与奨学金に関しては無利子貸与とする。

おわりに〜子どもを巡る国の政策について思うこと

政治家も「子育て世帯への現金給付」と言った小手先の政策ではなく、人材育成に直接寄与する(しつこいようだが親にお金を渡すのではなく、教育を無償化する方向性で。その方が確実に子ども達に還元されるだろうから)、子育て世帯の教育コスト削減の仕組みを構築して欲しい。

その視点で論ずれば、最も教育費負担の高い、中学・高校の進学時、及び在学中に(大学進学者には大学進学時、及び在学中にも)サポートを厚くするのが合理的ではないか?

また、現行(2009年現在)の3才未満の経済的支援を手厚くすると言う政府案の方向性には、首を捻るばかりである。乳幼児期の子どもを抱える親のニーズは、親の就労の有無に関わらず、保育所等の子育て支援施設の質量的充実ではないのか?

そうすれば少子化にも多少歯止めがかかると思うんだけれどなあ…

とにもかくにも、日本と言う国はOECD加盟国の中でも、国家予算に占める教育予算の割合が最低水準にある。この為、子育て家庭の教育費負担が他国に比べても大きい。これはつまり子どもが受けられる教育の水準が、個々の親の経済力や養育態度次第であることを示している。そして、残念ながら全ての親が経済的に豊かとは限らないし、わが子の教育に熱心とも限らないのだ。

だからこそ、国がもっと教育に予算を割き、特に公教育の充実に注力しない限り、家庭間格差、地域間格差は縮まらない。国はもっと未来ある子ども達の為にお金を使うべきだ。


【追記 2014.10.24 追記】

作家の村上龍氏がMCを務めるテレビ番組「カンブリア宮殿」に、今夏、軽井沢に開校した日本初の全寮制インターナショナル・スクールの代表理事である小林りん氏が出演し、学校設立の経緯について、過去の画像や映像を交えながら率直に語った。

内容は大変興味深く、心打たれるものであった。私は、この学校の成否が、日本の学校教育のあり方に一石を投じるのではないかと期待している。この番組について、当ブログで私なりに記事としてまとめてみた。以下はその記事のリンクです。ご参考まで。

『日本の未来の為に、もう出る杭を打ってはいけない』

【参考リンク】

全国的な学力調査について:文部科学省

タグ: 教育 人間関係 くま

2009/8/24

自然礼讃〜プチトマト(20)栽培103日目  やさい栽培観察日記

クリックすると元のサイズで表示します今日も青空の下で…
 
 プチトマトの木がそよ風に揺れています。プチトマトの苗を2本植えたのが5月14日(木)。時が経つのは早いもので、もうそれから3カ月余りが過ぎたんですね。ブログカテゴリーの「プチトマト観察日記」の記事を最も古いものから順に見て行くと、その成長ぶりと私の観察記録を見ることができます。個人的にはプチトマトを育てながら、あんなこと、こんなことを思っていたのね、と懐かしくもあり、恥ずかしくもあり

クリックすると元のサイズで表示します あの小さかった苗が、今や180cmを超える、見上げるようなノッポさんです。木の下半分はこれまでにも繰り返し書いてきたように葉も殆どないスカスカ状態。しかしながら、最近になって出てきた若葉が育って、花を咲かせているのを、今朝水やりの時に見つけました。ちゃんと実をつけると良いなあ…
 
 今朝、数えた限りでは、今ついている実は30個余り。赤く色づいているのは1〜2個でしょうか?一度に10個以上収穫できたのはこれまでに1回だけです。累計すると、20個以上は食べているのですが。

比較的小規模ながらプチトマ軍団も育っています
クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 先日、美術館で午前、午後とギャラリートークを行った際に、昼食は美術館隣のセルフサービスのカフェでとったのですが、注文したオリジナルカレーライスの横に添えられていた形も色艶も立派な2個のプチトマトが、なぜか全然おいしく感じられませんでした味が淡泊で、酸味も甘みもない。ただ果肉の食感があるだけ。カレーを食べる前に口にしたので、香辛料による味覚の変化はあり得ません。

 想像するに、収穫から時間が経ち過ぎた為に、本来のうま味が失われてしまったのでしょうか?見てくれは我が家のプチトマトよりよほど立派なのに…そこで改めて、収穫間もない野菜のおいしさを認識したのでした。農家や家庭菜園で自ら野菜を育てている人々は、もぎたてのおいしさを日々享受しているのでしょうね。ここ何年も、お会いする度に家庭菜園で朝収穫したばかりの野菜をお裾分けして下さるボランティア仲間のMさん。そのMさんの口癖「ホント!、甘いのよぉ〜」が、実感をもって思い出されます。私も今夏は、プチトマト単独ながら、そのお仲間入りを果たしたわけです


2009/8/23

もう少しで、おそらく8月中に、  日々のよしなしごと

このブログのアクセス数も漸く10,000を超えそうです。1日のアクセス数はAOL時代に遠く及びませんが、”わたくし的”には、今くらいの”人通り”がちょうど良いのかなあとも思ったりします。そもそも私は”大勢の人と仲良く”できないタイプの人間なのです。多くの人に目配りできるだけの余裕が私自身にはない。だから限られた人達と意見を交換し合い、じっくり、まったり?と親交を温めて深めて行くのが、私には合っている。私にとってそれが可能なのは、現状の訪問者数が限度なのではないかと思う。

また、新作映画の感想を書くのが億劫になったのは、記事を書く時間や気力が今の自分には不十分なのと、忙(せわ)しくTBのやりとりをするのが面倒になったからです。講演会記録や展覧会の感想も、よほど心を動かされたものでないと、筆が走らない感じ。時間が足りないのは、今の自分は自分の思いや考えをOUTPUTするよりも、ボランティア活動をより充実させる為の美術の勉強や、見聞を広める為の読書や諸活動(文化的イベントへ足を運ぶ等)と言ったINPUT(自分への取り込み)を必要としているから。どうも最近、自分の中身が不足しているような気がしてなりません。あまりにも”知らなさすぎる”、自分の無知・蒙昧が恥ずかしい。

自分自身が枯渇してしまったら、ブログの記事は書けません。ブログの継続は誰に強制されているわけでもないけれど、ブログは自分の人生の”軌跡”を残す有効な手段だから、できるだけ続けたいです。誰の為でもなく、自分自身の為に。

2009/8/21

世間?を騒がせている薬物問題で思うこと  はなこのMEMO

有名タレントの逮捕により、来る衆議院選よりもマスコミに大きく取り上げられている感のある薬物汚染問題。

個人の薬物使用、依存は他人に迷惑をかけているのではないから、それほど大騒ぎするほどのものでもない、なんて言っている人がいるが、本当にそうだろうか?

薬物中毒者は薬物依存で正常な判断能力を失われ、健康を蝕まれ、家族を巻き込んでその生活を破壊し、薬物入手の為に支払われた金は犯罪組織の資金源になる。

この小さな島国では、人材こそ宝。国民のひとりひとりが、まさに人財。それを蝕む薬物汚染は、国の存亡を危うくする重大問題だ。

民間の薬物依存症リハビリ施設であるダルク(Drug Addiction Rehabiritation Center)によれば、薬物依存から立ち直るのに、最低でも依存期間の3倍の年月がかかると言う。つまり3年薬物依存だった人は9年、5年だった人は15年、さらにその歳月を無事に経過して後も、油断すると薬物に手を染めてしまう恐れがあるらしい。それこそ一生かけて、薬物依存の誘惑と闘わなければならないのだ。だったら最初から、そんな悪魔(薬物)には近づかないこと。君子危うきに近寄らずとは、このことなり。

最初から、そんなものに関わらなかったら、あたらエネルギーを浪費することもなかったろうに。もっと自分自身の人生を豊かにするような、ひいては国や社会に貢献できるようなことにエネルギーを注げたであろうに。

初犯では執行猶予判決が出ることが多いようだが、一般社会に放免するより、治療施設で隔離し、一定期間治療に専念させるようにしたら良いのにと思う。取り巻く環境が悪いからこそ、薬物依存の事態を招いたに違いないからだ。しかし、そのコストは誰が負担するのか?刑務所でも受刑者ひとりあたり年間250万円かかる、と言う話も聞いた(←真偽のほどは不明)。こうしたコスト削減の為にも、国を挙げて薬物犯罪撲滅に力を入れないと、この国は本当に潰れてしまう。これだけ薬物蔓延の話を耳にすると、日本転覆を狙った、どこぞの国か犯罪組織の陰謀ではないかとさえ勘ぐってしまう。

言うまでもなく、悪事に手を染めた人間は道徳心が弱いから、悪事が露見し、それが他者によって強制的に阻止されない限り歯止めが利かず、心身共に確実に蝕まれて悲惨な末路が待っている(それは万引き窃盗犯も同じ!)。その意味で、薬物依存者は、そのことが露見し、逮捕されたことは幸運だと思った方がいい。悔い改めて、立ち直るチャンスを与えられたのである。救いの手が差し伸べられたと言っても良いだろう。

今朝のニュースでも大麻事犯の検挙者の大半が10〜20代だと言う。大麻は安全・無害とぬかす輩がいるが、大麻が恐ろしいのは、あらゆる薬物の入り口になることではないか?大麻に手を染めた時点で、他の薬物へのハードルが低くなってしまう。身体がまだ出来上がっていない10代で薬物に手を染めてしまったら、将来深刻な健康被害に見舞われる可能性が高いし、女性なら我が子の身体に何らかの悪影響だって与えるかもしれない。

10代と言ったら、まだ親(もしくは親に代わる保護者)の保護責任の範疇にある世代。いったい親は何をしているんだろう?自分で生んだ我が子が心配ではないのか?生んだからには、責任を持って自立できるよう育て上げるのが親の務めではないか?この世には子どもを望んでも恵まれない人がいる一方で、子どもに恵まれながら、親としての責任を果たさない人がいる。なんと皮肉なことよ。しかし、「皮肉なことよ」のひとことで済ませられる話では、もちろんない。親はどんなに忙しくても、我が子の挙動は常に監視するくらいの気構えでないと、今の世の中は危険過ぎると思う。親は、いつもしつこいくらいに「おまえのことをいつも思っているよ。心配しているよ。」というシグナルを、子どもに発することが大切なのではないか?

今回、酒井法子容疑者に対して最も腹立たしいのは、子どもを持つ身でありながら、薬物に手を染めたことである。薬物によって両親を失った子どもは気の毒としか言いようがない。しかも酒井容疑者の子どもは、これだけ大々的に報道がなされ、彼には逃げ場がないのだ。

まもなく学校は新学期を迎えるが、学校や周囲の人々は、どうやって彼を受け入れるべきなのだろう?薬物依存者の子どもだからと排除するのはもっての外だし、腫れ物に触るように扱うのも彼の為にはならないだろう。幸い、酒井容疑者はPTA活動は真面目に務めていたらしい。そういった面も持ち合わせていたのが、せめてもの救いだ。酒井容疑者が我が子の為に、親として真摯な面もあったことを認める親御さんが、酒井容疑者の子どもが通う学校にはいる。そこを突破口に、この難局を学校も乗り切って欲しい(もしかしたら、いたたまれなくて転校してしまうかもしれないが)。

彼はもう十分過ぎるほど傷ついている。彼自身は10歳にして、”そういう親”の元に生まれた運命を受け入れ、それによって被るであろう数々の苦難に、これから立ち向かわなければならないのだ。おそらく周囲(特に現状では祖父母だろうか?)の支えが大事なんだろうな。とまれ、どんな状況にも挫けないで、自分を大事にして(親がどうであれ、子どもには罪はないし、独立した存在として扱われるべきだろう)、心を強く持って生きて行って欲しいと思う。彼の人生は、彼自身のものなのだから。不徳の親の影響を受けるにしても、それによって彼の人生がすべて台無しになるわけではないはずだから。

2009/8/19

はなこ流かんたんミネストローネ♪  「食」についての話題

レシピをご紹介するほどのものでもないのかもしれませんが、昨晩、思いつきで作ってみたら思いの外おいしかったので、こちらに書留めておきます。

トマトは夏の我が家の常備野菜です。私の前世はイタリア人だったのではないかと思うほど、私はイタリアが大好きで、トマトやパスタを使った料理をよく作ります。

そう言えば、先日のトーク番組で、関西のお笑い芸人「ほっしゃん」が、「最近、嵌っているのがイタリアです。このあいだイタリアのフィレンツェに行って、エライ感動しました。景色も料理も最高ですわ。そしたらウチの嫁はんが『きっと、あんたの前世もイタリアに憧れていた人だったんやろうねえ』って言うんです。おれは前世まで”イタリア人”ではなくて、”イタリアに憧れていた人”なんかいな?!」と自虐ネタを披露していました。ははは…私の前世も”イタリア人”ではなくて”イタリアに憧れていた人”だったりして…

枕はこの辺にして、早速材料です。

【4人前】←まあ、この辺りはテキトーに。

クリックすると元のサイズで表示します生食するにはちょっと時間が経ったトマト…1個(←今回は超特大トマトでした)〜3個
ニンニク…2〜3片(←数はお好みで。やっぱりオリーブオイルとニンニクでイタリアンになりますから、欠かせませんね)
玉葱…3分の1個(←今回は大きめだったので、サイズによっては半分でOKかも)
生協で買った「いなば 北海道産100%ミックスビーンズ」ドライパック…1袋

オリーブオイル…大さじ1〜2杯
…500CC
コンソメスープの素…1個
…大さじ1〜2杯
塩コショウ…適宜
(あれば)ローレルの葉…1〜2枚

《作り方》

@鍋にオリーブオイルを入れ、包丁で潰したニンニクを弱火で炒める。
A香ばしいニンニクの匂いがして来たら、そこに1cm角に切った玉葱とざく切りにしたトマトを炒め合わせる。
B玉葱とトマトがしんなりしてきたら、そこにミックスビーンズを加え軽く炒める。
C水500CCを加え、沸騰させる。沸騰したらコンソメスープの素を加える。
D酒を加え、5〜6分ほどグツグツ煮立て、塩コショウで味を調えて、スープ全体がトマト色に染まったら出来上がり♪

クリックすると元のサイズで表示します※もし、何か”ひと味”足りないなと思ったら、隠し味に醤油を小さじ1杯位加えると、日本人の味覚として安心するのか、おいしく感じられるようです(←入れ過ぎにはくれぐれもご注意!あくまでも隠し味程度に!)。隠し味としてはウスターソースやケチャップが一般的のようですが、これは好みの問題でしょうね。また、適宜砂糖を加えると、味にコクが出るようです。

※料理は香りも楽しむもの、香りでも味わうものだと思うので、ローレルの葉は是非入れることをオススメします。これで料理のグレードも確実にアップ♪香り、と言う意味では、オリーブオイルでニンニクを炒めた時の香りも食欲をそそりますね。

※ミックスビーンズは大豆、金時豆、青えんどう、白いんげん豆と4種類の豆がサラダにもそのまま使えるよう加工されているので、豆の食感を大事にしたいのであれば、炒めずに煮る段階で加えても良いと思います。

※あればバジルのみじん切りを散らすと、なおのことイタリアンな感じになりますね

※個人的には、炒めた玉葱のみじん切りの甘みがトマトの酸味と相俟って、このスープのおいしさを引き出していると思うので、是非玉葱は炒めて欲しい。

【追記 09.08.21】

トマトを使った超簡単スープもご紹介。これは生協のカタログで紹介されていたレシピなのですが、洋風の汁物が欲しいなと思った時に重宝します。

材料はトマトと薄切りベーコンとコンソメスープの素。私流のアレンジとしては、これにニンニクの薄切りを加えます。

500CCの水を沸騰させコンソメースープの素1個を入れ、ニンニクの薄切りひと片分、ざく切りトマト1〜2個、3cm四方に切った薄切りベーコンを適宜(あまり少ないとスープに”コク”が出ないのでケチらずに・笑)入れ、酒大さじ1〜2杯を加えて煮立て、塩コショウで味を調えて出来上がり。

これはトマトの形が残る程度に煮立てれば十分でしょうか?ベーコンからうま味とコクが出るので、あえて材料は炒めません。

こちらもお好みで醤油を隠し味に加えて良いかも。醤油は日本人にとって万能調味料ですね♪私が洋風料理にも醤油を使うようになったのは、漫画『包丁人味平』の「カレー対決」の項で、味平がカレーライスのルーに醤油を加えたシーンが原点。どんな料理でも”ひと味”足りないと思った時に醤油を加えると、何だかおいしくなったように思えるから不思議。

ミネストローネもそうですが、最後に黒コショウを一振り、ふた振りすると、さらにおいしさが引き立つような気がします。





2009/8/17

長崎原爆忌に思うこと  はなこのMEMO

現在の浦上天主堂
クリックすると元のサイズで表示します 1945年8月6日の広島に次いで、8月9日に長崎に原爆が投下された。その惨禍は筆舌に尽くしがたいものであっただろう。人類史上初の戦争下での被爆なのだ。

 先日テレビで、世界初の原子爆弾実験場(1945年7月16日、米・ニューメキシコ州アラモゴード)に関する現地レポートを見たが、実験から60年以上の歳月が経過しているにも関わらず、自然に存在する10倍強の放射能がいまだに残存しており、記者が持参したガイガーカウンターが強く反応したのが印象的だった。実験場脇には記念館が併設されており、そこの土産物コーナーでは原子爆弾型のイヤリングや原爆雲のポスターが販売されている。米宇宙飛行士の月面着陸のポスターに並んで原爆雲のポスターが販売されていることに、被爆国の人間としては複雑な思いがした。

 さらに終戦記念日の前日だったか、朝のテレビ番組で、長崎市の浦上天主堂にまつわる秘話がレポートされた。同じ被爆地でも、広島には「原爆ドーム」と言う世界遺産にも登録された被爆遺構が存在する。一方で長崎にはそれに匹敵するような遺構が残っていない。戦後復興を優先させた結果とも言われるが、今日の被爆地としての長崎のプレゼンスが広島に劣っている印象が拭えないのは、視覚的にその惨禍を訴える「原爆ドーム」のような被爆遺構がないことが、ひとつの原因であろう。

 戦争の被災地が、以後二度と戦禍に遭うことのないよう、その悲惨な戦争体験を後世に伝えて行くのは、時間の経過と共に直接の被災者がこの世を去ることで困難になって行く。それは広島・長崎も然り。沖縄も然り。東京を始め、大空襲を受けた各被災地も然り。そこで、各被災地では戦争遺物を展示した平和祈念館の運営を軸に、被災者からの聞き取り調査や、体験談の映像保存、若い語り部の育成等に力を入れている。もちろん被災者としての側面ばかりでなく、加害者としての側面、並びに戦争に至った時代的、社会的背景についても、研究者らの力を借りて、私達は学ぶべきなのだろう。今後戦争を回避する為にひとりひとりが何をすべきか、或いは何をしてはいけないのかを知る手立てとして、人類史上絶え間なく各地で起きている紛争、戦争勃発のメカニズムについて、学べるものなら学びたいものだ

クリックすると元のサイズで表示します 爆心地近くにあった浦上天主堂は、原爆により壊滅的な被害を受けた。当時天主堂内にいた神父、信徒は全員、原爆による熱線と天主堂崩壊による瓦礫の下敷きとなって亡くなったと言われている。今もなお、1959年に再建された天主堂の脇に、被爆当時そのままの状態で無残に陥落した鐘楼が横たわっている。夫の実家が天主堂の近隣にあるので、帰省の度に私はそれを嫌と言うほど目にしている。目にする度に胸の奥が疼く。(被爆直後の天主堂→)

 テレビで披露された秘話とは、1950年代後半の長崎市議会で、被災した浦上天主堂に関し、原爆の惨禍を伝える遺構として「保存」の方向で検討されていたにも関わらず、市長の訪米を機に一転して「建て替え」となった経緯であった。長崎出身のルポライターが上梓した本を元にしたレポートだったが、戦後復興の最中にあって当時としては希有であった、「米国の地方都市との姉妹都市提携」を持ちかけた謎の米国人の存在を焦点に、当時の米国政府の政治的な隠蔽工作を暴くものであった。

 具体的には、キリスト教国家を自負する当時の米国が、あろうことか日本におけるキリスト教の拠点とも言うべき長崎に原爆を投下したことへの後悔と狼狽である。それはキリスト教国家としてあるまじき同胞への攻撃であった。国際社会には何がなんでも知られたくない恥部だった。だから、被災したキリスト教会の保存など、当時の米国政府から見ればとんでもない話だったのである。それを何が何でも阻止すべく謀ったのが、(戦後復興支援を餌?にした)米国姉妹都市提携であり、市長の懐柔であった。市長は米国各地で歓待を受け、帰国後は意見を180度転換させたのだった。

 天主堂再建は信徒の願いでもあったが、市議会の意向によっては他所への移転再建も可能だったはずである。現地の瓦礫を撤去し、そこにあえて再建するに至った経緯の背景には、米国の政治的思惑が働いたことも否定しようのない事実のようである。

 長崎にゆかりのある人間として思うのは、過去に3人の総理大臣を輩出し、国内的にも見ても政治力に勝る広島がどうしても被災地としてのアピール力に長け、長崎の印象が相対的に薄くなってしまうことへの歯がゆさである。広島の原爆ドームに匹敵するような、何か視覚的に訴える存在、或いは術が長崎にもないものかと、原爆忌が巡って来る度に思いあぐねるのである。

浦上天主堂について(ウィキペディア) 

ちょっと古い記事ですが、原爆資料館の在り方について、博物館業務の専門家?が書かれています。

長崎原爆資料館



2009/8/17

自然礼讃〜プチトマト(19)栽培96日目  やさい栽培観察日記

クリックすると元のサイズで表示します青空の下のプチトマト
 
 何とまあ、2週間ぶりのプチトマト観察レポートです。その間も私はプチトマトに水をやり、観察し、写真を撮り、収穫し、味わって来ました。プチトマトはグングンと背丈を伸ばし、あっさりと支柱の丈を越えて、今では180cmに達しています。外出先から自宅マンションに戻って来ると、ベランダの手すりから大きくはみ出したプチトマトが「おかえり〜」と迎えてくれているようで、何だか嬉しくなります

クリックすると元のサイズで表示します それにしても、おそらくこれまでの観察日記で、これほどまでに爽快な青空の下でプチトマトを撮影したことはないでしょう。私の心まで晴れ晴れするような、澄み切った空を背景に、我が家のプチトマトはいつにも増して輝いて見えます(←ハハハ…自画自賛系)。
  
 今朝、実の数を数えてみると、生まれたばかりの小さな実も加えて、なんと40個近くありました。肥料(栄養分?)が足りないのか、個々の生育状況は今ひとつ。色づき始めた実の大きさが全体的に小さめです。しかし実際に食べてみると、サイズは小さめでも、味はプチトマトらしい程よい酸味と甘みで、市販のプチトマトと比べても何ら遜色はありません。

クリックすると元のサイズで表示します 以前も書いたように、その熟成は劇的で、前日まで青かった実にほんのり赤みが差したかと思ったら、その後は一気に真っ赤に色づきます。写真のプチトマトも、このところの猛暑が後押しして、明日には真っ赤になっているでしょう。

 ところで、市販のプチトマトなら躊躇なくドレッシングで味付けできるのに、こと我が家のプチトマトにだけは何も付け足したくない(笑)。素のままの味わいを大事にしたい思いが強く、最近は朝水やりの時に真っ赤に熟した実を1〜2個もいで、ササッと水で洗って、そのまま食べてしまうことも。夏の発汗で失われやすいミネラル分の補給に、もってこいでしょうか?

 下の2枚の写真は、かつて君臨した2つのプチトマ軍団の末っ子達の近況(8月13日撮影)。どちらも既に私達の胃の中に収まってしまいました。結局ひとつは、小さなままに完熟してしまいました。

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 日に照らされて色艶が増して見えるプチトマト。これまで何個、何十個と見てきたのに、見飽きることがありません。実のひとつひとつに紛れもない命の輝きを感じるからでしょうか。当然ながらひとつとして同じものはなく、同じ実でも日ごとに違う姿が私を魅了します。

 プチトマトの葉は、木の下半分はすっかり枯れ落ちてしまい、上半分だけが繁茂しています。もしかしたら日照不足のせいかもしれません。日照を求めて上へ上へと伸びて行くプチトマト。自ずと日があまり届かない下の部分は貧相になって行きます。我が家はマンションの中層で、時折襲う強い南風からプチトマトを守るべく、壁際に鉢を寄せざるを得なかったのですが、あまりにも頭でっかちなアンバランスぶりに、正直なところ全体像を撮すのは忍びない。

クリックすると元のサイズで表示します それでも次から次へと花が咲き、たわわに実をつけているのですから、健気ですね。

 昨日、ある方の観察日記ブログを拝見すると、苗の植え付けから枯れるまでの一連の写真が1ページに納められていましたが、命を終えて枯れてしまったプチトマトの姿に、我が家のプチトマトの行く末を思い、悲しくなりました。全ての命は終わりがあるからこそ、「生」の輝きがあるのだと理解はしているのですが…


 残り少ないであろうプチトマトとの蜜月を、精一杯楽しみたいと思います。

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2009/8/16

日なたぼっこ  日々のよしなしごと

クリックすると元のサイズで表示します 久しぶりにすっきりとした青空の15日(土)、布団と共に、我が家のぬいぐるみ達(一部)もベランダで日なたぼっこと相成りました
 
 あまり直射日光に当て過ぎると、おそらく毛並みに影響が出ると思うので、ちょっと抑えめに。もちろん、正面だけでなく後ろも。写真に納めればこちらで披露?できたのでしょうが、後ろ姿の彼らもなかなかカワイイものでしたよ”熊五郎達”なんて、息子が赤ちゃんの頃とソックリでした。

 日なたぼっこを終えたぬいぐるみ達はほんわかと温かく、お日様の匂いがしました


2009/8/15

8月13日は「左利きの日」  はなこのMEMO

8月13日は「左利きの日」なんだそうです。何でも米国が発祥だそうで、8月13日と定めたのは米国にある左利き用グッズ専門店の創業日に因んだものだとか。そして英国でも「左利きの日」を導入しようと考えた団体の主宰者の誕生日が、奇しくも8月13日だったとかで、8月13日は欧米を中心に「左利きの日」と認知が広まったようです。

日本でも昨年から、この「左利きの日」を提唱しようとの機運が高まった?そうですが、私は今回の報道で初めて知りました。何を隠そう、私も息子も左利きです。そして私の4人兄弟のうち、2人が左利きです。「世界的には9:1の割合で圧倒的に右利きが多い」との報道ですが、以前読んだ雑誌では「生物学的には2〜3割が左利きで、日常生活を営む上で不便を強いられるので、後天的に右利きに矯正されているケースが多い」とありました。

おそらく日本は欧米ほど左利き用グッズがいまだに普及していないでしょう。その為、左利きの人は便宜上右利き用に作られたものを使わざるを得ません。それで自ずと両利きになるのではないでしょうか?私も息子も道具によっては右利き用でもOKです。不思議なのは、私は字を書くのは左手で、書道や食事は右手でなのですが、息子は筆記、書道は共に右手で、食事は左手でなのです。息子の筆記が右手でなのは、おそらく字を書き始めた頃に公文に通わせたからでしょう。そこで筆記具は右手で持つ物なのだと覚えたのかもしれません。しかし食事だけは、どうしても箸やスプーンを右手で持つことはできなかったようです。

ルネサンスの万能の天才と言われたレオナルド・ダ・ヴィンチは、重要な書類を鏡文字で書いたと言われていますが、それは彼が左利きだったからでしょう。私も鏡文字は比較的得意です。左利きにとって、線は左→右に引くより、右→左に書く方が簡単です。手首への負担も少ない。学生時代はノートを取ると手首の疲労が酷かったのですが、今では文章を書く際にパソコンのワープロ機能を使うので、そういうハンデはありません(しかし、両手首が痛くなることはありますね)。

最初から右利きだとわざわざ左手を使おうとは思わないはずですが、左利きの人は右利き社会に対応すべく右手も使う。手の動きは脳の機能と密接に関わりがあると言われているので、私や息子をはじめ、左利きの人々は自ずと左右の脳をバランス良く使うようになっているのではないかと思います。人生、何が幸いするかわかりませんね。

2009/8/12

2009年夏 清里旅行(2)  国内旅行(旅の記録と話題)

ダイニングでの朝食風景クリックすると元のサイズで表示します
 前回書いたように、今回は夕・朝食が付いていました。着いた日の夕食はカメラを部屋に置いて来てしまったので撮影せず。野菜サラダ・コンソメスープに始まって、メインはカレイのポワレとポーク・ジャンジャー、デザートはレモンのシャーベットと言うコース料理でした。もちろん、温かい飲み物も付いていました。

 何よりボリュームたっぷりだし、カレイのポワレは口の中で蕩けるように柔らかく、甘みがありました。ポーク・ジャンジャーは少し厚め(とんかつ大)の豚ロースを濃いめの味付けでソテー。これもまた美味でした。そして、しつこいようですが、野菜がおいしい。スーパーで買う野菜とは鮮度が違うのか?或いは清里の自然の美しさに私が酔ってしまっているのか(笑)、出される野菜すべてがそれぞれの存在感を主張しているようで、心から「おいしい!」と思えるのです。盛りつけも丁寧で、そういった細やかさもおいしさに一役買っているのかもしれません

 出発日の朝食は、コーンスープ、りんごジュースと、一皿の上に野菜サラダ、きのこと野菜のオムレツ、ウィンナーソーセージ等が乗っていました。写真には出ていませんが、食パンのトーストが半斤はあろうかという厚切りで、それをバターとイチゴジャムで食べました。朝からまたお腹いっぱいです。給仕は何れも、現オーナーの奥様らしき女性がされていました。笑顔で、テキパキとこなされ、好感度大。

クリックすると元のサイズで表示します 名残惜しいですが、ペンションも10時にはチェックアウトです。オーナーのご家族が大事に手入れされて来た部屋を粗末には扱えません。素敵な部屋で一晩を過ごせた御礼の意味も込めて、「立つ鳥跡を濁さず」の心がけで(その点は特に夫が厳しい。今回、息子は洗面台の使い方が汚い〜使用後の始末が疎か〜と怒られました)、できるだけきれいな状態に部屋を整え、ペンションを発ちました。


 大きな手荷物は駅のコインロッカーに預け、さて、これからどうしよう…とにかく今回はあくせく観光地巡りはしたくない。できればどこか一カ所でのんびりと過ごしたい。

 と言うことで、選んだ場所はサンメドウズ 清里ハイランドパーク 。山頂の標高1900mと、清里で一番高い場所にあるリゾート施設です。駅から歩いていける距離ではないので、清里の観光施設をふたつのルートで循環する清里ピクニックバスを利用することにしました。1回乗車大人300円、1日周遊券が600円なので、1日周遊券を購入し、駅前から乗車しました。ピクニックバスは観光地によくあるタイプの、木材を基調としたレトロな外観の小型バス。すぐに乗客でいっぱいになってしまいます。満員の乗客を乗せた小さなバスは、山間の起伏に富んだ舗装路を蛇行しながら進んで行きます。20分ほどで清里ハイランドパークへ到着。そこから山頂を目指し、リフトに乗りました。

クリックすると元のサイズで表示します 天気が良ければ、「富士山や南アルプス、秩父連邦等の山々を一望できる絶景ポイント」らしいのですが、西日本に接近中の台風の影響もあって清里の天気は不安定でした。地上はともかく、山頂はうっすらと雲に覆われています。「パノラマリフト」と呼ばれる4人乗り?のリフトは、全長1200mでゆっくりと山頂を目指しました。長いリフトなので、乗り応えがありますね。時折振り返ると、下界には全面緑の牧歌的風景が広がっていました。しかし、徐々に山頂に近づくにつれ、雲行きが怪しくなりました。

クリックすると元のサイズで表示します 頂上では右写真の通り、視界不良。到着直後はまだ下界の風景が見えたのですが、みるみるうちに霧がかかり、終いには視界1mほどになってしまいました。肌をなでる霧はヒンヤリと冷たく、冷蔵室の中に入ったような感覚でした。晴れていたなら一望できたであろう遠くの山並みに思いを馳せながら、暫く家族3人でベンチに腰掛けました。これまで、富士山、立山、スイス・グリンデルワルトと山の景色を楽しみに出かけたのですが、毎回天候に恵まれず、伝説の絶景を拝めた試しがありません。今回は台風の影響が大きかったと思いますが、そうでなくても山の天気は変わりやすい。たとえ下界で青空が見えていたとしても、山の頂上では厚い雲に覆われていることも珍しくありません。天気が良ければ、もう少しゆっくり頂上で過ごしたかったのですが、そうこうしているうちに雨も降って来たので、リフトで下山しました。

クリックすると元のサイズで表示します 実はこのハイランドパークには、もうひとつ、「フラワーリフト」と呼ばれるリフトもあるんですね。山の中腹まで伸びたリフトで、それほどの距離ではありませんが、乗りながら眼下に高山植物の群生を見ることができます。

 高山植物は生花店で買える花々のような派手さ、ボリューム感はありませんが、短い山の夏に彩りを添える楚々とした美しさがありますね。山頂では雨が降っていたのに、下界に降りると雲間に青空も見えます。リフトはセット券を購入していたので、フラワーリフトにも乗り、眼下に草花を見下ろしながら、しばしの空中散歩を楽しみました。

 今回はあいにくの天気で頂上から早々と切り上げてしまいました。ピクニックバスの本数が少なく、今度のバスを逃すと2時間はハイランドパークに留まらなければなりません。下界に降りてしまったので、特に何か見物があるわけでもないここで、2時間を過ごすのは辛いものがあります。そこで、駅前の観光案内所で入手した情報誌で目に止まった黒井健絵本ハウス に行ってみることにしました。こういう時に、1日周遊券は助かりますね。予想外の出費(まあ、たいしたことのない金額ですが)を気にすることなくバスを利用できます。

↓清里の道を30分以上テクテク歩く。歩いているのは私達家族だけでした(笑)。我が家は旅先ではとにかく歩きます。国内外を問わず。地元民の視点で旅先を眺めてみたいからです。その大地を自らの足でしっかり踏みしめてみたいからです。イスタンブールでは新市街と旧市街を6時間歩き通し、ヨルダンのペトラ遺跡では、通常観光客は馬車やラクダを利用するところを、入り口から40分かけて奥の遺跡まで歩きました。なかなか大変な面もありますが、それだけ印象も強烈に残ります。
クリックすると元のサイズで表示します バス停に行くと、既にに沢山の人が待っていました。そしてバスが到着。到着したバスは満員状態です。ここで問題なのは、ハイランドパークが終点ではないので、バスの乗客が全員ここで降りるわけではないこと。事実、この時も降りたのは半分で、私達家族はギリギリセーフでバスに乗れたのでした。

 次のバス停では5人の人が待っていました。その中に杖をついた80代以上とおぼしき年配のご夫婦も。ここで何人か降りたので、バス亭で待っていた人はどうにか全員乗れたと思うのですが、一緒に待っていた女性に乗車を勧められても、老夫婦は「立っては乗れない」と言われて、結局乗られませんでした。しかし、次のバス停が有名な観光地の青泉寮だったようで、ここで多くの人が降りたので、老夫婦も少し我慢をすれば座れたのにと残念に思いました。

 こうした時に機転をきかせて「バス停ひとつ分我慢すれば良いですよ」と乗車を促すことができたら良かったのでしょうが、利用者は殆どが観光客でバスルートに精通しているわけではないし、バスに乗車していた人々全員がことの経緯を見ていたわけではないので、こういう事態になってしまったのかもしれません。

 ここで考えたいのは、年配者の旅行についてです。心構えと言ったらおこがましいかもしれませんが、身体の一部が不自由であったり、体調が万全でない(つい最近も観光地に架かる橋が大雨で崩落して、観光地に孤立した人工透析患者がヘリコプターで救助されたケースがありました)場合、自分が訪れる観光地について十分なリサーチが必要なのではないでしょうか?自分で調べられないのなら、他の誰かに調べて貰うなどして、実際に自分が訪れた場合に不便や危険なことはないのか予め知ることが大切なのではないか?そして対処方法を考えておく。お金で済む問題なら、その為の出費も惜しまない覚悟で。これからますます高齢化社会が進展し、老齢の旅行者も増える一方でしょう。先日も北海道の山で遭難事故が発生したことから明白なように、老齢者自身もリスク管理に自ら気を配る必要があるのかもしれません。往時の体力が失われた分、無理は禁物なのです。 

クリックすると元のサイズで表示します 黒井健絵本ハウスへ到着。黒井健氏は日本を代表する絵本作家、イラストレーターの一人です。私も黒井氏の挿絵が美しい『ごんぎつね』を独身時代から持っています。絵本ハウスと言う名の通り、こぢんまりとした作りの美術館です。しかし、黒井氏の作品世界を引き立てるような意匠になっており、そのセンスの良さが光ります。例えば、2階の天井近くに据えられたステンドグラス、1階トイレ入り口脇の家具。さりげなく配置されていながらも目を引くものが、そこかしこに見られます。

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 左写真が黒井氏の代表作『ごんぎつね』(新美南吉作)の表紙です。黒井氏の名前は知らなくても、この絵をご覧になったことのある人は多いのではないでしょうか?私は『ごんぎつね』と言う物語そのものが大好きで、小学校1年生の頃に繰り返し読んで、泣いたのを覚えています。母親に「なんで同じ読み物を何回も読んで泣いているの?よく飽きないものだわ」と笑われました。それぐらい、好きだったんですね。後にも先にも、これだけ嵌った童話はありません。

 さて、絵本ハウスの近くにある飲食店で昼食をとろうと思ったのですが、いかんせん値段が我が家にとってはベラボーに高い(←あくまでも我が家基準)。我が家は、よほどのことがない限り、昼食にひとり2000円は使いません。ここで食べるのは諦めて、元来た道を歩いて戻ることにしました。絵本ハウスへと向かう車中からおいしそうな「ほうとう」の店の看板を見かけたからです。しかし、雲間から青空も見える下界を、気温の高い昼過ぎに歩くのは大変でした。

クリックすると元のサイズで表示します 30分以上は歩いたでしょうか?左手に、「ほうとう」ならぬ「手打ちそば」の店を見つけました。山だから「そば」もおいしいだろう、と言う腹づもりで、その店に入ることにしました。私が食べたのは「天ざる」。1150円也。値段は高くもなく安くもなく、味もまずまず…しかし、やっぱり私的には、青梅市の吉野梅郷の「梅の内」で食べた「天ざる」が最高だなあ…そばほど、美味い、不味いがハッキリした食べ物はありませんね。不味いそばは食べられたものじゃありません。

クリックすると元のサイズで表示します そばを食べた後は、最寄りのバス停でピクニックバスに乗り一路清里駅へ。3時少し前には駅に到着。東京駅行きの高速バス「清里号」は3時30分発なので、駅舎内のベンチに腰掛け時間を潰すことにしました。ベンチの正面にある駅舎内の売店をふと見ると、あの横川駅の駅弁で有名だったおぎのや「峠の釜飯」が売られているではありませんか?!そうだ!この際だから、今日の晩ご飯は「峠の釜飯」にしようと思い立ち、夫の賛同も得たので釜飯を3つ買い求めました。自宅に持ち帰るまでかなり重かったのですが、かすかに記憶に残っていた昔ながらの味で、懐かしくいただきました。

 1泊2日の短い旅程で、特にアクティブに動き回ったわけでもないのに、それなりに満足の行く旅行が出来たと思います。清里なら都心からも比較的近いですし、アクセスも便利なので、気軽に行けるのが良いですね。特に我が家は自家用車を持っていないので(夫は運転免許を持っていないし、私は運転が嫌いなペーパードライバー)、清里のようなこぢんまりとした規模だと、車なしでも十分楽しめます。ペンション宿泊も楽しく、のんびりできて良かったです。


2009/8/11

2009年夏 清里旅行  国内旅行(旅の記録と話題)

クリックすると元のサイズで表示します 清里滞在の醍醐味はペンション宿泊にあり?!
 
 久々の清里訪問です。息子が小学生の頃に来て以来。果たして身近な高原リゾート、清里はいかように変わったのでしょうか?東京駅八重洲口のバスターミナルから、東京と清里高原を結ぶ直行バス「清里号」が出発して約3時間で、清里高原の玄関口清里駅に到着です。小高い丘に位置する清里駅の駅前広場は、リニューアルを図るべく造成中でした。と言っても前回訪問時の記憶も薄れているので、以前とどう変わるのか見当もつきません。駅周辺を見回しての印象は、一頃のブームの若やいだ賑やかさから、年を重ねて落ち着いた雰囲気になったかな、という感じ。

 駅到着後は早速、手荷物を預けに宿泊先のペンションへ。今回はじゃらんで手配した、駅から徒歩10分ほどの場所にあるペンション、俺ん家゛ひゅって(オレンジヒュッテ)(上の写真)。オルゴール博物館をはじめ、多くのカントリーグッズ・ショップが集積する萌木の村にも近く、なかなか好立地なペンションです。

クリックすると元のサイズで表示します 荷物を預けて、すぐにその足で萌木の村へ。入り口近くに位置する、清里初の喫茶店として37年の歴史を誇る老舗ロックROCKで、まずは腹ごしらえです。

 食べたのは創業以来変わらぬ味で、清里の定番として今も愛されているというビーフカレー。直径30cmはあろうかという大皿にボリュームたっぷりのサラダも添えられて、かなり食べ応えのある一皿でした。クリックすると元のサイズで表示しますカレーもさることながら、サラダがおいしかった。野菜のおいしさに、なぜか「清里に来たんだ〜」って実感が湧きました。1000円でおつりが返ってくる、観光地にしては良心的?なお手頃価格なのも嬉しい。

 夫はROCK自家製?のビールにご満悦です。何でもビールコンテストで1位になったビールらしい。Lジョッキで、ビーフカレーとあまり変わらない値段。しかしビール好きな夫にとって、地ビールを味わうことは、旅の大きな楽しみのひとつであります。下戸な私ですが、その深みのある色に誘われて、ほんの少しだけ味見してみました。グラスを口に近づけた途端、芳醇な香りが鼻に飛び込んで来たのにはビックリ。ビールもウィスキーやワインと同様、香りを楽しめる飲み物なんだなあと初めて知りました。味もなかなかのものでしたよ。

クリックすると元のサイズで表示します【追記 09.08.15】       大空間のロックROCK店内 →

 そう言えば、ロックROCK店内で給仕をしていたのは大学生のアルバイトなのでしょうか?日本人の中に数人の外国人も混じっていました。外国人はもっぱら片付けや冷水の給仕担当のようで、注文は日本人が受けていたことから、日本語はあまり得意ではなさそう。顔つきや醸し出す雰囲気から米国人ではないだろうと思ったのですが、話しかけてみるとフランス人でした。店内は昼時で忙しそうだったので、結局、なぜ彼らがここでアルバイトをしているのかは聞けずじまい。その語学力から来日間もないのか、或いは夏季休暇中の短期留学生なのか…とまれ、若い時に海外で異文化に触れられるのは貴重な体験ですよね。

クリックすると元のサイズで表示します 想像以上のボリュームにお腹が膨れあがって暫くは身動きもとれないと思った私に容赦なく、夫が散策に行こうと言い出しました。食事をした喫茶店ロックの裏手には、鬱蒼とした森が広がっているのです。雨上がりの森の中は、木々が雨に洗われて葉の緑が一層色濃く映え、湿った空気が草の匂いを濃厚に立ち上らせていました。時折、春の鳥であるはずのウグイスが、木立の中からその美声を響かせています。

 整備された散策路なので雨で湿った足下も歩くには何ら支障なく、森の清澄な空気を鼻や口からだけでなく、毛穴という毛穴を全開にして全身に取り込みながら、緩やかなアップダウンの道のりを家族3人で楽しみました。時折林間を抜ける風がヒンヤリと心地良く、身体をなでて行きます。高原ならではの感触です。

クリックすると元のサイズで表示します 夏の観光シーズンとは言え、散策路ではすれ違う人がそれほど多くはなく、森に抱かれた安堵感で、過密な都会生活で知らず知らずのうちにすり減った神経が癒されるのを感じます。大学時代、通学電車内の広告で知ったのですが、森林にはフィトンチッド(phytoncide)*と呼ばれる、樹木が発散する化学物質が数多く存在するらしく、それが森林浴による癒し効果を高めるのだそうです。

* フィトンチッド (phytoncide) とは、微生物の活動を抑制する作用をもつ、樹木などが発散する化学物質。植物が傷つけられた際に放出し、殺菌力を持つ揮発性物質のことを指す。(ウィキペディアより)

クリックすると元のサイズで表示します 今回の清里滞在のテーマは「心穏やかに過ごすこと」。初めての場所を訪ねた時のような、慌ただしい観光地巡りは不要なのです。ただただ、のんびりと清里で過ごす。高原リゾート清里の風情を満喫する。

 私達家族は散策の森を抜け出た後、カントリーグッズ・ショップが立ち並ぶ萌木の村を、空模様を見ながらのんびり一巡すると、3時過ぎにはペンションへと戻りました。写真は途中で降って来た雨を避ける為に雨宿りをした木の下で、ベンチに腰掛けながら撮ったものです。密生した木の葉の雨よけ効果が、想像以上に高かったのが印象的でした。ショップの佇まいは4年前に訪ねた英国郊外のショップにそっくりで、どこか懐かしく感じられました。遠く離れた日本で、よく再現できているものだと思います。

写真左は「ロックROCK」の外観。右は「萌木の村」内にあるメリーゴーランド。実際に動きます。
クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 築20年を越える老舗ペンションらしいのですが、手入れが行き届いていて、けっして古さを感じさせません。寧ろダイニングの堂々とした梁など、無垢の木が飴色に艶めいて、重厚感と温かみを醸し出しています。

→部屋に入るなり、真ん中のベッドを占拠した息子…オイオイ

 今回、宿泊した部屋はユニットバス付きの部屋で、ペンションでは一番広い部屋だったようです。ツインにエキストラベッドを入れてもらった形。1泊2食付きです。部屋も掃除が行き届いていて清潔感があり、カントリースタイルの設えは、清潔だけれど味気ないホテルの部屋より、心落ち着けそうです。比較的車の往来の激しい通りから100mほど入っただけの立地なのに、驚くほど静かです。窓からは緑の木立が見えます。駅からのアクセスの良さと静けさはなかなか両立しないものですが、このペンションは見事に両立。電車やバスなどの公共交通機関で清里を訪れる方に、特にオススメです。

クリックすると元のサイズで表示します ダイニングやリビングルームには、洋の東西を問わないさまざまな装飾品が所狭しと飾られているのですが、違和感なく解け合って独特の味わいです。オーナー製作のステンドグラス製品をはじめ、殆どがハンドクラフトだからでしょうか?これだけ物が多いと掃除が大変だろうなあと思うのですが、私達家族が荷物を預けに初めてペンションに行った時も、ペンションを創業した先代のおばあちゃんが、床の拭き掃除の真っ最中でした。掃除だけでもかなりの時間がかかるようです。維持管理は想像以上に大変なんでしょうね。(写真は宿泊した部屋)



2009/8/8

先ほどのテーブルランプは  携帯電話から投稿

胴体の部分にも、明かりが灯るんです。とてもロマンチックですよ。

オーナーはステンドグラス工房を構えておられるらしく、ペンション内の至るところで、写真のようなオーナーの作品が使用されています。

今、高速バスで帰路の途中ですが、ETC割引の影響か、交通渋滞に巻き込まれて、到着予定時刻を大幅に遅れそうです(ToT)。
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2009/8/8

素敵なテーブルランプ  携帯電話から投稿

宿泊先のペンションのオーナー手作りです。
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