2009/2/23

第81回米アカデミー賞を見たよ♪  映画(今年公開の映画を中心に)

今年は『スラムドッグ$ミリオネア』YEARでした!

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レッド・カーペットでは、やはり女優陣のゴージャスなドレスがみどころ。特に人気のデザイナー、ヴァレンチノ氏ご本人も登場しました。私のイチオシはやっぱり、ペネロペの80年前?に作られたと言うヴィンテージ・ドレスかなあ…髪をアップスタイルにした彼女は、往年のオードリー・ヘップバーンを彷彿させます。女優としての彼女は、作品の為ならフルヌードも辞さないプロ根性の塊のような人だけれど…助演女優賞の受賞スピーチ「映画は世界をひとつにします。映画を守りましょう」も素晴らしかったです!

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今回のアカデミー賞の演出は出色ですね。オープニングから楽しめました。トニー賞受賞歴もある司会のヒュー・ジャックマンが歌い踊りながらノミネート作品を紹介。6分間に及ぶ見事なパフォーマンスです。

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しかも今回は各演技賞で、歴代の受賞者の中から5人がステージに登場し、ひとりひとりが順送りに、ノミネートを受けた俳優を賞賛のメッセージと共に紹介。それに聞き入っているノミネート俳優の感激の表情に心を打たれました。歴代の先輩俳優に褒められるなんて…このような心憎い演出はかつてなかったこと。アカデミー賞の長い歴史と層の厚みを今更のように感じたシーンでした。

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【受賞作品もしくは受賞者(発表順、賞によっては作品名のみ)】

■助演女優賞:ペネロペ・クルス 
  『それでも恋するバルセロナ』

■オリジナル脚本賞 :『ミルク』

■脚色賞:『スラムドッグ$ミリオネア』

■長編アニメ賞:『WALL/E』


■短編アニメ賞:『つみきのいえ』 加藤久仁生氏…邦画初受賞おめでとう!

【2009.02.24追記】

加藤氏はROBOTと言う映像製作会社の社員なんですね。多摩美大卒の31歳。ニュース報道でご両親の言葉がありましたが、本来おとなしくて目立つことが嫌いな方だとか。しかし子供の頃から絵を描くことが好きで、ニュースでは小学生時代に描いたと言う鉛筆描きのマンガも紹介されていました。好きなことで認められるのは、本当に幸せなことですね。

■美術賞:『ベンジャミン・バトンの数奇な人生』

■衣装デザイン賞:『ある公爵夫人の生涯』

■メイクアップ賞:『ベンジャミン・バトンの数奇な人生』

■撮影賞:『スラムドッグ$ミリオネア』 アンソニー・ドッド・マントル

■短編実写映画賞:「トイランド」(ドイツ)

さらに半ばにはディーヴァ、ビヨンセを迎えてのヒュー・ジャックマンとのミュージカル・メドレー。両脇にはザック・エフロンを筆頭に次代を担う若手スター達、背後には大勢のダンサーを従えています。歌唱はもちろん、ダンス・パフォーマンスも圧巻でした!

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■助演男優賞:『ダークナイト』 ヒース・レジャー

ヒースが故人なので、彼の家族、両親と妹が代理でオスカー像を受け取り、受賞スピーチを行いました。

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■視覚効果賞:『ベンジャミン・バトンの数奇な人生』

■音響編集賞:『ダークナイト』

■録音賞:『スラムドッグ$ミリオネア』

■編集賞:『スラムドッグ$ミリオネア』

■ジーン・ハーショルト友愛賞(長年の社会貢献に対して):ジェリー・ルイス
ジェリー・ルイスは長年に渡り、筋ジストロフィー患者に対して累計10億ドルにも及ぶ援助活動を行って来たらしい。

■作曲賞:『スラムドッグ$ミリオネア』

■歌曲賞:『スラムドッグ$ミリオネア』 ”Jai Ho”

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■外国語映画賞:『おくりびと』…邦画初受賞おめでとう!

日本人としては快哉を叫びたいところですが、受賞式は割とあっさりとした進行で、滝田監督の短めのスピーチが終わると、追い立てるように退場の音楽が流れました。滝田監督の仕草を見ると、主演のモックンにもスピーチを勧めていたように見えました。先ほどの短編アニメ賞の加藤監督もそうでしたが、言葉の壁は大きいですね。母語ならもっと含蓄のあるスピーチができたであろうに、と思います。国内向けのスピーチの内容との乖離が大き過ぎて悲しい。他の受賞者は英語圏の人はもちろんのこと、非英語圏の人々も自在に英語を操り、見事なスピーチをしています。こういった場面を目にする度に、(悔しいけれど)今や英語が国際語として幅をきかせている以上、日本人の英語下手が残念に思います。

今後は日本の存在感をアピールする為にも、海外の公の場で発言する機会のある人は、英語で最低限のコミュニケーションは取れるようにして欲しい。米アカデミー賞では「まさか自分が受賞できるなんて」と言う謙遜はやめて、せめて丸暗記でも良いから入念に練られた受賞スピーチを用意して、受賞式に臨んで欲しい。或いは正式に通訳を立てた方が良いと思います。ハリウッドスターが来日会見で通訳を立てているように(【2009.03.06追記】←滝田監督の話によれば、アカデミー賞受賞式では通訳を立てることは原則禁止のようですね。さらに改めて受賞スピーチを見ると、非英語圏出身者で見事なスピーチをしているのは、人前で”表現”するのが仕事の俳優陣だけですね)

【2009.02.24追記】

『おくりびと』の外国語映画賞受賞は、米国マスコミでも”サプライズ”として受け止められていて、予想外の受賞だったようです。下馬評ではイスラエルのアニメ(内容はどうもイスラエル・パレスチナ紛争を題材にしたもの)か、と言われていたんですよね。しかし、未曾有の経済不況や各地での絶え間ない紛争などで疲弊した人々の心には、本作の”癒しの物語”が受け入れられたのかもしれません。


◆『おくりびと』私的レビューはこちら
 
■監督賞:ダニー・ボイル 『スラムドッグ$ミリオネア』

■主演女優賞:ケイト・ウィンスレット 『愛を読む人』

■主演男優賞:ショーン・ペン 『ミルク』

ショーン・ペンが謝辞の筆頭に「親友の…サト・マツザワ」と言う日本人名を挙げたのにはビックリしましたが、ショーン・ペンのパーソナル・アシスタント(日本で言うところの”付き人”みたいですね。女性で、もう長く務めておられるらしく、ペンの作品のクレジットにも登場する)なんだそうです。米国でもスピーチ直後、「サト・マツザワって誰だ?」と話題になり、当初は男性か女性かも不明だったので、学校時代からの友人か、サーフィン仲間かとの憶測も飛んだようです(笑)。

■作品賞:4月の公開が待たれる『スラムドッグ$ミリオネア』

ノミネート最多13部門で話題を呼んだ『ベンジャミン・バトンの数奇な人生』との直接対決ではことごとく勝って、結局今年のアカデミー賞の顔となった本作。あのダニー・ボイル監督がボリウッドと組んだ意欲作です。期待大。

ところで『クイズ・ミリオネア』は英国発祥のクイズ番組で、今では世界70カ国のお国バージョンで放映されているらしい。日本版は最近もっぱらセレブ出演番組になってしまって、「芸能界内でお金回してどうすんのよ」って気がしないでもない。このクイズ番組は本来視聴者参加型で、一般人が四者択一のクイズで一攫千金を狙えるから人気を博したはずなのに、日本では司会者と出演芸能人(有名人)のやりとりがウリになってしまった。芸能人(有名人)なんて、こんな番組を利用しなくても自分の才能で稼ぎ出せば良いのに。否、稼ぎ出せるでしょう?

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◆受賞スピーチはこちら(英語です)

2009/2/18

(3)マンマ・ミーア!(原題:MAMMA MIA!)  映画(2009-10年公開)

ミュージカル映画としての完成度はさておき、楽しみましょう♪

既に昨夏には欧米で公開されていたこの作品。真冬の日本にギリシャの目映いばかりの陽光と暖かな風を運んで来た。それにしても待たせるなあ…

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ミュージカル『マンマ・ミーア』が上演された
ロンドン、ウエスト・エンドのプリンス・オブ・ウェールズ劇場


言わずと知れた、1999年にロンドンのウエスト・エンドで初演の舞台ミュージカルの映画化作品である。私は2006年春に、上掲の写真の劇場で舞台を見た。さすが皇太子の称号を冠した劇場だけあって、外観も内部もゴージャスだった。ticketmasterと言うサイトでオンライン予約して息子と二人分のチケットを確保したのだが、運良く前から2番目の真ん中に近い席が取れ、1mも離れていない所にオーケストラ(バンド?)の指揮者がいた。舞台下にはオーケストラ(バンド?)が控えており、奏者の表情も見えるほど。舞台上の出演者の飛び散る汗も届くような近距離だった(笑)。なんでも、舞台クライマックスでは観客も総立ちで一緒に歌い踊ると聞いていたが、マチネーで子供連れが多かったせいか、それほどでもなかった。

とにかく、これはABBAの音楽を楽しむミュージカル。”歌自身が持つ魅力が全て”と言って良い作品なのかもしれない。始めにABBAの音楽ありきで、ABBAの音楽が持つ明るさ、大らかさ、温かさ、優しさを味わう為に、無理矢理こじつけてミュージカルに仕立てたようなもの(笑)。巷では、そのストーリーの他愛のなさを指摘する声もあるが、そもそも芸術の中の芸術、総合芸術と呼ばれるオペラだってストーリーは他愛のないものが多い。最近、パブリック・ビューイングを利用してMETやUKのオペラを何本も見ているが、その多くは愛だの恋だのと歌っている。それを大仕掛けの舞台装置やドラマチックな歌唱で、高尚な芸術に昇華させているに過ぎない(って言ったら言い過ぎか(^_^;)しかし、そう考えるとオペラがより身近に感じられるのも事実)。

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映画が舞台に勝るのは、やはりロケーションの魅力だろう。舞台では視点は一点のみだが、映画ではさまざまな視点から、物語の舞台を、人々の姿を映し出す。ギリシャと言ったらエーゲ海。あの陽光降り注ぐ紺碧の海は、それだけで見る者の心を解き放つ。そもそも北欧スウェーデン生まれの歌が、ギリシャを舞台とする物語にうまく嵌ったのが不思議だが(と言うか、やはり無理矢理嵌め込んだ?)。

ドナ役のメリル・ストリープは9.11事件後にNYのブロードウエイで、舞台版を見て以来、その突き抜けた明るさにフアンとなり、ふたつ返事でドナ役を引き受けたそうだ。意外にも彼女にとって初のミュージカル作品だが、学生演劇出身の彼女は学生時代にはよくミュージカルに出演していたらしい。それでも女優として既に揺るがない地位を築いた彼女が、新たな分野に挑戦する、そのチャレンジ精神は天晴れとしか言いようがない。来年には還暦を迎えようとしている彼女が、画面狭しと弾けまくっている(笑)。群舞で揃わないのはご愛敬か。歌唱はけっして上手くはない(音域が狭いかな?)が、演技派なだけあって情感豊か。

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この映画はなんと言っても女性が主役。総じて男性陣は影が薄い(個人的にはコリン・ファースが大好きなんだけれど。彼もすっかりオジサンになっちゃった。しかも今回の役は…!)。これは女性、しかもABBA世代(40〜50代)には堪らない作品だろうが、果たしてそれ以外の人にはどうなんだろう。とにかく、今の時代、最も元気な世代をさらに元気にさせる映画であることは間違いないと思う。

因みにタイトルの『マンマ・ミーア!(MAMMA MIA!)』はイタリア語で、直訳したら「私のお母さん」。しかし会話では「なんてこった!」と言うような驚きを表す意味で使われる。英語の"Oh my god!"や"Oh my goodness!"に近いニュアンスかな。この作品は確かに「なんてこった」なストーリー展開だし、母子の物語でもあるので、両方をかけたタイトルとして解釈できるだろうか。

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2009/2/15

企業の要はやっぱり”人材”  はなこ的考察―良いこと探し

未曾有の消費不況と言われる中、大手企業が大幅減益等を理由に、次々と大規模な人員削減を行っている一方で、増収増益を続けている企業もある。真っ先に浮かぶのは「任天堂」だが、ここでは靴小売業「ABC MART」について取り上げたい。この企業は最近NHKで2度取り上げられた。今朝も「経済羅針盤」と言う番組で、野口実社長(43歳)を迎えて、その躍進の秘密がレポートされた。以下は、その番組から。

企業業績の浮沈を握るのは店員力

ABC MARTは7年前に株式上場を果たしたばかりの、伸び盛りの企業だ。その成長を支えているのは、店員から社長にまで上り詰めた野口社長の、積極的な店舗拡大策に代表される攻めの経営姿勢と、各店舗に配置された店員ひとりひとりの高い販売能力である。それが、商機を逃さない→好業績に繋がっている。


◆積極的な店舗拡大策

野口社長は就任以来、店舗拡大を積極的に進め、現在ABC MARTは全国に450店舗を構える。こうした拡大路線は以下のことを可能にした。

店舗間で在庫を融通しあう

地域によって売れ筋商品には大きな違いが見られる。
→気候風土による需要の違い、消費者の色やデザインの好みの違い

全国規模のネットワーキングで、地域特性を考慮した在庫調整を行い、在庫商品を減らす。

■大量一括仕入れで、仕入れ価格を引き下げる

スケールメリットを生かして一括して大量に仕入れることで、一般メーカー品だけでなく、ブランド品のコストダウンも可能に。


◆店員の高い販売能力

意外にも、ABC MARTは同業他社の店舗に比べ、店員の配置率が40%高い。しかも正社員である。

「個々の販売能力が高ければ、高い人件費を補って余るほどの収益を上げることができる。」と社長。

マニュアルに依存しない

マニュアルで細かく規定すると、通り一遍の接客しかできなくなる恐れがあるからだ。必要最低限の技術、マナーは押さえた上で、個々の店員が自分の頭で考えて接客にあたるよう促している。
→店員ごとの売り上げデータはこまめに更新するようにし、それを随時店員が意識することで競争意識を高める。

■現場第一主義

かき入れ時の週末は人事や仕入れ担当など、本社の管理部門の社員も店舗に動員して、接客に当たらせる。その為、会社の定休日は金曜日。社長自ら店頭に立つことも珍しくない。
→仕入れ担当者は「今、市場ではどんな商品が求められているのか?」、人事担当者は「今、店員に必要なスキルは何か?どのような店員が求められているか?」を知る絶好の機会に。


(消費者の)買いたい時が、(商品の)売り時=商機

商機を逃さない接客の裏技?】

1)客の来店時には「いらっしゃいませ」と明るく声かけ

店の活況を印象づけると共に、店員は「自分の手が空いていますよ」と言うアピールにもなる。
→客の立場から言えば、気に入った商品があっても、近くに店員がいなくて困ることがままある。すぐに接客して貰えるのは嬉しい。

2)作業をしながらの声かけ

押しつけがましくない接客態度を心がけて、客に快く買い物をしてもらうような店内の雰囲気作り。

3)店員自身の体験談を交えて接客する

実際に商品を使っての使用感や、使用する際の注意点などを具体的に述べて、客の購買意欲を高める

4)客が靴のサイズに迷った時には、まず大きめのサイズから薦める
→最初に小さい方を薦めると、きつかった場合に商品自体の使用感、イメージを損ねてしまう恐れがある。

5)レジでは精算時、靴だけでなく、最後の一押しでもう一品(手入れ用品等)薦める。


不況下では、客は「自分にとって、この商品は本当に必要なのか」と、いつも以上に吟味して商品を買い求める。その購買意欲をいかにして高めるかが店員の力量の見せ所である。

【感想】

店での店員の様子を見ると、とにかく走る、走る。店頭に客の求める商品のサイズがないと分かれば、倉庫へ走って取りに行く。客の求める商品がないと分かれば、近隣の店舗に在庫を問い合わせ、走って取りに行く。その一生懸命さが、客を逃がさないのだと思う。その直向きさは清々しい。それは人材を蔑ろにしない企業トップの経営姿勢が可能にしているのだろう。顧客重視の姿勢も、確実に消費者の心を掴んでいるように見える。

最近、雇用の調整弁とも言われる派遣を容赦なく解雇する風潮が見られるが、目先の利益に汲々として、人材育成を正面から否定し、人間を人間として真っ当に扱わない雇用形態の非情さが、ここに来て露わになっていると言えるだろうか。もちろん、個人の努力(自ら高めようとする意識、向上心)の有無も問われるべきだが、その為の環境作りは、企業や社会の責任だと思う。天然資源に乏しいこの国で、最も価値のある資源は人材だ。それを大事にせずして、この国の未来はないと思う。

ABC MART公式HP

2009/2/14

理想のかたち〜誰もが、その存在を尊ばれる社会  はなこ的考察―良いこと探し

先日、テレ朝の「ニュース・ステーション」で、素晴らしい会社のことが紹介されていた。まず、その会社の会長が言われた言葉に深い感銘を受けた。

人間の究極の幸福は、以下の4つです。

1.愛されること
2.褒められること
3.役に立つこと
4.人に必要とされること

それを障害者雇用と言う形で実践されている。そのきっかけは50年前に遡ると言う。その当時、ある養護学校の先生が会社を訪ねて来られた。卒業生の就職受け入れの要望だった。難色を示す会社に、その先生は言われたそうだ。

「このままでは、この子達は、一生働く喜びを知ることなく、人生を終えてしまうのかもしれないのです。」

この言葉に心を動かされた会社は、職業体験という形で生徒を2名、限られた期間(2週間?)受け入れることにした。すると、体験期間が終了を迎えた時、従業員から、生徒達の継続雇用を訴える声が上がった。

「わからないことがあれば、私たちが教えてあげます。面倒を見ます。ですから、この子達を雇ってあげてください」

生徒達のひたむきな働きぶりに、感銘を受けた従業員の心からの訴えだった。レポートでは、その時以来、50年間働き続けている女性も紹介された。彼女は嬉しそうに、こう言った。

「ここで働いて50年を迎えたので、今年9?歳になるお母さんが、お祝いにお赤飯を炊いてくれました」

この最初の障害者雇用以来、この会社は積極的に障害者を雇用し、今では雇用者の50%以上を占めると言う。工場長は、営業活動で苦境に立たされた時、彼らの「頑張ってね」の言葉に励まされ、その恩返しに今も精力的に営業活動を続けている。まさに、健常者と障害者が共に助け合って生きる社会が、この会社で実現している。

「障害を抱えているから無理」ではなく、どうしたら、そのハンデキャップを軽減できるか、作業工程の簡素化やワーク・シェアリングや丁寧な指導など、さまざまな工夫を凝らして、障害者に働く場を提供している。

そもそもHPを覗いてみると、この会社は昭和12年に、白墨を使用する教師の肺結核の多さを懸念して、米国と同じ炭酸カルシウムを原料としたチョークの開発に着手したと言う逸話が残っている。その出発点から、「人を大事にする」会社なのだ。現在も、北海道で廃棄に苦慮していたホタテ貝の貝殻を原料に、折れにくく、粉が出ない「ダストレス・チョーク」を開発し、チョーク業界では7割のシェアを誇る。この主力商品は、環境にも配慮した画期的な発明と言える。

社員のひとりひとりが、生き生きとした表情で働く職場の様子に、社会のひとつの理想的な在り方を見たような気がした。この素敵な会社の名前をご紹介します。

川崎市にある「日本理化学工業株式会社」と言う会社です。興味をもたれたなら、会社のHPを覗いてみて下さい。

日本理化学工業株式会社

2009/2/11

(2)レボリューショナリー・ロード〜燃え尽きるまで  映画(2009-10年公開)

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「青い鳥」に気づけなかった夫婦の物語

かの『タイタニック』以来11年ぶりの共演でも話題となったレオナルド・ディカプリオ×ケイト・ウィンスレットの主演作である。監督は舞台演出をキャリアの出発点に、初映画監督作『アメリカン・ビューティ』(1999)で米アカデミー監督賞、作品賞を受賞したサム・メンデス(ケイト・ウィンスレットの夫でもある)。その冷徹な人間観察に基づく人物描写は容赦なく、時に痛々しいまでに登場人物の心を丸裸にする。今回もその演出は冴えわたり、見る者の心に鋭く突き刺さるような葛藤のドラマが展開した。

【あらすじ】

時代は1950年代、米国は高度経済成長期を迎えていた。フランク(レオ)エイプリル(ケイト)は娘と息子の二児に恵まれ、コネチカット州郊外のレボリューショナリー・ロードと呼ばれる新興住宅街に小綺麗な住居も構え、傍目には幸せな中流家庭の暮らしを実現しているかに見えた。

しかし二人は現在の生活に、内心納得の行かないものを感じていた。かつて描いていた理想と現実のギャップに、悶々としていた。特に、女優を志したエイプリルにとって、「平凡な郊外での暮らしに埋没すること」は受け入れ難い現実だった。彼女は夫のフランクに訴える。「かつての私たちは輝いていた。私たちはここの住人の誰よりも優れている。このままでいいの?」〜そして、フランクの30歳の誕生日に、パリへの移住を提案するのである。

「思い切って貴方は仕事を辞め、自宅を売り払い、一家でパリへ移住する。パリでは貴方の代わりに私が国際機関で秘書として勤め、家計を支えるわ」〜エイプリルの突拍子もない提案に最初は戸惑ったフランクも、次第にその気になって…しかし、運命の歯車は思わぬ方向へと二人を導いて行く。

【感想】

辛辣な人物描写が印象的だ。登場人物全員が、悪人とは言わないまでも、その言動に何かしらの毒を含んでいる(キャシー・ベイツが登場した時点で毒を感じたのは配役の妙?)。他人の成功を妬み、失敗に安堵する。自分たちの幸福を、他人の不幸で相対化する。ここでは善意も友情も薄っぺらい。出る杭は、必然的に打たれるものなのだろうか。

ただし、人間関係も鏡のようなものだ。”自分たちは選ばれし者”と言う、主人公達の傲慢さや独善性が、周囲の悪意を呼び覚ましてしまったとも言えるのだ。彼らが優位に立つ限りは周囲も美辞麗句で賞賛するが、一旦ほころびが見つかるや、周囲は手のひらを返したように冷たく突き放す。強気であればあるほど、失敗には手痛いしっぺ返しが待っているのだ。

個人の上昇志向は、国勢も上向きだった時代にはそれほど珍しいことではなかったのかもしれない。”フランスに行きさえすれば道が開ける”とは暢気なものだ。数年間も専業主婦だった女性が、いきなり国際機関の秘書業務に就けるものなのか?そうした楽観主義も、”いけいけどんどん”な高度経済成長の時代の空気が生み出したものなのか?

しかし、過剰な上昇志向は、そうでない者には”鼻につくもの”であり、妬まれる要因にもなる。”現状に安住し、新たな一歩を踏み出せない、意気地なしの現実主義者達(←しかも、こちらの方がマジョリティ)”を、内心蔑んでいた主人公達は、その傲慢さが周囲の人間達には見透かされていたのかもしれない。

主だった登場人物の中でも、マイケル・シャノン演じるジョンの吐き出す言葉は、そのことごとくが真実を衝いて、主人公二人の心を掻き乱す。ドラマの中ではキー・パーソンとも言える存在だ。彼が登場する度に、見ているこちらまで緊張した。

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それにしても、過剰な上昇志向がもたらした結果は、あまりにも哀しい。主人公達は既に確かにある幸福に気づけずに、さらなる幸福を求めて”外”を目指した。しかし、幸福とは”外”にあるのではなく、自らの”内”にあるものなのではないか。それに気づけなければ、どこまで行っても、いつまで経っても充足感は得られないと思う。

【気になったこと】

ヒロイン、エイプリルのチェーン・スモーカーぶりには驚いた。喫煙は彼女の苛立ちを表す重要な行為なのかもしれないが、それにしても凄い。調べてみると、1915〜1950年にかけて、米国では急激に煙草の消費量が増えたそうだ。当時は喫煙行為と健康被害の因果関係についての調査もなされておらず、喫煙は嗜好品として堂々と市民権を得ていたようだし、女性の社会進出とも関係があるのだろう。それでも彼女のチェーン・スモーキングは常軌を逸している。その異常なまでのニコチン依存は、彼女の精神的均衡の喪失を暗示しているかのよう。

【スピーチ・ライター】

オバマ米大統領の演説原稿を手がけているのが、若干27歳のスピーチ・ライターと報道されて驚いたばかりだが、そもそも私はスピーチ・ライターなる存在も知らなかった。実は、この映画の原作小説の作者、リチャード・イェーツは、当時の司法長官ロバート・ケネディのスピーチ・ライターだったらしい。演説の骨格はスピーカー自身が作るものだろうが、それに肉付けするのはスピーチ・ライターの役目のはず。さまざまなデータの裏付けを取り、社会動向を見極めた上で聴衆の心を掴むような内容にまとめ上げる。そういうスピーチ・ライターの仕事は、彼の小説作りにも大いに生かされたのではないかと想像する。特に時代の空気を読み取るのは、彼の最も得意とすることだったのではないかな?


『レボリューショナリー・ロード〜命燃え尽きるまで』公式サイト 

2009/2/6

かんぽの宿、オリックスへの譲渡問題  はなこのMEMO

宿泊・保養施設「かんぽの宿」のオリックス不動産への譲渡問題。どうやら鳩山総務相の物言いから、ついには野党まで動き出して、この件は白紙となるようだ。

しかし、しかし、一国民として腹に据えかねるのは、そもそもこうした不採算事業(年間40〜50億円規模の赤字!)を、どうして適正な事業計画もないまま日本郵政公社の前身、郵政省は始めたのだろうねえ?そのことの責任追及なしに、譲渡手続き問題だけが大きく取り沙汰されるのが腑に落ちない。

郵政省がこの「かんぽの宿」事業に投入した資金は、元を辿れば国民の預貯金だよね?その投資が回収できないこと自体、とんでもないことだ。民間企業なら考えられないことだよ。投資額に見合うだけの利益を上げることもできない事業に多額の資金を投入するなんて?!なんて大甘な需要予測なんだろう。

官主導の事業の問題点は、損益をあまりにも考えなさ過ぎること(社会にとって、それがどうしても必要なものならともかく)、失敗した場合に誰も責任を取らないことだと思う。昨日で就任1年を迎えた大阪の橋下知事も、関西国際空港の大幅赤字に関して、官の経営感覚の無さを指摘していたけれど、まったくもって、この無責任体質には怒りを覚えてならない。世界有数の経済大国が、こうした杜撰な事業の数々で、世界有数の借金大国に成り下がり、貧困国に向かって転がり続けている。

息子が卒業した、築50年のボロボロの小学校の校舎(今、地震が起きたら、ひとたまりもないぞ!)を見ながら、「この国は誰の為にあるのか」と溜息をつくばかりだ。

【参考サイト】
↓私が常々愛読している貞子さんのブログには、この件に関して以下の通り興味深い記事があった。一体、何が真実なのか?(ちなみに貞子さんはアルファブロガーです)

霞が関と邦銀大手が敵視、「かんぽの宿のオリックス」は庶民の味方

2009/2/3

子供に育てられる  はなこのMEMO

最近は一般人でも「でき婚」(所謂、妊娠をき っかけに結婚すること)は珍しいことではないが(実際私の2人の妹もそうだったし(^^;))、若い芸能人カップルの結婚には、特にこのケースが多いような気がする。個人的には若いカップルが二人の絆を深める間もなく、親になる心の準備もないままに妊娠して、一度に結婚生活と親業を始めることには、その継続に懸念を抱いている。印象として「でき婚」カップルは、そうでないカップルに比べ離婚率も高いように思うのだが、実際のところはどうなのだろう?

以前、「でき婚」後ほどなくして離婚してしまったアイドル歌手、今井絵理子について、批判めいた記事を書いたことがある。その今井絵理子は昨秋、10年近く休止していた所属グループ「SPEED」の活動を再開させた。そのきっかけのひとつは、今4歳になる息子が生まれながらに聴覚障がい者であることを公表したことだった。今日の日経夕刊の「子どもと育つ」と言うコーナーに、その彼女へのインタビュー記事が掲載されていた。彼女の人間としての成長が滲み出た内容で、私は素直に感銘を受けた。子育ては人を成長させてくれるものなのだなあ…と改めて思う。以下はその記事の抜粋(漢字表記は記事の通りに)。

◆生後3日目で障害が分かった時は、涙ってこんなに出るのかというくらい泣いた。でも翌日には、どう育てていくかと頭を切り換えた。今、笑顔でいられるのは、その後に出会った母親仲間のおかげ。子育てで一緒に悩み、考えられるようになったからだ。

元々自分は人見知り。息子が生まれてくれたからこそ、人と人のつながりの大切さを学ぶことができた。今は自分が励まされたように、母親仲間を「独りじゃないよ」と励ましてあげたい。息子が私を母親に選んだのは、この役割を与えるためだったのではと思っている。

◆一番辛かったのは2歳の頃。息子が言いたいことをわかってあげられない。息子ははがゆさから、かんしゃくを起こしていた。でも、二人で手話を習い始めてからはうまくいくようになった。(中略)こちらも一生懸命勉強して、彼の思いを受け止めないといけない。

◆手話では表情も大切。息子は耳が聞こえない分、目でたくさんのことを感じている。だから、いつも息子と同じ目線で表情を見せる。どんなに仕事でストレスが溜まっていても、彼にはしかめっ面は見せない。(後略)。

◆(前略)彼には「聴覚障害はあなたの個性。不便ではあるけど不幸ではない」と伝えていきたい。人一倍努力しないといけないだろうが、その分、楽しみや喜びも多く感じることができるはず。私自身の後ろ姿で、そのことを伝えたい。

今は彼を授かって本当に人生で得をした気分。昔は想像もしなかったことを学べるし、より多くの喜びや悲しみも味わえる。沖縄には「なんくるないさぁ」という方言がある。どうにかなるさという意味だ。私はこのプラス思考を両親から受け継いだ。彼にも「何事もなんくるなるさぁ」の精神を伝えていきたい。

私は叔母のひとりが知的障がい者で、一時期一緒に住んだこともあったので、障がい者は身近な存在だった。しかも現在は障がい児も健常児と共に義務教育を受ける統合教育が一般的にもなっているので、子ども達にとっても障がい児はけっして遠い存在ではないし、息子たちを見ても互いの違いを受け入れて共に育っているのを感じる★1(←但し、その為には学校側の細心のケアが欠かせない)。もちろん障がいの程度に応じて、相応の専門的教育を受ける体制も整っていることが前提だ。

それでも一部の母親には未だ偏見が残っていて、徒にその存在を恐れたり、煙たがったりする人もいる。ある人は「障がいを持って生まれたお子さんは、自分達の子どもに成り代わって障がいを引き受けて生まれてくれた有り難い存在」というような発言をされていたが、これはこれで、健常児の親としての傲慢な発言とも受け取れて(悪気なないんだろうけれど、何だか障がいを得たことが”外れクジ<当たりクジ?>”と言っているようにも聞こえて)、私は素直に頷けなかった。

今井絵理子さんは、何より息子さんのありのままを受け入れ、息子さんを通して多くのことを新たに学んだだけでなく、溢れるような感謝の思いで日々を生きながら、多くの人々に対して力強いエール(応援メッセージ)を送っていることが素晴らしいと思う。彼女の歌手活動を通じて、中学生の頃からの彼女を知っているが、立派な大人になったなあ、頼もしい母親になったなあと、その成長には感慨深いものがある。その成長を促したのは他でもない、聴覚障がいを持って生まれた息子さんとの出会いだろう。その意味では、彼女の「でき婚」にも大きな意味があったのだろう。人生で経験することに無駄なことはひとつもないのだと、彼女の人間的成長を目の当たりにして、改めて思い知らされたような気がする。

★1 以前、テレビでボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中に自宅が砲撃を受け、大やけどを負った少女が日本のNGOの援助で度々来日し、手術を受けているレポートを見た。その中で戦争の惨禍を訴えるために小学校を訪問するシーンがあったが、そこでも大やけどの後遺症で容貌に損傷のある(何度かの手術でだいぶ改善はされている)彼女を見た小学生は「気持ち悪い」「怖い」と言う容赦ない言葉を初対面で吐きながらも、一度うち解けて(=受け入れて)しまえば、彼女と屈託なく楽しげに会話していた。「子どもとは、そんな存在なのです」と付き添いのNGOの女性も、偏見に囚われない子どもの鷹揚さ、柔軟性を称えていた。だからこそ、子ども時代にさまざまな経験、見聞を通して視野を広げることは大事なんだと思う。

【追記】

彼女が息子さんの聴覚障害を公表したのが日テレの番組「24時間テレビ」中であったことを私は知らなかったが、その際に賛否両論あったことも知らなかった。ネット上のコメントを見るとかなり激しい批判もあったが、どんな言動であれ、さまざまな考えの人々がいる以上、多少の批判は避けられないことだろう。

しかし人間は自覚的に生きることによって絶えず成長することができる存在だと思う。彼女の過去の言動だけを見て、現在の彼女を批判することに何の意味があるのだろうか?彼女の人生において、彼女の過去の過ちを引き受けるのは彼女自身である。そのことによって息子さんも少なからず影響は受けるだろう。しかし、それが親子関係でもある。否応なく親と言う存在に振り回されるのも、子どもの運命のような気がする(だから、何でこんな親のもとに生まれたんだろうと悩むことになる)。誰しも自分自身を振り返れば思い当たることがあるのではないだろうか?

そもそも完璧な人間なんていない。その完璧でない人間が他者を批判することは、かなり高いハードルをクリアして初めて可能なことなのではないだろうか?そうでなければ、ただのイジメでしかないような気がする。他者を批判する前に、自分自身がそうするに値する人間なのか、常に自問する必要があるのかもしれないなあ…自戒を込めて

2009/2/1

ボランティア研修〜コミュニケーション力強化  ボランティア活動のこと

先週、美術館のボランティア向け研修に参加しました。今回の講義は平たく言えば「コミュニケーション力の強化」。講師はNHKのエグゼクティブ・アナウンサー、石澤典夫氏です。石澤氏は長らく『新・日曜美術館』の司会を務めておられた方で、美術への造詣も深い。

前段として…

美術作品の解説は、観光案内とは違う

=作品の解釈、評価は様々、時代によって違う
→現時点の正確な情報を伝えること。共に見る、共に考える姿勢が大切。


パブリック・スピーキングの重要性

パブリック・スピーキングとは、公の前で、自分の思い、自分がどのような人間であるのかを、的確な言葉を用いて語ること(つまり、的確な自己表現?)を意味します。人に対した時に、どのようなスタンスで向き合えば良いか考えること、とも言えます。欧米では幼少期から当たり前のように行われているこの教育が、残念ながら日本では欠けているとのこと。確かに私自身、学校教育の場でそのような教育をきちんと受けた記憶がありません。世界が狭くなった今、世界の舞台で海外の人々と対等に意見を交わす(もしくは、戦わす?)為にも、必要不可欠な能力のひとつと言えるでしょう。

研修では早速実践とばかりに数人の方が抜き打ちで前に出され、自己紹介をさせられました。予め何(どういった項目)を言うべきか教えられることなく、です。しかし、当てられた方々は皆さん、結構そつなく自己紹介を終えました。私だったらどうだっただろう…(^^;)。講師の石澤氏は端に立ち、にこやかな表情でその様子をご覧になり、後で各人に対して短いコメントをされました。その際のチェック・ポイントは以下の通り。これは、そのままスクール・ギャラリートークでも適用されるものです。

●時間
●姿勢、視線、表情
●話のリズム→一文の長さ

「話し方」はテクニック(HOW TO)

ひとつのテーマについて時間は長過ぎず、短過ぎず。

姿勢は堂々と、視線は相手の表情を見るくらいの余裕を持って流す。できるだけにこやかに。

以上を踏まえた上で、児童生徒を対象にしたギャラリートークで留意すべき点は以下の通り。

まず、子供の発言を聞くこと→子供の発言に真摯に耳を傾けること

そして、子供を褒めること→一切、否定的なことは言わない。

できるだけ一文を短くすること
→「〜で、〜で」と助詞でリズムを取らない。
→主語+述語のみ。余計な修飾語は付けない。(←ギャラリートークで作品について、聞き手の子供達に余計な先入観を与えない為でもある)
1回の発語で話せるのは、30字/息
→短くすれば、言い間違いも、逸れた軌道も「修正」がし易い。

→現状を知るために、(ビデオ録画するなどして)自分の声を客観的に聞いてみる

●「自分の言葉」で話すこと→漢語表現は避け、できるだけかみ砕いて話す。
その前準備として
△(作品について)最低限の事実関係をメモする
△想定問答を準備する
△実際にシミュレーションをして、余計な部分を削ぎ落として行く
 →言いたいことの優先順位をつける

+自分の経験や感動を話す→自分をさらけ出す。子供達と同じ”鑑賞者の目線”で。

【Q&A】

Q1.自分は話し下手。うまく話すにはどうしたら良いか?

A1.きれいにやろう、よく見られよう、とは思わないこと。
 誠実で真摯な態度で臨めば、聞き手は好感を持って受け止める。

Q2.今ひとつ場が盛り上がらない時は?

A2.質問の仕方を工夫する。発語を引き出す為の具体的な質問を投げかける
 「何が見えるか?」「何が気になるか?気づいたこと。色?形?描き方?」etc
 逆に、例えば作品を見せて「どうですか?」と言った質問は禁句。
 →何を聞きたいのか不明確なので、相手が最も答えにくい質問。

以上、文責はなこ(講義中のメモを元にはなこが再構成)

【感想】

終始柔らかな物腰に、公共放送のアナウンサーとして常に公の場で自身を晒し続けて来た石澤氏の、「相手にけっして不快な印象を与えない」と言うプロ意識を感じました。とにかく人に相対する時は”聞くこと”〜相手の話に耳を傾けること〜を重視するという話に、まさに百戦錬磨のインタビュアーと言う印象も。「話し方はHOW TO」と言うのも、具体的なテクニックを伝授されたのは初めてだったので、とても勉強になりました。



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