2008/11/29

もう使用を止めた方が良いと思う言葉  はなこ的考察―良いこと探し

この世には確実に罪作りな言葉があると思う。言葉の響きや表記の変化によって、本来の意味から離れた印象を与え、犯罪行為の罪悪感が薄められてしまう言葉。特にここ何年も私が気になって仕方がない言葉は万引き。そう明らかにその行為は窃盗=犯罪なのに、その言葉の軽みが、犯罪者の罪意識を著しく減退させる言葉。

語源を調べてみると、江戸時代から使われている言葉だと言う。諸説あるらしいが、「商品を間引いて盗むことから、”間引き(まびき)”が語源で、撥音”ん”が入ったとされる。万引きの”万”は当て字」と言うのが、やはり有力か?上方では「万買(まんがい)」とも言うらしい。

万引きの語源

他人の財物をこっそり盗むことには変わりはないのだから、どうして「窃盗」の一言で済ませずに、わざわざ「万引き」と言う言葉を使い始めたのだろう?江戸時代に店頭での小売り商いが盛んになってから激増した犯罪なのだろうか?被害金額の大小で「窃盗」と「万引き」を使い分けるようになったのか?

しかし、「チリも積もれば山となる」である。近年、個人書店の廃業が相次いでいるが、その理由のひとつに万引きの多発がある。私の実家も以前、小さな書店を営んでいたので、万引き被害には頭を痛めた。書店で扱う商品の利幅はとても小さい。そこへ万引きの被害が後を絶たないとなれば、個人書店には死活問題である。万引きという犯罪行為を行う人々には、事の重大さが分かっていないだろう。と言うより、被害の多寡、規模の大小に関わらず、人の財物を対価を支払わずに無断で持ち出すのは、歴とした犯罪行為であり、けっして許されるものではない。その社会生活を営む人間としての倫理観の欠如は、情けない限りだ。恥を知れ、と言いたい。

言葉は生ものであり、時代を経るにつれ、その言葉の持つ意味や表記や社会における位置づけは変化する。数十年前の映画のテレビ放映時には「現在では差別的表現に当たる表現も含まれています」との断りが必ずと言って良いほど付く。芸術的価値、或いは放映に社会的意義を認められた作品では、今や禁忌となった言葉も時代性を象徴するものとして尊重され、検閲されることなくそのまま放映される。このことに関しては違和感はない。

逆に生ものだからこそ、社会的規範を崩す恐れのある言葉は、社会的に抹殺される可能性も否定できないのではないか?現に映画の例もそうだが、自分が子供の頃に何気なく使っていた言葉でさえ、公の場では既に使われなくなった言葉、使うことを憚られる言葉が結構ある。その意味で、万引き行為が社会悪として看過出来ないほどになっている現在、この”万引き”という言葉の使用も、再考の時期に来ているのではないか?

個人的使用はともかく、少なくとも実際の被害現場では「万引き」と言わず「窃盗」と言って加害者を非難するべきではないか?社会的コンセンサスを形成する手段としては、公共の電波では「万引き」と言う言葉の使用は避け、「窃盗」に統一する。これって、言葉狩りに当たるのかな?表現活動を重んじる作家等からは反対の声が上がりそうだ。

そう言えば昔、「名付け方法」について勉強した時、「ま行」の音は柔らかい印象を与え、耳に心地よい、逆に「さ行」は堅い印象を与える、との解説が名付け辞典にあった。「万引き」はその音の持つ柔らかい響きも、罪作りの一因なのかもしれない。


どうして「万引き」について改めて考えたかと言えば、先日の米LAへの修学旅行生(私立北海道栄高校2年生)の、免税店での集団「万引き」報道を耳にしたからだ。100余人の生徒中、判明しただけでも21人の生徒が盗みを働いていたとは驚きである。しかも、判明後の学校の処理も拙すぎる。盗みを働いた生徒への5日間の停学処分も甘いし、日本に持ち帰っていた盗品を旅行社(←どうして旅行社に尻拭いさせる?)を通じて被害店へ返還。現地の被害店には引率教師が、この件について口止めしていたとの報道もある。

この事件は2重3重に衝撃的である。当該高校の学校及び家庭教育の不全性、現地での日本人全般に対するイメージダウンへの懸念、そして改めて突きつけられた、日本の社会に少なからず浸透している「万引き」と言う行為に対する罪悪感の希薄さ〜「1人が(盗みに)成功したのを真似て、総勢21人がその行為に及んだ」とは何事よ!この事態はもっと深刻に捉えられて然る可き。

2008/11/25

APEC首脳会議後の首相の記者会見  はなこのMEMO

日本時間の昨朝リマで行われた、APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議後の、麻生総理の記者会見の中継を見た。聞いていて、夫婦してイライラが募った。

まず、一文が長過ぎる。「〜ですが」で文を繋げ過ぎ。ダラダラと話が続くので、なかなか結論が出て来ない。同時通訳泣かせの話し方ではないか?事実、通訳とのやりとりもうまく行っていないような印象を受けた。

特に質問者の質問に対しては、まず相手が知りたい結論から述べるべきではないか?例えば、地元ペルーの記者の「北朝鮮の核問題に関して、日本は具体的にどのような役割を果たすつもりか?」との質問に対して、延々と日米中韓4者の話し合いがどうのこうのと述べていた。日経新聞の見出しには「文書化めざす」とあり、「(核問題の)検証をきちんと文書で残す作業に今年中に取りかかりたいと日米韓と中国の4カ国で合意している」と言うことが、どうやら記者の質問に対する答のようらしいが、会見を聞いている限りでは何を言いたいのか、さっぱり要領を得なかった。それにこの答では、日本独自の役割が見えない。日本は日本として何ができるのか?何をしたいのか?果たして質問の記者は、首相の回答に納得できたのだろうか?

同時通訳者は話し手の話からキーワードを拾い出し、自分の頭の中で再構成して外国語に変換すると思うのだが、果たしてうまく首相の言わんとしていることを伝えられたのか、心配になった。だって日本人の私でさえ、聞いていて理解出来ない話なんだよ。内容が難しいとかのレベルではなく、質問の的を射ていない回答と言う意味で。

質問者の質問に的確に答える、というのは、私自身毎回きちんとできているとは言えないが、TOP DOWNのロジックで答えるよう気をつけてはいる。まず結論、そのあとに論拠の詳細説明。とりわけ仕事上のやりとりでは、論法は大切だと思う。あの話し方で、よく外相が務まったなあ…

2008/11/25

紅葉の上野公園&『線の巨匠たち展』  散歩の記録

クリックすると元のサイズで表示します この色彩!自然は天才!!

東京芸術大学大学美術館で開催の展覧会『線の巨匠たち〜アムステルダム歴史博物館所蔵 素描・版画展』を最終日の昨日、やっと見て来ました。チケットは新聞店からいただいたもの。上野公園の木々もだいぶ色づいていました。

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します
左)東京文化会館裏手の銀杏並木。右手に野球にゆかりの深い歌人、正岡子規の名が冠せられた記念球場があります。 右)噴水広場の周辺の紅葉

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します
左)噴水広場の噴水 中央及び右)美術館に向かう途中にあったキリンのオブジェ。美術館が集中する場に相応しい佇まい。青と白の色調が効いています。晴天ならなおのこと映えたのかしら?周辺には他にもオブジェが何点かありました。

クリックすると元のサイズで表示します

展覧会は10月11日(土)〜11月24日(月)の会期で行われました。オランダのアムステルダム歴史博物館所蔵作品を中心に、オランダ、ドイツ、イタリア、フランスの素描、版画作品が展示されていました。

建築・彫刻・油彩画などの準備の為の「下描き」として考えられがちな素描ですが、ルネサンス以降、西洋美術史においては、それらの「三つの芸術の父」(ヴァザーリの言葉)とされ、あらゆる造形芸術の基礎を成すものとして重要視されていたそうです。そう言えば、以前、既に失われてしまったルーベンスの油彩画のオイル・スケッチが、無き作品の研究の手がかりとして、その価値を高く評価されているとの報道もありましたね。これらの素描は、芸術家の創作の原点やプロセスを知る上でも貴重な資料となるのでしょう。

17世紀のオランダにおいて、素描はさらに発展を遂げ、描かれる対象は人物画、屋外風景、静物と多岐に渡り、芸術家のアトリエでは、絵画の為の下描き弟子たちの練習手本、あるいはモチーフの「型見本」として活用されたそうです。実際、私の調べたところでは、レンブラントもドイツのデューラーやイタリアのカルラッチの素描を入手して、彼らの画風を学んだようです。

展覧会では、銅版画製作において支持体としての”紙”にも拘りを見せたレンブラントが、17世紀当時貿易立国として繁栄を極めていたオランダの利を生かし、日本から輸入した和紙(美濃の紙?)を用いて製作した代表作《病者を癒すキリスト(「百フルデン版画」)》も展示されていました。西洋紙を用いた作品より、全体的にやや赤みを帯びて見えるその作品は、特に質が高いと認められているようです(写真の絵はがき5枚の内、下段左側のもの)。また現在80枚が現存していると言われるレンブラントの銅版の1枚が、刷り上がった作品《クレメント・ダ・ヨンゲの肖像》と共に展示されていました。

因みに今秋公開された映画『宮廷画家ゴヤは見た』(原題”GOYA'S GHOSTS”)には、18世紀当時の銅版画の製作工程が描かれたシーンもあり、なかなか興味深いものがありました。この作品にはゴヤの作品も多数登場します(私はこれほどまでにゴヤ作品を見たのは初めて!)。美術ファンにとっては映画のストーリーと共に、これは見どころと言えるでしょうか。

素描や版画は(一般に)色彩を持たない分、小手先の誤魔化しが一切きかず、できるだけ細やかな観察と鋭い洞察で対象へと迫り、その造形の正確な把握と描写が必要とされるように思います。それらを”完成された作品”として、教養あるコレクターの蒐集の対象にまで高めた芸術家達の力量は、まさに巨匠と呼ぶに相応しいものなのかもしれません。

その線描が細やかなだけに、見る方にも力が入り、見終わった後には眼球に軽い筋肉痛を覚えたほどでした(笑)。


昨日の歩数はDoor to doorで、8,172歩でした。1万歩超えならず!

2008/11/20

麻生総理の「非常識」発言  はなこのMEMO

昨日は通院の日だった。内科と婦人科だったが、婦人科が、予約を入れているにも関わらず1時間待ち。待合室では診察室の声も漏れ聞こえて来る(もちろん、詳細は聞こえない。雰囲気が分る程度)。驚いたことに医師に悪態をついている患者がいた。医師がなだめるように説明をしていたが、反抗的な物言いに終始していた。医師への敬意は微塵もないのか?入院して、医師や看護師の過酷な勤務ぶりを見てから、改めて医療関係者を尊敬している私から見たら、その患者の態度は不遜以外のなにものでもない(必要以上に謙る必要もないけれど)。医師が藪医者ならともかく、私もお世話になっているその医師は、身を粉にしての誠実な働きぶりである。

驚きつつ帰宅してニュースを見ると、麻生総理が全国知事会の席で、「医師には社会的常識がかなり欠落している人が多い。」と発言したらしい。一国の総理からしてこの発言だから、どうしようもない。麻生総理は地元で病院も経営していると聞いたが、その病院に勤務している医師は、さぞかしモチベーションが下がっただろうね。本当に「非常識」なのは誰なんだろうね…?(-_-)

【ブログ内関連記事】

映画『シッコ』を見ての感想

2008/11/20

元厚生省事務次官夫妻襲撃事件  はなこのMEMO

この事件、謎だらけなだけにマスコミも謎解きに熱中している(何やら楽しそう(-_-))。連続”テロ”にしては犯行声明もない。

この事件で何よりも怖いのは、無言の圧力である。誰が誰に対しての圧力なのか?私たちが予想だにしない犯人の、予想だにしない人?、組織?に対しての圧力である可能性もある。こうした不可解な事件が、時代の空気を重苦しいものにする。徒に不安をマスコミが煽るのも不快だ。

【蛇足】

「不況で大変」「失業が心配」と盛んに喧伝するマスコミの伝え手は、殆どがそうした状況に無関係な立場にあるんだよね?彼らが「不況だ」「大変だ」と言えば言うほど、片腹痛いと言うか、馬鹿にされているようで腹が立って来ると言うか…

2008/11/20

去る人がいる。戻る人もいる。  はなこのMEMO

筑紫哲也氏が亡くなって早2週間が経とうとしている。昨日午後10時にテレビを6チャンネルに合わせたら、久米宏氏の姿があった。そう言えば、彼はつい最近テレビのレギュラー番組に復帰していたのだ。かつては筑紫氏と裏番組で視聴率を競った人だ。

久しぶりに見る久米宏氏は頭がすっかり白くなっていた。余力を残して前の番組を去った印象があったが、何年かのインターバルを置いての復帰(途中、すぐに頓挫した番組の司会も務めたが)。以前は週日毎日出演だったのが、今は週1のペース。これくらいが今の彼にとってはちょうど良いのだろう。司会ぶりも楽しげ。でも、いささか物足りない。まだエンジンがフル回転とは行かないのか?それとも老いて(庶民と違って豊かな老後だろうし)、怒りを忘れたのか?

復帰と言えば、10代の頃に大人気を誇ったグループSPEEDも、全員が20代半ば前後になって、8年半ぶり?に音楽界へ戻って来た。グループ解散後、1人を除いてそれぞれに芸能活動を行っていたが、SPEED時代ほどの活躍はついぞ見られなかった。この5年の間に結婚・出産・離婚を経たメンバーもいる。再結成後の新曲を聴いたが、美しいハーモニーは健在。最新ヒットチャートで3位と、なかなかの滑り出しである。SPEED世代も彼女達と共に大人になり、社会で活躍している頃。どんな思いで彼女達の復帰を受け止めているのだろう?

2008/11/20

(29)ジョージ・A・ロメロのダイアリー・オブ・ザ・デッド  映画(2007-08年公開)

クリックすると元のサイズで表示します

やっぱりゾンビより怖いのは人間?!

結構スプラッターで残酷描写も多いゾンビ映画に意外に抵抗感がないのは、昔マイケル・ジャクソンの『スリラー』のPVが好きだったからかもしれない(笑)。加えてジョージ・A・ロメロ監督はゾンビ映画の始祖であり巨匠。後発の数多あるゾンビ映画とロメロ監督の作品とでは格の違いを感じて来たので(でも、亜流の中でも『ショーン・オブ・ザ・デッド』は好きよん♪)、ロメロ監督の作品なら是非見たいと思う。

マイケル・ジャクソン『スリラー』(You-tube)

本作は、大学の映画科の学生達が、「今、目前で起きていることを人々に伝えたい」一心で、恐怖におののきながらもカメラを回し続けると言う設定で、何やらドキュメンタリー・タッチ。”手持ちカメラの映像”で臨場感を誘うが、これを流行(最近多いですね。この手法)の後追いと見るか、はたまた”68歳のチャレンジ精神”と見るか?私は好意的に受け止めた。何より巨匠でありながらその地位にあぐらをかくことなく、 (低予算でも映像作品が作れることから)若手が好む手法に倣ったのは、反骨精神溢れる監督の原点回帰(監督のデビュー作は、CMなどを手がける映像製作会社を経営の傍ら、有志で週末を利用して作った『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』である)のようにも見える。

映画を見終わった後、出口へ向かう帰り客の中から「これはゾンビ映画じゃないなあ」との声が聞こえた。”ゾンビ映画=ホラー”と言う意味で、「違う」と言ったのか?だとしたら、違うかも。ロメロ監督のゾンビ映画はホラーの形を借りた文明批判、人間批判のように私は受け止めている。3年前公開の『ランド・オブ・ザ・デッド』でも、”ゾンビ狩り”を楽しむ残酷な人間の姿が描かれていた。

今回の批判の矛先のひとつは、ネット社会に氾濫する投稿映像だ。”個人の主観に基づく情報発信”と言う意味では掲示板への書き込みやブログ記事も含まれるのかもしれない。マス・メディアが崩壊すると、玉石混淆のこうした主観情報が氾濫すると本作では警告する。

しかし、既にマス・メディアの信頼性は失墜してしまった感があるし、今更ネットのない社会に後戻りも出来ないだろう。誤った情報の流布が誘発する社会の混乱というリスクを負うのと同等に、否、それ以上にネットの恩恵に浴しているのが現代社会なのではないだろうか?現実的な対応としては、ネット情報に限らず、あらゆるメディアの情報から、適正かつ有用な情報を取捨選択するメディア・リテラシー教育に注力するべきなのかなと思う。そもそも全ての物事は正負両面を併せ持って存在するものなんじゃないのかな?光が当たれば自ずと影ができるように。

それにしてもエンディングの映像は、あまりにもイタイ(-_-)。

映画『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』公式サイト

2008/11/18

(28)ブーリン家の姉妹(The Other Boleyn Girl、英米合作)  映画(2007-08年公開)

クリックすると元のサイズで表示します アンの挑むような眼差しが印象的

アン・ブーリンとヘンリー8世、その血筋が後にイングランドを発展させた

時代は16世紀、イングランド王ヘンリー8世を巡る、アン・ブーリンとその妹メアリ(史実は姉妹の生年が不詳なので、実際どちらが年長なのかも不詳らしい)の愛憎の物語。

王族間では政略結婚が当たり前の時代、新興貴族のトーマス・ブーリン卿は、ヘンリー8世が王妃キャサリンとの間に世継ぎの男児が生まれないことに目を付ける。そして、長女アンを王の愛人に仕立て上げることで、自らを取り立てて貰おうと義弟のノーフォーク公爵と画策する。

多少の後ろめたさを感じながらも、娘を自らの出世の道具として利用する父親。しかしそうした父親の思惑とは別に、アンは自ら王妃の座を貪欲に求め、メアリは思いがけない王の寵愛を受け入れる。王を巡る姉妹の愛憎と言っても、見た限りでは権勢欲にかられたアンが一方的に、王の寵愛を先に受けたメアリに嫉妬し、憎悪している。そう、ヒステリックなまでに。それに対してメアリーは終始一貫して、最初に感じたイメージそのままに、優しく、控え目で、かつ冷静だ。

史実ではその容姿の違いにも言及していて、アンが「黒髪、色黒、小柄、やせ形」なのに対し、メアリーは「金髪、色白、豊満」だったとされる。女性的魅力に長けていたのは、どうやらメアリーの方だったようだ。映画の制作者は二人の性格的な違いを際だたせる為に衣装のデザインや色合いにも心を砕いたらしい。個人的には、姉妹を演じた女優ナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンソンの”眉の形”に注目した。”アンの勝ち気さ”を示すかのようなナタリーの男勝りな一文字眉と、”メアリの母性的な優しさ”を表すかのようなスカーレットの優美な弧を描いた眉。人相学的にも、それぞれの性格に適った形と言えるようだ。
クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します
生涯6人の妻を娶ったとされるヘンリー8世。映画でヘンリー8世役を演じたエリック・バナは中肉だったが、実際のヘンリー8世はハンス・ホルバインが描いた肖像画で見る限り、堂々とし体躯の持ち主だったようだ。以前、ヘンリー8世ゆかりの宮殿ハンプトン・コートに行った時に見かけたヘンリー8世の肖像画も、このホルバイン作だったのかな?

世継ぎに男子を切望したことは無意味だったのか?

映画では、王をじらすだけじらす作戦でその執心をものにし、キャサリン王妃や妹のメアリを王宮から追い出してまで「王妃の座」を獲得したアンだったが、待望の第一子は女の子。聡明さを武器に、強気で野望に向かって邁進して来たアンの運命が暗転する瞬間だ。史実が伝える通り、その後断頭台の露と消えたアン。一方、映画では移り気で優柔不断な男として描かれたヘンリー8世は、史実では、ラテン語、スペイン語、フランス語に通じ、舞踏、馬上槍試合、音楽、著述とその才覚は多岐に渡り、イングランド王室史上最高のインテリとされている。その二人の間に生まれた赤毛の女児は後にエリザベス1世として、イングランドを未曾有の繁栄へと導くのである。

映画では母亡き後、叔母メアリに引き取られたエリザベスがイングランド女王に就く経緯については詳しく言及していない。これが調べてみると、映画1本作れそうなくらい、これまた波乱に富んだ展開だ。イングランドに限らず、政略結婚を繰り返したヨーロッパの王族は姻戚関係が複雑で、そのことが歴史を複雑なものにしている。イングランド王がローマ・カトリックから破門され、英国国教会を設立した経緯も、映画で語られている以上に複雑な背景を有している。まったく…(-_-)。

この二人の競演は クリックすると元のサイズで表示します 本作の最大の魅力

上掲の写真でも、その美しさの一端が垣間見えるように、映像表現も、特に室内での光の使い方が、まるでバロック絵画を思わせる陰影表現で素晴らしい。

運命が暗転してからの気の毒なまでのアンの脆さと、メアリが見せた芯の強さの対比は見事だ。この若さで、単に容姿の美しさだけでなく、見事な演技力で観客を魅了するナタリーとスカーレットの競演を見られただけでも、この映画を見る価値はあったと思う。

映画『ブーリン家の姉妹』公式サイト 

2008/11/16

横浜山手散歩  散歩の記録

息子の学校の授業参観の帰りに、夫婦で横浜山手地区を1時間半程度散歩して来ました。

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します 息子が中学時代を過ごした学舎

息子の授業参観に行くのも今回が最後です。やはり感慨深いものがありました。帰り際、中学時代に息子が過ごした校舎にふと眼をやると、壁の蔦の葉が美しく色づいていたので、これが見られるのも最後かもしれないと思い、写真に納めました。右の写真は「光あれ」のレリーフ。

JR石川町駅からスタート
横浜観光親善大使によるハマトラ・ファッションの再現 クリックすると元のサイズで表示します

駅の元町改札を出て、中村川沿いに延びる元町商店街を、港の見える丘公園の麓に向かって歩きました。私の大学時代はハマトラ・ファッションが花盛り。その発祥の地が、この元町界隈だったと記憶しています。やはりハイカラな横浜らしい雰囲気を湛えていますね。老舗が建ち並び、個々の商店主の誇りと気概が感じられる商店街です。私にはちと敷居が高いかな(笑)。

クリックすると元のサイズで表示します ひと際眼を引く"Star Jewelry"のクリスマス・ディスプレイ
4人のサンタが壁をよじ登っている姿がユーモラス。大きなリボンが素敵なアクセント♪


クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します
写真左より 元町通り、ty store(2009.3閉店)、ty Beanie Buddies "MOM"

朝、家を出た時には青空だったのが、いつの間にかあいにくの曇り空に。おかげで携帯カメラの写真の色合いも今ひとつ。実際の元町商店街はもっと華やいだ色合いです。

今回のお目当てのひとつは、数年前から買い集めている(と言うより、見た目がかわいいのと肌触りが優しいのが気に入って、ついつい新しいキャラクターが出ると買ってしまう(^_^;))米Ty社製のぬいぐるみ専門店Ty Store motomachi

一昨年、昨年と息子がクリスマス・プレゼントに、ここのぬいぐるみを買ってくれたのですが、私がこの店を訪ねたのは今回が初めて。店内はクリスマス・ディスプレイが、これまたラブリーでしたが、あいにく店内の撮影は禁止。仕方なく外から撮影です。

一番右の写真のピンクのぬいぐるみは、The Beanie Buddies Collectionの"MOM"というキャラで、腕にピンクのカーネーションを抱え、右足の裏には"I LOVE MOM"と刺繍されています。また買いたいと言ったら、夫に叱られるかと思ったのですが、すんなりOKが出て、なんと一緒に選んでくれました。夫は普段、ぬいぐるみ達を熊五郎と呼んで馬鹿にしているのですが、案外気に入っているのかも。

港の見える丘公園、山手地区へ

元町商店街を抜け、港の見える丘公園の麓から園内に設えられた木造の階段を登り、途中、フランス領事館跡(廃墟)を目にしながら頂上の展望台へ。さすが港町ヨコハマの観光名所ですね。ガイドの案内で観光しているグループの姿がちらほら見受けられました。西洋人と思しき外国人観光客の姿も多かった。

 クリックすると元のサイズで表示します 港の見える丘公園から横浜港を望む
一番奥に横浜ベイブリッジ。かつてはもっとスッキリと横浜港を望めたそうですが、今や高層住宅、高速道路が立ち並び、景観は雑然とした感じになってしまったようです。


クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します

山手資料館山手聖公会。バラの咲き乱れた庭に思わず足が止まった山手資料館。美しい外観です。この建物は明治42年(1909)に建てられた、「横浜市内に唯一現存する木造西洋館」らしい。「居留地だった頃から関東大震災までの横浜や山手に関する資料を展示している」そうです。山手聖公会には以前、息子の学校の父兄向けバイブルクラスで訪ねたことがあり、内部の見学をする機会も得ました。ところが、その直後に信者のひとりである外国人による放火で、この教会の建物は大きな損傷を受けたのです。それが見事に復興を果たし、昨日は幾つかの教会も参加して音楽会が開かれているようでした。威風堂々とした外観を見る限り、放火の痛手から立ち直った様子が伺えて、本当に良かったです。

そのまま石川町駅に向けて下り坂をそぞろ歩き。異国情緒に触れたひとときでした。

この日の歩数はdoor to doorで、15,971歩でした。

【参考サイト】

おすすめコース(横浜コンベンション・ビューロー公式サイト)

2008/11/13

米大統領選を巡る話で不思議なこと  はなこのMEMO

先の米大統領選では、共和党候補のジョン・マケイン上院議員が大統領に選出ならば「米国史上最年長大統領」、民主党候補選出の段階で、ヒラリー・クリントン上院議員ならば米国史上「初の女性大統領」、バラク・オバマ氏なら「初の黒人大統領」となると取り沙汰された。

ここで、(特に米国以外の)少なからぬ人々が疑問に思ったと思うが、「最年長」や「女性」なら医学的に明確に規定できるが、果たして「黒人、人種」はどうなんだろうと、私自身も思った。オバマ氏を人種的に「黒人」と規定しているけれど、彼はケニア人(黒人)の父と米国人(白人)の間に生まれている。確かに肌の色は浅黒いけれど、彼の体には所謂「白人」の母の血も半分流れている。それでも「黒人」に種別されるのだろうか?そもそも「人種」とは何なのだろう?と思った。

手短にネットで調べてみても、「人種」は科学的に明確に規定できるものではなく、帝国主義国家が恣意的に、自らの立場を優位に保つ為、差別を助長する手段のひとつとして、その概念を用いてきた歴史的背景があるようだ。卑近な例で恐縮だけれど、昔勤めていた職場に米留帰りの人がいて、その人も「黒人って言っても、米国にいる黒人は長い年月の間に他人種との混血化が進んでいて、純粋なネグロイドなんて殆どいないんだよ」と話していたのを覚えている。

「人種のるつぼ」から「サラダボウル」になったと聞いている米国で、「オバマ氏が大統領に選出されることに反感を持つ(少数だとは思うが)白人の存在」や、「暗殺を危惧する声が絶えない」等、今さらのように「人種」問題が取り沙汰されることに、「合衆国」の難しさを感じてしまう。だからこそ、オバマ氏も勝利演説で「United」を声高に叫んでいたのだろう。

刷り込まれた差別意識はなかなか拭えないものなのか?特に自分自身が経済的に困窮していたり、社会的地位が低いなどの理由で、心に不満を抱えている場合、その不満のはけ口として、他人種(←これは「他民族」と置き換えても成立する話かも)の活躍を妬む傾向は強いようだ。

【参考サイト】

『人種とは』(はてなキーワード)
『人種』(ウィキペディア)

☆現実の先を行くフィクションの世界での黒人大統領の活躍が、人々の抵抗感を和らげたのか?
『黒人大統領に抵抗がないのは…ハリウッドのおかげ?(ハリウッド直送便)』

☆興味深い、カナダのケベック在住のばーばさんのブログ記事。「変革への期待が大きいだけに、それがうまく行かなかった時の落胆の大きさを懸念する」という指摘が、印象的。
『一夜明けて』(ばーばのケベック日記)

2008/11/7

【訃報】筑紫哲也氏死去  日々のよしなしごと

クリックすると元のサイズで表示します (岐阜新聞より)

元朝日新聞記者で、後年はテレビのニュース・キャスターとして活躍した筑紫哲也氏が、今日の午後(7日(金)13時50分)、入院先の聖路加国際病院で、肺がんの為に亡くなった。享年73歳。その第一報を耳にしたのは、夕方のニュースだった。一瞬耳を疑った。

1989年10月に始まったTBSの『筑紫哲也 ニュース23』を長らく視聴していたが、ここ数年は殆ど見なくなっていた。変わらない筑紫氏に、徐々に変わっていった私が、かつてほどの魅力を感じなくなってしまったせいだ。筑紫氏の主張や時事分析に素直に同調できなくなっている自分がいた。氏の論調が古くさい理想主義にも思えたりした。しかし、いざ氏を失ってみると、やはり日本の現代ジャーナリズムの巨星を失った喪失感で、落胆と悲しみが心を覆う。

学生時代、今はなき小劇場「ジャンジャン」で彼のトークライブを見たことがある。遠い記憶の彼方にある経験だが、知的興奮で頬が紅潮した感覚がかすかに残っている。『筑紫哲也 ニュース23』番組内で著書プレゼントの企画に番組の感想を寄せて応募したら、署名入りの著書が当選したこともあった。まさか当選するとは思ってもみなかったので、著書を手にしたときにはとても嬉しかったのを覚えている。

肺がんは致死率の高いがんだ。氏が昨年がんの罹患を公表した時に、氏との永遠の別れがそう遠くない将来にあるのでは、との不安が胸をよぎった。それが今日現実となった。すごく悲しい。悔しい。しかし氏の安らかな眠りの為に、ご冥福をお祈りします。


近年、常にその存在を見聞きし、意識し、影響を受け、自分の人生の中の一部にもなっている有名無名の人々が、次々とこの世を去って行く。自分がそれだけ年を取ったと言うことなのかもしれないが、訃報を聞くたびに、自分の人生の一部をも失ったような気持ちになる。失って初めて、自分の中での、その存在の大きさを思い知らされる。その繰り返しは、結構精神的に辛いものだ。諦観の境地に達するまでは、この辛さが続くのだろうなあ。

2008/11/7

バックグラウンドの様々な子供達がやって来た♪  ボランティア活動のこと

今週の某日、多文化共生センター東京が運営するフリースクールの生徒さん達と先生、ボランティアの皆さん、総勢30人余りが、スクール・ギャラリートークに参加された。初めての来館だ。生徒さん達は中国、韓国、タイ、ミャンマー、フィリピン、ベトナム、ネパール(以上、参加予定者リストによる)出身で、来年高校受験を控えた子供達。

引率の先生に伺った話によれば、日本の義務教育制度は、15歳を過ぎた海外からの渡来者は対象外として、小・中学校への受け入れを行わないらしい。その為、彼らの日本における公教育での学校生活は、いきなり高校からのスタートとなる。たとえ来日間もなく、日本語ができなくても、高校受験をしなければならない状況に置かれるのだ。その不安はいかばかりか?現状はさまざまな事情で日本に生活拠点を移すべく日本で職を求めた親が、生活基盤が整った時点で、母国から我が子を呼び寄せると、子供の年齢が15歳を超えてしまうケースが少なくないらしい。そうした子供達の受け皿になっているのが、今回の多文化共生センター東京のようなNPOが運営するフリースクールなのである。

日本の法制度、教育制度が、移民増加の現実に追いついていない。先日NHKの番組で、移民及び外国人労働者問題を取り上げた番組を見たが、そこで言及されたのは、やはり移民受け入れの制度的な遅れだった。今のような少子高齢化が続けば労働人口の減少は必至で、日本が現在の経済レベルを維持する為には、今後約3000〜4000万人の移民受け入れが必要になるとのレポートもあると言う。しかしそうした予測を待つまでもなく、既に主としてアジア諸国から、日本を目指す移民が増えているのである。制度が現実に対応しない限り、その狭間で苦悩する人は増える一方だ。

そう言えば、私の大学時代の同級生に、ペルー出身者がいた。彼女は両親が日本人で日系二世。両親は日本でもペルーでも教師をしていたらしいが、ペルーに見切りをつけて日本に帰国。来日時、ペルー生まれペルー育ちの彼女は既に中学生の学齢に達していたが、日本語の理解に問題があった為、小学校に中途入学し、中学、高校、大学と進んだ。そうとは知らずに、私は当初彼女のことを「なんて大人びた人なんだろう」と思っていた。在学中に英検1級を受験するなど、彼女はハンディを克服して極めて学業優秀。大学卒業後は県立高校の英語教員になった。適正な教育を受けられれば、彼女のような人が、フリースクールの生徒さんの中から出現するかもしれない。

生徒さん達は15歳以上とは言え、来日時期はさまざま。来日して1年以上、或いは親の片方が日本人で日本語が堪能な子もいれば、中には来日してまだ2、3カ月で殆ど日本語が理解できない子もいる。スクール・ギャラリートークは作品を前にして作品について感じたこと、思ったことを話し合う対話型という形式をとっているので、彼らを迎える私たち美術館ボランティアも、彼らとの言葉による意思疎通について、正直不安があった。

私が担当したグループには、中国からの5人とフィリピンからの1人、そして引率の先生が1人。幸い先生が中国語が堪能で、トークの間、中国語圏の子供達に対しては、わからない箇所を逐次通訳して下さった。フィリピンの子には、どうしても日本語が通じない時には、私が英語を交えて話した。今回私が担当したコースで見学した作品は肖像画が中心で、他のコースにあるようなギリシャ神話やキリスト教を元にした物語画ではなかったので、子供達にも理解しやすく、見たまま、感じたままを話せば良かったせいか、トークは比較的スムースに行えた。

しかしトークを終えた後のボランティアの反省会では、引率者の方全員が語学に堪能であるわけではないことが判明。しかもギリシャ神話やキリスト教の物語画の場合、どうしても背景説明が必要で、言葉が通じないが故の苦労もあったらしい。ボランティアスタッフの中には、来年の高校受験に向けて日本語を学んでいる生徒さん達に対して、できるだけ日本語で話しかけようと腐心した人もいた。その点、私は日本語学習の一環と言うより、母国では美術館に一度も行ったことがないと言う子供達に、美術館の雰囲気を味わい、作品(絵画や彫刻)を見る楽しさを感じて貰えれば御の字と言う心積もりでトークに臨んだので、気楽だったのかもしれない。これを機会に美術や美術館に興味を持ち、また足を運んで貰えればと思っていたが、フィリピンの子がトーク終了後に、「また来たいので通常の入館料を教えて下さい」と言ってくれて嬉しかった。

今回トークを担当したスタッフは5人中、4人が海外駐在経験者、1人は海外渡航経験が豊富と、自分自身が海外で言葉の通じないもどかしさ、外国語での意思疎通の難しさを経験していることもあって、生徒さん達の置かれている状況には身につまされるものを痛いほど感じており、心を込めて対応したつもりだ。彼らにとって、第2の故国になるかもしれない、この日本が少しでも魅力ある国であって欲しい。美術館の存在が、その一助になれば幸いである。もちろん、これを機会に、またの来館をお待ちしている。

2008/11/1

(27)レッドクリフ partT(米、中、日、台、韓合作)  映画(2007-08年公開)

クリックすると元のサイズで表示します

『三国志』と言う壮大な歴史物語の中の「赤壁の戦い」を映像化した本作を、映画の日の今日、見て来た。と言っても私は『三国志』自体をあまり知らない。しかし、『三国志』を知らなくとも、ジョン・ウーならではの演出で、”エンタメ系”歴史スペクタクル、アクション巨編として十分楽しめた。そもそも映画と原作(or史実)は別物と考えて見た方が、映画は映画として心から楽しめると経験的に学んでいるし、原作を知らなかったとしても、これを機会に原作への興味も湧くというもの(その意味では、男女の絡みのシーンは蛇足かな。絶世の美女、小喬の存在感と夫周瑜との固い絆を際だたせる為の演出だったとは思うが、作中そのシーンだけ取って付けたような違和感があった。そのシーンがなくとも、物語は十分成立すると思う)。

導入でのかいつまんだ『三国志』の解説はもとより、主要人物が登場する度に字幕で名前を表記してくれるのは、初心者には有り難い配慮だと思う。登場人物が多いだけに、おかげで頭が混乱せずに済んだし、比較的スムースに作品世界へ没入できた。

個人的には中国の歴史映画と言えば、群雄割拠の戦乱の世を描いた印象が強い。戦記物は比較的苦手な私だが、ヴィジュアル的に吹き出す血しぶきは血色(チイロ)と言うより絵の具の赤に近く、リアルに感じられないのが救いであり、アクション(華麗&超絶な身動き)そのものに注視できた。さらに、圧倒的に兵の数では劣勢な側が、敵方の戦略を見抜いて、巧みな戦法(←この戦法がまた奇抜で面白いのである)で堂々と渡り合うさまは痛快に感じた。

曹操に立ち向かうべく手を結ぶ クリックすると元のサイズで表示します 周瑜と孔明

主要人物では、軍師、孔明と司令官、周瑜、それぞれの知性と教養、両者の盟友関係がそつなく描かれていたし、三者三様に描かれた君主像(曹操劉備孫権)も興味深い。個性豊かな将軍達(趙雲関羽張飛)の超人的な活躍も、それぞれに見せ場があり、単純にアクション・シーンとして楽しめた。あまりの凄さに笑ってしまうほど。その一方で、戦闘シーンにおける両者の敵軍(特に雑兵<ゾウヒョウ>)への容赦ない仕打ちは、覇権と言う大望の下での、人ひとりの命の儚さ(あまりにも軽い)を感じずにはいられなかった。

大活躍の趙雲… クリックすると元のサイズで表示します 白馬を駆る姿も勇壮 

戦術モノとしては、多彩な登場人物の個性が際立つ分、かつて見た、軍師革離が孤軍奮闘する『墨攻』とはまた違った面白さに満ちていた(←比較したら『三国志』ファンに怒られるだろうか?)。本作のスケール感は、映画館の大きなスクリーンと音響設備で体感すべし。DVDでは、その魅力の半分も伝わらないだろう。

「さあ、いよいよ本戦へ突入だ!」と思ったら、「To be continued…」で、しかもPartUの公開は来年の4月と来た。この熱気(血気?)が冷めないうちに、続きを見せてはくれないものか…



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ