2008/9/29

世界と繋がっていることを実感  日々のよしなしごと

出張中の夫と電話で話をした。夫が今、担当している講座の受講生は様々な国から来ているらしい。ルワンダ、モルディブ、ツバル、ミクロネシア、バルバドス。

ルワンダと言ったら、私は真っ先に映画『ホテル・ルワンダ』で描かれた大虐殺を思い出す。今、来日している研修員は、その惨禍を生き延びた人々なのだ。また、ツバルと言えば、地球温暖化の影響で海面上昇の為に国土の水没が危ぶまれている国である。

私が彼らに会うことはないが、夫を通じて、彼らと繋がっているのを感じる。夫が伝える日本の技術が、彼の国で生かされるよう祈るばかりだ。夫にも「しっかり伝えてね」と頼んだ。

クリックすると元のサイズで表示します ルワンダはコンゴ、ウガンダ、ブルンジに囲まれた小国

【ルワンダにおける大虐殺を描いた映画『ホテル・ルワンダ』】

国連を動かしている大国とて、
一義的には自国の利益のために動いている。
人道的見地の優先順位は思いの外低い。
利害関係がないと見るや、見て見ぬ振りも辞さない。
そして非大国は自国を守るのに必死で、
他を顧みる余裕すらない。
1994年のルワンダにおける大量虐殺は、
そんな世界がルワンダを見殺しにした結果だ。

映画『ホテル・ルワンダ』は、事実に基づいた物語だ。
世界の非情ぶりが、そして容赦ない虐殺の経過が、
つぶさに語られている。ホテル・ミル・コリンの支配人
ポール・ルセサバギナの口を通して、行動を通じて。

ホテル・ミル・コリン。1泊の宿泊代金が当時のルワンダ
国民の年収の半分に相当するほどの高級ホテルだ。
そこでフランス人上司の下で支配人として働くポールは、
対立する民族フツ族・ツチ族の両方に巧みに取り入って、
何とか家族の平穏無事だけでも守ろうと日々必死だ。
機転のきく利発さと、時には権力者と堂々と渉り合う
したたかさが何とも頼もしい。ポールの一挙手一投足を
目で追いながら、自分だったら、夫なら、どうするのだろう
と想像を巡らせた。

危うい民族間の力の均衡が破られた時、ポールや彼の家族、
そしてルワンダの無辜の民は、どのような試練に立たされ、
いかにしてそれを乗り越えたのか?
この映画は、それを目撃する作品である。

そもそもルワンダという国は多民族国家だが、
長く民族間の諍いもなく、平和に共存していたらしい。
それが18世紀以降王宮の影響力拡大に伴い、民族間で
階級格差などが生じたのをきっかけに民族間の対立が
起きたと言うのだ。
それを悪化させたのが、第一次世界大戦後のベルギー
による支配だ。国家としてまとまっていたルワンダを
分裂させるべく、民族の容姿の違いをことさら言い立て、
差別意識を植え付け、対立感情を煽ったのだ。
同じ所に住み、同じ言葉を喋り、同じ宗教を信じ、
人種間結婚もしているフツ・ツチ両民族は、異なる
民族集団としては捉えられない、というのが歴史家、
民族学者の見解である。
ここにも、かつての帝国主義国家の植民地政策のツケを
いまだに支払わされ続けているアフリカの不幸がある。

霧の中、突き進むバン。道路は起伏が激しく、バンは
前後左右に大きく揺れる。その感触の一種異様さは
画面からも伝わって来る。
それが何なのか、あなた自身の目で確認して欲しい。

自分の無知・無関心に、刃のように突き刺さる映画。
自分の偽善や浅慮に容赦ない批判が浴びせられるような
感覚を覚える。でも目をそむけてはいけないのだと思う。


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2008/9/29

各自が、自ら果たすべき責任を果たすこと  はなこ的考察―良いこと探し

あるブログ記事に寄せられたコメントが、頭にこびりついて離れない。確か、福田首相の突然の辞任に対して、8年連続200本安打の偉業を成し遂げたイチロー選手の仕事ぶりを称えるものだった。「自分のやるべき仕事をキッチリとこなすイチロー選手は偉い」と。これは、もしかして、日本人全員が今一度、胸に刻むべき頂門の一針なのではないか?

各自が、自らやるべき仕事を責任を持って行うこと

これは例えば、三笠フーズを筆頭とする事故米不正流通に関わった企業監督官庁である農水省の職員に対して言えることだし、さまざまな不祥事が明るみに出ている社会保険庁や各自治体の年金業務担当者に対しても、そして度重なる失言が原因で、大臣就任から僅か5日で辞任した中山成彬元国交相にも言えることだ。

そもそも中山氏は仮にも国交省の大臣として就任した以上、成田空港問題に関しての認識の浅さは恥ずべきことだし、国政を預かる者として「日本は単一民族」発言に見られるアイヌ民族への配慮のなさ、異様なまでの日教組への固執など、自らが国交相に就任してまず取りかかれねばならない仕事そっちのけで、馬脚を顕わすような失言を繰り返した。何より情けないのは、国交相としての仕事を何一つしないままに辞任してしまったことである。

政治家は政治家としての、教師は教師としての、保母は保母としての、医師は医師としての、警察官は警察官としての、店員は店員としての、ウェイトレスはウェイトレスとしての、事務職員は事務職員としての、エンジニアはエンジニアとしての、工員は工員としての、その他あらゆる職業の人々が自らの職務を誠実に果たす

《例えば、先日テレビで、都内の寿司屋で修行中の若者の姿を追ったドキュメンタリー番組を見たが、早く一人前になりたい、カウンターで客を前に鮨を握りたいと気が逸る若手に対し、店のおかみさんが「あの子達にはお客さんの姿が見えていない。お客さんの方を見て仕事をしていない」と嘆いていたのが印象的だった。厳しい修行を通して体得する技術は、すべてお客様に上手い鮨を召し上がっていただく為、と言う意識を持って欲しいと言うおかみさんの思いは一仕事人として至極真っ当で素敵だと思うし、次代を担う若手は、その思いを大事に受け継いで欲しい。》

そして、市民は市民としての、大人は大人としての、父親は父親としての、母親は母親としての義務を果たす

それがおざなりになっているからこその、今の日本社会の混乱なのではないか?勿論私自身も含めて、この社会を構成する人間のひとりひとりが、自らに与えられた役割をきちんと果たすことが、この国の混乱を終息させ、子供達に安全で安心な未来を残せるのだと思う

誰のせいでもない。自分自身の責任に係っている。その自覚が必要なのだと思う。
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2008/9/26

「世界の子供がSOS!THE・仕事人バンク」〜これが本当の国際協力なのかも  日々のよしなしごと

今日、夕方のニュースの延長で見ていた10チャンネルで、興味深い番組があった。題して『世界の子供がSOS!THE・仕事人バンク マチャアキJAPAN』。スリランカやタイの困っている子供達のもとに、日本のベテラン職人が赴いて、自らの技で助けの手を差し伸べると言う企画。スリランカ、タイ、それぞれ1時間のレポートだ。

■2年前にスマトラ沖地震による津波で甚大な被害を受けたスリランカ沿岸部。そこに母や幼い兄弟達と共に住む17歳の少年リファース君(奇しくもウチの息子と同い年)。彼は津波で一家の大黒柱である父を失い、以来学校を辞めて終日漁師として働き、家族の生活を支えている。彼が困っているのは、彼の家に冷蔵庫がない為に、せっかく釣り上げた魚がすぐに腐ってしまうこと。そこで、彼のもとに鹿児島県枕崎市のベテラン鰹節職人、大茂健二郎氏(73歳)が派遣される(魚も節加工すると2週間は保存がきくらしい)。

ファース君の将来の夢は船舶免許を取得して、鰹漁の漁師になること。その為には勉強が必要だ。魚の節加工技術を学べば、漁に出る時間を短縮して、浮いた時間を勉強時間に充てることができる。小舟で漁をする彼が現時点で釣れるのは小ぶりの魚ばかり。鰹は夢のまた夢だ。

日本から持参した2本の包丁を使って、華麗に魚を捌いてみせる大茂氏。限られた時間で、彼の60年間の職人生活で培った技術を、リファース君に伝授したい。ただやって見せるのではなく、二人で一緒に作ってみる。学ぶことは真似(まね)ぶこと。厳しくも温かい指導をする大茂氏。言葉は通じなくても、いつしか二人の心は通い合う。

リファース君の家族との触れ合いの時間。幼い弟はいまだ海が怖いと言う。ほどなくして大茂氏は、その幼い弟とリファース君が2人で、2年前の津波被災時に父親の遺体を海から引き揚げたことを知る。益々自らの技術をリファース君に伝えたい思いが募った。もうここまで来ると、父親が我が子を想う心境に近い。翌日、密かに鰹を市場で買い、鰹節の製造方法を伝授する大茂氏。真剣な眼差しで必死に学び取ろうとするリファース君。さて、いよいよ指導を終えて旅立つ日、大茂氏は日本から持参したあの2本の包丁を、これからひとりで節を作ることになるリファース君へのはなむけにプレゼントしたのだった。

スタジオに改めて大茂氏を招き、彼が帰国後の、スリランカの様子を伝えるビデオレターを映し出す。そこでは意外な展開が待っていた。リファース君が作った小魚の節は地元の漁師の間でも評判となり、それとの物々交換でリファース君は鰹を得ていると言う。午前中は漁に出る必要がなくなり、勉強に勤しんでいるらしい。さらにリファース君が作ったと言う鰹節が大茂氏の前に差し出される。その削り節を感激の面持ちで試食する大茂氏。文句なく合格点の出来。日本の匠の技術が、遠いスリランカの地に根付いたことを告げる瞬間だった。

タイ北部の首都チェンマイから、さらに車で4時間の所にあるカレン族の村。そこに住む11歳の少女、ワーンちゃんの願いも切実である。村民わずか160人余りの小さな山間の村の子供達は、その日に家族が食べる分のお米の精米の為に、毎朝4時半に起きて、なんと2時間かけて臼に入れた玄米を棒で搗いて脱穀すると言う。幼い子供達にはかなりの重労働である。そこで日本から、水車大工の野瀬秀拓(57歳)氏が派遣された。川の流れを利用した水車の動力を使って、臼の中の玄米を搗くという作戦だ。

野瀬氏は早速村内を散策。すぐさま水車の設置に最適な川が見つかった。水車には十分に乾いた木材を使う必要がある。幸い最適な廃材もすぐに入手できた。村の男性有志数人も作業を手伝ってくれる。中でも副村長のインケーオ氏は手先が器用で頼りになる助手となった。

途中、道具のノミの柄が折れるアクシデントに見舞われるも、近くにある倒木の枝をすぐさま柄にして、何事もなかったように作業を続ける野瀬氏。その咄嗟の機転は、あらゆる場面で発揮された。

川に水車を設置する日、年に一度あるかないかの大雨に見舞われ、土台の脆さを知ると、急遽石を積み上げ土台を強化。水流がそのままでは弱いと知れば、水車の回転速度を上げる為に、より上流の川の水を長さ8mの雨樋で渡し、川面より高い所から水車へと流し込む。とにかくどんな事態に遭遇しようとも、長年の経験知を駆使して、その場にある物を使って難なく切り抜けてしまうのだ。その職人の知恵には舌を巻く。まるでアクシデントを楽しんでいるかのようにも見えて、痛快ですらある。

釘を一切使わない水車の工法も、匠の知恵の集積である。例えば六分割できる水車の本体は、壊れた部分だけを交換すれば良い。木の性質を知り尽くし、利用し尽くしたその工法は、大学で木工を囓った私にとっては感嘆の極みである。さらに野瀬氏は、子供達の遊び道具にと、空いた時間を利用して竹馬も作ってしまう。何をするにも、楽しくてしょうがない、と言う感じなのだ。イマドキ、こういう人って珍しくないかい?

さて、水車稼働の日は村人総出で水車、及び水車小屋をセットアップ。子供達も張り切って運搬作業を手伝った。トドメは、夜間に精米をする人の為、照明用電源に簡易型水力発電装置まで設置してしまう野瀬氏の心配り。もうこれには感動のあまり言葉がない。

いよいよ待ちに待った水車の稼働である。川の水が雨樋を伝って水車に落ち、足下の川の流れも相俟って、水車が勢いよく回転し、その動力が棒を伝って水車小屋の臼の玄米を搗く。臼の玄米が搗かれた直後の、少女ワーンちゃんの喜びの表情が忘れられない。

スタジオではその後の村の様子を伝えるビデオレターと共に、ワーンちゃんからの手紙が紹介された。それには村の人々全員が元気なこと、朝の重労働から解放され、ぐっすり眠れるようになったこと、勉強にも頑張っていること、などが、野瀬さんへの感謝の言葉と共に綴られていた。やはり感激の面持ちの野瀬氏。「村の人々のお役に立てたら嬉しい」と彼の口をついて出た言葉はあくまでも控え目だった。ひとつのことを長年に渡って地道に続けて来た人の、なんと謙虚な言葉だろう。どんな美辞麗句よりも重みがある。


必要としている所に、必要な手助けを。これが本来の国際協力の在り方だろう。大茂氏の鰹節製造の技術は確実にリファース君に引き継がれたであろうし、二人の間には言葉を超えた深い信頼関係が見て取れた。一方、野瀬氏の名前は、水車小屋の入り口に、村人によって誇らしげに「精米所 野瀬」と現地の言葉で綴られ、掲げられていた。竹馬を見事に乗りこなす少年の姿もあった。テレビの企画だが、多少の演出上の脚色を考慮に入れても、日本が誇るべき二人の職人が、海外で立派な仕事をやり遂げた一部始終が十分に伝わるレポートだった。素直に感動した。思わず出張先のホテルから電話をかけて来た夫に、その感動を熱く語ってしまったよ(笑)。
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2008/9/26

小泉元首相、引退と言っても…  気になったニュース

次期衆院選は次男後継か 

次男に地盤を引き継がせるって、「改革」を標榜した政治家の名が泣くのでは?
「政治家」とは(高い志と実力があれば)誰もが目指せる”職業”と言うより、
下々の者には手の届かない、世襲の”身分制度”なのでしょうか?
それを許す私たち日本人って、やっぱり衆愚なのでしょうか?

階層が固定化してしまったら、社会の活力は確実に失われると思う。
島国に閉じこもっていれば良かった鎖国時代じゃあるまいし…

このままでは激烈な世界の生存競争の中で、
日本は地殻変動で国土が沈没する前に、
国家として沈没してしまうよ。

たとえ日本が国家として沈没してしまっても、
世襲”政治家”は、
いざとなったらいつでも国を捨てて、
海外に移住できるだけの資産を持った人ばかりなんだから。

大半の国民は否応なく、この国と運命を共にするしかない一方で、
国家や国民と運命を共にする覚悟を持った政治家が、
果たして今の日本にどれだけいるんだか…

クリックすると元のサイズで表示します このままでは社会秩序崩壊、財政破綻…国家沈没?!
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2008/9/25

だんな様は心配性  家族のことつれづれ

昔、『おとうさんは心配性』と言う少女漫画があった。ヘタウマな絵に強烈なギャグで笑わせてくれた。確か岡田あーみん、と言う漫画家だったような…すごく印象に残っているせいか、何かにつけて「○○は心配性」と言うフレーズが頭に浮かぶ。で、本日は「だんな様は心配性」。

夫が今朝、出張に旅立った。今回はなんと15年ぶりに某所で英語で講義を行うことになっている。以前、チーフを務めていた職場だけれど、彼がいた頃とはだいぶ様変わりしていることだろう。久しく英語とは無縁の仕事をして来たし、久方ぶりの教壇復帰で、出発前は少し不安げな表情だった。

しかし、私の目には杞憂に見える。彼はTOEICは820点のスコアだし、一昨年英検もかなりの高得点で準一級を取得している。こと英語に関しては問題ないと思う。後は講義の内容なんでしょうね。キャリア的にも失敗は許されないと言うプレッシャーが不安にさせるのでしょう。そうは言っても、仕事はキッチリとやり遂げる人であることは、この私が一番よく知っている。

50代は個人差が大きい世代なのかもしれない。体力の衰えや仕事への集中力の面で。実際にそうであるか否かは別として、自信喪失に陥りやすい年代なのかもしれない。こんな時こそ支えてあげるのが、家族であり、親友なのだろう。ここが私にとっても踏ん張り処。

だんな様の為なら、えんやこ〜ら♪

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2008/9/24

センスは天性のものか  日々のよしなしごと

正直言って、私はファッション・センスに欠けている。だからいつも外出時に何を着ようか悩む。否、悩むと言うより、何を着て良いのかわからない。何か所用あって1人で出かける時や家族との外出なら別に悩まない。悩むのは周りとのバランスを考えなければならないPTAの会合やボランティア活動や友人との外出の時である。結局はTPOをわきまえれば良いと言う線で落ち着いて、無難な格好になる。いつも代わり映えのしない、おしゃれとは言い難い格好である。

ファッションに疎いと言うわけではないと思う。ウォッチングは好きなのだから。先日行った渋谷は面白かった。ファッションは自己表現のひとつ。渋谷を歩くと、思い思いのファッションに身を包む若者の姿に、そのことを実感させられる。おそらく流行はあるのだろうが(最近なら腰まで隠れるチュニック丈に、脚にジャストフィットしたレギンスを合わせるとか。ショートパンツ姿もよく見かける。もっとも多くの人々がそういう格好をし出した時点で、もう流行は終わりつつあるのだろう。特に私たちおばさん世代が取り入れだしたら、若者は嫌がって、さっさと次の流行に乗り換えるように見える)、渋谷の若者は流行を追うと言うより、その一部を取り入れつつも、自分流にアレンジして、自分の個性をキッチリ主張している子が多いような気がする。かなり考え抜いてコーディネイトしているからか、どれも素敵で見ていて楽しい。とりわけ、カレシと一緒の女の子や1人で闊歩している女の子は素敵だ(対照的にグループで歩いている子は、まるでユニフォームのように揃いすぎていてつまらない)。渋谷に比べたら、例えば、横浜はやっぱりコンサバな印象。

一方、私が住んでいる所もそれなりに都会だが、道行く若者のファッションは無難に世間の流行を追っているという感じで、没個性である。とりあえず流行を押さえておかないと恥ずかしい、と言う発想なんだろうか?若いと言うだけで(特に今の若い世代は親世代よりプロポーションが美しい)それなりに着こなせてしまうので、きれいはきれいなのだが、今ひとつ心ときめくようなファンションにはお目にかかれない〜って自分のセンスのなさは棚に上げて、ウォッチングに興じている。

センスと言えば、創作物でも自分のセンスのなさを実感した。大学時代、美術史専攻だったが、この学科は作家の創作マインドを理解することが大事と言うことなのか、とにかくさまざまな実技を経験させられた。油彩画に始まって、エッチング、彫刻、金工、木工、デザイン、画像のCG加工、写真(撮影から現像、焼き付けまで)。社会人入学と言っても、私のちょうど半分の年齢の若い同級生達とまったく同じ土俵で、その創作を競うことになる。

すると通常の講義ではどんよりとした若い同級生達の眼がとたんに輝いて、それぞれがその美的センスをいかんなく発揮するのだ。例えば、「自画像」と言っても、鏡に映った自分の姿を描き込んだりしない。ある学生はキャンバスの中央に、丸みをおびた輪郭線だけの2つの像を、青色を基調とした淡彩で描いていた。シンプルだけれど、数多ある作品の中で特に印象的だった。彼女の心象の投影なのだろうか?自画像を描け、という課題に、そういう作品で応えた彼女のセンスは、私には真似できないと思った。

このセンスの瑞々しさは若さゆえのものか?それともアートを志向する時点で、卓越したセンスの持ち主と言うことなのだろうか?さて、センスのない私は彼女達にどう対抗したか?実はひたすら努力して、丁寧な仕上げに傾注した。だから特に木工で自分なりに納得のできる作品を仕上げることができたように思う(私は”芸術家”と言うより”職人”だな)。

センスは磨くものなのか?それとも天性のものなのか?私は美しいものが好きだが、残念ながら美的センスには欠けている。昨年はPTA主催の陶芸教室でも、そのことを実感した。これまで何度も参加していると言う女性の作品は、やはり誰の目にも素晴らしい仕上がりだった。形、色遣い、素材の選択、どれをとっても独特のセンスが光る。何度も参加するうちに腕が上達し、美的センスも洗練されて行ったのか?否、私が同様に参加を重ねたとして、技術的な問題はクリアできても、センスはどうにもならないような気がする。何にしても、或る程度学習(磨くこと)はできても、天性のセンスの良し悪しは人それぞれのような気がしてならない。それは天賦の、個性のひとつと言っても良いのかもしれない(つまりは、誰しも何かしらひとつは、他の人より秀でたもの、輝く個性を持っていると私は信じたいわけです。それをできるだけ早く見つけ出し、伸ばして行くことが自尊心を育み、結果的に自らの人生を充実させることになるではないかと思う。自分にないもの、欠けたものを数え上げても虚しいばかりで、何も良いことはないのだから)
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2008/9/22

独自路線で酪農業が大成功〜田中義剛  はなこのMEMO

日本の農業にはもう未来はないのかと思っていたら、新しいタイプの酪農家が誕生していた!

最近、農業にしても、食の安全にしても明るい話題がないと暗澹としていたら、意外な話題を目にした。

新聞販売店は集金時にサービスで美術展覧会の招待券をくれたりするのだが、それは月一の店長会議の時に、新聞社が主催する展覧会のチケットを安値で卸している、と言うのは以前書いたと思う。しかし新聞店もこのところ懐具合が厳しいのか、チケットが入手できなかったと言っては、代わりに雑誌『日経マネー』(定価650円)を持って来る。せっかくだからと読んでみた。

その中で、お国訛りの素朴な語り口をウリにしているタレント、田中義剛へのインタビュー記事が一番面白かった。最近あまりテレビで見かけないと思ったら、すっかり酪農家として成功しているではないか。このところ酪農業全体が、海外からの輸入頼みの飼料の価格高騰で青色吐息の状態であるのに対し、花畑牧場代表取締役社長、田中義剛は、日本の農業を牛耳っている「JA(農協)」や北海道に君臨する「ほくれん」と距離を置き(←思い切ったことをしたものだなあと思う。軋轢や困難はなかったのだろうか?新規事業者であるがゆえに余計なしがらみもなかったのが幸いしたのか?それともインタビューでは敢えて触れられていないだけなのか?)、独自路線で驚異の利益率を上げ、大成功を納めているらしい。その逆転の発想には感心した。

まず、大量生産、大量消費の近代資本主義とは逆を行く、少量生産、少量販売で、カチョカヴァロというチーズをヒットさせ、最近では独自ブランドの生キャラメルを大ヒットさせている。生キャラメルは1箱12粒で850円とかなりの高値だが、小さな鍋に作業員ひとりが張り付き、45分間煮詰めて約40個を作るのがやっとだと言う。すべて手作業で作られるこの生キャラメルは、基本的に新千歳空港の直営店でしか買えない。希少価値を高めた戦略は大当たりして北海道土産として人気を博し、全国的に知名度を上げた今は、ネットでの限定販売や全国各地のデパートでの北海道物産展でもさらに売り上げを伸ばしているらしい。「高いコストをかけて東京に店を持たなくていいんです。道内の人は850円のキャラメルは買わないですから、道内の直営店を増やす必要もありません」〜なるほど!

「牧場の今期売上高は50億円の見込み、最終利益率は15%です」
「自分で作って、自分で管理して、自分の価格で売るからこその利益率15%。今は20%を目指しています。」

さらに養豚業でも彼は注目を浴びているらしい。通常、養豚業者は配合飼料をコンピュータで与え、少ないスタッフで大量に育てている。しかし花畑牧場では、チーズを作る過程で出るホエーという乳清の絞り汁と、近所の豆腐店から貰った十勝大豆100%のおからを豚に与えていると言う。「ホエーは乳酸菌たっぷりで腸を健康にするから豚に飲ませよう」「おからは豆乳たっぷりで栄養満点だが、腐りやすく保存がきかないから豚に食べさせよう」と言う発想。未使用だった(以前は棄てていた?)この二つの資源を活用した結果、「肉質が柔らかく、脂もすごく甘い豚ができた」

豚の相場は一頭3万5000〜3万6000円。それに対して花畑牧場の豚は、”手作りで安心”をセールスポイントに「花畑牧場のホエー豚」というブランド名で、1頭15〜20万円の高値で取引きされると言う。

さらに近隣には総工費10億円をかけたオートメーション完備の豚舎があるのに対し、花畑牧場の豚舎は3000万円で建てたビニールハウス。床にはバイオベッドと言っておがくずを敷いている。設備投資のコストダウンをはかりつつ、資源再利用のエコフィードと人手を惜しまないことで高級ブランド豚を生み出し、利益率はなんと30%である?!


【感想】

経済誌なので、どうしても事業としての成功が大きく取り上げられがちだが、消費者の視点で見れば、結果的に限りある資源を無駄にせず、安全な食品を供給している田中義剛の経営姿勢は評価に値すると思う。また、村の人口の10分の1を花畑牧場で雇用していると言うから、社会基盤の支え手としても貴重な存在だ。ただ先駆者メリットとは言え、養豚の利益率30%はいくら何でも儲け過ぎだろう。何れ競合他社が出てくれば、競争原理が働いて、もう少しリーズナブルな価格で、安全でおいしい豚肉が消費者のもとに届くことになるのだろうか?そうなったらなったで、田中義剛は既に新たな方向を見据えて、新規事業を開拓しているような気がする。長期的視野で経営を展望するなど、彼がこれほどまでに経営者として優れているとは想像だにしなかった。正直、驚いている。

(記事の出典は『日経マネー』2008年10月号、pp84-86。はなこが要約し再構成)

【追記 2008.09.22 22:00】
生キャラメルって、実際にもの凄い人気なんですね。先日横浜そごうで開かれた北海道物産展では整理券配布で午前中には完売?食べた人の話では、味がとにかく素晴らしいらしい。今日午後のニュースによれば、最近の政府調査で6割の人が前年より生活が苦しくなったと答えたらしいですが、それでも一方で12個850円の生キャラメルに殺到する人々がいるわけです。やっぱり貧富の差、拡大なのかな?
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2008/9/22


ある年配のボランティア・スタッフは口癖のようにこう言われる。
「所詮、私たちは素人なんだから」と。
しかし、その方は海外経験が豊富で、年に何度も渡欧し、数多くの美術作品を眼にしており、その審美眼はたいしたものだ。ある創作活動にも長年従事するなどクリエイティブな一面もあり、その作り手としての視点はギャラリートークでもいかんなく発揮されている。

私は彼女の、その謙遜としか受け取れない言葉を耳にする度に、ある教授の言葉を思い出すのだ。その教授は特に教養ゼミで厳しくも温かい指導を受けた先生で、在学中最も影響を受けた恩師と言って良い。その尊敬すべき恩師が、卒業式後の謝恩会で私に向かってこう言われたのだ。
「さあ、今日から君も研究者の端くれだ」
思わず背筋がピンと伸びるような緊張感を覚えた。大学を卒業してもう5年になるが、恩師のその言葉を思い返す度に、自らの不勉強を恥じてしまう自分がいる。そして、上述の彼女の言葉に
「いいえ、私は研究者の端くれです」
と言い返せない自分を情けなく思う。

美術館のボランティアは、選考時にボランティア歴は問われても、美術に関する専門知識は問われない。しかし、元々美術や美術館を愛する人々の集まりなので、ボランティアとして採用されれば、国内外の文献に目を通し、国内外の美術館を訪ね、積極的に講演会にも出席するなどして、日々研鑽を積んでいる。その熱心さには、同じボランティアながら感心するばかりだ。この4年半の間に、私の大学時代に得た知識など凌駕するだけの知識を得た人も中にはいるかもしれない。そうした同僚に刺激を受け、かなり焦りを感じながら、私も勉強に励んでいる。とにかく読む、観る、咀嚼する。勉強すればするほど、自分の知識と理解力の乏しさに愕然とする毎日だ。
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2008/9/21

何がきっかけで子供は伸びるかわからない  はなこ的考察―良いこと探し

私は(親の無関心も原因だと思いますが)言葉が遅く、小学校に入学するまで自分の名前すら書けませんでした。低学年の頃は年に言葉を二言、三言発するのがやっとで、小3で2度目の転校の時など、転校する当日までクラスメイトに転校のことを話せなかったほどでした。

その弱点を補うかように、絵を描くのは得意でした。私が自分に自信を持つきっかけとなったのは、描いた絵がコンクールに何度も入賞するなどして、徐々に周囲から私の存在を認めて貰えるようになったからかもしれません。当時、自分では絵が上手いという自覚はなく、校内外のコンクールに入賞したり、校内の文集の表紙を私の絵が飾ったりしたので、「あなたは絵が上手ね」と褒められたのを覚えています。やはり子供ですから(子供ならずとも)褒められれば嬉しい(今から考えれば絶対的な才能があると言うより、子供らしい自由な筆運びや色遣いが評価されたようです)。

人間、自信を持つと強い。転校したことも幸いしました。転校前の私を知る人はいないのですから。発語はなくとも本はよく読んでいましたから、言葉は内に貯めていたのですね。ちょうどその頃、初めて自分の国語辞典も手にして、その辞典がボロボロになるまでひきまくりました。新聞を隅から隅まで読み始めたのもその頃。友人と競い合うようにして図書館の本を貪り読みました。日に2冊読んでしまうこともありました。気に入ったシリーズや作家の作品を通して読んでみたり、棚一段の本を読破したり、ある分野の本を片っ端から読み漁ったり。

そうこうしているうちに、小4の頃には国語が得意科目になっていました。ジュール・ベルヌの『十五少年漂流記』に触発されて、処女小説『4人兄弟漂流記』を創作(笑)。小5の秋には私の作文が全国誌に掲載され、県の選抜文集にも学校代表で掲載されました。全国誌の作文を読んでくれた秋田県の女の子から手紙が届き、以来、彼女との文通は20代半ばまで続きました。

思い出したことがもうひとつ。私は基本的に左利きで、字も左手でペンを持って書くのですが、書道は左から右への運筆が基本なので左手では書きづらいと思い、最初から右手で筆を持ちました。当然、違和感があります。ところが、その違和感が功を奏して、運筆が大らかで良いと評価され、コンクールに入賞したりしたのです。小6の時には各学校の筆自慢が集って書を競う大会の学校代表にも選ばれました。何が幸いするか分からないものです(笑)。

中学、高校では国語の成績が学年でトップクラスになりました。高校の創立記念誌に在校生代表でエッセイも書きました。小学校入学時には自分の名前さえ書けなかったこの私がです。また、高3の時には特別それに向けて勉強したわけでもないのに公務員模試の成績が学内トップを記録し、国家公務員試験にも合格しました(結局公務員にはなりませんでしたが)。その後十数年のブランクの後、社会人入学した大学を首席で卒業できたのも、全ての学問の土台となる国語力の賜だと思っています。そして子供の頃、まともに声も出せなかった自分が、今では多い時には20人以上の人を前にしてギャラリートークを行っています。人生って分からないものです(そもそも美術館でのボランティア活動は、私に伸びるきっかけを与えてくれた「絵」への恩返しでもあります)。

もちろん、世の中を見渡せば上には上がいるものですが、私個人の体験として、当初誰からも顧みられなかった自分が、よくぞここまで来られたものだと思います。何がきっかけで、子供は伸びるかわからない。子供自身の伸びる力を、大人は信じてあげるべきなのかもしれません。

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2008/9/21

人に注意するのは難しい  日々のよしなしごと

駆け込み乗車、9割が黙認 公共交通機関の世論調査 

20日発表された鉄道や航空、バスなど公共交通機関に関する内閣府の世論調査で、電車に駆け込み乗車したり着陸した航空機が停止する前に席を立ったりする行動を見た人の6割は、危険だと思いながらも、9割の人は「黙認」している実態が浮き彫りになった。止めたり注意したりした人は5%で、高齢者が多かった。調査は全国の成人男女を対象に7、8月に実施、1822人から有効回答を得た。


内閣府って、国民の動向について、いろいろ調査しているんですね。先日も個人ブログの稼働率についての調査結果を目にしたばかりです。

公共交通機関での危険行為について、アンケートに答えた人の6割が「危険」と感じながらも、その内の9割は「黙認」している、というのはそう驚く結果でもないですね(逆に4割の人は危険とさえ感じていない?)。

危険行為もその内容によりけりで、例えば「電車への駆け込み乗車」など、「私は絶対しない」と言い切れる人が果たしてどれだけいるのでしょうか?実際、毎回電車を利用する度に、かなりの数の人が駆け込み乗車をしているのを目にします。同様のことを自分もするかもしれないのに、他人を注意できるはずがないですね。私もこの件については人に注意できる立場にありません。

「着陸した航空機が停止する前に席を立ったりする」人もそう珍しくないですね。我がちに席を立って、天井部分の収納庫から荷物を取りだそうとする人は後を絶たない。機内という密閉空間から一刻も早く抜け出したい気持ちはわからないでもないですが、荷物が誤って手から滑り落ちて、他の誰かの頭を直撃するかもしれないので、これはハッキリ言って止めた方が良いと思う。

一方、前述の「駆け込み乗車」は、それによって他の乗客が危険な目に遭うと言うより、「駆け込み乗車」をした本人に危険が及ぶ可能性が高い。この点で、人々の中では、それぞれの危険行為に対する「許容度」も違ってくるのではないかと思います。一律には語れません。

言うまでもなく、人に注意するにあたっては、その前提として「自分はけっして”注意の対象となる行為”をしない人間である」必要があります。このハードルを越えない限り、注意する資格はありません。例えば「たばこのポイ捨て」をした人に対しては、少なくとも自分は絶対に「たばこのポイ捨て」などしないと誓える人だけが注意できる。もちろん喫煙者であっても構わないのです。「たばこのポイ捨て」さえしないのであれば。全てにおいて完全無欠である必要はないわけです。

先日、元NHKアナウンサーで、現在は良好なコミュニケーションについての啓蒙活動をしておられるという男性のブログで、以下のような記述(要約)を見つけました。

〜早朝、犬の放し飼いを禁じられている公園で、犬を放し飼いしている男性を見かけ、注意をした。しかし注意の仕方があまりにもストレート過ぎて、お互い気まずい思いをした。もう少し相手の立場に立って注意をすべきだった。〜(詳しくは→初対面の人に注意すること)

明らかに相手のルール違反であっても、やはり相手の立場にも配慮して、注意を促さなければならないのでしょうか?実際問題、こちらがルールを楯に強く出れば、相手は反発して、こちらの注意を聞き入れてはくれない。相手がなぜルール違反をするに至ったかの事情を汲んだ上で、相手への説得を試みるのが最善の策、と言うことでしょうか。

相手を翻意(改心?)させるための方便ではありますが、注意する方はかなりストレスが溜まるなあ〜。結局は自己中の人(自ら定めたルールに従って生きている人。何より誰より自分が一番で、他人への迷惑を顧みない人)に対して、ルールを守っている側がそこまで気を遣わなければいけない。その割の合わなさが、人々を黙らせてしまうのでしょうね。「注意するだけ損」と。

注意する(正確には”相手を翻意させる”)には、高度なコミュニケーション能力が要求されるのです。だから人に注意するのは難しいし、勇気が要ります(厳密に言うと危険行為や迷惑行為に対して「注意する」と「不快感を表明する(怒る)」はまたチョット違いますね・笑)。

これが仕事の現場となれば看過できません。放置すれば現場の士気の低下に繋がり、業績にも影響しかねない。そこで管理する立場にある人は、テクニックを用いて対処する必要があるのですね。”いかに相手を自分の味方につけるか”という観点で具体例を挙げて、諭し方のテクニックを教授した下記のサイトは役立つかもしれません。(→人に注意する際の言い方は?)

それにしても内閣府のこうした世論調査の結果発表は何を意図したものなのでしょう?現状認識を促すものなのでしょうか?それとも問題提起なのでしょうか?
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2008/9/19

知ってて当然と思うのは大間違い、と言う話  ボランティア活動のこと

ここ最近のボランティア活動で、ハッとさせられたこと。

■ある都立高校の美術コースの生徒さんとの対話型トークで

対話型トークと言えども、相手が高校生ともなれば、やはり小中学生とは違った対応をします。より一般成人向けトークに近い形で、解説を多めに。

さて、ギャラリートークを終えて最後に質疑応答の時間となりました。
「最後に何か質問があれば、どうぞ。答えられる範囲でお答えしますよ」と私。
するとひとりの女子生徒がおそるおそる聞いてきました。
「あの…ここの美術館には本物がどれくらいあるのですか?」

な、なんと…!彼女は美術館にある作品は殆どが複製画と思っていたらしいのです。こんなに沢山の西洋の美術作品が、日本の美術館にあるはずがない。そう思いこんでいたらしいのです。

そこで私はどう答えたか。

この美術館にあるのはすべて本物であること。油彩画は世界でここにしかないもの(1点物)ばかりであること。この美術館のコレクションの核となっているのは、明治・大正期に活躍した実業家が「日本の人々に優れた西洋の美術を見せてあげたい」と私財を投じて、直接ヨーロッパにまで出向いて買い集めた作品であること。例えば、今では時価80億円の価値はあると言われているクロード・モネの《睡蓮》は、画家との親交の証として、画家のアトリエにあったものを特別に譲り受けたこと。現在の美術館の買い付け予算額では到底購入不可能な作品が、この明治の篤志家のおかげで、数多くコレクションとしてこの美術館にあるのだということ…と言うようなことを話しました。

質問の少女は最初は驚いた様子で辺りを見回し、次の瞬間、心なしか眼の輝きが増したようでした。この後、20分程度の自由鑑賞の時間でしたから、彼女は先ほどとはまた違った感慨で、美術館の作品を見てくれたはずです。

■ファミリー向けワークショップでの、彫刻を前にしたギャラリートークで

ワークショップは毎回新しいプログラムに挑戦中。実施前に企画者によるトライアルでプログラムの流れ、具体的な作業内容は学ぶものの、実施と言う意味では一回目の担当はぶっつけ本番と言ってもよく、当然緊張もしますし、実際にやってみて気づく改善点も出て来ます。ワークショップ終了後のミーティングでは、参加者アンケートも参考に、美術館スタッフと担当ボランティアで改善点について話し合い、2回目以降はそれを踏まえて修正を図ります。

1回目で父兄から「彫刻のギャラリートークなのに彫刻についての説明が殆どない」とのコメントがあったので、2回目では図版も使って、彫刻とは何か、彫刻の種類、ギャラリートークで取り上げるブロンズ彫刻の簡単な制作プロセスの解説などを行いました。そこで
「この展示室にあるブロンズ彫刻作品の殆どはフランスの彫刻家ロダンと言う人が作ったものです」
と解説しながら、私がロダンの制作風景をとらえた写真を見せたところ、ひとりの少女から驚きの声が上がりました。
「え〜、ロダンって、彫刻を作った人だったの?《ロダンの考える人》のロダンは人の名前だったの?」

そう、彼女は今まで「ロダン(作)の《考える人》」ではなく、「《ロダンの考える人》」と言うタイトルだと思いこんでいたらしいのです。


以上のように、私たち美術館側が当然子供達が知っていると思いこんでいることは、必ずしも周知されていないことが多いのですね。こうして子供達とのやりとりを通して、子供達の認識度を知ることは私たちにとって大事なことだし、また意外に楽しいことでもあります。一方子供達にとっても、このような形で美術について知る機会を得たことは、美術館体験として印象深く、後々プラスに作用するのではないでしょうか?
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2008/9/19

朝から何が嫌って…  はなこのMEMO

前日にアイロンでピシッと仕上げた夫のワイシャツの背中が、出がけにはもうシワシワになっていること。徒労感でガクッと来る瞬間です。


息子の何が嫌って…

中学の時にキッチリ仕込んだはずのワイシャツのアイロン掛けが、いつの間にか自己流になっていて、仕上げもイマイチなこと。私が教えた通りにすれば、変なアイロンジワなんてできないのに。

しかも最近思い出したようにアイロン掛けを再開したかと思ったら、3日坊主に終わったこと。1日や2日かけたくらいで、友達に「アイロン掛けは自分でするんだ」と自慢なんかしちゃダメだよ。有言不実行じゃん。あ〜恥ずかし!
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2008/9/18

パキスタンの政情不安はただごとではないようですね  気になったニュース

パキスタンはイスラム圏で唯一核兵器を保有する国。パキスタン在住の物理学者の証言によれば、政府からの正式発表はないものの、現在50〜100個の核兵器が10〜15カ所に分散して保管されているらしい。その核兵器をアフガニスタンのタリバンが狙っているとの噂がある。

一方、米軍はタリバンの拠点のひとつとなっているアフガニスタンとの国境近くのパキスタンの村を秘密裏に攻撃する計画だったようだが、ムシャラフなき今、その情報も現地マスコミに筒抜けで、もし攻撃があればパキスタン軍は越境攻撃とみなして応戦すると言明した(一応、米軍とパ軍は対テロで同盟関係にあるのですが、パ軍は元々タリバンとは兄弟関係にあるのだとか〜関係が複雑過ぎてワケわかりません)。

戦争の火種がどんどん拡散して行く。しかもパキスタンは核保有国。軍トップは核兵器の保管について「万全のセキュリティ」と豪語するが、人間のすることに完璧はない。何より政情不安で、パキスタンの今後の情勢は不透明感が増す一方なのだ…

と言うようなことを、先ほどテレ朝の報道ステーションでレポートしていた。


人間世界はあらゆるベクトルが破滅へと向かっているような気がしてならない。もういろいろあり過ぎて(ホント、もう何が起きても驚かないよ。たぶん)何が何だかわからないよ。
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2008/9/18

三笠フーズ事件に見るこの国の機能不全  「食」についての話題

三笠フーズによる事故米の不正流通事件。不正者は三笠フーズに止まらず、被害も拡大する一方だ。事故米と知らずに口にしてしまった人々だけでなく、末端の加工業者も被害者と言える。

工業用として破格の卸値(3円/KG)で農水省から卸した事故米を、食用として高値(70円/KG)で転売した三笠フーズや浅井の企業倫理感のなさは言うに及ばず、監督官庁である農水省の管理能力のなさ、事件発覚後の対応から見える無責任体質には怒りを通り越して恐怖を感じる。こうした企業や官庁に、私たちの「食」を任せて大丈夫なのか?大丈夫なわけないよね。いったい誰を信じたら良いのか?極端な話、自分の口に入るものは自給自足ですべて賄え、ってことですか?そんなの現実的に考えて無理だ!

それでは、どうしたらこのような不正を防ぐことができるのか?ひとつには、流通経路をシンプルにすることだと思う(つまり、生産者を明らかにできない、流通履歴が無駄に複雑な業者からは原料を卸さない)。

農水省の監督下で、農産物を取引きする際に、どのようなルートを辿ったか一目瞭然の履歴表を添付、もしくは提示するよう義務づけたら良いと思う。所謂トレーサビィリティ(traceablity)だね。(←でも中間業者が皆グルだったら意味ないか…)。また農産物取り扱い業者には不正がないか、不定期に”抜き打ち検査”を実施する。検査官が業者と必要以上に親しくならないよう、同じ検査官を同一の場所には派遣しない。業者による接待厳禁は言わずもがな。既に報道されているように、不良品は流通させないこと、買う側も、袋のラベルを盲信するのではなく、中身を自分自身の目で確認することは重要だろう。今回の不正のからくりを徹底的に明らかにして、今後はその真逆のことをすれば良いのかも。

実際、三笠フーズの不正のからくりを見てみると、不正発覚を防ぐ為に、わざと幾つものダミー会社を経由させて流通経路を複雑にしている。一般に日本の流通システムは他国と比べて複雑だと言われており、ほとんどの商品は幾つもの中間業者を経て、私たち消費者のもとに届いている。こうした商習慣が不正取引の温床になっているのは、今回の一件でも明らかとなった。さらにこれは物価の押し上げ要因にもなっている。現に「中間業者カット」「産直」をセールスポイントに、低価格販売を実践している業者がいるではないか。トレーサビィリティを確立する為にも、商品価格の適正化の為にも、流通経路はシンプルにすべし!

食の安全を確立する為にはまず「私たち消費者が口にする食品の身元を明らかにすること」に尽きる。生協で取り扱う農作物は既にそれが常識となっており、そこからさらに一歩進んで、生産者と消費者の直接交流事業の推進や飼料高騰に喘ぐ生産者への生協会員からの緊急カンパなどによって、相互扶助の仕組みが作られつつある。生協の代名詞とも言える「産直」は、今後「食の安全」に敏感な消費者には、重要な選択要素となって行くだろう。

もちろん、生協とて万能ではない。残念ながら、それは一部生協が取り扱った中国天洋食品による毒ギョウザ事件で、私たち消費者は既に学習済みである。ここでのキーワードは「加工食品」である。自分が口にするものは、身元の明らかな食材を使って、できるだけ自分で調理する。これが理想。私たちは自分たちの手間を省いた時点で、誰かに自分の身の安全を委ねることになるからだ。委ねるとすれば、その委ねた相手が信頼に足る人物か、業者か、判断するのは私たちの自己責任となる。その信頼のよすがとなるのは、内容に見合った価格かもしれないし、人物、業者の適正な開示情報かもしれない。もちろんその前提として、監督官庁である農水省の意識改革が重要である(それにしても農水大臣になる人は無能な人が多い印象。頭の中は利権のことだけでいっぱいか)。スーパーバイザーとして、農水省がすべての農産物の信頼性を保証してくれなければ、それこそ私たちは自給自足の生活を迫られることになる。

今回の事件では解決に向けて、初代消費者庁長官と目される野田聖子議員が陣頭指揮を取ることになった。実は、例えば米国のFDA(Food and Drug Administration)に相当するような、全面的に消費者、国民の立場に立った官庁が、日本にはこれまでなかった。既存の官庁はそれぞれの監督産業と分かちがたく結びついており、消費者や国民の利益より、産業の利益が優先されることが多かった。今回野田議員が”大岡裁き”を見せて、国民の納得するような解決策を見いだしてくれれば、まだこの国の国民、消費者は自分の命を政府に託せるのだが…(消費者庁設立のあかつきには、他のすべての省庁に文句を言える権限を与えないと意味がないだろう。消費者庁がうまく機能すれば、消費者庁の道筋をつけたと言うことで、今は評価が散々な福田首相も、後世でその功績を称えられるかもしれないよ。)
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2008/9/15

ボランティア研修〜成人を対象としたトークに向けて  ボランティア活動のこと

私がボランティアを務めている美術館でのボランティアの位置づけは、美術館が行う教育普及事業のサポートスタッフとでも言いましょうか。通常、私たちボランティアは、主に小・中・高生を対象としたスクール・ギャラリートークを平日に、6〜10歳の子供のいる家族を対象にワークショップを年に2回の割合で土曜日に実施(*1)しています。

スクール・ギャラリートークは参加者を学校単位で受け入れ、米国のある美術館スタッフの発案で始まった「対話型トーク」という形式で行われます。ボランティアスタッフ1人当たり6〜10人程度の児童生徒を担当し、約30分かけて彫刻1作品、絵画2作品を一緒に見て回るハイライトツアーです(*2)。「対話型トーク」ではスタッフが一方的に作品解説をするのではなく、児童生徒にも作品を見ながら感じたこと、気づいたことを率直に発言してもらいます。実際に作品を目の前にしてのスタッフとのやりとり、児童生徒間のやりとりを通して、単に作品についての知識を得るだけでなく、児童生徒個人がじっくり作品を観察し、作品と向き合うことを促すものです(発語があれば嬉しいですが、なくてもその心の内には何らかの思いが沸き上がっていると想像します。通常はトークの後20〜30分自由鑑賞の時間を設ける学校が殆どです)。

これは「芸術作品は”頭で理解する”というより”心で感じるもの”」と言う前提で作品を鑑賞する形式と言えるでしょうか?特に美術鑑賞が初めてで、その術を知らない子供達にとって、美術作品への最初のアプローチとしては最適な手法だと私は思います。実際、スクールギャラリートークを利用せずに美術館を訪問されている児童生徒さんの姿も多く見かけるのですが、その場合、作品を一瞥するだけで通り過ぎる児童生徒さんが少なくありません。どうも作品とのキャッチボールが成立していないように見受けられ、せっかく美術館まで足を運んでくれたのにもったいないですね。既にスクールギャラリートークは数十校以上の受け入れ実績があり、一度利用された学校のリピート率も高く、口コミで年々利用者も増えていますが、さらにより多くの学校に利用していただきたいですね。

(*1)本来は40分かけて彫刻1作品、絵画3作品を見て回るのですが、現在は新館が工事の為閉館中なので、短縮バージョンで行っています。
(*2)ひとつのプログラムを2ヶ月間に渡って計12回程度実施します。1回につき2時間程度のプログラムです。事前申し込み制です。

先日、美術館の無料開放日に実施する一般成人を対象としたトークに向けての研修がありました。これはスクールギャラリートークと違い、一般の美術館で行われている学芸員(研究者)によるトークに近い形式の解説型トークです。以下はその時のメモ。

【一般成人向けトークにおけるポイント〜絵画の場合】

《導入》

・作品名、作家名、制作年
・作家の美術史上及び活動期の画壇での位置づけ

《作家の来歴》

・生年、主な活動の場所
・修行時代〜どこで、誰から学んだか?
・当時の画家を取り巻く環境
 ・身分、職場の形態(工房?)
 ・自由度(主題の選択など)
 ・時代背景(政治、宗教、経済、社会全般の状況など)

《作品について》…まずじっくり見ることを促す(それから作品解説を始める)

主題について
 ・どのような主題か?
 ・物語画ならば、その元となった物語のどの場面を描いたものか?
 ・主な登場人物について

細部の観察
 ・(あれば)アトリビュートの指摘
 ・作品の描かれた時代を反映したものが描かれている
  or
  物語世界の世界観が反映されている
 ・構図について
 ・作品の位置づけ
  ・同時代の作品との比較(図版を用意)
  ・異時代の同主題作品との比較(図版を用意)

《まとめ》
 ・簡単な質疑応答

これは美術館スタッフが手本に模擬トークを行ってくれた際のメモで、トーカーの手の内を明かすようですが、聴き手にとっても予め知っておけば、作品への理解がより深まるポイントだと思います。あいにく今回、私は(当日美術館に行けない為)このトークを実施する機会はありませんが、次回の為に勉強のつもりで聴講しました。
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