2007/7/31

他者に寛容であれと願う〜アフガン拉致事件に思うこと  気になったニュース

 アフガニスタンではキリスト教系韓国人ボランティアが反政府組織タリバーンに拉致され、26日朝にはその内のひとりの遺体が確認されました。アフガニスタンの為に良かれと思って参加したボランティア活動で牧師と目される男性が命を落としたことに深い悲しみを覚えます。

 タリバーンはかつて世界の貴重な文化遺産であるバーミヤン遺跡を破壊しましたね。自文化を尊ぶのは当然のことですが、同時に他者の文化を尊重することも大事なことであります。それが多文化共存共栄の唯ひとつの方法であろうから。しかし残念ながら彼らは視野狭窄に陥って、その行動には寛容さが微塵もない。

クリックすると元のサイズで表示します タリバーンにより破壊されてしまったバーミヤン遺跡

 行き過ぎた原理主義思想(原理主義そのものが悪いわけではない。その思想をどう行動づけるかの問題。また原理主義は何もイスラム教の専売特許でもない。キリスト教にもその一派がある)は他者との摩擦を生むだけで、それが今や世界情勢の重大な不安定要素となっています。

 そうした不安定要素に対抗しうる人間の智慧について、考えずにはいられません。ジョージ・ソロス氏の国家や民族や宗教を超越したボーダーレスなフィランソロピー活動はそのひとつ。さらに、昨年の今頃講演会を聞く機会があったピーター・フランクル氏の処世術にも学ぶところが大きいと思っています。

 今朝も、男性の人質がさらに一人殺害されたとの報道がありました。
日経オンラインより

 当初、病院や保育所などでのボランティア活動の為アフガン入りしたと思われていた拉致被害者ですが、昨日、拉致前の活動の様子が記録されたビデオを見る限り宣教活動も行っていたようですね。韓国メディアでも、彼らの落ち度(韓国外交局のアフガンへの渡航自粛勧告を無視しての渡航。さらに警告を無視しての危険な陸路での移動)について言及していたり、教会の売名行為ともとれる、現地の事情を無視した無謀な海外宣教活動への批判記事が見られます。

拉致被害者が属するムンセル教会とは?(朝鮮日報)

アフガン拉致:タリバン「キリスト教信者は解放できない」(朝鮮日報)

アフガン拉致:過熱化する海外宣教に韓国国内で批判〜米タイム紙電子版で報じる(朝鮮日報)

 偶然ですが、最近WOWOWで放送が始まった米TVドラマ『ザ・ユニット〜米軍極秘部隊』でもアフガン拉致事件発生前に、「東南アジアのイスラム教区で宣教活動を行う米キリスト教会者が現地のイスラム過激派に拉致され、米軍特殊部隊に救出される」というエピソードが放映されました。このエピソードではせっかく救出したのに数人が避難場所から抜け出して現地に戻り、再び特殊部隊員が救出に奔走するという場面も。「なぜ危険を冒してまでここに留まるのだ」と諫める隊員に対し、宣教師は「私達がここを去ってもまた新たに誰かが来るだろう」と応じるのです。

 韓国政府は自国の外交交渉の限界を認め、アフガン政府に対し収監中のタリバーン兵士の釈放など、事件解決への協力を求めましたが、アフガン政府に拒否された模様。韓国政府及び拉致被害者とその家族にとっては気の毒な話ではありますが、アフガン政府の立場からすれば治安維持の観点から反政府分子をそう簡単には釈放することはできない。

 日本でもイラク人質事件では同情と批判と〜世論を二分するほどの議論が沸き起こりましたが、韓国でも今後拉致被害者の「自己責任」が問われることになるのでしょうか?
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2007/7/25

ミーハー気分で「脳内イメージ」♪  日々のよしなしごと

 以前、AOL内の某BBSで見かけた面白い画像。名前を入力すると欲・悩・H・金・友・遊などの文字が、その人の脳内イメージとして映し出されるというもの。およそ1000通りあるそうです。

 この数日の間に、その画像作成サイト「脳内メーカー」がさまざまなTV番組で紹介されています。人気爆発で今サイトにアクセスしてもなかなか繋がらないようです。今朝の番組ではプログラム開発者にメール取材。その回答によれば、表出文字には特に姓名判断などの根拠はなく、あくまでも”お遊び”だから深く考えずに楽しんで欲しいとのこと。

 試みに私も本名をひらがなで入力して出してみました。他にフルネーム、漢字入力と試してみたら、すべてイメージが変わって出ました。ははは…根拠は全くなしと言われても、その出力結果には自分でも思わずニヤニヤしてしまう。

 ちなみに夫の名前をひらがなで入力したら全て”金”で、その結果に夫は「人をバカにしている。こんな善良な市民をつかまえて」と怒っていました。まあまあ、あくまでも”お遊び”なんですから…

私の脳内イメージ…はてさて実際の私と合致するのでしょうか?(笑)
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2007/7/23

日本の住宅事情と震災被害  はなこのMEMO

 今回の新潟中越沖地震でも寝室に置いた家具が転倒してケガをした人がいた件について、「過去の経験から学んでいないのでは?」という私の指摘に対し、日頃から親しくさせていただいているAOLerのお一人から「日本の住宅事情では寝室に家具を置くのもやむを得ないのでは」とのご意見をいただいた。

 ザッと調べた限りでは、ひとくちに日本の住宅事情と言っても地域差が大きい。まず都市部と地方で、或いは所得格差等で、持ち家率(平成12年度)が異なる。因みに都道府県別では高い順(単位%)に富山82.2、秋田78.6、三重78.6、福井76.8、山形76.5、逆に低い順では、東京44.4、大阪52.9、福岡54.3、北海道55.0、神奈川・沖縄55.8となっている。

 持ち家率の違いは、定住人口の流動性の多寡を意味していると言えるだろうか?持ち家率の高い地域は比較的人口の変動が少なく代々その土地に住む人間で占められているのに対し、低い地域は都市部を中心に外部からの定住者の流入が著しい地域が多い。実は持ち家率は、住環境の重要なファクターである「延べ床面積」とも関係している。

 住宅の平均延べ床面積の全国平均は88uだが、都市部の東京59u、大阪67uに対し、住宅持ち家率の高い富山は151u、秋田は135uと、最大の富山と最小の東京では3倍近い開きがある。と言うのも人口密集地である都市部では集合住宅が多いのはもちろんのこと(東京は67%が集合住宅)、持ち家率の低い都市部では狭小な賃貸住宅も多いからである。延べ床面積の小さい都市部の住環境は、イコール居住スペースの小ささを意味しており、寝室にタンスを置かざるを得ない状況も想像される。今回の新潟県中越地方はどうなのだろう?

 とは言え、やはり寝室にタンス等の家具の設置は危険である。阪神・淡路大震災の経験者から直接聞いた話では、6段チェストがソファにドーンと乗っかったくらいの衝撃であったと言う。関東で懸念されている直下型では、防災対策用品として広く普及している「つっぱり棒型」の家具固定具はあまり意味がない。強いて言えば、壁と家具をビス留めするような固定金具がまだマシだろうか?そもそも建物基礎部分に設置する免震装置も横揺れに対する衝撃吸収はできても直下型には対応できない。

 ママ友達のご実家は阪神・淡路大震災で被害の最も大きかった神戸市長田区で、倒壊は免れたものの1階と2階を繋ぐ階段がスッポリ抜け落ちたそうだ。慌てて2階の部屋から飛び出したお姉さんは危うく転落しかけたのだとか。結局親族一同、2カ月間も学校で避難所暮らしをされたらしい。この方はご親族も何人か亡くされている。危険を回避できるのであれば、「過去の経験」から私達は学ぶべきである。偶然見つけた以下のリンクのブロガーは、阪神・淡路大震災以降、寝室にはベッドしか置いていないそうだ。

もし震度6〜7の地震が起きたら

 自分自身の反省も含めて、私達はモノを持ちすぎなんじゃないか?例えばタンスの肥やしになっている服はないのか?最近夫にも促されて、自宅の不要品の処分をしている。コレがなくても生活できる〜自分の生活で「実は不要なもの」がとても多いような気がする。人生何が起きるか知れないから、できるだけ身軽な方がいい。本当は持ち家すら重荷に感じることがある(現実は長く住める、適度な広さの良質な賃貸住宅が見つからないから買ったのだが、住宅ローンや固定資産税の家計への圧迫や購入価格に比してかなり低い現在の資産評価にはウンザリ)

 震災の辛いところは、社会的階層差がそのまま被害の格差に繋がっていることだ。神戸の新築のマンションは半壊で実質住めない状態になったのに、芦屋の築60年を超える日本家屋(立派なお宅です)は構造駆体部分に殆ど被害がなかった。お金をかけてきちんと建てた伝統建築の家は震災をものともしなかったのだ。神戸では老朽化した文化住宅の倒壊で、その下敷きになって亡くなられた方が多かったのとは対照的である。
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2007/7/23

(28)『アドレナリン』(原題:CRANK)  映画(2007-08年公開)

 土曜日に映画館で見た『アドレナリン』(原題:CRANK←米俗語でヒロポン等のDrugを意味するようです。確かに終始主人公があたかもDrugでTripしているかのようにハイテンションで動き回っている)は、近年稀に見るおバカ映画でしたね。

 私が苦手とするero・グロ・暴力・ドラッグと4拍子も揃って、ある意味衝撃的でした(苦笑)

 主演は『トランスポーター』でお馴染みのジェイソン・ステイサム。しかし、『トランスー』ではクール&タフガイの彼が、この作品ではクールさをかなぐり捨てて、とにかく周囲の迷惑も省みず90分間を駆け抜ける。彼が走り去った後にはガレキと死体の山が…と言っても過言ではない。

 ちょっとショックなのは、お気に入りの映画『バタフライ・エフェクト』のヒロイン、エイミー・スマートが、彼の恋人役でこれまたおバカな女性を演じていること。エーン、イメージ崩れるよ(涙)。

 こんな映画を、分別ある大人ならともかく(楽しめる人は楽しめると思う…)
息子に見せた私はバカ親です。反省。

 偶然ですが、翌日曜日、歌手マドンナの夫ガイ・リッチー監督の作品『スナッチ』(映画館では未見)がWOWOWで放映。本作と似たような激しい動きのカメラワークとクレージーな展開。そしてジェイソン・ステイサムの顔も…『スナッチ』の彼を踏まえて本作を見たなら、そんなに違和感なかったのかも…

 そう言えば本作、アングロサクソン系かつ顔の知れた俳優はジェイソンとエイミーくらいで、後は見たことのないアフロ・アメリカン、ヒスパニック、そして日本人のオンパレード。非主流派・非メジャー系という意味でも思いっ切りB級でした(だからこそあそこまで思い切ったことができたのかも)

病院でも大暴れ…しかもおケツ丸出しで…
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2007/7/22

今回の新潟中越沖地震に思うこと〜「減災」という考え方  はなこのMEMO

《阪神・淡路大震災の負傷原因》
クリックすると元のサイズで表示します (トヨタホームのサイトより)

 「減災」と言う言葉は世の中にどれほど浸透しているのだろう?その意味を認識している人は、この日本に一体どれだけいるのだろう?恥ずかしながら私もよく理解しているとは言えない。

 では「減災」とは何なのか?どういった概念なのか?フリー百科事典ウィキィペディアによれば、「減災(げんさい)とは、災害時において発生し得る被害を最小化するための取り組みである。防災が被害を出さない取り組みであるのに対して、減災とはあらかじめ被害の発生を想定した上で、その被害を低減させていこうとするものである。」とある。

 1994年の阪神淡路大震災以降、日本は完全に「地震列島」と化した感がある。実際ここ10年間に発生した世界のマグニチュード6.0以上の地震のうち、20%以上が日本で発生したと言われている。しかし「地震年表」なるものを見ると、「地震列島」化は今に始まったことではなく、遙か昔から日本は地震多発地域だったことが一目瞭然だ。

 そもそも地球全体から見れば、日本列島は薄皮一枚に過ぎない。その上で私達は暮しているのだ。砂上の楼閣どころではない。地球がくしゃみするだけで、私達の足下はグラグラ揺れまくるほど脆いものだと思った方が良いのかもしれない。震災は忘れた頃にやってくるのではなく、前回の記憶が薄れる間もなくやって来る、予知も当てにならないほど日本列島の至る処で発生する。豪雨並に身近なものとして日常生活の延長線上にある災害と認識すべきなのだと思う。

 それにしても最も危険度が高いと言われながら、発生しないまま現在に至っている関東直下型や東海地震。ここまで来ると、地下深く地震エネレルギーが貯めに貯まっているのでは?と却って心配だ。ストレスは小出しにしないと大爆発を起こすのではないか?だからいつ地震が起きてもおかしくないのだと覚悟しておくべきかもしれない(人間死ぬ時には死ぬものだ。実は戦争で死ぬよりはまだマシだと思っている)

 過去何百年にも渡って地震の発生経験がなく、日本列島で最も安全な地域とさえ思われていた阪神地域での未曾有の大地震。この発生をきっかけに生まれた概念が「減災」らしい。研究に膨大な費用と時間と人間を投入しても、未だ決定的な効力を持ち得ない「地震予知」。その信頼性を根底から揺るがしたのが、阪神・淡路大震災だったのかもしれない。だからこそ「減災」という発想が生まれた。

 「あくまで被害を出さないために万遍なくコストをかける、いわば保険のような発想で行われていた「防災」から、 「如何なる対策をとったとしても被害は生ずるという認識のもと、災害時において被害が最も生ずる課題に対して、限られた予算や資源を集中的にかけることで、結果的に被害の最小化を図ろう」(以上、前出ウィキィペディアより)という「減災」の発想へ。今まさに私達は発想の転換を迫られ、その軸足を「防災」から「減災」へと移すべきなのかもしれない。

 そしてそれは従来の何もかもが行政頼みではなく、行政と地域住民の協働による日頃からの自然災害に強い防災街づくりを始めとして、地震が発生したら被害を被る私達自身の自助努力を促すものである。

 個人レベルでも普段の生活から見直しを迫られているのだと思う。具体的には防災用品の常備はもちろんのこと、非常時の家族間の連絡方法の取り決め、いざとなったら相互に助け合う良好な関係を日頃から近隣住民と築いておくこと、そして室内は極力モノを減らすなど、自分でできること、やるべきことは沢山ある。

 その意味で、今回の地震でも相変わらず寝室にタンスを置いてその下敷きになっている人がいるのが解せない。私達は「過去の経験」から学習しなければならないはずだ。

 昨日の朝の番組では、柏崎市北条(きたじょう)地区の市民の自助努力の様子がレポートされていた。前回の被災の経験を踏まえて、「向こう三軒両隣の助け合い」精神の下、地区の行政センターが中心となって炊き出しや老人世帯へのケアなどを行ったり、個人レベルでも震災に強い家造り(窓を減らし壁を増やすなどの改築)を実行に移している。こうした取り組みを私達も見習うべきだろう。

 とは言え、被災市民の自助努力にも限界がある。被害者へのケアなど、国、自治体レベルでの対応システムが構築されているのかも、マスコミによる被害報道を見る限り気になるところではある。少しは進歩してる?

■参考リンク東京大学・目黒教授の特別講座〜ほんとうの阪神・淡路大震災 
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2007/7/16

小粒だけど『ダイ・ハード4.0』のもうひとりの主役  映画(2007-08年公開)

クリックすると元のサイズで表示します左上がシリル。初主演作『アルティメット』


 敵方のボスは安全なところで指示するだけ(戦争も同じですね。首謀者は最も安全な所にいる。指令塔が死んだらお終いってことでもある。厳密に言うと首謀者〜戦争を始めた人と司令塔は違うけど、同一人物であることが多い?)。最前線で我らがジョン・マクレーンと戦うのは既出のマギーQと、ジョンに負けず劣らずダイ・ハードな男ランド。このランド、体操選手並の身軽さ。クルクル、ピョンピョン、激しく、すばしっこく動き回る。

 このランドを演じるのはフランス人のシリル・ラファエリ。そのアクロバティックな動きは14歳からサーカス学校で学んだもの。主にスタントやスタント・コーディネート、さらにアクションの振り付けで活躍。松濤館空手の達人でもある。裏方としてリュック・ベッソンのアクション映画には欠かせない人物で、2004年には『アルティメット』で主演を果たしている。最近WOWOWでこの映画が放映されたのは、『ダイ・ハード4.0』の宣伝も兼ねてのことだったのか?

 敵方のボスがガブリエル(仏系?米国人)で、アンチ米国政府ということで、敵はヨーロッパ混成チームなのか?フランス語とイタリア語が飛び交う。
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2007/7/10

7月10日は…  日々のよしなしごと

710(なっ・とう)で、納豆の日なんですね

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納豆大好き…
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2007/7/8

『ダイ・ハード4.0』余聞(少々ネタバレあり)  映画(2007-08年公開)

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(1)邦題と原題の違い

 ご存知かもしれないが、『DIE HARD 4.0』は邦題。原題は"LIVE FREE OR DIE HARD"である。

 邦題と原題が違うのはよくあること。たまたま見つけた記事〜J-CASTテレビウォッチ日曜コラム〜によれば、今回の原題は、独立戦争時代にまで遡る有名な演説の一節で、米ニュー・ハンプシャー州のスローガンでもある"LIVE FREE OR DIE"(自由に生きるか、さもなくば死ぬか)をもじったものらしい。だから米国人なら、このタイトルに思わずニヤリとするのだろうか?

 しかし米国人ならともかく、日本人には馴染みのない(と言うより米国以外の国々全てにとって馴染みが薄い?)言い回しだから、今回はよりシンプルで分かり易い邦題をつけたということなのか?確かに『DIE HARD 4.0』の方が、本作がシリーズ4作目、しかも”.0”を付加することでサイバーネタであることを暗示させて、多くの日本人に理解され易いと思う。タイトルの違いの裏に隠された文化的差異?を知るのも楽しいものだね。

 ところが、Rainy Londonさんのブログによれば、英国ロンドンでも『Die Hard 4.0』というタイトルで上映されているらしい。と言うことは、『LIVE FREE〜』は米国内限定のタイトルで、米国を除く全世界では『ダイ・ハード4.0』で通っているということなのだろうか?その方が論理的には納得の行くオチのような気がする。

(2)決めゼリフの謎

「イーピーカイエー くそったれ」
 “Yipee-yi-yea... mother-fucker.”

 
 シリーズを通じて登場する決めゼリフ「イーピーカイエー」が気になって調べたら、以下のサイトに解説があった(綴りと実際の発音に多少違いがあるが、ブルースは確かに”カイエー”と言っている)

 カウボーイの雄叫びのようなもので、ウエスタンショーでよく耳にする言葉なんだとか。特に意味はないらしい。

 第一作で相手に時代遅れの「カウボーイ」呼ばわりをされたジョンがすかさず「イーピーカイエー くそったれ」と切り返したのが、そもそもの始まり…その後の作品の、どの場面で登場するのか、注視してみるのも面白いかも(笑)。

■参考サイト:MEDIA GUN DATABASE(サイトの性格上、ウチのセキュリティソフトに引っ掛かって、リンクできない。興味のある方はググってみてください)

(3)ネーミングの面白さ

 意外なことに、息子の友人の間では『ダイ・ハード 4.0』は話題になっていないらしい。過去のシリーズ作品を見たことのない子が多いそうだ。そう言えばどこかの記事で、「リアルタイムでシリーズ作品を見て来た中年層に人気」ともあったな。私は夫婦50割引で夫とも共に一足先に先行ロードショーを見たのだが、期末テストを終えた息子が見たい(友達を誘ったが、「興味ない」と断られたらしい。それぐらい説得できんのか。まったく…)と言うので、私と夫はマイレージ・ポイントを利用して息子に付き合った。2度目の鑑賞で気付いたこと。それは主な登場人物の名前の符号的一致である。

 なんだ、聖書にまつわる名前のオンパレードではないか?特にジョン(ヨハネ)マット(マシュー→マタイ)ルーシー(ルカの女性名) は、イエスの生涯とその教えを記した福音書記者である。もうひとりのマルコの名前が見当たらないが、もしかしてFBIの副局長ボウマンのファーストネームがマーク(マルコ)かも(笑)。

 敵役のガブリエルのファーストネームはトマス。12使徒のひとりである。イエスの弟子の中では疑り深く、的外れな言動が目立った人物(ファミリーネームのガブリエルは天使の名前だね。所詮、主役にはなれないということか?)対してジョン(ヨハネ)はイエスに最も愛された弟子と言われる。フランスなどは日本のように自由に子供の名前を付けることは許されず(日本は自由過ぎて少々困った事態になっているけれど)、聖人や偉人の名前が殆どらしい。そう言えば、芸術家の名前もやたらとジャン=バティスト(洗礼者ヨハネの意)が多い印象。

 それぞれの役名は単純に聖書にまつわる名前をあてがったのではなく、多少なりとも役名によって各々の性格づけがなされたのだろうか?そう考えて見てみると、また面白いかもしれない。
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2007/7/3

久間防衛大臣辞任の弁  気になったニュース

クリックすると元のサイズで表示します 核廃絶―長崎の声を代弁する人であって欲しかった。

(これ以上自分が大臣の座に居座り続けると)選挙に悪い影響が出るので辞任することに致しました。既に悪い影響を与えているかもしれませんが」

ちょっとちょっと違うでしょう?被爆地長崎選出の国会議員でありながら、たとえ本人が意図することと違った意味で受け止められたとしても、原爆投下を是認するような発言をしたこと自体が、地元のみならず、全ての被爆者をどれだけ傷つけたか、その反省に立って謝罪し辞任するのが本筋でないの?結局選挙の為。何につけても選挙の為。政(まつりごと)は選挙の為にするものではないでしょう?国の安定を図るためでしょう?じゃあ、選挙がなかったら、どうでもいいんかい?だいたい、その失言は瞬く間に世界中に広まって、世界規模で日本という国が誤解されることになったかもしれないのだよ。国益を損ねたと言えるかもしれない。

自分の発言が与える影響を何ら考慮することなく、安易な発言をする、誤解を与えかねないような発言をすること自体、人の上に立つ資格ないですよ。政治家失格です。長崎県人はどうして、このような人を国会に送り込んだのかねえ…?
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2007/7/2

(27)ボルベール<帰郷>(原題:VOLVER)  映画(2007-08年公開)

クリックすると元のサイズで表示します プログラムの表紙♪エンドロールのなんと艶(アデ)やかなこと!

 『オール・アバウト・マイ・マザー』
 『トーク・トゥ・ハー』
 そして、本作
 『ボルベール』

 ペドロ・アルモドバル監督の女性賛歌3部作の最終章を飾るに相応しい作品だと思う。始まりはサスペンス・タッチ。全編を彩るが色鮮やかで生々しい。粗筋は敢えて知らずに見た方が楽しめると思うのでここでは紹介しない。

 母娘3代に渡る因果に、運命の残酷さを感じた。懸命に生きているのに報われない彼女達。しかし、その過酷な運命を受け入れ逞しく生き抜く姿は、人生賛歌とも言うべき味わいに満ちている。
 
クリックすると元のサイズで表示します  ペネロペの女っぷりをご堪能あれ!

 主人公のライムンダを演じるペネロペ・クルスは真性のいい女になった。小悪魔的な魅力に円熟味も加わって(と言っても、まだ33歳!容貌的には監督の要望に応えて”つけ尻”まで装着しお尻を大きく見せたと言う)、今回の母親役も板についている。姉のソーラ、娘のパウラ、故郷の伯母、その隣人のアグスティナなど、彼女を取り巻く女達も皆、ひと癖もふた癖もあってそれぞれに存在感があり目が離せない。その卓越した演技で、全員揃ってカンヌ国際映画祭で最優秀女優賞を獲得したらしい(他に最優秀脚本賞を受賞。ペネロペは米アカデミー賞で堂々主演女優賞にノミネートされた)。とにかくこの映画は女が主役。こんなに男の影が薄い映画も珍しかろう。

 故郷ラ・マンチャ(アルモドバル自身の故郷でもある)に吹きすさぶ強風、故郷の善良な隣人アグスティナの言動、ことあるごとに「祖父にそっくり」と言われる娘パウラの目元など、散りばめられた伏線が、物語が進むにつれ収斂されて行く脚本の見事さには思わず拍手。

 見応えのある、哀しいけれど人生の滋味たっぷりな、そして「人生何があろうと生きて行かなければ」と励まされる作品とでも言おうか。私自身が40代の女だからこその感想だろうけど。深刻な内容なのに、スペイン人ならではのあっけらかんとしたラテン気質にも救われている。

 タイトルのVOLVER(←クリックすると、原詩・英訳詩が見られます) は元々アルゼンチン・タンゴの名曲で、劇中でもペネロペが”フラメンコの最も自由な形式ブレリーア”(と言うらしい)のリズムで艶(つや)やかに歌いあげる(実際の歌唱はエストラージャ・モレンテによる)。この曲の初出は、アルゼンチン・タンゴの創始者でこの曲の作者でもあるカルロス・ガルデルが主演映画で自ら歌ったもので、その後のスペイン歌手の歌唱によって今やスペインでも愛されている曲らしい。世界を巡った末に故郷に戻る男性歌手の心情を綴った歌詞らしいが、映画のストーリーにも絶妙に嵌っている。他に、本作同様”母娘の物語”であるルキノ・ヴィスコンティ監督作品『ベリッシマ』を劇中でさりげなく登場させるあたり、監督の道具立ての巧さが光る。

『ボルベール』公式サイト 
映画データ(allcinema online)

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