2006/8/29

キンキーブーツ("Kinky Boots"英国)  映画(2005-06年公開)

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まず、「キンキーブーツ」とは何ぞや?と思った。
"Kinky"には@変態の、性的に倒錯したA奇妙な、変わり者の
という意味があるようだ。
直訳すれば”変態のブーツ””奇妙なブーツ”となるが、
一般にエナメルにスーパーヒール
(ヒールがとにかく高い!でも元々足が長いからバランスはOK!)
のセクシーブーツを指すそうで、別名”女王様ブーツ”!!
とにかくこの変態…もとい女王様ブーツが、
映画の重要なアイテムなのであ〜る。

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2006/8/28

山陰旅行(4)―追記1〜城下町は和菓子がおいしい  山陰旅行(2006年夏)

金沢がそうですが、城下町は茶の湯文化の発達で、
和菓子がおいしい
と相場が決まっています。
松江も然り。松江藩中興の名君として名高く、
あの「しじみしぐれ」の元となった料理の考案者、
七代目藩主松平治郷公は号を不昧(ふまい)と称され、
茶道不昧流の始祖でもありました。
不昧公は茶事に数多くのお菓子を用い、
「茶事十二ケ月」の中に、その記録が残っているそうです。

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松江の老舗和菓子店・彩雲堂の若草 
無粋な皿でゴメンナサイm(_ _)m


写真の「若草」は、
1〜4月の茶席で好んで用いられたお菓子らしく、
確かにその色彩は春の若草を思わせる鮮やかさです。
菓子名「若草」の由来は、治郷公が詠まれた歌

曇るぞよ 雨ふらぬうちに
   摘みてむ
栂尾山の 春の若草

から命名された由。
食感はモチモチとして、ゼリー菓子のようでもあります。
求肥(ギュウヒ)*の一種らしい。
*求肥:白玉粉を蒸し、或いは水と合わせて熱を加え、
これに白砂糖と水飴を加え、練り固めたもの。
求肥飴、求肥糖、牛皮とも言う。
中国・唐伝来のお菓子で、元の名称「牛皮」の忌み言葉として、
日本では「求肥」という漢字が当てられた。


明治時代に一時途絶えたこのお菓子を、
当時の古老や茶人からの言い伝えを聞いて、
彩雲堂先代店主が復活させたものが、
現在では城下町松江を代表する和菓子となっているようです。

興味深いのは、今や季節を問わず供されている為か、
春の若草を表わすお菓子の緑は、
季節ごとに少しずつ色彩に変化を持たせているそう

そういう繊細な作り手の気遣いが、いかにも和菓子らしくて、
好感が持てます。

甘みは強めですが、お茶請けにはピッタリかな♪

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2006/8/27

山陰旅行(6)〜1泊目:名湯・玉造温泉  山陰旅行(2006年夏)

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宿泊先、松ノ湯の外観(リーフレットより)

一日目の観光を終えて向かった宿泊先は玉造温泉
古代から玉の産地で加工工房の拠点だったことが、
その地名の由来のようです。
玉湯川に沿って宿が並び、約1300年も昔から、
美人の湯として親しまれて来た山陰の名湯です。

私達が泊まったのは、その玉造温泉のほぼ中心に位置する
ホテル松ノ湯。徒歩1分のところに玉湯川が流れており、
晴天時には玉造温泉名物の安来節ショーが開かれる
川べりの舞台も目と鼻の先にあります。
夜の8時半の開演と聞いて、その舞台まで足を運んだものの
急に雨が降り出してしまったので、私達家族は見学を諦めて
ホテルに戻りました。日中の猛暑とタイトなスケジュールで
疲れていたこともあります。
公演は近くの玉造温泉ゆ〜ゆ3階大ホールに舞台を移して、
予定通り行われたようです。

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部屋は幾つかのタイプがあるようですが、
最近リニューアルされたようで、写真の通り、
清潔感溢れる空間になっていました。ゆったりとして、
3人家族には十分な広さでした。

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大浴場は男湯が1階、女湯が2階という造りになっていました。
男女の浴場の大きさが同じ、というのは嬉しい。
首都圏に近い温泉の大浴場は社員旅行受け入れの名残か?
男湯に比べて女湯が小さい旅館ホテルが多いような気がします。
時間帯によって男湯女湯を交換する処もありますが、
どうせなら最初から同じ大きさの方が、
利用する側としても気持ちが良い。
さすが玉造温泉。”美人の湯”で名高いだけのことはあります。

2階の女湯は切り妻屋根の高い天井が解放感に溢れ、素敵でした。
入浴時間は朝は5時から夜は午後12時までとなっていましたが、
何度でも入りたくなるような、(色は透明な)温泉でした。

夕食は例の如く量が多すぎて食べきれない程でした。
世界を見渡せば飢餓に苦しんでいる人もいると思うと、
なんだか良心が咎めるんですよね。旅館の食事の豪華さは。
息子には「普段の粗食と比べると、でしょ」なんて
言われてしまいました。確かに皿数では適いませんよ。
食材の豪華さでも。たぶん味も…でも食べきれない程は
いらないと思うんですよ。
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2006/8/25

山陰旅行(5)〜松江:武家屋敷、小泉八雲記念館  山陰旅行(2006年夏)

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松江:武家屋敷

堀川巡り遊覧船発着所から堀川伝いに歩いて10分程の
場所に、松江市伝統美観保存指定地区の武家屋敷群が
あります。長い土塀が続く街並みです。
外観は城下町独特の情緒がたっぷりだったものの、
ツアーの中に組み込まれていた武家屋敷は、
中に入れるわけでもなく、ただ母屋を外周するだけ。
武家屋敷と言えば、金沢でもっと規模の大きなものを見たし、
そこでは中も見学ができたので、それに比べたら今回の見学では
目を引く展示物も少なく、少し物足りなさを感じました。
武家屋敷と言えば、観光目的で見る分には、
何処もそれほどの違いはないのかな。

松江:小泉八雲記念館

その武家屋敷群の一角に、明治時代、世界に向けて日本を
紹介した作家小泉八雲の記念館があります。

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左)小泉八雲記念館外観。昭和59年に改築された平屋和風造り。 
右)塩見縄手通りを隔てた堀川沿いに立つ小泉八雲の胸像。
  八雲来松100周年に当たる平成2年に建立されたもの。


正直言って私は小泉八雲について詳しくは知りませんでした。
明治時代に来日した外国人で、山陰地方の松江に住み、
「怪談」などを著わし、世界に日本の文化を紹介した作家、
というだけで、その詳しい来歴は今回の記念館見学で初めて
知った次第です。

記念館自体は床面積が162.3uと言いますから、
一般の戸建て住宅並みの広さで、記念館としては小規模なもの。
壁伝いに設置されたショーケースなどに、
小泉八雲ゆかりの品々が展示されていました。
印象的だったのは天板の位置がひときわ高い机。
私が座れば、天板がすぐ目の前に迫って来そうです。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、
1850年にギリシャのレフカダ島で、
アイルランド人の父とギリシャ人の母との間に誕生。
2歳でアイルランドのダブリンに移住後、
間もなくして両親が離婚し、同じダブリン在住の大叔母に
引き取られたそうです。
イングランドの神学校に在学中、16歳の時に左目を失明。
その後右目もひどい近眼になった彼は、読書はもちろんのこと、
書き物をする時も、目と原稿が今にもくっつかんばかりに
近付けなければ、字がよく見えなかったようです。
その為に天板が高い机を使用していたわけですね。
こういった彼の不遇も、記念館を訪ねて初めてわかったこと。
著作物だけでは計り知れない作家像というものを、
記念館の遺物が教えてくれるんですね。

意外だったのは、彼が来日前にアメリカでジャーナリスト
として活躍していたこと。ニューオリンズやシンシナティで
活動していたようです。来日したのは39歳の時でした。
当時のチェンバレン東大教授らの紹介で松江の中学校や
師範学校の英語教師として、松江に赴任。当地で知己を得、
その風物や人情が気に入って、武家の娘小泉セツとも結婚
(彼が日本人に親近感を覚えたのは、彼がアイルランド人
にしては比較的小柄だったから、という説もあるようです)


これまた意外だったのが、病弱であったことも理由で、
松江の冬の寒さと大雪に閉口した彼は、わずか1年3カ月で
松江を去り、以後熊本、神戸、東京と移り住んだことでした。
東京では東大や早稲田大で教鞭を取っています。
”松江の小泉八雲”というイメージが強かっただけに、
この事実は本当に意外。(私が知らなかっただけか(^_^;))

住みよい場所を求めて、躊躇なく?別の場所へ移住する
その身軽さは、現代のピーター・フランクル氏を彷彿させる。
昔からいたのですね。自由人(=放浪?漂白の人?)は。
そして彼らのような自由人が、関わった土地に刺激を与え、
革新をもたらしたり、何か大きな仕事を成し遂げることが
少なくないのでは…成し遂げたからこそ名前が歴史に残った
とも言えるかもしれませんが。

1904年9月に、小泉八雲は狭心症の為、54歳で死去
しています。セツとの間に3男1女をもうけていますが、
息子のひとりはフォーヴィズムの画家として活躍したらしい。
これもまた、今回の記念館訪問で知ったことでした。
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2006/8/25

山陰旅行(4)〜松江:堀川巡り遊覧船  山陰旅行(2006年夏)

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水郷松江を象徴する堀川。遊覧船で約50分かけて周回する。

松江:堀川巡り遊覧船

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松江城で心地よい?汗をかいた後は、
松江城下を囲むように堀巡らされた堀川を、11人定員の
テント屋根付き観光遊覧船でのんびり50分かけて巡りました。
その間、幾つもの橋の下をくぐるのですが、
中には橋脚のかなり低い橋があって、そうした橋を通過する度に
テント屋根の支柱が電動で動き、屋根全体が低くなります。
乗客もそれに合わせて身体をかがめるというのが何とも滑稽で、
乗客の間から何度も笑いがこぼれました。

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左)いざ出航。右)深緑が目に涼やか。川を渡る風も心地よく…

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左)低い橋の下をくぐっているところ。乗客全員思いっ切り前傾姿勢。
右)全部で16あると言う橋の形状、材質もバラエティに富む。


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左)訪ねたばかりの松江城が見える。右)桟橋に到着。

堀川では亀や鴨、白鳥、鷺の姿も見えました。
市街地にありながら、のんびりとした佇まいで、
水郷の松江ならではの情緒豊かな景観を楽しめたように思います。
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2006/8/24

山陰旅行(3)〜由志園:しじみしぐれと松江城  山陰旅行(2006年夏)

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写真に収めるなら、もう少し彩りよく
具をのせられないのかしらね>私。センスわるっ(>_<)
間違ってお椀ではなく、おひつに汁をかけちゃってるし(^_^;)


由志園:しじみしぐれ

由志園名物(らしい)しじみしぐれ
何とも風流な名前ですが、何のことはない、汁かけご飯です。
丸皿に盛られたしじみ、白魚、ネギ、沢庵、わさびを適量
ご飯にのせ、彩りに抹茶あられ?をふりかけ、だし汁を注ぐ。

徳川家康公の直系にあたる松江藩の七代目領主、松平治郷
(ハルサト)公が、ある料理をヒントに考案された「ぼんぼり」
という料理を、由志園が独自のだし汁で再現したものらしい。
昼食に由志園内の食事処で出された松花堂(もみじ)の
メイン料理でした。他にお造り、茶碗蒸し、香の物、天麩羅と
定番のおかずが並びました。
味は極ウマとはいきませんでしたが、
新鮮な地のものをいただけただけで満足です。

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2006/8/23

山陰旅行(2)〜由志園:牡丹の館  山陰旅行(2006年夏)

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「牡丹の館」〜一年中、牡丹の花咲く園。(由志園リーフレットより)

牡丹の館

由志園は回遊式庭園が実に見事ですが、もうひとつの自慢が、
いつ来ても満開の牡丹を鑑賞できる温室「牡丹の館」でしょうか。
毎日植え替えをし、牡丹が満開の時期(5〜6月頃)の温室度を
徹底した管理でキープしているようです。

今回のような盛夏の旅では、館内のヒンヤリとした空気に、
思わずホッとひと息つけるといった感じです。
屋外のうだるような熱さからは、しばし解放される。
目に麗しく、身体に優しい「牡丹の館」…かな(^_^)。

牡丹の花びらって、一見すると柔らかいティッシュペーパーを
細長くちぎったような質感ですね。無粋な表現かな(^_^;)。
”英国の薔薇”、”日本の牡丹”と言ったところでしょうか?
大ぶりで華やかな雰囲気を持った花ですね。
”ハイヌーン”と言う、由志園で開発された品種もあるようです。

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2006/8/23

山陰旅行(1)〜水木しげるロードと由志園  山陰旅行(2006年夏)

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今年の夏は山陰旅行に出かけました。2泊3日のパックツアー。

【1日目】鳥取米子空港に到着後、境港→由志園(島根・大根島)→
松江城→堀川めぐり遊覧舟→武家屋敷散策(小泉八雲記念館)。
宿泊は山陰の名湯、玉造温泉。

前日まで西日本(主に九州)を襲った台風10号の影響が心配
されましたが、台風一過、快晴に猛暑の山陰が迎えてくれました。

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2006/8/22

ゆれる〜これはイチオシの1本です!  映画(2005-06年公開)

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一映画ファンの自分にとって、
見る価値のある映画、見て良かったと思える映画とは、
どんな映画なのか?
そもそも自分にとって、
映画を見るということは、どんな意味を持った行為なのか?
この映画は改めて考えさせてくれた作品だった。

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2006/8/21

鳥取砂丘(携帯レポート)  山陰旅行(2006年夏)

砂丘の白と
快晴の青の
コントラストが美しい。
丘の頂上を上り切ると、
目前に雄大な日本海。
岸に寄せる白波が、
目に涼やか。

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2006/8/19

台風一過〜フェーン現象?(携帯レポート)  山陰旅行(2006年夏)

暑い。まるで修行です。
ちょっとお堀端でひと休み。
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2006/8/19

水木しげる《妖怪》ロード(携帯レポート)  山陰旅行(2006年夏)

境港駅前の商店街が町興しの為に
93年に23体の妖怪の
ブロンズ像を通りに設置した
ことから始まったそうです。
途中からは1体100万円の寄付
を募って徐々にブロンズ像を増やし
今は119体あるそうです。
今では鳥取有数の観光地のようです。

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2006/8/19

第一日目、米子空港到着♪(携帯レポート)  山陰旅行(2006年夏)

台風10号の影響が心配
されましたが、着いてみると、
台風一過快晴とは行きませんが、
雨のない曇り空です。写真は米子空港のターミナルビル。
今回もパックツアー。
添乗員を含め、総勢18人です。

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2006/8/19

今日から旅行♪(携帯レポート)  山陰旅行(2006年夏)

今日から2泊3日の予定で
山陰に旅行です。
羽田空港の出発ロビーに向かう
エスカレーターより天井を
見上げると、オーロラの
カーテンのような装飾が素敵。
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2006/8/17

ニュースの感想〜この国の危機管理  気になったニュース

先日の首都圏大停電電騒ぎ。
たった2本の送電線が損傷しただけで約140万カ所が停電し、
信号機、電車、エレベータ等が止まり株式市場も混乱。
たった3時間の停電で経済的損失は23億円以上!
(どうやって算出してるねん?)
図らずも首都機能の脆弱さを露呈したわけですが、
それよりも気になったのは、
マスコミが停電の原因を事細かに報道すること。
これでは日本の首都機能の弱点を
世界に向けて発信しているようなものではないか?
今はテロだっていつどこで(日本で?)起るかしれないのに、
こんなに安易に弱点について懇切丁寧に、
不特定多数に向けて説明する必要があるのか?
誰がその情報をどう悪用するかも知れないのに。
専門家が何人も出て来て(おそらく普段スポットライトの
当たる機会が殆どないであろう人々)

ここぞとばかりに一生懸命説明している姿を見て、
この国の危機管理の甘さに不安を覚えたのでした。
もちろん一番認識が甘いのは情報を垂れ流すマスコミ。
それともこれも私のいつもの心配性?
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