2015/8/21

助け合うのが「家族」  はなこのMEMO

 いつの時代も生きて行くことは大変だったのだろうか?

 人ひとりが生きている間に、戦乱もなく、経済的混乱もなく、理不尽な制度・制約もなく、安穏と暮らせた時代なんて、歴史上あったんだろうか?

 たぶん、なかったんだろうなあ。いつの時代も何かしら問題があって、その中で人はどうにかして生き抜いて来たんだろう。

 保育士として30年以上、さまざまな親子を見て来た友人が言うには、年々、親が精神的な余裕を失って来ているらしい。それは、常に時間に追われる余裕のない生活で、我が子ともゆったり向き合えない親が増えていると言う意味だ。

 最近は「イクメン」と言う言葉も生まれたほど、育児参加に積極的な男性が増えたとは言え、まだまだ共働き家庭における女性の負担は大きいのだろう。子育て・家事の両方をキッチリ半分ずつ分担している夫婦なんてごく稀なのではないか。

 さらに祖父母世代に助けを借りながら、どうにか乗り切っている子育て世代も多いのではないか?保育士をしている友人も、残業や持ち帰りの仕事が多い為、実家のすぐ近くに家を買い求め、両親に地元の保育園に通う3人の我が子の送迎や夕食をお願いしていたそうだ。

 祖父母の手を借りられるならまだ恵まれている方で、進学や就職を機に都会に出て、そのまま都会に居ついた者は、さらに大変な思いをして、子育てや家事をしながら働いている人が大半なのではないだろうか?

 近年は地域によっては公私の学童保育も充実して来て、我が子が小学生まではそうした施設に預かって貰い、安心して仕事に従事できるようになって来てはいるようだ。私の住む地域では、息子が小学校を卒業する頃に、学校の敷地内に学童保育所が出来た。

 
 以前、録画していたある番組を、今日漸く見た。視聴者のさまざまな悩みに、その道の専門家がアドバイスをすると言う主旨の番組で、今回は、中学生と高校生の二人の娘を育てながら働くシングルマザーの、なかなか上手く行かない「時間の遣り繰り」についての相談だった。
 
 埼玉県在住のその女性は往復4時間かけて都内の外資系企業に派遣社員として働いているらしく、朝は4時半起きで出勤までに洗濯、掃除、炊事等を済ませ、夜は10時過ぎに帰宅し、深夜12時過ぎに寝ると言う生活で、もう疲労困憊だと言う。疲労困憊のあまり、大事な資格試験の場でも居眠りをしてしまったらしい。よほど疲れているんだろうなあ…

 そこで、彼女の悩みを解決すべく登場したのが、「渋滞学」を専門とする西成活裕東京大学教授。「渋滞学」とは、「数学」「心理学」「動物行動学」等を駆使して、渋滞の原因を探り出し、その解決策を導く学問らしい。過去にはサウジアラビア政府に招聘され、250万人が訪れるメッカ巡礼の混雑緩和にも一役買った結果、サウジアラビア政府から表彰されたと言う経歴の持ち主である。

 学問の目的は、ひとつには、ある事柄についての原理原則を明らかにすることだと思うが、教授曰く「渋滞学は万物に通ずる」もので、かなり応用範囲の広いものらしい。教授は「渋滞学」の原理原則を用いて、企業の経営改善、病気の治療、インターネットの混雑緩和など、さまざまな問題の解決に挑んでいるそうだ。

 今回は相談者の、とある1日のスケジュールを録画して、そこから「家事の渋滞」の原因を探った。そして、"慌しい朝の時間帯"に関しては、動線の無駄から起きる「家事のスピードダウン」(←交通渋滞の原因で当てはめると「無駄な車線変更」)が原因であると結論づけた。

 なぜ、動線に無駄が生じたかと言えば、彼女は無意識のうちに炊事を負担に感じている為、なかなか炊事に取り掛かろうとせず、台所と他の場所の行ったり来たりを無駄に繰り返していたのだ(←「渋滞学」では、これを「無意識の減速」と言う)

 そこで教授が示した処方箋は「スタートダッシュで「(作業のスムーズな)流れ」を作る」と言うものだった。

 具体的には「やりやすいこと、好きなことから着手して、作業の流れを作ること」らしい。

 次いで、帰宅後の問題点は、「高速道路の合流地点での渋滞=コミュニケーション(互いに阿吽の呼吸で譲り合う)の渋滞」と同様のことが起きているからだと指摘した。疲れて帰宅し、すぐにでも風呂に入りたかった相談者だったが、高校生の娘が風呂に入るのを忘れて、食卓でうたた寝をしてしまっていた。

 ここで娘は後回しにして自分が先に風呂に入れば良いものを(何事も子ども優先の優しいお母さんなのだろう)、相談者は娘に早く入るよう急き立てる。娘はうたた寝から覚めたばかりで動作も鈍りがち。しかも頼んでおいた洗濯物の片付けもやっていなかった。相談者のイライラが募る。

 そこで番組が注目したのは食卓の上にあったオムライス。うたた寝する前に娘が母親の為に作っておいたものらしい。この娘の優しい気遣いに母親が気づけば、風呂の順番を巡って母娘が険悪な雰囲気になることもなかったのではないか、と教授。

 と、ここまで番組を見ていた私は、ふと思った。お母さんは本当に頑張っている。家族の為に、身を粉にして働いている。だったら、もう少し中学生や高校生の娘達が、母親の負担を減らす為に、家事を分担すれば良いのではないだろうか?

 朝の様子を見ていたが、風呂掃除ぐらい娘達に任せても良いのでは?お茶碗洗いだってそうだ。夜に頼んでおいた洗濯物の片付けも、その日はたまたま忘れてしまったのかもしれないが、きちんと家族の一員としてやるべき仕事として、娘さん達に責任を全うさせた方が良いと思う。疲れた身体に鞭打って、母親がしなくても良いと思う。このまま無理を重ねると、いつか過労で倒れてしまうのではないか?それぐらい、私の目には母親の現状が過酷に映った。

 振り返れば、私も母親が外で働いていたので、小学校4年生の頃から、実家の本屋の店番をしたり、お得意先に定期購読誌の配達をしたり、晩御飯の準備で米をといで炊飯器にセットしたり、汁物、おかずを作ったりしていた。加えて中学生の時から認知症の祖父と同居を始めたので、その世話も手伝った。当時は自分が年の離れた弟や妹を持つ長女だったこともあるが、親が大変な時は子どもも家族の一員として、家事を分担するのは当たり前だと思っていた。

 自分の経験も踏まえて、息子にも小学生の頃にはよくお使いを頼んだし、息子が中学生になってからは、風呂掃除やゴミ出しは息子の仕事だった。息子は「こんなことしているの、同級生では僕だけだ」とぼやいていたが…。また、自分のシャツくらいアイロン掛けできた方が良いと思い、やはり息子が中学生の時にワイシャツのアイロン掛けも教えた。私が指を骨折した時はギプスで固定していた1ヶ月間、息子が毎日お茶碗を洗ってくれた。当時は野球部に所属していたので、帰宅後かなり疲れていたはずなのに、よく頑張ってくれたと思う。

 しかし、親が大変な時は子どもが親を助けるのは当たり前ではないか?(もちろん、感謝しているよ)親も、子どもが小学校高学年ぐらいになれば、家事の面で頼りにしても良いのではないか?そうすることで、子どもは与えられた役割に対する責任感が芽生え、それに伴い精神的成長も促されるのだと思う。

 息子のぼやきでも気になっていたが、今の親は子どもに家族の一員としての役割を、どうして与えないのだろう?私は、我が子が勉強や部活だけやっていれば良いとは思わないのだが…

 
 結局、教授によれば、ふたつの渋滞原因を解決すれば、朝と夜で計1時間の睡眠時間が捻出できると言う。私見ながら、それと並行して、母娘3人での家事分担も進め、母親の負担軽減を図るべきではないだろうか?

 幸い、番組を見る限りでは、件の母娘の関係は良好で、母娘で家事の分担について話し合える雰囲気は持っていると感じた。どうか番組出演をきっかけに娘達が母親の窮状を理解し、もう少し家事を分担してくれたらと、他人事ながら思う。



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