草津町議会で性被害を訴えた女性議員が、訴えた相手である町長に「住民投票」という手段を使ってまで排除された
問題。私は、ちょっと前にこの本を読んでいたために余計に腹が立って仕方なかった。
『壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか―』金子雅臣/岩波新書(2006年)
長年東京都の労働相談に携わり、多くのセクハラ相談を受けてきた著者が綴るルポ。
セクハラ被害は年々増えているが、著者は、「セクハラ問題が認知され訴える人が多くなったから」だけでは説明がつかない増え方だと考え、『男たちが壊れ始めているのではないか』という疑いから本書を執筆したという。そして、男性の立場から「セクハラをする男と、しない男」がいることを考察していた。
社内で起こる具体的な事例の数々は、すべて典型的とも思えるパターンで、加害者はほとんど、最後は責任逃れに終始している。セクハラをする男性は、自分好みの女性を仕事のパートナーではなく性的な対象にしか見ないし、離婚歴や夫がリストラにあったなど、弱い立場につけこみ卑劣きわまりない。
彼らの主張はいつも同じで、
「オンナとは気まぐれで、嘘つきで、男によって変わる。本当は合意だったのだが、何か理由があって違うことを言っているに決まっている。」
という妄言を繰り返し、「オンナとはそうしたものなんだ」と括りたがる。自分に都合のいいワンパターンな女性像を被害女性に重ね合わせ、身勝手な望みを押し付けることによって起こるのがセクハラ事件だ。これがうんざりするほどよくわかった。
本書によると、「セクハラする男」は、相手の痛みをわかろうとしない共感性を欠いた男たちだという。そして、“こうした男たちは、一人よがりな男性優位の発想が抜きがたくしっかりと根を下ろしている。”と指摘していた。
そこにあるのは「恐るべき人権感覚の欠如」とも。セクハラは決してエロ案件とか女性問題ではなく、「深刻な人権侵害」「男性自身の問題」であることが、もっと広く世の中に浸透してほしい。
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草津の町長が実際には無実だったとしても(まだ裁判は終わっていない)、今回の住民投票騒ぎは「性被害者が訴えを起こすとこうなる」「町長に逆らうとひどい目に遭う」という脅しをしたのと同じで、その罪はかなり重いと思う。それがどれだけの人たちを絶望させたかは、町長にはきっとずっと分からないのだろう。