『趣味で腹いっぱい』山崎ナオコーラ(河出書房新社)
読み聞かせのボランティアをもう8年くらいやっていますが、常に「こんなことしてていいのかなあ」という思いがどこかにあります。もっと、ちゃんと働いて、金銭を稼ぐことをしなくてはならないんだろうなあ、と。(一応、在宅ワーク的なことはしていますが。)
専業主婦もニートという定義を適用されたりして、世の中「働かないもの食うべからず」という空気をひしひと感じます。70歳定年とか政治家の方々が言いだす一方で、終身雇用はもうできないと経済界のトップが口をそろえて言い出すとか。先々不安しか感じません。今どきは、少しでもお金を稼がないと生きていく資格はなさそうに思えてしまう。
そういう中で、『趣味で腹いっぱい』を読んで、ちょっと気持ちが軽くなりました。高卒銀行員の夫と大学院文系卒の妻との結婚生活を描く小説です。
夫の小太郎は、「働かないもの、食うべからず」が口癖の父親のもと、その考えを基本的には肯定しつつ、どこかで疑問を感じながら育ちました。早く働きたいと高卒で銀行に就職。出世しようと頑張りますが、高卒ではどこかで頭打ちが来ることにも気づきます。そんな中、大学院で古典文学を学んだ鞠子と知人の紹介で出会い、結婚。鞠子は趣味に生きる専業主婦を希望し、小太郎は自分が損しているような気がしつつも、鞠子が好きなのと、たぶん「この人を守っていく」という気概のおかげで、仲良く暮らしていきます。
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専業主婦やニートを励ます、ゆるしを感じられる本だと思います。のんびりした感じに仕上げていますが、「無職は罪、役に立たない活動をしてないで働け」みたいなギスギスした空気に真っ向勝負を挑んでいます。
でも重くなく軽やかに楽しげに描かれていて、好きな文体だし、読んでいて楽しかったです。夫の小太郎は、「働かないもの、食うべからず」という信条はあるものの、鞠子やその周辺の人々には「面白い考え方をする」と価値観の違いを楽しみ尊重する気質があり、それでうまくやっていけたのでしょう。小太郎のお母さんがあっけらかんとして他人を追い込まないタイプとして描かれているし、お父さんも、自分の信条を子どもに強制するというわけではなかったので、それも幸せな要素ですね。さいごには、「働かないものも、どんどん食べろ」と名言がでました。
誰の考えが一番正しいという描き方でもなく、「(報酬をもらう)仕事をしないと幸せになれない」という考えも尊重しています。それはそうだろうと、私も思います。どっち、とはっきりしないのは、それはそれで良いのです。人間ってだいだいそういう感じで生きてるものだよな、って。