ロバート・トランブル/吉井知代子 訳
広島と長崎、両方で被爆するという悲運に見舞われた9人を、10年後(1955年)にアメリカ人ジャーナリストが取材し本にまとめた。本書はドキュメンタリー映画制作がきっかけと思われる2010年に出版されたもの。
広島(1945年8月6日)、と長崎(8月9日)の両方で被爆するなどという事があるとは、考えてみたことも無く衝撃だった。よくよく不運な人もいたものだと思うが、読んでみるとそれも当然の成り行きと言える方々が多かった。
三菱重工業のある設計技師は出張で広島にいて被爆、大火傷を負い、壊滅的な被害を目の当たりにしたあと長崎の造船所に戻り、同僚に広島の惨状を告げている最中、再び被爆した。
長崎が実家で、新婚2週間で広島で被爆。二十歳の新妻は灰になった家から骨となり発見された。
妻は死にに嫁いで来たようなものだと悄然と遺骨を抱えて実家に戻ったところで再び被爆。
長崎から来ていた凧職人の親方・部下たち。爆心地の直下にいたが、倒壊した建物に守られ一命をとりとめた。長崎に戻り、近所の人々に新しい爆弾の猛威を説明しているときに再度被爆。
出張中広島で被爆後、次は長崎だと予見し警察署長に被害予防策をと進言しに行った新聞記者、家が全焼したので夫の実家を頼って長崎を訪ねた母子など。
この本の最初の出版時点では、こういう二重被爆者はわかっているだけで18人とされていたが、現在では165人が確認されているそうだ。
それぞれに、命からがら300キロを避難してきて更に核爆弾の脅威・凄惨さに曝されてしまう。
二重被爆という特殊な体験があまり知られていなかったのは、体験者たちがほとんど語ることがなかったからだという。その気持ちは分かる気がする。その人たちのせいでは全然ないのに、不名誉というか、恥のような気がしてしまうのかなと。あまりにも悲惨な体験を、語ることで傷を深くしたくないという事もある。
しかし一度新型爆弾の脅威を経験していたために、ピカッと光った次の瞬間どう身を施せばほぼ無傷でいられるかが分かっていて、それを周囲に知らせたために助かった命がいくつもあった。だから全然意味のない辛い空しいだけの事柄ではなかったと言えると思う。
こういった取材と共に、核爆弾がもたらした人類への新たな罪をアメリカ人の視点で書いているところが興味深かった。
ひとりひとりを抜き出しつつも時系列で章立てた文章は、誰が誰やら少し混乱もあったけれど、目を離せないドラマにも感じられた。人の運命の分かれ道について考えずにはいられなかった。