『眼の奥の森』目取真俊著★★★★☆
沖縄の米兵少女暴行事件を、色々な人の視点から語るもの。 途中、現代中学生の壮絶ないじめが突飛な感じで挿入されているが、それは、いじめも、少女を犯すときの米兵も、戦争も、底に流れるものは結局同じものだ、ということ。
戦争が終わって64年、というか死ぬまで、戦争で狂わされた人生を生きなければならない人生。あの時死んでいた方が幸せだった、という人生。・・・言葉も出ない。
「ベルリンの秋」春江一也★★★☆☆
シルビアのせりふ:
「人間にはどうして目と耳が右左ふたつづつあるのか、知ってる?
右と左、両方の目で見るから距離感や立体感が分かる。耳だって片方だけだったら、きちんと聞こえない。オーケストラの演奏も聴けない。
ファシストは右の目と耳だけ、コミュニストは左の目と耳だけ。世の中のことがバランスよく見えないのはあたりまえ。両方の目と耳でものごとを見たり聞いたりするように、神様はちゃんと考えて人間をつくったの。」
「東欧の解体 中欧の再生」堀武昭著★★★★☆
10年以上前に書かれた本だが、政権交代の今のこの時に参考になるべきであろう事が色々書いてある。他国に陸続きで囲まれ、国家の滅亡・分裂を身を持って体験してきた中欧と、海で隔てられて滅亡も分裂も無く来た日本を思えば、国民の外交防衛意識が低いのは致し方ないとしても、この国際社会。そんなんでは通用するはずも無く、彼らから学ぶべきことは多いはず。
「人間の皮膚感覚をひりひりさせるような知的生産活動において、中欧は輝かしい歴史を持っている。〜(中略)〜彼らに共通する特徴は、如何なる状況においても民族的誇りを失わず、その精神を世界から世代へと脈々と引き継いできている点だろう。〜(中略)〜翻って日本の戦後教育は、全てのシステムを普遍化、大衆化し、機会均等をもたらすことに努力が傾注され、その行き着いた先が記憶だけをよりどころとする偏差値万能社会だ。戦後50年を経て、ようやくその弊害に気付いた政府は思い腰を上げ、小学校過程に語学教育を導入、大学進学への飛び級制度を始めたが、魂入れずしてどれほどの成果があげられるものか。」(p181)
「我々は西欧から資本主義と共に愚かな魂の無い世界をも学習した・・・チェコの大統領ハヴェルのスピーチである。現代日本にそっくり当てはまる言葉ではないか。本能的欲求を充足させる物質主義に対するハヴェルの警戒心は、しかし日本には存在しない。幾度も過酷な運命に翻弄されながら、人間の知性に全幅の信頼を置き資本主義の津波を凌ぎ切った中欧諸国は、混迷の日本の将来に模範解答を示してくれる。私が中欧維新と呼ぶゆえんである。」(表紙より)
「ウィーンの冬」春江一也著★★★★☆
「プラハの春」に続く3部作の最終作。今までのような恋愛模様は姿を消し、国際テロを封じる為のスパイもの。
脱官僚を掲げる新政権誕生時期にあっては、官僚批判などタイムリーな内容あり。
またオウム教徒に銃撃された重松警察長官が、のちスイス外交官として赴任していたのが不思議だったが、なるほど、警察と外交も同じ線上にあるのだと得心。
ニュースでかいつまんでしか知ることのなかったオウム真理教の驚くべき企て。北がらみの大物圧力で動かない日本の警察とは対照的に鋭敏な活動を進める欧州の各組織。どこまでが事実でどこまでがフィクションなのか、私などには知りようもないが、でもこれに近いことがあっただろう。初めて知る驚きが沢山あった。
「ドリナの橋」イヴォ・アンドリッチ著
東欧づいているところで、この作品を知る。ノーベル賞作品とのことで、期待して読み始めるも、早くも60頁辺り(全550頁)の残酷な場面に、読み進めることが出来ず、断念。

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