「寺田寅彦随筆集第5巻」
〜日本人の自然観より〜
日本における自然界の特異性の種々相の根底には地球上における日本国の独自な位置というものが基礎的原理となって存在しそれが全てを支配しているように思われる。(中略)
このような自然の多様性と活動性とは、そうした環境の中に保育されてきた国民にいかなる影響を及ぼすであろうか、ということは明白であろう。複雑な環境の変化に適応せんとする不断の意識的ないし無意識的努力はその環境に対する観察の精微と敏捷を承知し養成する訳である。同時にまた自然の脅威の奥行きと神秘の深さに対する感覚を助長する結果にもなるはずである。自然の神秘とその威力を知ることが深ければ深いほど人間は自然に対して従順になり、自然に逆らう代わりに自然を師として学び、自然自身の太古以来の経験を我が物として自然の環境に適応するように務めるであろう。前にも述べたとおり大自然は慈母であると同時に厳父である。厳父の厳訓に服することは慈母の自愛に甘えるのと同等に我々の生活の安寧を保障する為に必要なことであった。
この後に、風土の全く違う西洋文化や科学をそのまま持ち込むことの愚、自然を征服しようとすることの愚、日本文化の美などを語っている。
日本の自然の豊かさについては、あちこちで目にするものの、その中に居ては全く当たり前、自然な事で、世界にもそこここに散在するであろう位のところが実感であった。それが、なに、日本とはここまで世界でも唯一特殊で豊かな自然に恵まれていたのか、目を開かされた思いで、驚きでさえあった。
日本だけに居ては、この特異さは全く実感できないであろうし、また、海外にいく人々にも日本の特色を説明する上で欠かせない材料が一杯だ。日本人として是非是非一読したい良文だと思う。

0