2021/1/13 | 投稿者: pdo

第9話

二十代前半の頃、上野が好きでよく散歩に利用していました。上野公園をぶらぶらし、京都清水寺を模したと言われている寛永寺に行き、眼下にある琵琶湖を模した不忍池を眺め、西郷隆盛に模した銅像を見て一日を過ごしていました。晴れた日は上野動物園に行くこともありました。上野動物園はジャイアントパンダが有名で、上野駅構内にパンダの像があったり「パンダ橋口」なんて改札があったり、駅からすでにパンダ一色で(実際のパンダは二色ですが)盛り上がっていました。

けれど私はパンダを見に行ったことは一度もありませんでした。小さい頃からなぜか生まれつきエリートな動物にどうも引かれないようで人気者のパンダやキリンやゾウにはあまり興味がありませんでした。そんな私がなぜ頻繁に上野動物園に通っていたかというと、鳥を見るためでした。鳥と言ってもフラミンゴとかクジャクではなく、カラスです。世間でカラスは邪魔者扱いです。動物園でも当然そうです。そこが気に入りました。ちゃんと見せるためのおりに入れられた鳥ではなく捕獲トラップの中でもがいているカラスの方を見る、邪道な動物園での過ごし方、有意義な時間でした。当時ゴシックロリータにハマっていた私は全身真っ黒な服を着て真っ黒なカラスを見ていました。カラスに模した私。鳥に模した烏(カラス)。上野は何かに模したくなる街なのかもしれません。


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2020/12/24 | 投稿者: pdo

第8話

歯科助手として働きながらお笑いを勉強するために渋谷にある養成所に通っていました。週に一度ビルの一室で講師に向けて塾生が作ってきたネタを披露し駄目を出され、成績がよかった人はライブに出場できるという感じです。

渋谷には109やらPARCOやら、買い物するのにもってこいの有名デパートばかりありました。その中でもしょっちゅう行っていたのが東急百貨店です。なぜ駆け出しのお笑い芸人が金持ちマダムの行きそうな高級デパートに行っていたかというと、目的は買い物ではありません、当時ここは、屋上に遊園地がありました。

毎週月曜日になると決まって東急百貨店東横店の、東館の屋上に行く。その理由は自主稽古するためでした。ベンチに座り、乗り物にまたがる子供たちの笑顔を見ながら「私も人を笑顔にしたい」と思い、ぶつぶつと念仏のようにネタを練習したものです。コンビであればネタの練習してるんだな、とはたから見てもわかるのでしょうが、私はピン芸人という一人でやるスタイルだったので「大きい声で独り言を言っている危険人物」と見なされ親御さんが子供を連れて帰ってしまう、という光景をよく目にしました。

東急東横店の屋上遊園地は、東館の閉館とともに無くなってしまったそうです。ここ最近では屋上遊園地がどんどんつぶれていっているらしく、それは年々、子供が寄り付かなくなっていったからだそうです。今考えると、東急の屋上に子供が来なくなっていった原因は私だったのかもしれません。


鳥居みゆきの一人芝居ネタは、渋谷の東急東横店の東館屋上で練り上げられていたのだということを知る。

近所の公園などで二人組が漫才の練習をしている光景にはよく出くわすが、たしかにピン芸人の練習はあまり見たことがない。確かに独りで大きい声で練習などしていたら不審者に思われても不思議ではない。おまけに当時の鳥居みゆきのような若い女性のそんな様子を見たら、ほろ酔い加減のサラリーマン集団なら喜んで眺めながら囃し立てたりなどするかもしれないが、子ども連れの親が連れ帰ってしまうのはやむを得ない。

確か時期、僕も東急東横店あたりでよくブラブラしていたので、これも一つの縁かもしれないとひっそりと感じることにした。
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2020/12/16 | 投稿者: pdo

第7話

高校卒業後、歯科助手として江東区の歯医者で働きました。歯科助手というものは歯科衛生士とは違って資格がいらないので元々歯とかに興味があった私は高校一年生からずっと埼玉でアルバイトとして歯科助手をしていました。地元の歯医者を転々とし、その中で出会った一人の先生が、近いうち開業して東京に行くからスタッフが欲しいとのことで、高校を卒業したら芸能の仕事がやりやすくなるように東京で働きたいと思っていた私はタイミングよく引き抜いてもらいました。

今回からいよいよ鳥居みゆきが芸人を目指して上京するクライマックス部分に入る。彼女自身によって書かれた幼年時代から思春期に至る記述の中には、シスター・コンプレックスと呼ぶのがふさわしいかどうかは別として、<アウトサイダー>である自己と対照的な、<メインストリーム(誰にでも愛される存在)>としての姉の影響が色濃く感じられてきたのに対し、ここからは鳥居みゆきが一人の表現者として自立していく過程が綴られることになる。

先生は理解ある人で「芸能の仕事優先でいいよ」と言ってくれ、私もそのつもりだったのですが、芸能活動であるオーディションもなかなか受からず、ほとんど毎日出勤できてしまっていました。もうこのままずっと歯科助手でもいいかな、生活できてるしお給料も悪くないし。半ば芸能に対して諦めの気持ちもありました。

この時期鳥居みゆきは、女芸人になるのか普通のモデルとして活動するのかはっきり決めていなかったと思われる。というよりは、芸人になる意思はそれほど強くなかったのかもしれない。というのは、彼女が受けたオーディションの中には、大手消費者金融「アコム」のキャンペーンガールの仕事が含まれていたことが、後の彼女自身の証言により明らかになっているからだ。このとき鳥居は最終選考の一歩手前まで行ったが、最終審査で「これに落ちたら本当におたくのお世話になる事になります」と言ってしまったために小野真弓に敗れた、とネタにしている。

ある日、歯科医院に一人歯科衛生士が入ってきました。そこで歯科助手と歯科衛生士の業務内容の違いや待遇の違いをまざまざと見せつけられ、悩みました。どうせ骨を埋めるなら歯科衛生士になるべきだった、国家資格を今から取るにも年数がかかる、その間、芸能の仕事も歯医者の仕事も宙ぶらりんになる、どうしよう。歯がゆい葛藤の末、目標を芸能一本に絞り、歯を食いしばって頑張ることに決めました。


鳥居自身が書いているとおり、歯科助手は、受付事務や診療のための雑務を担当する仕事であり、歯科衛生士のように国に認められた資格ではない。

「歯科衛生士」は、歯科衛生士法(第1条、第2条)に基づいた国家資格であり、その資格取得について修業年限(3か月)、時間数、必修学科目が明確に規定され、医療人としての業務、地位が保障されている。

すなわち、厚生労働省指定の養成機関で専門教育を受け、93単位(2570時間以上)(うち臨床実習20単位(900時間))を満たさなければならず、国家試験にも合格する必要がる。

それによって歯科衛生士に居は歯科診療補助、歯科予防処置、歯科保健指導を行うことが許されているが、歯科助手にはそのような権限はない。

したがって、患者の歯石を取るといった業務も、歯科助手には許されておらず、違法行為となってしまう。

当然、収入にも大きな格差がある。ある調査によると、歯科衛生士の月収平均は25万1100円 程度であるのに対し、歯科助手は20万6000円という。

鳥居みゆきはここで大きな決断をした。ここは彼女にとっての<ロードス島>だったのだ。

そして、みゆきは、跳んだ―――

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2020/12/15 | 投稿者: pdo

第6話

高校二年生の頃、聴いていた音楽はパンクロックばかりでした。パンクじゃなきゃ音楽じゃないと思っていました。

裏切らないね。

そんな時、母親がテレビの音楽番組で見たGLAYに夢中になり、ファンクラブに入りました。「テレビで眺めているだけで幸せだ」と言っていた母が欲が出たのか「ライブに行ってみたい」と言い出し「でも一人じゃ怖い」とわがままを言うので家族会議で話し合い私が付き添うことになりました。GLAYのライブチケットを取り(私が)ライブ時の応援の手ぶりの練習をし(なんか両手を上から前に出すやつ)東京ドームに付き添いました。私はファンじゃないし付き合っただけだしずっと座っていよう、そう思って真ん中へんの席に着きました。

ポップなお母様ですね。そしてパンクが好きなのにグレイのコンサートに一緒に行ってあげる親孝行な娘みゆき。

ライブがスタートしてGLAY四人登場。派手な照明、盛り上がる観衆。初めてのGLAYなのになぜか聴いたことのある曲ばかりでした。さすがだなGLAY。四人の圧倒的な存在感と心地よいメロディー。プレーヤーとオーディエンスの一体感のあるライブ。気がついたら椅子には一度も座らず全力で手の振りをし「アンコール!」の合唱に参加、ロビーで物販を大量に買っていました。高揚感、そして後悔。「一緒に歌えるように歌詞完璧にしてくればよかった」そうつぶやいた私に母は「ね!いつも聴いてるガチャガチャやかましい音楽よりGLAYのほうがいいでしょ?」。うーん、GLAYよかったけど、どっちがいいかなんて決められない、困った、白黒はっきりつけられないな、お!さすがGLAY。


おあとがよろしいようで・・・

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2020/12/9 | 投稿者: pdo

第5話

「ダイエットしなきゃ」と言いながら何もせずダラダラ過ごしていた中学一年生の私、その頃は私の中で菓子パンブームはとうに過ぎ去り、新たなピザまんブームが到来していたので、暇さえあればピザまんを口に入れていました。暇がなくても口に入れていました。ピザまん憎んで自分を憎まず。ピザまんなんておいしいものがあるからいけないんだ。そんな感じでブクブク太って、ついたあだ名は「白ブタ」でした。まあいいやダイエットなんてしなくても大人になりゃ痩せる、なんの根拠もないのに楽観的に考えていました。

そしてそこから一年しか大人になっていない中学二年生になった時、なんと本当に奇跡が起きたのです。いきなり身長が伸びたのです。それまでは背の順で一番先頭だった私が突然一番後ろになりました。つまり痩せたのではなく体積は変わらず引き伸ばされただけです。あだ名は「白ブタ」から「アメーバ」に変わりました(どっちもどっちだけど)。

鳥居さんは確かに背が高い。170センチあるとか。
しかし「アメーバ」って意味不明なあだ名だなぁ。

その日から私は変わりました。ファッションに興味を持ちだしたのです。姉は休日になるとしょっちゅう原宿に買い物へ行く原宿依存人間になっていたので、私もついて行くことにしました。それこそ最初は入るようになった姉のおさがりばかり着ていましたが、高校一年生になる頃には自分で選んだ服を買えるまでになっていました。読者モデルをやっていた姉の隣にいたからかついでにと一緒に雑誌のスナップにも載ったこともあります。

ベクトルは違えど、お姉さんと同じくファッションセンスは天性のものがあったってことでしょう。

みんなと一緒じゃない自分だけのおしゃれがしたい、と思うようになったのはさまざまな個性を受け入れてくれる原宿という街のおかげかもしれません。


なるほど。でも、たぶん違うと思う。。。
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