2020/9/6 | 投稿者: pdo



ツイッターのRTで流れてきて知って、久しぶりにイイナと思った。

ネット上ではけっこうもう熱く語られていて、岡村靖幸みを感じたのは僕だけではなかったようだ。

しかしデビュー直後の岡村靖幸より完成度が高い。

岡村ちゃん好きとプリンス好きならハマること確実。

岡山出身、ユーチューバー出身の22歳。絶対B型で前世はインド人。

こういう「イッてる人」が出てくるのは嬉しいことだ。



0

2020/7/22 | 投稿者: pdo

コロナ禍によって、ライブエンタメ業界は今なお多大な痛手を受けている。大型ライブイベントの中止を決断したロッキング・オン代表の渋谷陽一氏と、ブシロード代表取締役会長の木谷高明氏。長年にわたってエンタメに携わってきた2人は「これからのライブエンタメには爆発的な変革が起きる」と断言して憚らない。不安と疲弊に打ちひしがれたライブ業界とエンタメファンに、光明を差す対談をお届けしたい。

――このたびの対談は、ライブエンタメの“明るい未来”を語り合いたいとのことで実現しました。

【渋谷陽一】そう。ここ最近、とくに音楽業界は暗い話ばかりだったけど、僕はあと数年で音楽産業の市場規模は2倍3倍に成長すると思ってるんです。業界でこの話をしても意外とピンと来てくれる人が少なかったんだけど、木谷さんは瞬時に理解してくれましたよ。

【木谷高明】欧米のスポーツ産業がビッグビジネスになっていった歴史を見れば、それは明らかに予想できます。とくにアメリカのスポーツ産業は、80年代にケーブルテレビとPPV(ペイ・パー・ビュー)の普及によって変革したんですから。

【渋谷】放映権で、チケット収入の何十倍もの収益をあげるようになったわけですね。

【木谷】さらに配信サービスの普及で、世界規模で稼ぐようになった。こうした動きは音楽が一番遅れてたけど、これから音楽産業でも同じことが確実に起きますよ。

【渋谷】キーワードはやはりデジタル、オンラインライブですよね。

【木谷】そうですね。弊社は昨年、東証マザーズに上場したんですが、うちが扱ってるコンテンツの中でも、投資家やアナリストが興味を持っているのがオンラインライブでした。株主総会では、これから確実に成長が期待できるコンテンツとしてたくさん質問を受けました。

【渋谷】意外と音楽業界ではない人のほうが、音楽の本来的な価値に気づいているのかもしれない。デジタル関連でいうとサブスクの普及で音楽産業がプラスに転じたけれど、当初は音楽業界側も懐疑的でしたからね。

──ライブ配信に注力すると、「音楽パッケージが売れなくなる」という懸念もありました。

【渋谷】ところが結果としてパイの奪い合いにはならず、むしろ市場を広げることとなった。同じことで木谷さんにお伺いしたいんだけど、スポーツでPPVが定着して実際の会場に来るお客さんが減ったかというと、そんなことないですよね?

【木谷】むしろ会場チケットのバリューが上がりました。配信なり放送なりでコンテンツに接触すると、「生で見たい」という熱はますます上がるんです。だけど会場にはキャパシティがある。たとえばスーパーボウルのチケット価格設定がとんでもないことになってるのは、それだけ現場で見たい人が多いからであって、市場経済として自然なことなんですよ。

【渋谷】つまりオンラインライブによって、リアルのライブ人口は決して減らない。むしろライブ市場全体を、とてつもない成長産業に押し上げる希望しかないと僕は思ってるんです。

──先ほど出たキャパシティは、リアルのライブにおいて常について回る課題です。

【渋谷】たまにイメージするんだけど、「ユーミンが荒井由実時代の曲を弾き語りする一夜限りのライブ」。これものすごくバリューがあるコンサートですよね。弾き語りだったらドームでやってもしょうがない。それなりの音響設備の会場、渋谷のオーチャードホールあたりがいいんじゃないかな?

【木谷】キャパは2000席ほど。チケット争奪戦になりそうですね。

【渋谷】そこで起こるのがチケットのプレミアム化、もっと言えば転売問題です。転売によって何十万ついたところで、ユーミンには1円も入らない。そんなバカな話はないですよ。そこをきっちりとマネタイズしてアーティスト側に還元する方法論として、オンラインライブは非常に有効なんです。

【木谷】ビッグアーティストは高い年齢層のファンも多くついてますし、わざわざ会場に行かなくても家でゆったり見たい、という人は多いでしょうね。

【渋谷】と思いきや、意外と若者層にも需要はあるんですよ。先日、あるアマチュアバンドが、ライブハウスから無観客ライブを配信すると聞いて、失礼な話、そんなの見る人いるの? と思ったんです。ところが20人が視聴してくれたと。たった20人? と思うじゃないですか。

【木谷】でも、彼らのスケールからは十分な数字だったということですかね? 

【渋谷】そうです。ライブハウスにはノルマがあって、いつもは友だちに声をかけて3、4人来てくれるんだそうです。ところがオンラインでやったら、その5倍ものお客さんが見てくれた。それも心から応援してくれるお客さんたちで、夢のようだったと。僕らは勝手に「ロックのお客さんは現場で見たいものなんだ」と思い込んでるじゃないですか。

──押し合いへし合いの“密”なスタンディングで、ですね。

【渋谷】だけど、たとえば地方に住んでる人とか、東京に住んでても夜は出歩けない高校生とか、ライブハウスに敷居を感じていた人はいっぱいいるわけですよ。そうしたお客さんたちが求めている接触機会を、これまでライブ業界は提供してこなかったんです。

【木谷】たしかに生のライブにはキャパシティだけでなく、アクセシビリティの障壁もある。これまでビッグアーティストはそこをライブ中継で補完したりしてきたけど、通信環境が整った今はインディーズバンドでも気軽に音楽の出口を増やすことができるようになったわけです。

【渋谷】ようは、このコロナ禍はライブの本質というものに冷静に向き合うチャンスでもあった。何がリアルで何がオンラインなのか? を無理やり学習させられる機会だったと思うんです。

【木谷】さらにスマートテレビや5Gもこれからさらに普及する。同時代に起こった偶然とは言え、これからオンラインライブ市場は爆発的な変革が起きますよ。

──この時期、オンラインライブに触れた人はたくさんいました。しかしコロナ禍が去った後も、その人たちはオンラインライブを見るでしょうか?

【木谷】そこはライブ業界がもっと意識的に取り組まなければいけないことです。エンタメの普及にとって何が一番大事かというと、クセを付けることなんですよ。ようは靴を履くクセ、習慣がない人に対して、どうせ履かないだろうから靴は売らないか、それともいかに靴の素晴らしいかを伝えて売るか、どっちかだと思うんですよね。

【渋谷】その意味では、このコロナ禍はオンラインライブを見るクセを付ける機会でもあったわけで。若い人だけでなく、高齢者でも頑張って配信プラットフォームに会員登録した人は多かったんじゃないかな。

【木谷】そうなんです。ここ最近やってたオンラインライブって、音楽業界的にはリアルのライブができないことへの補完としか捉えていないフシもあったと思うんです。それでコロナ禍が去ってライブが通常にできるようになって、オンラインライブの流れを止めてしまったらこの機会が水の泡というか。

【渋谷】だけど、配信をいち早くビジネスとして定着することができたスポーツに対して、なぜ音楽は遅れをとってしまったんでしょうね?

【木谷】そもそもスポーツは試合そのものが商品だから、売るための手段をいろいろ考えたというところは大きいと思います。音楽の場合は、かつてライブはパッケージを売る販促の手段だったじゃないですか。今はライブ市場が逆転しているところはありますけど。

渋谷】そうか、そうした歴史の違いもありますね。

【木谷】あとはボクシングをイメージしてもらったらわかりやすけど、東京ドームの真ん中にリングを据えたらやっぱり小さいし、細かいところまでは見えない。だけど音楽ライブは大きな会場でも作り込んだステージ込みで楽しませてくれるところがありますよね。

【渋谷】たしかにドームのスケールでコンテンツを伝達するスキルは、スポーツよりも音楽ライブのほうが長けています。そっちが進化してしまったことで、オンラインへのチャレンジに足が遠のいてしまっていたのかもしれない…。

【木谷】だけど映画『ボヘミアン・ラプソディ』ラストのライブ・エイドの中継を、酒場や自宅のテレビの前で観客が熱狂するシーン。ライブ配信の定着によって、あのような光景がもっと起こせるはずなんですよ。ようは先ほどおっしゃった「ライブの本質的な価値」に、音楽業界がどれだけ真剣になって向き合うかが重要なのではないでしょうか。

──今後、オンラインライブがより普及したら、その上位コンテンツにリアルのライブがあるというイメージでしょうか?

【木谷】さっきのスーパーボウルの例で言えば、リアルライブのチケットの適正価格はもっと上がるでしょうし、ユーザーもそのことに納得すると思いますよ。

【渋谷】一方で単なるライブ中継ではなく、オンラインライブとしての商品性を追求することも重要だと思います。先ごろ東方神起が無観客オンラインライブをやりましたけど、彼らが歌っている前に巨大なクジラのCGがドーンと出現した。あれはオンラインだからこそできた非常にクリエイティブな演出ですよね。

【木谷】音楽ライブってステージの造作にものすごいコストを費やしてきたじゃないですか。わざわざ櫓を組んで、終わったら壊して。もったいないと言えばもったいない。

【渋谷】いやいや、木谷さん(苦笑)。そこにもちゃんと意味はあるんですよ。ただ、リアルでは表現できない演出の工夫をして、それによって画面の向こうにいる観客に高揚感を与えるのは、アーティストにとってもクリエイターにとっても絶対に楽しいだろうなと思いますけどね。

【木谷】でもそう考えると、音楽仕様の大きな会場って実はほとんどないんですよね。有明アリーナは音楽もスポーツも併用できる仕様として作られましたけど。だから櫓を組んだり壊したりとコストがかさんでしまう。

【渋谷】今言われている2分の1、3分の1の動員では、正直黒字が出ないですね。

【木谷】先日、弊社の新日本プロレスは大阪城ホールで2日間、キャパ3分の1で興行をやりました。プロレスならこれでもギリギリ黒字が出せるんです。実を言うとこの日、大阪城ホールを抑えられたのは某アーティストのキャンセルが出たからなんですよ。この状況が続いたら、新日としてはありがたい(笑)。

【渋谷】ただでさえ会場不足なのに、それはまずい(苦笑)。慢性的な会場不足が常に問題としてありますけど、それは需要に対して供給が追いついていないということです。だからこそオンラインライブなんですよね。先日のサザンオールスターズの無観客ライブは18万人がチケットを購入しましたけど。

【木谷】そうしたビッグアーティストに率先して実装化していってほしいですよね。サザンのチケットは3600円でしたが、個人的にはもっと高くても良かったんじゃないかなと思いました。それでもおそらく視聴人数は変わらなかったと思いますよ。

【渋谷】たしかにオンラインライブのチケットの適正価格についても、考えていかないといけません。

【木谷】ホロライブプロダクションというVTuber事務所がニコニコ生放送でやったライブが8000円、2万人が視聴したそうです。もちろんライブ用に3Dで作り込んだものすごい演出でしたけど。すでに若い世代のユーザーにとっては、リアルだろうがオンラインだろうが、価値のあるコンテンツに課金するのは当たり前なことになっているんだと思います。僕なんかもう60歳ですよ。

【渋谷】僕も69歳になりました。

【木谷】だから我々がオンラインライブ云々と対談なんてやってる別の場所で、30代とかのバリバリのプロデューサーはごく自然にデジタルに対応した新しいコンテンツを作ってるんだとは思いますよ。

【渋谷】おっさんが何言ってるんだと思いながらね(笑)。

【木谷】ただ、少なくとも我々は歴史を見てきましたから、今起きているのがパラダイムシフトであることには明確に気づいている。そのことをユーザーにも業界にも吹聴して回る役目はあるんじゃないかなと。

【渋谷】そう、この状況に嘆いててもしょうがない。ライブエンタメ業界に革命は起きていて、明るい未来がすぐそこまで来てるんだということをみんなにわかってもらわないと。

【木谷】結局、エンタメの使命ってそこだと思うんですよ。お客さんに夢や希望、喜びや楽しみを提供するという。とくに業界だけでなく、ファンも少なからずこれからのエンタメに不安を感じていると思う。だからこそ未来への希望を灯せるような発信をこれからもしていく必要があると思っています。(文/児玉澄子)
0

2020/6/12 | 投稿者: pdo

15階建てビルの14階はテレビ局のフロア
コロナで収録中止のため閑散
虚ろなディレクターのまなざし
長い廊下を歩くプロデューサーとの微妙な距離感

スタジオの下は13階で弁護士の法律事務所
ネットSNS誹謗中傷で溢れ出た
人々の憎しみの感情と言葉が行き交う
焚きつけられて燃え盛る被害者に
焚きつけられて燃え盛る加害者

下に行くにつれて12階はペットショップフロア
アビシニアン、ダルメシアン、スコティッシュフォールド
アメリカンショートヘアー、ベンガル、トイプウドルも適正な価格で
コロナで店に出れない従業員のマンションへ

11階は食品の宝石を扱う貿易会社の事務所
最果ての国から送られてくるキャビアとトリュフ、フォアグラ
FX、BTC、GXT、BTS、BCG、ZTT
一心不乱に画面を見つめる若者と老人
隣に座っていても互いのやり取りはLINEで

10階はコロナで閉鎖された映画館
かつては週末だけは孤独なカップル達がチラホラし
フライドポテトとコーラが混然一体となって溶けながら暗闇に消えていたのに

9階と8階と7階はラブホテルのフロア
かつては無数のシーツが汚されコンドームが捨てられ
不条理とサスペンス
扉を開ける時の気分と閉める時の気分の違い

6階はアフリカのどこかの国の大使館
緑色と赤と黒の国旗を透かして見える遠いサバンナの風景
観光ビザのまま大使館職員がウーバーイーツでピザを注文

5階、4階は安全を売る警備保障の会社
連日連夜 警報ランプが赤く光り鳴り続け
ヒステリックなコードと諦めかけたムードが
火災警報に絡まり合って燃えている

3階、2階、1階は3種類のコンビニエンスストア
すべて考えぬかれた場所に決まりきった商品が並べられ
便利さの影からスマホのカメラが
私達のプライバシーをを1人残らず映し撮っている

地下3階は反社会勢力の賭博場
検察官も新聞記者と一緒に賭け麻雀するも立件はされず
悪だくみと友情と札束の取引の場所
郵便配達も税務署もなく
激しい国際交流が進行中

15階建てのビルの最上階は今もなおミステリー
誰が住んでるのか何をしているのか知る人はいない
楽観的に見ても 悲観的にも 主観客観の違いを超えて
不可解な<無>が青空に浮かんだまま

クリックすると元のサイズで表示します
0

2020/6/9 | 投稿者: pdo

僕は10代の頃に『ロッキン・オン』を読んでビートルズやエレファントカシマシやプリンスを聴いていたので、渋谷陽一の『ロック進化論』や『音楽が終わった後に』といった評論集に多大な影響を受けた。

40代になってから菊地成孔に憧れるようになったが、所詮先天的後天的に身に着いた体質や考え方は変えられない。

渋谷陽一は、それまでミーハーなカルチャーとしてしか語られていなかったビートルズやレッド・ツェッペリンのようなロックを文学評論のスタイルで語ろうとした最初の世代で、ジャズを文学的に語ろうとした全共闘世代の評論家たちの後発世代であった。

初期の『ロッキン・オン』はやたらと肩に力の入った既存の日本のロック・ジャーナリズムへの批判に凝り固まっていたが、僕が読み始めた80年代のロッキン・オンはいい具合に肩の力が抜け始め、より商業主義に傾いた増井修をはじめとする第二世代が紙面づくりを仕切り始めた頃だった。

僕が勝手に「渋谷陽一テーゼ」と呼んでいる或る命題がある。それは、「本当に優れた表現は必ず商業的にも勝利する」というものである。彼は、売れ筋の大衆路線音楽を「産業ロック」と呼んで罵倒する一方で、「売れないのは客がバカだから」という、ミニコミ誌やインディーズにありがちな言い訳を徹底して批判した。

渋谷には、本当に優れた表現は、純粋な「初期衝動」(これは渋谷陽一が発明した言葉の一つだ)を失うことなしに、受け手との妥協などという発想とも無縁に、必ず商業的にも成功するのだ、という信念があった。

事実、80年代に成功したRCサクセションや山下達郎などのミュージシャン(彼らは渋谷陽一と同世代のいわば共闘関係にある人たちといえる)の存在は、「渋谷陽一テーゼ」の実証例ともいえるかもしれない。

今思い返せば、僕がもっとも渋谷陽一から影響されたのは、「絶対的な価値」である音楽への信仰とでもいえるものであった。彼が、メディア編集者という職業を生業にしたのは、メディアというものを通して初めて「普遍的なコミュニケーション」が可能になるのだ、という信念に基づいている。

彼の有名な発言に、「ある人と友人として10年付き合うよりも、彼が全力で作った30分のレコードを聴く方が、その人の本質を理解できる」というのがある。

また彼はこう語る。

「我々がコミュニケートしなければならないのは、きっとどこかに居るだろう自分のことを分かってくれる素敵な貴方ではなく、目の前に居るひとつも話の通じない最悪のその人なのである。そうした人とのコミュニケーション法の模索がメディアをより強力なものとしていくのである。」

渋谷は、「人と人とはメディアを通じたコミュニケーションによって必ず共通の理解を持つことができる」という強い確信と、その可能性を阻む現実との間のギャップを己の批評活動のモチベーションとしてきた。

そして、渋谷にとって、「音楽」こそが、この「普遍的なコミュニケーション」を可能にする唯一の方法なのであり、そこに彼が、映画や漫画や文学ではなく、音楽評論を自らの活動の主軸に置いた理由がある。それは音楽というものに対する一種の信仰ともいえる。

レッド・ツェッペリンの『天国への階段』という曲について渋谷はこう述べる。

「すべての価値と論理が相対的である時、音楽こそが絶対的な価値となりうるのではないか。音楽こそが天国へのきざはしであるのではないか。それがこの曲のテーマであり、ロック全体のテーマである。この歌は一種の決意表明であり、出発宣言になっている。この歌詞以降のツェッペリンの音楽的実践は、この歌のメッセージを現実のものとするための試行錯誤ともいえる。」

彼のスタンスを最も明示的に表現しているのは、単行本『音楽が終わった後に』のまえがきに掲載されている次の文章だろう。

(以下引用はじめ)

結局、言いたい事は原稿用紙の二、三行で十分なのだ。ところが、それは二、三行では普遍化されない。その言葉が二、三行である間は、それは自閉症の繰り言でしかない。それを普遍化する為、多くの言葉を積み重ね、手続きを踏んでいく。それが批評の本質なのだという言い方も可能だが、だからといって面倒なものは変わらない。

きっとミュージシャンもそうなのだろう。頭にあるのはきっとひとつの音なのである。鳴らしたいのはその一音なのだ。ところがその一音は、現実場面では一音として鳴らないのである。ミュージシャンはその音の回りをなぞり、いろいろな表現手法を用いて、その音を散文的に表現したりする。当然、それはそれでもどかしいものだ。

アバンギャルドと呼ばれる手法は一種のバイパス作りで、回り道を避け、一気に表現のコア、つまりその一音、あるいはそのひとつの言葉へ向かおうとする試行錯誤といえる。多くの場合、実験は実験でしかなく、意欲のみで終わったりするが、そこからしか新しい方法論は生まれてこない。

僕の場合も、原稿に向かう時、頭にあるのは最終的な一言の結論だけである。後は手続きなのだ。この手続きを楽しみことができる人間が原稿を書くことを楽しむことができるのだ。僕のようにただ面倒なだけなんてライターはひたすら原稿を書くことを嫌う。この単行本に収められている文章も、その手続きの集積と、ごくわずかな数行の結論によって構成されている。その数行が貴方に届くことを願う。


(引用おわり)

つまり渋谷にとっての「普遍的なコミュニケーション」とは、絶対的な「ひとつの言葉(一つの音)」を万人が共有することに他ならないのである。これはある意味で、60年代のロックが目指した理想主義(共同幻想)の変種、というかほとんどそのままの発想である。

ところが、クレイジーキャッツ、山下洋輔、筒井康隆によって思春期の精神形成を行い、80年代の構造主義(彼の作品のタイトルは『構造と力』や『闘争のエチカ』といった80年代思想へのオマージュに満ちている)を一つの方法論的支柱とする菊地成孔には、このような発想はない。

菊地は「鳴らしたいひとつの音」のために音楽をやっているのだ、とは決して言わないだろうし、「ごくわずかな数行の結論を言うためだけに手続きのような文章を書いているのだ」とも言わないに違いない。むしろそのような言い方こそ菊地の(強い表現を使えば)嫌悪するところであろう。

菊地成孔は演奏家であり、音楽批評のスタイルとして、楽曲構造の理論的な分析(アナリーゼ)という手法の有効性を主張する。

(以下菊地の発言より引用はじめ)

僕は、フジロックが産業的にどうこうとか、そういったことには全然興味なくて、音構造にしか興味がないです。音構造が変わればドラッグカルチャーやエコロジーみたいなものもすべて突破できると思っています。ここでいう「突破」というのはつまり、他の読解要素と比べ、余りに音構造に関する読解がおざなりにされているので、もう聴き終わり、咀嚼を終了したと思っている音楽が、まったく新鮮に聞こえ、それまでの読解軸限界による咀嚼をアップセットし、リフレッシュできる、といった意味ですが。

(「思想地図β」における座談会より引用おわり)


21世紀初頭に菊地成孔が大谷能生とのコンビで行ってきたポップ・アナリーゼ(楽曲構造分析)の啓蒙活動は、80年代、90年代に隆盛を誇ってきた所謂「ロキノンジャパン的」な音楽の聴き方に対する強力なアンチテーゼであった。彼らの幅広い知識と豊かな感性に裏打ちされたその批評活動の影響は、その難解さ?ゆえに、当初は限定的なものに留まったにせよ、その後20年近くにわたり確実に若い世代にボディーブローのように浸透している。

菊地成孔もまた「音楽」の信仰者であると自認している。渋谷陽一との違いは、渋谷が「普遍的コミュニケーション」の唯一の手段として音楽の力を信じているのに対し、菊地は、渋谷のような文学的な思考を介在させず、より直接的に「音」の力によるダイレクトな救済を希求している、という点にある。それはやはり音楽家(表現者)と批評家(編集者)という本質的立場の違いから来るものであろうか。

音楽批評という表現活動において、いわば対極の立場にあるといえる渋谷陽一と菊地成孔は、僕にとってどちらも畏敬の対象であり、生涯にわたり決して軽んずること能わざる存在である。

なぜこんなことを急に書く気になったかというと、今日が渋谷陽一の誕生日(1951年6月9日生まれ)で5日後が菊地成孔の誕生日(1963年6月14日生まれ)なんだからですね。

HAPPY BIRTHDAY ,LEGENDS!
0

2020/3/27 | 投稿者: pdo




Je suis venu te dire que je m'en vais/Serge Gainsbourg              

Je suis venu te dir'que je m'en vais 
et tes larmes n'y pourront rien changer
comm'dit si bien Verlaine "au vent mauvais"
je suis venu te dir'que je m'en vais
tu t'souviens des jours anciens et tu pleures
tu suffoques, tu blémis à présent qu'a sonné l'heure
des adieux à jamais
et je suis au regret 
d' te dir'que je m'en vais
mais je t'aimais, oui, mais- 

je suis venu te dir'que je m'en vais
tes sanglots longs n'y pourront rien changer
comm'dit si bien Verlaine "au vent mauvais"
je suis venu te dir'que je m'en vais
tu t'souviens des jours heureux et tu pleures
tu sanglotes, tu gémis à présent qu'a sonné l'heure
des adieux à jamais
oui je suis au regret
d' te dir'que je m'en vais
car tu m'en as trop fait-

je suis venu te dir'que je m'en vais 
et tes larmes n'y pourront rien changer
comm'dit si bien Verlaine "au vent mauvais"
je suis venu te dir'que je m'en vais
tu t'souviens des jours anciens et tu pleures
tu suffoques, tu blémis à présent qu'a sonné l'heure
des adieux à jamais
oui je suis au regret
d' te dir'que je m'en vais
oui je t'aimais, oui, mais-

je suis venu te dir'que je m'en vais
tes sanglots longs n' y pourront rien changer
comm'dit si bien Verlaine "au vent mauvais"
je suis venu te dir'que je m' en vais
tu t'souviens des jours heureux et tu pleures
tu sanglotes, tu gémis à présent qu' a sonné l'heure
des adieux à jamais
oui je suis au regret
d' te dir'que je m'en vais…


手ぎれ/セルジュ・ゲンズブール

僕は去るよ、と君に告げに来た
君の涙は何も変えることはない
ヴェルレーヌ言うところの"この猛る風のせい"ってやつさ
あばよ、と君に告げに来たのだ

君は過ぎた日々を思い出し、そして泣く
君は激情で息を詰まらせ、今その時が来たことを告げる音が鳴る
…永遠の別れだ…すまない…と
僕は去ることを君に告げるのだ

愛している、それは確かだけども、僕は去ると君に告げに来たよ
君の長いすすり泣きが何かを変えられるだろうか
ヴェルレーヌの言う"この猛る風のせい"ってやつさ
僕は去るよ、それを君に告げに来たのだ

君は過ぎた日々を思い出し、そして泣く
君は激情で息を詰まらせ、今その時が来たことを告げる音が鳴る
…永遠の別れだ…すまない…と
僕は去るよ、そう君に告げるのだ
なぜなら、君があまりにその条件を整えたから…

僕は、僕が去ることを君に告げに来た
君の涙は何も変えやしない
ヴェルレーヌは言う"この猛る風のせい"だと…
とにかく僕は行くよ、そう言いに来たのだ

君は過ぎた日々を思い出し、そして泣く
君は激情で息を詰まらせ、今その時が来たことを告げる音が鳴る
…永遠の別れだ…すまない…と

愛している、それは確かだけれど、僕は去ることを君に告げに来た
君の長いすすり泣きが何かを変えられるだろうか
ヴェルレーヌならば言うだろう"この猛る風のせい"で、と
僕は、去ることを君に告げに来たのだ

君は過ぎた日々を思い出し、そして泣く
君は激情で息を詰まらせ、今その時が来たことを告げる音が鳴る
…永遠の別れだ…すまない…と
僕は去ることを君に告げるのだ
なぜなら、君があまりにその条件を整えたから…

0




AutoPage最新お知らせ