2020/12/28 | 投稿者: pdo

西寺郷太著『噂のメロディ・メイカー』という本を読んだ。

マイケル・ジャクソンの教科書やプリンスについての著書で知られる著者が、「ワム!のジョージ・マイケルにはゴーストライターがいて、『ラスト・クリストマス』を書いたのは日本人だった」という噂を追いかける過程が、沢木耕太郎『一瞬の夏』ばりの私ノンフィクションのスタイルで記述された、ノンフィクションぽいフィクション(小説)。

もともと水道橋博士のメルマガ『メルマ旬報』に連載していたエッセイをまとめたもので、連載時に読んでいた記憶がある。

キャッチーなメロディーを生み出す才能のあるミュージシャンから曲のアイディアを買い取り、ビッグなアーチストに提供して報酬を得るというビジネスが実際に行われているのかどうか知らないが、もしそんなことがあるとしても、自身がミュージシャンである西寺郷太がそれを本に書くなどと言うことがありえないことは分かっていたので、ぼやかした結末に特に意外性も失望も感じなかった。

今のSNS時代には、誰でも自作曲を手軽にアップロードして全世界に公開することができ、そういうものに目を光らせているレコード会社の目利きがいるとしても何ら驚きはない。

だが、西寺がこの本で指摘する通り、ジョージ・マイケルは彼自身が天才的なメロディ・メイカーであり、そのような「ゴースト」の存在を必要としなかったことは事実であろう。

「ラスト・クリスマス」がバリー・マニロウの「I just can't Smile Without You」のパクリであるといって訴えられたエピソードは当時から有名で知っていた。確かに似ていると言えば似ているが、裁判ではマニロウの主張は退けられたようだ。

僕がジョージ・マイケルの才能を一番感じたのは、日本でも一世を風靡した「ケアレス・ウィスパー」という曲で、郷ひろみか西城秀樹もカバーしたような歌謡曲っぽいメロディーを持つ、彼の作品の中でも異色な一曲ではないかと思う。

ソロになってからは、「Faith」という見事なアルバムを出し、その音楽性を存分に開花させた。僕が曲を聴きながらこんなのを作れるのは本当に天才だと感動したのは、実はプリンスではなくジョージ・マイケルの「Fastlove」を聴いたときだけだったりする。

その豊かな才能にもかかわらず、ジョージ・マイケルの評価は欧米では不当に低かったような気がする。デビュー時のアイドル的な印象や、大衆受けを狙ったスタイルがウルサ型の音楽評論家の好みに合わなかったのだろう。

やがてセクシュアリティやスキャンダルで格好の芸能ネタになり、お騒がせタレントとしてのイメージが先行するようになってしまった。

『噂のメロディ・メイカー』は小説としては残念な出来と言わざるを得ないが、西寺郷太のような理解者を極東の島国に得たことは、ジョージ・マイケルにとって不幸中の幸いと言える出来事だと思った。
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2020/12/11 | 投稿者: pdo

昨日の流れから宇多田ヒカルを聴きたくなり、宇多田が「人間活動」からの復帰後に出した『ファントム』(2016年)と『初恋』(2018年)のCDを入手した。

ついでに『文學会』2020年1月号に掲載された又吉直樹との対談記事も読んだ。表現者どうしの真摯な対話。

今の日本でトップのセールスと評価を併せ持つミュージシャンである宇多田ヒカルのことは当然知っているし(普通の日本人が知っているのと同じレベルで)、彼女の音楽もそれなりに好んで聴いてきたが、自分にとって特別な親しみを感じるアーチストとまでは行かなかった。「天才」という言葉で安易に評価するのもどうかと思っていたし、母親の藤圭子と安易に比べるのもどうかと思っていた。だが、又吉直樹との対談や、二枚の最近作を聴き、特別な愛着を感じる存在になった。

彼女が2010年に「人間活動宣言」をして音楽活動を休止し、結婚・出産・母親の死を経て、復活するまでの間に何があったのかについては、渋谷陽一が詳しくインタビューしているようだ。

ちなみに渋谷陽一は、藤圭子が亡くなったときブログにこう書いた。


高校時代、僕たちはロック・ミュージシャンについて語るように、藤圭子について語っていた。というか藤圭子を熱く語るのはたいていがロック・ファンだった。五木寛之の演歌の物語は、それは大人のロジックとしてよく出来たものだとは思うが、僕たち高校生は違う聞き方をしていたような気がする。
僕たちは演歌には何の興味もなかったが、藤圭子は本当に好きだった。だから、それが何故なのかを熱く語ったのだと思う。何で彼女の歌はロックのように、高校生の僕たちの心を揺らすのか、それは熱く語るにふさわしいテーマだったのだ。
幼い高校生なりに導いた結論は、彼女の持つ心の闇とロック・アーティストの持つ心の闇との相似性だ。僕らはそれに納得していた。高校生で藤圭子に興味を持つのはロック・ファンばかりだ、という謎の答えは僕たちにはそれくらいしか思い浮かばなかった。それは今になって考えても正しかったような気がする。
宇多田ヒカルさんの心境を思うと言葉を失う。なのでこのブログも書くのを迷った。しかし宇多田さんも、お母さんの歌を好きだったと思う。そう思って書いた。
ご冥福をお祈りします。


(以下ウィキペディアより引用はじめ)

2013年8月に母・藤圭子を亡くした当時について、宇多田はインタビューで次のように語った。「気持ち的にも、あまりにも母親がわたしにとって音楽そのものだったんで、『音楽とか歌詞とか、ああ無理、歌うのも、ああもうできない!』って、その時は思って」「『あ、もう人前には出られないな』ってほんと思いました、その時は。」その後宇多田は、2015年7月に第一子を出産。その当時、次のような心境の変化が起こったと語った。「『あ、わたし親になるんだ』って思ったら、急に『あ、仕事しなきゃ!』ってなったんですよ(笑)」
そして、本楽曲及びアルバム『Fantome』の制作に取り掛かったという。

「真夏の通り雨」が収録されているアルバム『Fantome』の本格的な制作は、2015年3月頃に始まった。その中で、妊娠中の宇多田がまず第一に書き上げた曲は本楽曲(『真夏の通り雨』)であった。これについて宇多田はインタビューで、「やっぱり1曲目は、まず母のことを思いっきり、その時の一番強かった気持ちを出さないと、その次に進めない、みたいな感じだった」と語った。また、「母親の死で、(宇多田の)プライベートの事情が一気に曝された」ことで、「それまで森の中で作っていたとしたら、その時は、もう高原で、どこにも隠れるところのない状況」だったといい、「素直にそのまんま見せる、全部出す」ような表現をすることになったという。

(引用おわり)

『真夏の通り雨』は風呂の中でMVを見ながらよく歌うが、途中で涙が溢れだして歌えなくなる。渋谷陽一はこれを「日本ポップミュージック史上に残る名曲」と称賛し、「何度 (同曲を) 聴いたかわからない。聴く度に、この歌に込められた彼女の思いが強く伝わってきて胸がいっぱいになった」と言ったとか。それに付け加えるべき言葉はない。思えばこの曲だけでも、彼女は僕にとって特別に愛着のあるアーチストだと言ってしまって差し支えなかったのだ。

この曲の歌詞は宇多田ヒカルの亡き母への想いを吐露したものと誰もが思うのは当然だが、僕の妄想は、この曲の歌詞は、「宇多田ヒカルが無意識に(?)藤圭子の想いを表現してしまった」というものだ。

つまり、歌詞を宇多田ヒカル目線ではなく、藤圭子(宇多田純子)目線から見るとしたら? それは亡き藤圭子が、遂に結ばれることのなかった真の想い人であった男性に綴る恋文になるのではないのか? その視点で以下の歌詞を読んだらどうなるか?


夢の途中で目を覚まし
瞼閉じても戻れない
さっきまで鮮明だった世界 もう幻

汗ばんだ私をそっと抱き寄せて
たくさんの初めてを深く刻んだ

揺れる若葉に手を伸ばし
あなたに思い馳せる時
いつになったら悲しくなくなる
教えてほしい

今日私は一人じゃないし
それなりに幸せで
これでいいんだと言い聞かせてるけど

勝てぬ戦に息切らし
あなたに身を焦がした日々
忘れちゃったら私じゃなくなる
教えて 正しいサヨナラの仕方を

誰かに手を伸ばし
あなたに思い馳せる時
今あなたに聞きたいことがいっぱい
溢れて 溢れて

木々が芽吹く 月日巡る
変わらない気持ちを伝えたい
自由になる自由がある
立ち尽くす 見送りびとの影

思い出たちがふいに私を
乱暴に掴んで離さない
愛してます 尚も深く
降り止まぬ 真夏の通り雨

夢の途中で目を覚まし
瞼閉じても戻れない
さっきまであなたがいた未来
たずねて 明日へ

ずっと止まない止まない雨に
ずっと癒えない癒えない渇き


つまり、この曲こそが、宇多田ヒカルが『流星ひとつ』を読んだことへの(無意識の?)アンサーだったのだ、というのが僕の禁断の仮説である――
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2020/11/30 | 投稿者: pdo

『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(スティーヴン・ウィット、関美和訳)という本を読んだ。

2016年に出た本で、当時菊地成孔が激賞していたのだが、今まで読む機会がなかった。

mp3を発明したオタク技術者、田舎の工場で発売前のCDをひたすら盗み続けた労働者、インターネットに発売前の音源を上げることに生き甲斐を見出すネットジャンキー、業界を牛耳る大手レコード会社のCEO、これらCDが売れない時代を作った張本人たちの強欲と悪知恵、才能と友情の物語――たしかに一気に読み通してしまう程の面白さではあった。

映画化も決定しているとかいう話もあるようで、どんな感じの映画になるかなんとなく想像できてしまう(その通りだと実につまらない映画だけど)。

この本の言う「音楽がタダになった」というのは、mp3が開発され、ナップスターのようなファイル交換ソフトを利用するサイトが閉鎖されるまでの90年代末から21世紀初頭までの数年間の話で、今は有料によるストリーミングサービスという仕組みにより、厳密にはタダとは言えなくなっている。

これは時代の必然的流れと言えるのだろうが、この本に的確に描かれているように、90年代末のP2Pサイトで一気に時代が変わったと言えるのだろう。90年代前半からネットによる音楽配信を考えていたのがプリンスだったが、少し時代を先取りしすぎた。

結果的にCDを買う時代よりも消費者の出費とレコード業界の売上が激減したことは確かであろう。ストリーミングだとミュージシャンに入る金もCDより激減することになる。

並行して「ナップスター狂騒曲」という本も読みたくなったが、図書館に置いてなかった。

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2020/9/6 | 投稿者: pdo



ツイッターのRTで流れてきて知って、久しぶりにイイナと思った。

ネット上ではけっこうもう熱く語られていて、岡村靖幸みを感じたのは僕だけではなかったようだ。

しかしデビュー直後の岡村靖幸より完成度が高い。

岡村ちゃん好きとプリンス好きならハマること確実。

岡山出身、ユーチューバー出身の22歳。絶対B型で前世はインド人。

こういう「イッてる人」が出てくるのは嬉しいことだ。



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2020/7/22 | 投稿者: pdo

コロナ禍によって、ライブエンタメ業界は今なお多大な痛手を受けている。大型ライブイベントの中止を決断したロッキング・オン代表の渋谷陽一氏と、ブシロード代表取締役会長の木谷高明氏。長年にわたってエンタメに携わってきた2人は「これからのライブエンタメには爆発的な変革が起きる」と断言して憚らない。不安と疲弊に打ちひしがれたライブ業界とエンタメファンに、光明を差す対談をお届けしたい。

――このたびの対談は、ライブエンタメの“明るい未来”を語り合いたいとのことで実現しました。

【渋谷陽一】そう。ここ最近、とくに音楽業界は暗い話ばかりだったけど、僕はあと数年で音楽産業の市場規模は2倍3倍に成長すると思ってるんです。業界でこの話をしても意外とピンと来てくれる人が少なかったんだけど、木谷さんは瞬時に理解してくれましたよ。

【木谷高明】欧米のスポーツ産業がビッグビジネスになっていった歴史を見れば、それは明らかに予想できます。とくにアメリカのスポーツ産業は、80年代にケーブルテレビとPPV(ペイ・パー・ビュー)の普及によって変革したんですから。

【渋谷】放映権で、チケット収入の何十倍もの収益をあげるようになったわけですね。

【木谷】さらに配信サービスの普及で、世界規模で稼ぐようになった。こうした動きは音楽が一番遅れてたけど、これから音楽産業でも同じことが確実に起きますよ。

【渋谷】キーワードはやはりデジタル、オンラインライブですよね。

【木谷】そうですね。弊社は昨年、東証マザーズに上場したんですが、うちが扱ってるコンテンツの中でも、投資家やアナリストが興味を持っているのがオンラインライブでした。株主総会では、これから確実に成長が期待できるコンテンツとしてたくさん質問を受けました。

【渋谷】意外と音楽業界ではない人のほうが、音楽の本来的な価値に気づいているのかもしれない。デジタル関連でいうとサブスクの普及で音楽産業がプラスに転じたけれど、当初は音楽業界側も懐疑的でしたからね。

──ライブ配信に注力すると、「音楽パッケージが売れなくなる」という懸念もありました。

【渋谷】ところが結果としてパイの奪い合いにはならず、むしろ市場を広げることとなった。同じことで木谷さんにお伺いしたいんだけど、スポーツでPPVが定着して実際の会場に来るお客さんが減ったかというと、そんなことないですよね?

【木谷】むしろ会場チケットのバリューが上がりました。配信なり放送なりでコンテンツに接触すると、「生で見たい」という熱はますます上がるんです。だけど会場にはキャパシティがある。たとえばスーパーボウルのチケット価格設定がとんでもないことになってるのは、それだけ現場で見たい人が多いからであって、市場経済として自然なことなんですよ。

【渋谷】つまりオンラインライブによって、リアルのライブ人口は決して減らない。むしろライブ市場全体を、とてつもない成長産業に押し上げる希望しかないと僕は思ってるんです。

──先ほど出たキャパシティは、リアルのライブにおいて常について回る課題です。

【渋谷】たまにイメージするんだけど、「ユーミンが荒井由実時代の曲を弾き語りする一夜限りのライブ」。これものすごくバリューがあるコンサートですよね。弾き語りだったらドームでやってもしょうがない。それなりの音響設備の会場、渋谷のオーチャードホールあたりがいいんじゃないかな?

【木谷】キャパは2000席ほど。チケット争奪戦になりそうですね。

【渋谷】そこで起こるのがチケットのプレミアム化、もっと言えば転売問題です。転売によって何十万ついたところで、ユーミンには1円も入らない。そんなバカな話はないですよ。そこをきっちりとマネタイズしてアーティスト側に還元する方法論として、オンラインライブは非常に有効なんです。

【木谷】ビッグアーティストは高い年齢層のファンも多くついてますし、わざわざ会場に行かなくても家でゆったり見たい、という人は多いでしょうね。

【渋谷】と思いきや、意外と若者層にも需要はあるんですよ。先日、あるアマチュアバンドが、ライブハウスから無観客ライブを配信すると聞いて、失礼な話、そんなの見る人いるの? と思ったんです。ところが20人が視聴してくれたと。たった20人? と思うじゃないですか。

【木谷】でも、彼らのスケールからは十分な数字だったということですかね? 

【渋谷】そうです。ライブハウスにはノルマがあって、いつもは友だちに声をかけて3、4人来てくれるんだそうです。ところがオンラインでやったら、その5倍ものお客さんが見てくれた。それも心から応援してくれるお客さんたちで、夢のようだったと。僕らは勝手に「ロックのお客さんは現場で見たいものなんだ」と思い込んでるじゃないですか。

──押し合いへし合いの“密”なスタンディングで、ですね。

【渋谷】だけど、たとえば地方に住んでる人とか、東京に住んでても夜は出歩けない高校生とか、ライブハウスに敷居を感じていた人はいっぱいいるわけですよ。そうしたお客さんたちが求めている接触機会を、これまでライブ業界は提供してこなかったんです。

【木谷】たしかに生のライブにはキャパシティだけでなく、アクセシビリティの障壁もある。これまでビッグアーティストはそこをライブ中継で補完したりしてきたけど、通信環境が整った今はインディーズバンドでも気軽に音楽の出口を増やすことができるようになったわけです。

【渋谷】ようは、このコロナ禍はライブの本質というものに冷静に向き合うチャンスでもあった。何がリアルで何がオンラインなのか? を無理やり学習させられる機会だったと思うんです。

【木谷】さらにスマートテレビや5Gもこれからさらに普及する。同時代に起こった偶然とは言え、これからオンラインライブ市場は爆発的な変革が起きますよ。

──この時期、オンラインライブに触れた人はたくさんいました。しかしコロナ禍が去った後も、その人たちはオンラインライブを見るでしょうか?

【木谷】そこはライブ業界がもっと意識的に取り組まなければいけないことです。エンタメの普及にとって何が一番大事かというと、クセを付けることなんですよ。ようは靴を履くクセ、習慣がない人に対して、どうせ履かないだろうから靴は売らないか、それともいかに靴の素晴らしいかを伝えて売るか、どっちかだと思うんですよね。

【渋谷】その意味では、このコロナ禍はオンラインライブを見るクセを付ける機会でもあったわけで。若い人だけでなく、高齢者でも頑張って配信プラットフォームに会員登録した人は多かったんじゃないかな。

【木谷】そうなんです。ここ最近やってたオンラインライブって、音楽業界的にはリアルのライブができないことへの補完としか捉えていないフシもあったと思うんです。それでコロナ禍が去ってライブが通常にできるようになって、オンラインライブの流れを止めてしまったらこの機会が水の泡というか。

【渋谷】だけど、配信をいち早くビジネスとして定着することができたスポーツに対して、なぜ音楽は遅れをとってしまったんでしょうね?

【木谷】そもそもスポーツは試合そのものが商品だから、売るための手段をいろいろ考えたというところは大きいと思います。音楽の場合は、かつてライブはパッケージを売る販促の手段だったじゃないですか。今はライブ市場が逆転しているところはありますけど。

渋谷】そうか、そうした歴史の違いもありますね。

【木谷】あとはボクシングをイメージしてもらったらわかりやすけど、東京ドームの真ん中にリングを据えたらやっぱり小さいし、細かいところまでは見えない。だけど音楽ライブは大きな会場でも作り込んだステージ込みで楽しませてくれるところがありますよね。

【渋谷】たしかにドームのスケールでコンテンツを伝達するスキルは、スポーツよりも音楽ライブのほうが長けています。そっちが進化してしまったことで、オンラインへのチャレンジに足が遠のいてしまっていたのかもしれない…。

【木谷】だけど映画『ボヘミアン・ラプソディ』ラストのライブ・エイドの中継を、酒場や自宅のテレビの前で観客が熱狂するシーン。ライブ配信の定着によって、あのような光景がもっと起こせるはずなんですよ。ようは先ほどおっしゃった「ライブの本質的な価値」に、音楽業界がどれだけ真剣になって向き合うかが重要なのではないでしょうか。

──今後、オンラインライブがより普及したら、その上位コンテンツにリアルのライブがあるというイメージでしょうか?

【木谷】さっきのスーパーボウルの例で言えば、リアルライブのチケットの適正価格はもっと上がるでしょうし、ユーザーもそのことに納得すると思いますよ。

【渋谷】一方で単なるライブ中継ではなく、オンラインライブとしての商品性を追求することも重要だと思います。先ごろ東方神起が無観客オンラインライブをやりましたけど、彼らが歌っている前に巨大なクジラのCGがドーンと出現した。あれはオンラインだからこそできた非常にクリエイティブな演出ですよね。

【木谷】音楽ライブってステージの造作にものすごいコストを費やしてきたじゃないですか。わざわざ櫓を組んで、終わったら壊して。もったいないと言えばもったいない。

【渋谷】いやいや、木谷さん(苦笑)。そこにもちゃんと意味はあるんですよ。ただ、リアルでは表現できない演出の工夫をして、それによって画面の向こうにいる観客に高揚感を与えるのは、アーティストにとってもクリエイターにとっても絶対に楽しいだろうなと思いますけどね。

【木谷】でもそう考えると、音楽仕様の大きな会場って実はほとんどないんですよね。有明アリーナは音楽もスポーツも併用できる仕様として作られましたけど。だから櫓を組んだり壊したりとコストがかさんでしまう。

【渋谷】今言われている2分の1、3分の1の動員では、正直黒字が出ないですね。

【木谷】先日、弊社の新日本プロレスは大阪城ホールで2日間、キャパ3分の1で興行をやりました。プロレスならこれでもギリギリ黒字が出せるんです。実を言うとこの日、大阪城ホールを抑えられたのは某アーティストのキャンセルが出たからなんですよ。この状況が続いたら、新日としてはありがたい(笑)。

【渋谷】ただでさえ会場不足なのに、それはまずい(苦笑)。慢性的な会場不足が常に問題としてありますけど、それは需要に対して供給が追いついていないということです。だからこそオンラインライブなんですよね。先日のサザンオールスターズの無観客ライブは18万人がチケットを購入しましたけど。

【木谷】そうしたビッグアーティストに率先して実装化していってほしいですよね。サザンのチケットは3600円でしたが、個人的にはもっと高くても良かったんじゃないかなと思いました。それでもおそらく視聴人数は変わらなかったと思いますよ。

【渋谷】たしかにオンラインライブのチケットの適正価格についても、考えていかないといけません。

【木谷】ホロライブプロダクションというVTuber事務所がニコニコ生放送でやったライブが8000円、2万人が視聴したそうです。もちろんライブ用に3Dで作り込んだものすごい演出でしたけど。すでに若い世代のユーザーにとっては、リアルだろうがオンラインだろうが、価値のあるコンテンツに課金するのは当たり前なことになっているんだと思います。僕なんかもう60歳ですよ。

【渋谷】僕も69歳になりました。

【木谷】だから我々がオンラインライブ云々と対談なんてやってる別の場所で、30代とかのバリバリのプロデューサーはごく自然にデジタルに対応した新しいコンテンツを作ってるんだとは思いますよ。

【渋谷】おっさんが何言ってるんだと思いながらね(笑)。

【木谷】ただ、少なくとも我々は歴史を見てきましたから、今起きているのがパラダイムシフトであることには明確に気づいている。そのことをユーザーにも業界にも吹聴して回る役目はあるんじゃないかなと。

【渋谷】そう、この状況に嘆いててもしょうがない。ライブエンタメ業界に革命は起きていて、明るい未来がすぐそこまで来てるんだということをみんなにわかってもらわないと。

【木谷】結局、エンタメの使命ってそこだと思うんですよ。お客さんに夢や希望、喜びや楽しみを提供するという。とくに業界だけでなく、ファンも少なからずこれからのエンタメに不安を感じていると思う。だからこそ未来への希望を灯せるような発信をこれからもしていく必要があると思っています。(文/児玉澄子)
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