2021/7/5 | 投稿者: pdo

おざけんがすきだったことさえくろれきしになるひがくるとは

いやふりんとかぽりんとかはまじどうでもいいんだけどたんじゅんにさいきんのうたはかっこよくないというかしょうじきかっこうわるいんだよな

べつにこどものかおをどあっぷにしてあるばむのじゃけっとにするのもかまわないんだけどさ

そのころぼうこくえいてれびのよるのばんぐみでおざけんのとくしゅうがあってほんにんがやきとりやみたいなところでのみくいしながらうくれれひいたりするようなの(かんぜんうろおぼえ)をみたときにちょっとこれっていけてなくねとおもってしまったんだよな

むすこにおざけんてむかしはよかったのかもしれないけどいまはかっこわるいおじさんになtっちゃったねといわれたのがへんにくやしくもなかったのがよけいにものがなしいというか

ふりっぱーずをかいさんしてからのにまいのあるばむ(いぬはほえるがきゃらばんはすすむとらいふ)はだいけっさくだったとおもうしあのにまいとそのころのしんぐるだけでもかれにいっしょうついていきますといってよいくらいなのだが

あめりかにいってはんぐろーばりずむしそうみたいなのをさけびだしてそれはそれでまあいいんだけどそっからむかしのきょくをふたたびやりだしてにほんでつあーするようになったのはたんじゅんにかねにこまったのかなというきがしないでもなかったしうたいかたにへんなくせがついたのもきになったしいまおもえばふしぜんなかんじはいろいろあったんだけど

かんぜんにあれっ?とおもったのはそうかっこいいちきゅうのころかなあ

とうじひはんてきなれびゅうもでてきたりしてそれにうなずけるものがあったのもたしか

もっときもちわるかったのがしんじゃみたいなひとたちがひはんてきなものにたいしてむきになってはんろんしたりむじょうけんにこうていしますというたいどぜんかいでなんどかついったーでえんじょうをおこしかけたときにもひっしになってべんごしていたようなところ

もうしょうじきってじぶんにはかんけいのないものになりつつあるのでこれいじょうくどくどのべるきもないのだけどさいごにひとつだけいうとしたらやはりBETTY WRIGHTにはいんぜいをはらうべきなんじゃないかなとおもう
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2021/6/17 | 投稿者: pdo

最近作家の中原昌也先生と交流を深めている坂口恭平さんがネットに無料で読める大量のテキストをnoteに挙げていて、直接リンクしてもいいんだけど、長文なので特に共感した一部のみを引用します。

でも不思議です。ネットで新聞を読もうと思っても、ここから先は有料です、みたいな関所あるじゃないですか? 

あれ何が楽しくてやっているんですかね? あれ、もしかして有料ですってことにした人は、ありえないと思いますけど、もしかして儲けると思ってやってるんですかね。ほんと頭大丈夫なんですかね? 

それでニュースのつもりなんですかね。ニュースって知って欲しいんじゃないんですか? 社会の問題はこれかもしれないって思って記者たちは真剣に調べて、それで人々に伝えたいんじゃないですかね。俺の勘違いですかね? それを有料って? 

・・・ニュースですよ、社会の問題ですよ、諸悪の根源を突き止めている俺が書いた社会の闇を暴いたこの原稿をですよ、有料です、って。馬鹿なんでしょうか。・・・ま、ほんと法律ってのは頭悪すぎるんで、みんなも小学生のバカまじめみたいにただひたすら守ったりしなくていいですからね。笑い飛ばしてガン無視してくださいよ。そうしないとみんなが小学生の馬鹿真面目みたいなやつに成り下がっちゃいますよ、それで何がかっこいいんですか? それどこが洒落てるんですか? それモテるんですか? 

(坂口恭平note「お金の学校(8)文藝春秋にとっての王とは何か?」より)


この文章に真面目に反論すると、有料でニュースを提供する側は、ニュースを知ってほしいとは思っていなくて、単に商品と思っているだけなので、それに対価を求めることは彼らの論理としては正当なことなのだと思います。

それに社会の闇を暴いてそれを世の中に知らせたいと思っているジャーナリストがいたとして、そのジャーナリストにも生活があるので(新聞社やメディアに所属していないフリーのジャーナリストであればなおさらのこと)、それを生活の糧にしている以上は、情報提供を有料にするのは仕方がないと思います。

当然、坂口恭平氏は、そんなことは分かったうえで上記のような主張をしているのでしょうし、その主張に共感する自分もそんなことは分かっています。

個人的には、大手新聞社のサイトなどによる「ここから先は有料です」みたいな記事は絶対に読まないようにしています。

理由は、お金がもったいないのと、何となく腹が立つのと、どうしても読みたければ新聞なら図書館に行けば読めるからです。

大手の新聞社が赤字で苦しんでいるというニュースをよく目にします。新聞を購読する世帯がどんどん減っていて、皆ネットニュースで済ませるようになっているのでしょう。だからネットニュースは有料にしないとやってられないのかもしれません。

「新聞がなくなると困る。政治権力の暴走が止められない」という意見もありますが、自分はそう思いません。今の大手新聞社に政治権力の暴走を止める力なぞないことは、国民の大半がウンザリしているオリンピックが強行されようとしていることにまともな反対記事ひとつ出せなかった現状からも明らかです。

さまざまな既得権益にがんじがらめになっている新聞社なぞいっそ解体する方がよいのです。だから僕は、新聞社のネットニュースで「ここから先は有料です」という記事は決して読まないのです。理由は、お金がもったいないのと、何となく腹が立つのと、どうしても読みたければ新聞なら図書館に行けば読めるからです。


The Price You Pay / Bruce Springsteen

おまえは心を決める
手にしたチャンスに賭けることを選ぶ
おまえはハイウェイが終わり
砂漠が始まるところまで車を走らせる

開けた道を車で走る
夜、支払うべき対価とともに
眠ることを学ぶその日まで

彼らは両手を高く上げて
開けた空に手を伸ばした
最後の一息をついて
進む道を造った
死ぬまで車を走らせた

夜通し車を走らせる
それでも自由になることはない
支払うべき対価がたえずおまえを束縛する

ああ 支払うべき対価
ああ 支払うべき対価
おまえは逃げることはできない
おまえが支払うべき対価から

彼らは行くところまで行くだろう
それでずっと待っているだろう
それでしまいには
何もかも駄目になる夢に捕えられてしまう

夜の闇が明るい昼を引き留めるところ
おまえは立ち上がり
支払うべき対価のために戦わねばならない

ああ 支払うべき対価
ああ 支払うべき対価
おまえは逃げられない
おまえが支払うべき対価から

過去のことは忘れろと言う連中もいる
振り返るなと言う奴らもいる
でも一息つくたびに
おまえは道を外れていってしまうんだ
それはフェアじゃないさ
すべての笑顔の裏には誰かの涙があるんだから
支払うべき対価がある限り

岸辺に立つ少女がいる
可愛い小さな赤ん坊を腕に抱いている
あんたは覚えているかい?
約束の地の物語のことを

奴は砂漠を横断した
だが選ばれた土地に入ることはできなかった
奴は川べりに留まって
支払うべき対価に直面した

だからゲームを始めよう
走ったほうがいい
ちっぽけでワイルドなハートを持って
おまえは走れるさ
夜のあいだも昼のあいだもずっと

だが郡の境界線のところには
かつてそこを通った誰かが立てた看板がある
そこには支払うべき対価のために
堕ちて行った人の数が書かれている

なあカワイ子ちゃんよ、
この日が終わる前に
俺はそれをぶち壊して投げ捨ててやるさ!

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2021/4/21 | 投稿者: pdo

藤井風の、昨年秋に行われた武道館公演を収録したブルーレイ『Fujii Kaze "NAN-NAN SHOW 2020 " HELP EVER HURT NEVER』をゲット。

いやあ凄かった。デビューして間もないミュージシャンとはとても思えないし、そういうことを抜きにしても過去30年でトップクラスの才能の持ち主であることは明白、などと言っても誉め言葉にもならないレベル。

加えてカリスマが過ぎる。

既にして会場は熱狂的な風ファンで埋め尽くされてい、今後これは限りなく教祖と信奉者の関係と化していくことは容易に予想される。今後彼が矢沢永吉や長渕剛のようなカルト教祖的ミュージシャンの領域には行かないでほしいと強く願わずにはいられなかった(突き抜けてマイコージャクソンの領域まで行くならいいけど)。

藤井風は、子どもの抱く全能感を持ったままで大人になれた天才だが、天才子役が大人になったというのとは違う。天才子役は原理的に大人の世界に媚びないと成立しないが、藤井風は野性の天才がそのまま大人になっただけで、媚びたようなところは一切感じさせない。

椎名林檎が出てきた時には、もう椎名林檎はただ死なないでいてくれれば何をやっても無条件に肯定すると決めたのだが、藤井風もそういう感覚に近い。

ただお願いだから、教祖にはならないでほしい(本人の意に反してなってしまうケースも含む)。彼に望むことができるのはそれだけだ。

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2021/3/10 | 投稿者: pdo

今年一番の衝撃。

スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンの名盤『フレッシュ』は、もう30年来愛聴し続けてい、常にipodに入れて携帯してい、ほとんど毎日のように聴き続けている。

ところがなんと、自分が聴いていた『フレッシュ』は、1991年に出た国内盤CDなのだが、これはれ当時マスターテープを取り間違って別ミックスが流出したというトンデモ盤だったのだというのをツイートしている人がいて知った。

冒頭の「インタイム」こそほぼ同じとはいえ残りの曲は本当にミックスが違うという。

慌てて現在発売中の「オリジナル盤」を聴いて確認したところ、確かに全然違う!

今まで聴いていた『フレッシュ』は何だったんだ(だから別ミックスだよ)。

当たり前だと思っていたことが全然当たり前ではなかった、この感覚を久々に経験して脳が覚醒したことであった(嘘。でも衝撃)。
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2020/12/28 | 投稿者: pdo

西寺郷太著『噂のメロディ・メイカー』という本を読んだ。

マイケル・ジャクソンの教科書やプリンスについての著書で知られる著者が、「ワム!のジョージ・マイケルにはゴーストライターがいて、『ラスト・クリストマス』を書いたのは日本人だった」という噂を追いかける過程が、沢木耕太郎『一瞬の夏』ばりの私ノンフィクションのスタイルで記述された、ノンフィクションぽいフィクション(小説)。

もともと水道橋博士のメルマガ『メルマ旬報』に連載していたエッセイをまとめたもので、連載時に読んでいた記憶がある。

キャッチーなメロディーを生み出す才能のあるミュージシャンから曲のアイディアを買い取り、ビッグなアーチストに提供して報酬を得るというビジネスが実際に行われているのかどうか知らないが、もしそんなことがあるとしても、自身がミュージシャンである西寺郷太がそれを本に書くなどと言うことがありえないことは分かっていたので、ぼやかした結末に特に意外性も失望も感じなかった。

今のSNS時代には、誰でも自作曲を手軽にアップロードして全世界に公開することができ、そういうものに目を光らせているレコード会社の目利きがいるとしても何ら驚きはない。

だが、西寺がこの本で指摘する通り、ジョージ・マイケルは彼自身が天才的なメロディ・メイカーであり、そのような「ゴースト」の存在を必要としなかったことは事実であろう。

「ラスト・クリスマス」がバリー・マニロウの「I just can't Smile Without You」のパクリであるといって訴えられたエピソードは当時から有名で知っていた。確かに似ていると言えば似ているが、裁判ではマニロウの主張は退けられたようだ。

僕がジョージ・マイケルの才能を一番感じたのは、日本でも一世を風靡した「ケアレス・ウィスパー」という曲で、郷ひろみか西城秀樹もカバーしたような歌謡曲っぽいメロディーを持つ、彼の作品の中でも異色な一曲ではないかと思う。

ソロになってからは、「Faith」という見事なアルバムを出し、その音楽性を存分に開花させた。僕が曲を聴きながらこんなのを作れるのは本当に天才だと感動したのは、実はプリンスではなくジョージ・マイケルの「Fastlove」を聴いたときだけだったりする。

その豊かな才能にもかかわらず、ジョージ・マイケルの評価は欧米では不当に低かったような気がする。デビュー時のアイドル的な印象や、大衆受けを狙ったスタイルがウルサ型の音楽評論家の好みに合わなかったのだろう。

やがてセクシュアリティやスキャンダルで格好の芸能ネタになり、お騒がせタレントとしてのイメージが先行するようになってしまった。

『噂のメロディ・メイカー』は小説としては残念な出来と言わざるを得ないが、西寺郷太のような理解者を極東の島国に得たことは、ジョージ・マイケルにとって不幸中の幸いと言える出来事だと思った。
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