2021/4/21 | 投稿者: pdo

藤井風の、昨年秋に行われた武道館公演を収録したブルーレイ『Fujii Kaze "NAN-NAN SHOW 2020 " HELP EVER HURT NEVER』をゲット。

いやあ凄かった。デビューして間もないミュージシャンとはとても思えないし、そういうことを抜きにしても過去30年でトップクラスの才能の持ち主であることは明白、などと言っても誉め言葉にもならないレベル。

加えてカリスマが過ぎる。

既にして会場は熱狂的な風ファンで埋め尽くされてい、今後これは限りなく教祖と信奉者の関係と化していくことは容易に予想される。今後彼が矢沢永吉や長渕剛のようなカルト教祖的ミュージシャンの領域には行かないでほしいと強く願わずにはいられなかった(突き抜けてマイコージャクソンの領域まで行くならいいけど)。

藤井風は、子どもの抱く全能感を持ったままで大人になれた天才だが、天才子役が大人になったというのとは違う。天才子役は原理的に大人の世界に媚びないと成立しないが、藤井風は野性の天才がそのまま大人になっただけで、媚びたようなところは一切感じさせない。

椎名林檎が出てきた時には、もう椎名林檎はただ死なないでいてくれれば何をやっても無条件に肯定すると決めたのだが、藤井風もそういう感覚に近い。

ただお願いだから、教祖にはならないでほしい(本人の意に反してなってしまうケースも含む)。彼に望むことができるのはそれだけだ。

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2021/3/10 | 投稿者: pdo

今年一番の衝撃。

スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンの名盤『フレッシュ』は、もう30年来愛聴し続けてい、常にipodに入れて携帯してい、ほとんど毎日のように聴き続けている。

ところがなんと、自分が聴いていた『フレッシュ』は、1991年に出た国内盤CDなのだが、これはれ当時マスターテープを取り間違って別ミックスが流出したというトンデモ盤だったのだというのをツイートしている人がいて知った。

冒頭の「インタイム」こそほぼ同じとはいえ残りの曲は本当にミックスが違うという。

慌てて現在発売中の「オリジナル盤」を聴いて確認したところ、確かに全然違う!

今まで聴いていた『フレッシュ』は何だったんだ(だから別ミックスだよ)。

当たり前だと思っていたことが全然当たり前ではなかった、この感覚を久々に経験して脳が覚醒したことであった(嘘。でも衝撃)。
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2020/12/28 | 投稿者: pdo

西寺郷太著『噂のメロディ・メイカー』という本を読んだ。

マイケル・ジャクソンの教科書やプリンスについての著書で知られる著者が、「ワム!のジョージ・マイケルにはゴーストライターがいて、『ラスト・クリストマス』を書いたのは日本人だった」という噂を追いかける過程が、沢木耕太郎『一瞬の夏』ばりの私ノンフィクションのスタイルで記述された、ノンフィクションぽいフィクション(小説)。

もともと水道橋博士のメルマガ『メルマ旬報』に連載していたエッセイをまとめたもので、連載時に読んでいた記憶がある。

キャッチーなメロディーを生み出す才能のあるミュージシャンから曲のアイディアを買い取り、ビッグなアーチストに提供して報酬を得るというビジネスが実際に行われているのかどうか知らないが、もしそんなことがあるとしても、自身がミュージシャンである西寺郷太がそれを本に書くなどと言うことがありえないことは分かっていたので、ぼやかした結末に特に意外性も失望も感じなかった。

今のSNS時代には、誰でも自作曲を手軽にアップロードして全世界に公開することができ、そういうものに目を光らせているレコード会社の目利きがいるとしても何ら驚きはない。

だが、西寺がこの本で指摘する通り、ジョージ・マイケルは彼自身が天才的なメロディ・メイカーであり、そのような「ゴースト」の存在を必要としなかったことは事実であろう。

「ラスト・クリスマス」がバリー・マニロウの「I just can't Smile Without You」のパクリであるといって訴えられたエピソードは当時から有名で知っていた。確かに似ていると言えば似ているが、裁判ではマニロウの主張は退けられたようだ。

僕がジョージ・マイケルの才能を一番感じたのは、日本でも一世を風靡した「ケアレス・ウィスパー」という曲で、郷ひろみか西城秀樹もカバーしたような歌謡曲っぽいメロディーを持つ、彼の作品の中でも異色な一曲ではないかと思う。

ソロになってからは、「Faith」という見事なアルバムを出し、その音楽性を存分に開花させた。僕が曲を聴きながらこんなのを作れるのは本当に天才だと感動したのは、実はプリンスではなくジョージ・マイケルの「Fastlove」を聴いたときだけだったりする。

その豊かな才能にもかかわらず、ジョージ・マイケルの評価は欧米では不当に低かったような気がする。デビュー時のアイドル的な印象や、大衆受けを狙ったスタイルがウルサ型の音楽評論家の好みに合わなかったのだろう。

やがてセクシュアリティやスキャンダルで格好の芸能ネタになり、お騒がせタレントとしてのイメージが先行するようになってしまった。

『噂のメロディ・メイカー』は小説としては残念な出来と言わざるを得ないが、西寺郷太のような理解者を極東の島国に得たことは、ジョージ・マイケルにとって不幸中の幸いと言える出来事だと思った。
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2020/12/11 | 投稿者: pdo

昨日の流れから宇多田ヒカルを聴きたくなり、宇多田が「人間活動」からの復帰後に出した『ファントム』(2016年)と『初恋』(2018年)のCDを入手した。

ついでに『文學会』2020年1月号に掲載された又吉直樹との対談記事も読んだ。表現者どうしの真摯な対話。

今の日本でトップのセールスと評価を併せ持つミュージシャンである宇多田ヒカルのことは当然知っているし(普通の日本人が知っているのと同じレベルで)、彼女の音楽もそれなりに好んで聴いてきたが、自分にとって特別な親しみを感じるアーチストとまでは行かなかった。「天才」という言葉で安易に評価するのもどうかと思っていたし、母親の藤圭子と安易に比べるのもどうかと思っていた。だが、又吉直樹との対談や、二枚の最近作を聴き、特別な愛着を感じる存在になった。

彼女が2010年に「人間活動宣言」をして音楽活動を休止し、結婚・出産・母親の死を経て、復活するまでの間に何があったのかについては、渋谷陽一が詳しくインタビューしているようだ。

ちなみに渋谷陽一は、藤圭子が亡くなったときブログにこう書いた。


高校時代、僕たちはロック・ミュージシャンについて語るように、藤圭子について語っていた。というか藤圭子を熱く語るのはたいていがロック・ファンだった。五木寛之の演歌の物語は、それは大人のロジックとしてよく出来たものだとは思うが、僕たち高校生は違う聞き方をしていたような気がする。
僕たちは演歌には何の興味もなかったが、藤圭子は本当に好きだった。だから、それが何故なのかを熱く語ったのだと思う。何で彼女の歌はロックのように、高校生の僕たちの心を揺らすのか、それは熱く語るにふさわしいテーマだったのだ。
幼い高校生なりに導いた結論は、彼女の持つ心の闇とロック・アーティストの持つ心の闇との相似性だ。僕らはそれに納得していた。高校生で藤圭子に興味を持つのはロック・ファンばかりだ、という謎の答えは僕たちにはそれくらいしか思い浮かばなかった。それは今になって考えても正しかったような気がする。
宇多田ヒカルさんの心境を思うと言葉を失う。なのでこのブログも書くのを迷った。しかし宇多田さんも、お母さんの歌を好きだったと思う。そう思って書いた。
ご冥福をお祈りします。


(以下ウィキペディアより引用はじめ)

2013年8月に母・藤圭子を亡くした当時について、宇多田はインタビューで次のように語った。「気持ち的にも、あまりにも母親がわたしにとって音楽そのものだったんで、『音楽とか歌詞とか、ああ無理、歌うのも、ああもうできない!』って、その時は思って」「『あ、もう人前には出られないな』ってほんと思いました、その時は。」その後宇多田は、2015年7月に第一子を出産。その当時、次のような心境の変化が起こったと語った。「『あ、わたし親になるんだ』って思ったら、急に『あ、仕事しなきゃ!』ってなったんですよ(笑)」
そして、本楽曲及びアルバム『Fantome』の制作に取り掛かったという。

「真夏の通り雨」が収録されているアルバム『Fantome』の本格的な制作は、2015年3月頃に始まった。その中で、妊娠中の宇多田がまず第一に書き上げた曲は本楽曲(『真夏の通り雨』)であった。これについて宇多田はインタビューで、「やっぱり1曲目は、まず母のことを思いっきり、その時の一番強かった気持ちを出さないと、その次に進めない、みたいな感じだった」と語った。また、「母親の死で、(宇多田の)プライベートの事情が一気に曝された」ことで、「それまで森の中で作っていたとしたら、その時は、もう高原で、どこにも隠れるところのない状況」だったといい、「素直にそのまんま見せる、全部出す」ような表現をすることになったという。

(引用おわり)

『真夏の通り雨』は風呂の中でMVを見ながらよく歌うが、途中で涙が溢れだして歌えなくなる。渋谷陽一はこれを「日本ポップミュージック史上に残る名曲」と称賛し、「何度 (同曲を) 聴いたかわからない。聴く度に、この歌に込められた彼女の思いが強く伝わってきて胸がいっぱいになった」と言ったとか。それに付け加えるべき言葉はない。思えばこの曲だけでも、彼女は僕にとって特別に愛着のあるアーチストだと言ってしまって差し支えなかったのだ。

この曲の歌詞は宇多田ヒカルの亡き母への想いを吐露したものと誰もが思うのは当然だが、僕の妄想は、この曲の歌詞は、「宇多田ヒカルが無意識に(?)藤圭子の想いを表現してしまった」というものだ。

つまり、歌詞を宇多田ヒカル目線ではなく、藤圭子(宇多田純子)目線から見るとしたら? それは亡き藤圭子が、遂に結ばれることのなかった真の想い人であった男性に綴る恋文になるのではないのか? その視点で以下の歌詞を読んだらどうなるか?


夢の途中で目を覚まし
瞼閉じても戻れない
さっきまで鮮明だった世界 もう幻

汗ばんだ私をそっと抱き寄せて
たくさんの初めてを深く刻んだ

揺れる若葉に手を伸ばし
あなたに思い馳せる時
いつになったら悲しくなくなる
教えてほしい

今日私は一人じゃないし
それなりに幸せで
これでいいんだと言い聞かせてるけど

勝てぬ戦に息切らし
あなたに身を焦がした日々
忘れちゃったら私じゃなくなる
教えて 正しいサヨナラの仕方を

誰かに手を伸ばし
あなたに思い馳せる時
今あなたに聞きたいことがいっぱい
溢れて 溢れて

木々が芽吹く 月日巡る
変わらない気持ちを伝えたい
自由になる自由がある
立ち尽くす 見送りびとの影

思い出たちがふいに私を
乱暴に掴んで離さない
愛してます 尚も深く
降り止まぬ 真夏の通り雨

夢の途中で目を覚まし
瞼閉じても戻れない
さっきまであなたがいた未来
たずねて 明日へ

ずっと止まない止まない雨に
ずっと癒えない癒えない渇き


つまり、この曲こそが、宇多田ヒカルが『流星ひとつ』を読んだことへの(無意識の?)アンサーだったのだ、というのが僕の禁断の仮説である――
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2020/11/30 | 投稿者: pdo

『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(スティーヴン・ウィット、関美和訳)という本を読んだ。

2016年に出た本で、当時菊地成孔が激賞していたのだが、今まで読む機会がなかった。

mp3を発明したオタク技術者、田舎の工場で発売前のCDをひたすら盗み続けた労働者、インターネットに発売前の音源を上げることに生き甲斐を見出すネットジャンキー、業界を牛耳る大手レコード会社のCEO、これらCDが売れない時代を作った張本人たちの強欲と悪知恵、才能と友情の物語――たしかに一気に読み通してしまう程の面白さではあった。

映画化も決定しているとかいう話もあるようで、どんな感じの映画になるかなんとなく想像できてしまう(その通りだと実につまらない映画だけど)。

この本の言う「音楽がタダになった」というのは、mp3が開発され、ナップスターのようなファイル交換ソフトを利用するサイトが閉鎖されるまでの90年代末から21世紀初頭までの数年間の話で、今は有料によるストリーミングサービスという仕組みにより、厳密にはタダとは言えなくなっている。

これは時代の必然的流れと言えるのだろうが、この本に的確に描かれているように、90年代末のP2Pサイトで一気に時代が変わったと言えるのだろう。90年代前半からネットによる音楽配信を考えていたのがプリンスだったが、少し時代を先取りしすぎた。

結果的にCDを買う時代よりも消費者の出費とレコード業界の売上が激減したことは確かであろう。ストリーミングだとミュージシャンに入る金もCDより激減することになる。

並行して「ナップスター狂騒曲」という本も読みたくなったが、図書館に置いてなかった。

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