2020/1/21 | 投稿者: pdo

鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄』という本を読んだ。

小林秀雄というのは、「教祖の文学」と呼ばれ、昭和時代には文学の神様のような扱いを受けてきた。その一方、何を書いているのか分からない難解な文章でも有名な人で、にもかかわらず、高校の教科書や大学の入試問題に多用されていた。

丸谷才一という作家が、「小林秀雄の文章は出題するな」とコラムに書いて話題になったこともある。丸谷は、小林の「様々なる意匠」について、「貧弱な内容をごまかすため、無理に勿体をつけてゐる」「血気にはやつて書いた欧文直訳体の悪文」と評している。ただその一方で、「かならずしも小林を非難してゐるわけではな」く、「現代日本の散文の未成熟といふ悪条件のなかで、その悪条件を逆手に取るかたちで新しい文芸評論を完成した」とも述べている。

小林秀雄の文章はすべて、「ドーダ、俺はすごいだろう。ドーダ、マイッタか!」という自己愛の表出にほかならない、という主張がこの本の核心であり、それに尽きているのだが、そのことだけで一冊の本が書けるはずもなく、話題は散り散り広範に及んでいる。

筆者に言わせれば、小林秀雄のような人物は、さしずめ、今の世の中なら、「誰に対してもすぐにマウンティングを取りたがるクソ野郎」ということになるのだろう。今はサブカル知識でマウンティングを取るが、当時は純文学や外国の文学の知識だったというだけの話だ。

小林秀雄はランボーの翻訳と紹介で当時の文学青年に多大な影響を与えた。しかしフランス文学者である筆者によれば、小林秀雄のランボーの翻訳は誤訳が多く、かなりトンデモであったらしい。それでも、というかそれが逆に幸いして、ランボーひいてはその紹介者である小林秀雄について「何だか分からないけど凄い」という印象を与えたのだとか。

面白いと思ったのは、小林秀雄がこれほど支持されたのは、日本人受けする典型タイプの一つ、「ヤンキー体質」の持ち主であったからだという。ヤンキー体質の特徴的な反応の仕方として、

パフォーマティブな出会い → 同調 → 爆発的感銘

というパターンがあり、小林はこれに従って、まさに「ランボーをヤンキー的に解釈した」ために、当時の文学青年たちに「刺さった」のだという。

さらに鹿島は、ヤンキーなるものへの分析を進め、ヤンキーは先輩後輩の関係性が支配する典型的なタテ社会(男社会の特徴)のルールに従う一方で、特定の理念(カルトやファシズム、共産主義など)に基づく共同体ではなく、むしろ地縁や血縁を根拠とする「女性型」共同体に属している、と述べる。

すなわち、ヤンキー文化とは、「女性原理のもとで追求される男性性」なのである。この筆者の主張は、精神分析医である斎藤環の説に依拠している。この説の一つの象徴は、映画「キリング・フィールド」の中に唐突に登場する女装した軍人の姿であり、嘉門達夫の「ヤンキーの兄ちゃん」という曲の歌詞、「ヤンキーの兄ちゃんは26ぐらいの足に22.5ぐらいの婦人もんのサンダル履く」である、という。

鹿島の話は、日米戦争の開戦に至る経緯における政府首脳部の「非計画無責任体制」(丸山真男による分析)がアノミー家族社会における「アモック」にほかならない、という分析にまで及ぶが、このあたりは小林秀雄との関係がよく分からない。

要するに、小林秀雄は、その外見とは異なって、明確な論理や一貫した意思という西欧的明晰さとは無縁の存在であり、その内実は非合理で情念に支配される純日本人的(ヤンキー的)人間であるがゆえに日本文学界で支配的な立場に立ちえたのだ、ということか。

ちなみに、鹿島茂は、吉本隆明の信奉者でもあるらしいが、小林秀雄に対する上記のような指摘はそのまま吉本隆明にも当てはまるじゃないか、と呉智英に指摘されている(『吉本隆明という「共同幻想」』)。
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2019/7/7 | 投稿者: pdo

この週末に読んだ深沢七郎の小説は、

「白笑(うすらわらい)」★★

「揺れる家」★★★★

「東北の神武たち」★★★

「笛吹川」★★★★★

「甲州子守唄」★★★★

「みちのくの人形たち」★★★★★

「秘戯」★★★★

「アラビア狂想曲」★★★★

「をんな曼荼羅」★★

「『破れ草紙』に拠るレポート」★★

「和人のユーカラ」★★

「いろひめの水」★★★

「花に舞う」★★★

「変化草(へんげそう)」★★★

「いやさか囃子」★★

「南京小僧」★★

「枕経」★★★

「浪曲風ポルカ」★★


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2019/6/23 | 投稿者: pdo

深沢七郎『楢山節考』、『月のアペニン山』、『東京のプリンスたち』、『白鳥の死』、『深沢七郎集第8巻』、『深沢七郎ラプソディ』(福岡哲司著)、『深沢七郎、「楢山」と日劇ミュージックホール』(大谷能生)、『なんとなく(深沢七郎に関するエッセイ)』(中原昌也)を読む。

エルヴィスがききたくなって、昔買ったCDを引っ張り出し、図書館で初期の作品を借りて聴く。


「夜おそい」とか「遊び歩いてばかりいる」とか親は言うが、自分の行動は自分のしたいようにさせてくれなければ苦痛だ。学校へ行っているのだから夜遊ばなければ遊ぶ時はないのだ。学校は仕事で、毎日毎日仕事があるのだから毎日毎日遊ぶ時間も欲しいのだ。自分のしたいことはエルヴィスの唄をきくことで、「遊んでいる」と言うけど、それがなければ頭も身体もとんがってしまうのだ。暴力など振う奴はミュージックのない奴にちがいない。

公次はエルヴィスの「頭の堅い女」をかけて寝ころんでそんなことを考えていた。
(『東京のプリンスたち』より)



深沢七郎はギタリストで日劇ミュージックホールに出演してストリップショーの伴奏などやりながら、「都会人がハイキングに行きたがる、あの山の中の気分を味わうのと同じで」山の中の小説(「楢山節考」)を書いたのだという。

1956年、42歳で『楢山節考』によって第一回中央公論新人賞を受賞したことから、作家としての深沢の人生は始まった。

選考委員は、伊藤整、武田泰淳、三島由紀夫の三人で、三人一致してこの作品を推した。

この作品が当時の文学者に与えた衝撃は、70年以上経った今でも想像に難くない。

曰く、「民話のすごみというものをワクに、何かわからない無抵抗のような美しさがある」(武田)、「これが本当の日本人だったという感じがする、ストイックというか、個人よりも家族を大事にするというか、それよりも家族よりも伝統の規律に自分を合致させることによって生存の意義を味わう人間がいるというか、そういうことを改めて考えさせられる」(伊藤)、「父祖伝来貧しい日本人の持っている非常に暗い、いやな記憶のようなものがあり、全身に水を浴びたようにこわい。何か不定形で、どろどろしたものがあって、とても脅かすんだ」(三島)。

「近代文学の中での、人間の考え方ばかりが、必ずしもほんとうの人間の考え方とは限らないということです。僕ら日本人が何千年もの間続けてきた生き方がこの中にはある。ぼくらの血がこれを読んで騒ぐのは当然だという気がしますね」(伊藤整)

「人間の美しさというものが、今非常にあいまいになってきている、そういうことを肯定的に書くことがほとんど不可能になってきている。この作品では早く楢山に登りたいということを素直に主張する人物を出すことによって、それに成功している」(武田泰淳)

「ことしの多数の作品のうちで、最も私の心を捉えたものは、新作家である深沢七郎の『楢山節考』である。…私は、この作者は、この一作だけで足れりとしていいとさえ思っている。私はこの小説を面白ずくや娯楽として読んだのじゃない。人生永遠の書の一つとして心読したつもりである」(正宗白鳥)

『楢山節考』はベストセラーになり、何度も映画化され、彼の生涯の代表作であることは疑いないが、必ずしも深沢七郎にとっては本意ではない受け取られ方をし、いわば生涯の「誤解のもと」となった作品でもあった。

その「誤解」が頂点に達するのがのちの「風流夢譚」にまつわる事件であるが、ひとまず彼の作家としての本領が最も発揮された作品の一つは、1959年の『東京のプリンスたち』ではないだろうか。

大谷能生曰く、「深沢七郎が書いた『東京のプリンスたち』という小説は、ロカビリーとその音楽を愛した少年・青年を主人公として描いた、日本語で書かれた音楽を取り扱う小説のなかでもっとも美しい作品のひとつである。音楽と生活とが密接に結びついている人間たちの生を、彼らの生活のリズムを正確に辿りながら描くことに成功している、という点において、この作品は『楢山節考』と非常によく似た性格を持っている。」


階段の下からラジオが聞こえてきた。(聞いたことがある曲だ)と思ったらすぐ唄になった。ぼーっとしている頭にも(エルヴィスの声だ)とすぐに判った。「マネー・ハネー」だった。正夫は引き戻された様に我に返った。気がついたら立っている足が小さくゆすれていた。ハッと、正夫は足に力を入れてリズムに合わせてゆすりだした。歯切れのいいリズムで両足が切れてしまうように激しくゆすった。

(ちぇッ、いいなァ)

と舌打ちした。正夫は右手を大きく振って指を鳴らしながらエルヴィスの声と一緒に歌い出した。重苦しかった下半身が爽快になってしまったことなど知らなかった。テンコが目の前にいるけど、そこに掛けてあるカーテンや襖の模様の絵と同じようにしか思えなかった。



上の引用部分は、「押しつけられたように下半身が重苦しくてたまらなかった」田中が、早くこの苦しさを捨ててしまうために、テンコを誘って温泉マーク(今のラブホテル)に入ったところ、エルヴィスがかかっているのをきいた場面だ。

それから、下に引用するのは、この小説の最後の場面だが、以前、この部分だけが引用されているのを何かの評論で読んだことがあって、強烈に印象に残っていた。いったい何の評論だったのだろう?


「アイ・ニード・ユア・ラブ・トゥナイト」が激しく鳴った。“今夜はお前のラブが必要だ”とエルヴィスは騒ぐように歌っているが、題名だけが判れば、歌詞など判らなくてもいいのだ。破裂しそうなリズムに合わせて、思いきりの声をだしてエルヴィスが歌っているのを聞いていると、頭の中がカラッポになってすっきりするのだ。そして、手や足がこきざみにゆれて、押さえつけられた様な手や足の力がぬけて軽くなるのだ。

洋介はひょっと気がついて立ち上がった。うっかりレコードの横に腰かけていたのだった。疲れているから腰をかけてしまえば眠ってしまうのである。あしたは運送屋も休みだし、今夜はこの新曲を思う存分聞くのだから眠ってしまってはダメだと思った。「アイ・ニード・ユア・ラブ・トゥナイト」が激しく鳴った。(腰をかけてしまってはダメだ)と洋介はテーブルの方に寄って行った。片足をテーブルにあげたがすぐ瞼が重くなってきた。また、レコードの方へ行って壁に寄りかかった。ぐらっと倒れそうになって、ハッと気がついた。(ねむってはダメだ)と、肘でぐンと壁を突いた。

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2019/6/15 | 投稿者: pdo

つぶやきシローの書いた小説『私はいったい、何と闘っているのか』を読む。

若い世代は「つぶやきシロー」といってもピンとこないのかな。相当むかし、一番人気が出たころに「つぶやきシロカセ」というのを買ったことがあるくらい、彼のネタが好きだった。

2016年に出たこの小説は、彼のつぶやきネタの延長のようでありながら、ストーリーや構成もしっかりした、見事な作品だ。

それにしても芸人で文才のある人の多さには驚かされる。まあ面白いことを考えてそれを他人に伝わるように巧みに表現する仕事なのだから、その達人といってよい人たちの書くものが面白いのは当然なんだけど。

涙が出るほど笑わされ、最後には本当に涙が出る。

サラリーマンの悲哀という言葉で括るにはあまりに切ない、同時にめちゃくちゃに笑える、そしてたまらなく愛おしい。最初の数章は、変な人のぶっとんだ思考回路と行き切った行動を独白で表現する中原昌也的な世界を感じさせたが、途中から意外な展開を見せる。

ドラマや芝居にしても面白そうだが、こうやって小説の形で表現する方が深みと味わいがあるような気がする。

いいものを読ませてもらった。
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2019/3/31 | 投稿者: pdo

中原昌也『パートタイム・デスライフ』は、以前雑誌に掲載されていたのを読んでいたので自分にとっては新作という雰囲気ではなかったが、それでも十分に楽しめた。

ただし、僕の錯覚かもしれないが、最後の章だけは、いまいち刺さってこなかった。本当に中原昌也が書いたのか? と思ってしまうほど。この章だけ表現のキレが悪く感じたのは、僕の目が濁っているためか。

『虐殺ソングブック Remix』は、正直微妙。既発表作品を他の作家が書き換えるという趣向だが、中原昌也の世界観を他の作家が模倣して書いてみたところで面白いものにはならないのはほぼ予測がつく。

原作を超えることがないのは当然として、独自の魅力を確立しているとまでいえる完成度に達しているRemixはなかった。中原昌也という名前がなかったらとても一冊の本としては成立しない。

とはいえ、中原昌也の文章が載っているというだけで市場に出回っている凡百の書物の中で突出したものであることは疑いがないので、買って読む価値のある本であることは間違いない。


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