2013/10/23 | 投稿者: pdo


北野武監督の「アウトレイジ」と「アウトレイジ ビヨンド」を見た。

両方とも面白かった。北野映画で一番好きかも知れない。

脚本、撮影、キャスト、演技、音楽、どれを取っても非の打ちどころがない。

エンターテイメント/ヤクザ映画として、一度見てすぐ忘れるにはちょうどいい映画だと思う(決して批判的な意味ではない)。

これからもこの路線で行くならそれはそれでいいし、「キッズ・リターン」や「菊次郎の夏」や「あの夏、一番静かな海」みたいな作品もまた見てみたい気がする。

「みんな、やってるか」とか「監督ばんざい」とか「Takeshi's」の路線は、もう見る気がしない。



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2013/7/12 | 投稿者: pdo

夏に見るしかない映画『菊次郎の夏』(北野武監督)を見た。

菊次郎というのは、言うまでもなく、たけしの父親の名前である。

たけしの著作に出てくる父親としての菊次郎は、今でいうDV夫のようで、酒におぼれ手が早く小心者で、どうしようもない人物に描かれている。

この映画の菊次郎もまた、どうしようもないオッサンである。

ストーリーは、夏休みを一人寂しそうに過ごしている近所の少年を離れ離れに暮らしている母親のところへ連れて行ってやる中年男の二人旅を描くというきわめてシンプルなものだ。

途中で色んな脱線があるが、どうしても涙が抑えられない場面が二つある。どちらも菊次郎(たけし)が、そうするだけの理由があって、少年を優しく抱きしめてやるところだ。

彼が本当に撮りたかったのはこの二つのシーンで、これ以外の残りの場面はすべて照れ隠しのような気がしてしまう。露悪的な描写や延々と続く冗長な馬鹿踊りのシーンは監督の照れ隠しにしか思えない。そうでもしないと、映画全体がべた付いてしまうから、と言い訳する声が聞こえてきそうだ。

久石譲の音楽が、ここでもまた、これ以上ないくらいの抒情性を与えている。
これでもかという位に。

北野映画の作風から予想されるように、普通の映画とは違って、少年は、可愛げのある演技をまったくさせてもらえない。というか、そういう演技が似合わない子が使われている。

そういう子が、ほんの時折見せる生きた表情の中に、深い叙情性が隠されている。しかし、戯れに、かつ真剣そのもので砂の上に描いた絵を大人に見られた子供が、慌てて砂をぐしゃぐしゃにしてしまうように、監督は純粋な感動をぐしゃぐしゃにしようとする。

タイトルが、「少年の夏」ではなくて、「菊次郎の夏」だというところに、監督のこの映画への思いが込められているような気がする。


この映画外国で上映され、スタンディングオベーションが止まらなかった時、北野武は、席から崩れ落ちるほど号泣したそうだ。その前年にベネチア映画祭で『Hana-bi』が金獅子賞を受賞した時でさえ泣かなかった彼が。

そのことを知ったとき、母親(さき)の葬儀で号泣しながらインタビューを受けていたたけしの姿を思い出した。

これはとても個人的な映画であると同時に、彼の撮った中で最も普遍的な作品だと思う。







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2013/5/29 | 投稿者: pdo

CSで放送していた北野武監督『みんな〜やってるか!』と『キッズ・リターン』を観た。

『みんな〜やってるか』は、バイク事故直前の北野の不安定な自我がモロに出た映画で、ほとんど自暴自棄になっていたのではないかと思えるほどメチャクチャな出来だ。

『ソナチネ』で北野武という男を殺し、『みんな〜やってるか』では芸人ビートたけしを葬りたいという無意識の願望が表現されたのではなかろうか。

ちょっと評価しようがない作品だった。

『キッズ・リターン』は、バイク事故から復帰した監督第1作で、ここには「死への志向性」から転換した北野の「生への志向性」が表現されている、とも評されているようだ。

確かにそういう見方はできると思う。

何よりも、これは青春映画だ。青春映画に付きものの恋愛は(少なくとも前面には)出てこないにしても。

そして、ボクシング映画でもある。

このままいくとチンピラにでもなるしかないような、うだつの上がらない高校生2人が、それぞれに夢を追いかけようとして、挫折する。その過程が、リアルに描かれている。

映画の冒頭と最後のシーンはつながっていて、その間に、2人がそれぞれに過ごした密度の濃い日々の様子が挟まれている。

先にこれは青春映画だと言ったが、ちっとも甘酸っぱくはない。見方によってはひたすら苦々しいだけだ。北野はこれらの若者たちの姿を、これまでの映画と変わらないハードボイルドなタッチで描写している。

しかし、ここに描かれているのが人生の黄昏を迎えた男ではなく若者たちであるという事実と、彼らが最後に交わす印象的なセリフによって、この映画は、これまでの作品とは違って、「生きることへの志向」を感じさせるものになっている。

彼らに輝かしい未来が待っているかどうかは分からない(だぶんそうではないだろう)が、少なくとも彼らは「まだ終わってはいない」からだ。

通常なら「俺たちはまだ終わっちゃいない」というセリフで締めてもいい映画を、北野武はもっと印象的なセリフで締めた。

僕はこれまで順番に見て来た北野映画から「虚無」というメッセージを受取り続けて来た。

しかし、この映画で初めて提示されたのは、「虚無」ではなく、あらゆる可能性をその中に内包した「実存のゼロ地点」だと思った。

だから、彼らの人生は「まだ終わってはいない」のではなく、「まだ始まってもいない」のだ。

この「キッズ・リターン」によって、北野武の映画が新しい地点に立ったということは確かだと思う。

これからどうなるか楽しみだ。

次は「HANA-BI」だ。

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2013/4/17 | 投稿者: pdo


北野武監督作品『ソナチネ』を観た。

『3×4−10月』でも出て来た沖縄の風景が美しく撮られている。

「キタノ・ブルー」と呼ばれる青の使い方が特に印象深い。

監督は冥土の土産に綺麗なフィルムを遺したかったのだな、としか思えないほど、映画の全編を通して「死」の匂いが立ち上ってくる。

抜けるような青空と海を背景に、死に場所を探すヤクザ達が子供のように戯れる様子は、虚無的な天国の風景を思わせる。

暴力的なシーンはあるが、『その男、凶暴につき』で見せたような陰湿さはなく、突然やって来てあっという間に終わる。

クライマックスの大抗争シーンは、流血すら描かれず、ただホテルの外から眩い光が映されるにすぎない。そのため最も凄惨であるべき場面が美の印象しか残さない。

ストーリーはもはや重要ではなく、観客が映像の官能に酔いしれるためだけの映画だ。

再びこの映画は虚無を表現しているが、それは苦悩を突き抜けた乾いた虚無だ。
「何もかもどうでもいい」というニヒリズムさえ突き抜けたところにある虚無だ。

ここまでくれば、本当の「無」まではあと一歩だ。

北野の演技は、演技というより素で振る舞っているようにしか見えないという巧妙な演出が施されている。

自分の理想の姿をフィルムに遺してから死にたかったのかと思った。

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2013/4/9 | 投稿者: pdo


北野武監督第3作、『あの夏、いちばん静かな海』を録画したのを見た。

これまでの2作とは違い、過激な描写は一切出てこない。

聾唖者の男女二人の純愛とサーフィンをひたすら淡々と流す<だけ>の映画である。

よくこんな作品を撮ったな、撮れたな、というのが第一印象。過去2作の実績があって初めて許された映画だという気がした。

ひたすら静かな映画だった。久石譲の音楽がなければ、商業映画として通用しないくらいにコマーシャルな要素のない作品である。裏を返せば、ちょっと音楽が目立ち過ぎかなという感じもある。

それでも、良い映画か悪い映画化と言われれば、間違いなく良い映画だし、面白いか面白くないかと言われれば、間違いなく面白い。

淀川長治が絶賛したというのはよく分かる。黒沢明が、ラストシーンに注文を付けた以外は高く評価したというのも頷ける。

この映画からは「虚無」ではなく「わびさび」の世界を感じる。

「もののあはれ」を感じさせる映画だ。

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