2019/7/22 | 投稿者: pdo

吉本が東京に進出して、日本の芸能界を席巻するようになったのは、ほぼダウンタウンの東京進出と軌を一にしている。

その頃のDTのマネージャーをしていたのが、今の吉本の経営陣だ。

今の吉本は、DTファミリーの力が絶大過ぎて、若手の間には息苦しさもあったのだろう。

世代交代が進まない今の芸能界全体の問題でもある。

だいたいお笑いが偉くなりすぎた。

それはテレビ局が一番悪い、とか悪者探しも虚しい。

もっとそれぞれの生活を楽しく充実させれば、お笑いなんてこれほど必要ではない、はず。
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2018/9/2 | 投稿者: pdo



今日は本屋で見つけたこの本を読んだ。

解説をオードリー若林が書いている。

テレビもラジオも縁遠くなっている自分は、山里亮太について余りよく知らないのだが、この本を読む限り、若林も解説で指摘している通り、タイトルとは違って彼は「天才」である。

「天才とは努力し続けられる才能のこと」と言ったのは羽生善治だ。この定義に山里はきっちりと当てはまる。

嫉妬や他人から傷つけられた体験による負の感情を「努力」へのガソリンに「変換」するという覚悟と決意が繰り返し語られている。

ルサンチマンを根源的なモチベーションとする成功というものは、究極的にはそれによって得られたエゴのプライドの満足度合いに比例する虚無感を生み出すものだと思っているが、この本を読む限り山里亮太はそのようなダークゾーンには落ちていない。

それはあくまでも自己を客観視できる「自己凝視」の能力が身についているからだと思った。

オードリーの若林もそうだが、自虐や自意識の痛みを「芸」にまで高めるためには、どうしてもこの一切の自己幻想や願望的思考を取り去ったリアルな「自己凝視」の視線を潜り抜けなければならない。

山里がこの本の中で赤裸々に告白している周囲への怒り、憎悪、そして相方にすら向けられる嫉妬などの負の感情は、この「自己凝視」の視線に晒されることで浄化され、変態(メタモルフォーゼ)を遂げた。その過程が、ラジオやテレビにおける山里のトークを彷彿とさせる巧みな筆致で鮮やかに描き出されているから、読者は彼の毒と屈折した愛を含んだ独白にぐいぐいと引きこまれる。終章にかけての、相方のしずちゃんとの関係性を含んだくだりは感動すら呼び起す。

いいものを読んだ、という爽やかな読後感を味わった。
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2016/9/23 | 投稿者: pdo

「君たちが10人束になってかかってきても、僕一人にかなうかい?」

(『信仰は力なり』(佐藤正忠著、経済界)より


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昭和45年の夏、佐藤正忠のもとに、東京ゆかた社長の河合幸之助から電話がかかってきた。

「浅草に、それはもう百発百中の霊能者がいるんですよ。すばらしい人ですよ。一度会われたらいかがですか」

当時佐藤は、衆議院選挙に敗れ、選挙違反で逮捕され、不遇をかこっていた。

河合幸之助は新興宗教の教祖にのめり込んでいくタイプで、白光の五井昌久にも河合の紹介で会っている。一時期かなり親しくしていたが、佐藤の選挙出馬に対して「100%当選しますよ」と予言していたが敗れたことから疎遠になっていた。

浅草の駅ビルを訪ねると、一見宗教家というより電気工事人といういでたちの高橋信次がいた。

その事務所は、ビルの4階にあり、開け放した窓からは隅田川の濁った水からのプーンとする臭いが生ぬるい風に乗って入って来るのだった。

初対面の挨拶をすませるやいきなり高橋信次は、

「佐藤さん、あなたは私をためしてやろうと思ってきたんでしょう…」と言った。

「あなたは、選挙違反で秋田刑務所に入っていた時に、こんな心境だったでしょう」と言って、そのときの佐藤の心境を話し出した。その指摘は真実であった。あとから聞いたところでは、高橋信次は佐藤の「守護霊」と話をしていたのだと言う。

「もう政治なんかやめた方がいいですよ。あなたは雑誌で必ず成功なさいますよ」と言った。

道場破りに行った佐藤だったが、逆に高橋信次のとりこになっていく。

佐藤は最後までGLA(高橋のつくった新興宗教教団)の会員ではなく、信者でもなかった。心の中では近づいていても、形の上では友人という立場を離れることはなかった。

当時の教団名であった神光会なんて新興宗教のような名前を変えてGLA(ゴッド・ライト・アソシエイション)にしたらどうかと勧めたのも佐藤だった。

謄写版のような本を出版しようとしていた高橋信次に、「こんな本ダメですよ。もっと本格的なものを出さないと」と助言すると、「よろしくお願いしますよ」と言ってきた。それで佐藤が出版したのが「縁生の舟」という本であった(後に改題し「心の発見」となった)。

高橋はもともと技術屋で、文章は苦手だった。口述筆記に頼った。

「原説般若心経」という本を出した時は、「僕はね、仏教書なんか一冊も読んだことが無いんです。メチャクチャですよね」と笑っていた。

高橋の本はベストセラーになり、印税を払うと、高橋は小切手を手にしながら、「こんなにいただいて、いいんですか」と言うのであった。バーやクラブに一緒に行くと、高橋は酒は飲まず、ホステスの話に静かに耳を傾けていた。

そのうち口述筆記ではなく自分で書くようになっていたが、文字が読みにくく解読するのだが大変だった。高橋の自宅にもビルにも宗教書の類は一冊もなかった。すべて霊感に頼って書いているのだった。

高橋は、個人で話しているときは、なんの変哲もない、どこにでもいるオッサンという感じだが、演壇に上がって演説を始めると、まったく別人になっていく。火を噴くような激しい演説をした。ぐいぐいと聴衆を引き付けていく。それは人間ではなく、神か仏がこの人に乗り移っているという感じだった。

佐藤は仕事(経済ジャーナリスト、雑誌編集者)で悩むことがあると高橋に相談した。松下幸之助に会せようともした。高橋の死後もいろんな新興宗教を渡り歩いている。

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菅原秀という人が、「誰も書かなかった高橋信次」という本の中で、等身大の高橋信次について書いていて面白い。

彼によると、「高橋信次はすぐれた宗教家であったと同時に、ごくノーマルな人間であった」という。

菅原氏自身は高橋信次と交流があったのは5年に満たず、彼の教団のメンバーでもなかった。信者ではない立場から、信者にしか分からない言葉を使うことなしに客観的な筆致で書かれている。

彼によると、高橋信次のまわりには「生長の家」という宗教団体(教祖谷口雅春)を遍歴してきた人が多かったという。彼らは、修行や教義による悩みというよりも、女性問題や人間関係などの世俗的な失敗の経験の解決を高橋信次にゆだね、個人的な問題をウダウダと話すことが多かった。

高橋信次は、「宗教関係者というのは、人に間違ったことを教えることが多いので、ほとんどが地獄に行く」と言い、他人の何倍も心を磨く努力をせよと言った。彼のやり方は、「○月×日にあなたはこんなことをしましたね」とか、「こういうふうに思いましたね」「そのとき・・・さんがいましたね」などと相手に言い逃れを許さず畳み掛けていく。「生長の家」やその他の団体の幹部クラスの帰依者が多かったが、彼らは心の中に隠していることを容赦なくあらいざらいにさせられていた。菅原氏はそういう光景を傍らで見ながら、宗教団体の幹部の人間が心に抱えている毒と闇がどれほどおぞましいかを見せつけられたという。

宗教家はおおむね指導的立場にあることで傲慢になっていて自分は特別な人間であるという特権意識から抜け出せていない。他人の心を分かりもしないのに、相手を「心が未熟な人」と決めつけ、「導いてやろう」という傲慢さを捨てきれない。

高橋信次に生前反省の行をさせられた幹部の多くは結局、信次の死後、次々に自分を教祖とした団体を作っていった。信次自身が、晩年は太陽系の霊団がどうのこうのというわけの分からないことを言い出し(晩年は極度に衰弱していたというから精神を病んだのかもしれない)、娘の佳子が「大天使ミカエル」と名乗るなどの狂気の沙汰を引き起こしていることから分かる通り、宗教などと言うものは所詮人間を過たせ、いっそう業の深い道に引きずり込むのがオチなのだということをよく肝に銘じるべき。

高橋信次のところには、精神と肉体に不調和を抱えた人が続々とやって来たが、「病気の80%は憑依霊によるもの」と言って、取り除くことを行っていたから、大本教につながる心霊治療の流れを汲んでおり、同様に大本教から派生した生長の家と縁があったことも頷ける。

死んでいく人への「引導わたし」もやった。平安時代の「往生要集」にもあるように、死者を導くことは仏教の重要な役割の一つである。現代においても仏教やカトリックの葬式はそれが目的である(ただし聖職者の多くは訳が分からないままお経をあげたり戒名を書いたりしているだけだ)。ちなみに娘の佳子にも「引導わたし」の能力はあったと菅原氏は書いている。

高橋信次の名前を有名にした過去生の「異言」パフォーマンスについても語られている。菅原氏自身もやってみたくて、信次の前でムー大陸の「キワワカ語」で喋った様子が描かれているがコントみたいで面白い。信者たちの夢の中でドラマを作り人間関係のテストをする「夢テスト」というのもあってその話も超面白いのだが割愛する。

高橋信次は、1927年9月21日に信州佐久高原に生まれた。家は貧しい農家で10人兄弟の次男であった。(男3人、女7人の真ん中に生まれた。)父は黙々と働く人で、華やかなものは何一つない地味な生活を送り75歳の生涯を終えた。

信次が10歳の時、不思議な現象が起きた。10歳の9月3日の夜8時頃、原因不明の病気にかかり何度か死線を越える状態に陥り臨死体験のようなものをした。

ある時、成田山へ詣でた時、黒染衣を着て顔を深く隠したまんじゅう笠姿の旅僧に行き会い「病気のことは心配するな。近々に治る。お前の目は二重孔であるので、一生懸命勉強すれば必ず霊力をもつようになろう。」と言われた。そのあと、先に出会った旅僧と同じ姿の方が近寄ってきて正しい心のあり方を教えてくれるのであった。

「神とは何者だろうか?祈りとは何であろうか?」疑問は何一つ解決することなく時は過ぎていった。軍国主義の日本において中学を中退して軍人志願に踏み切ってしまった。軍隊では躾が厳しく規則正しい生活であり、中学時代不勉強だった信次も日が経つにつれ要領を得、学問も理解できるようになった。それは、父母のため、天皇のため、国家のためという儒教的思想であり思考一筋という教育であった。

貧乏人の子せがれにとって国から給料をもらいながら学ぶのであるからありがたい環境であった。上級学校に行くに従って飛行機乗りに必要な電気工学、磁気学を学んだ。

1946年に人生の大転機が訪れる。敗戦のショックは神国日本、不敗の日本精神を叩き込まれた信次が初めて体験する人生航路の衝撃だった。復員の時渡された2300円、それに父から貰った牛一頭が全財産であった。信次はもう一度勉強しようと科学書や物理学書を紐解き、大学入試の認定試験も受けた。

25歳の時、電気関係の仕事をするため小さな工場を借りて5〜6人の従業員とともに生活のためにスタートを切った。製造品目は自動卸御装置が主体であったが学校は仕事の暇などに行き、神仏の話ばかりするので理科系の人とは話が合わなかった。学友の間では全くの気違い扱いであった。学友と女性のことやセックスについてよく話をし、それが心を占領して悩むようになったと語っている。

1954年12月に結婚。この年、事業に失敗して一文無しになる。アパート暮らしであったが、身軽なもので近隣との付き合いにも親しみがあった。この頃から不思議な現象が始まり、予言めいたことも行い、相談に来る人が狭いアパートいっぱいに溢れることもあった。なぜ予言が当たるのかは答えられなかった。この頃妻の兄弟たちが創価学会の熱心な信者となり、折伏攻撃にあって問答を繰り返している。

再び生活のために大森に100坪ばかりの工場を建て、昔の得意先の協力を得て電気会社を設立。事業は順調に伸び神奈川と長野に小さな生産工場を設備した。現在のコンピューターの原型にあたるアナログ型の各種の制御装置や磁気記録装置、脳波計、新幹線の自動制御装置まで手掛けていたという。

浅草で自社ビル(八起ビル)の建設が始まり、電気事業だけでなくサウナ風呂や超音波温泉などの風俗事業にも進出しようと事業は着々と進んでいった。そして1968年7月3日に「霊的現象」が始まる。

1968年2月3日に灯明の炎の高さが25cmになり、灯明の炎の光が二つに割れて生きているように燃えた。これが霊的現象の始まりとされる。そして1968年7月3日に義弟の口を通して「この者が昭和40年2月に自動車事故を起こして7日間意識不明になっていた時、この者を助けたのはわしである。」と重大なことを語りだした。(確かに義弟は中学3年の3学期に自動車とオートバイの正面衝突という事故に見舞われ頭部を打って意識不明のまま5日間を過ごし、生死の境をさまよったことがあった。)1968年7月7日の夜、義弟を通してワンツースリーといわれる外人の霊が信次の心の中を全て見通しているようなことを言った。7月8日の夜、ワンツースリーから今日一日の心の動きをすべて指摘され、信次の守護霊と称するワン・シン・フワイ・シンフォーから「今日から3日間で悟れ」と言われる。信次は3日間苦しんだが何も分からず、約束の7月12日が来てしまった。信次は「独りよがりな考え方、欲望のとりこ、確かに今までの自分はそうであった。もう地位も名誉も捨てよう。死んでもいい。今義弟を支配している霊は悪魔かもしれない。もし彼らが悪魔であるならば私が善に変えてやろう」と決心すると、信次の心の中からシンフォーの声がした。「今のような心を忘れるな。謙虚な心、執着を捨てた心、そして自分というものは中道を心の物差しとした自らの智慧と勇気と努力の中から生まれるのだ」と語りだしたのである。ワンツースリーが義弟の口を通して「今晩は、お前の心が正しく変わったことで実世界(天上界)では光に満たされ、お祝いがある。こちらでもお祝いをしよう」と語った。信次41歳であった。

高橋信次は1976年6月25日に死去したが、その3ヶ月前に「真のメシアの悟りを開いた」と言い始めた。信者の間では「太陽系霊団の系図」と呼ばれている。その中身はとてもここに書くに忍びない妄想物語であり中二病メルヘンであるが、信者はこれを真に受けて、信次の死後に娘の高橋佳子を担ぎ上げてSF作家の平井和正がブレーンとなって「大天使ミカエル」教という宗教を作り上げたとさ。その際に彼女はこんなことを言っていた。

「わたしは大天使ミカエルである。神はミカエルにこの世界を委された。釈迦、キリストは人類が幸福になる道を説かなかった。仏教、キリスト教はローカル宗教であり世界宗教ではない。釈迦、キリストを指導したのは、わたしミカエルである。高橋信次先生の教えは必要ない。五年後には全世界の人類はみなミカエル佳子の前にひざまずくのである」

はいはい、チャンチャン。



ところで、能年玲奈のファン達は今後どうすればいいのだろう?

僕たちは能年玲奈をどうしたいのだろう?

能年玲奈はどうしたらいいのだろう?

ひとつ、真剣に考えてみないだろうか。

とりあえず、「のんちゃんねる Line Live」を全部完璧に書き起こすところから始めないか?

誰かやってみないか?

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2016/7/9 | 投稿者: pdo

選挙で何かが変わるなんて1ミクロンも考えちゃいないけど、投票には行くつもり。

現時点の分析などを見ると、東京は民進党の小川とおおさか維新の田中が当落線上で争っているとか。

個人的には田中支持であり民進党や小川氏に入れる義理もシンパシーもないのだが、仮に田中当選の場合、改憲議席を一つ増やすことになると考えざるを得ない。

自分は護憲絶対派でもないが自民党の改憲草案は20世紀の地獄を通過してきた人類には到底許容できるものではない。

田中康夫は自民党の改憲案には明確に反対を表明しているが、「おおさか維新の一兵卒として働きたい」と申し入れた人間が党の方針に逆らうことができるとは思わない。そしておおさか維新が自民党との協議の際に自民案に妥協する可能性は非常に高い。

したがって田中個人が何と言おうが、田中の議席は現政権に対する賛成票を意味する。

以上の理由から、消去法により、東京選挙区は民進党の小川氏に入れようと今は考えている。

一晩寝たら結論が異なる場合もありうる。

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2016/5/30 | 投稿者: pdo

松本人志、サラリーマン川柳の結果に不満爆発!「決めたやつのセンス疑う」
2016年5月29日 12時17分 マイナビニュース

お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志(52)が、29日に放送されたフジテレビ系トーク番組『ワイドナショー』(毎週日曜10:00〜10:55)で、今年の「サラリーマン川柳コンクール」の結果について不満をぶちまけた。

毎年恒例となっている「第一生命 サラリーマン川柳コンクール」。第29回となる今年は3万9,551句が集まり、約11万人が投票に参加。1位は6,305票を獲得した「退職金 もらった瞬間 妻ドローン」だった。

番組内でこのことが取り上げられると、松本は首をひねりながら、「いつも引っ掛かるところがあって。1位が……なんか……そんなに面白いか?」と言葉を選びながら疑問を投げかけた。今年1位になった作品については、「何にもかかってないじゃないですか」と指摘し、「ドローンは何にも関係ないから、全然1位じゃない。これを決めたやつのセンスを疑う!」「プロは全く納得していない!」と語気を強めた。

ゲストのナイツ・塙宣之(38)も「全く同じことを思っていました」と流れに乗り、「『喧嘩して 操縦できずに 妻ドローン』とか」と"ドローン"の正しい使い方を解説。松本はその例に納得しながら、「せめてドローンの機能がちょっと加わっているとか」「(1位の"ドローン"は)関係ないから!」と叫んで共演者を笑わせた。

一方で、「うまい」と評価しているのが、2位の「じいちゃんが 建てても孫は ばあちゃんち」、4位の「娘来て 『誰もいないの?』 オレいるよ」。ようやく落ち着きを取り戻した松本に対し、ゲスト・ウエンツ瑛士(30)は「そもそも、今つらいですよ。一般の人にプロがこんなにもキレるのを見るのはつらい……」と吐露。松本は恥ずかしそうに笑顔を見せつつ、「違うねん。この1位の人にキレてるんじゃないねん」と投票側へのダメ出しであることを強調していた。



これってわざわざニュースにするようなことか?


というのが第一点。

(それをわざわざネタにして、こんな誰も読んでいない、自己満足的なブログを自己逃避的に書き散らしているお前自身はどうなのか、というツッコミは無視するとして)

次に、「サラリーマン川柳に噛みつく」というのは、松本のお家芸というか、今回が初めてではないということ。

過去に、まったく同じような形で松本は「サラリーマン川柳」批判を繰り広げている。この時の方がより詳しく論じられているので、以下、少々長いが、引用する。


以下、「第349回松本人志の放送室」(2008年6月7日放送)より書き起こし

松本:高須さん。僕、怒ってるんですよ。
高須:何に怒ってるんですか?
松本:ほんとに腹立ってしゃあないんですよ。
高須:何にですか?
松本:サラリーマン川柳。
高須:ほう、ほう。
松本:知ってます、これ?
高須:知らないです。まあ、あるのは知ってますけど。
松本:これもう僕、あんま腹立って調べたったんですけど、
高須:うん。
松本:安田生命かなんかがやっとるんですよ。
高須:へえ、そうですか。
松本:で、毎年ね、1年に1回かな、
高須:うん、うん。
松本:何年前からや、行われてるんか知らないですけども、サラリーマン川柳いうのを募集してね、
高須:うん。うん。
松本:で、1位決めてるんですよ。
高須:うん。うん。うん。
松本:今年の1位、知ってます?
高須:知らないです。
松本:えーとね、えー、『「空気読め!!」それより部下の気持ち読め!!
高須:・・・
松本:何にもかかってないんですよ。
高須:うーん。何でそれ、
松本:何でこれが1位なん?
高須:うーん。空気読め、
松本:ほいでね、ベスト10って言うかね、10個ぐらい選ばれたやつ、いっぱいある中から、まず10個が厳選されたんですね。
高須:うん、うん、うん。
松本:で、この中から1位をって言うて。これね、なんか聞いたら、誰や審査員とか俺思うて、腹立っててんけど、
高須:うん。
松本:一般人なんですよ。
高須:ああー。
松本:で、これダントツ1位なんで。
高須:それが。
松本:もうその安田生命もたぶんもう、もうしゃあないんですよ、これね。
高須:これにはしたないかったかもしれん、
松本:絶っ対おかしいの、みんなわかってるもん。
高須:他にもっと、もうちょっとええのあるんですか?
松本:だからね、やっぱり。いや、そらもう残りの9のがよっぽどマシですよ。
高須:ほんまですか。それかわいそうですね、残りの。まあでもまあ、僕は見てないからわかりませんけども。
松本:いやもうだから、いやだから僕はこの、ね。
高須:うん。
松本:これが、
高須:うん。
松本:どれだけの、なに?価値があって、
高須:うん。
松本:なんか賞金がなんぼもらえてとか、知りませんけど。
高須:うん。なるほどな。
松本:ちょっとこれは。切ないわ。
松本:安田生命。もう毎年これ、なんか恒例みたいになりつつあるんですよ、これが。
高須:第一生命?誰が安田生命言うてんの?
松本:二人でやんか。二人で決めたことやんか。安田生命っていうのは。
高須:あれ?第一生命っていうのや、これ。
松本:二人で決めたことやんか。
高須:安田生命、安田生命言うて。
松本:そうそう。だから二人で決めたことやんか、これは。打ち合わせしてたやんか、本番前に。
高須:ははは、自分、無茶苦茶やな。まあ、いいですけど。
松本:ええ。
高須:二人で決めたことで。
松本:第一生命ね。
高須:第一生命。へえ。
松本:うん。第一生命がやってるんですよ。
高須:はあ。『赤字だぞ、あんたが辞めれば、すぐ黒字。』
松本:別にこっちのほうが、まだいいじゃないですか。いや、別に、この、別にあれやけどね。別にあれやけど、ま、こっちのほうがええやん、それやったら。
高須:『国民の、年金損なの、関係ねえ。』
松本:まあ、「そんなの」いうのは損得の損ね。それとまあ、かけてるんですけど。
高須:まあ、これなんかまあ。
松本:まだそっちのほうがいいじゃないですか。
高須:うん。なるほどね。
松本:これをね、あの、『空気読め、それより部下の、気持ち読め』。これを、あのう、今のあの流行のKYを見事にもじってひっかけたみたいなこと言うてるんですよ。
高須:うーん。
松本:かかってへん言うねん!
高須:なるほどねえ。
松本:かかるということをね、どう捉えてんの?!
高須:うーん。まあ。おお、怒ってますねえ。
松本:だって、空気読め、
高須:うん。
松本:それより部下の空気読めって言うてんのと同じやからね。
高須:まあ、ほんまやね。
松本:「気持ち読め」は「空気読め」ん中、入ってるからね。
高須:うん。なるほど。でもこれがダントツなんすか。
松本:ダントツ1位なんですよ。
高須:はあ。はあ。えらいもんですなあ。

松本:川柳ってね、ちょっとやっぱ笑い、ユーモアを含めたもんじゃないですか。
高須:うん、うん、うん、うん、うん、うん、うん。
松本:まあ、ある意味これは、ま、プロの僕から言わしてもらって
高須:うん。
松本:こういうものを1位に、わかってもないやつがね、
高須:うん。
松本:こんなもんをかかってるとか思って、ね。
高須:うん。
松本:間違ったことが、こんなもんが1位にされることが、僕はやっぱ許せないんですよ。
松本:別にうらみもなんもないですよ。
高須:うん。
松本:でも成立してないもん。
高須:そうね。俺、それやったら『国民の、年金損なの、関係ねえ。』かな。
松本:まだそっちのほうがええなあ。
高須:うん。見事にね。
松本:見事に。だからね、そのね、かかるということをね、どう捉えてんのかと。
高須:うん。まあ、かかるだけではこれ、捉えてないのかもしれんけどね。なんかもうその、今年の空気、なんかなんちゅうの?
松本:なんかKYを、
高須:うん、うん、うん。
松本:テーマにしたんをなんか、
高須:そうそう。っていうぐらいのことなんや。
松本:ええわって思ったんか知らんねんけど、もうほんまにもう、うっとうしいわ。だから僕が一体何が言いたいかっていうと、素人に決めさしたらあかんって言ってるんですよ。
高須:うーん。まあ別に、まあこれはまあ、それ、そういう風に、
松本:もう結果出てもうてますからね。素人に決めさしたらあかんかったんが、こういう風に如実に。
高須:表れてると。
松本:表れてるんですよ。
高須:なるほど。
松本:素人は素人やから、素人なんですよ。
高須:まあでもこれはこういう遊びなんじゃないんですか。第一生命も。
松本:いや、あかん!
高須:あはははは。
松本:そんなもんはね、ちゃんとやらなあかんねん!
高須:そのちゃんとやるものを作りゃあいいじゃないですか。別にこれ、たぶんここは、
松本:何かのキャラクターで、
高須:うん。
松本:何か募集して、これが1位なんのは、
高須:うん。
松本:なりました言うんやったら、それは別にね、
高須:うん、まあね。
松本:それは俺がとやかく言うこっちゃない。そんなもん正解はないから。
高須:たぶんこれ、
松本:でもこれに関しては、正解あるからね。
高須:これたぶんね、うまい・うまないじゃないんですよ。これたぶん、世の中の人がこういう世の中なんですよというのを、
松本:ああ。
高須:一番わかりやすく伝えてんのがこれやと捉えてるんですよ。
松本:全然違う。
高須:うん。
松本:それはもうほんとに安田生命がわかってない。
高須:第一生命や言うてるやろ、それは。
松本:第一生命がほんまはやってるんですけど、安田生命がわかってないわ。関係ないのにね。
高須:それは、ははは。
松本:ははははは。
高須:それはとばっちりにも、
松本:ははははは。
高須:甚だしいですけどね。でも、これたぶん、うまい・うまないで選んでないんですよ、たぶん。世の中の人が、今のその、
松本:いや、
高須:世情みたいなことを、一番詠ってんのがこれという、たぶん。
松本:ある意味僕はだから、「これ、審査員誰やねん」っていうとこに僕、行ったわけですよ。
高須:なるほど。
松本:ほんで、これはプロというか、そういう人が、達が選んだんじゃないっていうのを聞いて、ある意味僕は安心したんです。
高須:それはそうですよね。
松本:うん。ああ、よかったと。
高須:うん。
松本:これもし、ちゃんとした人達がこれを選んだんやったとしたら、これもう、
高須:うん。おかしな、
松本:大問題や。センス疑うわ!と思った。
高須:うん。
松本:でも素人が選んだっていうので、ある意味安心はしたんですけども、今度出てきたのが、この怒りですよね。
高須:うん。なるほど。
松本:素人に決めさして、ろくなことないんですよ!
高須:そうですか。
松本:ほんとに!
高須:うーん。

高須:まあでも、それ、そういうものもあっていいんじゃないですか?別にそれがすべてじゃないですけど。もちろんね。僕もどっちがいい言うたら、僕もまあそれは素人のほうには行かないですけど。
松本:あのね、お笑いなんてね、素人が聞くもんやから、素人を笑わすためにあんねやから、素人が決めんのが一番ええって言うあほがいますけどね、
高須:うん。
松本:絶対、違うからね。

松本:でも、こういう川柳みたいなもんは、
高須:うん。
松本:素人に聞くより、ちゃんとしたプロの目で、ちゃんとやったほうが絶対いいですって。
高須:うん。
松本:導いて行かないと。プロが。プロとして。
高須:ま、だからたぶん、ここの会、この会がたぶん、そういううまいのを選んでるわけじゃないんやと思います、僕。
松本:もう、それがもう、僕はもうほんまに、
高須:ようわからんってことでしょう?
松本:安田生命の間違ってるところなんですよ。
高須:ははは、第一生命ですけどね。曲行きましょうか。
松本:ええ。
二人:ははははは。
高須:えー、イミテイション・ゴールド 。
松本:ほら!イミテイション・ゴールド や!俺に言わしたら!
高須:はあ?
松本:今回の、こんなもんは!
高須:山口百恵。

松本:僕、だからこういうのを聞くと、ほんとに悲しくなるんですねえ。
高須:うーん。どういうことですか?
松本:やっぱりこう、プロとしてねえ。ああ、こういうことかあというねえ。ほんとに劣っとるなあっていう。
高須:うーん。
松本:これをひっかけたと思えるんやっていうことにこう、愕然としてしまう。
高須:それはねえ、実は多いと思いますよ。そう思ってる人は。
松本:うーん。
高須:それは。それでまあ、あのう、まあ、あなたはそれをよく口にしますが、
松本:ええ。
高須:たぶん、世の中の人、世の中というかその道のプロはみんなやっぱそう思いますよ、やはり。

松本:でもまあこれが、
高須:世の中はこんなもんなんですよな。
松本:世の中はこれを見て、「え?かかってないやん」って、
高須:うん。
松本:何人の人が思うかよね。

松本:いやあ、まあ、ほんとにねえ。なんか腹立って、しゃあないんですよ。
高須:そうですか。
松本:でもこれ、腹立ってること自体、意味がわからんのでしょうね。
高須:あのう、世の中の人はわからないですよ。
松本:何を松本、カリカリしてんねんみたいな。
高須:なんで?あなたのことじゃないじゃな〜いって、やっぱり思うでしょうね、これ。
二人:ははははは。
高須:なんで〜?って、たぶん。
松本:うーん。
高須:ただでもね、
松本:うん。
高須:これはほんま、そんな言うてたらね、
松本:ええ。
高須:じゃあもう、笑いも何でもそうですけど、
松本:ええ。
高須:ええ?なんでこれが?
松本:せやろ?
高須:っていうことは、それはありますよ。でもそんなこと言うてたら、もうこれ一個一個、
松本:うーん。
高須:どないしたらそんな上げて行けんねんって。もう無理ですよ、これ。
松本:うーん。
高須:ね?
松本:そう。だからこう、なんかもう愕然としてくんねん。
高須:でしょう?
松本:そう。
高須:そんな見たらだめなんですよ。
松本:見たあかんねん。こんなんな。

松本:腹立つわあ。ほんま腹立つわあ。
高須:うん。見てしまうと、そんなこと思うから。見たあかんねん。
松本:そう。
高須:ふんふんふんふん♪って、しとかなあかんねん。こんなもん。
松本:そう、そう。
高須:ね?意識してまうとこれ、ややこしいからね。
松本:俺とかやっぱりムーディが頑張るしかないねん。これはな。
高須:もちろんそうですよ。
松本:うん。
高須:何にも別に、それは。それはそうですよ。なんでそこに、
松本:ははははははは。
高須:なんでそれ、ちらちらちらちら見る感じ、これ。ははは。
松本:いや、ごめんなさい。ほんとに。ははは。
高須:そうですよ。
松本:ほんまですよ。
高須:うん。
松本:腹立つわあ。

(引用おわり)

これは余談だが、松本は以前、「西日本貸しおしぼり協同組合キャッチコピー」に「一まいのシャワー」というコピーでエントリーし、最優秀賞受賞、10万円を獲得したことがある。

なお、上記ニュースに対するネットの反応の代表的なものは、

たぶん松本が考えた川柳は採用されないだろうね。多くの人に伝わらなければただの戯言・自己満足。受け手目線のバランス感覚が欠けている。彼の映画がそれだよね

こういう勘違い丸出しの気持ち悪い上から目線をしてる奴の知能を疑うわ。たかが芸人が一般人(笑)よりセンスがあるっていう根拠はどこから出てきたの?


というものであった。

松本人志の監督した映画諸作品(「大日本人」、「しんぼる」、「さや侍」、「R100])の問題点については、菊地成孔が文庫版『ユングのサウンドトラック』で余すところなく論じきっていると思うのでここでは触れないとして、



ここで問題とすべきは、

(1)松本の示すある種のエリート主義(前衛主義)的姿勢の是非

及び、

(2) 退職金 もらった瞬間 妻ドローン

または 空気読め それより部下の 気持ち読め

を1位にするという選択は間違いなのか? 

さらには

(3)「『ドローン』や『空気読め』が<かかってない>」という批判は適切なのか?

(4)「ドローン」や「空気読め」は本当に「かかってない」のか?

という諸問題に細分化可能だろう。

そして最終的には、

果たして「サラリーマン川柳」にツッコむという芸風はアリ(2016年の日本社会という歴史的現在において成立している)か?

という深刻な問いが横たわっている。

最後の問題は深刻すぎるため後回しにするとして、取り急ぎ各項目について検討すると、


(4)「ドローン」や「空気読め」は本当に「かかってない」のか?

 これはパースペクティヴの問題。つまり、どこまで文脈を考慮するかという解釈にかかっている。

 評価の対象をこの1句の世界のみに限定するなら、確かに松本の言う通りかもしれない。しかし、「世相を表す言葉でサラリーマンの悲哀をユーモラスに表現する」というサラリーマン川柳の投稿趣旨(要綱は未読だがおそらく大きく外れてはいないと思う)からすれば、「ドローン」や「空気読め」という言葉の用い方は間違いとは言えないのであって、大きく言えば「世相にかかっている」と言う言い方も可能ではないか。そして本来川柳とはそうしたものなのではないか。

したがって、

(3)「『ドローン』や『空気読め』が<かかってない>」という批判は適切なのか?

 という問題についても、そのような批判は批判者である松本の視点からのみ正当性を持つにすぎず、サラリーマン川柳の審査員である「素人」の審査基準(世相を表す言葉でサラリーマンの悲哀をいかにユーモラスに表現できるか)からすればまったく的外れな批判であると言える。

 ちなみに、「かかってない」という言葉で川柳作者とその審査員に対し執拗に正しい日本語の使い方がわかってないと論難する松本自身、その監督作品「さや侍」の中で「30日の業(ぎょう)」という、日本語として成立していない不適切な表現を用いていることが指摘されている(前掲書)。

このことからすると、

(2) 退職金 もらった瞬間 妻ドローン

または 空気読め それより部下の 気持ち読め

を1位にするという選択は間違いなのか? 

 についても、決して間違いとはいえない、となる。加えていえば、「サラリーマン川柳」の審査員は「笑いのプロ」である芸人に限るべきであり、一般人(素人)を審査員にすることが間違いである、という松本の主張も、上記の松本自身の観点から正当化される以外の根拠を欠いていると言わざるを得ない。

 なお、ゲストのナイツ・塙宣之氏(38)は、「僕も全く同じことを思っていました」と空気を読んで流れに乗り、「『喧嘩して 操縦できずに 妻ドローン』とか」と"ドローン"の正しい使い方を解説しているが、ナイツのネタの中にも、厳密に言えば「かかってない」ものはあるだろう。それでも、その方がウケると判断すれば、「かかってないネタ」を敢えて押し出すこともありうる。たとえば、「退職金 もらった瞬間 妻ドローン」と「喧嘩して 操縦できずに 妻ドローン」のどちらがウケるか、という観点から考慮するならば、自分は前者の方に一票を投じたい。

そして最後に、これが最も本質的な問題なのだが、

(1)松本の示すある種のエリート主義(前衛主義)的姿勢の是非

について言えば、今回のニュースは、「松本の笑い」の「負の遺産」を最も端的に示すエピソードであったといえる。

この点についてはマキタスポーツが『一億総ツッコミ時代』というすぐれた本の中で余すところなく分析しているので、詳しくは触れない。



要するに、松本が監督した映画の諸作品を通じて完膚なきまでに露呈されてしまった「松本人志的感性」の幼稚さ、愚劣さが、ことテレビの世界においては未だ乗り越えられておらず、未だにお茶の間レベルでは十分に通用してしまっていることに現代日本の抱える闇の一端が凝縮させられていると言わざるを得ない。

だから、このニュースを見て自分は実に暗澹たる気分を拭えなかった。なぜなら、このような愚劣で幼稚な「松本人志的感性」が広く国民によって共有されることの結果、この国がますます救いようのない時代に落ち込んでいく絶望的なビジョンが脳裏をよぎってしまったからである。

菊地成孔は、前述『ユングのサウンドトラック(文庫版)』の中で、「『ダウンタウン松本の時代』が日本人が本格的に退行してゆく時代の始まりを告げる、日本と松本の蜜月」であり、「『映画監督松本人志の時代』は、その負債に苦しむ日本と松本の倦怠期である」と、見事に総括しているが、もはや時代は『(国民の本音を代弁する)ワイドショーのコメンテーター松本人志の時代』という、まったく笑えないフェーズに突入してしまっているのだ、との認識を持たざるを得ない今日この頃のご時世である。(了)



※6月1日追記

 この件について伊集院光もラジオでネタにしたらしい。笑いの感覚に秀でたプロの皆さんは納得していないようなので、やはりサラリーマン川柳は企画自体を止めるか、第一生命ではなく安田生命に代えるか、審査員をすぐれた芸人の方々に統一した方が良いのかもしれない。

 こんなふざけた企画が毎年飽きもせずに続けられ、あたかも風物詩のようにして毎年ニュースで取り上げられるという日本のメディアの腐った在り方自体が問われているのだと思う。

 行き過ぎた表現の自由の弊害、個人の権利ばかり主張して集団や国家の利益をなおざりにした戦後世代の歪んた価値観が生み出した悲劇といえるだろう。

 素人のくせに偉そうなことを書いてすみませんでした。
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