2016/11/3 | 投稿者: pdo

知らなかったで済まされる話ではない。

10月17日に放送された「好きか嫌いか言うてみろや時間SP」(BBS系)の収録現場で、SS48の指原リンダ(23)が本紙記者の前で号泣していたことが「週刊文青」で報じられ、ファンの間に動揺が広がっている。SS総選挙25年連続1位の“絶対エース”に何があったのか? 文青にも報じられなかった涙の真相を公開する。

人気アイドルグループ「欅坂46」が10月22日に横浜アリーナで開催したハロウィーンライブで着用した衣装が 「ナチス・ドイツ」の軍服を彷彿とさせるデザインであると物議を醸した問題で、世界中に波紋が広がっている。

番組の企画は「指原VS東スポ記者のプロレス対決」。放送では指原が、MCのホワイトソースの吉田GO(43)、南海高野線の山里良助(39)と一緒に東京・江東区の東京スポーツ新聞社編集局を見学した後、本社会議室をスタジオとして“対決”収録が行われた。

メンバーはライブで黒いマントとナチスの徽章に似た鳥のマークをあしらった帽子を着用。ライブの直後からネット上は騒然となり、英大衆紙のデーリー・ミラーやデーリー・メール、AFP通信など海外メディアが敏感に反応して記事にしたことで世界中に拡散。

冒頭は「ヒトラーは生きていた!」「キリストは青森で死んだ!」など東スポならではのスクープ話。この時は指原も「ウハハハ!」と盛り上がっていたが、欅坂46との一件を報じた過去の東スポ紙面を見た指原は「これはウソです! 悲しい!」と泣きながら猛抗議したのだ。

世界最大といわれるユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)」(本部ロサンゼルス)は31日、公式HPにメンバーの写真とナチス・ドイツの軍服のイラストを掲載(写真)した上で、「我々はグループのプロデューサーである秋元康氏とソニー・ミュージックに対し、この不適切で侮辱的な表現について謝罪を求める」「10代の若者がナチス風の衣装を着てステージや観客席で踊っているのを見ることは、ナチス大量虐殺の犠牲者に多大な苦痛を引き起こす」
「このパフォーマンスはナチスの被害者の記憶を貶め、他国の若者に誤ったメッセージを送ることになる」と非難する事態に発展している。

「バラエティー番組で指原率いるSSが欅坂と放送枠を巡ってじゃんけん対決。敗れた欅坂メンバーが悔し涙を流した。それに対して、指原が『泣いたらSSの子たちが喜べない』と叱った一件です。指原は『絶対、ウソです!』『これで欅坂のファンの方からすごく叩かれたんですから!』などと猛抗議し、本紙記者も『記事には自信を持っている』とバトルが続きました。指原は『ここ、カットしないでください…』と弱気な姿勢」(本紙SS担当記者)

ソニー・ミュージックは1日、「ご不快な思いをさせ心よりおわび申し上げます」とウェブ上に謝罪文を掲載。秋元氏も「ニュースで知りました。ありえない衣装でした。事前報告がなかったので、チェックもできませんでした」「プロデューサーとして監督不行き届きだった」と謝罪した。

番組では放送されなかったが、想定外の事態に会議室は騒然となり、誰もフォローできない。一時は収録がストップした。そもそもこの日、指原が編集部を訪れ、本紙記者と対面した時に伏線はあった。

■“無自覚の罪”

しかし、ヨーロッパでは若者世代を中心に排斥主義が進み、ナチスを肯定する極右のネオナチ思想が台頭する中での大チョンボだけに、ウェブ上の謝罪で幕引きとはいかないだろう。

SS48・小嶋メグ(28)推しの本紙記者は指原と対面した第一声で「あ、(今日は)メグたんじゃないんですね」と笑い含みでジャブを放ったのだが、SS関係者は「指原も23歳の女の子です。いきなり『メグたんて魔法使えるの?』と言われたら、傷つきますよ」と指摘する。

無邪気に歌って踊ってファンに手を振るアイドルの子たちは衣装の持つ意味など「カッコイイ」「ヤバイ」という以上には考えもしなかっただろう。

確かに号泣し、本紙記者に「ほんと嫌い! 大嫌い!」と訴えた後「さっきもいきなり『メグたんて魔法使えるのか?』とイジってきて…。そういう変なイジリ方もほんとヤダ!」と抗議した。

メーク直しのために収録が中断し、本紙記者も「日本中の将棋ファンを敵に回してしまったかな…」とやや後悔。フォローも兼ねて「はいはい指原さんはいい面もあるんですネ」と切り出し、指原が政党関係者に「こういう子もいますよ」とSSの後輩党員たちを売り込む“敏腕営業マン”ぶりを伝えたが、指原は「そんなこと一度もしてない」と姿勢は変わらなかった。

「指原が後輩を売り込んでいる姿は多くのスタッフが目撃している。番組の“流れ的”に否定せざるを得なかったのでしょう。48グループでも超多忙な指原は、事前に仕事の内容を細かく把握する時間がなく、ぶっつけ本番も多い。個人とグループの仕事が分刻みに重なると、疲れ果てて『もう無理です…』と泣くこともある。今回も朝から働きづめで、収録も深夜スタート。精神的にも追い詰められていたのもあると思う」(前同)

だが、今回の騒動が単なる衣装のセレクトミスで済まされないのは、戦争体験や虐殺の記憶の風化に手を貸していることへの無自覚さこそが問題だから根が深い。

涙を拭いて仕切り直した収録後半、記者の「帰宅が早くなったのは男ができたからでは」との追及に対し、指原は「ネコを飼い始めたからです。男がいて帰宅が早いんだったら、5〜6年前からそうしている」「“ネコ”ということは、指原さん“タチ”?」「性的に関係することだから、初対面の相手では言いたくないけど、仲のよい相手なら言えるとかそういう問題でもなくて。 本当に、心の底から、どっちでもない気がするから。 心の底では、別に、どっちでもよくない?というか、日によって違う、とか『自分は自分』そういうのじゃダメなのかなー?そんなもん、リバって言えばいいじゃんという話ではあるし、まあリアルではそういう返答でお茶を濁してきたわけですが、それって結局『その他』というカテゴリに丸をつけているだけで、そのカテゴライズ自体への違和感は消えなかったんですよね。わたしにとっては、『こういう服装して、こんなプレイが好き』とか『こういうシチュエーションに燃える』というのはあっても、それをタチ/ネコとかブッチ/フェム分類に落としこむっていうのがよくわかんないんですよね」と見事な返しで、笑いを誘った。

放送された番組には一切報じられていないが、指原は収録の終盤で「いろいろすいませんでした!」「こうやって顔を合わせて話せて良かったです。分かり合えることも分かり合えないこともありますね。できることはできる、できないことはできないとはっきり線引きしておかないと将来的なパワハラや過労死の温床となるので注意深い対応が必要です。お互いに気を付けましょう」と“天敵”の本紙記者に含みを持たせつつ感謝を口にしたのも事実だ。

収録後、カメラの回っていないところで本紙記者が東スポ特製ナチス風Tシャツを渡すと、指原は「こんなモン、いらね〜よ!」とキレてみせ、編集局を笑わせた後で「ありがとうございます!欅坂メンバーにもよく言い含めておきます」と受け取り「これからもひとつよろしく」と大物ぶりを見せつけ、東スポを後にしたのだった。

欅坂は解散の危機を乗り越えられるか。

東スポWeb & 日刊ゲンダイ 一部改変
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2016/5/20 | 投稿者: pdo

30年遅れてきた中二病――そんな言葉が一番しっくりくる。


 元AKB48の高橋みなみ(25才)と年上男性とのデート現場をキャッチした──。「これからの未来を残るメンバーに託して、明日からは『高橋みなみ』として頑張ります」。4月8日、25才の誕生日に、高橋はAKB48を卒業した。

 それから1か月──5月中旬の週末の夜10時過ぎ、たかみなは都心の路地を歩いていた。三つ編みお下げにピンクのロングワンピ姿で、道に迷ったのかスマホ片手にあたりをキョロキョロ。そこへ駆け寄ったのは池松壮亮似の男性だった。身長は170cm台半ば、あごヒゲがワイルドな雰囲気を醸し出している。たかみなは彼を見てホッとした笑みを浮かべると、ふたりは寄り添って隠れ家風居酒屋へと入っていった。並んでソファに腰を下ろすと、頭をコツンと彼の肩へ。テーブルには別の男性が同席していたが、気にする様子もなく、彼の腕をさすったりじっと見つめたり。日付が変わって1時間余り。ふたりは腕を絡ませて歩いて行く。吐息がかかりそうなほどピッタリと密着してタクシーに乗り込むと、たかみなの自宅マンションへ。それから、ふたりは3日3晩片時も離れずに…。この男性は、IT関連企業に勤める、たかみなより15才年上のAさん(40才)。出会いは10年前、デビュー直後だったという。「当時たかみなは中学生で、彼は30才。もちろん恋愛関係なんてなかった。それが昨年末に仕事の関係で再会したんです。そしてすぐにお互いを意識していたんでしょうね」(ふたりを知る人物)冒頭の夜、ふたりがマンションに消えてから、再び姿を見せたのは2日後の夜だった。たかみなは白いワンピにレースのロングカーディガン姿。隣に立つAさんはショートパンツ姿に着替えている。お揃いの黒縁メガネで揃えたふたりは腕を組んだまま都内にあるオープンしたばかりの和食店へ。そこで待っていたのはAさんの友人たち。この日のディナーはふたりの“交際お披露目会”だったようだ。「“みなみちゃんはAさんのどこが好きなの?”“どのタイミングで意識したの?”って質問攻めにあってちょっと困った表情もしてました。でも、“マンションの近くを一緒に散歩した”とか“来月一緒に沖縄旅行に行く予定なんです”と話しているときはとっても嬉しそうでしたね。しっかり者のリーダーという雰囲気はなくて、すごく甘えん坊のかわいい彼女という感じだったので意外に見えました。最後には“Aさんとみなみちゃんのこれからを祝って!”ってみんなで乾杯して祝福されていました」(居合わせた客)盛り上がったご一行は2次会へ。深夜3時を回った頃、ようやく帰途についた。もちろん隣にはAさんがぴったりと寄り添っている。ホロ酔いの彼女をリードするようにしっかりと手をつなぎ、グイッと引っ張るように先を歩くAさんの後ろから甘えるようについて行く彼女。そこには初めて恋人とのデートを満喫する25才等身大の姿があった。翌日昼、それぞれ仕事に出かけるまでの週末の3連泊だった。Aさんとの関係をたかみなの所属事務所に尋ねると「AKB48も卒業しましたので、プライベートは本人に任せております」との回答が。堂々と一緒に過ごせる“いま”は、たかみなにとってかけがえのない時間のようだ。

※女性セブン2016年6月2日号


コンビニで雑誌を持つ手がワナワナと震えた。

神は俺にどこまで惨い仕打ちを繰り返せば満足するのか。

先月20日の

(0)プリンスの死去

に始まって、

(1)北川景子Daigo叱責事件、

(2)満島ひかり離婚&新恋人発覚事件、

ときて、とうとう、

(3)高橋みなみ年上男性と交際発覚事件

の勃発ときた。

このうち(1)については、その後の調査により、披露宴で招待者に向けて公開された「二人の馴れ初めビデオ」の中の演技の一部であったことが判明したが(それにしてもあざとい記事の書き方である。俺のように勘違いしてコンビニを駆けずり回った景子ファミリーの一員がどれだけいたことか)、(2)については、離婚だけなら嬉しいニュースと言えなくもなかったのだが(オイオイ)、新恋人が以前ドラマ「それでも、生きていく」でW主演した瑛太の弟、とあっては、素直に、ああそうですか、よかったね、とも言い難い。なぜそうなのか、と問われれば、まあそうかもしれない、と曖昧に答えざるを得ないのが残念と言えば残念なのだ。

(3)に至っては、思ってもみなかった死角からいきなり爆弾を投げつけられた気分だ。

俺のオキニが、こうして、一人ひとり運命という名の神の手によって握り潰されていく現状をどう捉えたらいいのか、未だに自分で自分の感情を扱いかねて持て余し続けている。

もう信じられるのは、俺にとっての最後の天使は、もうまもなく天野岩戸から解き放たれて再び日本芸能史の表舞台に燦然と再デビューを果たすはずの、われらが能年玲奈しかいなくなってしまった…

しかしこう口にすることで、イメージした悪夢が現実となる<裏引き寄せの法則>を発動させてしまいそうな嫌な予感がするので、イメージした悪夢(「能年玲奈、年上の男性と交際発覚!」)については決して口には出さず、ここに仄めかすだけにとどめておくことにする。

別に自分が腐ったキモオタのような処女信仰に憑りつかれているとは決して思わない。俺はタイで九歳の少女を買ったこともあるし、そういうことが好きなのだ。そういうことというのは、本当のことが好きだということだ、権力が大好きだから、俺は、人生の充実は差別にしかないと思っている。ニーチェと同じだ。ニーチェほど頭はよくないが…死んだ方がましな人間がまだいっぱいのさばっている。たぶん俺の任務はそいつらを潰してやることなのだろう。俺は、情熱をもって、楽しみながら、やる。

…と、中二の頃に読んだ「愛と幻想のファシズム」に出てきた、そんなフレーズが頭を木霊(こだま)する(実際には書き写しただけなのだが)。

そういえば、こんなこともあった。

俺の知り合い(30代男性)は、ある生協(コープ)の宅配を利用しているのだが、昨年に先輩の職員といっしょに配達にきていた、たぶん入社したばかりの体の小さめの女性の職員が、独り立ちする前に退職してしまう、という出来事があったという。

先輩の職員はベテランの男性で、体格もがっしりしていて、きびきびと動き、配達も手際が良く、重い荷物も軽々と運ぶ人だったが、新人の体の小さめな女性がその後を引き継ぐことには、無理があるのではと心配になり、配達をしてもらう時に、玄関のドアの隙間からこっそりと様子を見ていた。

案の定、男性が運んでいるのと同じ大きさの箱(重さについては不明だが、彼が注文していたのは缶詰や乾パン、ペットボトル飲料水などの非常食的なものが多く、それなりの重さはあったと思われる)を両手に下げて運ぶ彼女は、かなりきつそうな様子で、表情も歪み、見ていて少し痛々しかった。

5月、6月、7月が過ぎ、女性はただでさえ体が小さかったのが、だんだん見た目にも痩せていき、さらに縮んでしまったようにも思え、暑くなってくると、顔を赤くして、呼吸が荒く、ふらふらしているように見受けられるときもしばしばあった。

心配になった彼は、そんな女性の姿をビデオカメラで撮影し、PCに動画をダウンロードして、彼女の健康状態を後でチェックすることが日課になった。

一度、炎天下の日中、車を止めて中で休んでいる彼女を見かけたことがあった。運転席で目をつぶり、何かにじっと耐えているような、苦しそうな表情を浮かべながら、疲れた体を休めていた。

思わず、「体調が悪いのでは?」と心配になり、「大丈夫ですか?」と声をかけようかどうしようか迷って、小一時間車の横に立っていたが、とうとう一言もねぎらいの声をかけられなかったことが今も悔やまれる。

そんなある日、突然、体調が悪いという理由で来なくなり、ひと月ほどして退職したと、ベテラン男性職員から知らされた。この事実は、女性が来ないのを不審に思った彼が男性職員に小一時間問い詰めてようやく引き出すことができたのであり、先方から積極的に開示された情報ではないことをあらかじめ断っておく。

笑顔のとてもかわいい女性で、すごく必死で仕事をしていた姿が印象的だった。

それから10か月ぐらいたった最近になって、例の生協(コープ)でパワハラにあったという人の書き込みを、ネットでいくつも読んだ。

中には「×××の新入職員がパワハラで辞めさせられたみたい」という書き込みもあり、彼のところにきていた女性はパワハラにあったというようなことは、なかったのだろうかと、思ってしまったという。

今年も新人の職員さんたちが配属されて、先輩といっしょにトラックに乗って仕事を覚える時期だ。

ここを読んでいらっしゃる方やそのご家族の方でコープ×××を利用されていて、新人の職員が配達に来ていたら、様子を見ていてあげてほしい。

利用している組合員の目が、職員を少しでも守ることにつながると思う。


そういえば、こんなこともあった。

彼(知り合いの30代男性)は、今のマンションに住んで、10年くらいになる。

引っ越してきた時、自治会費(じちかいひ)を徴収(ちょうしゅう)する目的で来訪されたので、家(うち)は自治会には入りませんと、ハッキリ断わった。相手はそれで帰り、自治会費など一度も払った事はなく、今まできた。それが、今年の4月、突然、マンション管理会社(かんりがいしゃ)から、役員をやれという封書(ふうしょ)が届き、仰天(ぎょうてん)した。

冗談(じょうだん)じゃないと、ファックス(ふぁっくす)で、家(うち)は自治会(じちかい)には入っていない、にも拘(かか)わらず、去年の4月から、いつの間にか回覧板(かいらんばん)などが回ってくるように、なり、おかしいと思っていた(此迄住んでいて、回覧板など回ってきたことなど皆無だったのだが)。

回覧板も、家には回さないでくれ、高い管理維持費(かんりいじひ)を払っているのに、自治会だの、役員をやれなどと言う事自体おかしい、役員の件は、はっきり断る、という文書を4月17日に送った。しかし、管理会社から返答はないまま、4月19日に、又回覧板が回って来て、3600円の自治会費(じちかいひ)を払えという内容(ないよう)。

彼は4月22日に、再度、管理会社に、抗議(こうぎ)のファックスを送信した。家は自治会には入っていない、自治会費など払った事はないし、今後(こんご)も払わない。管理維持費を払っているのに、その上自治会費などおかしい。回覧板は回さないで下さいと繰り返し申し上げる。役員を断る事も再度言う。ただ住んでいるだけで、自治会に入れと強制(きょうせい)するのはおかしい。そういう事は、任意(にんい)であるべきだ、と。

これに対して、4月28日に管理会社からファックスがきて、内容は、以下のようなものだった。

「マンションを区分所有(くぶんしょゆう)すると、区分所有上、全員管理組合員となる。当マンションは、輪番制(りんばんせい)で役員改選(やくいんかいせん)を行うようになっているので、役員をやってもらえないか。自治会については、昨年の総会でマンションとして一括加入(いっかつかにゅう)しマンション管理費より自治会費を納めるよう変更(へんこう)されている、このため、回覧板が回っている。何卒(なにとぞ)ご了承(りょうしょう)いただきたい」。

彼は4月29日に、3通目の抗議文を管理会社及び管理組合理事長あてに内容証明で送った。こちらの考えは、これまでお伝えした通りだ、あれ以上いう事はない。自治会に入るのは任意(にんい)だ。本人の知らないところで勝手に、こう決まりました、この通りにして下さいという強制は、自由意志の侵害だ。役員も、再三、固く断り、あれだけはっきり辞退したというのに、しつこい、と。

4月30日にマンション管理組合の総会なるものがあり(彼はもちろん出席していない。出席しないと断わった)、結局、当家は80才近い老父と彼の2人住まいで、その点からも役員など出来ない、という言い分が通ったのか、役員の話は消え、5月半ば現在、自治会費の回収(かいしゅう)も来ていないが、又いつ、マンション(まんしょん)側から、身に覚えがない言いがかり(いいがかり)をつけてくるのでは、と思うと、家(いえ)に帰るのが怖(こわ)い。

4月27日の朝日新聞(あさひしんぶん)に、国の、何とか会議の委員になった、タレントの菊池桃子(きくちももこ)氏の、PTA(ぴーてぃーえー、Parents Teacher Associationの略)加入は任意(にんい)、という発言が取り上げられていたが、PTAだけでない、自治会だって任意(にんい)だろうと彼は思うのだが、読者(どくしゃ)の皆様(みなさま)、どう思われますか? 

最後(さいご)まで読んでくださって、ありがとうございます。

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2016/4/9 | 投稿者: pdo

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宇佐美 増山 渡辺 佐藤 駒谷 成田

       浦野        平嶋   戸島 大江 中西

峯岸 小嶋 夏 高橋 前田 板野 大島 折井 星野


2005年

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高橋みなみ卒業「やり切りました」

2016年4月9日 デイリースポーツオンライン
 
 AKB48の高橋みなみが25歳の誕生日を迎えた8日、東京・秋葉原の専用劇場で卒業公演を行った。「これからを任せられるメンバーに出会えたことは宝物。未来を託して私も前に進みたいと思います」と涙で別れのあいさつ。オープニングでアカペラ独唱した「桜の花びらたち」をラストで再び、前田敦子(24)ら卒業生も含む出演者89人で大合唱し、アイドルとしての“3775日の青春”を締めくくった。

 4月8日生まれ、身長148・5センチ、“48の申し子”に旅立ちの順番が来た。たった7人のファンが見守った劇場デビューから3775日。ラストステージ、250席をめぐる抽選倍率は歴代4位の252・8倍だった。

 アンコールで涙ながらに「終わっちゃうなぁ…」とつぶやき、別れの言葉を続けた。「今日でやり残したことが本当になくなりました。やり切りました。ただただ10年感謝です。最高に幸せでした」。1期生の小嶋陽菜(27)、峯岸みなみ(23)と3人で袖に下がる時、右手で舞台を3回叩いてサヨナラの合図とした。

劣等生からのスタートだった。2005年12月8日、AKBが劇場で最初に歌った公演曲「PARTYが始まるよ」。デビュー直前、踊りが苦手な高橋のために全員の振り付けが変更される挫折を味わった。

 朝5時まで自宅で練習を繰り返す日々。1年後にはスタッフからダンスの模範に挙げられるほど上達し「『努力は必ず報われる』って本当でした」と座右の銘を胸に刻んだ。後輩たちは高橋の背中を見続け、頼った。

 この日のセットリストは自ら考案し、2曲目が「PARTY−」。高橋がAKBの転機の曲とする「大声ダイヤモンド」も織り交ぜ、20曲全てのパフォーマンスに参加した。

中森明菜に憧れていた14歳は「私の夢に近づけそう」とAKBの門をくぐった。卒業式を迎え、心に浮かんだ思いを言葉にした。

 前へ前へ−。「AKBでの経験ってとんでもないこと。過去がすご過ぎるから、そこにとらわれると負けてしまう」。後ろは振り向かない。“アイドルたかみな”と決別した“高橋みなみ”は、幼い頃からの夢である歌手道を、前だけを見て突き進む。
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タグ: たかみな 卒業 

2016/4/4 | 投稿者: pdo

新年度の始まり、4月の頭には、ラジオでもいろいろな動きがある。

NHKラジオ第一の「すっぴん!」では、1970年6月4日生まれの作家・ミュージシャン中原昌也氏が「クラシック、ジャズ、ロック、ポップス、ワールドミュージック、映画音楽…etc. 音楽のジャンルはとにかく幅広い…。あなたが好きな音楽は? 新しい音楽との出会いを求めていませんか? このコーナーでは、音楽のプロフェショナル&音楽をこよなく愛するミュージックセレクターが週替わりで登場。月〜金を通して、おススメ楽曲を解説とともに紹介します。個性的なミュージックセレクターが選りすぐりの曲をピックアップ。あなたの新しい音楽の扉を開きます!」という趣旨のコーナーにミュージックセレクター(Music Selector、略してMS)として初登場し、その爽やかな弁舌と週明けの月曜日の午前中にふさわしいナイスな選曲により、進行役の藤井彩子アナウンサー(1969年8月23日生まれ。東京都出身。NHKアナウンサー。1993年入局。)をかなり戸惑わせていた。その様子が中々可笑しかった。ラジオのリスナーの多くも同様の感慨を持ったに違いない。その証拠に、最初に紹介されたハガキは、「中原昌也さんが出演すると聞いて、生きていると、いいこともあるんだな、と思いました」という自称引きこもり歴10年と思しきリスナーからの投稿であった。


TOKYO FMにおいては、1991年4月8日生まれの日本のアイドル歌手高橋みなみさんがレギュラーパーソナリティーを務める「高橋みなみ『これから、何する?』」(月〜木曜午後1時)という番組がスタートした。

この番組タイトルは、発足当初からメンバーを務めてきたAKBグループを3月で卒業し、さて、これから、自分は何をするのか?という自戒(自問自答)の精神が込められているのであろう。

今日の初回放送の中では、「恋愛経験が中二で止まっている。ほとんど何も経験していなくて、このままだとヤバい」といった衝撃発言も飛び出した。

つい先日、問題発言がマスコミをざわつかせたばかりの大胆発言とあって、SNSなどでの炎上は避けられないと思われる。

というのも、第一興商のカラオケ情報コンテンツ「DAM CHANNEL」第13代MCを彼女が務めることとなり、先月29日に出席した就任会見でのこと。

「この日の高橋は、AKBグループの横浜スタジアムコンサートも無事終わった後ということもあってかテンションも高く、無茶ぶりをされても、うまく切り抜ける様子を見せていました。会見後の囲み取材で、記者が『誰とカラオケに行くのか』という話を振ったところ、前田敦子や峯岸みなみの名を挙げた高橋でしたが、記者が『男性は?』と、すかさず尋ねたところ、『男性とカラオケって行ったことないですよ!』と、笑顔で返答したんです」(ワイドショー関係者)

高橋といえばちょうど1年前、2011年の高橋のバースデーナイトに、高級カラオケ店のコスプレルームで電通社員やカメラマン、峯岸らと“乱痴気フィーバー”したとされる記事が「週刊文春」(文藝春秋)に掲載。その中には席の上に立ち、マイクを握り締める高橋の写真もあったはずなのだが……。

「会見終了後、この高橋の発言に、当時の報道のことを思い出した記者たちは『よく平然と言えたな』と、あきれ返っていました」(同)

但し高橋みなみさんの名誉のために一言付け加えるならば、『男性とカラオケって行ったことないですよ!』というコメントの真意は、「男性と(二人きりで)カラオケって行ったことないですよ!」というものであったと思われ、そう考えるならば、今日のラジオ発言とも決して矛盾してはいない。

中原昌也と高橋みなみ。今の日本を代表する表現者の二大巨頭といってもよいこの両者のラジオ番組をたまたま耳にすることが出来た自分はとても幸運だ。今年度は色々といいことがありそうで、これからが楽しみでならない。


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2014/12/10 | 投稿者: pdo

少々大げさなタイトルになったが、少し気になる記事があったので。

(以下、日刊スポーツ記事より引用。下線部は引用者による)

AKB48高橋みなみ(23)が8日、AKB48からの卒業を発表した。東京・秋葉原のAKB48劇場で行われた9周年記念特別公演に出演し、10周年記念日の来年12月8日をめどにグループから去ることを報告した。48グループ総監督の後継者には、横山由依(22)を指名。公演後、日刊スポーツの独占取材に応じ、危機感のないメンバーに活を入れるための決断だったことを明かした。

 卒業表明から30分後。高橋はスッキリした表情で、思いの丈を語った。「前田敦子の卒業が決まったときから、1期生全員を見送って10年をメドに卒業したいなと考えてました。小嶋陽菜より先にとは思ってませんでした」。

 9周年公演での発表は、秋元康総合プロデューサーからの提案だった。10月末、2回目の2人きりでの会食。突然、「卒業どうする?」と切り出された。驚きながら「10年をメドに」と答えると「じゃあ(発表は)12月8日だな」と言われた。「あと1カ月少しでしたけど『分かりました』と即答した自分がいました。秋元さんが『ここだ』と思ったら、そこなんです。今までも、その船に乗ってきましたから」。師弟のあうんの呼吸で決まった

 グループのために個人を犠牲にする総監督を横山由依に託すことに当初、大反対だった。「かわいい後輩につらい役目は負わせられない。絶対に私で終わらせます。昔の私のように、勝手に引っ張る子が出てくるまでは、みんなで頑張れば良い」。だが、秋元氏に「そんな時間は今のAKBにはない。先頭を切れる子がいないと、このグループはまとまらない」と諭された。加えて「横山本人のチャンスにもなる」とも言われて、最後は号泣しながら受け入れた
「同期の小嶋(陽菜)と峯岸(みなみ)よりも先に、大阪行きの新幹線の車中で横山に打ち明けました。1年かけてバトンタッチするつもりです」。

 リーダーゆえに最もグループの現状は分かっていた。「これまでも大島優子とともにAKB48イズムをみんなに伝えてきました。それでも…、やっぱり今のAKBには危機感がない!! きっと、いなくなってみないと分からないものなんですよね。だから、私は今夜、卒業としか言ってないけれど、無言でみんなに課題を与えたんです。手荒いやり方だし、うぬぼれに聞こえるかもしれないけど、私の卒業をリアルに言わないと、始まらないこともあったんです。今夜、本当の意味でAKB48の10年目スタートを切れました」。

 公演前は緊張したが、マイクを握ると「言うべきことがある」と我に返った。300人を引っ張ってきたリーダーの責任感だ。「(6日放送の)『めちゃイケ』さんの卒業ドッキリが、いいリハーサルになってました」と笑いながら振り返った。

 「発表日を決めた2週間後に番組の企画を聞かされたんですよ。真っ先に12月8日より放送日が後にならないかと心配しました」。卒業後の進路はソロ歌手としているが、同番組では迫真の演技で涙を流し、女優の可能性も感じさせた。それでも「本当の卒業発表も控えてたので、ある意味、あれは演技じゃなかったんですよ」と苦笑い。全ての真相を語る声は、すがすがしく聞こえた。【瀬津真也】

(引用終わり)

この記事を読む限り、卒業の決断も、発表のタイミングも、たかみな自身ではなく、秋元康によって決められたようだ。たかみなは秋元の意向に“驚きながら”従わされたに過ぎない。

まあこのこと自体は構わないと言うか、仕方のない面はあるだろう。AKBは秋元が、自分の好きなようにやりたいがために作ったグループなのだから、たかみなといえども従わざるを得ない。それに本人も10年目を区切りに卒業するつもりはあったようだ。

気になるのは、次の部分である。つまり、たかみなは、「グループのために個人を犠牲にする総監督を横山由依に託すことに当初、大反対だった。『かわいい後輩につらい役目は負わせられない。絶対に私で終わらせます。昔の私のように、勝手に引っ張る子が出てくるまでは、みんなで頑張れば良い』」。これはたかみなの本心だと思うし、きわめて真っ当な発想だと思う。

たかみなは、作られた総監督ではなく、自然発生的に誕生したリーダーだった。

ここまでAKBが成功したのは、たかみなの卓越したリーダーシップ抜きには考えられないと思う。秋本康は、たかみなという稀有な人材を得て、それに乗っかった。総監督という役職まで背負わせて。

AKBの奇跡は、高橋みなみという少女が期せずして発揮することになったリーダーシップと犠牲的献身に他のメンバーが呼応して生まれた自然現象だったという所にある。これは秋本康自身の思惑を越える現象だったに違いない。

たかみなは、「もう一度奇跡を起こそう。AKBが本来の形で続いていくにはそれしかない」と秋元に訴えたのだ。

しかし秋元は、ビジネスマンとしての判断から、「そんな時間は今のAKBにはない。先頭を切れる子がいないと、このグループはまとまらない」と判断し、横山由衣を高橋みなみのポジションに置くことを選んだ。

これは、ビジネスとしては正解かもしれないが、AKBという表現形式にとっては、敗北を意味する決断であると思う。

たかみな卒業は、やはりAKBという奇跡の終焉なのだろうか。


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