2019/9/23 | 投稿者: pdo

『マイケル・ジャクソンと神秘のカバラ』という本(これが本と呼べるのだろうか?)を読む(正確には本屋で立ち読み)。

書店がアマゾンのせいで次々に亡くなっていく中で、この「立ち読み」という風習が死滅していくことは現代の悲しき事態の一つである。

ぶらりと書店によって、本の背表紙を眺めて過ごす時間が奪われることも、また悲しいことだ。

本屋というものがなければ、まかり間違っても、『マイケル・ジャクソンと神秘のカバラ』という本に目を通すことはなかっただろうし、この本に含まれている、ある観点からはとても興味深い情報に触れる機会もなかっただろう。

著者のサッチー亀井氏は、「クリヤヨガマスター」で、マイケルにサーフィンを教えて欲しいとマイケルの側近からの連絡を受けて、マルタ島の高級リゾート地域に飛ぶ。

そこでマイケルと会い、彼を呼んだ理由が、「アカシックナンバー」が一致するからだと聞かされる。

「アカシックナンバー」とは何か、そしてそこから広がる神秘の世界については、直接に本書を当たってもらいたい(そんな奇特な読者はいないと思うが)。

この本を読んだことを忘れないように、備忘録としてここに記す。
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2012/8/12 | 投稿者: pdo

マイケル・ジャクソンの側近の書いた『マイフレンド・マイケル』(フランク・カシオ著、翻訳・吉岡正晴、監修・西寺郷太、飛鳥新社)を読む。

幼少のときにマイケル・ジャクソンと知り合ったフランク・カシオが、20年以上にわたって公私ともにつきあってきた記録として貴重であり、ジャーナリストには書けない赤裸々なエピソードの宝庫で、たいへん興味深かった。

ものすごく衝撃的な記述はないが、そこそこショッキングな小ネタは随所に散りばめられている。マイケルがファンの女の子と付き合ったりマリファナを吸ったりしていたのは知らなかったが、他のスターに比べればその程度は可愛いものだろう。

それより、もう若くないマイケルが身体の痛みを避け睡眠をとるために重い麻酔薬に依存していった過程がリアルで悲しかった。マイケルの死については医師の刑事責任が問われているようだが、その詳細な経緯もそのうち邦訳書で明らかにされることを望みたい。

もっと悲しいのは、マイケルを利用して大金を得ることだけを目的に貪欲な人間が大量に群がり、周囲の人間が誰も信用できなくなる様子があまりに切実に描かれていることだ。その結果、マイケルと著者自身との間にも亀裂が入ることになる(後に和解)。

著者のフランク・カシオは家族ぐるみでマイケルと交流があっただけでなく、個人マネージャーとしてMJビジネスの暗部にも精通している。2005年の刑事裁判ではマイケルの共謀者として捜査の対象ともなっている。MJの生き証人としてはもっとも適役の一人と言えるだろう。

この本の最大の魅力は、カシオの前でしか見せないマイケルの表情が描写されていることだ。上記のグルーピーやマリファナの件だけでなく、ビジネスのパートナーとの会合の場面など著者にしか書けない場面が随所に出てくる。

あの西寺郷太が「いままで読んだMJ本の中で一番おもしろかった」というだけあって、マイケルに関心のある人は文字通り読み始めたら読み切るまで手放すことができない、そんな本だ。

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2009/11/30 | 投稿者: pdo

最後に,これは自分でも確信が持てない部分ですが・・・

マイケルが幼いころの父親との関係について語っている文章。

父はいつだって僕にとっては不思議な存在でしたが,彼もそのことを意識していました。僕がとても悔やんでいる数少ないことのひとつに,彼と本当の意味で親しくなれなかったことがあります。彼は何年かかけて,自分の殻に閉じこもってしまいました。ファミリー・ビジネスに口を挟まなくなってから,僕らと付き合いにくくなったのかもしれません。僕が家族と一緒にいると,彼は黙って部屋を出て行ってしまいます。未だに,いわゆる父と子の関係というものが苦手なんです。あまりにまごついてしまうのです。そんな父を見ていると,僕の方もどうしていいかわからなくなってしまいます。 p32-33(下線部引用者)

原文は

My father has always been something of a mystery to me and he knows it. One of the few things I regret most is never being able to have a real closeness with him. He built a shell around himself over the years and, once he stopped talking about our family business, he found it hard to relate to us. We'd all be together and he'd just leave the room. Even today it's hard for him to touch on father and son stuff because he's too embarrassed. When I see that he is, I become embarrassed, too.

下線部について,上記日本語訳では,父親が息子たちのビジネスに関わらなくなった,メジャーデビュー以降について,つまり将来のことについて述べているように思われますが,これは,当時の話,つまり子ども時代の関係のことを言っていると考えた方が自然なのではないでしょうか。

だから,下線部を意訳すれば

お父さんは,長い間に自分自身の周りに壁を築き上げてしまったので,僕たちと音楽ビジネスの話をするとき以外には,僕たちとどう関わっていいか分からなかった

ということになるのだと思います。そして,

家族が皆同じ部屋にいると,お父さんは部屋を出て行ってしまう

のです。

ジョー・ジャクソンという人間の,自分の息子たちとさえ生身の人間として関わることが難しいという謎の人格と深い孤独感が伝わってきます。


マイケルと父親の,いたるところで語られるストーリーを踏まえた上で,映画 This Is It の中で,マイケルが I'll Be There
を歌いあげた後,

そうだ,こう言おう・・・ジョー,キャサリン,感謝してます,ありがとう

と言う場面を見ると,涙が溢れるのを抑えるのに苦労します。


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2009/11/30 | 投稿者: pdo

日本語版p188,ジャクソンズのアルバム『トライアンフ』に収録されている「ハートブレイク・ホテル」についてのくだり。

人を安全な場所に連れ戻してくれるものや,連れて来られた場所の音がなければ,脅えさせても意味がないのです。

原文は

there's no point in trying to scare someone if there isn't something to bring the person back safe and sound from where you've taken them.

ですから,おそらく訳者は safe and sound の sound を「音」と誤解したのでしょう。

脅えさせた後で,その人を再び安心させるようなものがないのなら,誰かを怖がらせようとする意味がありません。

とでも訳す方がいいと思われます。

ちなみに,これは同曲の最後のピアノとチェロのコーダ部分についてのコメントです。

個人的には,マイケルが「ハートブレイク・ホテル」や「ビリージーン」などの「復讐」をテーマにした歌を作ったのは,僕にはその感情が理解できないからだ,と言っているのが興味深かったです。


次に,これはあからさまな誤訳。p197の

『スリラー』というアルバムを作るのは非常に大変な仕事でしたが,はまり込んでしまった何かから逃げだすために努力しただけ,というのも本当です。

原文は

Making the Thriller album was very hard work, but it's true that you only get out of something what you put into it.

下線部はもちろん,

人は(作品に)注ぎ込んだだけのものしか得られない

という意味です。なぜあんな訳になったしまったのか不思議です。


次は,かなり重要な誤訳です。「ビクトリー・ツアー」についてのくだりで,昔のツアーのスタッフに指摘された言葉からマイケルが大切な教訓を学んだと語っている部分ですが,

コントロールされているのだと彼に言われて,僕は目が覚めました。(p.271)

これはまったく逆で,原文は

When he told me I was in control, I finally woke up.

ですから(太字引用者),

コントロールしているのは僕なんだと彼に言われたとき,僕はついに目覚めました。

と訳すべきです。

これは何のことを言っているのかというと,マイケルは,「スリラー」の後,兄弟たちに半ば無理やり参加させられた「ビクトリー・ツアー」のときに,自分のキャリアを自分でコントロールすることの重要性を痛感したと述べているのです。

その重要性に気付かせてくれたのが,以前のスタッフに言われた「スタッフはあんたのために働いているんだ。あんたがスタッフのために働いているんじゃない。あんたがスタッフに金を払っているんだよ」という言葉だったといいます。

マイケルはこれを,何から何までモータウンの管理下にあった過去の自分の立場との対比という文脈で語っています。モータウンを出た後も,いわばモータウン時代のマインドコントロールが抜けきっていなくて,前述の男の言葉でようやく「脱洗脳」できた,と言っているわけです。

以後,マイケルが自覚的にポップ・ミュージック史の中で特異なキャリアを築いていくのは周知のとおりです。
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2009/11/30 | 投稿者: pdo

田中康夫訳のマイケルの自伝『ムーンウォーク』(河出書房新社)を一通り読んでみました。

原文とも読み比べてみても,おおむねよい翻訳だと思います。ただ,日本語では文章が軽い語り口調になっていることについては,好みの問題があるかもしれません。

もっとも,担当編集者のあとがきによれば,マイケルのインタビューをもとにしてライターが書いたものだということなので,語り口調も個人的にはアリだと思っています。

上記のことを前提に,いくつか誤訳を指摘させてもらいます。ニュアンスの問題ではなく,明らかな誤訳も含まれます。

まず日本語版(2009年11月初版)p179 

ところで,「シーズ・アウト・オブ・マイ・ライフ」には,とても多くの思いが詰まっています。

ですが,

原文は

But I got too wrapped up in "She's Out of My Life."

なので,

しかし,僕は「シーズ・アウト・オブ・マイ・ライフ」に没頭しすぎました。

でしょう。

少し意訳すれば,

しかし僕は,「シーズ…」の歌詞の世界に入り込みすぎました。

でしょうか。

この後,レコーディングで泣いてしまったという有名なエピソードが続きます。

ちなみに,この曲の意味についてマイケルが解説している文章(p178)は,

「シーズ・アウト・オブ・マイ・ライフ」は,僕を他人から隔てている壁は,一見,簡単に飛び越えられそうなくらい低いのに,自分の熱望していたものを見失った今も,その壁は依然として立っているんだということを歌った曲です。

と訳されています(下線部引用者)。

原文は,

"She's Out of My Life" is about knowing that the barriers that have separated me from others are temptingly low and seemingly easy to jump over and yet they remain standing while what I really desire disappears from my sight.

です(下線部引用者)。

下線部は「自分が本当に欲しているものが目の前から消えようとしているときに」とでもしたほうがより正確だと思います。

マイケルの言わんとしている意味を自分なりに解釈すると,文字通りのことなのですが,「僕はほかの人とは違う」という認識と,その認識のために他人といつも完全に打ち解けることができない,見えない壁をいつも感じている。そして,自分のもっとも愛する人との関係の中でも,その違和感をどうしても克服することができない。その結果,愛する人が自分から去ってしまうのを煩悶しながら孤独に嘆いている歌,ということです。

たしかに非常に重いテーマであり,マイケルの人生を象徴するような楽曲といえるかもしれません。

なお,この曲についての文章の最後のくだり,スタジオで泣いてしまったマイケルが,

後になって僕は弁解しましたが(p179)

の apologize は,「弁解した」よりは「謝った」と訳すほうが素直な気がします。

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