2021/6/4 | 投稿者: pdo

「抱擁家族」ってバンドがあるみたいだが、小島信夫の小説と関係あんのかな。ないことはないだろうと思うが。

二十世紀の魔術師と呼ばれるアルメニア人・Gの弟子として知られるロシア人・Pは、「どんなものでもよいから君が導師から学んでいる修練の具体的な成果を示してくれ」と頼まれたとき、それは〈不思議な自信〉を獲得したことかな、と答えた。

「それは普通の意味での自信ではないんだ。それどころかまったく逆で、むしろそれは自我、つまり、我々が普通に知っている自我〈セルフ〉というものが、重要なものではない、取るに足りないものだということへの確信なんだ。たとえば近年われわれの多くの友人に起こったような酷い惨事が起こっても、そのときそれに対処するのは〈私ではない〉、つまりこの普通の私ではなくて、その事態に対処できる私の中のもう一人の私なんだ。」

このことを、クリスチャンであれば〈神(イエス・キリスト)のご加護〉を感じていると表現するだろうし、仏教徒であれば如来の、新興宗教の信者であればその教祖様の、あるいは守護神の〈おかげ〉であると言うことだろう。Pは当時、自己想起という修練方法を基礎としたシステムを学んでいたから、〈私の中のもう一人の私〉と表現したに過ぎない。説明の仕方よりも、そういうものを実感しているかどうか、ということだ。

四半世紀前に働いていた職場に某新興宗教(ジーエルエー)の信者がいて、酒の飲み過ぎで肝硬変で死んだが、「生きているときに奴は、〈俺は・・・・先生に守られているから死なない〉なんて口癖のように言っていたんだがなあ、ヘッ!」と同僚の年輩職員が吐き捨てるように話していたのを思い出す。

ドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」の中で、年若い修道僧アレクセイ・カラマーゾフが初めて魂の歓喜を覚え、大地に接吻したのは、彼が崇敬するゾシマ長老の遺体が腐臭を発し、信者たちの顰蹙を買っていたときだった…

そういえば先日、携帯に着信履歴があり、留守電メモの音声を聞くと、かつてお世話になった方だった。この人とはもう十年以上会っていないが、その頃は美術の先生をしていて、あることをきっかけに親しくなり、彼の車に乗せてもらって滋賀まで行ったこともあるし、魔法関係の貴重な原書をいただいたこともあった。そんな彼が、折り入って相談があるというので、こちらからかけ直して聞くと、おおむね以下のようなことであった。

彼の知り合いが日本のプロモーター(?)と組んでイベントを開き、収益は折半で、という話だったのだが、終わっても「そんな話あったっけ?」とトボケられ、その話を聞いて同情した彼が連絡したら、「恐喝で訴える」などと言ってきたという。とりあえず本人と直接話をしたい、というと、どうするか本人に確認してみる、というところで終わった。

美術の先生をしていた頃はガタイがよく色黒で一見強面風にも見えたから、彼が乗り込んでいったとしたら相手方にとっては脅しに来たと受け取られることもありえるかもしれないと思った。

気になったのは、イベントのテーマが、「新型コロナワクチンは世界的な陰謀である」というようなことで、電話の最後に彼が「君はまさかワクチン打たないでしょ? 絶対打っちゃだめだよ」となど言ってきたことである。

その夜、彼が口にしたキーワードでネット検索して見たら、「ワクチンはナチスと同じ」とか「一瞬で不安が消える方法」とか「次元上昇ですべてがハッピー」などの主張をしており、スピリチュアル業界の教祖的存在である某夫妻の推薦も受けている人であることが判明したため、翌日電話で丁重に断りした。別に偏見を持っている訳じゃないが、どうしてもやりにくい部分はあるし、過去にもいくつか苦い経験をしたことがあるので。

振り返ると恥の多い人生を歩んできた。昔、アメリカの政治などに詳しいS・Tの本を結構読んでいて、彼の〈学問道場〉に入っていたのも今となっては黒歴史である。

彼は、2020年の米大統領選挙のときに、こんな文章を書いていた。

トランプ大統領は、現地時間で、2020年12月9日(木)あるいは10日(金)には、戒厳令を発動するだろう。憲法は一時的に停止され、欧米世界の共通の法理念である、人身保護律も停止される。トランプ大統領は、選挙のやり直しを含めて、憲法体制を守るための必要な全ての強制措置を執る。具体的には、連邦軍および州兵の部隊が、装甲車の車列を連ねて、首都ワシントンで、戒厳令に従い、中央官庁街とFRB(中央銀行)と、放送局や新聞社を制圧するだろう。戦車隊が街路に出ることはまだない。その他、必要な施設を軍隊が、接収、占拠する。あるいは、ニューヨークの中心部のCNN を初めとする政府転覆のクーデターを仕掛けた、ネットワークの放送局と、NYのニューヨーク・タイムズ紙や、Wapo ワシントンポスト紙の本社にも軍隊がはいって支配下におくだろう。 
私は、米軍どうしが、米本土の中で軍事衝突して、最低500人ぐらい死なないと、今回の、「アメリカの第2次の独立革命戦争(インデペンデント・レヴオルーション・ウォー)」は、済まないと思う。この時、トランプ派の国民も決起する。何の装備も無くても、トランプ派の民衆が、それぞれの州の庁舎とかになだれ込んで、今や、犯罪者である不正選挙を自ら実行した、州知事や、州務長官を拘束してもよいと思う。
トランプは、この戦いに勝ったら、第7代大統領ヘンリー・ジャクソンの再来という評価を得るだろう。…今回のアメリカで起きた大事件、騒乱は、世界史の転換となる、重要な革命である。
すでにCIAの幹部たちは拘束されている。今回の選挙犯罪を実行した、CIAの高官たち数百人は、キューバにあるグアンタナモ連邦刑務所の米軍施設で、厳しい尋問を受けている。…ジーナ・ハスペルCIA長官(女性)は、軽い怪我をしたが拘束された。そしてグアンタナモ基地に搬送された。そこで厳しい尋問を受けて、すべてを白状させられたあと、ワシントンに戻されて、今も拘束されている。もうすぐ、解任される。ミラー国防長官は、ハスペルたちの動きを、すべて通信傍受して、知っていたのだ。それが、国家に危害を加える者たちへの、対テロ活動そのものだからだ。FBI長官のクリストファー・レイの行方が分からないが、同じように、特殊部隊に拘束されているだろう。オバマ元大統領も居住地のシカゴで監視下に置かれている。バイデンは、右足につけているふくらみは、犯罪容疑者の逃亡防止のためのアンクレットである。GPSで監視されている。…FBIと司法省(最高検察庁でもある)の高官たちで、選挙犯罪に加担した者たちも、もうすぐ同じように拘束されて、裁判を受けて、刑務所送りだ。この中央官庁の公務員の犯罪者の数は、おそらく、合計で10万人になるだろう。…日本人で、同じように、この悪魔教の秘密結社に入っていて、あれこれの犯罪に加わっている者たちが、1万人ぐらいいる、と言われてる。この者たちの逮捕、拘束も、国境を越えて実行されなければいけない。…これらの悪魔のカルトの秘密結社に入っていた者たちは、今度こそ徹底的に処罰され、それら悪魔教(サタニズム)の、エリートたちの秘密結社は、完全に解体されなければいけない。今度こそ、だ。人類への罪として。このことでは、ベンジャミン・フルフォード氏が、私たち日本人に、ずっと教えてくれていたことが大きく正しかった。私たちは、彼に、深く感謝しなければいけない。
ここで、人類史は、本当にひさしぶりに、正義が勝つ、という戦いに、勝ちそうだ。私、S・Tの人生は、政治、言論運動では、いつもいつも 負けばかりを経験して、苦闘の退却戦の連続だった。本当にひさしぶりの味方勢力の勝利である。しかも、それが、世界覇権国であるアメリカ帝国の本国、本拠地、本丸で起きた。私は、この日を待ち焦がれてきた。そのように、私は自分の過去の本立ちに書いた。この第2次 アメリカ独立革命戦争に、付き合うことが出来て、私は、自分に僥倖(ぎょうこう)が訪れたのだ。トランプ革命、万歳!共和国(王様のいない国)、元祖デモクラシーの国、アメリカ、万歳 !


もう十年以上前のこととはいえ、このような発言をすることになり果てた人間を一時でも信用する気になっていた自分の愚かさを深く恥じる。もちろん彼の本(直筆のサイン入り本多数含む)は全部捨てた。この人物についてはもう何も知りたくないし知ろうとも思わない。万が一彼がエゴサするか誰かに教唆されるかしてこの記事に文句を言ってきたら、関りになるのも面倒なので即刻消すつもり。
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2021/6/3 | 投稿者: pdo

『小島信夫の文法』(青木健著、2017年、水声社)という本を借りて読む。

著者は、一時期小島信夫の編集者として接し、後に「小島信夫賞」の運営や選考にも係わり、「小島さんの10年余りの晩年、近くで濃密な時間を過ご」した。詩人で作家でもある。2019年に亡くなったようだ。

冒頭に〈『抱擁家族』をめぐって〉という読解の章があり、これが大変面白かった。

面白い小説というのは、その評論を読むのもまた楽しいものだが、『抱擁家族』という小説の面白さが、その愛読者と一緒に追体験できるような、幸福な感覚を味わうことが出来る。

作品と作家に対する愛が感じられるから、読んでいて泣けてくるし、もちろん大いに笑えもする。

第二章と第三章は、著者が1995年から2017年までに新聞や文芸誌等に発表したエッセイ。小島信夫の近くで接した著者ならではの貴重なエピソードを知ることが出来る。

特に、小島が一度「僕は『抱擁家族』を書いてから、あのような小説が書けなくなった」と
苦しそうに打ち明けたというエピソードが印象に残った。

確かに、完成度において、小島小説のピークはやはり『抱擁家族』だと思うし、後期の実験的な諸作品も凄いし老境私小説も味わい深いものではあるが、『抱擁家族』のような世界基準まで達しているかというと疑問が残るところだろう。しかし小島が最後まで小説の可能性について探求し考え抜いていたことは間違いない。

この本で凄いのは第四章の〈四十年後の『抱擁家族』〉という対談で、2004年に行われたものというから、『各務原・名古屋・国立』のあと、『残光』の前だ。

青木は、『各務原・名古屋・国立』という小説は、2001年9月11日の世界貿易センタービルへのテロ攻撃事件の場面で終了しているが、その後のことについて書くべきではないか、と小島に促し、書けない理由は何か、と鋭く迫っている。

小島の家庭事情をよく知る青木ならではの追及がリアルで、小島も青木には隠し事はできないといった感じで、痴呆症の進む妻(愛子)との生活を援助するために実家に戻った娘とその夫が、小島夫婦と親しく付き合い、そのプライベートにも入り込んで面倒をみてきた知人の仕事関係者らに反発を示す様子や、娘と愛子との確執の実態まで明け透けに語られせられる羽目に陥っている。「書いても誰も得をしないから書けない」という私小説ならではの切羽詰まった状況が明らかにされる。
 
結局、2006年に『残光』は発表されたのだが、そこでは既に愛子は施設に入っている。愛子が施設に入った経緯については、『うるわしき日々』で長男がアルコール中毒者のための病院に入った場面のように描写されることはなかった。そこにはやはり「誰も得をしない」事情があったのか、他に書けなかった理由があったのか。

青木健は小島の密葬にも参加し、保坂和志らと骨を拾っている。小島が2006年6月に倒れる直前にも岐阜の「小島信夫文学賞」の授賞式で行動を共にしていた。

小島信夫ファンにとっては必読の書であると思われる。
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2021/6/2 | 投稿者: pdo

物心ついたときから、死後の世界があるのかどうかが気になって仕方がなかった。

もし死んで何もなくなるのなら、生きている間に何をしようが「後は野となれ山となれ」で一向構わないということになるし、宗教のいうように天国と地獄というものがあって、善いことをすれば天国に行けるが悪いことをしたら地獄に行って舌を抜かれたり火に焼かれたり散々な報いを受けるのなら、悪いことはしない方がよいということになる。

本当はそんな風に割り切った考えはできないと後になればわかるのだが、子供の時分は単純にそう考えていた。

学校の図書室のようなところにあった『私は見た 死後の世界』という本の表紙を見て興味津々だったが中身は読まなかったのはその勇気がなかったせいだろう。

そんな疑問を抱えたまま、大学生になり、それまで押さえつけていた疑問を、どうしても解決したくなった。手始めに、色々な本を読み漁った。

俳優の丹波哲郎も、若い頃に同じようなことで宗教書を読み漁っている内に、死後の世界を確信するようになり、やがて、よく知られているように、「大霊界」などの映画を作ったり、普及啓蒙活動をライフワークとした。

僕がスエーデンボルグやシュタイナーの名前を知ったのは、丹波哲郎の本を本屋で立ち読みしたことがきっかけになっている。そういう意味では、僕は彼の啓蒙活動に影響を与えられた一人である。

同じ高校出身で、大学で上京した同級生(今は島根の方で弁護士をしている)の下宿先に遊びに行ったとき、四方山話の最中にいきなり「お前は死後の世界を信じるか」と真顔で尋ねられたことがあった。

その頃にはそういうものはあると思っていたのでそう答えると、「僕は頭ではあるような気がするのだが、心から信じることが出来ない」といった。彼のいう意味はよく分かった。そのときに何と答えたかは覚えていない。

そのときの自分は「死後の世界を信じるか」と聞かれたら、表面では何というかは別として、本音では「信じる」と答えただろう。

今の自分は、本心から「分からない」と答える。ただしその顔はニヤついている。

「孔子は、生きることも知らないのに死んだ後のことなど知るわけがない、と言ったのではなかったか?」

「そもそも、生きているとはどういうことなのか?」

「だって、今だって、死んでいるようなものではないか?」

そうやって哲学めいた方へ話を持って行こうとするだろう。

子どもは単純だから、そんなことを言われても途方に暮れるばかりだ。

ジャーナリストの立花隆(NHK党の人では無い)が、一時そういう方面に関心を寄せていて、『臨死体験』などの本を書いた。ちょうどそのときにオウム真理教の事件が起きて、オカルトや精神世界っぽいことを扱うのがタブーになるような空気があって、一時期しきりにスペシャル番組などがあったギボアイコやサイババなどの番組もいっぺんに消えた。

それから何年か後になって、美輪明宏や江原氏がテレビでオーラとか霊界とか守護霊の話をするようになり、ブームのようなことにもなったが、そういうものは放送倫理基準に違反するとかいうことになって、まったく放送されなくなっているようだ。

今の若い人たちは、「死んだらどうなる?」という疑問をどう処理しているのだろう。

それとも、そういう番組やら本やらは僕が気づいていないだけで、今もけっこうあるのだろうか。

それとも、「死後の世界」について、ネットから情報を得ているのだろうか。


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2021/6/1 | 投稿者: pdo

自分が大学に入学して東京に来た頃はバブルが弾ける前の最高の勢いにあったころで、出版業界もバブルだったのか、今なら出せないような様々な本があった気がする。

別冊宝島に「精神世界を読む」という特集号があって、本場からほとんど二十年遅れのニューエイジ思想の邦訳本がたくさん紹介されていた。

東京に来て自閉的な生活に行き詰って頭がちょっと変になり精神世界にハマろうとしていた自分はそれに載っている類の本を片っ端から読み漁ろうと意気込んだ。

その中にはオウム真理教の種本になったようなものがたくさん含まれていたが、自分は知り合いにオウム信者がいたが「自分はその原典に直接当たっているのだ」という変な優越意識があってオウムやその他の新興宗教に入っていく人たちをバカにしているような鼻持ちならない人間であった。

同時代の小説などにもまったく関心がなく、村上春樹や吉本ばななを読むような人たちをバカに仕切っていた。鼻持ちならない底意地の悪い人間であった。

バブル景気に乗って社会的成功を目指すような生き方を心底軽蔑しきっていて、そういう社会で成功する代わりに精神世界で真の人生の勝利者となるのだ、といったような、新興宗教の若い入信者にありがちな腐ったメンタリティの持ち主であった。

家のパソコンの調子が余りにも悪いのでここまで。続きは明日。
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2021/5/31 | 投稿者: pdo

小島信夫の『暮坂』収録の短編「聖骨」などの中に、整体治療のようなことをやっている新興宗教のような団体Zとその指導者であるZ師のことが出てくるが、今はネット社会なのでちょっとキーワードをかけて検索すれば、それがMRT治良というものであることなどが分かる。この小説が書かれたのは1993年頃だが、今でも活発な活動は続いているようである。

別にだからどうということもないのだが、この頃の小島信夫は、家庭問題に悩む妻と一緒に別の宗教団体の集会にも出席していて、「湖の中の小さな島」などの短編にその様子が出て来る。普通隠しておきたくなるような事実だと思うが、こういうことをあけすけに書けるというのもさすがという気がする。

彼に比べれば、大江健三郎や他の作家は、かなりのことを隠していると思う。

しかし考えれてみればむしろそっちのほうが正常であり、自分の考えや生活について小島信夫のように明け透けに書けてしまうというのは、ちょっと頭のネジが飛んでいるのでは、と思われても仕方のないレベルである。

つまり小島信夫を読み過ぎると色々な意味で正常性を失う恐れがあるので決しておすすめしません。
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