2021/10/18 | 投稿者: pdo

昨日の記事を書いた時にはまだ読んでいなくて、今朝図書館でロッキング・オン最新号に載っている松村雄策「Stii Alive And...」を読んだ。

短いエッセイなのに全部読み切るのに心の準備も含めて一時間くらいかかった。

かなりショッキングな内容なのだが、いつもの調子で淡々と綴られる文章に凄みを感じる。

一九七二年、二十一歳のときに、「ロッキング・オン」の創刊に参加した。現在二〇二一年、七十歳になって、これからどうなるのかまったく分からない。あと一年でも二年でも、生きていくつもりでいる。しかし、これだけは分らない。

「ロッキング・オン」を読みはじめたのは八十年代からなので、七十年代の松村雄策の文章は、「アビイ・ロードからの裏通り」のような単行本で読んだ。

渋谷陽一や岩谷宏のような攻撃的で鋭い文章ではなく、むしろ淡々とした素朴な文章なのだが、その底にはとても熱くてずっしりしたものが隠されている、静かな迫力を感じた。

松村雄策といえば、とにかくビートルズである。ビートルズで人生を変えられてしまった、世界中に何十万といる若者たちの日本代表のような存在である。

僕は解散から十年以上遅れて来たビートルズファンのくせに、自分が世界で一番彼らのことを理解していると思っていた。何なら「ビートルズとは、僕だ」くらいに思っていた。そんなファンは世界にゴマンといるはずだ。

そんな自分も、松村雄策の前には首を垂れて聞き入るしかない雰囲気があった。彼がビートルズについて言うことなら間違っていても受け入れるしかないくらいに思っていた(別に間違ったことなど言っていなかったと思うが)。

松村雄策に、「本当にロックを聴いていいのは、俺のように不幸で貧乏な家庭で育った奴らだけだ。幸せな家庭で育ち、大学を出たような奴らにロックについて語ってほしくない」と言われれば、そうかもしれないな、と思った。だからといってロックを聴くのを止めることはなかったけれど、人前でロックのことを語る資格はないと思い止めた。

学校でロックについて話の出来る友人は誰もいなかった。僕がロック評論家(?)になる夢すら持たなかったのは、松村雄策や、当時「ロッキング・オン」に投稿していた凄い人たちにはとてもかなわないと思っていたからだ。

松村雄策はドアーズについてもたくさん書いている。僕もビートルズと同じくらいドアーズが好きだった。高校の卒業文集には青臭くドアーズの歌詞を引用したりもした。

1987年に出た「苺畑の午前5時」という小説も発売と同時に買って読んだ。いい小説だった。でもその後にはあまり小説は書いていないようだ。彼の本領はやはりエッセイ、それも音楽愛に満ちたエッセイの分野で発揮されるものだったようだ。

有名な「渋松対談」は雑誌では愛読していたが単行本になったのは読んでいない。

今必死にこんなことを書いているのは、彼の今月号の文章を読んで、まだ心がザワついて落ち着かないためである。あの松村雄策ですら、これを書くのに一年かかったのだ。

長年の読者に対して、できるだけシリアスになりすぎないよう、〈親愛をこめて〉語りかけるのに、それだけの時間が必要だったのだろう。

もう思い切って恥も忘れて書くが、松村雄策少年にとって、ビートルズを愛することは世界を愛し肯定することだったのだろう。ビートルズ以上にリアルで、〈本当のこと〉を表現している人間はほかにはいなかった。

世の中がどんなにヘヴィでどうしようもないものでも、ここに本物が、輝きがある。ビートルズの音楽だけでなく、それを愛する人の表現のなかにもそれは宿っている。松村雄策は一生を賭けてそのことを伝えてくれてきた。

このエッセイは、「長年の読者に病状を伝えたいと思った。今迄、ありがとうございました」と締め括られている。ただし、もうすぐ発表される『レット・イット・ビー』の新しいヴァージョンを見なければ、死ぬに死ねないと。

その新ヴァージョン(57曲入りスペシャル・エディション)は、10月15日に発売されたようだ。松村雄策は聴けた(見れた)だろうか。

その感想を是非聞きたい。

0




AutoPage最新お知らせ