2021/7/21 | 投稿者: pdo

『抱擁家族』の記事をいったん中止して、何がいいたいかというと、

小島信夫って怖い作家だ、ということだ。

別に猟奇趣味とかゴシップネタとか好奇心とか非難とかいうことではまったくなしに、世の中には、暴力的な意味ではなく、「こわい人」というのがいる。

その人の周囲では必ず何かが起こるというか、何か事件や事故を引き寄せてしまうというような、ある種の〈磁場〉を持っている人というのがいる。

評論家(英文学者)の阿部公彦は、こんなことを書いている。

最後に怖いことを書こう。小島信夫の担当をしていた編集者があることを言った。…

「小島さんはものすごく磁場が強い人だ。まわりにいる人がみんなおかしくなってしまう。磁石のせいで、時計が狂ってしまうみたいだ」。

なるほど、磁石に引っ張られるようにして読んでしまうのだ。だから、こっちの時計が狂ってしまう。
(阿部公彦「『寓話』について書くか、書かないか。」より)


以前にも書いたが、小島信夫の小説「別れる理由」を論じた「『別れる理由』が気になって」を書いた坪内祐三は、この記事を雑誌に連載している時期に、メンタル的に相当きつかったと書いており、そのようすを傍から見ていた奥さんの手記が最近の文芸誌に載っているのを読んだが、やはり相当精神的に追い込まれたようだ。それはこの小説の持つ〈磁場〉に巻き込まれたことが原因であるように仄めかされている。

いや、小島信夫の小説を読むと精神的におかしくなるから危険だ、というようなことがいいたいわけではない。夢野久作の「ドグラ・マグラ」という小説をめぐって、読んだら発狂する、というような迷信のようなものが流行ったことがあるが、そういうことがいいたいわけでもない。

僕も小島信夫の小説に出会った先々月あたりから、いつのまにか小島信夫の〈磁場〉に取り込まれてしまって、気がつくと『抱擁家族』を全文写経したり、このブログに延々と『抱擁家族』についての記事を書きつづけたりしている。

小島信夫は、1915年(大正四年)2月28日、父捨次郎、 母はつ乃の次男として岐阜県稲葉郡加納町大字東加納(現岐阜市加納安良)に生まれた。父は仏壇師。兄一人、姉四人、弟一人の七人兄弟。

15歳のとき、四姉が二十歳で亡くなった。
19歳のとき、父が72歳で亡くなる。
21歳のとき、兄が24歳で亡くなる。
23歳のとき、緒方キヨと結婚する。
24歳のとき、二姉が38歳で亡くなる。
27歳で徴兵され、北京で暗号兵として活動する。その際にひとり転属となった原隊はレイテ島へ転進し全滅する。
30歳で北京で敗戦を迎え、領事館や司令部で渉外事務に携わる。この年、三姉が40歳で亡くなる。
31歳、佐世保で復員。この年、異母姉が49歳で亡くなる。
34歳、母が71歳で亡くなる。都立小石川高校で英語教師をする。
39歳、明治大学工学部助教授となる。「アメリカン・スクール」など発表。翌年芥川賞。
43歳、長姉が59歳で亡くなる。
46歳 妻キヨ乳がんの手術を受ける。翌年再発。
48歳、妻の乳がんが肺に転移。11月17日、妻キヨが53歳で亡くなる。
49歳、6月、浅森愛子と結婚。
55歳、弟日出夫が49歳で亡くなる。

と、55歳までに父母兄弟を全て喪った。妻も喪い、そのことが『抱擁家族』に書かれている。このこと自体に何か特別な意味を見出そうとは思わない。

しかし、息子がアルコール中毒からのコルサコフ氏病によって記憶を失い、再婚した愛子夫人が健忘症で記憶を失っていく様子が描かれた作品を読んでいると、小島信夫という作家個人の放つ強力な〈磁場〉のようなものを感じざるを得ないのである。

漫画家では、水木しげるという妖怪のような人がいたが、小島信夫もまた違う意味での妖怪のような人、という感じがする。分りにくいが、それだけに一層微妙で強力な妖気。

幽霊やらオカルトといった意味での怪しさではなく、もっとメンタルな次元での〈狂った磁場〉をもつ、異質な存在。それは初めて読んだ時から感じていたものだが、この1,2か月、彼の小説や評論に触れ続けているうちに、確信へと変った。ということはおれも狂わされたということだ。
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