2021/7/15 | 投稿者: pdo

 花瓶に花をさしたあと、俊介は、時子の視線が、とりすましてそばに立っているジョージの胸のあたりに、向けられているのに気がついた。
「あのネクタイは、なかなかいいね」
 と俊介は時子にささやいた。
「ネクタイ?」時子の顔は染まった。「あんなもの、大したことはないわよ」
「そんなことないよ。なかなかいいよ」
 とくりかえした。そのときふいに俊介は、あれは時子が買ってやったものではないか、と思った。身の回りの物は、何一つ自分で買ったことがなく、すべて妻に任せきりであった俊介は、茫然とした。
 時子がトイレを探していた。たしか廊下の先にあった、と俊介はいった。先に立って歩きだした。病院の長い廊下のどこにあるのか分らないので、俊介は廊下を見ながら移動し、ときどきあとからついてくる彼女をふりかえった。十メートルくらい間があったのだが、二十メートルぐらいになった。彼女はゆっくりと歩いていて前方の自分の夫に無関心をよそおっているように見えた。時々廊下の窓から外を見たりしている。彼は病院へ入ったとき、入口のあたりにたしかトイレのあるのを見た記憶があったが、玄関近くにまでやってきたとき、紳士用のしか見当らなかった。あわてた俊介は、そのことを時子に告げて、走るようにして受付のアメリカ人に婦人用のはどこにあるのか、ときいた。指された方を見ると紳士用のトイレの隣りにあった。その時までに彼女は彼のそばにきていた。見て見ぬふりをしながら、彼女は彼が受付へ走ってたずねる姿を見ていたにちがいない。彼がここにあったという前に、時子はそばへやってきた彼の手を強くはたき、怒った顔付でトイレに入っていった。受付のアメリカ人が眺めていた。俊介は、もう出てくる、もう出てくる、と思いながら妻を待っていた。時子が出てくると、彼は何メートルか先をまた逆に歩き出した。
 二、三日後、夜おそく俊介の部屋に電話がかかった。ジョージからなので、彼が応答していると、となりの部屋に寝ていた時子が、とんできた。はげしいいきおいで、受話器をとりあげ、部屋の外に向って、
「良一、良一」
 と呼んだ。俊介の方を向きなおると、つりあがった眼をして、
「これは、良一のところへかかってくることになっていたのよ。さあ、しばらく待つようにいってちょうだい」
「だって、僕が出たっていいじゃないか」
「あんたは、そんなことにこだわることないのよ」
 その剣幕におそれて、俊介がいわれた通りにすると、妻は電話を別の部屋に切りかえた。大した電話ではなさそうなのに、何をいきりたつのだろうか。明日からまた外へ仕事しに行こうというのに。


 ここで、第一章の前のプロローグとでもいうべき部分が終る。

 俊介の、今の家庭に対する違和感と、その根本原因に気づかないままの哀れで〈イタい〉振舞いが過不足なく描かれている。

 ここまでの描写で、もう時子とジョージとの怪しい関係はふんだんに暗示されている。

 面白いのが、病院で時子がトイレを探すときの描写で、時子は俊介からやけに距離を取って歩き、夫に無関心をよそおっているように振舞う。似たような描写は、後に別の場面でも出てくる。それは、時子が入院して、良一が見舞うときの場面である。

 時子は、外では俊介や良一が家族であることを周囲に知られたくないような振舞いをする。これは彼らに感情的な反発を覚えているためというより、元来そういう性質で、「外では自由に振舞いたい」欲求の現れともいえる。もちろん、俊介との場合は、別の理由もある。

 ここで俊介が婦人用のトイレがどこにあるのかをあわてて受付に訊ねたりして、時子がそれを苦々しく思って、時子のそばへやってきた俊介の手を強くはたく。この場面の細かい描写など、いかにも小島信夫らしい。

 そして、

 俊介は、もう出てくる、もう出てくる、と思いながら妻を待っていた。

 という一文が、『抱擁家族』の文体であり、小島信夫の文体(スタイル)である。

 俊介は、時子がトイレから出てくるのをじっと待っている。それを描写するのに、「もう出てくる、もう出てくる」と思いながら待つ、と書くのは、ありそうでない。この書き方は、俊介のキャラクターにもぴったり合っている。こういうところが『抱擁家族』に病みつきになるポイントである。

 ジョージから夜中に電話があり、俊介が取ると、時子が走ってきて、おそろしい剣幕で俊介の手から受話器をむしり取る。

 事ここに至っても俊介は、


 大した電話ではなさそうなのに、何をいきりたつのだろうか。明日からまた外へ仕事しに行こうというのに。

 などと呑気に考えている。というところで、いよいよ第一章に入る。
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