2021/7/11 | 投稿者: pdo


 はじめて時子と知り合った頃、時子はチャールストンを下宿の畳の上で、俊介にやってみせたことがあった。俊介はそれを思いだしながら、外人の踊るのを、つったって眺めていた。もともとあのヘンリーに遊びにくるようにいったのであった。それなのにこの青年がくるようになった。この男が家へきはじめてから一ヵ月になるが、いつまで続けて来るつもりだろうか。
「あら、上手だわ」と妻がいって、立ちあがった。「さあさあ、御馳走しましょう。あなたがせんだって作ってくれたスクランブルをしたげましょう」 
 俊介がそれをジョージに通訳をした。
 妻が後姿を見せて調理台に立っているのを、ジョージの視線が追う度に、いっしょになって視線を送った。俊介は自分のさわぐ心をおさえた。
 ホイットマンを知っているか、自分はハイ・スクールで習ったことがある、とジョージがいった。
 ジョージはジェスチャーをまじえながら片言でいった。

 わたくし、あなた、トモダチ、なります。
 わたし、あなた、さがしていた。
 いっしょ、話す、食べる、寝る。

「ああ、“To A Stranger”という詩だな」
「そう、そうです」
 とジョージがこたえた。
 その英文の原詩を俊介が時子にきかせた。時子はそれにうなずきさえしなかった。


時子は、初めて知り合った男の前で、下宿の畳の上でチャールストンを踊って見せるような女であった。ちなみに、小島信夫が妻となる緒方キヨと知り合ったのは昭和十二年、二十二歳のときのことであり、翌昭和十三年、二十三歳で学生結婚している。長男誕生は昭和十七年で、この年信夫は徴兵のため夫婦は別居を余儀なくされた。戦後復員して四歳の息子と妻に再会した時の様子は『微笑』という短編に描かれている。

小説から脱線したが、ジョージはこの家にもう一か月も住みついていることがわかる。俊介はジョージが妻の後姿に視線を送るのを意識し、心がさわいでいる。

ジョージはホイットマンの詩を片言の日本語に訳して俊介に話しかける。

俊介は英文学の専門だから、原詩についてはジョージより造詣が深い。俊介が時子に原詩をきかせると、時子はそれに何の反応も示さない。明らかに時子の好意はジョージに寄せられていて、夫の俊介はまるで厄介者扱いである。

参考までに、ホイットマンの原詩を下に掲げる。

To a Stranger / Walt Whitman

Passing stranger! you do not know how longingly I look upon you,
You must be he I was seeking, or she I was seeking, (it comes to me as of a dream,)
I have somewhere surely lived a life of joy with you,
All is recall’d as we flit by each other, fluid, affectionate, chaste, matured,
You grew up with me, were a boy with me or a girl with me,
I ate with you and slept with you, your body has become not yours only nor left my body mine only,
You give me the pleasure of your eyes, face, flesh, as we pass, you take of my beard, breast, hands, in return,
I am not to speak to you, I am to think of you when I sit alone or wake at night alone,
I am to wait, I do not doubt I am to meet you again,
I am to see to it that I do not lose you.


見も知らぬ人に

行きずりに遇ふ見も知らぬ人よ! どれ程慕はしげに私があなたを見てゐるかを
あなたは知るまい,
あなたこそ私が求めてゐた彼れであり,
求めてゐた彼女であるのに違ひない
(さうした考へが夢のやうに私には起る)
私は確 かにどこかであなたと歓びの生を生きたのだ,

お互いが,こだはりなく,愛情に満ちて,
清浄に,熟し切ってふと行きちがった時,
凡ては思ひ出される,
あなたは, 私と一緒に生長した私の少年であり,
私の愛人であったのだ,

私はあなたと共に食ひ,共に眠り,―
あなたの肉体はあなたのみのものでなくなり,
又私の肉体は私のみのものでなくなったのだ,
あなたは,あなたの眼,肉のよろこびを
お互が行きあふ時に私に与へる―
あなたもその代り,私の嶺,胸,手から取り収める,
私はあなたに物をいひかけることは出来ない―
然し私が独りで坐ってゐる時,
又は自分だけ夜眼覚めた時,
あなたを考へることが出来るのだ,
私は待ってゐなければならない― 私は屹度又あなたに遇ふことを疑はない,
だからあなたを見失ってしまはないやうに,
私は気をつけよう、

有島武郎訳

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2021/7/11 | 投稿者: pdo

What a lovely lady (baby, maybe?) !

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