2021/7/10 | 投稿者: pdo

「だって、ねえ、みちよさん、アメリカでは妻が家の中の責任をもつんでしょ」
「それは、そうですわ。その代り、ちゃんとしたときにはきっとだんなさまにうんと可愛がってもらうんですわよ」
 時子は、「ふん」といった表情をした。
 俊介より、そう背も高くない、アメリカ人の二十三になる兵隊は、ストーブの入っているうすら寒い季節なのにランニング・シャツ一枚で台所へ姿を見せた。薄茶色の髪の毛をGI刈にしているので、小さい頭がよけい小さく見える。緑色の眼をすぼめると、何かヒョウキンなことをするという合図だ。腕は太くて、生毛(うぶげ)が光って見え、全体が柔らかくて、家の中で見るアメリカ人としては、あまり抵抗をかんじなかった。
 みちよが妻にいった。
「この坊やは、クリスマスにこの家へきたいばっかりに、つい休みを一日まちがえて、営倉に入ったんですからね」
「気に入ったのかしら」
「当り前ですよ。日本のちゃんとした家庭で歓待されるんですからね。ケチなくせに、お宅へは色々な物を土産にもってきますでしょ」
「ケチなんかじゃないわよ」
 時子は俊介より二つ年上の大柄な女だった。いつ買ったのか、男物のピンクのセーターを着こんでいた。彼女はジョージのウィンクにこたえた。ウィンクするところをみると、自分が話題になっていることを、この男は知っているのだ。
「坊や、チャールストンをやって見せなさい」
 とみちよがいった。
 みちよの妹が、ジョージの後見人みたいな恰好になっている老外人ヘンリーのオンリイをしている。
「ノウ。アイ、アム、ハングリー」
「バカね、坊やは。食気(くいっけ)のことじゃないわよ。チャールストンよ。さあ、やりなさい! もったいぶるんじゃないよ」
 台所の板の間で、ジョージは巧みに踊りだした。


この部分では、事実関係としてかなりいろいろなことが明らかにされている。

二十三歳のアメリカ人の兵隊、ジョージは、みちよの妹の愛人(オンリイ)であるヘンリーの舎弟のような若者である。「全体が柔らかくて、家の中で見るアメリカ人としては、あまり抵抗をかんじなかった」という。『男流文学論』の中では、「わりと無教養なアメリカ人のイメージ。家政婦のみちよが『坊や』と呼ぶのにふさわしいような。この俊介が日本の知識人だとしたら、とてもそれと比肩しようもないような無知無教養な、単なるヤングアメリカン」と上野がいっている。

時子は俊介より二つ年上の大柄な女だった、とここで書かれている。時子が俊介を小ばかにしていることに何となく納得がいく。時子はジョージのウィンクにこたえたりしている。

なんといっても場を支配しているのはみちよである。ジョージを「坊や」と呼び、「バカね、坊やは。食気(くいっけ)のことじゃないわよ。チャールストンよ。さあ、やりなさい! もったいぶるんじゃないよ」と奴隷を扱うような口の利き方である。

時代背景からすると、アメリカ人が日本人にこういう口の利き方をするほうがむしろ自然に思えるが、ここでは立場が逆転している。

ジョージはみちよに命令されて、チャールストンを台所の板の間で巧みに踊り始める。

これも、どうも気持ちの悪い奇妙な風景である。滑稽ではあるが、素直に笑えない。何か不自然な、そこはかとないモラルハザードのような不健全な匂いがする。

「この家が汚れている」という俊介の感想を裏付けるような場面である。
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