2021/7/9 | 投稿者: pdo

前回のつづき。太字は引用者による。

「おい、時子、この前の旅行にいく話はどうなんだい。いっしょに行かないか」 
 時子は、俊介から視線をそらした。そしてみちよに話しかけた。
「みちよさん、この人は私を連れて行くというんですよ。珍しいこと」
 それから時子はふりきるようにいった。
「誰が行くもんですか。この人と二人きりになったって、ちっとも面白くないわよ」
「奥さま、行ってらっしゃいませよ。私なんか主人がいないから羨ましいですわ。
中年の夫婦の旅行はいいものですわよ」
 とみちよが甘えたようにいった。その中年女の声を聞くと、また俊介はこの家が汚れる、と思った。
「二泊ばかりだよ。講演が終わったら、二人きりになれるんだ」
「いやよ。この人は、アメリカへ行くとき、ちゃんと奥さんを連れてこいというのに、ひとりで行ったのよ」
 みちよは時子のその言葉をそ知らぬ顔をしてきき流して、いった。
「でも、私ならこうして誘われたら、ハイといっていっしょに行きますわ」 
 けたたましく妻の時子は笑いだした。
「それより、こんど車を買ったら、自分で運転して、みんなをのせて、私が連れてってあげるわよ」
「ああ、車の旅行も面白かろうな」
 俊介はそういって、バツをあわせた。
「あんたは留守番よ。ジョージとみちよさんと、良一とノリ子とで、車はいっぱいだわよ」
「ジョージは、もう起きる頃だな」
 と俊介はいった。
「そんなこと、あんたが気にすることはないわよ。あの人は、私がみちよさんに頼んで、子供の相手に連れてきて貰ったんだから」
「それは、そうだが」
 俊介は、苦笑した。
「僕はこの家の主人だし、僕は一種の責任者だからな」
とてれながら、俊介はいった


「みちよが来てから、この家は汚れている」と感じている俊介が、妻の時子に話しかける。旅行の話をして、きげんをとろうとしている。

しかし時子は、俊介と眼を合わせようともせず、みちよにむかって話しかける。

みちよは、俊介の提案に賛成するようなことを言いながら、時子に調子を合わせている。
それを聞いて、ますますこの家が汚れるのを感じ、俊介は不快になる。

時子は、俊介がアメリカに行くのに時子を連れて行かなかったことを根に持っているというようなことをいう。

俊介は不快に感じながらも、時子が車を運転して旅行したいというのにバツを合わせる。

妻の時子に小馬鹿にされ、せせら笑われる俊介のみじめな姿があらわになる。

自分からジョージのことを話題にする。ジョージはこの家に居ついているアメリカ人で、この小説の重要人物の一人である。

「僕はこの家の主人だし、僕は一種の責任者だからな」とてれながら、俊介はいう。

俊介は何にてれているのか。なぜ「てれたように」と書かないのだろうか。

俊介は、自分がこの家の主人で、責任者であると本当には感じていない。そうあらねばならない、とは思っているが、そうできているとは思えていない。だから「てれる」のだろう。

この「てれながら」という語句に、俊介の悲哀と滑稽さと惨めさが込められている。

いってみれば、場違いな表現であり、僕は不勉強にも過去に小説の中でこういう表現に出会ったことがなかった。

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