2021/6/7 | 投稿者: pdo

小島信夫の『漱石を読む』という辞典のようにぶ厚い評論集(水声社)を読むために漱石の『明暗』を読み返し、さらに水村美苗『続明暗』というのも読む。

『続明暗』は、『明暗』の伏線をすべてきれいに回収するような形で、物語をうまくまとめてある。著者自身が「批判を覚悟して書いた」と述べるとおり、漱石の作品の〈つづき〉を書くというのは勇気のいる企てである。だがこの『続明暗』を読んで、これはこれで立派な作品だと認めない者はほとんどいないだろう。そのくらい上手く書かれている。仮に漱石が死んだ後で、これが残された原稿であると称して新聞連載を続けたとしても誰も気づかないのではないか、という位に漱石の文体もうまく模倣してある。

もちろん、穿った目で見れば、登場人物の扱い方などについて、ケチのつけ所というか若干の不満がないわけではない。個人的には、お延が温泉旅館に津田を追いかけていき、津田と清子が滝の傍で立ち話しているところに出くわすまではよかったが、そこからお延と清子の〈女の対決〉が是非見てみたい気がするし、津田と、清子の夫である関の〈対決〉も見たい気がする。それから吉川夫人が本当のところで何を考えていたのかを知りたい気がする。漱石作品の中でドストエフスキー的な雰囲気を最も湛えた人物である小林の言葉ももっと聞いてみかった気もする。それなら自分で書けばいいじゃないか、と言われたら、そんな文才があればなあ…と溜息をつくしかない。

『続明暗』を読んで、自分がその昔、漫画「じゃりン子チエ」のつづきを妄想してト書き小説みたいなのを書いたときのことを思い出した。この小説が作家水村美苗のデビュー作となったというのもまた興味深い。この人の別の小説も読みたくなった。

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2021/6/6 | 投稿者: pdo

小島信夫『漱石を読む』から水村美苗『続明暗』についてコメントしている部分を抜粋する。


『続明暗』という小説を、ある女の人が書き上げ、それが本にもまとまったので、読むつもりであるが、締め切りがきてしまったので、間に合わなかった。すくなからぬ人が、漱石は『明暗』のあとの部分をどんなふうに書いていくところであったかを空想してきた。大きく分けてそれは二色になるようであるが、あの作品を満足のいくものにするにはたいへんなことであると想像される。・・・

『明暗』の書かれてなかった部分のことを考えるのは、面白いことである。しかしじっさいに小説に書いて見せるということは、これまた別のことである。たしかに漱石はその『明暗』の中で相当の分を書いているので、それをもとにあとの部分を漱石の身になって書くことは、まんざら不可能のことではないように見える。といっても漱石は五十歳近い年齢であり、明治を生き大正五年に死んだ人であるのだから、現代の若い女性が続きを想像で書き上げるということは、出来そうにもないようにも見える。しかし、出来ないとはいえないし、現に書き上げてあるのだから、出来たのである。こういうことは実に興味深いことだ。私の記憶ではプルーストは若いときに文章、文体の勉強のためだったか、それとも別の意図によるものであったか忘れたが、あるスキャンダラスな事件が起きたとき、何人かの作家の文体で書いた。これは事件があって、問題は別だ。私がこの『続明暗』が雑誌『季刊思潮』に連載されはじめたとき、ちょっとのぞいてみたところでは、吉川夫人が盛んにしゃべっているところがあった。筆の運びもいかにも漱石ふうであったので、おかしくてしようがなかった。また先日この本をのぞいてみたとき、忘れかかっていた人物があらわれている模様なので、いよいよ興をそそられた。ことによったら新しい人物の名であったかもしれない。
・・・

さて、こんど『続明暗』という本が出たので、四、五日前か、あるいはもう少し前に読むことにした。この本のことを竜野に話すと、彼はテレビにこの女性作家があらわれて、インタビューを受けるのをみた、といった。それによると彼女はニューヨークかどこか、そういったアメリカに長らく住んでいて、家にあった改造社の文学全集ばかり読んでいたので、それらの小説を読んで、日本のことを知った、というより、それ以外の現実の日本というものを知らないのだ、といったそうだ(多少、私のききちがいがあるかもしれない)。それでもちろん漱石の作品などはよく読み、有島の『或る女』とか、谷崎の『痴人の愛』なんかも読んでいる。もっともっとたくさんのものを熟読した模様であるが、『続明暗』を執筆するにあたって、いまあげたようなものを参考にし、『明暗』の続きをどんなふうに書けばいいのか、考えたそうだ。結果においてメロドラマになってしまった、というふうにいっていたようである。

竜野は、彼女が『続明暗』を書き上げてショックを与えたことも面白いが、何よりも古い時代の日本の小説しか読めなかったので、その小説の世界が日本だと考え、そこで空想をはぐくんだ女性がこんどの本を書いたということが面白い、といった。そのことは、私もそうだと思う。私はこの『続明暗』の連載が開始したときから、興味を抱いていたが、後の楽しみに、読む機会を先に延ばしてきた。先だってあるパーティに必要上出席すると、顔見知りの女性雑誌の編集長が、「実に実に面白い」といった。私はいよいよ興味をいだくことになった。そのあと竜野に電話で話すと、さっきのようなテレビのことを話してくれた。

私は読後感を竜野に話した。竜野は読んだとも読んでいないともいわなかったが、テレビのインタビューでは、だいたい、どんなふうに運ばれているかは分かったようにも見えた。

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小説は、下女が来て横浜から来ている例の女連れの客が、不動の滝へ一緒に行こうといっているといい、津田にも、同行をすすめるようになっている。彼はそこで彼女にいつまで逗留するか、というと、分からないが、夫の関から電報が来れば、今日にでも帰らなければならない、とこたえる。そこで彼は「そんなものが来るんですか」というと、彼女が、「そりゃ何とも言えないわ」といって微笑をもらしたので、その微笑の意味を一人で説明しようと試みながら部屋に帰った。読者にしてみると、その微笑の意味は、津田より以上に分かるとも思えないが、津田は夫の関と彼女とのことはどうなっているのであろうか、と、おそらくうまく行っていないのであろうと考えたであろうと想像はつく。しかし、それならば、どうしてそんな関という男を、自分を捨てて選んだのであろうか。まったく分からない! それとも、私のことにはかまわないで下さい、いつ電報が来るかもしれないが、だからといってそれは別にあなたにはどうでもいいことでしょう、という意味での微笑であろうか。

漱石の『明暗』はここで永久に終わっている。水村美苗の『続明暗』の清子は、問い詰めようとする津田になかなか答えようとしない。じっさいには彼は問い詰めるときがほとんどない。例の女連れの客がいつもそばにいるようになっているからである。そうして彼女が答えることは、こういうことである。

「いえとおっしゃったっていえないわ」ということである。どうしてそんなこときこうとなさるの、ということである。しかし彼は、いえないといったって、わけがなくて去っていくなんてことは、あなたみたいな、ちゃんとした女の人がするとは考えられないではないか、というような趣旨のことをいう。わけがないことはないけれどもいうことはできないわ、というふうに彼女はいう。こんなふうに進んで行く。

これは作者の水村さんがムリヤリに、あるいは意味ありげに引き延ばしているのではない。けっきょくのところ清子のいうことは、だいたいのところ、こんなふうのことである。

「ではいいましょう。あなたという方は、こんどはまた吉川夫人の世話で延子さんという人と結婚なさり、そうしてその夫人の見舞いの品をもって私の泊まっている宿へいらっしゃり、そうして私にこうして私があなたを離れた理由を問い詰めようとなさっていらっしゃる。あなたはそういう方なのよ。それは私の口からはいえないことだわ。今もいえないと思っていたし、あのときも、そうだったのよ」

私はいま自分の言葉にして、先日読んだ『続明暗』の記憶を頼りにこう書いた。いつそういったか、それまでにどういう情景があるか、ということは、ともかくとして、まずこのことを私は述べておくことにする。清子はこれだけいって東京へ帰っていく。津田が気が付いたときには、彼女が去ったあとである。彼女がいったことは、漱石の『明暗』、つまり百八十八章までの部分において、すべて読者の前に、さらけ出していたところの津田の性向である。延子と結婚したり、吉川夫人の世話になったり、吉川夫人のいうなりになったり、それから何もかもである。彼は聡明であると、作者のお墨付きをもらっておきながら、あることが分かっていない。そのことにはすこしも気がついていない。延子はそのことを感じていないというわけではないが、よくは分かっていない。分かるときが、もうすぐ到来するかもしれないが、そのとき、どんなふうに理解するであろうか。好男子で背が高くキメの細かい肌をした、この男はこの点では『それから』の代助みたいである。それで〈聡明〉ときている。みんなが見抜いているともいえることを、清子が見抜いていた、というだけのことにすぎない。そのことをきくために、こんなふうにして温泉に来ているということがそもそも問題なのだ、ということになるとすると、あまりのことに津田がすぐなっとく出来ることはむずかしいであろう。しかし清子のこのセリフは、確かに実に正確で妥当である。

私は滝野にまず、こう話した。
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2021/6/5 | 投稿者: pdo

こじのぶ(小島信夫)の『漱石を読む』が読みたくなったので、ナツソー(夏目漱石)の『明暗』を(青空文庫で)読み返す。

以前読んだことがあり、確かこのブログに感想まで書いているのだが、内容について完全に忘れており、初めてのようにワクワクドキドキしながら一気に読んだ。

こんな面白いものがロハで読めるなんて、入力してくれた人に感謝。

その後で図書館に行って『漱石を読む』を借りたら、広辞苑みたいな大著だったのでびびる。

ついでに、出版当時に話題になったらしい水村美苗『続・明暗』という本も予約する。なんせ『明暗』は、ここからがクライマックスか?というところで作者が亡くなってしまったために中断してしまった小説なので・・・。

こじのぶの評論は例によって「ストリーム・オブ・コンシャスネス」というか自由連想というかでそれはそれで面白い。そこに出てくるローレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』も読みたくなったのだが、アマゾンでも絶版のようだ。kindleなら読めるようだ。

青木健と小島信夫の対談〈「四十年後の『抱擁家族』〉より

小島:息子が死んだにしても、うちにはいろんな家族がいるわけです。息子の家族や別れた嫁さんの方もね、みんな目を光らせているわけです。うちもみんな対抗しないといけないし。いろんな意味でかかってくる世話を私が全部負おう、と必死になってやろう、将来の計画を立てないといけないというときに、お父さんの月収がわからない、と。僕は学校もやめたし、収入は少なくなってきているけれどうちがやっていけているのは、幸か不幸か多少の年金がある。僕が生きているあいだはやっていけるんです。娘はそれをあてにしているところもある。だから僕を大事にしなければならない。でもお母さんという人は今こういう状況でいろいろ世話をしなければならない。普通のお母さんではなくなってきているから、その世話だけでも気が狂いそうになるくらい。ゼロに近いけれどゼロではないからね。そういうときにやって来て、権利を主張するようなことをしてもらうと、自分は迷惑なんだ、という。その問題が一番大きいんですね、まず。それからやがて小説の話になりますが、そんなことになったのは、お父さんがこんな人を入れたのが悪い、その原因はお母さんにもある。あなたたちが二人で気楽な生活をしてきたから、そこに入り込んできて仲間だと思っている。私たちはその間に何をしていたか、というと必死になって自分の家族の事、子ども三人や、亭主は癌にもなる。兄さんの方はアルコール中毒患者になって入院したりしている。そういう状態を全部抱えているときに、都合のいいときだけ手助けしてくれるのは邪魔だ、くらいのことを言う。この複雑さは、だんだん過去に遡るんです。早く死んだ本当のお母さんの問題や再婚の問題など・・・。それを積み重ねた上で娘は考え込んでいる。そこまで来られると、一種の箱庭なんです。

小島:しまいに、私は何かのことでこれをしてやったんだから私のことを忘れてもらっては困りますよ、となる。過去の有形無形の自分の尽力を言い出して、そこまでくるとそれをお金に計算する頭だって出てくるかもしれない。そのややこしい問題を書くことは、正直言って少しも楽しくない。だから書かなかった。書けない。誰にも救いがないから。・・・最終的には僕自身を責める。責める問題を書くのはいいんです。でもそのときいろんなことが入り込んできて、相手のことも、そういうことを起こしている娘についてもみんな書かなければいけない。しかし考えてみたら、それも曖昧なんです。・・・

小島:再婚するまでに時間がありましたが、今、妻は本当に昔のことを覚えていないんです。その問題にも帰っていきます。この頃『抱擁家族』のフランス語の翻訳がありまして…息子がお母さんが死んだとき「主婦を連れてこい」と言うんです。かなり強烈な言い方ですね。「お母さんはいらない、主婦を連れてこい」と言う。ところがフランス語に「主婦」という言葉がないんですよ。…英語ではhousekeeperでもないんですよ。日本独特なものなんです。つまり母親が欲しい訳でもない、父親の妻が欲しいわけでもない。どうせ無理だから「主婦を連れてこい」と言う。

『抱擁家族』で息子は「主婦を連れてこい」と言う。つまり条件があるんです。他の者はいらない、と。その残酷な言い方で、彼女は結婚することになってうちに来た。彼女の場合、その言葉は大きいじゃないですか。うちの息子は割合に奥さんを気に入っていたわけです。しかしやがていなくなった。息子の結婚・・・アルコール中毒・・・。

その「主婦を連れてこい」という言葉、ポイントはそれだ、と。そういうところから出発しているのではないか。僕自身は片手に夢を抱いてやってきた。嫁さんの方はなかなか夢を抱きにくい。だからごまかしごまかしながら優等生の妻になろう、とやってきた。だけど限度がある。続かない。それを子どもはみんな知っている。僕に言わなくても子どもにはみんなわかる。だからお母さんは信用できない。しかも自分勝手だ、と。自分の息子のことが結局は頭にあるんだ、と。最終的にはああいうことを言ったけれど、息子に相当財産を残しておこう、と思っている。そういうことまで書かないといけなくなる。しかもそれだけではなく、友人が親切にしてくれる、と。その人にも財産をわけてやろうという気持ちをもったのではないか、と。そうでなければあんなふうに図々しくうちに入ってくるわけがない。

遡るとそこへ行くんですよ。そこで僕には知らない世界があるんです。妻がまだ元気なときに、電話でやりとりがあったのだと思いますが。子どもに言わせれば「冷たい」ということになるんです。「冷たい」と言って、そうすると愛子さんという人は・・・。僕がものすごく腹が立つのは、同じ下宿にいましたから。

そのいきさつのところが「ラヴ・レター」です。すでに不幸だから名前を変えた。愛子では不幸になる。そのために一予(かずよ)という名前にした。・・・本当の幸せということをわからずに右往左往してうちにきたわけでしょう。和夫がもう18歳になっている。もう15年前からおかしいんですから。だからこそ新興宗教に入ったりしていろんなことをやってきたわけです。それからどんどん悪くなってきた。その間の問題については、僕の見る見方と、娘の見る見方と、息子の見方と、嫁さんの見方と全部違う。その問題がだんだんわかってきたわけ。ほとんどわかっていると思っていたけれど、そのところで書いていたんだけれども、もっとそれよりも秘密があったんだ、と。奥さんだけのね。それを娘・息子は感じているのかもしれない。息子は男ですから、あまり昔のことをいじりたくないわけです。ところが娘の場合はそれをいちいち引き出しては僕にぶつけるわけですよ。

小島:・・・度数は5で、重度です。でも上手に引き出すとわかるんです。相模のときのエピソードを話すと喜んだり。でも国立のことは絶対に思い出さない。いろんなことがあってそういう妻と接することが僕の生活になっていたんですが、そのことはいいんです。でもだんだん以前に比べてものを言わなくなってきた。だから小説に書きにくくなってきた。

妻がその施設に入ったことで、娘はホッとしている。だんだんホッとして来て、娘時代に戻ったようだ、自分の家に今いるんだ、と言っている。そんな具合でだんだん変わってきました。今の問題だけだったら、本当に書けない。過去の問題に入って行かないとね。ところが辿っていくと、なぜこうなったのか、ということが少しずつわかってくる。初めのうちは単純なことをいっぱい言っていたけれど、単純なことではなということが出てくると、僕と同じになってくる。そのときにはじめてどうやら小説になってくる。娘が冷静になってくる、という少しずつの変化によってね。でも、「私がいて、お父さんがいるのだから、お母さんはまだ幸せだ」と云うんです。「私はどうなるんだ、私は将来こんなふうにいかないかもしれないよ」と。「私はこんなふうに扱ってもらえないかもしれない」と、そこまで言う。

青木:・・・いっとき電話にお嬢さんが出られないときが多かった。でも最近はむしろお嬢さんが電話に出てから代わられることが多くなった。ということは外部の人たちに対してちょっと心を開いたわけでしょう。僕は小島家に入って行かないからなおさらそうなんでしょうが、話しかけられるようになりましたよね。その変化のなかで小説の糸口も出てくるんではないか、ということを読者としては大変期待しております。
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2021/6/4 | 投稿者: pdo

「抱擁家族」ってバンドがあるみたいだが、小島信夫の小説と関係あんのかな。ないことはないだろうと思うが。

二十世紀の魔術師と呼ばれるアルメニア人・Gの弟子として知られるロシア人・Pは、「どんなものでもよいから君が導師から学んでいる修練の具体的な成果を示してくれ」と頼まれたとき、それは〈不思議な自信〉を獲得したことかな、と答えた。

「それは普通の意味での自信ではないんだ。それどころかまったく逆で、むしろそれは自我、つまり、我々が普通に知っている自我〈セルフ〉というものが、重要なものではない、取るに足りないものだということへの確信なんだ。たとえば近年われわれの多くの友人に起こったような酷い惨事が起こっても、そのときそれに対処するのは〈私ではない〉、つまりこの普通の私ではなくて、その事態に対処できる私の中のもう一人の私なんだ。」

このことを、クリスチャンであれば〈神(イエス・キリスト)のご加護〉を感じていると表現するだろうし、仏教徒であれば如来の、新興宗教の信者であればその教祖様の、あるいは守護神の〈おかげ〉であると言うことだろう。Pは当時、自己想起という修練方法を基礎としたシステムを学んでいたから、〈私の中のもう一人の私〉と表現したに過ぎない。説明の仕方よりも、そういうものを実感しているかどうか、ということだ。

四半世紀前に働いていた職場に某新興宗教(ジーエルエー)の信者がいて、酒の飲み過ぎで肝硬変で死んだが、「生きているときに奴は、〈俺は・・・・先生に守られているから死なない〉なんて口癖のように言っていたんだがなあ、ヘッ!」と同僚の年輩職員が吐き捨てるように話していたのを思い出す。

ドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」の中で、年若い修道僧アレクセイ・カラマーゾフが初めて魂の歓喜を覚え、大地に接吻したのは、彼が崇敬するゾシマ長老の遺体が腐臭を発し、信者たちの顰蹙を買っていたときだった…

そういえば先日、携帯に着信履歴があり、留守電メモの音声を聞くと、かつてお世話になった方だった。この人とはもう十年以上会っていないが、その頃は美術の先生をしていて、あることをきっかけに親しくなり、彼の車に乗せてもらって滋賀まで行ったこともあるし、魔法関係の貴重な原書をいただいたこともあった。そんな彼が、折り入って相談があるというので、こちらからかけ直して聞くと、おおむね以下のようなことであった。

彼の知り合いが日本のプロモーター(?)と組んでイベントを開き、収益は折半で、という話だったのだが、終わっても「そんな話あったっけ?」とトボケられ、その話を聞いて同情した彼が連絡したら、「恐喝で訴える」などと言ってきたという。とりあえず本人と直接話をしたい、というと、どうするか本人に確認してみる、というところで終わった。

美術の先生をしていた頃はガタイがよく色黒で一見強面風にも見えたから、彼が乗り込んでいったとしたら相手方にとっては脅しに来たと受け取られることもありえるかもしれないと思った。

気になったのは、イベントのテーマが、「新型コロナワクチンは世界的な陰謀である」というようなことで、電話の最後に彼が「君はまさかワクチン打たないでしょ? 絶対打っちゃだめだよ」となど言ってきたことである。

その夜、彼が口にしたキーワードでネット検索して見たら、「ワクチンはナチスと同じ」とか「一瞬で不安が消える方法」とか「次元上昇ですべてがハッピー」などの主張をしており、スピリチュアル業界の教祖的存在である某夫妻の推薦も受けている人であることが判明したため、翌日電話で丁重に断りした。別に偏見を持っている訳じゃないが、どうしてもやりにくい部分はあるし、過去にもいくつか苦い経験をしたことがあるので。

振り返ると恥の多い人生を歩んできた。昔、アメリカの政治などに詳しいS・Tの本を結構読んでいて、彼の〈学問道場〉に入っていたのも今となっては黒歴史である。

彼は、2020年の米大統領選挙のときに、こんな文章を書いていた。

トランプ大統領は、現地時間で、2020年12月9日(木)あるいは10日(金)には、戒厳令を発動するだろう。憲法は一時的に停止され、欧米世界の共通の法理念である、人身保護律も停止される。トランプ大統領は、選挙のやり直しを含めて、憲法体制を守るための必要な全ての強制措置を執る。具体的には、連邦軍および州兵の部隊が、装甲車の車列を連ねて、首都ワシントンで、戒厳令に従い、中央官庁街とFRB(中央銀行)と、放送局や新聞社を制圧するだろう。戦車隊が街路に出ることはまだない。その他、必要な施設を軍隊が、接収、占拠する。あるいは、ニューヨークの中心部のCNN を初めとする政府転覆のクーデターを仕掛けた、ネットワークの放送局と、NYのニューヨーク・タイムズ紙や、Wapo ワシントンポスト紙の本社にも軍隊がはいって支配下におくだろう。 
私は、米軍どうしが、米本土の中で軍事衝突して、最低500人ぐらい死なないと、今回の、「アメリカの第2次の独立革命戦争(インデペンデント・レヴオルーション・ウォー)」は、済まないと思う。この時、トランプ派の国民も決起する。何の装備も無くても、トランプ派の民衆が、それぞれの州の庁舎とかになだれ込んで、今や、犯罪者である不正選挙を自ら実行した、州知事や、州務長官を拘束してもよいと思う。
トランプは、この戦いに勝ったら、第7代大統領ヘンリー・ジャクソンの再来という評価を得るだろう。…今回のアメリカで起きた大事件、騒乱は、世界史の転換となる、重要な革命である。
すでにCIAの幹部たちは拘束されている。今回の選挙犯罪を実行した、CIAの高官たち数百人は、キューバにあるグアンタナモ連邦刑務所の米軍施設で、厳しい尋問を受けている。…ジーナ・ハスペルCIA長官(女性)は、軽い怪我をしたが拘束された。そしてグアンタナモ基地に搬送された。そこで厳しい尋問を受けて、すべてを白状させられたあと、ワシントンに戻されて、今も拘束されている。もうすぐ、解任される。ミラー国防長官は、ハスペルたちの動きを、すべて通信傍受して、知っていたのだ。それが、国家に危害を加える者たちへの、対テロ活動そのものだからだ。FBI長官のクリストファー・レイの行方が分からないが、同じように、特殊部隊に拘束されているだろう。オバマ元大統領も居住地のシカゴで監視下に置かれている。バイデンは、右足につけているふくらみは、犯罪容疑者の逃亡防止のためのアンクレットである。GPSで監視されている。…FBIと司法省(最高検察庁でもある)の高官たちで、選挙犯罪に加担した者たちも、もうすぐ同じように拘束されて、裁判を受けて、刑務所送りだ。この中央官庁の公務員の犯罪者の数は、おそらく、合計で10万人になるだろう。…日本人で、同じように、この悪魔教の秘密結社に入っていて、あれこれの犯罪に加わっている者たちが、1万人ぐらいいる、と言われてる。この者たちの逮捕、拘束も、国境を越えて実行されなければいけない。…これらの悪魔のカルトの秘密結社に入っていた者たちは、今度こそ徹底的に処罰され、それら悪魔教(サタニズム)の、エリートたちの秘密結社は、完全に解体されなければいけない。今度こそ、だ。人類への罪として。このことでは、ベンジャミン・フルフォード氏が、私たち日本人に、ずっと教えてくれていたことが大きく正しかった。私たちは、彼に、深く感謝しなければいけない。
ここで、人類史は、本当にひさしぶりに、正義が勝つ、という戦いに、勝ちそうだ。私、S・Tの人生は、政治、言論運動では、いつもいつも 負けばかりを経験して、苦闘の退却戦の連続だった。本当にひさしぶりの味方勢力の勝利である。しかも、それが、世界覇権国であるアメリカ帝国の本国、本拠地、本丸で起きた。私は、この日を待ち焦がれてきた。そのように、私は自分の過去の本立ちに書いた。この第2次 アメリカ独立革命戦争に、付き合うことが出来て、私は、自分に僥倖(ぎょうこう)が訪れたのだ。トランプ革命、万歳!共和国(王様のいない国)、元祖デモクラシーの国、アメリカ、万歳 !


もう十年以上前のこととはいえ、このような発言をすることになり果てた人間を一時でも信用する気になっていた自分の愚かさを深く恥じる。もちろん彼の本(直筆のサイン入り本多数含む)は全部捨てた。この人物についてはもう何も知りたくないし知ろうとも思わない。万が一彼がエゴサするか誰かに教唆されるかしてこの記事に文句を言ってきたら、関りになるのも面倒なので即刻消すつもり。
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2021/6/3 | 投稿者: pdo

『小島信夫の文法』(青木健著、2017年、水声社)という本を借りて読む。

著者は、一時期小島信夫の編集者として接し、後に「小島信夫賞」の運営や選考にも係わり、「小島さんの10年余りの晩年、近くで濃密な時間を過ご」した。詩人で作家でもある。2019年に亡くなったようだ。

冒頭に〈『抱擁家族』をめぐって〉という読解の章があり、これが大変面白かった。

面白い小説というのは、その評論を読むのもまた楽しいものだが、『抱擁家族』という小説の面白さが、その愛読者と一緒に追体験できるような、幸福な感覚を味わうことが出来る。

作品と作家に対する愛が感じられるから、読んでいて泣けてくるし、もちろん大いに笑えもする。

第二章と第三章は、著者が1995年から2017年までに新聞や文芸誌等に発表したエッセイ。小島信夫の近くで接した著者ならではの貴重なエピソードを知ることが出来る。

特に、小島が一度「僕は『抱擁家族』を書いてから、あのような小説が書けなくなった」と
苦しそうに打ち明けたというエピソードが印象に残った。

確かに、完成度において、小島小説のピークはやはり『抱擁家族』だと思うし、後期の実験的な諸作品も凄いし老境私小説も味わい深いものではあるが、『抱擁家族』のような世界基準まで達しているかというと疑問が残るところだろう。しかし小島が最後まで小説の可能性について探求し考え抜いていたことは間違いない。

この本で凄いのは第四章の〈四十年後の『抱擁家族』〉という対談で、2004年に行われたものというから、『各務原・名古屋・国立』のあと、『残光』の前だ。

青木は、『各務原・名古屋・国立』という小説は、2001年9月11日の世界貿易センタービルへのテロ攻撃事件の場面で終了しているが、その後のことについて書くべきではないか、と小島に促し、書けない理由は何か、と鋭く迫っている。

小島の家庭事情をよく知る青木ならではの追及がリアルで、小島も青木には隠し事はできないといった感じで、痴呆症の進む妻(愛子)との生活を援助するために実家に戻った娘とその夫が、小島夫婦と親しく付き合い、そのプライベートにも入り込んで面倒をみてきた知人の仕事関係者らに反発を示す様子や、娘と愛子との確執の実態まで明け透けに語られせられる羽目に陥っている。「書いても誰も得をしないから書けない」という私小説ならではの切羽詰まった状況が明らかにされる。
 
結局、2006年に『残光』は発表されたのだが、そこでは既に愛子は施設に入っている。愛子が施設に入った経緯については、『うるわしき日々』で長男がアルコール中毒者のための病院に入った場面のように描写されることはなかった。そこにはやはり「誰も得をしない」事情があったのか、他に書けなかった理由があったのか。

青木健は小島の密葬にも参加し、保坂和志らと骨を拾っている。小島が2006年6月に倒れる直前にも岐阜の「小島信夫文学賞」の授賞式で行動を共にしていた。

小島信夫ファンにとっては必読の書であると思われる。
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