2021/6/18 | 投稿者: pdo

ツイッターが重くなった気がする。つまらない。SNSをやってもイライラするだけで何が面白いのか全く分からない。いつのまにか意識高い系や権利ばかり主張する声が頭を侵食して来て、そうした発言の底にある承認欲求と自己顕示欲が、丸出しのエゴに一枚「正義派」という仮面を被せているのが気に入らない。

「昔のネットはいい意味で頭ぶっとんでる奴らがたくさんいて面白かった。けど今はガチでうさん臭い奴らが増えたし、変に意識高い奴らがたくさんいてすごく居心地が悪い」

「わかる、自己顕示欲モンスターと承認欲モンスターと守銭奴モンスターばかり」

「どこもかしこもギスってるよな」

「ぶっ飛んでる奴は増えたが金にがめついとか胡散臭い方向にぶっ飛んでる奴が爆発的に増えた。金関係なく楽しもうって奴が減りまくって寂しい」

といった、最近のネットの居心地悪さを訴える声も含めて鬱陶しい。

承認欲求以外にも、ただ怒りをぶちまけるために自分が不謹慎と思ってるワードを検索して糾弾する奴とか、知り合いのアカウントをこっそり特定して問題発言がないかどうかをチェックしたり、詐欺まがいの儲け話を漁ったりする人間ばかりだ。

知り合い同士の会話に横入りして勝手に激昂して去っていくような奴すら出てきた。相互監視の動きがとめどなくなっている。

だったら見なきゃいいじゃないか、と言えない方向にどんどん追い込んでいくような動きがまた鬱陶しい。

以上、松本ミゾレという方の、「最近のインターネットが「つまらなくなった」理由」という文章を適当にアレンジしました参考に書きました。

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2021/6/17 | 投稿者: pdo

最近作家の中原昌也先生と交流を深めている坂口恭平さんがネットに無料で読める大量のテキストをnoteに挙げていて、直接リンクしてもいいんだけど、長文なので特に共感した一部のみを引用します。

でも不思議です。ネットで新聞を読もうと思っても、ここから先は有料です、みたいな関所あるじゃないですか? 

あれ何が楽しくてやっているんですかね? あれ、もしかして有料ですってことにした人は、ありえないと思いますけど、もしかして儲けると思ってやってるんですかね。ほんと頭大丈夫なんですかね? 

それでニュースのつもりなんですかね。ニュースって知って欲しいんじゃないんですか? 社会の問題はこれかもしれないって思って記者たちは真剣に調べて、それで人々に伝えたいんじゃないですかね。俺の勘違いですかね? それを有料って? 

・・・ニュースですよ、社会の問題ですよ、諸悪の根源を突き止めている俺が書いた社会の闇を暴いたこの原稿をですよ、有料です、って。馬鹿なんでしょうか。・・・ま、ほんと法律ってのは頭悪すぎるんで、みんなも小学生のバカまじめみたいにただひたすら守ったりしなくていいですからね。笑い飛ばしてガン無視してくださいよ。そうしないとみんなが小学生の馬鹿真面目みたいなやつに成り下がっちゃいますよ、それで何がかっこいいんですか? それどこが洒落てるんですか? それモテるんですか? 

(坂口恭平note「お金の学校(8)文藝春秋にとっての王とは何か?」より)


この文章に真面目に反論すると、有料でニュースを提供する側は、ニュースを知ってほしいとは思っていなくて、単に商品と思っているだけなので、それに対価を求めることは彼らの論理としては正当なことなのだと思います。

それに社会の闇を暴いてそれを世の中に知らせたいと思っているジャーナリストがいたとして、そのジャーナリストにも生活があるので(新聞社やメディアに所属していないフリーのジャーナリストであればなおさらのこと)、それを生活の糧にしている以上は、情報提供を有料にするのは仕方がないと思います。

当然、坂口恭平氏は、そんなことは分かったうえで上記のような主張をしているのでしょうし、その主張に共感する自分もそんなことは分かっています。

個人的には、大手新聞社のサイトなどによる「ここから先は有料です」みたいな記事は絶対に読まないようにしています。

理由は、お金がもったいないのと、何となく腹が立つのと、どうしても読みたければ新聞なら図書館に行けば読めるからです。

大手の新聞社が赤字で苦しんでいるというニュースをよく目にします。新聞を購読する世帯がどんどん減っていて、皆ネットニュースで済ませるようになっているのでしょう。だからネットニュースは有料にしないとやってられないのかもしれません。

「新聞がなくなると困る。政治権力の暴走が止められない」という意見もありますが、自分はそう思いません。今の大手新聞社に政治権力の暴走を止める力なぞないことは、国民の大半がウンザリしているオリンピックが強行されようとしていることにまともな反対記事ひとつ出せなかった現状からも明らかです。

さまざまな既得権益にがんじがらめになっている新聞社なぞいっそ解体する方がよいのです。だから僕は、新聞社のネットニュースで「ここから先は有料です」という記事は決して読まないのです。理由は、お金がもったいないのと、何となく腹が立つのと、どうしても読みたければ新聞なら図書館に行けば読めるからです。


The Price You Pay / Bruce Springsteen

おまえは心を決める
手にしたチャンスに賭けることを選ぶ
おまえはハイウェイが終わり
砂漠が始まるところまで車を走らせる

開けた道を車で走る
夜、支払うべき対価とともに
眠ることを学ぶその日まで

彼らは両手を高く上げて
開けた空に手を伸ばした
最後の一息をついて
進む道を造った
死ぬまで車を走らせた

夜通し車を走らせる
それでも自由になることはない
支払うべき対価がたえずおまえを束縛する

ああ 支払うべき対価
ああ 支払うべき対価
おまえは逃げることはできない
おまえが支払うべき対価から

彼らは行くところまで行くだろう
それでずっと待っているだろう
それでしまいには
何もかも駄目になる夢に捕えられてしまう

夜の闇が明るい昼を引き留めるところ
おまえは立ち上がり
支払うべき対価のために戦わねばならない

ああ 支払うべき対価
ああ 支払うべき対価
おまえは逃げられない
おまえが支払うべき対価から

過去のことは忘れろと言う連中もいる
振り返るなと言う奴らもいる
でも一息つくたびに
おまえは道を外れていってしまうんだ
それはフェアじゃないさ
すべての笑顔の裏には誰かの涙があるんだから
支払うべき対価がある限り

岸辺に立つ少女がいる
可愛い小さな赤ん坊を腕に抱いている
あんたは覚えているかい?
約束の地の物語のことを

奴は砂漠を横断した
だが選ばれた土地に入ることはできなかった
奴は川べりに留まって
支払うべき対価に直面した

だからゲームを始めよう
走ったほうがいい
ちっぽけでワイルドなハートを持って
おまえは走れるさ
夜のあいだも昼のあいだもずっと

だが郡の境界線のところには
かつてそこを通った誰かが立てた看板がある
そこには支払うべき対価のために
堕ちて行った人の数が書かれている

なあカワイ子ちゃんよ、
この日が終わる前に
俺はそれをぶち壊して投げ捨ててやるさ!

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2021/6/16 | 投稿者: pdo

今日の1曲目:Break On Through (To The Other Side) / The Doors



こんばんは、渋谷陽一です。全国0局ネットでお送りしています、妄想夜電波、じつに前回から一年半ぶりのオンエアになります!

この一年半のあいだに公私ともににいろんなことがありましたね! コロナでステイホームとか戒厳令(またの名を緊急事態宣言、で合ってますよね?)とか、東京オリンピック一年延期とか、オザケン復活(?)とか、菊地成孔ツイッターで炎上!とか、ゆきぽよが干されそうになったり、本当に色々ありました!

今日この時点ではコロナ騒ぎもオリンピック騒ぎもまだどーなるかまったく分からず期待と不安が混然一体となってワクワクするしかない状況でございます!

久しぶりに妄想ラジををやりたくなったのは、ひとつにはわれらがトワイスTWICEの新曲が出たからなんですね。これはサマー・ソングとして後世に残る心地よい名曲じゃないんでしょうか。反論する奴はメす。

今日の二曲目:TWICE「Alcohol-Free」



どうですか、いい曲でせう? 本国ではトワイスと並ぶくらいの人気ヨジャドル(女性アイドルグループ)、ヨチン(Gフレンド)が急に契約打ち切りになって解散してしまい、来年が七年目の契約更新時期にあたるTWICEはどーなるんだろうか? とファンの間では期待と不安でワクワクドキドキしているようなのですが、個人的には、どっちでもいいっすね。なんでかっていうと、もうトワイスはヨジャドルとしてやれることはほとんどやってしまって、あとはもうどんどん「大人の女性」路線に行くしかないと思うんですよ。メンバーもだいたい二十代後半から三十に向かっていきますし、もう可愛い路線はニジューとかに任せればいいしガルクラ路線もイッチ後輩とかいますし、ようはもう需要がどんどん先細りなんですよね。で、個々のメンバーのポテンシャルは高いので、違う分野でどんどん活躍できるので心配もないんですよね。たぶんやめたがっているメンバーとトワイスのまま活動していきたいメンバーとに分れると思うんですが、トワイスは九人そろってないと意味がないので、出たいメンバーは出て残りのメンバーで続ける訳にもいかないと思うんですよね。個人的にはもうチェ・ンとかミ・とかツ・・とかは出た方がいいと思ってるんじゃないかな? 何の根拠もないですけど。僕はもちろんどっちになっても応援しますけど、一部のメンバーが出たとしても出たメンバーも応援しますけど、ぼくはそもそもゼロ円ファンでしかないんで(笑) ワンス(ONCE)じゃなくてゼロンス(ZERONCE)なんで(笑) 向こうにしてみたらおまえこそどうでもええわ!って話だと思うんですけどね。

そういうわけで、僕はトワイスをこれからも上から目線で微温で見守っていきます。

さて、清水翔太の「花束の代わりにメロディーを」が日プ2の課題曲になって、動画でアップされてバズりましたが、この機に乗じて(?)本人も歌ってみました。聴いてみましょう。

今日の3曲目:清水翔太「花束の代わりにメロディーを」THE FIRST TAKE VERSION



この「ザ・ファースト・テイク」という動画シリーズは、いろんな歌手が、一発どりの体でマイク一本で勝負するという企画で好評のようです。

昨年は、コロナ禍の日本社会を勇気づけるかのように、日本を代表するシンガーソングライター清竜人さんも代表曲「痛いよ」を披露して感動をありがとう、になりましたので、これもぜひ聴いてください。

今日の4曲目:清竜人「痛いよ」THE FIRST TAKE VERSION



ついでに、じゃないですが、最近公式チャンネルにアップロードされた、清さんのエレファントカシマシの代表曲のカバーも聴いてください。

今日の5曲目:清竜人「今宵の月のように」



そういえば、前回のラジオ放送以来、宮本浩次さんが、椎名林檎嬢とDUETしたり、岩崎宏美やら久保田早紀やらの懐メロをカバーしたアルバムを出したりして話題をさらいましたね。

ここで、最近のエレカシについて言いたいことがある、というお便りをいただきましたので、紹介してみたいと思います。

ハンドルネーム「人力飛行機」さんからのおたより:

近年の宮本とエレカシについて、ここではちょっと辛口に言ってみたいんだが。

或る時期まではそういうこの動画のような「ルール」でエレカシは纏まってはいたんだろうけど、今やそれはもう無理でしょう。というのも、印税による収入の格差。それはどうしようもない。一時から、2000年代後半どうもバンド内の関係が昔ほど和気藹藹ではなくなってきたんじゃないかと思えて。ギクシャクしてるように思えてきたんだけど。

2009年の日比谷屋音のDVDでも「石ちゃん俺のことじっと見るの止めてくれる?気持ち悪い」とか、ライブ中に嫌な言い方してるし。あの言い方はないだろと思えたんだけど。でもああいう言い方するほどメンバー間に距離が出来てきたってことだよね。

同時期のドキュメンタリー映画『扉のむこう』でも妙に宮本がイラついてるのが印象的だったんだけど。最初は何がどうなったのか見分けがつかなかったけど。今思えば多分カネのことだと思いますね。

作詞作曲の宮本と、それがないメンバーの収入格差は凄いでしょう。ただ宮本が強気で他のメンバーが引っ込み思案とか、それだけじゃない要素が入ってきてる気がしてたんだけど。それでしょうね。それしか考えられない。

どんなバンドにも訪れる、才能あるメンバーとそうでないメンバーの生活の格差。そっから生じる不和。宮本のソロ活動もそこからだと思うようになりました。宮本がそういう問題に敏感なら自分の印税4等分するんじゃないかと思うんだけど。海外のレッド・ホット・チリ・ペッパーズはそうしてるらしい。バンドを存続させるためにわざわざ。宮本はそういう問題鈍いのか、はたまたケチなのか。知らないけど。むしろ他のメンバーのことや生活気にかけるどころか、どんどんバンドメンバーの演奏に満足できない度合いが増幅して、とうとう外部とのコラボにやりがいみつけるようになってきた。

他のメンバーは大変だよ。もうイイ年だし。バンド以外の収入もないし。それも宮本に比べればスズメの涙。今更顔がわれてるところで別の仕事もできない。そりゃあやってられない(笑)宮本がソロ活動まで始めて色んなコラボして名をはせて。脚光を浴びて。これで宮本がまたバンドもどってきてふんぞり返ってリハーサルで命令してくるとか、やりきれんだろ。


なかなか本質的な問題を突きつけるヘヴィーなコメントだと思いますが、正直どうなんでしょうね、このへんって? ロッキンオンジャパンあたりでインタビューしてくんないかなぁ? 最近読んでないんで読むかどうか分かりませんが・・・

『扉の向こう』は僕もDVDもってますけど、確かに宮本氏がリハでメンバーに怒鳴りつけるような映像がたくさんあって、僕みたいな昔からのファンは、相変わらずやってんなあ(笑)くらいにしか思わなかったんだけど。あのころはたぶんセールス的にも一時期のようなことはなくて、いい作品は出すんだけど、売り上げが伴わないみたいな厳しい時期だったのかもしれない。

宮本氏のソロ活動が目立つようになったのは、メンバーとのカネをめぐるギクシャクが原因とは思いたくないけれど、メンバーにも自分たちの生活ってもんがありますからね。素直に「ミヤジがんばれ」と応援する気持ちばかりじゃないのかもしれない。ホントどっかでミヤジ以外のメンバーにインタビューとかしてくんないすかね。変にモヤモヤするのヤダし。事務所も移って、文化勲章みたいなのももらったのはいいけど、石くんとか他のメンバーも報われてほしいですよね。そういえば宮本氏は最近フライデーかなんかで撮られてたみたいですね。世間的な反応はほとんどゼロに近かったと思いますけど。だって、どうでもいいじゃんね、五十過ぎた独身男が女性と一緒に住んでたって・・・

今日の6曲目:エレファント・カシマシ「おはよう こんにちは」



さて、ほんとうは今日はこの曲をかけたかったんですよ。

また清水翔太さんになりますが、5月に出た新曲が神曲。何がって、歌詞が。

そのまま載せたら訴えられますんで、オリジナル英語訳で載せます。

本日はこれを聴きながらお別れです。サヨナラ サヨナラ サヨナラ

今日の7曲目:清水翔太「恋唄」



I was eager to know you
I felt pain because that was beyond my potential

Honestly I loved you, perhaps I loved you too much
Even when I knew we ended up at last

You were always beautiful and bright
Maybe you have changed me somehow
Maybe I bite my nails less and I go to bed earlier than before we met

My love was near and my love was far
Now it is only so far

I can’t love you anymore
I can’t be loved by you anymore
But my thought about you remains the same
I have to go to office as soon as I eat my breakfast which has no taste

I had nothing to fear as long as you were here
I now realize I am so powerless since you left me

Only time I got angry with you was when you lied to me

I have no troubles since you left me
You will bring me no troubles anymore
But everything we enjoyed seems to have no meaning to me now

I feel I could not save you at last
Maybe I was too weak
I only wish you are with a nice man now

I can’t love you anymore
I can’t be loved by you anymore
But my thought about you remains the same

I don’ t know why things turned out like that way
I don’t know whether that was for our dreams or anything else
Anyway, Bye-Bye

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2021/6/16 | 投稿者: pdo

来年の3月でガラケーが使えなくなるとさんざん脅されて、とうとう観念してスマホに変えた。

とはいっても普段iPadを使っているので、iPhoneはそれまでのガラケーと同じ使い方しかしないつもり。

どうもああいうケイタイショップで職員の説明を聞いていると騙されているような気分しかしないので一人ではとても行く気になれず、家人に一緒に行ってもらわないととてもじゃないが店に入る気になれなかった。

小島信夫『別れる理由』を読み始めるが、『抱擁家族』の続編であることが文体からも明瞭で、ひじょうにおもしろい。

『別れる理由』の後妻・京子との関係はリアル。『抱擁家族』の妻・時子と同じくらいリアル。でも時子の方がリアル。「主婦を連れてきてくれよ」と言った長男は、若く官能的な京子がまんざらでもなく、バーのホステスのような目で見ている。自分の部屋が夫婦の寝室の隣にあるのがいやで地下室(永造の書斎)に移りたい、といい、やがてアパートで独り暮らししたいという。長女で高校生の光子は京子としょっちゅう甲高い声で言い合いをする。京子に再婚してくれと熱心にかき口説いたのは永造だ。「あなたは再婚すべきだ、そうでないと不幸になる」と上から目線で説得した。京子の前夫の友人内山から、「二人はアーサー・ミラーとマリリン・モンローのようだ」といわれる。内山は、京子と前夫(伊丹久、久ちゃん)の子で小学生の康彦がしばしば家出をし、京子の所へ行っているのではないか、と疑っている前夫の気を鎮め説得するために永造を連れて伊丹の家に行く。内山はブルー・フィルムの会を主催している。伊丹の家でも上映会をやったことがある。永造も参加したことがある。伊丹は写真家で、中学を出たばかりの百合子というモデルと深い仲になり、それを知った京子が離婚を申し出た。二人は離婚し、伊丹は百合子と再婚し、二人の間には早苗という赤ん坊ができた。康彦は伊丹が引き取ったが、ときどき家出をする。康彦は一度京子の働いていた外国人相手の不動産屋のオフィスに来たことがある。そのとき京子は不在であった。
永造と内山と伊丹の三人は伊丹の家で天丼を食べる。緊張感の中で面白くない会話を交わす。伊丹は、京子が康彦に決して会ったり近づいたりしないことの証文を書くことを求めている。永造はその代わりに伊丹と話に行く。その場はなんとなく収まる。
永造は康彦の小学校の担任の女教師に話をしに行く。喫茶店で話していると、教師が永造の愛読者であることが分かり、誘惑的なことを言われる。永造は京子の友人の会沢恵子とは子供の頃からの知り合いで、京子に出会う前、妻陽子に隠れて関係を持っていた。

いまのところ、そんなに小説的な破綻はみられない。

小島は、『残光』が出た頃のインタビューで、こんな風に語っている。

「今は、目が見えづらくなったせいもありますが、僕はもともと、書いた小説を読み返さず、手直ししません。この小説を若々しい作品と思っていただけるのは、昨年の半年間を『現在』として書いているからだと思う。要するに、急に頭をはたかれた感じで驚いたり、潜在的に隠れているもの、言いたいけれどいっぺんには出てこないことがあったり、そんなことが繋がって日常がある。全身で考えながら書いていると、自分と世の中との繋がりの部分が小説に現れてきます。日常的な繋がりが現れて変化する様子が、作者としては面白い」

「高等学校時代に、僕らは西田幾多郎の『善の研究』を読もうとして、なかなか難しかったんですが、その本には“純粋経験”について繰り返し語られています。個人をつくる一番のもとになるのは自然との関係で、知覚して自由に意志を持つ。僕は小説家だから、小説の場合も純粋経験から始まるところがある。いわば純粋経験の組み合わせが小説で、それもあって僕は書いたものを読み返さないのだと思う。これはうまく行ったということが書けても、舌なめずりして喜んでいるわけにはいかない。それはその時だけでね。さまざまな動きの中で出てきただけだから、改めてゼロから出発しなければいけない。書いたら終わり。書き足すこともなく、いつでも新しく出直しです」


「純粋経験の組み合わせが小説」という言い方がおもしろい。

思ったままを、正直に書く、というのは、すぐれた私小説に不可欠の条件で、志賀直哉はそういう文章だ。そしてそれは、〈自我を貫く眼差し〉を伴っていなければならない。どんなに巧みに書かれていても、自己正当化や自己憐憫、要するにナルシシズムがくっついていたり隠されていたりする文章は臭くて読めたものではない。太宰や三島の文章には、若干その香りが残っている。もちろんプロの小説家として、読者を捕らえて話さない工夫はされているから、面白く読める作品にはなっている。だが、彼らに真の意味での私小説は書けないだろう。

小島信夫は、たとえば『うるわしき日々』の、痴呆症の妻とアル中患者の息子を抱えて右往左往するような悲惨な日常を、自己憐憫などの感情からまったく切り離されたところから書いている。この彼の〈眼差し〉は先天的なものか、彼の人生経験の中で培われてきたものかは分からないが、その「エゴの突き放し度合い」は、他の現代作家と比べても突き抜けたものがあるように思える。だから、『抱擁家族』のような小説は、今読んでも、おそらく百年後に読んでも新しいままだろう。
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タグ: 小島信夫

2021/6/15 | 投稿者: pdo

小島信夫の『私の作家評伝』で近松秋江が読みたくなり、青空文庫で読める『別れたる妻に送る手紙』、『うつり香』、『黒髪』、『狂乱』、『霜凍る宵』を読む。

秋江のこれらのシリーズ物は、俗に「ストーカー小説」とも呼ばれるが、何か江戸以前の古典文学を読んでいるような独特の情緒もあって、単にスキャンダラスな効果のみを狙ったような小説とは明らかに違う趣きがある。

特に『黒髪』、『狂乱』、『霜凍る宵』の京都の芸者を追いかける話は、全編に遍満する京都弁からそのうち薄ら寒い空気が立ち込めてきて、過激な描写など一切ないにもかかわらず、終いにかけてこの世の冷ややかな一種の地獄のようなもの(kind of hell)を体験できる。

小島信夫が秋江の小説を好んだのはよく分かる気がする。
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