2020/7/31 | 投稿者: pdo

「東京オリンピック開催決定、おめでとうございます! 日本の純文学界を代表して、お祝いを表明します!」

 テレビの前で発表を、ドキドキしながら見ていた。こんな気持ち、いつ以来だろうか? 芥川賞にノミネートされたとき以来の興奮だった……きっと読者も、さぞかし、同じように胸を熱くしていたことだろう。

 発表された瞬間、それまで黒い霧に覆われていたのが、パーッと晴れて明るくなった。輝く希望の時代が、幕を開けたのだ。

 東日本大震災からの「復興」を理念に掲げ、IOC委員会に「スポーツの力」をアピールしたのが、功を奏した。アジアで最初の五輪となった1964年の大会以来、何と56年ぶりにギリシャから聖火がやってくるのだ。このことに興奮せずに、何に興奮するというのか。

 日本が掲げたのは、高度な都市機能と強固な財政基盤に支えられた、東京だけの「安心、安全、確実な五輪」。

 そう表明した安倍首相という、日本の歴代総理の中でも特に逸材というべき人物による

「オール・ジャパン」が、招致機運の盛り上げに一役買った。これによって、彼は世界の歴史にも名を残すことだろう。

 私も正直なところ、「アベノミクス」の恩恵によって、どん底から這い上がるチャンスを与えられた幸運な人間であるのを、ここに告白しなければならない。

(中略)

 そんな疑心暗鬼の長い時代が続いていたのを、見事に断ち切ってくれたのが「アベノミクス」であったといえよう。

 おかげでこうして家賃も滞りなく払えるようになり、生活の基盤が整ったと同時に、いままでいい加減にしか関わってこなかった文学と、こうしてちゃんと向き合えるようになった。感謝の言葉しか思いつかない。

 安倍首相によって、もしかすると我々は3.11以前よりも絆が深まったかもしれない。

 「アベノミクス」がなかったら、オリンピックの東京での開催は決まらなかったし、いまこうして自分が原稿を書いていることもなかったに違いない。

 日本の未来は安泰だ。


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2020/7/30 | 投稿者: pdo

須賀監房腸管の記者会見を見ながらこれを欠いているのだが面白くて仕方がない。つまびらかってなこと観戦者数なんてどうでもよくなってきたというより最初からどうでもないが、書店が閉まる前に中原昌也の新刊は勝っておかねばならない。

朝区役所のそばを歩いているとこの世の終わりのような音が鳴り響いて大地震が来ると裂けんでいたがパニックになる人は誰もいなく、後にあれは間違いだったと気象庁の人が会見で誤っていた。

とにかく時間を潰したくて仕方がない。こういうときにはキクチカメラでもぼんやりと見ながら適当なことをキーパンチしているのが調度いい。

中原昌也の新刊を読んだら、遠慮呵責なしに屈託も忖度もない感想を書く準備はできている。それだけのことはしてきたとは決して言えない。そんなこともない。

引き出し空けたら入ってたんだがスルピリドって何の薬だっけ? まあロキソニンなら大きく間違うことはないだろうと踏んで飲んだ。車の運転はしないので、アクセルとブレーキを同時に踏むこともない。

さあ、帰るか。


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2020/7/27 | 投稿者: pdo

自分の頭を整理するために書いてみる。

オザケンことミュージシャンの小沢健二が、2020年7月26日午後1:35付でこんなツイートをして、プチ炎上みたいになっている。

https://twitter.com/iamOzawaKenji/status/1287245014473379841?s=20

まずオザケンは、今アメリカの黒人差別反対運動(この呼び方自体もOKなんだろうか?)のスローガンに用いられている「Black Lives Matter(BLM)」という言葉について、「わざと怒らせる手法」であると指摘する(それを英語では「トローリング」と言う、とオザケンは僕のような無知な人々に教えてくれている)。

「Black Lives Matter」を直訳したら、「黒人の生命は大事だ」となる。でもそう聞いたら「誰の生命だって大事だろ!」とツッコミが入る。だが、このツッコミを引き出すことが、この言葉の重要な機能なのだ、とオザケンは指摘する。そして、BLMのように、わざと人々を怒らせたりツッコまれるような挑発的なスローガンを使うことは、言論の武器として有効であると主張する。いわゆる、「炎上商法」というやつだ。

関係ないが、僕の好きな(?)ユーチューバーに「遠藤チャンネル」というのがあって、世の中で話題になったあらゆるニュースにひたすら逆貼りし続ける、というシンプルな手法で人気を博したのだが、なぜかユーチューブ側から収益化停止の措置を食らってしまい、今はただの薬物依存患者のリハビリのような日常系動画になった。

さて、オザケンは、もう一つ、「黒人の命は大事だ」という言葉には前提があって、アメリカには長年「黒人の命は大事じゃない」という酷い下火があった(今もある)ことだと指摘する。

以上がオザケンのツイートの論旨である。

このオザケンのツイートに対して、いわゆる信者のような方々の「勉強になりました!」「さすがオザケン!」という反応が次々と寄せられる中に、オザケンの言葉に強烈な違和感を持つ反応が続々とツイートされている(←いまここ)。

その反応は様々で、「オザケンはBLMというスローガンの発生した背景や意味をそもそも理解していない」という根本的な指摘から、「上級国民的な物言いがムカつく」という感情的な反感まで多種にわたるが、乱暴にまとめれば「オザケンの言葉が当事者性を欠いていることへの反感」というワードに集約されるのではないか。

何より、オザケンの今回のツイートが「トローリング」になったのは、次の一節が含まれていたからだろう。

(以下引用)

確かに、トローリングは下品。かまってちゃんの人、炎上狙いの人、ゲーっとなる。でも上品なことだけ言ってたって「ああそうですね」で終わり、でもある。それに、言葉や言い方って、変わっていく。

(引用おわり)


オザケンの今回の文章の中に上の一節がなければ、彼の主張に対する反応の激しさの度合いは変わっていたのではないかと思う。

もっとも、語るに落ちるというやつで、上の一節によりオザケンは、BLMをスローガンとして掲げる人々への一種の軽い軽蔑(上から目線)を露呈してしまっている。

そこには当然被抑圧者としての当事者性などまるでないし、逆に抑圧者としての(無意識的な)当事者性が表れているともいえる。なぜなら、人種差別という問題(究極的にはあらゆる問題=マター)に関しては、中立的な立場など存在しないからである。

ここで僕自身の立場についていえば、「BLMを炎上商法と同じレベルで捉えるオザケンの感性そのものが終わってる」という批判が正当なものだとしても、僕自身はその批判に唱和する資格がないと感じる。

こう書くと「じゃあお前は抑圧者側の人間なのだな」と糾弾されるのかもしれないが、今僕の生きている社会の中ではそうなのかもしれないし、もしアメリカで暮らすことになったら違うのかもしれない、としか言えない。

「オザケンのツイートをきっかけにしてこういう問題を深く考える良いきっかけになった」というのが一種の模範解答なのかもしれないが、所詮ネット情報で構成された「問と解」を頭の中でいくら構築したところで、現実の問題に直面した時に何をするのか(「安倍政権の退陣を要求します」みたいなツイートに唱和することは何かしたことにはならない)を問われるしかないのだと思う。

ちょっと話題を変えると、やはりミュージシャンの野田洋次郎(RADWINPS)が、「大谷翔平選手や藤井聡太棋士や芦田愛菜さんみたいなお化け遺伝子を持つ人たちの配偶者はもう国家プロジェクトとして国が専門家を集めて選定するべきなんじゃないかと思ってる」とツイートしたことについて、とんでもない優生思想の持ち主であるとして集中砲火を浴びた(?)のも記憶に新しいが、僕自身は、野田洋次郎のこの発言が血眼になって批判するだけの価値があるとも思えない。

野田洋次郎を糾弾して事足れりとする人は「安倍政権の退陣を求めます」とハッシュタグつきのツイートをして自己満足してる人でしかなく、僕はそういう人を現実世界で信用しない。

オザケンの今回のツイートにしてもそうだが、SNSという人類洗脳ツールによって人々の心理的沸点がますます低下し、いわばメンタル的バーチャル共喰いのような地獄絵図がいよいよ誰の目にも明らかな度合いで普遍化しつつあるという事態を示す事例であるとしか捉えられないのが正直な所だ。

この事態については、菊地成孔がその著書『時事ネタ嫌い』文庫化の時点で予言的な明確さをもって指摘している(ちなみに彼は2020年のオリンピックが国家的災厄に転化する運命でしかないことも正確に予知していた)。

そうして世界は回り続ける。地球の表面で何が起ころうと、世界を回し続けるのは結局のところ愛の力でしかない。
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タグ: PC やばい BLM

2020/7/22 | 投稿者: pdo

コロナ禍によって、ライブエンタメ業界は今なお多大な痛手を受けている。大型ライブイベントの中止を決断したロッキング・オン代表の渋谷陽一氏と、ブシロード代表取締役会長の木谷高明氏。長年にわたってエンタメに携わってきた2人は「これからのライブエンタメには爆発的な変革が起きる」と断言して憚らない。不安と疲弊に打ちひしがれたライブ業界とエンタメファンに、光明を差す対談をお届けしたい。

――このたびの対談は、ライブエンタメの“明るい未来”を語り合いたいとのことで実現しました。

【渋谷陽一】そう。ここ最近、とくに音楽業界は暗い話ばかりだったけど、僕はあと数年で音楽産業の市場規模は2倍3倍に成長すると思ってるんです。業界でこの話をしても意外とピンと来てくれる人が少なかったんだけど、木谷さんは瞬時に理解してくれましたよ。

【木谷高明】欧米のスポーツ産業がビッグビジネスになっていった歴史を見れば、それは明らかに予想できます。とくにアメリカのスポーツ産業は、80年代にケーブルテレビとPPV(ペイ・パー・ビュー)の普及によって変革したんですから。

【渋谷】放映権で、チケット収入の何十倍もの収益をあげるようになったわけですね。

【木谷】さらに配信サービスの普及で、世界規模で稼ぐようになった。こうした動きは音楽が一番遅れてたけど、これから音楽産業でも同じことが確実に起きますよ。

【渋谷】キーワードはやはりデジタル、オンラインライブですよね。

【木谷】そうですね。弊社は昨年、東証マザーズに上場したんですが、うちが扱ってるコンテンツの中でも、投資家やアナリストが興味を持っているのがオンラインライブでした。株主総会では、これから確実に成長が期待できるコンテンツとしてたくさん質問を受けました。

【渋谷】意外と音楽業界ではない人のほうが、音楽の本来的な価値に気づいているのかもしれない。デジタル関連でいうとサブスクの普及で音楽産業がプラスに転じたけれど、当初は音楽業界側も懐疑的でしたからね。

──ライブ配信に注力すると、「音楽パッケージが売れなくなる」という懸念もありました。

【渋谷】ところが結果としてパイの奪い合いにはならず、むしろ市場を広げることとなった。同じことで木谷さんにお伺いしたいんだけど、スポーツでPPVが定着して実際の会場に来るお客さんが減ったかというと、そんなことないですよね?

【木谷】むしろ会場チケットのバリューが上がりました。配信なり放送なりでコンテンツに接触すると、「生で見たい」という熱はますます上がるんです。だけど会場にはキャパシティがある。たとえばスーパーボウルのチケット価格設定がとんでもないことになってるのは、それだけ現場で見たい人が多いからであって、市場経済として自然なことなんですよ。

【渋谷】つまりオンラインライブによって、リアルのライブ人口は決して減らない。むしろライブ市場全体を、とてつもない成長産業に押し上げる希望しかないと僕は思ってるんです。

──先ほど出たキャパシティは、リアルのライブにおいて常について回る課題です。

【渋谷】たまにイメージするんだけど、「ユーミンが荒井由実時代の曲を弾き語りする一夜限りのライブ」。これものすごくバリューがあるコンサートですよね。弾き語りだったらドームでやってもしょうがない。それなりの音響設備の会場、渋谷のオーチャードホールあたりがいいんじゃないかな?

【木谷】キャパは2000席ほど。チケット争奪戦になりそうですね。

【渋谷】そこで起こるのがチケットのプレミアム化、もっと言えば転売問題です。転売によって何十万ついたところで、ユーミンには1円も入らない。そんなバカな話はないですよ。そこをきっちりとマネタイズしてアーティスト側に還元する方法論として、オンラインライブは非常に有効なんです。

【木谷】ビッグアーティストは高い年齢層のファンも多くついてますし、わざわざ会場に行かなくても家でゆったり見たい、という人は多いでしょうね。

【渋谷】と思いきや、意外と若者層にも需要はあるんですよ。先日、あるアマチュアバンドが、ライブハウスから無観客ライブを配信すると聞いて、失礼な話、そんなの見る人いるの? と思ったんです。ところが20人が視聴してくれたと。たった20人? と思うじゃないですか。

【木谷】でも、彼らのスケールからは十分な数字だったということですかね? 

【渋谷】そうです。ライブハウスにはノルマがあって、いつもは友だちに声をかけて3、4人来てくれるんだそうです。ところがオンラインでやったら、その5倍ものお客さんが見てくれた。それも心から応援してくれるお客さんたちで、夢のようだったと。僕らは勝手に「ロックのお客さんは現場で見たいものなんだ」と思い込んでるじゃないですか。

──押し合いへし合いの“密”なスタンディングで、ですね。

【渋谷】だけど、たとえば地方に住んでる人とか、東京に住んでても夜は出歩けない高校生とか、ライブハウスに敷居を感じていた人はいっぱいいるわけですよ。そうしたお客さんたちが求めている接触機会を、これまでライブ業界は提供してこなかったんです。

【木谷】たしかに生のライブにはキャパシティだけでなく、アクセシビリティの障壁もある。これまでビッグアーティストはそこをライブ中継で補完したりしてきたけど、通信環境が整った今はインディーズバンドでも気軽に音楽の出口を増やすことができるようになったわけです。

【渋谷】ようは、このコロナ禍はライブの本質というものに冷静に向き合うチャンスでもあった。何がリアルで何がオンラインなのか? を無理やり学習させられる機会だったと思うんです。

【木谷】さらにスマートテレビや5Gもこれからさらに普及する。同時代に起こった偶然とは言え、これからオンラインライブ市場は爆発的な変革が起きますよ。

──この時期、オンラインライブに触れた人はたくさんいました。しかしコロナ禍が去った後も、その人たちはオンラインライブを見るでしょうか?

【木谷】そこはライブ業界がもっと意識的に取り組まなければいけないことです。エンタメの普及にとって何が一番大事かというと、クセを付けることなんですよ。ようは靴を履くクセ、習慣がない人に対して、どうせ履かないだろうから靴は売らないか、それともいかに靴の素晴らしいかを伝えて売るか、どっちかだと思うんですよね。

【渋谷】その意味では、このコロナ禍はオンラインライブを見るクセを付ける機会でもあったわけで。若い人だけでなく、高齢者でも頑張って配信プラットフォームに会員登録した人は多かったんじゃないかな。

【木谷】そうなんです。ここ最近やってたオンラインライブって、音楽業界的にはリアルのライブができないことへの補完としか捉えていないフシもあったと思うんです。それでコロナ禍が去ってライブが通常にできるようになって、オンラインライブの流れを止めてしまったらこの機会が水の泡というか。

【渋谷】だけど、配信をいち早くビジネスとして定着することができたスポーツに対して、なぜ音楽は遅れをとってしまったんでしょうね?

【木谷】そもそもスポーツは試合そのものが商品だから、売るための手段をいろいろ考えたというところは大きいと思います。音楽の場合は、かつてライブはパッケージを売る販促の手段だったじゃないですか。今はライブ市場が逆転しているところはありますけど。

渋谷】そうか、そうした歴史の違いもありますね。

【木谷】あとはボクシングをイメージしてもらったらわかりやすけど、東京ドームの真ん中にリングを据えたらやっぱり小さいし、細かいところまでは見えない。だけど音楽ライブは大きな会場でも作り込んだステージ込みで楽しませてくれるところがありますよね。

【渋谷】たしかにドームのスケールでコンテンツを伝達するスキルは、スポーツよりも音楽ライブのほうが長けています。そっちが進化してしまったことで、オンラインへのチャレンジに足が遠のいてしまっていたのかもしれない…。

【木谷】だけど映画『ボヘミアン・ラプソディ』ラストのライブ・エイドの中継を、酒場や自宅のテレビの前で観客が熱狂するシーン。ライブ配信の定着によって、あのような光景がもっと起こせるはずなんですよ。ようは先ほどおっしゃった「ライブの本質的な価値」に、音楽業界がどれだけ真剣になって向き合うかが重要なのではないでしょうか。

──今後、オンラインライブがより普及したら、その上位コンテンツにリアルのライブがあるというイメージでしょうか?

【木谷】さっきのスーパーボウルの例で言えば、リアルライブのチケットの適正価格はもっと上がるでしょうし、ユーザーもそのことに納得すると思いますよ。

【渋谷】一方で単なるライブ中継ではなく、オンラインライブとしての商品性を追求することも重要だと思います。先ごろ東方神起が無観客オンラインライブをやりましたけど、彼らが歌っている前に巨大なクジラのCGがドーンと出現した。あれはオンラインだからこそできた非常にクリエイティブな演出ですよね。

【木谷】音楽ライブってステージの造作にものすごいコストを費やしてきたじゃないですか。わざわざ櫓を組んで、終わったら壊して。もったいないと言えばもったいない。

【渋谷】いやいや、木谷さん(苦笑)。そこにもちゃんと意味はあるんですよ。ただ、リアルでは表現できない演出の工夫をして、それによって画面の向こうにいる観客に高揚感を与えるのは、アーティストにとってもクリエイターにとっても絶対に楽しいだろうなと思いますけどね。

【木谷】でもそう考えると、音楽仕様の大きな会場って実はほとんどないんですよね。有明アリーナは音楽もスポーツも併用できる仕様として作られましたけど。だから櫓を組んだり壊したりとコストがかさんでしまう。

【渋谷】今言われている2分の1、3分の1の動員では、正直黒字が出ないですね。

【木谷】先日、弊社の新日本プロレスは大阪城ホールで2日間、キャパ3分の1で興行をやりました。プロレスならこれでもギリギリ黒字が出せるんです。実を言うとこの日、大阪城ホールを抑えられたのは某アーティストのキャンセルが出たからなんですよ。この状況が続いたら、新日としてはありがたい(笑)。

【渋谷】ただでさえ会場不足なのに、それはまずい(苦笑)。慢性的な会場不足が常に問題としてありますけど、それは需要に対して供給が追いついていないということです。だからこそオンラインライブなんですよね。先日のサザンオールスターズの無観客ライブは18万人がチケットを購入しましたけど。

【木谷】そうしたビッグアーティストに率先して実装化していってほしいですよね。サザンのチケットは3600円でしたが、個人的にはもっと高くても良かったんじゃないかなと思いました。それでもおそらく視聴人数は変わらなかったと思いますよ。

【渋谷】たしかにオンラインライブのチケットの適正価格についても、考えていかないといけません。

【木谷】ホロライブプロダクションというVTuber事務所がニコニコ生放送でやったライブが8000円、2万人が視聴したそうです。もちろんライブ用に3Dで作り込んだものすごい演出でしたけど。すでに若い世代のユーザーにとっては、リアルだろうがオンラインだろうが、価値のあるコンテンツに課金するのは当たり前なことになっているんだと思います。僕なんかもう60歳ですよ。

【渋谷】僕も69歳になりました。

【木谷】だから我々がオンラインライブ云々と対談なんてやってる別の場所で、30代とかのバリバリのプロデューサーはごく自然にデジタルに対応した新しいコンテンツを作ってるんだとは思いますよ。

【渋谷】おっさんが何言ってるんだと思いながらね(笑)。

【木谷】ただ、少なくとも我々は歴史を見てきましたから、今起きているのがパラダイムシフトであることには明確に気づいている。そのことをユーザーにも業界にも吹聴して回る役目はあるんじゃないかなと。

【渋谷】そう、この状況に嘆いててもしょうがない。ライブエンタメ業界に革命は起きていて、明るい未来がすぐそこまで来てるんだということをみんなにわかってもらわないと。

【木谷】結局、エンタメの使命ってそこだと思うんですよ。お客さんに夢や希望、喜びや楽しみを提供するという。とくに業界だけでなく、ファンも少なからずこれからのエンタメに不安を感じていると思う。だからこそ未来への希望を灯せるような発信をこれからもしていく必要があると思っています。(文/児玉澄子)
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2020/7/22 | 投稿者: pdo

神々しい――。今の北川景子さんを見ると、その言葉しか思いつかない。その美しさはブレのない芯の強さと、それを支える柔軟なメンタルがつくりだしているのだ。どんな瞬間でも“女優”であり続ける彼女の今を紐解く。

遠藤 友子(VOCE編集長)

膨らみ始めたお腹を隠すでもなく、ごく自然にカメラの前に立った北川さん。どんどん“母親”になる瞬間が近づくこの期間を、彼女はとても自分らしく過ごしていた。

「実は自粛期間の最初はすごく落ち込んでしまって……。映画の撮影は中止、今年予定していたお芝居が何本も延期になり、『働けない』という事実を身をもって実感しました。私の仕事は雑誌の撮影もドラマも映画もすべて、表に出て皆さんに何かをお届けして初めて“自分”という存在が成り立つものなので、それができないことで先が見えない不安を感じてしまったんですね。当たり前に働けていたことへのありがたさを感じる一方、自宅にいることだけが唯一できる社会貢献だと理解はしても、それ以外に何もできないことに無力感を覚えていました」

自分を取り戻せたのは「いつか再開したときのためにやれることをやろう」とスイッチを切り替えてからだったとか。「いつでも“呼ばれたら働ける”ようにしていくしかないって、吹っ切れたんですね。せっかく家にいるのなら、その時間で自分を高めていこうって。不幸中の幸いですが、妊娠の安定期を忙しくなく過ごせたので自分の身体としっかり向き合うこともできました。元気に過ごすことが一番大切かなって。切り替えは決して早いほうではないんですが、とことん落ち込んで底を見たら、あとは上がるしかない、といつも思ってます」

出産予定日は秋。

「仕事に復帰したら、またVOCEで“そのときの自然体の私”をお伝えしたいと思っています!」

「三つ子の魂百まで」といいますが、私はずっと女優をしてきたので、付きっきりで一緒にいるお母さんではないかもしれない。周りの方々の協力をえて、身体が元気なうちは働くつもり。

自粛中は英語を勉強したり、配信で映画を観たり。あとは料理を頑張りました。お店に卸せなくなった穴子をネット注文し、さばいて蒲焼に(笑)。自分のペースで過ごしました。

「この雰囲気、前にも見たことあるよね」と言われるのがあまり好きじゃなくて。そのときの私と今の私は違うから、ありのままに“今の私”を伝えたいんです。

「強さ」って「ブレないこと」だと思うんです。信念や気持ちがブレちゃうと自分らしくなくなっちゃう気がして。やっぱり今回の自粛は、私も精神的にとても堪えました。だからこそ、普段自分が元気なときに持っている信念をいかに“ブレさせない”かが重要なのかなって。もちろん落ち込むことは誰にでもあるから仕方がないけれど、自分で自分をコントロールして、ハンドリングできるように常に努力しています。若いころは頭で考えすぎて、苦労したこともありました。カメラの前に立ったら、ひとりきり。誰も助けてくれないし、嫌な部分を見ても自分からは絶対に逃げられないんですよね。不器用だし細かいことが気になるし……。自分の嫌いなところ、いっぱいあります。でも、自分とだけは一生付き合わないといけないから。



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