2018/2/28 | 投稿者: pdo

すっかり将棋(観戦)ブログと化しているが、また凄いことが起こった。

昨夜行われた竜王戦6組トーナメント戦、中尾敏之五段VS牧野光則五段で、420手で持将棋(引き分け)成立。

午前2時14分に開始された指し直し局では、牧野五段が100手で勝った。

終局時間は午前4時50分。

420手というのは戦後公式戦最長手数だとか。

普通の一局はだいたい100手〜120手前後だから、いかに異常なことかが分かる。

さらに壮絶なのは、中尾五段は今年度中にあと2勝を挙げなければ引退が決定するという、棋士人生の土俵際の一番だったということだ。

持将棋に至る中尾五段の執念の粘りは、決して落とせない一番であるゆえの気迫が籠っていた。

点数勝負(持将棋が成立するためには駒の点数換算で互いが24点以上持っていなければならない)では有利だった牧野五段がぎりぎりで押し戻されたのは、普通ではありえない中尾五段の粘りに根負けした面もあるのかもしれない。

しかし、指し直し局ではきっちりと勝ち切るあたり、牧野五段も只者ではない。

牧野五段と言えば、先日のC2順位戦VS藤井聡太戦で、その独特の風貌と発言が話題となり、観る将ファンの間で一躍脚光を浴びた棋士である。

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話題と才能にはまったく事欠かない将棋の世界ではある。
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2018/2/27 | 投稿者: pdo

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将棋ファンの間ではすっかり「将棋の強いおじさん」として認知されている、玉頭の薄さをものともしない強靭な受けの棋風で知られる「千駄ヶ谷の受け師」こと木村一基九段である。

ニコ生などの将棋番組で登場する日は、僕などは一日中パソコンの画面を見ながらニヤニヤしっぱなしで笑顔が絶えることがない、解説と雑談の名人でもある。

解説では冗談ばかりの「将棋の強いおじさん」は、本当にめちゃくちゃに強く、タイトル戦にも多数回登場しているのだが、なぜかまだ一度もタイトル奪取にまでこぎつけたことがない、「無冠の帝王」としても知られる。

僕が木村九段を大好きなのは、彼が連発する毒舌交じりのユーモアの向こうに、途方もない生真面目さと将棋に対するこれ以上ないほど真摯な思いが透けて見えるからだ。

そのまっすぐな愛情は、将棋ファンに対しても同じ深さで注がれていることをたしかに感じるから、負けたときの悔しさも含めて、これ以上に応援しがいのある棋士はいないのだと思う。

純粋でまっすぐな人だらけの棋士の世界で、木村はその純粋さを照れ隠しのようなユーモアで包んで、将棋への熱い思いと深い洞察をファンに届けてくれる。

木村九段のような人がいるおかげで、3手先がどうしても読めない僕のようなボンクラな将棋ファンも、トップ棋士どうしの対局という、人類の究極の知恵比べであり気が狂いそうに深くて混沌とした場を、極上のエンターテイメントとして楽しむことができるのだと思う。


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本人曰く「今、娘が見ても私とわかんないんじゃないかな」
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2018/2/26 | 投稿者: pdo

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2016年、竜王戦の挑戦者になった三浦は、あやうく棋士生命を絶たれる危機に遭遇する。

幼い頃から1日20時間将棋の手を考えるという生活を送り、人生のすべてを将棋に捧げてきた三浦にとって、棋士であることを否定されることは、自らの存在意義を失うに等しかったろう。

それは、すべての棋士にとって他人事ではありえなかったはずだ。

三浦だけでなく、将棋連盟が、未曽有の危機に立たされた。

昨日紹介した先崎学九段の言葉を借りれば、

「この数か月、棋士たちが当たり前の仲間意識、笑う余裕をなくしたのが何より辛かった。」

あのときの暗闇のような状況から、現在のような空前の「将棋ブーム」を想像することはほとんど不可能だった。

こと将棋の歴史に関しては、天の配剤というか、偉大な摂理のようなものを感じざるを得ない。

三浦九段も見事に立ち直った。今年度の成績は、現時点で20勝14敗(勝率5割8分)。途轍もなくレベルの高いトップ棋士どうしの苛烈な闘いの中で、この成績は立派なものである。

ちなみに、あの羽生善治竜王は現時点で28勝22敗(勝率5割6分)。

佐藤天彦名人は15勝17敗(勝率4割7分)。

そして、今週の金曜日、3月2日に、順位戦A級最終局において、三浦は、A級残留をかけて、渡辺明棋王(前竜王)と対決する。

何と言う運命のめぐり合わせであろうか。

個人的には、今年度で最も注目する対局の一つである。

三浦頑張れ。渡辺頑張れ。

これこそが人間同士のドラマだ。

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2018/2/25 | 投稿者: pdo

将棋の棋士たちが好きだ。

自分の実力だけが頼りの世界に生きる人間だけが持つ清々しさを感じる。

勝負師であると同時に、将棋の普及のために尽力する役割を果たす棋士もおり、勝負に徹することに専念する棋士もいる(普及活動への参加は強制ではなく、棋士の意思が尊重されているようだ)。

羽生善治や藤井聡太以外にも、魅力的な棋士たちはたくさんいる。

そんな棋士たちへの一方的な想いを、思いつくままに書いてみたい。

第1回目は、先崎学九段。

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羽生世代に属し、若い頃は羽生以上の天才と見られていたこともある。

棋士として以外に、文章家としても魅力的で、いくつものエッセイ本を出版している。



彼のエッセイを読んで、羽生世代の棋士たちがますます好きになったものだ。

(そういえば、彼のエッセイに登場する羽生世代の代表的な棋士の一人、郷田九段が、今日放映されたNHKのトーナメント戦で、若手の実力者、菅井王位に完勝していた。なんだか嬉しくなった)

今はすっかり貫禄の突いた先崎氏だが、10代の頃は、林葉直子と一緒に、米長邦雄の内弟子をしていた。師匠に負けず個性的な弟子たちである。

師匠譲りか、遊び好きでも有名で、夭折した村山聖とも飲み友達だった。

肝心の将棋の方は、A級まで上がったものの、タイトルとは無縁で、同期の天才棋士たちには水をあけられてしまったが、普及活動の面では大いに貢献した。

そんな先崎だが、2016年の竜王戦を巡るソフト不正騒動は繊細な彼の神経にダメージを与えたようだ。

三浦九段が復帰した後に対戦した対局の自戦記「第65期王座戦2次予選 三浦弘行−先崎学」は、第29回将棋ペンクラブ大賞の優秀賞を受賞した。

この自戦記には、あの事件によってすべての棋士が抱えることになった「孤独と苦悩」が先崎独特の文体で存分に吐露されていた。

先崎はいくつも記憶に残る名文を残しているが、この自戦記は、これまでに読んだ先崎の文章の中でも、最も感動したものの一つだ。

ペンクラブの授賞式に先崎の姿はなかった。体調を崩して、2017年9月から半年間の休場の最中だったためだ。

今は東京・西荻窪で「囲碁・将棋スペース 棋樂」を開設し、囲碁棋士である夫人と共同で運営している。

来年度から復帰して、またファン達の前に元気な姿を見せてくれると思う。あの人懐っこい笑顔と才気溢れる文章に再会するのを楽しみにしている。

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2018/2/18 | 投稿者: pdo

昨日の朝日杯オープン準決勝、羽生善治竜王は、藤井聡太五段(当時)との公式戦初対局で、「雁木」という戦型を採用した。

これは今若手棋士の間で最も研究が進められている戦型で、江戸時代からの古い形がコンピューターに再評価されて今脚光を浴びているというもの。

藤井の師匠、杉本七段が指摘していたとおり、この形は藤井が日頃からよく研究している形でもある。

羽生は、敢えて、自分の得意分野ではなく、藤井の土俵で勝負しようとしたのだともいえる。

常に時代の最新型を取り入れ、自分なりの結論を追求する、いつもの羽生の姿勢が表れているし、藤井という伸び盛りの若手に対して、奇を衒って眼くらましのような勝ちを狙うのではなく、正々堂々と横綱相撲で負かしてやろうと言う意気込みも感じる。

果たして、先手の藤井から積極的に動いて、右辺でポイントを稼ぐ。羽生は左辺から反撃に出る。

しばらく羽生の攻めを受けた後、再び藤井の反撃。味よく羽生が銀を取ったと思われた瞬間、はっとする歩のタタキで王手。

この応手に羽生が悩んだあたりから、形勢は藤井に傾き始めたのか。すでに藤井の方がよかったのかもしれない。

羽生も妖しい手を絡めて一撃必殺の逆転を狙うも、的確な藤井の対応に及ばず。最後は間合いを見切った藤井に即詰めに打ち取られる。

このあたり、羽生の手が震えていた。羽生の手の震えは、勝ちを読み切ったときの現象としてよく知られているが、劣勢で震えるのは珍しい。

羽生は、対局後、藤井が優勝を決めた後のインタビューで、「(藤井は)形(パターン)の認識能力が高い」と感想を述べている。プロ棋士は、「この形は良くて、この形は悪くなる」という局面の認識能力を経験や研究の蓄積の中から身に付けるものだが、藤井はその精度と正確性において突出したものがあると羽生は見抜いた。

藤井が得意とする詰将棋(解答も創作もトップレベル)は、まさに駒の配置のパターン認識能力の高さが要求される。これは努力というよりも持って生まれた才能が大きいのではないか。

羽生は、昨年の3月に非公式戦で藤井に敗れたときにも、敢えて最新研究では不利とされる変化に飛び込んで行った。今回は、結論は出ていないが、経験と研究という面では藤井の方が豊富といえる戦型に誘導した。どちらも相手の力を測ろうとして結果的には読み負けたといえるが、何が何でも勝ちに行こうという姿勢ではなかったように感じる。

勝負に辛い棋士、典型的には大山名人のような人であれば、番外戦術も含めて、藤井を全力で潰しに行ったかもしれない。

羽生、森内、佐藤康光といった羽生世代を代表する3人が、あっさりと藤井に負かされたように見えるのは、やはり大山・升田、あるいは中原・米長世代との違い(勝負への執着心の差)を感じる。

自分が今一番注目するのは、藤井聡太が、いつ渡辺明と対決するのか、ということだ。

渡辺は朝日杯翌日のブログで、「谷川先生が『20代、30代の棋士に対しては、『君たち悔しくないのか』という気持ちもある』というコメントを出されたように自分も手放しで驚いたり誉めていればいい、という立場ではない」と書いている。

藤井の前に立ちはだかる壁になりうるのは、渡辺明が筆頭者だと思っている。

今後の名勝負に今から胸が躍る。
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