2017/3/16 | 投稿者: pdo



読んだよ〜ん。

アクションペインティングがすごい! すごい×10!

富士山をバックに色塗りドレスのプチ写真集がスゲーいい感じ。

大物たちとの対談は読みごたえたっぷり。

太田出版といえば、かつて自分はクイックジャパン101号のこの写真にノックアウトされたので、

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なんでクイックジャパンはももクロとかばっかり特集してサブカルとの相性ばっちりの彼女を特集しないんだ! とずっと思っていたのですが、雑誌の特集記事どころか今回1冊まるまる「のん」にしてくれたので感謝しています。

しかも、とても雑誌の特集なんかでは収まらない、ガチの作りでした。

感想はがっつり書きたいのでとりあえず今日はここまで。


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2017/3/15 | 投稿者: pdo



世界はより小さく、より西洋的に、ハリウッド的になっている。でもこの映画には、私が見たこともないファンタジーがあった。それは美しく、まるで不思議な夢を見ているようだった。僕たちはいつも映画にサプライズを求めている。この映画は、まさにそのサプライズをもたらした。

── ティム・バートン(2010年カンヌ国際映画祭審査委員長)

あの懐かしい故郷に背を向けて一人で見ていたものが幻であり、
一見幻のような幼い頃の小さな共同体での記憶が、
逃れられないほどに愛すべきものであるとおしえてくれる。

── 奈良美智(画家)

熟れきった果実が落ちもせず、なおも枝にとどまるのをじっと見つめているかのようなスリリリングな114分!
しかも、果肉は一瞬ごとに若やいでいくかに見える。この稀有な体験を逸してはなるまい。

── 蓮實重彦(映画評論家)


アピチャートポン・ウィーラセータクン監督が第63回カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した作品『ブンミおじさんの森』が近所のツタヤに置いてあったので借りて観た。

『世紀の光』の4年後、『光りの墓』の5年前である2010年の作品だ。それぞれの出演者がこの作品にも出ていた。



先に『世紀の光』や『光りの墓』を見ていた自分はこの映画の世界に抵抗なく入っていけたが、正直、初めて見た人にとっては、「なんじゃこりゃ?」になる可能性が高いと思われる(タルコフスキーとかの難解な芸術映画を見慣れている人にとってはそうでもないのかもしれないが)。

「パルムドール受賞作品」という触れ込みがあるから最後まで我慢して(?)観たという人も多いだろうし、そもそもそのような触れ込みがなければツタヤにこの前衛的で実験的な作品が置かれることはありえなかっただろう。

逆に、予備知識なしにこの映画を見て「面白かった!」と心の底から言える人は、自分の感受性と芸術的センスに自信を持って生きていくべき(まったく皮肉ではなくて)。

肝心な映画の話とはまったく関係のないどうでもいいことしか書いていないが、正直内容については何も書きようがない。「とにかく見て、感じろ!」などという阿呆なことしか言えない。

パルムドールの審査委員長をしていたティム・バートンが激賞したという話が流布しているようだが、たぶんティム・バートンだってこの映画の良さを説明できないはず。

アピチャッポン作品は、思考を働かせずに、一種のトリップ体験、瞑想体験として見るのがよいのだと思う。「ゾーン」に入りたい人はどうぞ〜ん。

なんて馬鹿なことばかりでお茶を濁すのは癪に障るため、以下にちょっと断片的な解釈を試みる。

ネタバレなんで未見の人は注意。

その前にこのことだけは言っておきたい。

この映画が高く評価されるような世界を私たちは決して失ってはいけない。

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2017/3/14 | 投稿者: pdo



30秒間佇んでいるだけの、究極まで削ぎ落とした、同時に、何も隠していないコマーシャルフィルム。

こんなショットに耐えうる存在は現在「のん」をおいて他に居ないだろう。

以前、「ホットロード」が公開される前に、日テレのZIPという番組で、能年玲奈のショートフィルムが毎日連続で放送されたことがあった。2013年の紅白歌合戦の前にも、毎日能年玲奈が30秒だけ紅白の宣伝をするというスポットがあった。

被写体としての彼女には、「とにかく映ってさえいれば何とかなる」という安心感のようなものを抱かせる要素があるのかもしれない。

これを「演技」と呼んでよいのか、という問題はあるにせよ、「女優のん」のTV画面における本格デビューは、不特定多数の番組の間に挿入される(これを「任意の番組の途中でゲリラ的に乱入する」と言い換えれば彼女のファンにとっては一種の爽快感が生まれるだろう)コマーシャルフィルムという形で達成された。

「のん」は自身のことを「創作あーちすと」と規定する。

女優というのは、彼女にとって、多様なあーちすと活動の一部分でしかないのかもしれないな、とさえ思わせる。

もはや彼女の人生そのものがドラマであり、それはどんなフィクションよりも劇的である。

「のん」は確実に単なる俳優とは別次元の存在となった。

否、元々別次元の存在だったことに、ようやく我々が気づき始めたにすぎないのだろう。


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2017/3/13 | 投稿者: pdo

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スチャダラパー『余談セブンティーン』発売決定!

スチャダラパーの公演にあわせて発売されるスチャダラパー責任編集の雑誌『余談』が、今年も4月15日(土)に日比谷野外大音楽堂で開催される『スチャダラパーライブ 2017年 野音の旅』の会場で発売されることが決まりました!

タイトルはその名も『余談セブンティーン』!

今回も様々な方々との『余談』を収録、テイ・トウワさんのNY時代から現在までの貴重なお話や、小籔さんとコヤブソニックのエピソードやこれからのお話を、中原昌也さんと、これぞ『余談』の真骨頂!とも言える、とりとめのない話を延々収録しています。

そしてなんと、今回はのんさんにご登場頂き、スチャダラパーとのたっぷりとした『余談』にお付き合い頂きました! その他様々な内容を収録して発売いたします!よろしくお願い致します!


楽しいに正直のん。石橋を叩いて渡る必要なんてない。

楽しくなければのんじゃない! 一気にのんじゃえ!

やりたいことはやってしまえばいい!!



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2017/3/13 | 投稿者: pdo

今回はネタバレ含むので未見の方はご注意

昨日のブログで映画『バンコクナイツ』について身も蓋もない否定的意見を書いてしまった後で、ネット上でこの映画に関するレビューをいろいろと読んでみたが、当初の感想を変える必要は感じていない。

ただ「空族」というスタッフたちの、映画制作への姿勢というか、意欲みたいなものは買いたい(偉そうですみません)。既存の映画へのチャレンジ精神は、つまらん商業映画よりは百倍マシだ。この作品に限っては、脚本と編集をもっと磨けば、たとえば2時間でずっといい映画になったのではないかという気がする。

富田克也監督は、『サウダーヂ』の公開前に、アピチャッポン・ウィーラセタクンと対談しているくらいだから、タイを舞台にしたこの映画を撮るに当たって、アピチャッポン監督のスタイルに影響を受けていることは確かだと思うが、この作品に限っては中途半端で裏目に出ている気がした。

つまり『バンコクナイツ』は明確で分かりやすい物語性を放棄して、映像そのものの力によって菊地成孔言う所の「長いMVを見ているような」ある種のヴィデオ・インタレーション作品的な効果を意図したように思える(映画館に掲示されていた批評の中にも「いつまでも見ていたくなる」旨のレビューがあった)。

しかし端的に言ってこの作品の映像はそこまで陶酔的ではなく、度々引き合いに出して悪いが、アピチャッポン作品のような魔力を宿していなかった。若干陶酔的だった部分はタイの自然そのもの、バンド演奏や占い師自身のパワーによるものだった。

それでも、魅力的な映像はあちこちにあった(特にイサーンの部分とラオスの部分)。バンコクの日本人たちのしょうもないいかがわしさもよく描かれていた。イサーンのバーでうらぶれたフランス兵がクダを巻いている場面なんかとてもよかったし、幽霊のオヤジも何だか意味ありげで面白かった。だが、「意味ありげで面白い」レベル以上ではなく、途中出てくる共産主義ゲリラのような映像は中途半端で効果的ではなかった。

この映画の失敗の8割以上は、終盤のまとめ方の悪さにあると思う。主役のオザワがラオス(?)で銃を買う場面、もう一人の主役ラックと船で島に向かう場面、浜辺でオザワが寝過ごして沖に流された(?)ラックを助けに行くくだり、その後の別れの暗示、そしてラストシーンの地元のイサーンで赤ん坊を抱いているラック(=イン姉さん)、と終盤の展開を思い出すままに並べてみたが、それぞれの脈絡があるようでいてなく、非常に分かりづらい。もしかしたらスッキリする解釈があるのかもしれないが、僕の頭では消化不良感だけが残った。終わり方がもう少し綺麗であれば映画全体への感想はかなり違っていたと思う。

そして最悪なのが、この消化不良感を引きずっている観客に対して、エンドロールで延々と楽屋落ち的なNGシーンみたいなものを見せたこと。この中で、お寺参り(?)をしている最中になぜかラック役の女優が号泣しているのだが、これは本編に組み込めばよい場面なのに、観客には意味がよく分からないままエンドロールに使うのはもったいない。浜辺でオザワに抱き着きながら「(タイ語で)お母さん!」と泣き叫ぶ場面よりも、お寺で泣いているラックの方が百倍魅力的だった。

などと昨日に続いて無い物ねだりのような感想を書き加えたのは、この映画はもっとよくなるはずなのにもったいないなあ、という気がしてならないからだ。富田克也監督と共同脚本の相澤虎之助氏に、タイ映画にもう一度チャレンジしてほしいと思う位、この国には被写体としての魅力があるのだ。

そして、アピチャッポン監督は『バンコクナイツ』を見てどう思うのだろうか。
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