2017/1/23 | 投稿者: pdo

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このブログについて、「能年玲奈ファンに気を遣わずいろんなことを書いてください」という、涙が出る程ありがたいことを言って下さる方もいるのですが、現状の私には能年玲奈(のん)さんのこと以外に書きたいことが浮ばないのです。(涙)(笑)

もちろん、私が彼女のファンであるというのが最大の理由ですが、それ以上に、私は、今彼女が戦っている現場から目をそらすことができないのです。

「戦う」というのは穏やかではない表現ですが、実際に今彼女は、とてつもない巨大な力と闘っているのだと思います。

それは過去に、数え切れないほど多くの、将来有望なタレントや俳優や女優を文字どおり抹殺してきた巨大な力です。

若手だけでなく、トップスターや大御所と呼ばれる人たちでさえ、「芸能界の掟」に逆らうことで、表舞台から追放されてきました。

本来芸能人と芸能事務所は、対等な立場で契約を結ぶのが望ましい形であり、芸能人は「芸」を売ること、芸能事務所はその「芸」をプロモートすることで互いに利益を得るのです。

事務所に契約相手としてのタレントを選ぶ権利があるのと同じように、タレントにも事務所を選ぶ権利はあるはずです。

しかし誰もが知るように、現在のわが国の芸能界ではそうはなっていません。力関係は圧倒的に事務所の方が上で、大手の事務所は互いに手を組んでいる一方で、個々のタレントはバラバラに分断されています。

能年玲奈さんのケースについては、細かい事情は知りませんが、基本的には契約期間が満了したから関係を終了させたというだけの話だと思います。

例えばスポーツ選手が、一定の期間を定めてチームとの間で所属契約を結び、その期間が終了すれば独立(移籍)するのも継続するのも互いの交渉で自由に決めることができるのと同じことです。

しかし、前事務所は、未だに彼女が自社の所属タレントであると主張し、テレビ局などが彼女に出演オファーをすると、「協議」の場を設けるなどして、出演を阻もうとするようです。

そればかりか、彼女が主演声優を務めた映画が異例の大ヒットをしているにもかかわらず、それをテレビで取り上げる際に彼女の名前を出すことすら許さないようです(さすがに最近では名前くらいは出すようになってきたようですが)。

前事務所を独立する前の最後の2年間は、彼女は事実上の飼い殺し状態にありました。所属中はまったく仕事を入れず、独立してから仕事しようとすると妨害するというのは、あまりにも悪質な嫌がらせとしか言えません。

しかし、この前事務所がやっていることは、芸能界という特殊な世界では決して珍しいことではなく、竹中労の言い方を借りれば、「スターをまるで女郎のように、資本に隷属させている」この世界の掟では、スターとは、いうならば金の卵を産むニワトリであり、自由きままに、外へ飛び出されてはたまらない。まして、餌を食いすぎたり、飼い主にタテをつくようなトリは、痛めつけてやらなくては…ということになるのです。

繰り返しになりますが、過去にこのようなやり方のために潰されていったタレントは無数に存在します。

そして、能年玲奈もまた、本名である「能年玲奈」という名前すら奪われ、潰されようとしています。

確かに、去年の7月に独立してから、彼女は個人事務所を立ち上げ、彼女なりに精一杯の活動をしています。そのどれもが、安易な金儲け主義に走らず、小規模ではあっても良質な仕事を選んでいる気がします。

また、SNSの力を最大限に利用して、彼女を応援するファンを楽しませようとアピールに懸命な様子が伝わってきます。

しかし、『この世界の片隅に』の予想を超えるヒットと高評価により、一見して順調なように見えるにもかかわらず、彼女の今後の活動は、薄氷を踏むような不安定さも同時に抱えています。

何よりも、女優として演技の仕事をする場がなかなか与えられないのが最大の問題です。

* * *

ここまで、やや厳しめのトーンで書いてきましたが、実際には、私は彼女の将来を悲観していません。

彼女は、間違いなく女優として活躍の場を見出すことになると思います。

彼女の強みは、彼女に好意的な目を持つ味方が多いことです。共演者やスタッフ、評論家、アーチスト、業界の人々、ひいては彼女の演技の舞台となった地元の人々は、前事務所の関係者など例外的な人びとを除けば、ほぼ彼女に同情的といっていいのではないでしょうか。

そうした人々の有形無形の後押しが、いずれ具体的な形となって現実化するものと思います。

そして何よりも、彼女自身の才能とポテンシャルが桁違いであるということです。

『この世界の片隅に』の片渕監督は、すずさんの声はどうしても能年玲奈でないといけないと考えて、映画の製作経費の赤字が膨らむ中で、彼女と前事務所との契約が終了するのを辛抱強く待ち続けたと言います。

これほどの製作者の情熱に対して、彼女はそれに応えるだけのものを持っていることを、この映画は見事に示しました。

160キロのストレートを投げ込めば、彼女にはそれを場外ホームランする力があるのです。

そんな女優は、今の日本(世界?)には彼女しかいません。

私たちは今、滅多に見られない伝説を目撃しているのです。

それは、過去の誰もが成し遂げられなかった困難なこと、芸能界の掟を嵩にきた芸能事務所とマスコミの執拗な妨害を、その才能と魅力によって乗り越える、革命的な戦いの遂行なのです。

しかも彼女は、そのようなとてつもない事業を、いかにも気楽に、満面の笑顔を浮かべながら、楽しそうに行っているように見えます。

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ある雑誌の新年の特集記事のために、神田明神にやってきた彼女の姿を見たある編集者は、一種の“神々しさ”さえ感じたと記しています。

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今の芸能界は、表面的な見かけからは想像できないことですが、実は彼女を中心に回っているのかもしれません。

かつて、ある評論家は、山口百恵という一時代を築いたアイドル歌手について

「山口百恵は菩薩である」



と題する本を上梓しました。

私は今、慎んでこう言いたいと思います。

「能年玲奈はメシアである」 と。

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「この人を見よ(Ecce homo)」と私はいま世の中で苦境にあるすべての人々に向かって叫びたいのです。

真の英雄は民衆の中から生まれるのです。

暗い因習の桎梏から解放されて、自由に、気ままに、マイペースで羽ばたいていく彼女の姿を、私はこれからも喜びをもって見守り続けたいと思います。


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