2017/1/20 | 投稿者: pdo

『美術手帖』ののんさんの「大きな絵」の写真が小さい! と文句を言ったら、

奈良美智さんがツイッターに大きな写真を載せてくれた。

(文句を言ったからじゃないと思うけど)

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タイトルは「ちきゅうの女王」。

(クリックして拡大して見ることを推奨)

世界的に評価されているポップアート作家で、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やロサンゼルス現代美術館に作品が所蔵されるなど日本の現代美術の第二世代を代表するひとりでもある(*)
奈良美智氏曰く、

*ウィキペディアより

俺はね、め〜〜ちゃ良いと思うんだけど。

だって。

俺もね、め〜〜〜っちゃ良いと思うよ。



賢治はベートーヴェンを敬愛していた。花巻農学校でベートーヴェン百年祭レコードコンサートを企画したのも賢治だった。そればかりか、同時期に農学校付近の野良で、つばのある帽子に厚手のコート姿で後ろ手に組んでうつむきがちに歩く自分の写真を撮らせているが、これはなんとベートーヴェンがウィーン郊外のハイリゲンシュタットを散策するのを「模倣」して撮らせたものだという。

ベートーヴェンの有名な「運命」交響曲も大好きだった。賢治の感想「繰り返し繰り返し我らを訪れる運命の表現の素晴らしさ」も興味深いが、「おれも是非ともこういうものを書かねばならない」と奮起して書き始めたのが『春と修羅』と題する心象スケッチだったという弟清六の回想がさらに印象深い。

もう一つ有名なベートーヴェンの田園交響曲も賢治の作品と無縁ではない。賢治は、大正11年(1922年)5月21日、岩手山の南東山麓に広がる小岩井農場を一日がかりで歩き、その折々の実景と心象風景を画家がスケッチするのと同じように言葉で紡いでスケッチしたが、この長編口語詩『小岩井農場』は、ベートーヴェンの田園交響曲の手法を踏襲したものだった。

著者は、「ベートーヴェンの書き留めたのが五線上の音符で、賢治のそれが彼独自の言葉の音符だったに過ぎない」という。賢治が所蔵していたレコードの中ではベートーヴェンが一番多かったというくらい、この楽聖への思い入れは強かったようだ。

根井雅弘京都大学教授による書評より)


俺はこう言おう。

「ベートーヴェンの書き留めたのが五線上の音符で、賢治のそれが彼独自の言葉の音符だったに過ぎない。そしてのんは彼女独自の<それ>の表現方法を持っている。」

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