2017/1/7 | 投稿者: pdo

以下の文章は、1966年に、竹中労が書いた原稿である。ビートルズが来日して武道館でコンサートをやった年だ。

半世紀たった今でも、日本の芸能界というものの体質が、なんにも変わっちゃいないことがよく分かる。

山本富士子は、舞台女優として、立派に俳優人生を貫いた。



芸能界、つまり芸能人の社会というものは、一種奇怪な群体(コロニー)である。そこでは、タレントと称される個体がたがいに連結し合って、共通した同類意識の元に棲存している。

だが、固体同士の間に生活の連帯はない。サンゴ礁のように、ある部分が欠けても、死滅してしまっても、他の部分にはかかわらないのだ。早い話がプライバシーの侵害などということになると、彼らは結束して「われわれ芸能人は」とわめきたてるのである。ところが仲間が首をつろうと、職場を追われようと我関セズである。

ぼくは、さまざまなおもいをこめて、芸能界の内幕を描いている。1964年の夏、週刊誌記者を辞めて、えんぴつ無頼の一匹狼になったとき、激励してくれた人々にこんな約束をした。「いつか芸能界の、“傷だらけの山河”を、ぼくは書くことになるでしょう」そのときぼくの脳裏にあったのは、山本富士子を巡る、いわゆる「五社協定」の内幕であった。スターをまるで女郎のように、資本に隷属させている映画界の暗黙の掟をバクロしたいと考えていた。

大急ぎでバスに乗らねば置き去りにされる、いや乗り込んだところで、ボンヤリしていたら突き落とされ、『過去帳』の人になってしまう――、それが芸能界の現状なのだから。

しかも、資本から干されるということがあるのだ。山本富士子の場合が、そうであった。1963年3月26日、フリー宣言をしてから、今日にいたるまで、彼女は映画資本から閉めだされている。

1965年6月、新藤兼人監督『悪党』(東宝配給)の主演が流れたのも、「五社協定」のためである。九分九厘まで決まっていた話が、東宝森岩雄副社長の「山本富士子を使ったら東宝では配給しない」というツルの一声でおじゃんになってしまった。「五社協定? キミ、そういうものはないんだな」(永田雅一大映社長)と、映画会社の主脳部は言う。だが“まぼろしの紳士協定”は、夜と霧のように映画界をおおい、現実に俳優の自由を拘束している。

1958年から62年にかけての5年間に、山本富士子は専属契約を結んでいる大映で、芸術祭参加作品を1本も撮っていなかった。契約条件の他社出演2本という約束も、完全に無視された。次の作品に入る際の打ち合わせはなく、クランクインの数日前に台本を渡されるという始末だった。

そこで、63年の契約更改のさい、永田社長との話し合いで専属契約をやめ、優先本数(他社出演は自由)契約に切り替えることになった。ところが、いざ調印のときになって永田は、「専属かフリーか!」とひらきなおった。つまり、一種の恫喝である。おどかせば彼女が折れるという計算が、永田雅一の心中にはたらいていたにちがいない。

しかし、山本富士子は折れなかった。敢然と永田社長に逆らって、フリーの道を選んだのである。当然、ワンマン永田雅一の激怒を買い、その結果が「五社協定」の発動であり、市川団十郎との舞台共演のストップであった。限られたページに真相を尽くすことはできないので、要約していえば、以上のとおりである。

新聞も週刊誌も、その事実を報道しなかった。中には「オフジの横車」などと、まるで逆のことを書きたてて、会社の肩を持つ記事まであった。…当時、彼女がどれほど孤独な心境であったか、いまになって納得できる。それまで「日本一のオフジさん」だった大スターが、映画はもちろんのこと、舞台にもテレビにすらも出演できなかったのだ。

五社協定とは、簡単にいえばスターを企業体(資本)に縛り付けておくために、映画会社の経営者たちがとりきめた「不文律」である。芸能界の腐食した穴ぼこが、ここにある。スターとは、いうならば金の卵を産むニワトリである。自由きままに、外へ飛び出されてはたまらない。まして、餌を食いすぎたり、飼い主にタテをつくようなトリは、痛めつけてやらなくては……、というわけだ。

企業不振の時に、後足で砂をかけて(と経営者は思ったのであろう)フリーを宣言した山本富士子に対して、報復の意味で干し上げることが必要だったのである。

当時インタビューしたぼくに、永田秀雅大映専務は、こう語った。「大映が山本富士子の仕事に干渉しているなどというのは、とんでもないデマです。彼女はフリーで、大映には何の関係もない。他社で使われないのは、けっきょくギャラが高すぎるからでしょう。それとも私たちが邪魔しているという、確証でもあるのですか?」

確証は、なかった。だが山本富士子という女優が疎外され、不当に俳優としての生活と生命を奪われようとしていたのは、まぎれもない事実だった。ジャーナリズムは、この真相を徹底的に究明するべきであった。そして俳優たちは、芸術家の自由を守るために、団結して立ち上がらなくてはならなかった。

個々にはフリーであり、だが同じ目的に団結した真に有機的なコロニーに、芸能人社会がむすびあうときは、いつの日であろうか。…五社協定などというバケモノじみた“掟”は、一日もはやく破棄しなければならない。相互扶助、相互防衛の精神に俳優は目覚めねばならない。

(『芸能人別帳』竹中労、「第27番 五社協定と山本富士子」より)
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