2016/12/31 | 投稿者: pdo

井上剛 『あまちゃん』チーフ・ディレクターのインタビューより

『あまちゃん』の天野アキ役は、日本中の一番旬な子を集めて、オーディションで選びました。

2千人くらいから、書類選考を経て、最後の方は100人くらいになる。そこからは僕もひとりひとりに会っていきましたが、それくらいに絞り込まれた段階だと、僕らの番組が求める人が見えてくるんですね。

その中でも能年さんは、入ってきた瞬間からオーラがほかの誰とも違ったんです。

見たことのない、新鮮な、というのが、朝ドラをやるときの僕らの一番大事なテーマ。もちろん、独特の個性を持った人はいっぱいいるんだけど、今回はとにかく明るくしたかった。

能年さんは幅広い層に好かれ、だけど深いところまでやれる、いわば<横の広がりと縦の深さ>を両方出せる人。僕らが投げたことのないボールを受け止めて、違うところに持って行ってくれるような可能性を秘めた人でした。

彼女は芝居の経験があまりありませんでしたから、最初は、下手でしたね(笑)。誰でもそうだと思うんですけど数日間は、彼女なりに、必死になにかを探している感じがありました。でも探すといっても、懸命にガツガツ探すタイプじゃない。そんなところは周りに見せないんです。でも、内面では嵐が吹き荒れてたんじゃないですかね。

ドラマの中で、アキと能年さん本人は、行ったり来たり、シンクロしています。彼女は使い分けていたのかもしれないですね。それでいつの頃からか、<能年さん>っていうキャラクターが面白いね、とみんなで言い始めたんですよ。そうすると、そのキャラクターも彼女はさらに被りだしたような気がします。

スタジオ周りに、衣装を着替える2畳くらいの部屋があって、そこを能年部屋と読んでいたんですけどそこに閉じこもって、神経を集中してるんですよ。しゃべらないし、独特の子なので、みんな面白がって、時に「アキちゃんぽいよね」と言ってみたり、「いや能年ちゃんぽいよね」、なんていう言い方をよくしていました。彼女は、そういうスタッフの反応を敏感にキャッチしながら、しらーっと素に見せてやってる感じがありました。

それとシーンとシーンの感情がつながらなくても、画面上ではつながっているのも面白かった。能年さんには独特な輝きやまた妙なパワーがあるから、撮ってる側もどんどん行けて、心理的にはつながらないのにつながっている。これは小手先の芝居では無理なんです。芯の部分でつながっているということ。だからテレビの文法、映像の文法を少し疑わせてくれる、あるいは超えていけるような女優さんでもありますね

現場では、能年さんとはあまり話し合っていません。最初の頃と、あとは節目、節目でくらい。どちらかいうと放っておいて、でも気にし合ってはいる存在というか。立つのか、叫ぶのか。セリフひとつとっても、どっちでいくのかという指示は当然します。でもこちらが仕掛けたことを超えてくるんです。

能年さんの集中力と体力と根性は、半端ないと思います。しかも小泉今日子さんにしろ、薬師丸ひろ子さんにしろ、当然本気ですからね。ものすごいオーラとパワーできますから。でも、能年さんは負けてなかったと思います。

それとあの子のまた別のいいところなんですが、時々、急に気を抜くんです。その抜け方も独特!

グループ・ショットのところとかで、私が私がと前に出てくる人が多い中、ふっと中心から離れるんですよ。それができる人は、なかなかいません。普通は、そのままでくの坊になってしまう。だけど、カメラでいつ抜かれても自然体でいるんですよね。

能年さんはグループの中にいても嫌らしくない身の置き方をしますね。そして、その中にいても、光る。引いても目が行ってしまう。不思議ですよね。といっても出過ぎてるわけじゃない。でも押し出しが強く見えないけど、絶対胸の中、「光ってやる!」と、とぐろ巻いてますよ(笑)。

ドキュメント撮影で一緒に東北に行ったんですが、彼女がぱっと表に出ただけで、ワーッと人が集まってきて、それで第一声が「かわいい」なんですよ。大勢に。どんな人々からも、子供から、おばあちゃんまで。こういう場所で、彼女が一番よく言われる言葉なんじゃないかな。それはずっとそうだったらいいなあと思いますね。

どちらかというと彼女は引きこもりタイプで(笑)、いわゆるアイドル的じゃないのに、珍しいです。そう言われるの。いまのままでいいか分からないけど、能年さんが、能年さんらしくあり続けたらいいんじゃないでしょうか。

(『キネマ旬報』2014年8月下旬号)傍線は引用者による



ある人物の「ありがとう」というせりふに、相手のせりふがつづき、さらに元の人物のせりふがつづきます。せりふは行を追って書かれ、行と行との間は空白です。しかし、生きた人間の対話には、行間というようなものはありません。あなたはしゃべっているときも黙っているときもあなたであり、私も同様です。あなたという存在も、私という存在も、それぞれ同時に持続しているわけで、下手なネオンサインのように交互に現れたり消えたりしているわけではありません。せりふの行間を読め、といわれるのは、語られる言葉にともなう感情や意識や身振りや表情をつかめということであり、そういうものを支えている、あなたなり私なりの、存在の独自性をつかめということなのです。

(芥川比呂志『ハムレット役者』より)



片渕須直監督インタビューより

監督は登場人物たちが話す広島弁のイントネーションにもこだわった。監督もヒロインのすずさんを演じたのんさんも共に関西出身。キャラクターの心情を突き詰めることはできても、広島弁のイントネーションやニュアンスの確認は、試行錯誤の繰り返しだったという。

「スタジオの中には常に広島弁がわかる人に複数いてもらって、僕たちも広島弁に慣れるようにしました。作業をずいぶん繰り返す中で段々ニュアンスが掴めて来て、あっ今の広島弁は違うな、と自分たちでもわかるようになっていきました。そうした試行錯誤の結果として、映画を見てくれた広島のお客さんから“登場人物がみんな自分たちのおばあちゃんの時代の言葉を喋っていた”という感想をもらいました。“いまの広島弁ではない”ということなんですよね。映画を通じて“うちのおばあちゃんには、あんな可愛らしい娘時代があったんだなぁ…”と感じてもらえる広島弁が作り出せていたということですよね」。

映画の舞台となった広島の観客が監督に投げかけた嬉しい言葉。監督は早速、のんさんにその感想を伝えたところ、彼女から「“広島弁”と“昔の雰囲気”という二つの課題がクリアできていたんですね! 良かった!」というメッセージが帰って来たとのこと。

「彼女はやっぱり演じることが好きなんだなと思いましたね。闇雲に台本の上の台詞を感情的にぶつけていくのではなくて、きちんとすずさんという人格を彼女の中でイメージしようとしていました。彼女自身が不自然さを感じないすずさんのキャラクターを掴んでいった。そうした上で、すずさんがしゃべる台詞回しに、ちゃんとお客さんに対してエンターテインメントとなる面白さを持たせようという、何重にも意識を持って収録に挑んでいました」。


再び静かであった。誰から静かになったかは知らない。そして、人々が動き、肘をふれあい、わび合い、咳をした。

そして、ざわざわとした物音に変わろうとしていたときに、不意にまた声が堰をきって流れ出た、きっぱりと、豊かに、奔流のように。

思いてひとりのいや増すは君のみ。姿を変えしめるは君ひとり。

しばし姿をとどめ、いつしか枝のそよぎと聞こえ、

悔いを残さぬ香とにおう。

ああ、ちぎりし者みな去りぬ。

君のみあらたに生まれてやむことなし。

君をとどめしことなければ、君を失う日もあらじ。


誰も予期しないところであった。誰もがその声に圧せられたように立っていた。

終わりに近くなって声はひときわ力にあふれ、今宵ここで歌うことになるのを、何年も前から知っていたように感じさせた。

(『マルテの手記』リルケ作、望月市恵訳)




あすは元旦が来る仏とわたくし

(尾崎放哉句集より)

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2016/12/29 | 投稿者: pdo

大掃除を眺めている最中にテレビをつけていたらたまたま流れていた、BSで放送していた、渥美清のドキュメンタリーが大層よかった。

渥美は45歳のときに、永六輔の誘いで句会に参加するようになり、「風天」という俳号で、死ぬまでに270句を詠んだという。彼の繊細で鋭い観察眼が光る、味わい深い俳句を紹介しながら、生前を知る人々の証言とともに俳優・渥美清の生涯をたどるドキュメント。

彼の心情がしみじみと伝わってくる、とてもいい句ばかりで感動した。


好きだから つよくぶつけた雪合戦

マスクのガーゼずれた女(ひと)や酉の市

赤とんぼ じっとしたまま 明日どうする

ポトリと言ったような気がする 毛虫かな

初めての煙草覚えし隅田川

日暮里の線路工夫や梅雨の朝

金魚屋生まれた時から煙草くわえたよう

うつり香のひみつ知ってる春の闇

ひるがを何思いさく すべてむなしく

ほうかごピアノ五月の風

鮎塩盛ったまま固くすね ※黒柳徹子が選んだ句

いみもなく ふぎげんな顔してみる 三が日

テレビ消し ひとりだった大みそか

村の子が くれた林檎ひとつ 旅いそぐ

汗濡れし乳房覗かせ手渡すラムネ

毛皮着て靴ふるき はな水の女(ひと)

俳人の金子兜太は、渥美の俳句を読んでこう語る。

俺の思ってた渥美っていうのはもっと正直な人だと思ったけど、これは相当なバケモノだぞという思いが出てきましたね。あれは、相当なチャップリン級の喜劇俳優の素質を持ってるんじゃないかな。自分を戯画化して、カリカチュアライズして、どんどん人前に晒すことが平気な男ですね。しかもそれをかなり巧妙に隠しながら、あるいは修飾しながら、そういうことのできる人だと、俳句を読んで思いました。

いま暗殺されて 鍋だけくつくつ

台所 誰もいなくて 浅蜊泣く

麦といっしょに首振って歌唄う

蓋あけたような天で 九月かな

朝寝して 寝返りうてば 昼寝かな

花冷えや 我が内と外に 君が居て

やわらかく 浴衣着る女(ひと)の び熱かな

おふくろ見にきてる ビリになりたくない白い靴

月ふんで 三番まで歌う かえり道

少年の日に帰りたき 初蛍

むきあって同じお茶すするポリと不良 ※不良は少年の頃の自分のこと

はえたたき握った馬鹿のひとりごと ※山田洋次「はえたたきに愛着があるんじゃないかな」

貸しぶとん 選ぶ踊り子かなしい

※浅草のストリップ小屋時代。浅井慎平「かなりクールで情感が深い」

ステテコ 女物サンダルのひと パチンコよく入る


コメディアンとして売出し中だった渥美を結核が襲う。2年サナトリウムで療養し、右肺を切除。


秋の野犬 ぽつんと日暮れて ※散歩の途中、よく犬に話しかけていたという。

冬の蚊も ふと愛おしく 長く病み

山吹キイロ ひまわりキイロ たくわんキイロで 生きるたのしさ

※手術して復帰後、舞台に立つ時には黄色の衣装がお気に入りだった

蓑虫 こともなげに 生きてるふう

雨蛙 木々の涙を 仰ぎ見る

げじげじにもあるうぬぼれ 生きること


草しげり 終戦の日とおく 飛行機雲

天皇が好きで死んだバーちゃん 字が読めず


寅さんの役しか来なくなったことに悩んだ渥美清は、あるとき俳人尾崎放哉を演じたいと親しい脚本家に告げた。

「あの人は結核で死ぬんだけど、俺はあの『咳をしてもひとり』を演じられる。結核の人は肺が空っぽになってるから、咳が響くんだ」と言って、演じて見せた。

結局この話は実現しなかった。

寅さん一本で行くと決めた後、渥美は前田吟に「スーパーマンは飛ばないんだよ」と語った。まるで空を飛べるみたいに演じて見せるのが役者の仕事だと。

前田と一緒に寅さんの喜劇を撮影するスタジオは、時折監督の笑い声が聞こえるほかは、奇妙なほど静かだったという。

平成4年、すでに癌は見つかっていたが、句会には参加した。

句会では物静かで、出される食べ物やビールにも一切手を付けず、真摯な姿勢が印象的だったと参加者は語る。

どんぐりのポトリと落ちて帰るかな

お遍路が一列に行く 虹の中 ※「虹」というお題で平成6年6月6日の句会で詠んだ句

平成8年8月4日、享年68歳。

花道に 降る春雨や 音もなく

蟹悪さしたように生き

※金子兜太「俺なんか頭下げるね、こういう句を見ると。こういう風に見れるというのはすごいね」生前の渥美清を知る多くの知人が自画像のような一句と。

ナレーションは吉永小百合。

年の瀬にいい番組を見た。



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2016/12/28 | 投稿者: pdo



ほんとは能年ちゃんをずっと追いかけていたいのだけど、これについては書かないわけにいかない。

「不正の証拠なし」 日本将棋連盟、会長ら8人の減給処分発表

将棋の三浦弘行九段は、ソフトの不正使用の証拠はないとの検証結果を受け、会見し、「元の状態に戻してほしい」と訴えた。

三浦弘行九段は「2カ月半以上、将棋の勉強どころではなかったので、一刻も早く勉強して、結果が残せるように頑張りたい」と話した。

三浦九段は、疑惑の発端となった「30分間にわたり、席を離れた」事実がないと、調査でわかったことについて、「驚いた。それなら疑惑自体がないのではないか」と述べた。

年内いっぱいの出場停止処分を受けている三浦九段は、タイトル戦の1つ、竜王戦に出場できなかったことについて、「無理だろうが、元の状態に戻してほしい」と胸の内を語った。

一方、日本将棋連盟は、「将棋ファン、三浦九段とその家族、関係者にご迷惑をおかけし、深くおわびする」と謝罪し、会長ら8人の減給処分を発表した。

また、竜王戦のやり直しの予定はないとしたうえで、三浦九段には次の順位戦で特別措置をとるなど、「名誉回復に全力で努めていく」とした。(フジテレビ系(FNN) 12/28(水) 4:44配信)

処分の当初から、確たる証拠がないのでは、とは言われていたが、実際に不正の証拠はなかったことが第三者委員会の調査により明らかになった。

「それでもやっぱり怪しい」と思う人もいるかもしれないので念のために付け加えると、第三者委員会は、対局中の離席、指し手とソフトの一致率、三浦とその家族が所有するすべてのスマホとパソコンの解析など、あらゆる「クロ」の根拠を調べたうえでの結論であり、三浦の弁護士によれば、「クロの心証を持って徹底的に調査されたため、2カ月間はその対応に全力を尽くさなければならなかった」ということだ。第三者委員会のメンバーは、元検事総長、元裁判官、元弁護士会会長だ。

要するに、三浦九段の「カンニング疑惑」は完全にでっち上げであることが立証されたといえる。

今週の週刊文春には、「第三者委員会は将棋については素人。プロ棋士なら感覚で分かる」という将棋担当記者の発言を載せていたり、渡辺竜王の「告発は後悔していない」とのコメントを紹介しているが、往生際が悪すぎる。

驚いたのは、この記事により、渡辺竜王が、三浦の疑惑を告発する以前に、週刊文春の記者に「これから理事に内部告発する」というメールを送っていたことが判明したことだ。

当初の渡辺竜王及び将棋連盟理事の説明では、竜王戦の最中に週刊誌にスキャンダル記事が出る恐れがあったため、やむを得ず取った措置であるということだった。第三者委員会も同様の理由から、「やむを得ない処分であった」と結論付けている。

しかし、渡辺竜王が事前に週刊文春の記者と通じ合っていたのだとしたら、話はぜんぜん違ってくる。

つまり、週刊文春の記者と渡辺竜王が共謀して、無実の三浦九段を陥れたと解釈できるのである。

さらに三浦によれば、三浦がカンニング疑惑について数時間に及ぶ詰問を受けた常務会に呼び出された際に、某理事が「今期の竜王戦は中止になった」と虚偽の事実を三浦と渡辺に告げ、休場届の提出を誘導したとされる。

三浦は、竜王戦が中止になったものと思って仕方なく休場届の提出に同意したものの、提出すれば不正を認めたことになってしまうと思い直し、提出を拒むと、それを理由に挑戦権を剥奪され、気が付くと挑戦者が交代され竜王戦が実施されていた。

第三者委員会はこの点については三浦の言い分を一切考慮していない。

いずれにしても、今回の事件で「不正」を行っていたのは三浦ではなく告発者と連盟なのではないか、との疑いが拭えない。

今回連盟が発表した三浦の救済措置と連盟理事の減給処分などは、明らかに不十分である。

現理事がこのまま残留する限り、将棋界の威信は地に堕ち続けるだろうし、まともな将棋ファンは決して納得しないだろう。

三浦九段がこの2か月以上の間に味わった地獄のような苦しみを贖う処分及び名誉回復措置とは何なのか、少しマジメに考えてもらいたい。





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2016/12/27 | 投稿者: pdo

いろんなミュージシャンが亡くなった2016年、クリスマスにあのジョージ・マイケルまで。まだ53歳とか・・・

80年代に洋楽を聴き始めのころに出会った人。

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あの時の輝きが凄かったので、自分の中では、ずっとそのイメージのまま。

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中学生の頃、毎週ノートに「心のベストテン」を書き込んでいたのだけど、ワム!の「ケアレス・ウィスパー」や「フリーダム」や「恋のかけひき」はかなり長期にわたって上位に食い込んでいた。

今、思わず当時のノートを引っ張り出して読んでみたが、今と書いていることが基本的に何も変わっていないことに苦笑する。

こんな風に、自分自身の思い出と一緒に語ることのできるアーチストと言うのはとても大切な存在だ。

そんな大切な、そして偉大な才能が、また一つこの世から去った。

さようなら美しい魂。あなたの音楽は例えようもなく、どうしようもなく最高でした。


You Have Been Loved / George Michael




神様が死んだなんて思わないで

自分を大切にしてあげて

あなたは愛されたのですから
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2016/12/26 | 投稿者: pdo

12月25日(日)22:30-23:00 TBSラジオ
「今晩は 吉永小百合です」より

つい最近観た映画なんですけれども、この番組のディレクターの方から是非見てほしいと言われて、観に行きました。その映画は、「この世界の片隅に」という映画です。この映画、3千万円か4千万円くらいの予算で、お金がなくって、それぞれネットで応募して下さった方の資金でつくられた映画だったんですね。でも、封切りになったら、本当にたくさんの方たちの支持を得て、拡大封切りになって、わたしはその拡大封切りされた初日に行ったんですけど、なんと、満員なんですよ。すごかったです。

こうの史代さん原作で、1933年から1946年まで、広島で、8歳の少女が成長していって、お嫁さんになって、そして、戦争や原爆を経験して、その間にいろいろな辛い思いをしていきます。でも、そういうことを誇張しないで、とっても淡々と描いていくんですね。

片渕須直監督という方が映画化されましたけれども、映像は、そうですね、パステル画を見ているような柔らかい雰囲気でした。そして、主人公のすずの声をやったのが、今は「のん」ちゃんて言うんですよね、能年玲奈さんがやっています。これがまたとってもいいんですよね。彼女の一生を見ているような感じにもなるし、のんちゃんにとって、素晴らしいお仕事をなさったなという風にわたしは思いました。

このすずちゃんは、絵を描く少女なんですね。いろんなことを絵にしていきます。平和な時の絵、戦争の時の絵、そして戦争で右手を失ってしまうんですけれども、それでも希望を捨てないで、最後は孤児の少女を養女に迎え入れて、一緒に暮らしていくというシーンで終わりました。

是非、ぜひぜひ、たくさんの方に見ていただきたいという風にわたしは思っています。


吉永さん、途中から感極まって涙をこらえておりんさるようにも聞こえた。

「週刊エコノミスト」のロングインタビューは、「のん」に改名した理由や感想について踏み込んだ質問をしたりしていて、インタビュアーの思い入れみたいなのが伝わってくるような気がした(のんさんはうまくかわしていたが)。

コメディーが大好きなのでこれからはコメディーをやりたいとか、「渥美清さんを研究しています。映画『男はつらいよ』の寅さんは、人情に厚くて、すてきな人なんですが、万人にいい人だと思われないところが楽しいなと思います。おもいっきり自分勝手な所に明るさがあって大好きです」と、あいかわらず一筋縄ではいかないワルイちゃん的回答が面白い。

それにしても、渥美清って・・・

のんさんが山田洋次監督作品で吉永さんと共演して・・・などの妄想が・・・


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