2016/11/13 | 投稿者: pdo

月とシガレット

ある晩 ムーヴィから帰りに石を投げた
その石が 煙突の上で唄をうたっていたお月様に当った お月様の端がかけてしまった お月様は赤くなって怒った
「さあ元にかえせ!」
「どうもすみません」
「すまないよ」
「後生ですから」
「いや元にかえせ」
お月様は許しそうになかった けれどもとうとう巻タバコ一本でかんにんしてもらった

『一千一秒物語』稲垣足穂




未来へ行く前にウィリアムズは、カメラとテープレコーダーを買い、速記も習った。

その夜、準備ができるとぼくたちはコーヒーとブランデーで無事に帰ってくるようにと乾杯した。

「行って来いよ、でも、あまり長くなるなよ」とぼくは言った。

「そうするつもりだ」とウィリアムズ。

ぼくはよく見ていたが、ウィリアムズの姿はほとんどちらつかなかった。未来を出発した瞬間に現代へ見事な着陸をしたに違いない。彼は一日も年を取らなかったように見えた。数年間はあちらにいたものと思われた。

「どうだった?」

「そうだな、まずコーヒーを飲ませろよ」

ぼくはじりじりしながらコーヒーを注いだ。コップを渡しながら訊ねた。

「どうだった?」

「じつはなんにも思い出せない」

「思い出せないって? まるっきりか?」

ウィリアムズはちょっと首をひねってから悲しそうに言った。

「まるっきりだ」

「だって速記をとったろう? カメラもテープレコーダーもあったじゃないか?」

ノートは真っ白。カメラの撮影指数は、ぼくがフィルム装填したときの「1」を示していた。
テープときたらレコーダーに装填さえしていない。

「いったいどういうわけだ?」ぼくは文句を言った。

「なにがあったんだ? ほんとに何一つ思い出せんのかい?」

「たった一つだけ思い出した」

「どんなことだい?」

「ぼくは、未来をすっかり見せてもらった。そのあとで、現代に戻ってからも記憶していたいかいたくないかと言われた」

「それで記憶を失う方を選んだのかい? それにしてもどんなものすごいことが・・・」

「みんな選んだ理由を知りたがるだろうなあ」と彼は言った。

The Choice(高見沢芳男訳)
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