2016/2/25 | 投稿者: pdo

※今回の記事はビートルマニア向けです。


ビートルズ英語読解ガイド


AMAZONで「ビートルズの歌詞の対訳本としては最高!」「ビートルズ好きで英語を勉強したい方には絶対に面白い本」などと評価され、他にも絶賛されているブログなどがあったため、図書館で借りて読もうとしている。

まだ途中までしか読んでいないし、自分が読んでいるのは「増補版」が出る前の初版本なので、内容は訂正されているのかもしれないが、現時点で気になったところを挙げる。

まず「There's A Place」の中の「There's no time when I'm alone」という箇所について。

著者は従前の訳者による「ひとりでいると時のたつのも忘れるよ」という対訳は誤訳であると断言したうえで、この when は接続詞ではなくて time を先行詞とする関係副詞と考える方が自然であるから、「僕が孤独な時なんかない(僕の頭の中にはいつも君がいるから)」というのが正しい意味であると述べている。

これは著者の間違いで、従来の訳が正しいと思う。少なくとも、とちらが正しいとか断言することはできない。

この曲は、ジョン・レノンがビートルズのデビューアルバムで早くも「内向性(引きこもり傾向)」を歌詞に反映させた重要な曲で、

「落ち込んだときや、ブルーになったときには、自分の心の中に入り込むんだ。そうすれば外界の嫌なことは忘れて、君との思い出に浸ったりなんかできるし」というのが歌詞の大意である。

ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが初期に書いた「In My Room」と並ぶ名曲である。

著者は「恋人と離れて独りでいる時の気持を、気丈に歌ったナンバーです」と書いているが、この解釈がありえないとは言わないまでも、ジョン・レノンという人間について考えた場合には、上記のような解釈の方が適切ではないかと思う。

後の「Nowhere Man」や「Strawberry Fields Forever」につながる、「引きこもりジョン」の流れの最初にあたる曲なのだ。

だから、「There's no time when I'm alone」というくだりは、「僕がひとりでいるとき、時間なんかなくなるんだ(気にならなくなるんだ)」と訳すべきで、これまでそう訳されてきたのは決して間違いではない。

本書の冒頭部分に、こんなのが出てくるもんだから、「あれっ? これってそんなにいい本なの?」という疑問が生じてしまったのである。

次に、「I'll Get You」という曲の、「It's not like me to pretend But I'll get you, I'll get you in the end」という部分。

これを著者は、「私の耳には like me ではなくて、likely と聞こえます」と強弁(?)し、「自動詞 pretend には『要求する』という意味に加えて、古くは『求婚する』という意味もあったようです。ですから、It's not like me to pretend, but I'll get you in the endは、『求愛するなんて、どうかと思う。でも僕は最終的には君をものにするよ』というようなことではないでしょうか?」との見解を述べている。

これも、従来の解釈の方が正しいと思う。pretend をわざわざ古語のような意味で使う理由がどこにもないし、It's not like me to pretend は「ふりをするのは(わざとらしくふるまうのは)僕らしくない」で十分じゃないかと思う。

事ほど左様に、この本は「従来の出来の悪い訳詞にメスを入れる」と言いながら、結構独善的で牽強付会な意訳が目立つ。

だから他の解釈にもあまり説得力を感じない。

著者紹介で「TOEIC 970点」とかいろいろな経歴を並べ、現在は翻訳業に携わっていると記載しているが、少なくともこの本に限っては、決して褒められた内容ではないと思う。

歌詞の解釈は多義的で、これが絶対だと決めつけるようなことができるようなものではない。

「『ノルウェーの森』は誤訳だった」という近時の有名な通説でさえ、実は「ノルウェーの森」でも正しいのかもしれない、という可能性だってある。

ビートルズに限らず、優れた歌詞は、多義的で豊かなイメージを喚起する力があるので、学術論文のように唯一の正しい解釈が存在する必要もないのである(法律の条文ですら何通りも解釈の違いがあることは稀ではない)。

だから、あんまり「他の訳者は間違っている」とか言わない方がいいと思うよ、と思った。

英語の勉強としても使い勝手はよくないという印象。

なんだか「重箱の隅をつつく人の隅をつつく」ような文章になってしまった。

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2016/2/22 | 投稿者: pdo

YOKO ONO―オノ・ヨーコ 人と作品 (講談社文庫)


この本に、著者がヨーコにインタビューしているとき、ジョンが自宅のベッドの上で「LOVE」を弾き語りする(ヨーコも唱和)くだりがあって、とてもよかった。





Love / John Lennon

Love is real, real is love
Love is feeling, feeling love
Love is wanting to be loved

Love is touch, touch is love
Love is reaching, reaching love
Love is asking to be loved

Love is you
You and me
Love is knowing
we can be

Love is free, free is love
Love is living, living love
Love is needing to be loved




愛 / ジョン・レノン作


愛はリアルなもの リアルなものが愛

愛は感じること 感じることが愛

愛は欲している 愛されることを


愛は触れること 触れることが愛

愛は届くこと 届くことが愛

愛は求めている 愛されることを


愛はあなた

あなたとわたし

愛は知っている わたしたちが愛になれることを


愛は自由 自由は愛

愛は生きていること 生きていることは愛

愛は必要としている 愛されることを




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2016/2/17 | 投稿者: pdo

オリジナル・サウンドトラック



映画『はじまりのうた(原題「Begin Again」)』を近所で上映していたので見に行った。

これも菊地成孔氏が激賞していたもので、彼は「開始15分から終わるまで涙止まらな」かったと語っていた。音楽プロデューサーという氏の個人的属性という事情も預かってのことかもしれない。

音楽をテーマにした、いい映画。という以上でも以下でもない、というのが個人的感想。

去年の今頃に日本公開された作品なので、ネット上にはさまざまなレビューや感想(概ね絶賛)が溢れており、それらに付け加えることは何もない。

役者はそれぞれに魅力的だし、脚本は見事だし、何よりも音楽が最高。

良質なアメリカ映画としてこれ以上にお勧めできる作品はない。

ただ、事前に成孔氏のラジオを聴いたりしてハードルが上がりすぎていて、もっと強烈なものを期待してしまっていたのがこちらの落ち度で、映画としては百点満点。

涙腺が決壊しそうになるシーンがいくつもあった。

キーラ・ナイトレイ演じる【グレタ】と、マーク・ラファロ演じる【ダン】の二人が、i Podに二股のイヤホンジャックをつけながら、夜のNYの街を散歩するシーン。

グレダはバンド仲間で今はスターになった男との間に亀裂が入り、ダンはかつては成功したものの今は落ちぶれ、妻や娘とも別居中。

お互いのプレイリストを見せ合う前に、「恥ずかしい曲も入っているんだよね」なんて照れる様子とか、歩きながら感極まって、踊りたくなってクラブに入り、二人だけがイヤホンでスティービー・ワンダーの曲を聴きながら踊る場面。

For once in my life
I have someone who needs me
Someone I've needed so long

人生でただ一度
僕を必要としてくれる人に会えたんだ
長い間 僕が求めていた人に


二人で路上の石段に腰掛けながらダンが語るセリフ。

「平凡な風景が意味のあるものに変わる。陳腐でつまらない景色が美しく光り輝く真珠になる。音楽でね。」


この後二人は結ばれるロマンチックな展開になるのかと思いきや・・・

最終的に、ダンは別居状態だった妻と再びよりを戻し、音楽を通して娘とも和解する。


音楽が人間の最良のものを引き出す魔法(マジック)が、この映画にはふんだんに詰め込まれている。

テーマ曲「Lost Stars」は、心に残る名曲。
主演の二人(キーラ・ナイトレイとマルーン5のアダム・レヴィーン)がそれぞれ歌っているが、どちらも素晴らしい。
(以下の訳詞は女性バージョン)




Please don't see just a girl caught up in dreams and fantasies

私は夢や空想に夢中なだけの女の子じゃないのよ

Please see me reaching out for someone I can't see

私は見えない誰かに手を伸ばそうとしているだけなの

Take my hand let's see where we wake up tomorrow

私の手を取って。明日わたしたちはどこで目を覚ますのかしら

Best laid plans sometimes are just a one night stand

考え抜いた完璧な計画が一夜限りで終わってしまうこともある

I'd be damned Cupid's demanding back his arrow

なんてことなの 天使が背中の矢を返せって言ってる

So let's get drunk on our tears and

今夜は酔っ払いましょう わたしたちの涙で

God, tell us the reason youth is wasted on the young

神様教えて 若者が青春を台無しにするのはどうして

It's hunting season and the lambs are on the run

狩りの季節に 子羊たちは逃げ惑う

Searching for meaning

意味を求めながら

But are we all lost stars, trying to light up the dark?

わたしたちはみんな 道に迷った星たちなのかしら 暗闇を照らそうとしている

Who are we? Just a speck of dust within the galaxy?

わたしたちは何者なの? 銀河に舞い散っている無意味な塵にすぎないのかしら

Woe is me. if we're not careful turns into reality

悲しい。油断しているとそれは現実になってしまう

Don't you dare let our best memories bring you sorrow

わたしたちの最高の記憶を悲しみにしてしまわないで

Yesterday I saw a lion kiss a deer

昨日 ライオンが雌鹿にキスするのを見たわ

Turn the page maybe we'll find a brand new ending

ページをめくると そこにはまったく違うエンディングがあるかもしれない

Where we're dancing in our tears and

わたしたちは そこで泣きながら踊っているかもしれない

God, tell us the reason youth is wasted on the young

神様教えて 若者が青春を台無しにするのはどうしてなの

It's hunting season and the lambs are on the run

狩りの季節に子羊たちは走り回り

Searching for meaning

意味を見つけようとします。

But are we all lost stars, trying to light up the dark?

わたしたちは道に迷った星たちなのでしょうか。暗闇を照らし出そうとしているけれど

I thought I saw you out there crying

あなたが外で泣いてるのを見た気がしたわ

I thought I heard you call my name

あなたが私の名前を呼んでる気がしたの

I thought I heard you out there crying

あなたの泣き声が聞こえた気がしたの

Just the same

でも 同じことだわ



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2016/2/15 | 投稿者: pdo

映画『Cu-Bop CUBA〜New York music documentary』を近所で上映していたので見に行った。

映画の中で説明がほとんど行われないため、あらかじめHPなどである程度背景やストーリーを押さえてから見に行く方が良いと思った(自分は菊地成孔氏のラジオやブログなどで予備知識をを持ったうえで言ったので不自由はなかった)。

とにかくこの作品は、「音楽を感じる」ためのもので、ジャズが好きな人なら100%ハマるだろう物凄い演奏シーンが見れる。しかもキューバ現地で使われている楽器は、たいへん使い込まれた年季の入った楽器で、練習環境も家のガレージとか部屋の中とか、お世辞にも恵まれた環境にあるとはいえない中で、とんでもないレベルの音楽が奏でられている。

キューバを離れニューヨークで研鑽をつむ若手ピアニスト(アクセル・トスカ)が、故郷キューバのハバナ国立芸術大学で行うセッションが最大の山場といってよいが、とにかく現地のキューバNo.1サックス奏者セサル・ロペスのバンドが唖然とするくらいに凄い(何回凄いと言ったら気が済むのかと言われそうだが見ればわかる)。

平井堅みたいな顔のパーカッションの人(アデル・ゴンサレス)がヤバい。

ロランド・ルナというピアニストがボロいピアノで弾きまくる「ムーン・リヴァー」がヤバい。

それ以外の人も全員ヤバい。

監督はもともとキューバ音楽のレコードを出すためにレーベルを立ち上げたフォトグラファー高橋慎一氏で、キューバ・ジャズへの思い入れは世界一熱い日本人だろう。

オリジナル・サウンドトラックも出るそうだ。
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2016/2/12 | 投稿者: pdo

消えたマンガ家―アッパー系の巻 ダウナー系の巻 (新潮OH!文庫) 大泉実成著

を図書館で見つけたので借りた。





以前から読みたかったのだが、まったく本屋にはおいていないし、古本屋でも見つからなかったので、読めてうれしかった。

中身の充実した本なのに見かけることが少ないのは、大手出版社による漫画家使い捨ての実態について鋭い批判が展開されているため、何らかの圧力があるのではないかなどと勘ぐってしまう。

エースをねらえの山本鈴美香や人間時計の徳南晴一郎、山田花子、安部慎一など「消えたマンガ家」のその後を取材していて、それぞれに興味深いのだが、自分にとっての目玉は、「鴨川つばめラスト・ロング・インタビュー」であった。

鴨川つばめについては以前の記事にも書いたので、まずはそちらを参照していただくとして、このインタビューは「ラスト」と銘打っているだけあって、以前のインタビューよりさらに突っ込んだことが語られている。

生い立ちや父親との関係とか、いちいち興味深いエピソードの連続なのだが、漫画家としての鴨川つばめに絞って読み込むと、彼が既存のギャグ漫画(赤塚不二夫に代表される)に対して非常に意識的にカウンター的な姿勢をもって臨んでいたことが明らかにされている。

『マカロニほうれん荘』の登場は確かに、それまでのギャグ漫画とは明確に異なる文体、リズム、内容を提示する強烈なインパクトがあった。

連載当時は一日に即席ラーメン一食で、あとは最低限の生活費を除いて、作品のための資料、ファンレターへの返事にかかる郵便代に費やされた。

薬屋で「ピロン」という強烈な眠気覚ましのアンプル(死亡事故も出るほどで、薬局も売りたがらなかったとか)を買って、5日間一睡もせずに書いた。しかし薬によってイメージがわいたりアイデアを得たというようなことはなく、「キャラクターになりきって描く」という手法に徹していた。

たまに寝ると、頭の中にものすごくイメージがあって、「これをいっぺんに描けないものか」と思っていた。目を閉じると、まぶたの裏にフワーッと世界が広がって、そこでトシちゃんやきんどーさんがいろんな会話をしたり暴れたりしている。それを全部描きとめておきたいと思った。しかし連載を続けるうちに、体力がガタガタになって、キャラクターになりきることができなくなってしまった。キャラクターが元気になればなるほど、それに反比例してどんどん具合が悪くなっていった。やめたいと言ってもやめさせてもらえず、最後はサインペンで書いたりして無理やり止める形になった。

その後の生活については以前の記事に書いた通り。どん底で「たましいの声を聞いた」体験の後は、いろんな宗教書も読み漁ったが、結局、人間は神様のことについて何も知らないという結論に至ったという。漫画家の中には、宗教に走って「神の声」を聴いてしまう人も少なくないが(特に少女漫画家にその傾向が強い)、中途半端な答えで妥協したくなかった。

最後に彼の言葉を引用する。

これからマンガを描く人に、一言僕から言いたいことがあるとすれば、「敵がいなければ、本当の味方もいない」ということは、言葉として贈りたいですね。

だから、許せないものについてのこだわりというのは、持ち続けてほしいと思うんです。自分自身の原動力というのは、それだったんですけども。



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