2014/8/19 | 投稿者: pdo


●「何を語っても嘘になるときには、沈黙を守るのが最も賢明である」
 (古代バビロニアの賢者ナレン・ネーノの箴言集より)

●「21世紀の初頭に、極東の島国に一人の清純な乙女が出現し、両眼から放つ光によって天変地異で傷ついた民心を癒すであろう」(中世の占星術師Nosetedamasの予言詩集より)


●テレビをはじめとする日本のメディアは、能年玲奈という前例のない才能に対処する術をまだ身に着けていない。
 
●「放送事故」などといって騒ぐのは、能年玲奈ではなく現在のメディアの限界と未熟さを露呈しているにすぎない。



●「ホットロード」の宣伝で、大量にメディア露出したけど、個人的に一番魅力的だったのは、「ぐりぐりぐるみ」展の記者会見で見せた表情だった。


●能年がバラエティ番組で不器用に振る舞う様子は、ハリウッドのスターが日本のテレビで戸惑う様子に似ている。(ちなみに日本のテレビ番組は海外ではクレイジーとみなされている。)


●マツコデラックスの番組で、マツコが「この子は『独特』という言葉で片付けられないものを持っている」と言っているのを見て嬉しかった。
マツコと自分の違いをもたらしたものは何かという難しい質問に対して、「饒舌さ」と答えた。却下されたが、けっこう本質を突いた答えだと思う。


●「芸術は疳の虫だ!」という言葉は、岡本太郎の例の言葉のアレンジじゃないのか。


●「新堂本兄弟」の橋本愛が強烈に面白かった。このタイミングで橋本愛との共演が猛烈に見たい。トーク番組とか。二人で「さんまのまんま」に出てほしい。

●「海月姫」のポスターやPVが解禁された。能年はこの作品について「眠れないほど悩んだ」と言っているらしいが、ネガティブ発言でそのうち封印されるかもしれないので忘れないよう記録しておこう。

○ キモイのを承知で書くと、能年玲奈は2011年以後の日本のために遣わされた天使じゃないかと思っている。

以下随時追加

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2014/8/19 | 投稿者: pdo

※ネタバレ全開なので未見の方は注意

例によって能年玲奈中心の感想になります。














まず、原作の設定は和希14歳、春山16歳ということだが、主演の二人をその年齢に見ることに無理があることは指摘しておかないといけない。

この物語は、14歳の少女と16歳の少年だから説得力がある(感動できる)ので、10代後半以上のカップルに見えてしまうと、ちょっと興ざめである。

もっとも、映画の進行につれて、主演の二人の熱演もあって、それほど気にならなくなるのが不思議だ。


* * *



冒頭の場面。

万引きで補導されている和希(能年玲奈)ともう一人の少女が、婦人警備員の前で並んで座っている。

一緒に捕まった女の子は親が引き取りに来てわんわん泣いているが、和希は前方を凝視したまま身動き一つしない。


この表情が、尋常ではない。


能年は、この場面で監督から「演技をするな」と言われて悩んだ、と語っている。

そして彼女なりに見出した答えが、この虚無的な虚空凝視の表情だった。

この目を、なんと形容していいのか分からない。

悲しみも怒りもない。ふてぶてしいというのでもない。

補導員に「あなた、エラそうね」と言われるが、偉そうにしているわけでもない。

感情表現が抑えられているというより、ごっそりと感情が抜け落ちている。

強いて言えば、「昆虫」である。

人類とは異世界の生命体を連想させる。

「あまちゃん」で共演した能年の演技の相談相手でもある尾美としのりは、この表情を「初めて見た」と彼女に告げたそうだ。

将来SF作品にでも出演したら使えそうな表情である。

この場面、事前のテレビの宣伝で散々使われていたので、映画ではさほど衝撃的ではなかったが、何の事前準備もなしに見せられたら、ひどくショッキングだったと思う。


* * *


少し進んで、母親(木村佳乃)との食事の場面。

小さな丸いテーブルで二人向き合って朝食をとっている。

髪を脱色した和希について、小言をいう母親。

母が付き合っている男の件で母を責める和希。

母親が唐突に言う。

「貴方が着ているピンクのガウン、私のものだけどなんでいつも貴方が着ているの?  最初はキレイなピンクだけどなんども洗っているうちにサーモンピンクになってしまった。ねえ、どうして貴方が着ているの?」

問い詰める母。母親というより、男について詰られた怒りをぶつけている一人の女。

震えながら和希は母(女)を見つめるが、何も言わない。

この時の眼は、前述の場面とは違い、無機質ではない。

実の母と心が通わない不安と切なさが眼差しの中にきちんと表現されている。


実の父親を亡くし、母親は新しい男のことしか眼中にない。

自分がなぜ母のガウンを着ているのかをまるで理解できない母親。

自分は母親にとって不必要な子供なのではないか。


* * *


行き場のない不安から、男たちに誘われるまま車に乗り込む和希と友人。

大勢の不良に暴行されそうになったところを春山に助けられる。

フラフラになって家に帰っても誰もいない。


「母さん、助けて・・・」


と言いながら、すがりついたのは、いつのまにか家に入ってきた春山だった。

この場面、二人が14歳の女の子と16歳の男子だと思うと、すごく感情移入できるのだが、二人はもう20歳過ぎの男女だ。

でも、この場面が泣けてしまうのは、能年が後姿と声だけで演技しているからだ。

大人に見捨てられた頼りない子供が、もう一人の粋がってはいるが頼りない子供に抱き締められている、二人ぼっちの世界。

まあこの春山は子供には見えないが。ちょっと格好よすぎる。



* * *



男(鈴木)とホテルに入る母親の後を追いかけて、「父さんが可哀そうだ!」と怒鳴った和希が、家に戻って、母が布団にくるまって寝込んでいるのを見て叫ぶ。

「わたしを生んでよかったと思う? 答えてよ!」

この時の表情。

能年の顔が、やつれて見える。頬のあたりがこけているような。

眼だけはギラギラ光っている。

しかし憎しみの色はない。切なさだけがある。哀しみだけがある。



「あまちゃん」でアキの切ないシーンといえば、東京へ帰るのを嫌がってむずかるシーンや、アイドルになりたいといって春子に叩かれるシーンが思い浮かぶ。

あのときの表情も切なさとしては上等だった。



しかし、この「ホットロード」の演技を前にすると、実弾を込めた銃と玩具のピストルくらいの違いがある。


ついでに言えば、ホテルで母親に「父さんがかわいそうだ!」と叫ぶ和希は、ちょっとだけ天野アキに見えた。


* * *



春山がダンプに撥ねられて意識不明の重体に陥り、ショックで食事も摂れなくなる和希。

放心状態の和希に、鈴木の説得はまったく届かない。

母親に話しかけられると、「春山、一人ぼっちにしないで!」と暴れ出す。

自分が不覚にも涙したのはこの場面だ。周囲でも涙ぐむ人多数。

個人的にはこの映画のクライマックスだった。


傷ついた子供の深層意識に潜り込んで浮かび上がってきたような叫び。

まるでプライマル・スクリーム(トラウマ克服のための心理療法)だ。

和希の眼は血走っていた。

普段は信じられないほど真っ白で透明な能年の眼球が紅く血に染まっていた。

和希は胃液を吐いて、母親のピンクのガウンを汚してしまう。

そのピンクのガウンを着たまま、母は和希を背負って春山のいる病院へ向けて走り出す。


能年は「憑依」ではなく「演技」だと言い張っている。


この「演技」を見るために、もう一度映画館に足を運んでもいいと思っている。



――では、『ホットロード』の撮影を経て、自分が成長したと思うところは?

【能年】 踏ん張れるようになったかな。私だと認識してもらえる演技を、この役で軸をブラさずにやるのがすごく難しかったのでヘニャッとなりそうなときがあったんです。冒頭の万引きをした後のシーンとか、家で何も食べずにじっとしているところからワッとなっちゃうシーンとか。でも何とか踏ん張って、ブレないところでやれたと思います。
(オリコン・スタイル、斉藤貴志氏によるインタビューより)


自分は今、この「軸をブラさずにやる」という言葉で能年が何を意味したのかを考え込んでいる。

つづく

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2014/8/18 | 投稿者: pdo


具体的なシーンごとの感想は後でネタバレ入り感想で書く。

今回はまず、能年玲奈にとってこの宮市和希という役がどうだったのかという点。

正直、彼女の身になって考えると、この役は相当な難物だったと思う。

もともとこの作品は、「あまちゃん」の前に映画化もキャストも決まっていたという。おそらく能年玲奈と登坂広臣の配役が決まった時点では、公開規模もそこそこで、そんなに大々的にプロモーションするような作品ではなかったはずだ。

ところが、昨年の「あまちゃん」大ヒットにより、能年は一気に「国民的女優」と呼ばれるまでになってしまった。周囲の期待は大いに高まり、映画会社としても大ヒットを狙ってものすごい宣伝攻勢をかけることになった。

しかし、「あまちゃん」後の最初の主演作として与えられた「ホットロード」の宮市和希という役柄は、あまちゃんの天野アキとは正反対で、能年自身も感情移入しづらい役だった。

自分は原作は読んでいないが、初めてこの映画について聞いたとき、今の若い世代はいまさら尾崎豊と言われてもピンとこないだろうし、原作の愛読者はイメージを壊されたら批判するだろうし、えらく地雷になりそうな作品を選んでしまったなと言うのが正直な感想だった。

撮影に入り、「軸がぶれないように」懸命に取り組んだ能年の努力については本人がいろんなインタビューで答えているから敢えて触れない。

結果として作品はどうなったか。

譬えが古くて申し訳ないが、高校野球に譬えれば、江川卓のいた頃の作新学院のようなものだった。

文字通り作品全体を能年玲奈が支配していた。空気は彼女の存在する場所で濃密さを増し、光と闇は彼女の瞳の中に集まり、美しい湾岸や都市の夜景はすべて彼女を際立たせるためにのみ存在していた。

三木監督は「彼女のまなざしを撮っていればいいと思った」と語っているが、確かに映画を観終わった後に脳裡の中に残るものは、幾多の場面における能年の雄弁な眼差しだけだった。

これはこの映画に他の見るべきものがまったくなかったという意味ではない。

他の好ましい印象をすべて排除してしまうくらい強烈だったという意味だ。

いわゆる「青春恋愛映画」というジャンルでこれがどれほど特殊なことかよくわからないのだが、振り返ってみれば、この映画には、観客を泣かせる場面はあっても、笑わせる場面がまったくなかったように思う。

多少ユーモラスな場面があっても、能年玲奈のシリアスな存在感の前に、笑いの要素が奪われていた。観客はひたすら、能年(宮市和希)の持つ得体のしれない抑圧されたエネルギーの“重さ”に付き合っていくしかなかった。

今“重さ”と書いたが、それは重厚さというのではない。ある感情を突き詰めたところからくる張りつめた緊張感の持つ力とでもいったものだ。

自分は、『ホットロード』を見れば、能年玲奈という女優のポテンシャルが把握できる、或いは少し嫌な言い方をすれば「底が見える」のではないかと思っていた。

しかし、『ホットロード』を見た後に、今自分が能年玲奈に対して感じるのは、一層の「得体の知れなさ」とか「底知れなさ」という感覚だ。

『ホットロード』の能年玲奈は、映画宣伝のためにバラエティ番組でキラキラしながら独特のスローテンポで周囲を翻弄する能年玲奈とはまったくの別人だったというだけでなく、人間の深層心理まで抉ってくるようなギラギラした存在感を放っていた。

たぶん大半の観客は「可愛い」能年に魅了されたという感想を持つのだろうが、自分には、ギラギラした「可愛くない」能年が衝撃的だった。これを見れたことに『ホットロード』の価値があったとさえ思う。

これ以上書くためには、映画の具体的な場面について言及しなければならない。

結論をいえば、『ホットロード』に主演したことは能年玲奈にとって「正解」だった、と思う。

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2014/8/17 | 投稿者: pdo

映画「ホットロード」見てきた。

新宿ピカデリーは連休最後の日曜のせいか大変な賑わいで、ホットロードもほぼ満席に近い状態。

見た感じ、10代〜30代の女性が中心で、若い男性はそれほど多くなく、それ以外の年齢層は1〜2割といった程度。

原作の愛読者という人がどれくらいいたのか興味深い。

感想を一言で言うのは難しいので、おいおいアップしていこうと思う。

どの観点から見るかで、かなり感想は変わってくる。

能年玲奈の演技目当てで見に行った立場からいえば、基本的には満足できた。

あるシーンでは、頭の中は冷めているのに意に反して涙が止まらなくなるという稀有な体験もした。

これは能年の演技力のなせる業かもしれない。

最初に一言だけ言っておきたいのは、登坂広臣が非常によかった。この映画に見事にはまっていたと思う。ちなみに自分は原作は読んでいない。
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2014/8/12 | 投稿者: pdo

 女優の能年玲奈が11日、初のフォトブック「ぐりぐりぐるみ」の発売記念イベントに登場した。テレビ誌での連載をまとめたもので、「形になることを目標に作ったから、すごく感激です。(周りからは)私らしくていいと言われます」と喜んだ。また、今後は「イケメン写真集を作りたい」との考えを明かした
 イケメン写真集の構想に関しては、「私がカメラマンということではないんですが、かっこいいクールな写真ばっかり集めて作りたい」と能年。司会者に「責任編集?」と投げ掛けられると、「それができたらすごく楽しそうですね」とコメントした。
 フォトブック発売を受けて、東京都内のギャラリーで個展「ぐりぐりぐるみ展」が17日まで開催中。能年は「日本では女の子のパワーを発揮できる場所が少ない気がする。これから女の子の時代が来ると思うので、(『ぐりぐりぐるみ』展を)その第一弾として頑張りました」と話していた。(時事通信 2014/08/11-16:53)  



イケメン写真集か。

能年玲奈の場合、確かに美少年という言葉が似合う写真がいくつもある。

というか、能年玲奈は、本質的にイケメンである。

テレビなどでよく見せる、あの小学生のように可愛らしい表情は、彼女の演技によってつくられた仮面である(言い過ぎか)。

能年は自分の魅力をよく知っているなと思う。

またびっくりするような写真集を期待している。


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