2014/7/29 | 投稿者: pdo

今回は易経シリーズ。

当たるも八卦、当たらぬも八卦という無責任な立場で世の中の出来事を占います。

今年一番の話題を提供してくれているといって過言ではない、小保方晴子氏とSTAP細胞の一連の騒動について、卦を立ててみました。

「水火既済」

これは、八卦の陰と陽の位置がすべて本来の位置にあるということから、「完成」あるいは「完全な状態」を意味するといわれています。

功成り名遂げるという意味もあります。ただし、易経の根本思想である、万物は流転するという考え方から、ピークに達したものはあとは衰退するのみという含蓄も込められています。

卦辞は、「小利貞。初吉。終乱。」

「小事は通じる。貞正であれば良い。最初は吉でも終わりは乱れる。」

貞正とは、誠実に人の道を守るということ。

確かに、最初は吉で、その後乱れました。

変爻である九五の爻辞をみると、

「東隣では,牛を殺していけにえに供し、盛大に祭りを行なうが、西隣りで、質素に祭りを行ない、かえって福を受けているのには及ばない」。

敢えてこじつけ的に解釈をすれば、理研がSTAP細胞をぶち上げてお祭り騒ぎをしたのに対し、京大の山中伸弥教授らによるiPS細胞の研究が対比されているのかなと思いました。

私自身はSTAP細胞の真偽についてはまだ判断を保留していますが、今回の卦は現状をかなり的確に捉えているような気がします。

もっと深く解釈すれば、いろいろなものが見えてくるのかもしれませんが、現在の私には力量不足です。

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2014/7/28 | 投稿者: pdo


例によってフジテレビが毎年恒例の「27時間テレビ」なるものを行った。
今回はほとんど見ていないので何の感想もない。

フジテレビというのは公共の電波を無駄遣いさせたら右に出るものがいない。

巧妙な政治的プロパガンダを放送されるよりはまだマシだが、メディアがもてあましている巨大な真空を、スマップのような若者たち(もう若くもないか)が必死に身体を張って埋め合わせをやらされているのを、大変だなあと思いながら横目で見た。

日曜日の夕方の時間に、スマップの5人が何もないスタジオの会議テーブルの前に座らされて、1時間くらいスタッフも何もせず投げっぱなしという場面があった。

これはある意味で現代社会の空虚さを象徴するような時間帯だった。この国の1億人が共有しようとすればできる悪夢のような虚無に満ちた時間と空間。

こうしている間にもイスラエル軍はパレスチナの若者たちを砲撃し、テロリストは無辜の市民を殺害し、貧困にあえぐ家庭で弱い子供たちが虐待に遭い、日本向けの外国の食品工場では腐敗した食肉が加工され、ある人々はFXに熱狂して一瞬で巨額の財を手にし、ある人々は借金に追い立てられ一家離散し、国家の役人たちは国民から一滴でも多くの金を搾り取るためにあらゆる法律の解釈テクニックを駆使し、何十万の人たちがスマホの画面を一日中にらめっこしながらスケープゴートを捜している。竜巻や狂ったような雷や滝のような豪雨が都市や田舎を襲う。

今まではテレビを見ながらおとなしく笑っていた中流階級の皆さんも、ハードな日常生活の中で近頃ではすっかり冷めてしまってお笑いにうつつを抜かすこともできない。

日曜の昼下がりにテレビをつけると国民的アイドルと呼ばれる中年男たちが、黒くてだだっ広いスタジオの中で、折り畳み式の会議テーブルを囲んでパイプ椅子に座って、憔悴して疲れ切った顔をしながら、気の進まない雑談に興じている。

するといきなり、天井から無数のピンポン玉が彼らの上に降り注いだ。

別室で実況しているアナウンサーによれば、これが「国民の総意」だという。

デジタルデータ通信を通して、「今起こったら楽しいこと」をアンケート調査して、4つの選択肢の中からこれが選ばれたのだという。

これが国民の税金を大量に投入してアナログ放送からデジタル放送に移行することによって得られた偉大なる成果だ。

NHKは5年以内にスマホやパソコンでインターネットを閲覧するすべての人から受信料を徴収するためのシステムを開発中だという。

スマップのリーダーの中居正広が、天井から無数のピンポン玉が降ってくるというハプニングに遭遇した後、ああびっくりしたと言いながら笑わない目で笑った。

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タグ: SMAP

2014/7/25 | 投稿者: pdo

あの東京スポーツにさえこんな記事を書かせてしまうほどの生真面目さ。

『徹子の部屋』に出演した時も、自分が美人と呼ばれるのはメイク(スタッフ)のおかげと語っていた。

こういう謙虚な言葉が嘘くさく聞こえないのも人徳というものだろう。


人気女優に成長した北川景子の“生真面目”

東京スポーツ2014年07月24日

 フジテレビが社運をかけた木村拓哉(41)主演の月9ドラマ「HERO」は初回が26・5%の高視聴率を獲得。続く第2話は19・0%と7・5ポイントのダウンとなった。視聴率急降下の原因として、オリジナルの出演者との違いを挙げる関係者も多いようだ。

 13年前のオリジナル版はヒロインが松たか子(37)で、脇を固めたのが阿部寛(50)と2011年に亡くなった児玉清さん。松も阿部も今さらキムタクをフォローする“格”ではないだろうし、出演辞退も自然に思える。そうなると矛先を向けられるのが新ヒロイン・北川景子(27)だ。

 人気商売なだけに仕方がないのだろうが、個人的には「大変だなあ」と感じてしまう。というのも、北川の真面目そのものの性格に触れたことがあるからだ。6年前、明治大学に在学中だった北川の単独インタビューをする機会があった。

 当時は21歳の新進女優で、ヒロインに抜てきされた映画「ハンサム★スーツ」(2008年11月公開)にまつわるインタビューだった。この時点で“美人若手女優”との呼び声も高く、記者は開口一番「本当にきれいですね」と切り出してみた。なかば本気、なかばヨイショだったのだが、北川は「ありがとうございます」と破顔一笑。本当にうれしそうだったことを覚えている。

 当時は学業優先で活動していた(映画やドラマは長期休みのときに撮影していた)とあって理路整然とした語り口も印象的だった。なかでも「期待の新進女優と称されていますけど」との質問に対しての答えは、今でも忘れられない。

 少し考えた後、「プレッシャーはものすごくありますね。常に『北川景子』というパブリックイメージを期待され、そのパブリックイメージは当然、素顔の私とは全然違うんですから。素顔の私はまるできれいじゃないし、すごく人見知りで根暗だし、コンプレックスのかたまりなんです」と一気に話した。

 さらに「全然きれいじゃない私が『美人女優』と呼ばれることがあるのも、私を支えてくれる周囲のスタッフの方々のおかげです。プロのメークさんやスタイリストさんが仕上げてくれれば、きれいじゃない私でも美人と言われるようになれるんですよ。つまり、事務所をはじめ周囲のスタッフのおかげなんです。このあたりのことは、将来的に人気が出てもカン違いしちゃいけない、と思っています」と続けた。

 このインタビューの直前、北川と当時は同じ所属事務所だった沢尻エリカが「別に…」発言で猛批判されていた。おそらく、北川の発言の真意は“エリカ様”発言を暗に批判したものだったのだろう。その生真面目さゆえに、きっと質問されてもいないことまで話してしまった…。

「生き馬の目を抜く」とされる芸能界で、北川の生真面目さが吉と出るのか、それとも…。個人的には「芸能界には染まらないでほしい」と思っているのだが——。

(特集部デスク・山下賢次)
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2014/7/25 | 投稿者: pdo


先日倉敷で起きた女児誘拐事件は、とにかく女児が無事保護されて何よりだった。

ところで、志賀直哉の小説に『児を盗む話』というのがある。

小説家を志す若い主人公(直哉の分身)が、父親から「貴様は一体そんな事をしていて将来どうするつもりだ」とか「貴様のようなヤクザな奴がこの家に生れたのは何の罰かと思う」などと罵倒され、いたたまれたくなって家を飛び出し、尾道に借家を借りて一人で住み始めるが、寂しくなって精神的におかしくなり、近くに住んでいた女児を誘拐してしまうという話だ。

志賀直哉というと「小説の神様」であり、晩年は泰然自若として押しも押されもせぬ悠々とした地位を築き、『小僧の神様』とか『清兵衛と瓢箪』といった、大人の童話のような短編の書き手としての印象が強いが、若い頃はこの『児を盗む話』とか、太宰治の『人間失格』を髣髴とさせる『濁った頭』のような、病的な心理状態を描いた作品も多く書いている。

志賀直哉という作家は、もう今ではまともに読まれなくなって久しいが、とにかく文章が美しいのである。

それは、いわゆる美麗な装飾を施した文章の美しさではなく、率直な思考がそのまま何のてらいもなく表現された簡素な文体の美といえる。

日本近代文学史上最も美麗な文章を書いた谷崎潤一郎と三島由紀夫という二人の作家は、ともに『文章読本』という、読者に文章の書き方、読み方を説く本の中で、志賀直哉の文章を日本語の文章として最上のものと絶賛している。小林多喜二は、小説家を目指した若い頃に、修行のために志賀直哉の文章を写経したという。後に多喜二は直哉と直接会っており、直哉に好印象を与えている。

芥川龍之介は、夏目漱石に、「どうやったら志賀直哉みたいな文章が書けるんでしょうか」と質問し、漱石は、「自分にも分らんが、上手く書こうなどと思わずに思った通りを正直に書くとああなるのだろう。自分にもあれは真似できない」と答えている。

流石に漱石の評価は卓見で、志賀直哉の文章の魅力は、「思ったことを正直に書く」能力のすごさにある。それはある意味で、子供の作文のような魅力でもある。変に大人に媚びずに、思ったことを正直に書いた子供の文章には、心を打つものがある。志賀直哉は、大人なのに、そういう感動を読者に与える作品を書いた。

有名な話だが、太宰治は、志賀直哉のことを敵視していた。自殺する直前に書いた太宰の『如是我聞』という文章は、志賀直哉に対する呪詛の言葉で埋め尽くされている。

太宰治の志賀直哉に対する憎悪は、愛情の裏返しだったと思う。ある座談会で志賀直哉が太宰の作品を酷評したことがあって、それを知った太宰が怒り狂ったのだが、それは太宰が誰よりも直哉に評価されたかった欲求の裏返しだったろう。

さてずいぶん脱線してしまったが、直哉の『児を盗む話』には、現代の心理的に追い詰められた人たちの精神世界につながるものが実に的確に描写されていると思う。さまざまな犯罪の背景にもなっている今の世代の荒涼とした心象風景を味わう上でも、直哉の作品は再び読み返されてよいのではないかと思う。

以下『児を盗む話』より引用

 …私は自分の頬の筋肉が緩んでしまったような気がした。もう眼ははっきりと開いていられなかった。私は自分が何週間と言う間、朝から晩まで絶えず陰気臭い一つ顔ばかりしていた事に気がついた。怒ることもなければ笑うこともまったくない。第一、胸いっぱいの息もしていなかったと思った。

 或北風の強い夕方だった。私は人のいない所で思い切り大きな声でも出してみようと思って、市を少し出はずれた海岸へ行った。瓦焼の窯が三つほどあった。烈しい風を受けて松の木が油のジリジリ燃える音をさせながら、夕闇の中に強い光を放っていた。私は海へ向いて立った。こんな気分では歌うべき歌もなかった。私はただ怒鳴ってみた。なんだか力のないいやな声だった。よく声が出ない。無理に出せば妙に悲しい調子になる。寒い北風が背後から烈しく吹き付ける。瓦焼の黒い煙がその風に押し付けられて波の荒れている海面に近くちぎれちぎれになって飛んで行く。私はめそめそと泣く子供のような悲しい気分になった。

 それから二三日しての事だった。その日は穏やかないい日和だった。午後二時頃私はぶらりと家を出て町へ出ようとした。町へ出るには汽車路を通らなければならなかった。踏切の所まで来ると白い鳩が一羽線路の中を首を動かしながら歩いていた。私は立ち止まってぼんやりそれを見ていた。「汽車が来るとあぶない」というようなことを考えていた。それが、鳩があぶないのか自分があぶないのかはっきりしなかった。しかし鳩があぶないことはないと気が付いた。自分も線路の外にいるのだから、あぶないことはないと思った。そして私は踏切を越えて町の方へ歩いて行った。
 「自殺はしないぞ」私はこんなことを考えていた。


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2014/7/17 | 投稿者: pdo



このPV、最高やね。

能年のちょっと母性本能が交った表情がたまらん。

このダイジェストでもうお腹いっぱい。
もう映画本編見なくてもいいくらい(おいおい)。


『ホットロード』特別映像
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