2014/6/25 | 投稿者: pdo


日本代表は敗退したが、いよいよこれから本当のワールドカップが始まる。

南米での大会だけあって、南米勢がやはり強い。ブラジルとアルゼンチンは当然のこととして、チリ、メキシコ、コロンビア、ウルグアイ、南米ではないがコスタリカの強さなどが際立っている。

逆に欧州諸国は、スペイン、イングランド、イタリアが1次リーグで去ってしまう。あまりにも対照的だ。

もはや南米選手権の様相を呈しつつある。

開催地によるアドバンテージがあることは明らかだ。

こうなると、欧州の強豪国、特にドイツとオランダがどこまでやれるかに注目せざるを得ない。

チーム力としてはドイツがブラジルを上回っているような気がするが、ホームの利があるのでブラジルが大勝することもありえる。

アルゼンチンはまだ本調子ではないように見える。攻撃陣が爆発する時が来るのか。メッシは今大会で真のレジェンドになれるか。

これからがワールドカップの醍醐味だ。



敗退した日本代表については、実力相応の結果だったと思う。

ブラジル大会はアジア勢にとってもアウェーなので、欧州勢以上に苦戦するのは当然だった。

控え選手主体のコロンビアに大敗したからといって、必要以上に落ち込むことはない。

もともとレベルが違うのだから。

本田中心のチームにしたのが失敗だという声もあるようだが、今の日本代表では、実力を考えれば本田を中心にするしかない。現に今大会での得点はすべて本田から生まれている(もっとも本田の動きが全体として悪かったのは確かだ。何か体調が悪いようにすら思えるほどだった)。

もちろん本田は今の世界のトップクラスの選手ではない。彼がミランの10番というのは、ちょっと信じられない。身も蓋もないことをいえばサッカーの実力以外の要素が絡んでいる気がする。彼が現状ミランの控えに甘んじているのはやむを得ないし、これからも10番にふさわしい活躍はできないだろう。

逆に言えば、今の日本代表は、本田クラスの選手が中心にならざるを得ない程度のチームなのだ。今回の本田のビッグマウスは、かつてのモハメド・アリのそれとは違って、まったく実力の裏付けをもっていないものだった。本人がどこまでそれを自覚していたか知らないが、それに乗っかって幻想を振りまいたメディアの方に責任があると思う。

日本がいつまでたっても世界の壁を突破できないのは、フィジカルの問題もあるし、それ以上に「文化」の違いがあると思う。南米や欧州ではフットボールの100年以上の歴史がある。そこから生まれてくるものに対して、10年や20年の歴史で対抗することはできない。

現実問題として、これまで日本では、本当に肉体的に恵まれた選手はサッカーよりも野球を選ぶ傾向があった。この傾向はここ数年で逆転しつつあるという話もあるが、仮に逆転したのが本当だとして、それが結果に結びつくまでには数十年かかるだろう。

イチローは一夜にしては生まれない。

しかもサッカーは個人競技ではないので、イチローやダルビッシュやマー君のような世界のトップレベルの選手がどんどん生まれないとワールドカップでは勝負できない。

おそらく、アメリカ合衆国が、バスケットやアメフトや野球から方向転換して、本気でサッカー強化の方向に舵を切ったら、30年で世界のトップ(それも圧倒的な)になるかもしれない。でも、今後30年で日本がトップになる可能性はない。

フットボールの歴史はそんなに甘いものではないのだ。

長々と書いてしまったが、僕も日本代表の試合は必死に見るし、活躍すると嬉しい。ただ身の程を忘れた分不相応なメディアの盛り上がり方には閉口する。それによってワールドカップそのものが注目され、全試合中継されることは喜ばしいのだが。

なんにせよ、途方もないプレッシャーの中で戦った選手たちには、お疲れ様、と言いたい。

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2014/6/24 | 投稿者: pdo


ブラジルで行われているワールドカップを毎日見ている。

僕が初めてリアルタイムでワールドカップを見たのは1982年で、それを見るために我が家はVHSのビデオデッキを初めて購入した。地元のサッカークラブに通っていた僕は、土曜日の夕方にやる海外サッカーの番組「三菱ダイヤモンドサッカー」に映る選手たちを崇敬していた。当時は海外のサッカークラブの試合が見れる番組はそれしかなかった。その選手たちが戦う舞台をリアルタイムで見れることに興奮した。

82年のスペイン・ワールドカップの試合はNHKで半分くらいは放映された。マラドーナがまだ若く、2次リーグのブラジルとの試合で相手選手のボディーに蹴りを入れ、一発退場になったのを見て、夜遅く起きてテレビを見ていた僕はショックを受けた。イタリアとの試合でジェンチーレというDFに徹底マークされ、削られ、ブラジル戦でも思うように活躍できずストレスが溜まっていたのだろう。それでも1次リーグのハンガリー戦で見せた左足のゴールは物凄かった。

結局、イタリアのFWロッシが覚醒して、2次リーグでブラジルを打ち破り、一気に優勝した。
このときのブラジルは、黄金の中盤と呼ばれ、ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾの4人が見事な連係プレーを見せて世界中のサッカーファンを魅了した。誰もが優勝すると思っていたから、2次リーグでの敗退はとてもショックだった。

続く1986年のメキシコ大会は、「マラドーナの大会」として誰もが記憶している。マラドーナの活躍がずば抜けていたことは言うまでもないが、この大会に出場したブラジルとフランスも素晴らしいチームだった。準々決勝で激突したこの2チームの死闘は、僕が見た歴代ワールドカップで最高の試合の一つだった。

フランスは当時最盛期にあった皇帝プラティニを擁し、ブラジルはジーコを怪我で欠いていたがソクラテス中心に黄金の中盤を形成していた。ブラジルが先制し、プラティニのゴールでフランスが追いつく。後半途中から出場したジーコの最初のプレーが必殺の縦パスで、これがPKとなったが、ジーコはこれを外してしまう。延長戦でも決着がつかず、PK戦となり、プラティニが外すというアクシデントもあったが、フランスが勝利を収めた。フランスは勝つには勝ったが、この試合で全精力を使い果たし、準決勝では西ドイツにあっさりと敗れた。

アルゼンチンがブラジルともフランスとも対戦しなかったという幸運も含めて、この大会はまさにマラドーナのためにあったような大会だった。イングランド戦での伝説の「神の手」ゴールと5人抜き、ベルギー戦の密集地帯突破によるゴールなど、彼にしかできないプレーのオンパレードだった。このときのマラドーナの輝きを超える選手は今後も現れないだろう。今大会のメッシが期待されているが、どうなるだろうか。

1990年のイタリア・ワールドカップもまたマラドーナの大会だった。ただし今度は悲劇のヒーローとして。マラドーナは当時イタリアのナポリというクラブでプレーし、同クラブの救世主となっていた。しかし皮肉なことに、準決勝ではマラドーナ率いるアルゼンチンは開催国イタリアを敵に回して戦うことになった。誰もがイタリアの勝利を確信していたが、PK戦の末、アルゼンチンが勝ってしまったことにより、マラドーナはイタリアの全国民からブーイングを浴びる立場になってしまった。

決勝の西ドイツ対アルゼンチンは、前回のメキシコ大会と同じ対戦だったが、今回は凡戦だった。西ドイツがPKを決めて1−0で勝ったが、試合的には見どころがなかった。マラドーナは満身創痍で、彼を支えるチームメイトがおらず、得点源のカニーヒャは退場処分で出場できなかった。僕は当時この決勝戦のNHKの実況を見ていて、サッカーにはまったく門外漢の巨人の王貞治が解説を務めていることに苛立ち、彼が「アルゼンチンの選手には覇気がない」とコメントしたのを見て発狂しそうになったのを覚えている。

この大会で注目すべき試合は、マラドーナのアルゼンチンと、オシム監督率いるユーゴスラビアとの一戦だった。スコアレスドローでPK戦となったため、注目されていないが、オシム監督の生涯ベスト・バウトだったのではないか。

さて、僕にとって、真に記憶に残るワールドカップはここまでである。

1994年以降のワールドカップは、見るには見ていたが、本当に身体の底から揺さぶられるような興奮を覚えたことはない。これは自分の年齢とも関係するのだろう。多感な思春期に経験したことと大人になってからの経験はどうやっても質的に異なるものにならざるをえない。

その意味では、多感な時代に82年、86年、90年のワールドカップを見れたことは幸運だったと思う。ここにはサッカーで味わうことのできるすべてのドラマとすべての輝きがあった。人生(サッカー)で必要なことは全部これらのW杯から学んだとさえ思っている。

僕は未だに、日本代表がワールドカップで戦っている姿を現実と思えない。

1998年のフランス大会に日本は初めて出場したが、日本人がワールドカップという舞台で戦う資格があるとはどうしても思えなかった。それほど僕はワールドカップというものを神聖化していた。

他の国の選手は、本当に命を懸けて戦っている。それだけの意気が日本のサッカー選手にあるとは思えなかったし、技術的にも大きな開きがあるのは歴然だった。

2002年の日韓共催のワールドカップは、僕にとってはワールドカップという名前を借りた余興にしか思えなかった。開催国のアドバンテージで1次リーグを突破したが、まだ100年早いよ、というのが正直なところだった。

だから2006年のドイツ大会で日本代表が無残に1次リーグで敗退した時にもショックはなかった。むしろ当たり前だと思った。日本がワールドカップで勝つなんて許されないと思っていた。

2010年の南アフリカ大会で日本が1次リーグを突破したときには驚いた。このときは日本は非常にいいゲームをした。本田を始めとして、今後の可能性を期待させるに足る活躍だった。

事実、その後、本田や長友や香川といった選手が、ヨーロッパのビッグクラブに入っていったのを見るにつけ、2014年のブラジル大会への期待は高まっていった。


今日、日本にとって今回のW杯の最終戦となるであろう、コロンビア戦を前にして、僕の気持ちは、1998年当時とそれほど変わらない。

日本代表にワールドカップという舞台に立つ資格があるとは思えない。

「絶対に勝つ」などと言うのは100年早い。

この舞台でプレーできる幸運と喜びを存分に味わってほしい。

そしてできれば、観戦している僕たちにもその喜びが伝わるようなプレーをしてほしい。

以上

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2014/6/20 | 投稿者: pdo

※コメント欄にコメントできない(システム管理者による制限?)ので、前回の記事にいただいたコメントの返信を以下に書かせていただきます。

>ひできさん

コメントありがとうございます。

原作を読む限り、私もひできさんと同じ感想を抱きます。

芦川先生が関に惹かれる要素が原作からはあまり見いだせないのは確かです。

今回の記事は、私が勝手に脳内補完しての結論ですから、原作の中で関と三島と芦川先生を巡るエピソードをもっと掘り下げてほしかった気はしますね。そうすればもう少し納得いったと思います。

関は、三島が死んでいたことも知らなかったし、芦川先生に電話して「三島君について聞きたい」などと言っていることから、三島のその後の転落人生についてはまったく知らなかったようです。

その一方で、芦川先生に対しては、10年以上もの間一人で誕生日を祝ったり、「あなたのことをかたときも忘れたことはなかった」と言っているくらい、尋常ではない思いを持っています。

関が一種のストーカー的人格の持ち主でないとすれば(その可能性も捨てきれませんが)、芦川先生と関の間には、過去に相当心を通わせた事実があったとしか思えないのです。

そして原作では、芦川先生が、初めてあって間もないころ、元気から初めてシャーク堀口と関の因縁話を聞いたとき、ただ事ではないくらいショックを受けた表情をしています(アニメ版ではそんな表情はしていないので明らかに解釈が異なります)。

その後も、三人(関と三島と彼女)の間に何かあったことを仄めかす描写はわずかに出てくるのですが、具体的に何があったかは最後までわかりません(堀口・関戦の関の回想は、関と芦川先生の出会いと、関が二人の交際を知ってショックを受ける描写はありますが、その後のことが書かれていません)。

『がんばれ元気』は、基本的に終始元気目線からの物語なので、芦川先生目線からは、実はまったく違った物語があるのではないか、などと妄想してしまいます。

芦川先生が薄幸な女性として一生を過ごしそうというひできさんのご意見には私も同感です(笑

「田沼元気」の今後の人生にとっては、石田とも子のような女性がふさわしいと私も思っています。原作ではとも子が可哀そうすぎましたしね。。。


以下は、完全に妄想モード突入で気持ち悪いので、読まなくて結構です
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2014/6/19 | 投稿者: pdo


昨日の記事を書いて、自分の中で長年の問題(?)に整理がついた気がしたので追記しておく。

それは、『がんばれ元気』のラストで、芦川先生が、元気と関拳児のどちらも選ぶことができずに、ヨーロッパに旅立ってしまうが、その後どうなったのかという問題である。

自分は長いこと、いずれ芦川先生は日本に戻ってきて、元気と結ばれるのだろうと思ってきた。

しかし、昨日の記事を書いてから、どうやらそうではなさそうだと思うようになった。

というのは、『がんばれ元気』という漫画の描く堀口元気の5歳から19歳までの物語を、元気の持つボクシング(修羅の世界)という業(宿命)からの解放に至るプロセスと捉えるなら、関拳児との戦いの終結をもって、ボクシングに関わる縁(すなわち「堀口元気」としての人生)は清算され、新たな「田沼元気」としての人生が始まるという解釈になる。

そして、芦川先生という存在もまた、これをもって元気の「教師=守護者」としての役割を果たし終えたのだと考えるのが正しいのだと思った。

19歳までの元気の人生は、元気にとって「死者との因縁による束縛」を意味するものであったが、芦川先生にとっても、「一人の女として生きることに対する束縛」を意味するものだったのである。

元気は、父親と三島の宿敵(敢えてそう表現する)である関拳児との戦いによって、自力で因縁を清算することができるが、芦川先生は、元気を通じてしか過去の自分を清算することができないという立場にあった。だから二人は同じ目標に向けてパートナーとして協力し合った。

これはある意味残酷な表現ではあるが、「堀口元気」が「田沼元気」になってからの人生において、芦川先生が果たすべき役割はもう存在しないのである。

逆に、芦川先生は、元気の行為によって「過去に束縛される人生」から解放され、一人の真に自立した女性(人間)として生きていくことができるようになったのだといえる。

さて、『がんばれ元気』の原作では、元気に残した手紙しか明かされていないが、芦川先生は関拳児にも手紙を残しているはずである。

そこには何が書かれていたのか。

おそらく、三島栄司や堀口元気を巡る二人の因縁について言及したうえで、「今は結論が出せない」と、元気に対するのと同様の答えが書かれていたに違いないと思う。

では実際、芦川先生は元気と関のどちらに惹かれていたのか。

もちろん想像(妄想)の域を出ないが、関拳児の方であると今は思う。

実際に原作においても、元気に「関さんのことを好きなんですか?」と聞かれて、「ええ」と答えているし、「私だって結婚を考えるし、恋もするわ」と言い、関と海道戦の後で再会し、何度もデートに誘われても拒んでいない。

もちろん、元気(と三島)への思いから、ある種のうしろめたさはあっただろうが、それでもなお関拳児に惹かれていたからこそ会ったのだろう。

関拳児は、芦川先生が自分の前から姿を消して以来、毎年、彼女の誕生日をたった一人で祝うほど思い入れが深い。再会した時には、10年間以上「あなたのことを<片時も>忘れたことはなかった」とまで言っている。単に当時関が芦川先生を好きだったというだけでなく、よほどのことがあったと思わせるに足る発言である。

生前の三島によれば、関と三島は、芦川先生を賭けて対決し、関が勝利したが、芦川先生は関ではなく、やくざの用心棒に身を落とし、ボロボロになった三島を選んだ(馬鹿な女だ)と語っている。

発言から推測するに、関VS三島戦の後、三島はいったん芦川先生の前から姿を消し、極道の道に転落した後で、芦川先生と再会した(発見された)のではないか。そしてその間、芦川先生は関からの誘いを受けて、いなくなった三島のことが心に残りつつも、関と交際していた(あるいはその直前にあった)と考えられるのである。

関と芦川先生は、両親を亡くし天涯孤独の身であるという共通点もある。互いに言葉を交わすうちに二人の間に浅からぬ共感が芽生えたとしても不思議ではなかろう。

しかし、三島の堕ちた姿を見た芦川先生は、関の前から姿を消し、三島と一緒になることを決意する。芦川先生のことだから置き手紙くらい残したかもしれない。そこにはたぶん、「今の三島さんには私が必要なのです」と書かれていたのかもしれない。

一方三島は、プライドが邪魔をして、芦川先生の愛を素直に受け入れることができない。極道に堕ち、これまでの知人・友人・親類縁者とも縁を切り、彼女を幸せにすることのできない自分を早く消し去るために、わざと不摂生な生活を送り、死に急ごうとした。元気と出会った頃には、すでに肉体の病は取り返しのつかないまでになっていた。

芦川先生は、三島が死んだあと、三島からの手紙を焼きながら、「忘れてあげるの。三島栄司、あの人は弱い人よ。あの人は本当にはボクシングを愛することはできなかったし、一人の女すら愛することができなかったのよ」と元気に語っている。

しかし芦川先生は、本当に三島だけを愛していたのだろうか。少なくとも、堕ちた三島を見た後からは、その愛には憐憫の情(そして自責の念)が交ってはいなかっただろうか。三島を選んでからもなお、芦川先生が関拳児に惹かれる気持ちが失われたとはいえないのではないか。そして三島も、そのことを敏感に感じ取っていたからこそ、彼女を突き放すような態度を取り続けたのではないのか。

ところで、芦川先生の元気に対する愛は、少なくとも物語の終盤までは、いわば精神的な血の繋がりを持つ縁者に対する愛情以外のものでははかったように思われる。

元気が成長し、芦川先生に恋人としての面影を求めるようになるにつれて、彼女の中に葛藤が生まれる。そして、彼女自身も元気の中に三島栄司の面影を求めていたことに気づく。

二人の想いが一線を越えるのは、関との決戦前夜のことである。

このとき芦川先生は、皮肉なことに、人生(前半生)の目標を果たそうとする元気への誘惑者としての姿を見せる。彼女は、「愛する人が戦うのをこれ以上見ることは耐えられない」「逃げよう」と元気を促すのである。

ここで元気が誘惑に屈していたら、元気の「解放」は達成されず終わっていたし、それは彼女自身の束縛を一層強めることになっただろう。一言でいえば、二人は不幸な人生を過ごすことになっただろう(あるいは人生に終わりを告げていただろう)。

このとき、彼女は、「闘争心をむき出しにした関さんは本当に怖いボクサーよ」と元気に言い含めている。かつて三島は「闘争心をむき出しにした関」の犠牲になり、人生を狂わせた。その目撃者(当事者)だからこそ、この台詞にはリアリティが籠っている。

『がんばれ元気』という物語の真のクライマックスはこの場面である。

それまで元気の達成を応援し続けてきた最高の導きの天使が、最後の最後になって、最大の誘惑者へと変貌した。

彼女に促されて、元気がモーテルへと車を走らせ、駐車場に車を止めてからの数秒間あるいは数分間の中に、この物語の全てのエッセンスが凝縮されている。

この、作画の中に描写されていない「無」の中に、この物語のすべてが詰まっている。

結局、逃げずに運命に立ち向かうことを選んだ元気。
その首に取り縋って、芦川先生は叫ぶ。

「そうなのよ!男の人は・・ボクサーは・・結局、女には逃げられないのよ!!勝手に勝負に愛までかけて・・・ そのくせ逃げては来てくれないのよ!!」

この叫びは、元気だけではなく、三島栄司(ひいては関拳児)に対する彼女の本心でもある。

三島に対してはずっと「耐える女」を演じ続けてきた芦川先生が、このとき元気に向かって、初めて一人の女として、長年抑えて続けてきた心の底からの想いを吐露したのである。



で、最初の話に戻る。


「芦川先生は元気と関のどちらを選ぶのか?」


この問いの立て方は間違っている。

なぜなら、彼女には、「選ぶ権利」はないからである。

「田沼元気」の人生には、もはや芦川先生の果たす役割はないのだから。

このことは、故郷の駅に降り立った元気の爽やかな表情の中に何よりも示されているではないか。

そして、関拳児以上に彼女を必要としている人間は、もうこの世に存在しないのである。

芦川先生は、元気との戦いで闘争本能を燃焼し尽し、穏やかな人格者となった関拳児が、生涯の愛を捧げるに足る男であることに遠からず気づくことであろう。

そして田沼元気は、これからの彼の人生にふさわしいパートナーを遠からず見出すだろう。
(個人的にはそれが石田とも子であってほしいと思うが、火山尊の存在がちと厄介)

かくして物語の輪は閉じられる。

チャンチャン。
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2014/6/18 | 投稿者: pdo




この漫画、家に全巻置いてあって、1年に1回くらい衝動的に読みたくなる。

そして読むと必ず号泣する。漫画を読んで声をあげて泣くなんて、他の作品では考えられない。

でも、この漫画は、どうしても涙腺を崩壊させずには読めない。

それは、この漫画を読みたくなる時というのは、すでに心が「泣きたい」モードに入っているからかもしれない。

誰かが、「子ども」と「ペット」とあと何とかの要素を入れておけばたいていのドラマは「泣ける」のであり、それは作品のクオリティとは関係がないという話をしていた。

確かにそうかもしれない。

以下、未読の人には意味が分からないと思います。




『がんばれ元気』の物語は、あざとい。否、正確に言えば、あざとすぎるまでに登場人物がみな「潔い」のだ。

悪人が一人もいない。最初は性格の悪い悪役っぽく見えた人も、結局は「いい人」になる。

堀口元気は、その常人離れした純粋さとひたむきさの炎によって、登場人物をいわば「浄化」していく。

登場時には憎たらしかった関拳児、最初は性格がひねくれていた火山尊、傾奇者だった海道卓、これらのライバルたちは、元気との戦いを通じて、ものすごい高潔でストイックなキャラクターへと変貌する。

浄化されすぎて、「聖別」のレベルにまで達して死んでしまう人もいる。

堀口元気の父ちゃんであり、元気のモチベーションの最大の源であるシャーク堀口。

ボクシングの師であり、芦川先生の恋人であり、後には関拳児の恋敵であったことも判明する三島栄司。

関拳児戦でシャーク堀口のセコンドを務め、後に元気が入門する永野ジムの会長。
(まあこの人は天寿をまっとうしたといえるが)

そして何より、堀口元気の生みの母親である堀口(田沼)美奈子。

元気は、これらの人々(死者たち)の想いを背負いながら戦い続ける。

元気を生んですぐに亡くなった母美奈子の実家は、地元のすごい資産家で、美奈子の両親(元気の祖父母)は、大事な一人娘をかどわかし、奪っていった、ろくでもない貧乏青年である元気の父親(堀口秀樹、シャーク堀口)を忌み嫌っている。

祖父母にとっては、秀樹のせいで、何一つ不自由なく幸せに育った美奈子は、貧乏生活を強いられ、病弱な体に無理がたたって、元気を残して若くして死んでしまったのだ、という思いがある。

だからこそ、美奈子の唯一の子供である元気のことが可愛くて仕方がない。
シャーク堀口が亡くなった後は、祖父母が元気を引き取って育てることになる。

しかし、元気は父親の思い出であるボクシンググローブを隠し持って、密かにトレーニングに励んでいた・・・

これを続けていくと、全巻のストーリーを述べることになってしまうのでやめるが、本来であれば、元気の祖父母(田沼樹三郎と田沼愛子)は、父親の敵対者として、元気の憎悪の対象となってよいはずのキャラクターである。

しかし、元気は、祖父母の気持ちを傷つけることを良しとせず、彼らを喜ばせるために、彼らの望み通り精一杯振る舞う。だが、ボクシングという一点においてだけは、妥協することができない。そしてそのボクシングこそ、祖父母の最大の憎悪の対象なのである。

高校受験を前にした元気が、ボクシングへの想いを留めることができず、プロになるために上京する場面までの葛藤を描く部分は、前半のストーリーの一つの山場である。

祖父、樹三郎は、高校受験を終えた元気を祝う宴の最中、自分が若いころ馬賊に憧れたという話をおもむろに始める。

そして、「元気、行って来い」と一言言い残し、二人は寝室へと去っていく。

その晩、元気は一人で上京の途につく。泣きながら(ここで読者も号泣)。



同じようなシーンが、物語の最終盤にも出てくる。

元気の最終目標であった関拳児との戦いを終え、永野ジムの会長(死んだ会長の息子)と二人でタクシーに乗っているとき、会長は元気に、「もうお前は目標を達したのだから、引退して故郷に帰れ」と言い含めるのである。

彼はボクシングを金儲けの手段として割り切り、元気のことも稼ぎ頭のチャンピオンとしか見ていないような男だったから(少なくともそんな設定の描写がされていた)から、これは彼のキャラクターからすれば、ありえない発言である。

タクシーを降りた元気は、「会長、ありがとうございます!」と頭を下げる。泣きながら(ここで読者も号泣)。


元気はそこから、祖父母に電話し、故郷に帰って、「田沼」元気になり、高校にも入学し直すことを告げる。

物語は、元気が帰ってくるのを泣きながら寝室で待つ祖父母の姿で終わる。


これらのエピソードからもわかるように、元気は、その人間の通常の人格からは考えられない、真逆の発言(そして最良の性質)を引き出す才能を持っている。それは端的に言えば彼の人徳のなせるわざであろう。彼らは元気のひたむきさ、真摯さに心を動かされたのである。


しかし、元気によって傷つけられ、あるいは人生のコースを狂わされた人々もいる。

元気がボクシングで倒した相手はもちろんそうだ。最もドラマチックなのは火山尊だが、長くなるので割愛する。

同級生の石田とも子は、学生の元気に一目ぼれし、果敢にアタックを試みるが、ボクシングしか見えない元気の心をとらえきれず、ついには元気を追って上京し、アイドル歌手にまでなる。
そんなにまでしても、ということまでするが、元気の気持ちを自分のものにはできなかった。彼女はアイドル歌手の座を放棄し、都内のバーやスナックで演奏活動して食いつないでいる。

元気のトレーナーとして一心同体に上り詰めてきた露木は、かつての教え子をパンチドランカー(廃人)にした心の負い目から、同じ運命を辿る海道卓とともに姿を消す。おそらく海道と二人きりで人目につかない場所でひっそりと生きているのだろう。

そして、シャーク堀口に次いで、元気のボクシング人生に大きな影響を与えた三島栄司は、過度の飲酒と不摂生の無理が祟って早死にする。三島にとって元気は、自分が叶えられなかった夢を受け継ぐ若者であり、シャーク堀口が父親であるように、元気にとっての肉親以上の兄貴でもあった。

三島栄司が田舎のボクシングジムで傷害事件を起こして服役し、出所してから、文字通り心血を注いで元気のトレーニングに命を削る様は、物語全編を通して最も感動的な部分である。

三島は、自分が芦川先生を幸せにできない男であるとの自覚から(彼の背中には一面の刺青が彫られている)、わざと不摂生な生活を送り、死に急いでいたのだが、元気の姿を見て心を動かされ、死ぬまでに元気を一流のボクサーに育て上げようと、尋常ではないほど肉体を酷使したのである。

三島と元気の最後のスパーリングの描写は、最大の号泣ポイントの一つである。
(「強くなったぞ・・・堀口・・・・・これで・・・・サヨナラだ・・・・・」)


三島栄司を兄とすれば、芦川先生は元気にとって姉のような存在だった。

原作漫画では、芦川先生は小学校を教師を辞めてからも最後まで「芦川先生」であり、下の名前が明かされることはなかった(アニメでは芦川悠子という名前になっている)。

芦川先生は、登場した当初は、元気に理解を示す「いい先生」でしかなかったのだが、実はこの物語のすべてを支配するほどの重要キャラであることが明らかになっていく。

元気にとって、当初の芦川先生の印象は、「母ちゃんに似ている」というものだった。
それが、三島栄司の恋人とわかり、元気を見守る姉のような存在となる。
そして、三島が死に、元気がプロボクサーになると、元気を追うように上京し、次第に元気との距離感が微妙なものになっていく。

芦川先生は、元気にとって、母であり姉であり教師であり恋人であり、女性原理のあらゆる要素を兼ね備えた存在である。芦川先生の存在は元気が成長するにつれて彼の中でどんどん大きくなっていく。

その芦川先生は、実は関拳児にとっても最愛の女性だったということが物語の終盤、元気と関の対戦が決まる直前になって明らかにされる。

このあたりのいきさつは詳しく語られていないが、アマチュア・ボクサー時代に三島と付き合っていた芦川先生に関拳児が一目ぼれし、芦川先生が三島の恋人と分かった関が、三島を徹底的に叩きのめし、プロボクサーとして再起不能なまでに追い込んでしまった。

関は、ボクシングを引退した三島が芦川先生と幸せに暮らしているものだと思い込んでいたが、それ以来、彼女の誕生日を一人で祝うほど芦川先生を想い続けていた(ものすごい執着心)。

ところが、海道戦を終えて入院している元気を見舞いに行ったときに、元気の病室で芦川先生とばったり出くわし、元気から、三島がすでに故人であること、元気は三島からボクシングを学んだことを聞いて、愕然とする。

それから関は芦川先生に猛アタックをかける。住所や電話番号を調べ、車でデートに誘い、元気との試合の前にプロポーズするとまで言う。

そのことを知った元気は・・・

というわけで、物語は最後の最後に、女を巡る男同士のバトルという様相さえ見せ始める。


とまあ、こんな重たいドラマ(これ以外にも無数のエピソードが関係する)を背負いながら、クライマックスの元気VS関の試合に至るわけだが、ここまでの積み重ねや盛り上げ方が異常なほど半端なく緻密なものであるため、この試合の描写は号泣せずに読むことが不可能な仕掛けになっている。

元気と関の壮絶な打ち合いの描写と並行して描写される回想シーン。


三島さんを囲んだ地元のボクシングジムの風景。


父ちゃんと幼い元気のトレーニングシーン。


美奈子がベッドに横になりながらお腹の中の元気に語りかける想い。



こんなのが涙なくして読めるわけないだろ!

反則だ反則だ! ずるい。あざとい。でも泣く。無理。声をあげて号泣。


足を止めて打ち合う二人のあまりにも壮絶で、崇高ささえ感じさせる戦いに、実況アナは落涙し、観客はスタンディングオベーション状態となる。

ありえない。でもこの試合だから許される!


第12ラウンド、関拳児は、倒されても倒されても立ち上がる堀口元気の中に、シャーク堀口の姿と、三島栄司の姿と、少年のときの元気の姿を認める。

そして関は、「来いよ」と元気を手招きする仕草を見せる。

何度も封じられたアッパーストレートが、避けきれなかった関拳児の顎にとうとうクリーンヒットし、関はマットに沈む。

アッパーストレートは、シャーク堀口との試合の前に、父を馬鹿にされた元気が関の顎に見舞ったパンチでもあった。


作者の小山ゆうによれば、元気と関の試合の最後のシーンは連載開始時には決めていたという。

「シャーク堀口との一戦と、お前との一戦が、俺にとって最高の戦いだった」と、関が堀口に抱きかかえられながら告げるシーンのことだろう。


連載中は、「あしたのジョー」みたいに元気も死ぬんじゃないか、とか憶測が飛び交っていたようだが、結局はこれしかない大団円を迎えた。文句のつけようがない、満足度100%のフィナーレである。

で、その後に、芦川先生を巡る、読者の間では賛否が分かれるもう一つの結末が描かれるわけだが、僕は個人的にこれは一番きれいな終わり方だったと思っている。

これ以外の終わり方をすると、堀口元気というキャラクターのピュアさが失われるような気がする。

芦川先生が奇しくも叫んだように、「ボクサーは女に逃げることはできない」のだ。

ジョーが白木葉子を振り切ってホセ・メンドーサとの戦いに挑んだように、元気は芦川先生を振り切って関拳児に挑んでいった。

ジョーは最後に葉子にグローブを託したが、元気にはそんな「形見」は必要なかった。


小山ゆうは、「元気にとって本当の人生は『田沼元気』になってから始まる」と述べているようだ。

堀口元気にとって、この物語は、「修羅の業」からの解脱を意味する壮大なドラマだったのかもしれない。
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