2013/6/24 | 投稿者: pdo

「あまちゃん」はクドカン脚本ということで普段はNHKの朝ドラを見ない層まで引きこんでこれまでのところかなりの話題をさらっている。

これまでは、岩手の自然をバックに年上の人々に囲まれて暮らすエピソードだったので、年配(60歳より上くらい)の視聴者の抵抗感も限られたものだったろうが、今週から、アキが東京でアイドルを目指すという「東京編」が始まり、これはますます本来のクドカン・ワールド寄りになって来ているので、年配の視聴者が置いてけぼりになるのではないかという懸念の声もあるようだ。

しかもアキの加入した「アメ横」とか「GMT47」というのが、あからさまなAKB48のパ*リのために、普段からAKBを快く思わない層からの反発も予想されるところである。

まあそんな制作サイドの心配は自分にはどうでもいいことで、最終的には確実にこのドラマは主役の能年玲奈のための作品だったということになるだろう。

元々東京ではパッとしない存在で父母の仲も険悪だったアキという少女が、最悪の家庭環境と灰色の学校生活から抜け出し、三陸で海女として生き生きとした姿を取り戻すという前半のストーリー(のさらに前半部分)は、時にこちらが気恥ずかしくなるクドカン的なテイストにもかかわらず、やはり出色の出来だったと思う。

アキはいろんな意味で能年玲奈本人にとってのハマリ役である。

東北訛りが似合う純朴な田舎少女然としたアキが、実は東京育ちでネガティブな内面を抱えているという設定は、子供時代をそのまま引きずっているような純粋そのものの瞳を持つ兵庫県の田舎町に育った能年玲奈という少女が、実は都会的な繊細さを抱えながらどちらかというと暗い側面を心の中に隠し持っているというドラマ外のストーリーともシンクロする。

アキは人間の悪に気づかないほど純粋な人間でもなければ人間の善を信じることのできるほど単純な少女でもない。ドラマの中でも視聴者を不快にさせない配慮をもってそこがうまく描かれている。

能年玲奈はこの作品でコメディエンヌとしての才能がクローズアップされるだろうが、本質的にシリアスな役が似合う女優だと思う。これまでにないタイプになりそうな気がする。


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2013/6/21 | 投稿者: pdo

なんかモノが違う人がでてきた。

能年玲奈さんという女優。

NHKの朝ドラ「あまちゃん」で全国のお茶の間が知る存在となった。

自分がもっと早く知らなかったことを後悔する。
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2013/6/12 | 投稿者: pdo

ユリイカ「総特集 岡村靖幸」を買う。

執筆陣が豪華で、皆が「岡村ちゃんと私」について思いのたけを語っているのを見て、自分も岡村ちゃんとの関係について書きたくなった。

そのうち。


「ユリイカ」では川本真琴の文章が短いけど良かった。

坂本龍一との対談は、以前ラジオで流されたものの書き起こしだったのでちょっとがっかり。

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2013/6/10 | 投稿者: pdo

毎年恒例のAKB総選挙が、今年もフジテレビの4時間生中継をはじめ、ネットメディアも総動員で大々的に行われた。

開票前には、「文化人」や「評論家」たちがこぞって「激論」を繰り広げるなど、まるで一国家の政策論争のような騒ぎだった。

個人的にはいいかげんAKBに対する興味は失せている。総選挙も、もう今年で最後にした方がいいんじゃないかと思っている。

大方の予想と期待を裏切って(?)、指原莉乃が一位になった。

いろいろな見方はあるだろうが、自分はこの人は一位になるに値する人だと思う。

仮に、AKBグループの全メンバーが過去1年間に行った「仕事」を数値化したら(何を基準にどんなふうに数値化するのかについてはいろんな手法や意見があると思うが)、指原莉乃の「値」はズバ抜けているような気がする。

彼女には、アイドルとして単純に顔がかわいいとか、歌やダンスが上手いとか、トークが面白いとかいう「長所」を超えた、トータルな人間力みたいなものがある。それは前田敦子にも感じたし、大島優子にもある。

指原莉乃は、まだ20歳でしかないのに、そして芸能界に入ってから5年ほどしか経っていないのに、普通の芸能人が数十年のキャリアの中で味わうような経験を既に味わってきた。

指原莉乃は、本質的に非常にクレヴァーでタフな人間だ。指原を観ていると、運命が彼女に対して、彼女の人生に必要なものすごく色々な経験を、早まってふんだんに与えている(押し込んでいる)ような印象を受ける。

秋元康は指原を将来放送作家にしたいと言っていたが、今となっては半ば本気で指原を自分の後継者にしたいと考えているのではないか。
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2013/6/6 | 投稿者: pdo

このところ、村上春樹→レイモンド・カーヴァー→ブルース・スプリングスティーンという流れで、高校生時代に回帰したような本や音楽を愛好している。

ブルース・スプリングスティーンといえば、デイヴ・マーシュというアメリカの音楽評論家の書いた伝記『明日なき暴走』が高校時代のバイブルだった。

これでアメリカのロックンロールの意味を学んだ。内容はもう覚えていないが、実家にはまだあるはずなので、久しぶりに読み返したい本のひとつだ。

一時期、ブルース・スプリングスティーンのアルバムを全部そろえたが、いくつかを残して中古屋に売ってしまったのが悔やまれる(特に、3枚組ライブ盤をなぜ手元に残さなかったのか理解できない)。ある時期に、それまで持っていたCDを大量に売ったときがあって、レッド・ツェッペリンのアルバムも全部持っていたのに売ってしまい手元にない。なんでそんなトチ狂った事をしたのか自分でも分からない。それ以来、中古屋にCDを売ることには慎重になっている。

その時期に、1枚だけ買わなかったブルース・スプリングスティーンのアルバムが、『ネブラスカ』だった。地味すぎたのだろう。それでも、名曲ぞろいなのは認めざるを得なかった。

レイモンド・カーヴァーの小説を読んでいると、頭の中にブルース・スプリングスティーンの曲が浮かんできて仕方がない。

中でも一番ぴったりくるのが『ネブラスカ』のアルバムだ。

レイモンド・カーヴァーとブルース・スプリングスティーンの共通点については村上春樹が『意味がなければスイングはない』という本の中の一章で見事に語っている。

レイモンド・カーヴァーに限らず、アメリカの小説には独特の味わいがある。ハードボイルドというか、抒情性が日本人なんかとは明確に違うのだが、それでもグッとくるものがある。

やっぱりうまく言葉にできないなあ。とにかく読んでみるしかないのだ。

一番短くて一番好きな小説は、レイ・ブラッドベリの「わかれ」(I see you never)という超短編だ。いくつかの翻訳があるが、自分が読んだのは、講談社文庫の世界ショートショート全集に所収のものだ。一度読んだら、一生忘れないくらいの名品である。

この作品の持つ抒情性はアメリカ的精神の最良の表現のひとつだと思う。
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