2013/4/28 | 投稿者: pdo

佐村河内守という人の作曲した「交響曲第1番 HIROSHIMA」をいう曲を聴き、同題名の彼の著書を読む。

NHKや民放で彼の特集がされたりして、一種のブームのようになっているようだ。全聾の作曲家ということや、TIMES誌で「現代のベートーヴェン」と評されるなど、衆目を引き付ける要素を持っているが、彼の著書で語られるその人生や実生活の内容は好奇心で片づけることは不可能なほど重い。

業障としか呼べぬ宿命を、己のためでなく他者(世界)の為に引き受けんとする意思。彼が「闇の音」と呼ぶ音楽の前に言葉は色褪せる。

この音楽を必要とする程に現代世界の闇は深いのか。ただその音楽は、闇の中でしか見えない「小さな光」の存在を確かに示してもいる。

純粋な音楽としてのクオリティは別として(十分世界水準だとは思うが)、同時代に生きる日本人として切実な気持ちにならざるを得ない作品である。
1

2013/4/25 | 投稿者: pdo

昨日の名人戦第2局、挑戦者羽生三冠がいいところなく森内名人に完敗。

後手番で無理攻めを強行して森内“鉄板流”にしっかりと受けきられるという、両者の名人戦ではわりとよくあるパターンだった。

先日の渡辺竜王とのNHK杯トーナメント決勝と同じく、かなり一方的な内容だったのが気になる。

電王戦ショックの影響とはいえないにしても、何か本調子ではない気がする。

若くして頂点を極めてしまった人だけに、今後の方向性について迷いが生じているのだろうかとも邪推する。
0

2013/4/23 | 投稿者: pdo

桜井章一の羽生善治との対談本『運を超えた本当の強さ』(日本実業出版社)を買った。

桜井章一は那智タケシ著『悟り系で行こう』を読んで初めて知ったが、その後、羽生や森内のような超一流棋士が一目置く(もっと言えば尊敬する)存在であることを知る。

中でも羽生の入れ込みようは半端ではなく、2011年の名人戦で名人位を失った直後に桜井に電話をかけて報告したというのだから相当なものだ。

この対談本は、著者に羽生のクレジットがない。羽生はあくまでも聴き手に徹している。このことからも、羽生は桜井章一をほとんど師のように考えていると思われる。

この本を買ったのは、羽生ほどの男が、なぜ桜井章一という人をここまで尊敬するのか知りたいと思ったからだ。

ここに、今考えている電王戦の突きつけた課題へのヒントがあるかもしれない。
0

2013/4/22 | 投稿者: pdo

第3回電王戦について、将棋連盟は「前向きに協議中」だそうだが、谷川会長は頭が痛いだろうな。

三浦八段があんな風に敗れた以上、次回は最低でも一人は彼以上の棋士を出さないわけにいかなくなった。

そうなると、現タイトルホルダーの森内名人、羽生三冠、渡辺三冠に白羽の矢が立たざるを得ない。

しかしこの三人が出てしまうと、将棋界は後がない。特に「ミスター将棋」羽生善治が戦うことは、人類対コンピューターの最終決戦を意味する。

羽生さんがこの戦いをやすやすと引き受けるとは思えないし、依頼する連盟の側も、とてつもない歴史的な決断をしなければならない。

そんな中、渡辺竜王はブログで早くも出場に意欲を見せているようだ。彼は本当に大した男だと思う。

将来、コンピューターと人間の共存というビジョンが描けるとしたら、渡辺氏の存在を抜きにしては考えられない。彼なら、非常にナチュラルかつ肯定的な姿勢で戦ってくれそうな気がするし、勝っても負けても妙な後腐れを残さないと思う。

そういえばGPS将棋と三浦八段の戦いを見ていて、渡辺竜王の将棋に似ていると思った。渡辺竜王なら、GPSと凄い棋譜を残すんじゃないかと期待してしまう。


0

2013/4/21 | 投稿者: pdo

昨日のGPS将棋VS三浦弘行八段戦の衝撃をまだ引き摺っている。

とにかくGPS将棋の実力が圧倒的過ぎた。東大のコンピューター670台を総動員して、1秒に2億5000万手読むというとんでもないマシンは、まるで一人の格闘家がマシンガンを構えた600人の部隊を相手にするような絵図を連想させた。

今後、電王戦がどういう形で継続するかはわからないし、コンピューターのハード面を制限したり持ち時間などの対局条件を変えたりして行われることになるかもしれない。だが、A級棋士相手にコンピューターが手合い違いの強さを見せつけたという事実はこれからも残る。

将棋の棋理を純粋に追及するという観点に立てば、プロ棋士はGPS同志を戦わせた棋譜を分析することに徹した方がいいのではないかとさえ思える。極端に言えば、それが現代科学が実験室の中で行っていることだ。

しかし、今回の電王戦は、果たしてそれでいいのか、という根本的な問いを突き付けた気がする。

これからの将棋界は、単なる勝ち負けを超えた精神的な価値観を打ち出していかざるを得ないのではないかと思う。それはもちろんこれまでも存在してきたし、将棋の主な魅力の源泉でもあったのだが、棋理追及の重視という風潮の陰に隠れて、軽視されがちだったものなのかもしれない。

以下の記事は、非常に示唆的である。


日本的美徳がファンを魅了した。将棋・電王戦
平林 久和 | 株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト

続きを読む
1




AutoPage最新お知らせ