2009/8/16 | 投稿者: pdo

北大路隆史 D
何か意味のありそうなことを書いてはいるもののそんなに内容は無い。

コベナ・マーサー D
同上

鎌田遵 A
メディア狂騒を経由しない大衆(マイノリティ)のMJに対する好意と敬意が伝わってくる,心温まるフィールドワークの産物。

藤永康政 C
マイケルを語るのに人種問題は避けられないのだろうが,特に目新しい内容でもなく,いささか食傷気味。

毛利嘉孝 B
人種問題について論じた文章の中では比較的読みやすく分析もよくできていると思う。

巽孝之 D
正直何が言いたいのかよく分からない。

マイケル・オークワード D
タブロイド記事と同程度の内容を小難しく書いたにすぎない。無意味。

上野俊哉 D
MJにたいした思い入れもなく,ファノンとかバタイユとかを適当に引用しながらでっち上げただけの文章。読むに値せず。

ディスコグラフィー 湯浅学 南部真里
湯浅学は,本編の記事とは違って,ここではそれなりにまともなことを書いている。B。
南部真里は,納得できない部分もあるが,あながち的外れとはいえない。B。


3

2009/8/15 | 投稿者: pdo

前の記事のつづき。

ついでだから,それぞれの論文(?)にコメントしておく。
A〜Eの5段階評価。Cまでが原稿料を貰うに値する文章。B以上は金を払って読む価値のある文章。

萩原健太 D
薄っぺらなコメント。なんでこんなワイドショーのコメンテイターみたいな無責任な文章が冒頭に来るのか理解できない。萩原氏には,マイケルを批判するにしても,もうちょっとマトモなことを書いてほしかった。

小西康陽 E
最悪。最後の段落は,シャレにも茶目っ気にもなっておらず,ただただ嫌悪感というより侮蔑感を催させる。所詮この程度の人間か。

今野雄二 E
相変わらず意味不明。日本の音楽評論家にはほんとロクなのがいないね。

三田格 D
かろうじて批評めいた文章にはなっているが,相変わらずひねくれすぎ。そもそもなんでこいつが原稿を書いているのか。

ピーター・バラカン+佐藤良明 ピーターD,佐藤のみC
前にも書いたが,ピーターはマイケルの音楽を語る資格がないなら出てくるな。佐藤氏は,概ね使い古された知識情報に頼っているが,マクロ的な視点が部分的に興味深かった。

篠原沙里 C
いかにも精神分析をかじった人の書きそうな文章で,深読みしすぎの感あり。結論は陳腐。


陣野俊史 B
確かな知識と経験に基づいている。視点は必ずしも新しくないが,マイケルという対象に誠実に向き合っている姿勢が感じられる(他の多くの筆者に決定的に欠けている点)。

新井啓子 C
プリンスとの比較というテーマはいいのだが,中途半端で,分析不足の感が否めず。

生井英考 D
マイケルに対するなんの思い入れも敬意も感じられない。つまらない印象だけの総論に終始。なんでこの人のコメントが載っているのか分からん。偉い人なの?

湯浅学 E
まったく意味不明。紙の無駄。

長原豊 D
マイケルをダシに自分の主張を語っているにすぎない。気取った学生の卒論か。

アイム・ホワイト! グレッグ・テイト・山本敦久訳 D
辛辣さを気取ったアメリカのスノッブ評論家の駄文。訳もそんなによくない。

内田学 B
首を傾げたくなる部分もないではないが,急いで書かれたにしてはいい文章だと思う。もうひとつ深い分析が欲しかったところ。

大和田俊之 B
村上春樹あたりの影響だろうか,やや気取った文体が鼻に着くが,内容はこの特集の中ではいい方だろう。「国際ポピュラー音楽学会」なんてのが存在するんだ。

水越真紀 C
社会的観点からの分析として,可もなく不可もなくといったところ。

臺次郎 A
いいんだよこれで。こういうのが一番伝わってくるんだ。

千葉雅也 E
マスターベーション。個人ブログならともかく,公共出版物に載せる文章ではない。

松本潤一郎 E
衒学的というのか,こういう文章を読まされるのは苦痛だ。もっとも読みはしないけれど。

北野圭介 C
オバマ政権の誕生なんかと絡めて,「現代思想」的には意味のある評論なのかもしれないが,単純につまらない。

以下つづく(続かないかも)
3

2009/8/15 | 投稿者: pdo

「現代思想」という雑誌が,臨時増刊として出した「総特集マイケル・ジャクソン」を,買った。

現在巷にはマイケル追悼本が溢れていて,こういうものは1年後にはもう手に入らないだろうから,基本的に僕は全部買うことにしている。

マイケルの味方であると同時に,活字中毒の僕にとって,「現代思想」は愛憎半ば,といった感じの本だ。

案の定,“お前がマイケルについて語るな!!”と言いたくなるような連中が,マイケルを肴に好き勝手な言説を垂れ流している。

マイケルについて語るときに必ずいるのが,「俺は,“本格的な”ロックを聞く人間だから,マイケルを音楽的には評価することはできない。しかし・・・」云々という奴らだ。

今回の特集では,ピーター・バラカンがその典型だ。もちろん有象無象の音楽評論家たちは全部そうだ。

こういうスノッブ的な立ち位置に対して,以前の僕なら殺意を抱いていたに違いない。

しかし,もはや腹も立たない。

マイケルについての言説は,最も高名な思想家から,マイケルの死んだ後にユーチューブでマイケルの動画を見まくってファンになった10代の女の子まで,すべてが等価であり,イコールだと思っているからだ。

マイケルは,<ロック>好きの<本格派>などとはかけ離れた次元にいる。
そんな狭いカテゴリーで括られる存在ではないのだ。

「現代思想」をすべて読んだわけではないが,ピーター・バラカンと対談していた佐藤なんたらいう人が人類史的な観点から見たマイケルについて語っていた発言が部分的に面白かった以外は,全体的になんということはない。

こんな文章や対談で原稿料がもらえるなんて,いい商売だな。せいぜいマイケルに感謝せえよ,という感想くらいだ。

PS:出版社勤務の人の「僕は彼のためになら天国があるという方に全部賭ける」という文章は,秀逸だった。どっかのブログの記事みたいな文章だけど。

あと,陣野俊史という人の文章も,知らないことが書かれていて,興味深かった。全部読んでみれば,他にもいい文章があるかもしれない。

ただ一つ言えるのは,所謂音楽ヒョーロンカと呼ばれる人たちの文章がこぞってヒドイ,ということだ。
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