2008/10/23 | 投稿者: pdo

テレ東の深夜番組で、鳥居みゆきが中川“しょこたん”と一緒に中野ブロードウェイで語り合っていた。

僕は一時期中野ブロードウェイに通い詰めたことがあって、4階の『大予言』という古本屋で大量に怪しい本を買い込んでいた過去を持つだけに、何とも言えず懐かしい気分に襲われた。

昨日あんなことを書いたばかりなのに。みゆきは「ありのままの自分」を出していこうとしてるんだろうか。

しかし、僕の見た限りでは、“しょこたん”に対しては、まだキャラで塗り固めた対応に終始していたように思う。

別に「素」を見ることに固執してるわけじゃないんだけど、自分のこだわりについて真剣にディープに語る鳥居みゆきって絶対に魅力的だと思うんだよなあ。

いよいよ『タモリ倶楽部』も視野に入ってきた感じで、個人的には嬉しい番組だった。
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2008/10/22 | 投稿者: pdo

昨夜の「ロンハ―」について、昨日はあまりにも舌足らずだったので、改めて感想を。

いつからか、僕は鳥居みゆきを見て、「笑う」ということがなくなった。

僕にとって鳥居みゆきが、松本人志や太田光や板尾創路のような「笑い」の創造者だったのは、振りかえってみればかなり短い期間、具体的に言えば、『ハイタッチ♯3』までだったような気がする。

R1グランプリ決勝進出の頃には、既に彼女を見るときにはワクワク感よりも「いたたまれなさ」の方が先立つようになっていた。

太宰治のような繊細な自意識を抱えた「道化の華」が、まるで場違いな、サーカスと血を求める大衆の待ち構える巨大コロシアムに放り込まれたような印象。自己の内的世界と外的現実との違和感を、敢えてデフォルメされた異常性としてさらけ出すことによって、自らの孤独と疎外感を再確認しているかような佇まい。

「友達ができなくて、友達が欲しくてお笑いを志した」という特殊な動機は、多少の誇張はあるにせよ、決して本質的に嘘ではないと今でも思っている。

そんないたたまれなさを見る者(僕だけかもしれないが)に強いながら、彼女はそれまでの地下芸人活動から見事に脱却し、わずか半年足らずの間に、DVDに単独ライブという形で、誰にも否定できない具体的な実績も残した。

しかし、彼女の心の中の空洞はまだ満たされていないような気がする。その妄想が僕をいたたまれなくさせる。

鳥居みゆきが本当に満たされるのは、ありのままの自分が大衆に受け入れられた時だ。
しかしそんなことがありえるのかと僕は自問自答を繰り返し、彼女はありのままの自分をさらけ出すことを拒み続けている。

彼女が「期待される鳥居みゆき像」を演じている間は、僕のこのいたたまれなさは続くだろう。

しかしそれが悪いことだとは思わない。もしかすると、安心して見続けるのを許さないことが実は鳥居みゆきの最大の魅力かもしれないのだから。

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2008/10/21 | 投稿者: pdo


今しがた、録画しておいた『ロンハー』の「格付け」を見た。

鳥居ちゃん、あまりに痛々しくて、あまりに愛おしかった。

ああ、もう放っておけない。鳥居ちゃんが他人とは思えない。

我、神に問ふ。「繊細過ぐることは罪なりや。」

どこにも在りはしないかもしれない彼女の本心を想像しても詮無し。ぢっと手を見る。

彼女の魂が悲しみで汚れないことを祈るのみ。

意味不明で済みません。
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2008/10/18 | 投稿者: pdo

直近の記事では、あたかも鳥居ちゃんに自爆テロを期待するかのような書き方をしてしまったけれど、もちろん僕は鳥居みゆきがシーンから消え去ってしまうことなど望んでいない。

彼女は彼女なりに、今の与えられた状況の中で日々闘っているのだと思う。

ある程度の足場を築いた後で、さらなる引き出しを披露してくれるものと思っている。

来年早々には、彼女の記念碑的な単独ライブのDVDが発売される。

これが発売されれれば、単なるキワモノ芸人という評価は変わるだろう。

個人的には、ディープな特典映像を期待している。

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2008/10/15 | 投稿者: pdo

「若くて女だからイヤだなって思う事は、アイドルっぽい仕事がたまにくることですかね。以前イメージDVDのオファーがきて、『芸人がこんなことをやるのは、逆に面白いかな』って挑戦したんだけど…やってプラスになったことはなかった。美人だって言われるのはイヤじゃないけど、芸風と全然違うことをやらされるのは、もう懲り懲りです」
(Flash 2006年7月4日号)



昨夜の『ロンドンハーツ』では、女芸人をメイクで美人に変身させるという企画をやっていて、鳥居みゆきも“緊急参戦”していた。

「美人に変身」もなにも、鳥居みゆきはもとから美人で、“笑い”にとってはマイナスのこの要素をいかにプラスに転化させるかにさんざん苦労してきた芸人である。

企画を成立させるためには、思い切り崩すか、さらに麗しくするかのどちらかになるわけだが、番組は後者を選んだ。というより、その選択肢しかありえなかったといってよいだろう。“美”と“笑い”は相反する宿命にあるのである。

結果として撮られたのは、「男装の麗人」と「妖艶な花魁」の2パターンで、長澤まさみの『summertime blue』のカメラマンでもある斎藤清貴氏による写真は、いずれもよく撮れていた。

鳥居みゆきは、「まな板の鯉」状態で撮影に臨み、スタジオではひな壇に座りながら、こういう企画で女芸人に要求される役割を過不足なくこなしていた。

しかし、「ひな壇で女芸人に要求される役割を過不足なくこなす鳥居みゆき」をテレビで見ているのは、なんとも居心地の悪いものだ。もちろん、悪い意味で。



「そうなんですよ。一番いい時期にね、辞めてやろうかなと。一番これはもうテレビでハマるなみたいな、一番本当にいい時期にブチこわしてやりたいんです。まだまだ先かもしれないし、読み間違えてるのかもしれないし、永遠に訪れないかもしれない。小島(よしお)は正月だったね。小島は正月にいなくなるべきだった。けど、二回来る人もいるでしょ? それをね、違う、一回でここだって思った時にね、辞めようと思ってもみんなやっぱりちょっと遅れるね、絶対。うん、ちょっと遅れる。」(クイック・ジャパンVol.77, p157)


僕が今の鳥居みゆきに期待しているのは、すべてをぶち壊す瞬間のカタルシス。ただこれだけだ。先日のハイタッチでの暴発ではその片鱗が見られた。

鳥居の中でマグマのように渦巻いている芸人魂が、マネージャーにも手なづけられないほど臨界点に達したとき、どんな形で爆発するのか、僕はそれだけを固唾を飲んで見守っている。




それにしても、秋山莉奈かわいかったなぁ…
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